勇者のGameover、王道的展開の裏側。(修正:ver2.00)
女勇者と仲間達は、幾多もの死線を乗り越えて大魔王城に辿り着いた。
王座の間の扉は、驚くほど簡単に開かれた。
扉に仕掛けはないようであり、大魔王の自信が伺える。
勇者は聖剣を構えつつ、王座の間に乗り込む。
ここまでに現れた兵士達は片付けてきた。
仲間達も攻撃の準備はできている、万全の状態だ。
「大魔王、覚悟!」
「……ありふれた台詞ですよ、勇者。捻りがない」
広間に乗り込み、聖剣を振りかざしたはずの勇者の腕が止まる。
王座の前で佇む誰かは、大魔王ではないからだろう。
伝承にある大魔王の姿は、筋骨隆々の大男のはず。
しかし、この存在は優しげな容貌と戦士とは思えないしなやかな体躯である。
まず、性別すら判断しかねる。
姿や声は、中性的である。
「お前……何者だ?」
柔和な笑顔をたたえ武器も持たずに勇者達を眺める誰か、しかし勇者は悟った。
抑えているはずだが滲み出る膨大で凶悪な魔力、一切隙のない警戒。
大魔王でないにしろ、今まで戦った何よりも恐ろしい敵だろう。
幸運にも、ここに至るまでに四天王に出会わなかった。
だからこそ、無事だったのかもしれない。
虹色の瞳は魔眼かもしれない、と勇者はこの存在を直視しないことにした。
「大魔王アビゲイル……の息子です」
「息子だと?」
「はい、たまには勇者を仕留めてこいと母に叱られたので本日は僕が」
大魔王に息子がいるとは噂に聞いていたが、それが青年期の男だとは予想もしていなかった。
いや、まず男なのか。
本人の台詞でようやく、勇者達は答えを出した。
魔界の頂点に君臨する大魔王ですら前線に赴くのに、息子は何をしていたのか。
まるでおつかいを頼まれたかのように軽々しく現状を告げる青年の言葉が真実なら、実力は未知数だ。
「……私達もなめられたものだな」
「引きこもりの僕がわざわざ出てきたことを感謝してほしいですね。父も母もお前達ごとき取るに足らないと見なしたのでしょう」
青年は饒舌で、その声は涼しげ。
しかし、台詞の端々から自信が読み取れる。
引きこもり、と自称したことが勇者の疑問を解消した。
苛立ちのあまり勇者は大魔王の息子に斬りかかりたくなっていたが、僧侶に目配せし、自分と戦士に筋力増大魔法をかけさせる。
杖を構えた魔法使いも呪文を唱えている。
「勇者に戦士、僧侶に魔法使い……典型的です。もう少し意表をついてきても面白いのに」
「うるさい男は嫌われるわよ!」
女魔法使いから巨大な火球が放たれ、大魔王の息子に向かう。
人間にしては短い詠唱で高火力の魔法を打ったことは、この魔法使いの力量を示している。
大抵の魔物を灰塵に帰す火球が近づいても青年は避けない。
ふと左腕を前に突き出すと、そこに鏡のようなものが出現する。
火球がその鏡にぶつかり、弾ける。
鏡のような何かは火球を跳ね返し、魔法使いの遥か後方、壁を突き破った。
鏡の形をとった何かは氷だったのか、溶けて青年の足下を濡らしている。
その頃、戦士が斧を振りかざし青年の真横から襲いかかり、勇者は正面から素早い突きを繰り出してきた。
僧侶も魔法で、複数の風刃を放った。
挟み撃ちを狙ったらしい。
「力任せで軌道がずれている、踏み込みが足りない、一つ一つは弱い」
それぞれの短所を指摘しながら、攻撃をいなす。
床にあった水溜まりが氷の槍となって戦士の逞しい肉体を串刺しにした。
鍛え上げられた筋肉すら突き刺す、氷の刃が血に染まる。
それを目にした魔法使いが叫んだ、隙だらけのそこにも氷の礫が撃たれる。
素手で勇者の聖剣を受け止めたが、青年には傷ひとつない。
そのまま聖剣の刃を握り、砕いた。
