(35)真実
どれだけ包み隠そうと、誤魔化そうと真実は一つで
あり、それ以上でもそれ以下でもない。ただ世の中では、この真実が方便として一定の許容範囲を持っており、程度の差こそあれ、罷り通っているのである。道路に煙草の吸殻をポイ捨てたからといって、電柱で隠れていた刑事がスクッ! と現れ、『環境破壊法違反で現行犯逮捕するっ!』などとは言わないだろう。^^ こうした曖昧な罪とも言えない罪が許されるから、私達は助かることが多いのかも知れない。
とある家庭の一場面である。母親と子供が話している。
「あらっ? 今日は塾、休みなのっ?」
「…ああ」
子供は母親に小型ゲーム機を弄りながら自然体で返したが、いくらか声が小さい。真実味に欠けるのである。それを母親は見逃さない。まるでベテラン刑事のような巧妙さで、その供述を突き崩していく。
「お隣の正ちゃん、さっき急いで塾の方へ走っていったわよ」
「フ~~ン…」
「なんだったんだろうね?」
「さあ…」
「そういや、手に鞄もってたわよ」
「…どんな?」
「いつも塾へ持ってってるやつ」
「…」
息子は無言で鞄にノートと参考書を入れると、玄関へ急いだ。
「あら? どうしたのっ?」
「いけねえ! 日を間違えたんだ、僕…」
「そうなの? …気をつけてね」
母親は日を間違えたのではなく、ズル休みしようとしていた・・という真実を知ってはいたが、そうとは言わず、子供を塾へと送り出した。
このように柔らかく真実へ導かれれば、子供は大いに助かることだろう。^^
完




