下
「星野さん、UFOに会えたかなぁ」
ファミレスでは星野の話で持ち切りだった。
「ヒデくんって星野さんのこと知っていたんでしょ? その時から宇宙人だったの?」
「星野は宇宙人じゃないよ。人間の女の子だ」
「それはわかっているけど……。え? ヒデ君怒っているの?」
軽い気持ちで質問をした女子は明らかに引いている。しかし、そんな微妙な空気を感じることができないカズが話に割り込んできた。
「ヒデ、それは分かんないぞ。俺が今朝参考書借りた奴、星野さんと同じ小学校だったらしくてさ。彼女、『星野エイリアン』って呼ばれていたらしいんだ」
俺はカズの言葉に名前が塗りつぶされた彼女のノートを思い出していた。その黒い線は星野の名前よりも明らかに長かった。小学生の星野は宇宙人扱いをされることを嫌がっていたのだ。
「単純だな~小学生って」
「男子が考え付きそうなことよね」
クラスメイトたちが口々に言う。
「それが名前をもじっただけじゃないみたいなんだ。星野の家にUFOみたいな光が飛んでいたとか親父が宇宙人だとか噂があったみたいで」
カズは大真面目だったがみんなは笑っていた。
「バカバカしい。どうせ星野さんを好きな男子がでっちあげたんでしょ」
「あー好きな子をいじめちゃうやつね。俺もそういう経験あるわ」
みんなの話題は小学生の頃の思い出話に変わっていた。カズは納得がいかないのか俺の隣に座ると腕を組んで難しい顔をした。
「なぁヒデ、お前は信じるよな? だってアルなんとか星人なんて聞いたことあるかよ? ネットで調べても出てこないんだぜ? 俺は本物だと思う。今頃、星野さん地球人のために光ヶ丘公園にいるんだ」
カズはすっかり星野の信者になっていた。
俺も信じるわけではないが宇宙人にさらわれていく星野の姿が頭に浮かんだ。赤いタコみたいなマルカヴ星人が星野に巻き付いてさらっていく。俺はぶんぶんと頭を振った。
「俺、ちょっと見て来るわ」
「マルカヴ星人に襲われないか心配なんだな」
「バーカ、ちがうよ。こんな時間に一人で公園にいる方があぶないだろ」
「こんな時間って」
カズがスマホの時計を見てつぶやく。時間はまだ夕方の5時半だった。
外は陽が傾き鋭い西日が差していたが、俺が光ヶ丘公園に着くころには空は黄昏色に染まり、一番星が出ていた。大きな公園の広場には昨日のテレビ放送もあってか人も多い。その中心を外れた電灯の下に一人で空を見上げる星野の姿があった。
「ヒデ君?」
息を切らして走って来た俺を彼女は不思議そうに見つめた。
「やっぱり気になって」
彼女は一瞬、驚いた顔をしたがすぐにクスクスと笑い出す。
「ヒデ君のそういうところ、昔から変わってないね」
「星野は変わりすぎだよ」
彼女は髪が少し伸びたくらいで小学生の頃から何も変わっていない……宇宙人になったこと以外は。
「で、UFOは現れたの?」
空を見上げるとじょじょに薄暗くなっていく東の空に星が増えていた。星野は静かに首を振る。
「ううん、まだ。アル・スハイル・ムーリフ星人もマルカヴ星人も暗闇を好むから」
「そっか」
1,2,3,4、……。何を話していいか分からない俺は心の中で星を数えた。数えている間にも新しい星がどんどん瞬き始める。
「あの赤い星がマルカヴ星?」
東の空にひと際目立つ赤い星があった。
「マルカヴはここからは見えないよ。あれは火星。その近くにあるのはさそり座の一等星アンタレス。火星は惑星だから星座の間を動いていくの。火星はこれから夏にかけて土星とも急接近するんだ。火星人はね、すごく知能が高くて地下に大きな都市があるんだよ。彼らはもう人間に紛れて生活していてね、地球にはそうやってたくさんの宇宙人が住んでいるけど知らないのは地球人だけなんだ」
あたりを見渡せばすっかり薄暗くなった公園にはところどころ2つの影が仲良く寄り添っていた。こんなロマンチックな状況で誰も俺が自称宇宙人のうんちくを聞いているとは思わないだろう。
