マッスル桃太郎
昔々あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。
ふたりは身体を鍛えるのが大好きで、鬼のような肉体の持ち主でした。
厳しい食事制限と運動のおかげで実年齢より若く見えたのです。
ある日おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行きました。
おばあさんは乳房にサラシを巻き、ふんどし一丁ですが、その磨き抜かれた身体を見てほしいためです。
洗濯物を片手で持ち上げたおばあさんは豪快に洗濯をしました。
すると川から大きな桃がどんぶらこどんぶらこと流れてきました。
「おお、なんという大きい桃だろうか。さっそく持ち帰るとしよう」
おばあさんはひょいと片手で桃を持ち上げました。洗濯物も一緒に抱えて帰りました。
家に帰るとおじいさんはすでに帰っていました。柴どころか数本の木を切り倒し、薪の山を作っていたのです。
おばあさんは大きな桃を見せるとおじいさんも喜びました。
さっそく桃を切って食べようとしましたが、ぱかっと桃が割れて中から玉のような赤ちゃんが飛び出ました。
「ほう、なんという元気な赤ちゃんだろう。これは神様の贈り物に違いない」
ふたりは赤ちゃんの名前に、桃から生まれた桃太郎と名付けました。
☆
桃太郎はすくすく育ちました。おばあさんは桃太郎には豆腐や納豆、鳥のささ身などを食べさせました。
肉を育てるのに最適だからです。さらに肉体改造の心得も教えてくれました。
「桃太郎や、肉を鍛えるためには食生活も気を付けないといけないよ。脂肪を嫌い、飴玉ひとつの糖分すら断って死亡した人もいるのだからね」
「はい、おばあさん」
おじいさんは腕立て伏せなどの肉を鍛える練習を教えてくれました。
「おじいさんの腹筋は見事に割れていますね。ぼくもたくさん腹筋を割りたいです」
「はっはっは。こいつは努力の賜物さ。しかし桃太郎や。腹筋は六つまでしか割れないのだよ。わしも若い頃はいくつ割れるかためしたが、結局無理だったな」
おじいさんはがっかりした口調で言いました。
桃太郎はふたりの英才教育のおかげで黄金のような肉体を得たのです。
さて都では鬼たちが暴れていました。家を壊し、畑を荒らしていたのです。
桃太郎は鬼たちの悪行に怒りを覚えました。ふたりにその旨を答えると納得してくれたのです。
「鬼退治に行くのかい。鬼たちの肉体はわたしたちと同じなのだよ。でも都の人たちはもやしのようにひょろひょろだからね。人の手で肉を作り上げられることを知らないのだよ」
「だから桃太郎や。鬼たちに鍛えた肉体を見せつけてやるのだ。作り上げた肉を見て鬼たちも改心するだろうよ」
そういっておばあさんは手作りのきび団子を渡してくれました。
桃太郎は構えを取りながら旅を続けていました。自分の鍛え上げた筋肉を他の人に見せつけていたのです。
すると目の前に犬が現れました。犬は仲間になりたそうにこちらを見ています。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰に付けたきび団子、ひとつ私にくださいな」
「おや、犬がしゃべるとはすごいな。お前さんは特別な犬なのか?」
桃太郎は尋ねました。犬はこくんと首を縦に振ります。
すると犬は二本足で立ち上がりました。そして人間ほどの大きさになり、両腕を上げ力こぶを作りました。
「その通りです。私は人狼で人に化けられるのです。それとあなたがおじいさんおばあさんの鍛えた肉体に感動しました。なのでおふたりの後継者であるあなたの家来になりたいのです」
桃太郎はきび団子を与え、犬は家来になりました。
てくてく歩いていると、今度は猿が目の前に現れました。
こちらも桃太郎の仲間になりたそうに見ています。
「桃太郎さん、桃太郎さん。お腰につけたきび団子、ひとつわてにくださいな」
「ほう、桃太郎さん。彼はただの猿ではありません。神聖な雰囲気を感じます」
犬が進言すると、猿はにやりと笑いました。
どろんと煙が上がると、そこには肉を鍛えた大猿が現れたのです。
両手をわき腹に当て、胸に力を込めました。
「わては猿神でんねん。わてもあんさんの肉体にめっちゃ惚れたねん。人の身でここまで鍛えるとはさすがやね。せやからわても家来になりまっせ」
桃太郎は猿の熱意に打たれ、きび団子を与えました。
猿は喜んで家来になったのです。
さらに歩いていると、天から雉が飛んできました。
