二階の女
どすん、という音がいきなり天井から響いた。二日酔いの勇一が眠い目をあけると、次にはガタガタいう音が天井から聞こえた。
アパートの二階には確か若い娘が入居していた。越してきたときにあいさつした覚えがある。時計を見ると八時半である。土曜の朝だというのに、非常識にも程がある。すっかり目が覚めてしまった勇一は、冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出すと、グラスに注いで飲み干した。そのとき、また天井から物音が聞こえた。
勇一は着替えを済ませると、アパートの二階に上がり、扉のブザーを押した。
「はい?」
すぐに扉が開き、女性が顔をのぞかせた。
「下の内田だけど、あんた、休みの朝から音をたてて、いい加減にしてくれないか」
勇一が言うと、
「すみません、響きましたか?」
あまり悪びれもせず、女性は応えた。眉毛のところで前髪を切り揃えた長めの頭髪で、二十二三に見えた。
「かなり迷惑してるよ」
勇一は不愉快な感情を相手にぶつけた。
「気をつけます」
女性はぺこりと頭をさげた。
そのときなって、勇一は、女性の背後の室内に置かれた灰色の箱のようなものに気がついた。箱は背の高さほどの大きさで、最初、勇一は冷蔵庫だと思った。注意深く観察すると、その冷蔵庫のようなものからは、振動音が聞こえてくる。
響いた騒音の原因は、これだと勇一は思った。
勇一は女性に訊いた。
「あれは、なに?」
「物質転送機」
「物質転送機って?」
女性は笑って、
「離れたところに瞬時に移動できる装置よ。作動するときに少し音がするの」
「離れたところとは?」
「たとえばアルファビルとか。私の生まれ故郷の星。アンドロメダの惑星よ」
勇一はあきれて言った。
「君の言っていることは、どうもわからないな」
「そう、別にいいけど」
勇一は、理解をあきらめて自室へ戻った。少しして、ドアをノックする音がした。勇一がドアを開けると、右隣の部屋に住んでいる顔見知りの男が立っていた。
「二階の女、変わってるだろ」
そう言って、にやにや笑っている。勇一は、大きく頷いて、
「ああ、かなり変わってる女だ。アンドロメダの惑星から来たとか真顔でいうんだ」
ほう、と男は反応し、勇一に語った。
「俺は、マゼラン星雲なんだけどね」
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