10 デビュタント(5)
――このまま倒れれば、サントラム夫妻に迷惑が掛かってしまう。
そう思ってもどうにか出来る訳もなく、ただ重力に従って、スローモーションの世界をただ眺めるしかできなかった。訪れるだろう痛みを覚悟しながら。
『俺の前で倒れることは許さない』
レジナルドの声が副音声のように重なって一瞬後、糸が切れたように体にチカラが入らなる。重力に従い身体が倒れゆく。
訪れるだろう衝撃と痛みを想像して目を固くとじる。
しかし、いつまでたっても衝撃はやってこない。むしろ優しく包まれる感覚に、ゆっくりと目を開く。
目の前にあったのは、レジナルドの綺麗に整った顔。
「えっ、なっ、殿下……!?」
なぜかいつもより5割増にキラキラとかがやいているような……。
ドキドキしてしまうのは、確実に前世の自分を引きずっているせいなのか。
そのままぼんやりとレジナルドを見つめていると、激しい頭痛が徐々にひいてゆく。それに合わせてレジナルドのキラキラも消えていった。
「おちついたか?」
「あ、は、はい」
「よかった。立てるか?」
差し出された手を取ってゆっくり立ちあがる。
おそらくレジナルド殿下は光魔法の治癒術を使ったんだろう。キラキラして見えたのがその証拠だ。
殿下の誕生パーティ、それも殿下の宣誓の途中で倒れ、殿下自ら治癒魔法を使ってくださった。
冷静に考えると、とんでもない状況だ。もし私が前世の記憶を持たないルーシアであったなら気絶していたかもしれない。日本人としての感覚が身分制社会の感覚を鈍らせてくれたのに感謝するしかない。
「ありがとうございます、レジナルド殿下」
身だしなみをささっと整えて、レジナルドに礼を述べる。
本来ならばレジナルドにはもっときちんと謝罪と礼をしなければならないのだろうけれど、レシナルドに気にした様子はない。
初対面こそ、傲慢で嫌味なタイプかと思っていた。生まれてから10歳になる今日まで王族と使用人、公爵家のみ。次期国王として教育されたのだ。あの振る舞いこそが正しいのだろう。それさえ踏まえれば、あの尊大な態度も頷ける。
むしろ、性根の優しい少年だと思う。
目の前でルーシアが苦しんでいたとしても、治癒術師に命令すれば済む話なのだ。むしろ王族ならば、緊急時に少しでも自衛できるよう、魔力は残しておくに越したことはない。それなのに、すぐさま駆け寄りなんてことはないように自身で術を施した。
体内の魔素の他に精神力も消費する。それを厭わず、迷わずに行った。少し見直したかもしれない。決して、10歳の時点で将来イケメンになるだろうと想像させる容姿だからではない。前世は面食いだったけれど、遠くから眺めるので満足な程度の面食いなのだ。
いやでも、私の顔をみて、母さんが美人ではないといったことは許さない。
母さんは町一番の美人だし、着飾ればこの会場の誰よりも美しいのだ。
「そうだ父上、紹介致します。彼女が私の友人、ルーシア嬢です」
「ほう、ということは君がメリーナの娘か」
レジナルドの言葉をきいた王は、大きく目を見開いて驚きを顕にした。
そして柔らかく目尻を下げた様子は、私を通して昔を偲んでいるようにみえる。
「申し遅れました。メリーナ・ブランデスが娘、ルーシアと申します。只今はフランシス公爵様のもとにお世話になっております」
「そうであったか。昔、君の母上と私はそれは親しくてね。今度話を聞かせてほしい」
国王さまは、とても若い方だった。国王ときいて、トランプに描かれるキングを想像してしまうけれど、目の前の国王は、それらと全く異なる。
とても、とても格好いいのだ。
王子さまといわれても何らおかしくないほどに若々しい。プラチナブロンドの長い髪に、ルビー色の瞳、整った顔立ち。豪奢な王冠も、真紅のマントも、大きな宝石にだって負けない美しさ。前世で言うならば若手ハリウッドスターと言った風貌だ。
「はい、それはもちろん。もしよろしければ昔の母のお話を聞かせていただけるとうれしいです」
「あぁ、任せなさい。今でも昨日のことのように思い出せる」
「ずるいわ。私も混ぜてくださいな。私だってメリーナと親しかったんですから」
拗ねたように話す女性は国母、王妃様だ。
派手な美しさではないものの、穏やかな性格なのがわかる優しい顔立ちだ。声も柔らかく、おっとりしている。
「父上、母上。皆が待っています。私用のお話は後になさってください。それより、ルーシア。私と一曲踊ってほしい」
第一王子のお誘いを、断れる平民がいるだろうか。
答えは、否である。
「……えぇ、喜んで」
話を遮られた国王も王妃もさして気にしていないようで、息子の姿を微笑ましそうに眺めている。前世の世界ならばならホームビデオを撮影していそうだ。
レジナルドに手を引かれ、大広間のど真ん中に移動する。見上げれば、燦々とシャンデリアたちが輝いている。
目の前には、私の手を取って微笑む王子様。
お互い10歳なのもあって、絵本の物語のようだ。
年齢がもっと高ければ乙女ゲームのワンシーンのようになっただろう。
音に身を委ねてゆっくり、ゆらゆら踊る。
徐々に熱量を高める音に負けぬようくるくる回る。
会場に溢れるシャンデリアや女性の豪奢なアクセサリーたちの輝きも一緒にキラキラ回る。
間近で見上げるレジナルドは、とても格好いい。自信のないせいで控えめになってしまえば、少し強引にリードしてくれる。体格差はほとんどないはずなのに、子供といえど力強さに、男の子なのだと自覚させられる。
いや、待て、落ち着け。雰囲気に飲まれてはいけない。
相手は10歳の男の子だ、一見同い年だけれど前世の記憶がある分、精神年齢は大人に近い。なのに、こんな、まるで初恋のようなふわふわした気持ちは、なんだ。
もしかして、前世の私は、幼い男の子が恋愛対象だったのか……。思い出していないだけでその可能性は捨てきれない。なんてこった、なんて、こった……。
設定やストーリーを見直していたら、更新空いてしまいました。
これからは週に一話ずつでも更新できるように致します。




