黄金の鍵
本作品はフィクションです、作中の登場人物・名称は実在のものと関係ありません。
東京都新宿区の一角に居を構える高層ビル、その最上階から眼下の街を一望している人物がいる。
髪をオールバックに整えてグレーのスーツを着た男は、竜のリングを嵌めた右手でワイングラスを持ち、優雅な仕草でグラスを揺らしている。
「本日の予定ですが、午前中に官房長官と会談して頂き、その後日下部会長と昼食となっております。」
後ろでは秘書と思われる女性がスケジュールを事務的に話している。
「それと、例の件ですが。」
グラスを揺らす手が止まる。
「原因不明の事故、という事で処理されました。」
事故という言葉を聞き、男は振り返った。どこか不気味さを感じる笑顔で、
「事故ですか。気の毒なことですね。」
そう答えた。
消せと命じたことに罪悪感は感じていない。
猫があの現場を通らなければ、その様子を録画していなければ、C.C.Pなどに依頼をしなければ、記録された映像を見なければ……
「本当に運の悪い一家だ。それよりも、犬に嗅ぎつけられる前にキーを見つけねば。」
男は呟いた。
◇◆◇
「藤堂を追い詰めるには全然足りないYo!」
「オレ様も同感だ。これじゃあシラを切られてお仕舞いだぜ。」
ワイラーとブルが言う。確かに状況証拠を見れば、藤堂はクロだ。しかし、マフィアと一緒に居たというだけで明確な証拠は何もない。
仮に梅蘭が依頼主の名を明かしたところで、藤堂には辿り着かないだろう。政治家とはそういう生き物だ。
「物証が必要だな。」
ジャックもそれは重々承知している。しかし、手詰まりであることもまた事実であった。
3人が頭を捻っていると、唐突に通信の呼び出しコールが鳴る。サークルメニューを開き通信相手を確認するとC.C.P室長秘書のキャバリアからだった。
『室長が経過報告をお待ちです。一度本部へ戻って下さい。』
回線を開くと、キャバリアは用件のみ簡潔に伝えてきた。捜査機関とはそういうもので、非常事に前置きから長々と入られても困る。
『了解した、すぐに向かう。』
ジャックはそう返答して回線を閉じるとログアウトし、C.C.P本部へ向かう。
C.C.P室長という肩書きを持ちながらVRにダイブする事のない、変わり者の英国紳士の元へ。
◇◆◇
棺桶から出るとマールボロに火をつける。ジャックがVRと現実世界を切り替える儀式の中の一つであった。
紫煙を軽く吸い込むと喉の奥を心地よい刺激がノックし、現実世界に戻ったことを実感させてくれた。VRの煙草は雰囲気だけなのでこうはいかない。
C.C.P本部はVR内と同じく丸の内にある。ただし、こちらは近代的なビルとは程遠い、古めかしい煉瓦造りの洋館であった。
内装も明治時代を思わせる木製の床張りに手延べ硝子が使われている。軋む床や歪みのある硝子が非常に高価なのだから、時代の移り変わりというものは面白い。
そんな興味深い洋館の通路を歩き、最奥にある一回り大きいドアをノックする。
「どうぞ。入って下さい。」
丁寧な返事で返され、室内に入る。室内もアンティーク調で統一されており、正面には年代物の執務机と椅子が置いてあった。
そして、椅子に座っている洒落たブラウンのスーツを着ている男。歳は40代後半で金髪は短く整えられており、顔に柔和な笑みを浮かべていた。
男のコードネームはコッカー。本名をサー・ウィーズリー・エイブラハムといいC.C.P室長の肩書きを持つ。騎士の称号は秘密情報部時代に女王陛下から賜ったものだ。
「報告が遅くなり申し訳ありません。黒幕の存在までは確認しました。しかし、そこから先が難航しております。」
ジャックはそう切り出し、事の顛末を伝えた。
「なるほど。藤堂氏ならば証拠も簡単には残さないでしょう。断片的でも良いので情報収集をするしかないですね。」
ジャックの報告を聞いた室長は、そう言うや卓上のパソコンを叩き、
「ワイラーには現場のログ精査を、ブルにはマンションでの聞き込みを指示しておきます。君はカジノを再度調べて下さい。」
そう指示した。ジャックにマンションを調査させなかったのは彼なりの優しさなのだろう。
「了解しました。マカオにダイブします。」
ジャックは室長に敬礼した後、本部を後にした。
室長は手延べ硝子の窓を開けて外を見る。ジャックの姿が完全に見えなくなったのを確認すると、秘匿回線を使って電話をかけた。
「大沼君、貴方に頼みたい事ができました。ええ、上手くやれば組織へのアピールになるかと……」
