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毒リンゴは甘く囁く  作者: 百瀬
ハローワールド
3/12

2 出会い(2)

「あのっお嬢様、フランシス様がお呼びです」


 サントラム家滞在3日目。

 バラの咲き誇る庭園を探検しているときだった。

 彼の名前は、リル・マイヤー。くるくるとクセの強い栗毛の少年で、滞在中のルーシア世話を担当するサントラム家の従僕(フットマン)だ。従僕とは執事直属の部下のことを指し、普段は先輩に付き従い修行する執事の卵である。


「ねえ、リル。お嬢様って呼ばないでほしいって何度も、」


 ルーシアは貴族令嬢として扱われるのが嫌だった。サントラム家への滞在も3日になり、メイドたちには慣れたというかあきらめたのだが、同じ年の平民の少年にそれをされるのは、どうしても受け入れられなかった。


「あ、その、お客様がお待ちで……、なので、お、応接室へ……」

「私はただの平民よ。敬語も遠慮もなく遊べる子供同士のはずでしょ?」

「でも、その、あなたはサントラム家の、縁者で、俺はサントラム家の使用人だから、」


 子供の発育は女の子のほうが早い。10歳、小学3年生の男女の体型差が現在のルーシアとリルのそれである。頭ひとつ下の少年を見る。上質な仕着せの上からでもわかる薄い身体に、言い知れぬ不安を覚えてしまう。


「なら、二人だけの時でいいの。ね、それならいいでしょう?」

「あの、お願いです、そろそろ、応接室へ……、」


 この問答だってもう何度目かわからない。しかしこれ以上言ってもリルを困らせるだけだろう。先導するリルにバレないよう短く息をこぼした。


 バラの生垣できた迷路を横目に歩いていると、目の前を歩いていたリルの小さな背中が突然消える。


「お嬢様!!」


 お尻に鈍い痛みが走った。

 リルが勢いよく振り向きタックルしてきたのだ。真剣な声に、緊急事態であることを直感的に理解する。

 すぐさま立ち上がりあたりを警戒するリルにならい、ルーシアも腰をあげ周辺を見回す。


 一瞬。バラ迷路の奥から熱が発せられた。次の瞬間。植物のぶつかる音の直後、わずかな風圧と、背後の土のえぐれる音を耳が拾う。振り返れば、ふくらはぎ大の円錐形の氷塊が地面に深々と突き刺さっている。


「――っ!」


 今はヒョウが降るような天気じゃない、そもそも真横から飛んでくるものでもない。ならどうして。ルーシアは必死に頭を稼働させる。

 そうだ、さっきの熱源。それとおなじ方向からヒョウは飛んできた。

 ありえない、自然の摂理を無視したような現象。これはどうして起きたの。考えろ。そうだ、あの熱は、魔法を発動させる時に生まれる熱に似ている。


 思考している間にも、前方から、熱。

 視線を走らせる。


 「くる……!」


 地面に突き刺さった氷塊が脳裏をよぎる。壁じゃきっと防ぎきれない。威力の殺すのでなくて、受け流せば。


 左手で力任せにリルを抱き寄せ、空いている右手を正面にかざす。

 イメージは傘。体中の魔力が右手に収束し、放出される。

 リルの目の前に、ふたりをすっぽり覆う大きな傘が出現する。厚い氷でできたソレの向こうは気泡が混ざり見えない。


 次々と傘に氷塊が着弾する。氷塊の軌道は、滑るように傘の周囲に着弾してゆく。その数が50を超えたあたりで氷塊の襲撃は落ち着きはじめる。

 