「桃太郎はん、あの雉はただもんやありまへん。わて以上の神々しさを感じますわ」
「そうですね。まるで天女が舞い降りたと勘違いしますね」
すると雉はどろんと煙が上がりました。そこからひとりの美しい女性が現れたのです。
「わたくしは天女です。かつて天に住む神様から地上の監視を言い渡されました。その際に神の使いから矢で貫かれました。死にはしませんでしたが、もう天へは帰れません。遠くで桃太郎さんとおじいさんおばあさんが体を鍛えるのを見て、感涙しました。ぜひお腰につけたきび団子をわたくしにくださいませ。そして家来にしていただきたいのです」
「天女様がぼくの家来になりたいなんてすごいな。やっぱり鍛えた肉体はどんな種族も感動を与えるのだな」
桃太郎は感動しました。
☆
鬼が島は海原にある島でした。天気がよく食べ物が豊富で、遠くで極楽鳥は鳴いていました。
鬼たちはのんびりと暮らしており、みんな幸せそうです。
そこへ桃太郎がやってきました。三匹のお供も背後にいます。
「この島に住む鬼たちはとても楽しそうだな。とても世にあだなす悪鬼羅刹には見えない。本当の鬼たちは穏やかな性格なのだろう」
「おそらく都で暴れる鬼たちはわずかにいるはぐれモノなのでしょう」
「せやな。少数のはみだしもんのせいで、鬼たちは迷惑しとるやろね」
「ここはひとつ、人である桃太郎様の肉体を思う存分見せつけてあげましょう」
桃太郎は鬼たちが集まる広場にやってきました。鬼たちは何事かとやってきました。
集落に住む鬼たちはすばらしい肉体の持ち主です。女も子供も見事な肉の彫刻で、感心していました。
「鬼たちよ! ぼくは桃から生まれた桃太郎だ!! 今からぼくが鍛えた肉体を見せてあげよう!!」
桃太郎は両腕をそろえ、まっすぐに伸ばす。そして天に向けて力こぶを作った。お供も釣られて構えを取った。
背中を見せたり、腕を背後に回したり、頭に組んだりと構えを変えてみせています。
「ほう、デカイ肉だな。しかもバリバリの皮だ。それも血管がはっきり浮き出てキレテル」
「お供の肉体もなかなかだね。あの人狼は身体が仕上がっているね。僧帽筋も並じゃないよ」
「猿神の方も足がデカイな。さらにふくらはぎもいいね。まるで富士山だ」
「雉の天女もすごいよ。背中の肉はまるで羽根が生えているようだ。まさに雉の翼そのものだよ。上腕三頭筋もいいね、背筋も立っている」
「しかし三匹は人外だ。本当にすごいのは桃太郎だよ。肩が瓜みたいだし、すさまじい桃尻だ。脚も猿神と同じだし、土台が違うよ土台が」
鬼たちは桃太郎の肉体に感動しました。思わず集落の鬼たちも同じ構えを取ったのです。
横に並ぶ姿はまるで赤い壁です。
そこにひときわ大きな鬼が現れました。鬼の大将のようです。いかつい顔をしています。
「桃太郎! お前の鍛えた肉体、見せてもらった!! それでお前は俺たちに何を望むのだ!!」
「ぼくの願いはただひとつ。都で暴れる鬼たちを静かにさせることだ。だけどこの島のみんなを見ていると、暴れているのはごく一部だと思う。人間は鬼たちの身体を恐れているが、鍛えればその肉体を得ることを知らないんだ! だからぼくは都で筋肉道場を作る。そのための資金が必要だ!!」
桃太郎の言葉に鬼の大将は感服しました。鬼の秘術で作られた財宝を差し出したのです。
桃太郎は荷車に財宝を積み、持ち帰りました。そしておじいさんとおばあさんを呼び出し筋肉道場を作ったのです。
財宝を売ったお金で肉を育てるのに必要な豆腐と納豆を作り、農家にはニワトリをたくさん育てさせ鳥のささ身を、漁師からはサバを買い取りました。
桃太郎とお供の三匹は筋肉のすばらしさを教えました。
最初は貴族とお侍さんが中心で体を鍛えました。一年後に鬼のような身体を手に入れて感動の涙を流したのです。
都では肉を鍛えることが流行しました。もう人間は鬼たちの肉体を怖がることはありません。
暴れている鬼たちは大人しくなりました。本当は構ってほしいけど口下手なのでいたずらをしてわざと気を牽いていたのです。
そんな鬼たちは罰として畑を耕し、邪魔な大岩を取り除き、箸を作らせる手伝いをさせました。
鬼たちは鬼ヶ島からやってきました。都では自分たちと同じ肉体の人間が稲の穂のようにたくさんいるのです。
桃太郎は年に一度、筋肉祭を開きました。人間も鬼も、犬や猿、雉といった人外も一緒に鍛えた肉体をみんなに見てもらうのです。
筋肉のおかげでみんな仲良しになりましたとさ。
めでたしめでたし。