第1話 取り残される者
木の匂い。土の感触。風の音。草が風に靡かれ頬を撫でる。体が自然の一部に溶け込み、心地よい気分だった。だが、その時間はすぐに終わる。体が熱を持ち始める。今、心臓が動き、生命としての活動を始めるかのように。堪らず起きた俺の視界に入ったのは、森だった。加えて寝汗をかいていたらしく着ていたハーツパンツっぽいものと肌着はビショビショに濡れていた。
「うわぁ...まじかよ...取り敢えず絞るか」
ギューッ ギューッ ギューッ
「まあ、このくらいか」
自分の体に引っ付く不快感を除去して、一先ず状況確認をする。
「俺は死んだんじゃないのか?というか此処はどこだ?」
周りを見渡すもあるのは当然木ばかりで、記憶を辿ろうとするも所々欠落していて曖昧なものばかりだった。必死で今必要な情報を記憶からかき集め、今の自分がやるべき事を探す。
「最初は水、次に食糧、で行く方向、あー場所も知りたいな」
俺はやるべき事に順位付けをし、周辺の捜索を開始した。
幸いなことに水というか池はすぐに見つかった。水があれば辺りに獣や果物があるだろうと考えていたがそういう気配、ものはいずれもない。不思議なもんだと思ったがその水を飲んで理由が判明した。
「ぐっ!あっががぁぁあ!」
毒だと気づきすぐに吐き捨てるが、口の中が熱い。痺れる。すぐに水をと思うがその水が毒にやられていては飲めない。
(くそ...なら別のところに...)
少し進むと、背の低い木の先に黄色い果物が生っているのを見つけた。一様毒があるかないか肌に果汁を塗って調べたが異常がないので、食べられると判断した。だが、そう甘くはいかなかった。
「う、ゔええぇぇあ、おぇぇ」
とても不味いのである。食べられる、食べられない以前に口が胃が全く受け付けない味だった。毒の水で多少味覚がやられていた上にこの仕打ちであった故、味覚は殆ど麻痺してしまった。
けれど、俺はそう簡単に死にたくなかった。
(こんな所で諦めてたまるか!)
果汁を水分だと自分の体に言い聞かせ、喉の乾きを癒すために飲む。胃はその水分さえ吐き出させようとする。それを意識でなんとか抑え歩き始めた。
そうして7日が経った。
未だ俺は森の中をさ迷っており空腹も気力も精神も限界寸前だった。木の枝を杖替わりに歩いており1m前ですら霞んで見える視界で自分の体に鞭を打ち続けた。そして、限界が来る。何も抵抗がないかのように倒れ、その目にはもう地面しか写らない。
(あぁ、後は時間が過ぎていくだけか......)
俺は、ゆっくりと目を閉じた。
「おい、起きろよ」
「こんな所で寝たら悠くん風邪ひいちゃうよ?」
何処からか声がする。目を開けると1組の男女が覗き込むような姿勢で俺の顔を見ていた。どちらも年は7歳くらいだろうか?
「まじで置いてくぞ?寝そべってないで、早く起きろ」
「とか言って、待ってる慎ちゃん」
「だ、ま、れ」
「はいはい」
その会話、様子をを見聞きしているだけで心と頭が騒ぎ出す。忘れもしない声、表情、顔。そのすべてが鍵となり欠落していた記憶の一部を思い出させる。
「"しん"と"しほ"?」
そこに居たのは幼馴染みの橘慎也と月草志穂だった。
「そうだけど、どうした?寝ぼけてんのか?」
「慎ちゃんが素直になんないから本当に同一人物なの?って疑ってるんだよ、きっと」
志穂は慎也をいつものように揶揄う。
「悪い、悪い。ちょっと呆けてただけだ」
俺はそう言い立ち上がる。
「じゃあ、行こうか」
「おう」「りょぉかーい」
2人は俺の後に続く、それは遠い過去に見た今も尚待ち焦がれていたものだった。
ふとどこに行くのか聞き忘れたと思い、後ろの2人に声をかける。
「なあ、どこにいくつ...も......り......?」
後ろを振り返る。そこには誰もおらず、ただ闇があるだけだった。
「おい、やめろよ、冗談だろ?」
誰も何も言わない。ただ虚しく波紋がたつだけだった。俺は2人を見つけるため闇に向かって走り出す。
もうどれくらいの距離を走ったのだろうか。気が付けば周りが真っ暗だった。平衡感覚も失われ、自分がどこにいるのか分からなくなる。慎也と志穂がいなくなったショックから情緒不安定になり無意識に口から言葉が出てくる。
「何で"また"俺の前から居なくなるんだよ...。これからも一緒って約束じゃないのかよ!?」
声を張り上げるが、ただ響くのみ。
そして俺は真っ暗となった空間で意識を失った。