第22話 干からびの沼
かなりの時間が経過した。もうすぐ日が暮れそうだが、一向に脅迫者は現れない。半ば諦めかけたその時、ファリスが何かに気付いたように言葉を発した。
「林の奥、正面に2人、左右に2人。近づいてきているのは、おそらくコブリンっスよ大将」
「わかるのか?」
「オリジナルのパッシブスキルがあるっスから」
そういえば、ファリスは本来、剣聖にまで上り詰めたほどの腕の持ち主だ。そのぐらいの便利なスキルはあって当然だろう。
「ご主人様、確認いたしますか?」
ファリスをうらやましそうに見ていると、ミツユスキー気を利かせて声をかけてきた。
「できるのか?」
「はい、これを使えば……」
ミツユスキーは、荷車の御者席に置いてあった木箱から、木の実のようなものを取り出し、目の前に差し出した。
「これは『ミルミルの実』です。人や生物の気配を察知する能力が一時的に高くなります」
「そんなものがあったのか!」
ミツユスキーは、それを自分で一つ食べて見せる。面白そうなので、ちょっと食べてみることにした。差し出された木の実を一つだけつまみ、口へと放り込む。と、その瞬間、甘酸っぱい味と共に静電気が走ったようなビリビリ感が体を駆け巡った。
「目を凝らして林を見てください」
ミツユスキーに言われた通り、目を凝らしてみる、すると、奥の林に小さな人影のようなものが赤外線サーモグラフィーで見ているかのように視界に映った。集中を解くと、通常の風景に戻るようだ。
もう一度、目で集中して辺りを確認すると、前方に2人、左右の林に1人ずついる。ファリスの認識と一致した。
沼を挟んで反対側の林にいたコブリン2匹が、沼の真ん中に歩いて来た。
「あいつ等が受け取り役か」
「大将、あっしが一緒にいくっス」
俺とファリスは、ミツユスキーから金貨を受け取り、沼の中央に進んだ。干からびの沼の中央まで歩き、俺たちはコブリン2匹と対峙する。
コブリンは、臭い息を放ちながら、話しかけてきた。
「オマエラ、人間カ? クセーゾ」
「ケツ洗ッテンノカ? サッサト金ヨコセ」
口は臭いだけではなく、言葉の臭そうだ。
「ケンタ……いや、アリシアは無事なんだろうな!」
「オマエラ何様ダ、立場ヲワキマエロ」
「女殺スゾ! 金ヨコセ」
──少し、下手に出て話してみるか……。
「あ、アリシアは無事ですか?」
「オマエラ何様ダ、立場ヲワキマエロ」
「女殺スゾ! 金ヨコセ」
…………。
「大将……こいつら多分、同じことしか言わないっス」
「こっちの話は聞かないって事か」
完全にこちらの話を無視している。
「早クダセ! 金貨」
「ケツ洗ッテンノカ? 金ヨコセ」
ここで揉めてもしょうがないので、奴等の言う通りに、金貨の入った袋を差し出した。相手に金貨を持たせるのも作戦のうちだ。あまり気乗りはしないが、仕方がない。
「ほら、金貨だ」
「オマエ、イイヤツダ。ケツ洗エヨ!」
コブリンは、差し出した袋をぶんどった。
「明日モ持ッテコイヨ!」
「ケツモ洗ットケヨ! 追ッテキタラ女殺スゾ!」
コブリンは、袋を持って走り去った。
「やられたっス。やつら、ケンタ君を解放する気ないっス」
「初めから決裂してたってわけか……」
交渉を有利にする為の材料は、残念ながらこちらには無かった。まだ、左右の林にコブリン達が一匹ずつ待機している。後を追ってくるか確認しているのだろう。俺たちは、一旦沼を離れてやり過ごすことにした。
しばらくして、辺りは完全に暗闇になった。おそらく、相手はこれも計算に入れて日暮れ近くに姿を現したのだろう。コブリン気配をファリスに注意させながら、干からびの沼に戻る。さすがにコブリンの気配は消えていた。
ミツユスキーは、ランプに火を灯し、周囲を照らす。
「じゃあ、後を追いますか、ご主人様」
「そうだね」
ミツユスキーは『ココココ羅針盤』を木箱から取り出した。矢印の針が付いた円状の皿だった。装飾のあるガラスケースに入れられている。針は、ずっと同じ方向を指していた。
「この針の方向が、金貨を持ち去った奴等のいる方です」
”コッチダヨ! コッチダヨ!”
ココココ羅針盤は、小さく可愛い声を出した。
「音声ナビか!」
「かわいいっスね」
ひとまず俺たちは、獣車に乗りこみ出発した。ミツユスキーは、小さなランプの明かりで林道を照らしながら獣車を走らせる。そして、ファリスのスキルで、周囲を警戒しつつ、羅針盤の指す方向を頼りに奴らの後を追った。