◇◆◇
「C.C.P捜査官のジャックです。支配人をお願いします。」
マカオにダイブしたジャックはCoDカジノに来ていた。受付で支配人を呼ぶと、一人の男が急ぎ足で向かって来た。
「先日の事件後、VIPルームの清掃中に見つかりました。マフィア共が必死に探しに来ましたが、知らぬ存ぜぬで追い返してやりましたわ。」
支配人は「わっはっは」と豪快に笑いながら小さな鍵を差し出して来た。
ジャックは豪胆な支配人に頭を下げ鍵を受け取る。鍵は複雑なディンプルキーで持ち手には二匹の狼の刻印があった。
「双狼銀行の貸金庫か。」
そう確信すると鍵を強く握りしめ、カジノを後にした。
◇◆◇
『Yoジャック。室長の指示通りログを精査したYo。倉庫街とカジノに居たのは藤堂で間違いないぜ、チェラ!』
『マンションの方は、最近になってから頻繁にマフィアがうろついてるのを見かける様になったらしいぜ。』
通信を介してそれぞれの状況を話し合う。
ジャックはと言えば、これから4つ目の銀行に向かう途中であった。
支配人から受け取った鍵は、やはり貸金庫のものであった。そして貸金庫を開けたジャックの目に飛び込んで来たのは、金庫内に寂しく鎮座する鍵だった。
貸金庫の中に貸金庫の鍵、またその貸金庫の中に別の貸金庫の鍵が入っている様はマトリョーシカを連想させる。
しかも、丁寧に各銀行の前ではマフィアが目を光らせていた。ジャックは入る時と出る時で変装を変え、マフィアの監視網をすり抜けながら銀行巡りをしていた。
『そしてこれが4つ目だが……。どうやらこれで終わりらしい。』
ジャックの目には、貸金庫に収められた鍵が映っている。しかしその鍵は今までのものとは明らかに違う。黄金色に輝く鍵の持ち手は、
『二匹の龍が絡み合ってるな。』
ジャックの言葉にブルが口笛を鳴らす。二匹の竜、あの男が好んで使う意匠だった。
『場所はログからあたりが付けられるYo! MAPに情報を表示させるから落ち合おうZe!』
ワイラーの言葉と同時に小さなシステム音が鳴る。メニューサークルから地図を選択させると目の前にホログラムの地図が表示される。香港にある倉庫街の一角にフラッグマークが表示されていた。
『オーケー! オレ様も向かうぜ。』
『二人とも、武器の準備は怠るなよ。』
『わかってるYo!』
『では16時00に集合だ。』
『どうせマフィア共がたんまりいるんだろ? 派手にやってやろうぜ!』
3人は集合時刻を確認すると、各々決戦の準備に備えることとした。
◇◆◇
「15時45分、そろそろ行くか。」
いつもの古本屋を出たジャックは時間を確認し独りごちる。
香港へとテレポートし、倉庫街へ来たジャックが目にしたのは……、
「よお、遅かったな。暇だったから先に来て全部頂いちまったぜ!」
「Yoジャック。久々に運動したYo!」
積み重ねられたマフィアの山と、その上に座る二人の男だった。
「これを二人でやったのか?」
ジャックが聞くと「もう一人いたYo。」とワイラーが答える。
「クリスも連れてきたんだけどよ。暴れるだけ暴れて《ジャックが居ないなら私帰るっ!》だとよ。モテる男は辛いねえ。」
などとブルが茶化してくる。なるほど、クリスがいたのならこの程度の人数は問題にならないだろう。
「ブル、また変な事言ってクリスを唆したんだろ? いい加減にしないとアイツもキレるぞ? ま、それはともかくとして……」
ジャックはそこで一旦言葉を切り、倉庫に視線を移す。煉瓦造りの倉庫は、銃撃戦の影響でところどころ煉瓦が剥がれていたが、そこから鉄の壁が顔を覗かせていた。
「ここがその場所なんだな?」
確認するとワイラーが頷き
「間違いないYo。 煉瓦の下に鉄製の壁とか怪しすぎだYo!」
そう言いながら煉瓦の壁を蹴る。衝撃でまた煉瓦が剥がれ落ち、新たな鉄の壁が見えた。
「それじゃ、鬼が出るか蛇が出るか。オレ様が拝ませて貰うじゃないか。」
ブルはニヤリと笑うと、指の骨をポキポキと鳴らす。
「倉庫を開けるぞ、油断するなよ。」
鍵穴に黄金色の鍵を差し込み捻る。倉庫の扉は、
《ゴゥン……、ゴゥン……》
と鈍い機械音をさせながらゆっくりと左右にスライドする。
倉庫の中が明るみに晒されるにつれ、3人の瞳は警戒の色から驚愕の色へと変わっていった。
「驚きだYo……」
「オーマイガッ!」
「ここに居たか、お姫サマ。」
3者3様の反応を見せる。
全員が想像すらしていなかった倉庫の中身、それは…………。
<つづく>