89(可那) 熱
ったく月美のやつ。おかしくなるならおかしくなるって先に言えよ。いや直ったみてえだからいいけど。
まあ……原因になんとなく心当たりみたいなのはあるが、深く考えると面倒臭そうだから後回し。
そんなことより目の前の試合だ。
小夜子が意地のブロックアウトでサイドアウトをもぎ取り、20―20。
ここからは、細けえことより気合いがモノを言ってくる20点台。サッカーで言えばPK戦。互いに互いの顔面をフルスイングで殴り合う。そして2点差つけて決めたほうの勝ちだ。
小夜子や月美、それに信乃たち下級生にとって、この練習試合は練習試合以上の意味はないだろう。
だが、二年前のあの瞬間、コートの中にいたあたしにとっては、そうじゃない。
市川静は、サーブを打つことで、あの時のことにケジメをつけた。
あたしも、今度はきっちり最後まで全力で試合して、ケジメをつける。
市川静がそうだったように、あたしにも、待たせてる人がいる。
あれから前に進めたと、聞かせたい人がいる。
そして、どうせなら、報告には勝利を副えたいわけだ。
サーブは小夜子。月美は……とりあえず大丈夫そうだな。向こうの攻撃は二枚。藤島透と、セッターもできる目つきの悪いヤツ。
主審の笛が鳴り、一呼吸置いて、ばしっ、と小夜子がサーブを放つ。ボールは、藤島透と目つきの悪いヤツと後衛の初心者の間。あっちの一番大きな穴だ。案の定三人は揃って二の足を踏む。これはお見合いもあるんじゃねえか――と思っていると、
「藤島さん!」
鋭い指示が飛ぶ。癖っ毛頭の小さいヤツだ。その声に反応して、固まっていたはずの藤島透が弾かれたように動き出す。続いて目つきの悪いヤツが速攻、初心者もブロックフォローへと意識を移す。藤島透のカットは、最初の躊躇いの分だけ真芯から外れ、多少ネットに近い位置に上がる。ま、今は市川静が前衛だからリカバリーは利くだろう。
あわやサービスエースから、速攻が使えるレベルまで立て直してきた。ここであっさり決められると、相手をノらせちまう。そうはいくかよ。
市川静はこちらに背を向けて跳び上がる。あそこからツーは難しいだろう。仮に来たとしても小夜子が詰めてる。雫もそれを感じ取って速攻に備えている。珠衣は藤島透を警戒。市川静は、果たして、速攻を選んだ。雫がブロックに跳ぶ。遅れて珠衣も手を出す。目つきの悪いヤツはその間に打ってくる。
前に出たほうがいいか? いや、待て、そういや珠衣の手はここからさらに伸びるんだったな。
ばしっ、とワンタッチ。珠衣が勢いを殺したボールは、バックセンターのほぼ定位置へ。あたしは慌てて下がりながら(危うく同じミスするとこだったじゃねえか!)、オーバーハンドでボールを捉える。
「お前珠衣コラー! 触るなら止めろっつったろうがああ!」
「だからなんでチャンスにしたのにキレられるんですかー!?」
「八つ当たりだよ、ばーか! 文句があるなら決めてから言え!」
「とどまるところを知らない理不尽!!」
「おらああ、行くぞっ!!」
チャンスボール――と叫びながら、あたしはボールを月美に繋ぐ。身体が後ろに流れているから、指先と腕に気持ち力を入れて。月美は前衛だし、カットは短いより長いほうがいいだろ。
どさっ、と受け身を取って後ろに倒れたあたしは、即座に立ち上がる。ボールは大体狙い通りのところへ行ってくれた。ブロックフォローに入りながら、元の調子に戻った月美がゆったりとセットアップするのを見る。
月美が選んだのは、珠衣。相手もそれを読んでいたのか、ミドルブロッカーだけじゃなくサイドブロッカーも止めにくる。三枚ブロック――だが、珠衣なら。
「こらしょっ!!」
ばしんっ、
と速攻らしからぬ重音を響かせ、珠衣のスパイクはブロックを弾き飛ばす。ボールは相手コートの角深くへ。
「っ……! 三園殿おー!!」
「お任せですっ!」
癖っ毛頭がボールを追っている。あの足なら届きそうだ。癖っ毛頭は、しかし、走るだけでも触れそうなボールを、敢えてフライングで取りにいった。それがただのカッコつけじゃねえってのは、あたしも守備専門だからわかる。
あいつは、一直線に走っても届くボールに対して、後ろから回り込むようなルートを選んだ。ゆえに最後はフライングでタイミングを合わせることになったんだ。
深いコースに来たボールを真っ直ぐ走って取ったんじゃ、身体の正面がセッターのほうを向かない。それだと腕だけでボールをコントロールすることになる。
だが、後ろから弧を描くように回り込めば、身体ごとボールを捉えられる。フライングの勢いも含めて、より正確にセッターへ『運ぶ』ことができるんだ。
ただ拾うだけじゃない。チャンスボールにするための技術。
癖っ毛頭のファインプレーのおかげで、ボールはぴったり市川静の元へ飛んでいく。今度もAクイック―レフト平行のコンビ。たぶん藤島透だろ、と思っていたら、その通りだった。
珠衣と月美の二枚ブロック。元々珠衣は藤島透狙いだったので、壁に隙間はない。あたしはブロックアウトに備えて深めに守る。フェイントっぽいと思ったらダッシュすりゃいい。
だが、そこはあの珠衣が最大警戒するだけのアタッカー。二枚ブロックのさらに横――インナー・クロスにスパイクを叩き込んできた。雫が反応しているが、さすがに無理だ。
――だんっ!
スコア、21―20。
決められたってのに思わず頬が緩む。そうさ。敵は強いほうが面白え。
「っしゃあ、次だ! 一本集中して行くぞ!!」
得点を決めた城上女の声を食うように、あたしは叫ぶ。やられたものは仕方ない。やられた以上にやり返しときゃ、最後には勝てる。
相手のサーブは、目つきの悪いヤツ。前衛には短髪の初心者。依然、城上女の高さは十分過ぎるほどある。
が、こっちもあと一つ回れば信乃が前衛だ。さっさとサイドアウトを取って、一気に攻めるに限る。
「っさあああ来いやああ!!」
「「おーっ!!」」
「声が小せええええええ!!」
「「おおー!!!」」
身体中が熱を帯びていた。それは、けれど、二年前と違って、決して不快な熱ではなかった。