 氷同士のぶつかり合う音が止むと、前方から一つの足音が近づいてきた。

 魔力を集中させる熱は感じないが、油断は禁物だ。

 傘は維持しつつ、リルを抱いていた左手を解く。素早く、氷で短剣を二つ作り、その一つをリルに握らせる。殺傷能力は低いがないよりマシだろう。


 突然の攻防に、未だに目を白黒させているリルを後ろに移動させる。


 怖い、でもやらなきゃ、やられる。ここはそういう世界だ。


 氷の傘を細かく粉砕させ、風を起こし術者にその破片を叩きつける。

 魔法は、意識さえ刈り取れば発動させることはできない。これはただの目くらましだ。深緑のローブを目深かに纏う術者に肉薄し、素早く氷の短剣を喉元に突きつける。

 微動だにしないのを確認し、父の教えをこんなに早く使うことになろうとは、と安堵の息をもらす。


「おまえがサントラムのご令嬢だな?」


 と、後方から見知らぬ声。咄嗟に振り向くと、ボサボサの藍色の髪をだらしなく伸ばした少年が、リルの喉元に杖を突きつけ立っていた。

 あわてて短剣の剣先を確認する。そこにあったのは土人形。少年はあの一瞬のうちに土人形を作りローブを着せ、ルーシアの後方へとまわりリルを人質にとったのだ。 


「いいえ。さらったって金にはならないよ」

「別に金には困ってない。公爵にきいたんだけど。ルーシアって女がいるって」


 あの優しいフランシス公爵が自分を売ったかもしれない。そんな嫌な想像に口が酷く乾く。ルイはあっさりリルを開放すると、土人形からローブを剥ぎ取り、ばさっと音を立てて大げさに羽織る。

 「うーん」と唸りながら、短剣を握るルーシアの手を掴むと、ルーシアに近づき、ひょろりと長い身体をかがませ、ぐいと瞳を除き込む。ボサボサに伸ばされた藍色の髪の隙間から、萌黄色の瞳があらわれ、数秒。


「なんだ、やっぱり間違ってない」


 猫のような大きなつり目を細め、にんまりと笑う姿をどこか人間離れしていて不気味にすら感じられる。


「どうして、そんな簡単にいいきれるの、」

「そんなの目を見ればわかるだろ。令嬢のクセにさっきの戦いは見事だったけど、女がこんな物騒なもの持つべきじゃない。じゃあそろそろ行くか」


 そう言ってルーシアの手から短剣を奪い、抱き寄せると素早く杖をふる。

 ふわり。一瞬の浮遊感で、抱きしめられたまま、2階ほどの高さまでぐんと身体が浮いていた。先程まで目の前にあったバラ園が眼科にひろがっていた。


「えっなにこれ浮いてない!?浮いてるよね!?」

「あぁ、そういえば忘れてたな自己紹介。俺はルイ・モンフォール。よろしく」

「名前なんてきいてない!これなにどうするつもりなの!?」

「風魔法だ。ていうかうるさい。落ちたいのか」


 ややヒステリック気味に騒ぐと、不機嫌そうにかえされる。もはやこの高さで暴れて逃げることもできないので、ルーシアは大人しく運ばれる荷物になる他なかった。


 ルイ・モンフォールと名乗る少年に抱き抱えられたまま、連れられたのはサントラム家の応接室だった。テラスに着地しそのまま部屋に入る。すると、優雅に紅茶を楽しむフランシスさんが待ち構えていた。

 先ほどルイがこぼした『公爵にきいたんだけど。ルーシアって女がいるって』という言葉が脳裏によぎる。

 フランシスは二人に気が付くと、いつもの人好きの良い笑みを浮べた。


「まさかテラスからくるなんてねぇ。驚いたよ……って、どうしたんだい、その格好!?どこか怪我は!?」


 ルイから解放されたルーシアの姿をみた途端に、フランシスはあわてて駆け寄った。氷塊による激しい攻防で舞い上がった土埃によって、綺麗だったドレスは、土で汚れ、端のレースは裂けていたのだ。

 サントラム夫人がルーシアのためにわざわざ用意してくれたという、レースがふんだんにあしらわれた可愛らしい薄桃色のドレスは、平民すらも着ないようなボロに成り果てている。


「え、あ、えっと、その、これは、」

「ルイ!君がついていながらどうしてこんなことに!」


 初めてみるフランシスの剣幕に、恐怖がこみ上げ手足が意思に反しカタカタと小さく震えてしまう。ボロボロになったドレスの端を握り締める手はなおも震え、声は尻すぼみに消え入りそうだった。

 するとフランシスは短く嘆息して、背の低いルーシアに合わせるようにしゃがみ、今にも涙がこぼれそうな瞳を覗き込んだ。10歳の少女の細い肩を両手でやんわりと包み込み、常から柔らかい声音を、つとめて更に優しいモノにして真摯な視線と共に問う。


