襲撃
子供染みた決意だった。
…でも、
子供はいつだって全身全霊で、
命懸けなんだ。
僕達は子供染みた決意を保ったまま擦り切れていき、
子供のままではいられず、
大人にもなれなかった。
…ブランカの父と母、
つまり僕の義父と義母とは、
最初からそりは合わなかった。
僕の父や母と違って、
ブランカの父と母は人間の怖さを知らない、
純粋な狼だった。
何度注意を促しても、
2人は人間の匂いのする屍体を食し、
更には【悪意】の匂いのする地にも足を踏み入れた。
こうなる事は最初からわかりきった事だった。
だから僕はいつも、
ブランカを安全な場所に留まってもらい、
狩りの練習からも遠ざけた。
『ロボがブランカをお嫁さんにもらうのなら、
それでも構わないよ』
人の良いブランカの両親は、
いつもそう言って笑った。
何も疑おうとしない2人に、
僕はいつも苛立っていた。
ブランカの兄弟達も不用意に口にした、
『毒』という名の【人間の悪意】に殺されたと悟った日から。
そう、
僕の兄達と同じ末路だ。
苛立ちながらも僕はわかっていた。
何も疑わずに生きていける世界なら、
自分の子供でもない僕を、
生意気ばかりを口にする僕を、
いつも笑顔で受け入れてくれる義父と義母こそが、
僕の救いになっていた事を。
……そんな2人が最後に口にしたのは、
断末魔の声だけだった。
僕に託す言葉も、
ブランカへ遺す想いすらもなく。
『……だから、言ったでしょう?』
自分の考えが正しかった証明になっても、
嬉しい訳なんかなく、
ただただ虚しく悲しかった。
ブランカの父と母は死んだ。
狩りの途中で見つけた【人間の悪意の匂いのする屍体】に近寄った瞬間だった。
〜ガシャッ!!〜
土の中から出て来た鉄の顎門が、
2人の脚に喰らい付いた。
『キャヒイィィッ!!』
声にならない悲鳴が響く。
……あぁ、
そうだ。
人間達が【トラバサミ】と呼ぶこの罠が、
僕の母の命も奪った。
『義父さんッ!!義母さんッ!!』
悪意の匂いのするギリギリまでブランカの両親の元へ近付いても、
2人はまるで僕に気付かずに、
脚を食い千切らんばかりに咬みつくトラバサミに意識を持っていかれていた。
トラバサミに咬みついてみたけど、
僕の牙なんてまるで歯が立たない。
そしてまるっきり【命の匂いのしない顎門】だった。
冷たく硬く、
血のような味のする悪意の塊。
〜ウオォォオオッ!!〜
遠くからものすごい勢いで唸り声が近付いてくる。
姿は僕達狼に似ている。
だけど全く【違う生き物】だった。
彼等からは、
人間の気配がする。
言葉は通じるのだろうか?
考えている間にも距離は縮まっていく。
その数は4人。
まるで獲物に襲い掛かるような気迫で、
僕等に向かってくる。
心臓の音が頭まで響いてくる。
目が霞んでいく。
まだ僕は1人で狩りをする事も出来ない。
早くこの場から逃げ出したかった。
……でも、
ブランカの両親を見捨てて逃げる訳にもいかない。
孤独の辛さを、
ブランカに教える訳にはいかない。
逃げろと命ずる本能に逆らい、
彼等の前に立ち塞がるつもりでも、
脚がいう事をきかない。
立ちすくむ、
その表現の方が正しいような有り様だった。
『忌々しい狼どもめ!』
一度も会った事のない相手なのに、
その目は怒りに燃え、
その匂いは憎しみに支配されていた。
先頭の1人が襲い掛かってくる。
身体が動かない。
目を閉じてしまう。
〜ゴリッ!〜
首筋から鈍い音が響いた。
ぶつかった衝撃で跳ね飛ばされたかと思ったけど、
首に喰いつかれて振り回されている事を、
息苦しさと、
ジワジワと広がる熱を伴う痛みで気付いた。
これは喧嘩なんかじゃない。
獲物を襲うのと同じ、
殺すための襲撃だ。
早くに兄達を亡くし、
ブランカとは一度も喧嘩なんてしていない。
この状況を覆す手立ては、
僕の中には何一つない。
……そう、
【僕の中には】、何一つ。
朦朧としていく意識と、
歪んでいく視界とは裏腹に、
僕の頭の中だけは落ち着いていた。
僕の【顎門】ではもう彼等に届く事もなく、
届いたとしても勝ち目は薄いだろう。
〜ズンッ!!〜
身体を地面に叩きつけられた。
僕を地面に組み伏せ、
首の骨を咬み砕くつもりだろう。
凄い力だった。
鋭い牙を持つ顎門だった。