65(音々) 県内最高の左
珠衣さんとかいう元県選抜のセンターにクイックを決められ、0―1。
今のはあたしのブロックが遅れたのがよくなかった。思っていたよりトスが速いから、もっと素早く跳ぶか、攻撃を読むかしないとまた抜かれる。
藤島は、相手の攻撃がセンター中心かもしれない、と言っていた。確かに、センターの二人は、どちらもレフトの二人より高い。センター線が主力で、レフトはサブウェポンって可能性は大いにある。そして、それは必然的にレシーブが安定してるってことを意味する。たぶんあの黄色いリベロがかなり上手いんだろう。
主砲がセッター対角にいるし、一般的なレフトエース中心の組み立てにはならない。ブロックするときは、それを念頭に置いて、マークする。
いや、その前に、攻撃を決めてしまえばいいのよね。高さだけなら、あたしだって珠衣さんとやらに負けてない。
笛が鳴る。サーブが打たれる。また北山のところ。けど、これくらいの球威なら――と、あたしはオーバーハンドで取りにいく。
指に力を込めて、弾くようなオーバーハンド。同じオーバーでも、サーブレシーブとトスでは感覚が全然違う。まだ慣れていないせいか、カットは少しライト側に流れる。
「悪い、宇奈月!」
「どーってことないぜ!」
宇奈月は言葉の通り完璧なセットアップを見せた。たまにびっくりするんだが、宇奈月は落下点に入るのが異様に速いときがある。
っと、感心してる場合じゃない。速攻に入らなきゃ。相手ブロッカーは眼鏡の人が一枚。センターの珠衣さんとやらは、本命が藤島だと読んでいるのか、ややレフト寄り。これなら――。
たっ、と跳ぶ。しゅ、と速攻のトス。あたしはターン気味にボールを捉える。
だっ、ごっ!
レフトブロッカーをかわしたつもりが、ワンタッチを取られた。珠衣さんが追い付いて手を出してきたのだ。
「ワンチです!」
「んなろっ!?」
ブロッカーによって勢いを殺されたボールは、しかし、黄色いリベロが構えていた位置とは逆サイドに。読みを外された形のリベロは慌てて手を伸ばすが、届かない。
「こらー、珠衣! 半端に手ぇ出してんじゃねえよ! お前が触らなきゃド正面だったぞ!」
「ええっ、珠衣のせいですか!? 可那さんが定位置にいればチャンスボールだったじゃないですか!?」
「るせえ、ばーか!! ……あ、確かにその通りだな」
「もー! なんで可那さんはいつもよく考えずにキレるんですか!?」
「よく考えるヤツは端からキレたりしねえよ!!」
「か、可那さんのくせに正論を……っ!?」
騒がしい人たちね――というのは置いておくとして。
ブロックに追い付かれたことも、リベロに正面回られてたのも、ひやりとしたわ。
「ナイスキー、ねねちん! サーブもよろしく!」
向こうから渡されたボールをあたしに押し付けて、宇奈月はにこにこと笑う。
……そうよね。1点は1点。素直に受け取っておきましょう。
これで、1―1。
一応、前衛としてやることはやった。あたしは後衛に下がり、サービスゾーンに立つ。宇奈月が振り返ってあたしに視線を送ってくる。大丈夫。わかってるって。
打ち合わせ通り、ここから半周はあたしがセッター。理由は三つ。優先順位の高いほうから、北山の速攻を使うため(北山と宇奈月のコンビはまだ仕上がっていない。あたしとならギリ形にはなる)、レシーブが下手なあたしの守備参加を避けるため、そして攻撃の枚数を増やすため。みんなの希望ポジションと今できることを考慮して、今回はこのような変則ツーセッターを採用した。
あたしは宇奈月に頷きを返して、サーブの構えを取る。南五は四人レシーブ体制。セッターの他に、センターも攻撃に専念するためにネット際に上がっている。
少数レシーブ体制はあたしたちも音成相手に試したが、あれは中心となるリベロの守備範囲が広くないと成立しない。加えて、戦術的にはカットがきっちり返ることも必須事項。カットが乱れて速攻が使えないのでは、センターが攻撃に専念する意味がなくなってしまうからだ。
最初から当たり前にあのフォーメーションをしてきたということは、あれで今まで戦ってきた実績と経験があるってこと。それだけで相当なレベルだとわかる。向こうの珠衣さんは元県選抜。サーブカットだって人並み以上にできるだろう。そこを敢えて攻撃に集中させているんだから、あたしたちみたいに、あたしや北山のサーブカットに難があるから――みたいな消極的な理由でやっているわけではないはずだ。