聖剣を手放した勇者から即座に距離をとって、遠方にいたはずの僧侶に回し蹴り、そして肘打ち。
風刃は魔力の波動でかき消さていた。
仲間達がいたぶられる光景に激昂した勇者が唸りながら、電撃の魔法を呼び寄せる。
光輝く雷が大魔王の息子をめがけて降り注ぐ、しかし。
神聖魔法の雷に、別の雷が衝突し、相殺した。
暗闇を纏う、地獄の雷か。
「暗黒魔法か」
「はい、ここは魔王らしく振る舞おうかと」
余裕気に微笑む美貌の青年を睨むと、勇者は仲間達のもとに駆け寄り。癒しの術を唱える。
大魔王の息子はそれすら些細なこと、とでもいうように手出ししなかった。
瀕死の仲間達の命を何とか繋ぎ止める程度に回復させた勇者は、再び青年に向かい合う。
聖剣は失ったが、懐に隠した短剣を取りだし、翳す。
まだ身動きできぬ仲間達を心配そうに一瞥して、大魔王の息子に突撃する。
翳した剣を青年の肩に突き刺す、一か八かの勇者の特攻は成功したように見えた。
「それ、妖精か何かの加護付きでしょう?」
神聖魔法の加護があるこの短剣があれば、魔に属する者は滅ぶはずだった。
悪魔や不死者を、無数に葬ってきた必殺の武器である。
青年の言葉は図星であり、血こそ垂らしているが何故無事なのか、勇者は目を見開く。
「どうして……っ?」
「僕、神聖魔法も扱えますから」
「馬鹿な、お前は大魔王の息子、だろう……?」
「魔族に神聖魔法が有効。ただ、混血種にはそうとは限りませんよ」
短剣を握ったままの勇者を優しく抱き寄せ囁く。
「僕は純血の魔族ではありません」
勇者が短剣を手放せば、突き刺さっていたはずのそれは地面に転がる。
確かに傷ついたはずの青年の肩には、血の痕しかない。
光と水蒸気のようなものが、傷のあった辺りで舞っていた。
「僕の種族を当てることができたら、仲間達は助けてあげましょう」
「魔族との混血だろう……?」
切り札すら潰えた勇者の膝は震えており、青年が支えていなければ尻餅をついただろう。
薄く笑んだままの青年が、小さく頷く。
勇者は青年の顔を見て、今さらだがその美貌を再認識した。
「魔族は四分の一ですよ。では、魔族と、何でしょう?」
「悪魔、いや、淫魔か……?」
「違います」
大魔王の息子が、女勇者の耳を舐めた。
ぬろぉ、と唾液を耳に塗りたくり、そして噛みつく。
寒気のする感触に勇者は瞳を固く閉じたが、すぐに見開いた。
仲間がいた方向から、轟音が響いたからだ。
岩が積もっている。
その下からはみ出ているのは人間の手か。
僧侶が岩に押し潰されていた。
「次こそ当ててくださいね」
「う、うあ……」
「善戦した褒美に教えてあげましょう。父が混血なのですよ。大魔王が混血種だということは周知ではありませんけどね。つまり、僕は三種族の混血ということですね」
「ま、魔物?」
「正しくは幻獣ですがね。大魔王アビゲイルは幻獣と魔族の血を引く幻魔なのですよ。あぁ、攻略情報を漏らしすぎました。ネタバレ項目なのに。……まあ、部分点ということで」
勇者は仲間を振り返る、ちょうど何かが弾けるような音が鳴った。
魔法使いの四肢が関節からもげていた。
「問三。僕の母の種族は?」
勇者の髪を掴んで、自分の方を向かせる。
勇者の視線が、青年の虹色のそれに惹かれてしまった。
泣きながら、喚きながらでも、勇者は残された仲間の命のため答える。
「エルフ? セイレーン、ハーピィ……?」
「違う違う。答え合わせしましょうか?」
「待って、仲間達が……っ!」
「驚かないなら、見逃します」
勇者の瞳に希望が宿った。
倒すべきはずの敵の肩にすがり付いて、虹色の瞳を見つめてしまう。
もう、魅了されたのだろうか。
「僕の母は――スライムです」
「嘘……っ」
