(76)無(な)いもの強請(ねだ)り
子供はよく、無いもの強請りをするが、最近の大人も、どうしてどうして、結構、無いもの強請りをする。^^ 簡単に無いものが手に入れば何の問題もなく助かるが、そう上手く手に入らない・・というのが現実の世界である。
ご隠居が、とある専門店で釣竿を物色している。
「あの…昨日まで、ここにあった釣竿は?」
「はあ、アレですか。アレは昨日、売れちまいました。すみませんねぇ~」
店の主人は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「さよですか。売れちまったものは仕方ありませんな、ははは…」
軽く笑ったご隠居だが、心は少しも笑ってはいなかった。
『しまった! 昨日、買っときゃっ!』
ご隠居は買いそびれたことを悔やんだ。だが、売れてしまったものは、いくら悔やんでもあとの祭りである。^^
「同じものは…?」
ご隠居は遠慮ぎみに主人に訊ねた。
「アレは特注品ですので、滅多なことでは手に入らんのです。まあ、無いこともないとは思いますが…」
「有りますかっ!」
「ええ。お作りの先生のご住所、教えてさし上げましょうか…」
「ええ、是非っ!」
その日から無いもの強請りをするご隠居の住所探しが始まった。だが、次の日も、またその次の日も、なかなか有名作家には出会えなかった。そして瞬く間に、一年が流れていった。
ある日、ご隠居は、どうせ無いだろう…くらいの気分で、ふたたび釣竿店を訪れた。するとっ! あのっ! あのっ! 釣竿と、まさしく同じ釣竿が陳列棚に見えるではないかっ!
「あ、アレはっ!」
「ああ、アレですか。昨日、先生がお見えになって置いてかれたんですよっ! なんでも、しばらく旅に出ておられたようでしてね。ご不在だったでしょ?」
「はあ、まあ…」
ご隠居は、探し回っていた・・とはバツ悪く言えず、暈した。
無いもの強請りをして探し回っても手に入らず、気にしないと、ふと現れる・・というのが、無いものの性質のようだ。無いもの強請りはしないにかぎる。^^
完




