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狼王   作者: 喜舎場 朝則
1/2

〜シートン動物記演義〜

悪魔と呼ばれた狼の、

一生に一度だけの純愛。

僕達は心の匂いを嗅ぎとれる。

僕達はとても家族を大切にする。



そして僕達は、

命懸けで恋をするんだ。








生まれ育ったカランポーの平原も、

切り立つ谷や遠く連なる山々も、

夜空いっぱいに転がり瞬く光の粒たちも、

僕は大好きだった。



イタズラしたって、

どんなに困らせたって父も母も僕たちを愛してくれた。

たまに兄達に意地悪されたって、

ふてくされていじけたって、

いつもすぐに仲直りできたっけ。



……初めて嗅いだあの匂い、

その時まで僕達は、

とても幸せな狼の家族だった。



どこにでもいるような、

この世界に生きるふつうの生き物だった。








〜また耳障りな遠吠えが聞こえる。

夜中にあの叫びを耳にすると、

不安で眠れなくなる〜



俺達が必死で開拓したこのカランポーで、

奴らはあざ笑うように日々の努力の上前をはねる。



「ちくしょうめ!

狼どもがウチのヤギを襲いやがった!」



「俺んちのニワトリも食い殺された!

卵をよく産むいいニワトリだったんだぞ!」



「忌々しい狼どもめ…。

人間様のモノに手を出したらどうなるのか、

目にモノ見せてやる」





〜俺達人間にとって、

奴ら狼は天敵だ。



忌み嫌うべき厄災だ〜








『お前たち、

その屍肉は食べたらいけない』



『お父さん、どうして?

僕達お腹すいちゃったよ』



『そうだよ!

人間達が食べない生き物まで殺していくから、

屍肉だって食べなきゃ、

食べるもの無くなっちゃうよ』





父は僕達の声を苦しそうに聞いていた。

そして何かを手繰り寄せるように目を泳がせ、

人間の住む村の方角を睨みながら、



『この屍肉からは人間の、

【悪意】の匂いがするんだよ』



そう弱々しい声で呟いた。





【悪意】。



その【悪意】というものが、

僕達にはなんのことだかわからなかった。

生まれて一度も感じた事がないものを、

理解できるはずもなかった。





お腹を空かせてうなだれる僕たちのために、

父と母は狩りへと出掛けた。

両親は何時間も走り回り、

僕ら兄弟のために獲物を運んでくれる。



まるで命を削って僕たちに捧げるように。







『ねぇ、あのお肉食べちゃおうよ』



兄はいつも通りのイタズラを持ちかける様に、

僕たちにそう持ちかけた。



『ダメだよ。

お父さんとお母さんが帰ってきたら怒られるよ』



反対した僕に同意してくれる兄弟は、

1人もいなかった。



兄達を責められはしない。

僕たちはずっと、

お腹を空かせていたのだから。



遠くまで狩りに出掛けても、

小さな獲物しか持ってこない両親にも、

ちゃんと食べて欲しかったのだから。



『僕たちがお腹いっぱいになれば、

きっとお父さんもお母さんも、

ご飯を食べてくれるよ』



そんな兄達を、

僕はそれ以上咎める事なんてできなかった。





『美味しい!

ロボも食べなよ!』



兄達は小さな唸り声をあげながら、

人間たちの飼っている【牛】の屍肉に貪りついた。



『僕はいいよ。

お父さんとお母さんが一緒じゃなきゃ、

食べない』



『ロボの弱虫!

そんなんじゃいつまで経っても大人になれないよ』



僕を促しながら一心不乱に食べていた兄達が苦しみだすまで、

そんなに時間はかからなかった。



『お腹が…、

お腹の中が焼けそうだッ!』



『助けて!!

お父さん!!お母さんっ!!』



あまりに現実離れしていて、

僕はまたいつものように兄達がふざけているのだと思った。



『……ロボ、ロボ!

早くお父さんを呼んできて!』



『お水がほしい!

お腹が焼けちゃう!』



助けを求められても、

僕にはどうすればいいのかわからなかった。



兄達の匂いが、

一緒にいると安心できる家族たちの匂いが、





時間と共に腐り行く【屍肉】の匂いに変わっていく。

今でも目に焼き付いて離れない、

匂いと光景、

そして最期の声だった。



父の目を盗み屍肉を口にした兄達は、

みんな揃って口から泡を吹き、

苦しみながら死んだ。








〜仕掛けた罠に獲物がかかった時の興奮。

でかい獲物を討ち取った時の満足感。

異なる思想の持ち主を、

疎外した時の充実感。



俺達人間は、

誰しもが生まれながらの罪深いハンターなのだろう。



時折その狂気は、

同じ人間にも向けられる。

生け贄無しでは、

人間の社会は成り立たないのだ〜





「してやったぞ!

見てみろよ!

まんまと毒入りの牛肉を食らって死んでやがるぜ」



「小さい狼だが、

ひん剥きゃ毛皮は売れるだろう」



「やられた家畜の肩代わりにゃならねぇが、

無いよりはマシだろう。

片っ端から駆逐して毛皮を売り飛ばしてやろう」





〜そして敵を討ち滅ぼした後、

俺達はいつでも甘美な報酬を得る〜










【悪意】は僕達の日常を、

まるで虫が草花を食い荒らすように蝕んだ。



父は人間に銃で撃たれ、

母は罠にかかり死んだ。



僕は、

この世界でひとりぼっちになった。



初めて感じた孤独だった。

大好きな夜の瞬きは単なる暗闇に変わり、

平原を走る風の音も、

まるで追跡者の足音のように感じた。



声をあげ続けていなければ、

僕は飲み込まれて消えてしまうようで、

ただただ泣いた。







『なんで泣いているの?』



不意に聞こえた声に、

周りの空気が変わるのを感じた。



その声は僕に向かって優しく響き、

包み込むような心の匂いは、

少し頼りないけど父や母と同じく、

ふんわりと心地良い柔らかさだった。





誰かに見つけてもらった、

それだけで世界は変わるのだと知った。





『お父さんとお母さん、

それに兄さん達もみんな、

人間に殺された』



絞り出した言葉を、

もうそれ以上続ける事は出来なかった。

喉は締め付けられ、

心臓は縮こまっていく。





無言の僕達の次の言葉を、

森中が固唾を飲んで待っているようだった。





始まりの鼓動が響いた。

君の心臓の音が僕に届いた。



木々の間から漏れる陽の光は、

ところどころ霞む空気をキラキラと輝かせ、



『…私が、

私が守ってあげるよ。



だから泣かないで…』



儚げな決意に震える優しい声に振り向くと、

真っ白な身体を陽の光に輝かせる君がいた。



『私はブランカ。

私の兄弟達はみんな病気で死んでしまったから、

きっとパパもママもあなたを守ってくれるから』





ブランカ。

頼るべき親も兄弟も奪われた僕にとって、

その時からもう、

彼女だけが全てだった。








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