「信じてくれないのですか? スライムは弱い、という呪われた風潮は消えないものですねぇ」
それは勇者が耳にした、最後の言葉。
凍てつく刃が魔法使いの胸に向かったのを息絶える寸前の戦士が庇ったが、まもなく二人とも絶命した。
魔法使いは失血死したのだろう。
鎧を身に付けているはずの勇者の胸を容易に貫いた、青年の腕。
それがまるで水のように自在に変化していると気づいた頃、勇者の視界は暗転した。
「あぁ、そういうことでしたか」
意味深に呟き、ふふふ、と大魔王の息子が笑う。
勇者の死体を抱き締めて、体温を失っていくその頬を撫でた。
窓の外は真夜中、少し遊びすぎたかと青年はようやく勇者から離れる。
白濁に濡れた女勇者を、その辺りに適当に転がしておこう。
「僕、父上に嫉妬してしまいそうです」
母――水帝リムが息子に今回の勇者討伐を任せた理由を考察したからこその愚痴だ。
不穏分子の排除を息子にさせたのは、大魔王の部下たる四天王として敵を始末する、または母として子の成長を促すためだろうが、そこには僅かな私情も含まれていた。
嫉妬深いあのスライムは、愛する大魔王が他の女に触れるのを何よりも嫌う。
女勇者が現れたら、大魔王は力で捩じ伏せた後に凌辱をするに違いないから――それを防ぎたいのだろう。
風と水の魔法を使って王座の間を掃除すると、青年は酷く退屈そうに欠伸をした。
動いたら眠くなるのだろうか。
「――戦いより戯れに体力を費やしたのではなくて?」
割れた窓から忍び込む少女が、青年の側に降り立つ。
背には灰色の翼、緩かな癖がある長く豊かな銀髪は夜でも明らかだ。
「覗きですか? あの方の悪い趣味と同じですね」
「貴方こそ悪趣味ですのね。動かない“人形”にまで興味があるとは知りませんでしたわ」
青年の幼馴染み、あるいは好敵手、どこか高慢さを感じさせる言葉遣いすら似合う気品漂う美少女だ。
銀髪と、黒と白で編まれたドレスの裾が風に吹かれて靡く。
「貴女のような変態レズに指摘されたくないですね」
「変態との誉め言葉、お返しいたしますわ」
手に持った扇を開いて、口元を覆って微笑む美少女。
その口から微かに覗いた牙、それすら彼女を彩る素材だろう。
「どうしてここに?」
「あの爺……いえ、お父様がお食事中でしたので」
「ああ、真っ最中ですか。僕のところも似たようなものです。子供が大きくなっても盛んですからねぇ」
青年が溜め息をついた。
実父に嫉妬する、それはこの青年とこの少女の共通点。
いや、この少女の兄もか。
父母の仲睦まじさは喜ぶべきことだが、実母に惚れた子供達はいつしか父を超えようと修行に励んでいる。
「お母様は……あの男のどこが良いのかしら」
「ブラド様は素敵な方だと思いますよ? 僕の憧れの男性です」
この少女の父親を誉める青年の言葉は、真偽どちらか。
不敵な笑みを浮かべる青年の心の内は、誰が知るやら。
「私には理解できませんわ」
「男を知れば認識が変わるかも知れませんよ? 僕と一晩どうでしょう?」
「お断りいたします。私、男に興味ありませんの」
「あれ、お兄さんは良くて僕は駄目だと?」
「まだ、この操は誰にも譲りません。――あ。何故貴方が知っていますの!?」
こうした他愛ないやり取りはいつから始まったのだろう。
大魔王の息子と、魔王の娘。
「さて、何故でしょう。気晴らしに、戦います?」
「受けてたちます!」
互いの父がそうしたように決闘する。
勇者と魔王の戦いはありふれた展開、しかし彼らの日常にとっては些細な刺激。
勇者はいくらでも沸いてくる虫のようなものであり、真に楽しめるものはすぐ側にいる好敵手との戦い。
まるで先程の勇者達など最初からいなかったように、青年と少女が対峙した。
【終】