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思春期summer day

作者: 冬月莉望

 貞方さだかたという男は、よく分からない。


「おはよー」


「おはよ」


 間延びした喋り方、意味不明な言動、カッコつけな仕草。この一文だけで『貞方』は説明出来ただろう。


 貞方さだかた亮平りょうへい。ラノベ好きの浅田あさだ未央みおと仲が良く、今も挨拶を交わした後で談笑している。私もあの中に加わろうとすれば出来るが、瑠美るみと話しているのでそれはしない。


「でさー、その人がめっちゃカッコよくて! やばかったんよ! まじで!」


「好きだねーイケメン。さすが面食い」


「違うよー、うち面食いじゃないよ! 性格派!」


 どこが、と思ったが、口には出さず適当に相槌を打った。


 橋本はしもと瑠美るみ。顔はそこそこ、どちらかというと可愛い系だろうか。長身で、スタイルは抜群にいい。


 ただ――若干うざいと感じるほどにミーハーである。


「でさー、ねー聞いてよー!」


「聞いてるよ。その人がカッコよかったんよね?」


「うん! まじやばかった!! しかもさ、その人……」


 同じことしか言ってない。「まじやばかった」って言えば会話成り立つと思ってるのか。めんどくせーな……。


 だが、こうなった瑠美は話を逸らそうとしてもすぐ戻してくるので、それなりに聞いてる感を出して「ふーん」「そうなんだ」を連発する。


 ……ここまでだと、私が瑠美のことを嫌っているのではないかと勘違いする人は多いと思う。しかし私は、瑠美のいい所も知っているのだ。


「あっ、そーいえば佑香ゆうか、今週週番よね? 黒板消すの手伝ったげるー!」


「ホントだ、忘れてた……ありがとー、お願い」


「いーよー!」


 瑠美は黒板消しを右手に持つと、私がジャンプしないと届かない部分を重点的に綺麗にしてくれた。同時進行で、私は下の方を消していく。瑠美は黒板を半分に割った左側、私は右側から攻めた。


「俺も消そうかー?」


 声だけで分かった。振り返ってみると、思った通り貞方だった。その隣から未央も声をかけてきた。


「オレも手伝うよ。背低いと消しにくいだろ」


「うるさい未央。身長ちょーだいよ、5cmぐらい」


 170cm近くある未央を内心軽く憎んでいる私は、黒板に向き直ってそう言った。


「ははっ5cmかあー、まぁあげれるもんならあげたいけど」


「いつか奪う」


「えっ、宮野って他人ひとの身長奪えるの?」


 貞方が驚いたように訊いてきた。


 自己紹介を忘れていたが、私のフルネームは宮野みやの佑香ゆうか。話題に上っている身長は150.1cmだ。……まだ伸びるから。


「は? いやいや、奪えるわけないじゃん! ムカつくから言っただけよ」


「あー、そうなん。本当マジかと思った」


「私を何だと思ってんの」


 けらけらと笑いながら私は言った。貞方は首の後ろを掻きながら、「うーん……なんだろ。超能力とか持ってそうかなー」と答えた。変な人だ、やっぱり。


 聞き続けて三年目になる、馴染みのあるチャイムが教室内に響いた。思い思いに過ごしていたクラスメイト達が席につき出し、鳴り終わるまでに全員着席完了した。


「おはようございまーす」


「「「おはようございまーす」」」


 教室のドアを開けて入ってきた担任に挨拶を返す。40代前半らしい男の先生で、優しいがいきなり怒ることがある。ちなみに全く怖くない。


 担任が来たので、男子の週番・山本やまもとくん司会のもと、朝学活が始まった。


「ねー瑠美、今日の放課後も残るの?」


 私は後ろの席に座る瑠美に訊いた。瑠美は定期テストの提出課題忘れ常習犯で、そういう生徒は放課後、教室で居残りをしなければならない。


「うん、終わってないから残らないとだよ。なんで?」


「私も残ろうと思ってさ。まぁ本読むだけになると思うけど」


「そうなん! えー、話そーよー」


「宮野さん、橋本さん、朝学活中は静かにしてくださいね」


「「はーい」」


 返事だけしておけばお咎めなし。1組は担任が強面の体育教師なので常に教室の空気が張り詰めているそうだが、6組は全然だ。1組の人達、ドンマイ。


 チャイムが鳴った。担任の「終わりましょう」という一言を合図に、山本くんが号令をかける。


 面倒な私は、声は出さずに礼だけをした。




◇◆◇




 放課後になった。


「あれ、佑香今日残るの?」


「うん。5時から病院行くことになってるからさー」


「なるほどね! バイバーイ!」


「んー、ばいばい」


 クラスメイトの女子に手を振り返して、再び本に視線を戻す。アニメ化もされた人気作で、ものすごく面白いのだ。「読み始めたら止まらない」なんて帯に印字された売り文句にも頷けるほど。


「佑香ー、ここわからーん」


「ん?どこよ」


「ここー」


 瑠美が指差したのは、平方根の問題だった。……いくら数学が苦手とはいえ、基本中の基本の足し算くらい出来ないとやばくない?


「これは√5が共通してるでしょ?だから、この左についてる数字の部分を足せばいいの」


「おぉー! 佑香すげえ! じゃあこっちは?」


 瑠美の頭もすごいよ? ……逆にね。


 だって、数字が変わっただけの同じような足し算の問題を、全く別の問題みたいな雰囲気で訊いてくるんだから。


 そうして何問か教えてやっと解放された私は、読んでいた文庫本を開いた。


「……あれ」


 ふと、私はあることに気がついた。顔を横に向け、その人物に尋ねる。


「帰らないの? 貞方」


「えっ? あー、まー俺も残ろーかなって。暇だし」


「ふーん」


 目が泳いでいたのが気になったが、突っ込まないことにした。


 ハッキリ言うとどうでもよかった。


「橋本終わってないのかー。お前いつもだよなー」


「しょーがないじゃん! 終わらんものは終わらんのー! 大体期限が短すぎるんだって!」


「あー、それ分かるわー」


 ――気付けば、私は本の世界に入り込んでいた。二人の話し声が聞こえなくなり、集中力が極限まで高まる。


 不意に、貞方の声が意識に割り込んできた。


「でも俺、こいつの声好きだけど」


 ……ん? こいつ?