うーん……どこに打ってもリベロに取られそうな気がする。それくらいの存在感があるのよね、あの黄色。やや迷って、ばしっ、とあたしはリベロを避けるように打つ。
が、そのせいでボールは相手の裏エースのほぼ正面へ。確か部長の三年生。イージーミスには期待できないだろう。コンビ攻撃が来る。
あたしはバックライトに急ぐ。後衛の守備位置は、岩村先輩がバックレフト、三園がバックセンター、あたしがバックライトだ。サーブレシーブは予想通りのAカット。相手の攻撃は二枚。センターの県選抜か、レフトの眼鏡で一つ結びの人か。セッターは独特のゆったりとした動きでボールを捉え、
とっ、
とまさか(!)のツーアタック。
左手のスナップを利かせて、ボールをこちらのコートのど真ん中に落としてくる。対策としては岩村先輩かあたしが拾うか、藤島がブロックするかだが、あたしたちは誰一人としてそのツーに反応できなかった。
ぴっ、と審判の笛でようやく我に返る。まんまとやられた。悔しいと思うと同時に感心する。ここまで見事な――敵ばかりか味方まで出し抜くくらいの――ツーアタックはなかなかできるものじゃない。
しかし、相手セッターは特に喜ぶでも安堵するでもなく、既にこちらに背を向けてサービスゾーンに歩き始めていた。
その背中からは、この程度のことならいつでもできる、という自信が感じられる。
むう……厄介そうね。名前なんていうんだったかしら、あのセッター。
スコアは、1―2。
サーブはそのセッター。音成の獅子塚先輩みたいなことをされると困ってしまうが、どうだろう。今回はあたしがサーブカットに参加してないし、一本で切れればいいんだけど……。
ばしっ、と思っていたよりは普通のサーブが来る。ボールは岩村先輩のところへ。あたしはネット際に上がる。岩村先輩のカットは、少し短めだった。でも、全然許容範囲。あたしはバックトスで藤島にライトセミを上げる。っと、ちょっとネットに近いかも――でも、藤島なら、
だばんっ!
強烈な音。よしっ、と思わず言いそうになるが、直後に北山が「ぬぎゃ!」と悲鳴を上げ、藤島が「うっ」と呻いたので、声は引っ込んだ。
何が起きたのか――もちろんそんなことは見て理解していたが、信じるのに時間が掛かった。
「ふっふっふ、ショックを受けることはないよ、透! 珠衣が相手ならこういうこともあるさっ!」
「あっ、あの! 珠衣ちゃんはこんなこと言ってますけど、止めたの私ですからっ!」
藤島に向かって横ピースの笑顔を見せる相手センター――珠衣さんとやら。
そして、大手を振って味方に自分の活躍をアピールするセッター対角。
名前は、確か、生天目信乃。
藤島より背の高い、二年生。
立沢先輩が気をつけろと言っていた――県内最高の左。
なんでライトブロッカーが主審側まで出張ってきてるのよ、と思ったけれど、レフトの北山はないものとして、最初から藤島狙いで主審側に寄ってたのか。
にしても、あの藤島を一発目からシャットアウトできる人間が……いるところにはいるものなのね。
「ご、ごめん、ブロックされちゃった……」
「いや、あたしこそ、よく考えずにトスしてたわ。次からは気をつける」
藤島のほうががっしりしてるから大きく見えるけれど、数字の上では生天目信乃のほうが2センチほど高いらしい。それに、よく見ると手足がひょろりと長い。ブロッカー向きの身体をしている。
「ドンマイです。切り替えていきましょう」(三園)
「つ、次はフォローするっス!」(北山)
「カット短くてごめんねぇ」(岩村先輩)
「ねねちん、私、速攻じゃなくてレフトに回ったほうがいいー?」(宇奈月)
あたしと藤島の周りにみんなが集まってくる。試合開始早々、なんだか苦しい展開。こっちの連続得点からスタートした音成のときとは真逆の立ち上がりだ。
「こ、今度は決めるからっ!」
藤島が少し無理をしているような感じ。ここは宇奈月の言う通り、レフトに回ってもらって相手のブロッカーを散らしたほうがいいか。もしカットが乱れて二段トスをすることになったら、トスはネットから離して……とあたしは次の攻撃を頭で組み立てる。
「よーし! さー来おーい!!」
声を張り上げる宇奈月。不安そうな様子はない。
そうよね。まだ始まったばかり。焦ることはない。今回はあたしのトスが悪かったけど、ちゃんと上げれば、藤島はそんな簡単には捕まらないはず。
あたしは守備位置について、サーブを待つ。
ぴっ、と短い笛が鳴った。