「驚かせてしまってすまないね。ルーシア。私も妻も、誰も君を責めたりはしないよ。可愛い顔を床にばかり見せてないで、私にもどうか見せてはくれないかい?」


 ルーシアがゆっくりおずおずと顔あげ、視線が交わると、フランシスは笑みを甘く深める。肩を包んでいた手をずらしゆっくりと怯えさせないようルーシアを優しく包み込むように抱き締める。


「怪我はないんだね?」

「あ、はい。ない、です」

「そうか、よかった。本当によかった……、」


 心底安心した様子の声音と一緒に、母と同じ甘酸っぱいラズベリーの香りがした。それに想像していたようなことはなかった。フランシスは優しい叔父のままだった。


「何を心配しているんだ?公爵が言ったのだろう、こいつのチカラを見てくれと」


 ルイの声に、フランシスはルーシアに背を向けるようにくるりと振り返る。


「私は君に魔法の適正をみてほしいと言った。どうして彼女がこんなに傷ついているんだ。わけを話しなさい、ルイ・モンフォール」

「この女がどれだけ使えるか確かめたかったのだろう?ならば、死なない程度に戦わせるのが一番実力をはかれる」

「ふざけないでくれ!この子はサントラムの宝石だ、穢されることも傷つけられることも許されてない!」


 サントラムの宝石。王城でもかけられた言葉。

 いったい、それにどんな意味があるのかわからない。今すぐききたいところだが、微笑みは絶やさないが圧力を発するフランシスと不機嫌なルイの険悪な雰囲気で声をあげる勇気を、ルーシアは持ち合わせていなかった。


「はあ?とにかく治せばいいんだろ」


 めんどくさそうに吐き捨てるとルイは、フランシスからルーシアを引き剥がし両肩に手をかざした。するとじんわりと肩から血管を伝うようにして熱が広がり、全身にゆっくりと浸透していく。

 何が起きているのか分からず、両手を開いたり閉じたりとせわしなく自分の身体を確認しているルーシアに、ルイが少しだけ自慢げに話す。


「治癒魔法だ。お前ならさっきの風魔法もこれもいづれできるようになる」

「ほんとうに!?」


 

 治癒魔法。母は使っていなかった魔法だ。

攻撃魔法や火をおこしたり、水を出せることも便利だけれど。治癒魔法があれば苦しんでいる人を救ってあげられる。家事で荒れる手荒れも、悪化すれば血が出るし化膿することだってある。それでも家事を休めない女性は結構苦しめられるのだ。できればこれだけでも覚えて町に帰りたい。


「あぁ、咄嗟にあれだけ使えりゃ、他の魔法も」

「ふたりとも疲れただろう、本格的なレッスンは明日からにしよう。ルイ、君には後で話がある。案内させるから先に客間で待っていてくれ」


 ルイの言葉を少々強引にきると、扉の近くに控えていたリルに目配せし、フランシスはルイを退出させてしまった。


「彼の名前はルイ・モンフォール。魔法大臣であるモンフォール家の後継だ。急に驚かせてしまってごめんね」


 ルイにかけた言葉とは打って変わって、いつもの穏やか口調で詫びると、ルーシアの魔力量があまりも多いこと、暴走させると危険だからきちんと制御できるようになるまでサントラム家で暮らすこと、既に魔法省で働いているというルイが師範になるということを話してくれた。

 先ほどの攻撃は、ルイがルーシアを見定めるためであったという。


 ちゃんと魔法を習える。

 それが嬉しくてたまらない。今までは母の魔法をみて盗むだけだった。感覚で使っていたが、きちんと原理から学習できる、そのことが嬉しくてルーシアは舞い上がって浮かれてしまっていた。


これって、治癒魔法が異常に上達して、女神さまなんてもてはやされて、イケメン騎士様と禁断の恋も夢じゃない!?


 ルーシアというよりも麗那が、だが。

 ルーシアは町のみんなを癒せたら、という願望だったが、前世では画面越しの 恋ばかりだった乙女の麗那の願望の方が勝ってしまったらしい。


 浮かれたルーシアは、夕食後こっそりと自室を抜け出し、とある場所へ侵入していた。


「お邪魔しまーす……」




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