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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第三章(城上女子) VS南五和高校
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50(胡桃) 復帰

 一年生を含めた音成おとなる女子との合同練習から一夜明けた朝。学校に着いたわたしは、頃合いを見計らって三年一組の教室を訪ねた。


 元クラスメイトに頼んで、目的の人物を呼び出す。


「……胡桃くるみ


 彼女は、驚きというよりは戸惑いの表情で、わたしを出迎えた。


「おはよう、しずか。今、ちょっといい?」


「ええ……いいけど、なに?」


 静はバツの悪そうな顔をしている。「なに?」とは形式的な問いだ。わたしたちは同じクラスになったこともなければ、同じ委員会に所属したわけでも、中学から知り合いだったわけでもなく、城上女じょじょじょに入学して最初の数ヶ月、同じ部活にいただけの仲。


 バレー部関連の話だ、というのはわたしが来訪した時点で静も気付いていた。


「単刀直入に言う。バレー部に復帰してほしい」


「……そういうとこ変わらないね、胡桃」


 はは、と苦笑のような溜息をついて、静は首の後ろでくくった髪の束を胸の前に持ってきて、さらさらと梳く。毛先のほうに少し癖がある柔らかい長髪。入学して半年くらいは黒髪だったが、一度染めてからはずっと明るい色で通している。


「どうして、今になって?」


「必要になったから」


 静はぷっと吹き出して、皮肉げに笑う。


「今までは必要じゃなかったんだ」


「あなたの意思を尊重していた、と言ってほしい」


「うん……いや、わかってる。ごめん」


 静はまた髪を梳く。話しているときに髪弄る系女子、というわけではなく、これは静が緊張しているときの手癖なのだ。


「必要って、どういうこと? 私がいれば試合に出られる、みたいな?」


 わたしは静の持っていこうとしている方向に誘導されないように答える。


「試合そのものには、恐らく出られる。二年生一人、一年生五人。けれど、戦力的に静が必要」


「セッターがいないってこと?」


「セッターができる子はいる。新入生の一人がリベロで」


「だったら」


「わたしが必要としているのは部員で、一時的な助っ人じゃない」


「……でも、セッターがいるなら、私より由紀恵ゆきえのほうが」


「セッターができる子がいる、とは言ったけれど、二人とも静より打点が高くて、アタッカーでもいける」


 静の細い目が少し開く。彼女の身長は169センチ。バレーボール選手として際立って背が高い、と言うほどではないが、決して低いわけではない。


「静が入ってくれれば、攻撃と戦略に幅が生まれる」


 あと、希望的観測だが、静が戻ってくれば、自ずと由紀恵も戻ってくる。同様に、静が戻ってこないなら、由紀恵を引き入れたところで持て余すだけだ。


「……もしかして、今年の一年生は豊作なの?」


 ここでようやく、静はわたしの内部の熱量に気付いた。


 そう。わたしは今、わりとマジなのだ。


「豊作も豊作。一年生五人のうち四人――つまりリベロの子を除いた全員が、静より高いよ」


「170(オーバー)が四人ってこと……?」


「一人は160半ばだけど、かなり跳ぶ」


「全員、経験者?」


「一人だけ初心者。でも、すぐ上手くなると思う。身体はできてるし、センスもある子」


「他の子はどんな感じなの?」


「一人は去年の中学県選抜のエース」


「……なんでそんな子が城上女うちに来たの?」


「知らないけれど、来たからいる」


「他は?」


霞ヶ丘(かすみがおか)中の正セッター。ちなみに霞ヶ丘は去年北地区二位。身長は172センチ」


「聞くからに上物だね」


「それから、玉緒たまのお中のリベロ」


「あの玉中の……」


 静はごくりと唾を呑む。


「あと、もう一人は、さっき言った160半ばですごく跳ぶ子。この子がまた曲者で、一年生の中ではずば抜けてる」


「県選抜のエースを差し置いて? 160半ばで?」


万能オールラウンド両打ち(スイッチアタッカー)。当然セッターもできる」


「な、なにその非常識な子……」


「この一年生五人と二年生一人で、昨日音成(おとなる)と一セットマッチをして、勝った」


「え……? あの成女なるじょに勝ったの? 嘘でしょ?」


「嘘じゃない。ただし、向こうのキャプテンを貸してもらって、だけれど」


「あ、あぁ、そう、そういうこと……」


 静は腑に落ちた、という風に頷いて目を伏せた。わたしは首を傾げる。静はわたしの様子を見て、また思い出したように髪を梳く。


「つまり、あの怪物マリチカを貸してもらったんだ」


「? 音成のキャプテンはマリチカじゃないよ」


「えっ……」


 静の動きがぴたりと止まった。細い目がこれでもかと開かれている。


「ちょ、ちょっと待って。じゃあ、本当にあの成女マリチカに勝ったの……?」


「マリチカに勝ったというのは語弊がある。それに、音成むこうはあくまでこっちを『敵』じゃなく『練習相手』として見てたし」


「ううん、そういう問題じゃないよ。胡桃は、あの怪物マリチカがどういう生き物なのか、まるでわかってない。どういう形であれ、アレがいるチームに勝つってことは、ほとんど県優勝するのと同じ意味を持つんだから……」


「それを言うなら、まるでわかってないのは静のほう」


 静は僅かに眉根を寄せ、首を傾ける。わたしは真っ直ぐ静を見上げて言う。


「わたしが静を必要だと言ってるのは、その県優勝――全国大会出場を狙っているからだよ」


「……本気、なの?」


「うん。わりとね」


 わたしたちは見つめ合ったまま、しばし、沈黙する。先にそれを破り、目を逸らしたのは、静だった。


「胡桃の言いたいことは……わかったと思う」


 静はそう言って、わたしに背を向けた。


「でも、私じゃ力になれないよ。二年前も言ったはず」


 その背中は、ひどく小さく見えた。


「私は、バレー自体は続けてる。でも、部活とかそういうのはダメだって」


 見覚えのある背中だった。


「だって、私はもう……サーブが打てないんだから」


 静は、二年前と同じポーズで、同じ台詞を口にした。

登場人物の平均身長:164.3cm

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