「さすが宇宙オタク……じゃなくて宇宙人か」
言い直すと星野は昔の彼女のように寂しく微笑んだ。
「ヒデ君の知っている昔の私はね、宇宙人でも地球人でもない偽物の私なの」
「え?」
「私のパパはね、UFO好きの宇宙研究家なんだ。だから私も小さな時からずっと宇宙人はいるって信じていたし、宇宙が大好きだった。でもそれが原因で小学校の友達にいじめられちゃってね。そんな私を心配したママが家から離れたところにある塾にいれたの。塾では私が宇宙オタクなことは秘密だった。だから私は普通の女の子を演じていたの」
無理してじぶんを隠していた彼女のことを、儚げでおしとやかな子だと俺は勝手に勘違いしていたのだ。
星野はポケットからスーパーボールを取り出すと、もうほとんど夜闇に包まれた空にかざした。マーブル柄のスーパーボールはさっきついたばかりの電灯に照らされて、まるで宇宙に浮かぶ地球のように見える。俺はその光景を見たことがある気がした。
「塾は楽しかったけど、自分を偽らないとみんなと仲良くできないことが辛かった。だから私は間違って地球に生まれたひとりぼっちの宇宙人なんじゃないかって本当に思っていたの。そんな時にヒデ君がこの星をくれたんだ」
俺は集めていたスーパーボールを塾に持って行ったことを思い出した。当時、一番の宝物だったこれを見せれば星野も喜んでくれる。単純な俺はそう思っていたのだ。
塾に来た星野に色とりどりのスーパーボールを見せると彼女はキラキラと目を輝かせた。そしてそのうちの1つを手に取り『星みたい』と天井にむかってかざしたのだ。感激する彼女に俺は調子に乗った。
『ああ! これはスーパーボールじゃないんだぞ! 星だ! 俺はたくさん星を持つ宇宙人なんだ!』
そして彼女が手にしていたマーブル柄のスーパーボールをあげたのだ。
俺にとってそれは忘れてしまうくらい、軽くついた嘘だった。しかし、彼女はずっとその思い出をスーパーボールと共に大事にしてくれていたのだ。
「先に宇宙人宣言していたのは俺だったのか……」
「うん。あの時のヒデ君、すごくかっこよかった。だから私も宇宙人でもいい、自分の好きなことしようって思えたんだ。でも再会したヒデ君はそのことを全部忘れていたみたいだけどね」
彼女は俺を優しく睨む。
「悪かったよ」
「ヒデ君が星をくれたから私は宇宙人になったんだよ。その責任とってよね」
「どうやってだよ」
星野は恥ずかしそうに俺を上目遣いで見る。
「ヒデ君にはずっと私の隣にいてほしいの」
その瞬間、俺の胸をビームで撃たれたかのような衝撃が走った。
「そ、それって……どういう……」
動揺でうまく言葉が出ない。予想外の展開に俺の心臓は爆発寸前だ。
「だってね、英利と杏。2人並べば英利杏になるんだよ」
期待した俺がバカだった。星野はどこまでも宇宙オタクの宇宙人。そういう奴だ。
しかし、彼女はうなだれる俺に近づき、顔を寄せると耳元で囁いた。
「――なんて、言うわけがないでしょ」
「なっ!?」
言葉にならない声を発し、耳まで熱を持った俺の顔はばっちり電灯に照らされていた。星野は面白そうに笑っている。
「ヒデ君、マルカヴ星人みたい」
「誰が茹でダコだ」
火照る顔に夜風が気持ちよく通り過ぎていく。
「あ!!」
風になびく黒髪を耳にかけ、星野は夜空に何かを発見した。
「見て! ヒデ君! 青い光! アル・スハイル・ムーリフ星人の観光船だよ」
輝く彼女の瞳の中で青い光を放つ円盤が蛇行していく。地球は救われた。しかし、俺の心は間違いなく目の前の宇宙人にさらわれたのだった。
お読み頂きありがとうございました。間にあえば鈴木りんさま主催のキュアピュンに続編として「VSマルカヴ星人」で参加したいです。間に合わなくてもいつかは投稿したい……