 いや、瑠美に言ったよね……多分。うん、きっとそうだ。


「佑香ー!」


 瑠美が明るい声で私の名を呼んだ。


「ん?」


 本から顔を上げずに返事すると。


「貞方がね、佑香の声好きだってー!」


「え、ちょっ……」


 ……あー、やっぱ私のことだったんだ。おかしいと思ったんよね、貞方が目の前の瑠美を「お前」じゃなくて「こいつ」って言うとか。


 ま、どうせ嘘って分かってるし。


「んー、ありがと」


 視線は本に固定したまま、生返事気味に私はそう言った。


「おー、うんー」


「佑香、反応うすっ!」


「まー、宮野さんはいつもあんな感じだからー」


 そんな私にけろりと答えた貞方とは違い、瑠美は「面白くないなぁ」とでも言うような声色だった。


 ……ちょっと、返事が適当すぎた?


 確かに、男子から『声が好き』って言われたのに対してあの返事っていうのは、瑠美からしたら面白くないんだろうけど。


「いや、だったらさ? 『わぁー、貞方ありがとう! うちも貞方の声好きよ』とか言った方がよかったわけ?」


 私は「好きよ」の後にわざとらしくハートマークをつけて、冗談っぽく言ってみた。


「……あー、それはそれでちょっとアレだね」


「そーそー。だから俺的にはあの反応の方がよかったよー」


 瑠美が苦笑いに似た笑みを浮かべる横で、貞方はやはりけろりとしていた。


「あー、そう? ならよかった」


 適当に返事して笑いかけ、また私は本を読み出した。


「じゃあうちの声は?」


「お前は……あー、お前は滑舌が良くなったら好きかなー」


「何それ! うち滑舌悪くないしー」


「……いや、やっぱお前はムリ。お前の声は好きになれないわー」


「え、ひっど!」


 二人の会話が地味に聞こえてきて、本の内容が頭に入らない。せっかく今いいところなのに……。


「うち、頭ん中の80%は恋愛のこと考えてるよ?」


 瑠美が唐突にそんなことを言い出した。


 ………は!?


「そんなに考えてんの!?」


「え? うん! あとはー、10%がお風呂とかご飯とかその辺でー、5%は学校のことー、残りの5%は勉強かなー」


 他がどうとかは別に聞いてない。私は単に、恋愛が頭の中の80%を占めてるっていう事実に驚いただけだし。


 瑠美の話を聞いて、貞方は驚きのあまり振り返った体勢のままでいる私に言った。


「そんなにアレならさー、未央とそういう恋愛関係のこといろいろすればー?」


「は? いや、未央は友達だし。てかいきなり話飛んだね」


 あと貞方、“恋愛関係のこといろいろする”って、どういうこと想像して言ったの。


 いや、別に知りたくないけど。


「というかさ、んー、未央は面白いし話してて楽しいけど、そういう対象じゃないんよ。まぁ、好きだけどさ」


「!?!?」


「え、好き!?」


「? うん……好きだけど」


 なんでそんなにびっくりしてんの、二人とも。


 特に貞方。


「……あ、あー! 友達としてってこと?」


 瑠美が、動揺の抜け切っていない口調で訊いてくる。


「は? そうに決まってるじゃん!」


 逆にそれ以外何があるのさ。


 あ、そっか。


 瑠美たちは、私が恋愛的な方で未央を『好き』って言ったんだと勘違いしたのか。


 そんなわけないのになー。


「……あー、びっくりしたー。俺、なんか暑くなったよー」


「なんで暑くなるの」


 よく分からないな、貞方は。


「てかさ、恋愛の方で好きなら、こんなハッキリ言えないし! 友達の方だから、未央に面と向かってだって言えるよ」


「あ、瑠美のことも好きだからね?」と一応付け足すと、「分かってるって」と嬉しそうな肯定が返ってくる。


 思い込みが激しい瑠美だから、一言フォローしないと後でめんどくさくなるんだよね。


 それに――瑠美のことが好きなのは本当のことだし、口にしなきゃ伝わらないからね。


「あー、俺も君のこと好きだけど」


 何故か遠慮がちに貞方が言ってきて、とりあえず脳内に浮かんだ言葉を口に出す。


「ありがとー。私も貞方のこと好きよ! 面白いし」


 ニコッと笑うと、貞方は私から目を逸らしながら「おー、ありがとう」と言った。


 よく分からなかったけど、とりあえず「ん!」と笑顔で頷いておいた。




◇◆◇




「おはよー」


「おはよ亮平」


 瑠美と話していると、離れた場所から貞方と未央の声が聞こえてきた。


 なんとなく、私もその輪に入ってみる。


「おはよー貞方、未央」


「おー、おはよー宮野さん」


「おはよ宮野」


「おはよー!」


 当然ついてきた瑠美も挨拶をして、貞方と未央は瑠美にもきちんと返していた。


 貞方の視線を感じて目を向けたが、合う一瞬前に逸らされた。






 昨日「好き」を言い合ったからって、漫画みたいにいきなり意識し出すということはない。


 ただ――昨日より少しだけ、『貞方』は違って見えた……気がした、ような。



 中三の初夏。この教室でまた、今日が始まる。

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