(36)負けるが勝ち
負けるが勝ち・・という慰めるような便利な言葉がある。負けて悔しい気分が少し和らいで助かるのだが、言われた側としては、やはり勝ちたい訳で、余計に悔しさが増すということになる。^^
とある家庭の庭で夕涼みをしながら縁台将棋が指されている。隣通しのご隠居二人による、どうでもいいようなヘボ将棋なのだが、ご当人達は至って名人気取りで指している。棋力はどちらも1、2級といったところで、初段にはもう少し…といった程度だ。しかし、ご当人達は2、3段の気分で指しているから、周りの者にとっては大層、始末が悪かった。
「いや! もう一番っ!! と言いたいところですが、本日は、この辺りで…。今日は体調が悪いようですな、ははは…」
実のところ、このご隠居は決して負けた…とは思っていなかった。真逆の負けてやった…と思っていたのである。というのは、早く負けて帰ってもらわないと、今日の夕食のスキ焼きを家族に食べられてしまう恐れがあったからだ。負けるが勝ち・・の気分でこのご隠居は指していたのである。
「いつも負ける私が勝てる訳がありません。これは妙ですぞ、もう一番!」
相手のご隠居は少し不審に思えたのか、もうひと勝負を所望した。
「いやいや、今日はいくらやっても勝てる気がしない」
スキ焼きが頭のご隠居は、ここは逃げの一手とばかりに遁走を策した。そのときである。家内から何やらいい匂いが漂ってきた。スキ焼きの匂いだった。
「なるほどっ! そういうことでしたかっ! どれどれ、私もご相伴させていただきますかな、ははは…」
「はあ…」
負けるが勝ちも、計算づくでは、負ければ負け・・と助からならないようだ。^^
完




