47(美波) デタラメな〝強さ〟
試合が終わったところで、練習は一旦終わりとなった。本来の練習時間はもう少し長いのだが、成女も城上女も仮入部の一年生がいるので、期間中は六時からクールダウンに入る。
現在は、二人一組になって、それぞれに柔軟をしている。私はマリチカとペアを組んでいたが、マリチカはストレッチもそこそこに、城上女の一年生のところへちょっかいを掛けにいった。
「よう」
マリチカが声を掛けたのは、例の両利きの子。リベロの子に背中を押されていた彼女の前にどかっと座り込んで、笑みを向ける。今日が初対面の他校の三年生の突然の襲来に、しかし、両利きの子は愛想よく応じた。
「お疲れ様です、まりちか先輩っ!」
「おう。別に疲れちゃいねーがな。てめーは……」
「宇奈月です! 宇奈月実花!」
「そう、そのミカヅキな。あ、いや、そのままで構わねーよぃ」
「では失礼して。どうかされました?」
宇奈月実花はストレッチを続けながら、笑顔でマリチカに聞き返した。物怖じしない子だな、と感心する。
「どうってほどでもねーんだがよ。おかげでうちの後輩のいい練習になった、と礼を言いにな」
「恐れ入りますっ!」
「二つ、訊いてもいいか?」
「はい! どぞどぞ!」
「てめーが最初に『勝てる』と思ったのはいつでー?」
ちょ、いきなり何を言い出すの、マリチカ? リベロの子もびっくりしてるじゃない。両利きの子だって、
「こっちが最初にサーブ権を得たときですね!」
……えっ?
「宇奈月さん……?」
私は驚きの、リベロの子は訝しみの表情で両利きの子を見る。マリチカはくっくっと笑いを堪えて、次の質問をした。
「じゃあ、それが揺らいだのはいつでー?」
「成女の一回目のタイムアウトのあと、まりちか先輩にバックアタックを決められたときですね!」
「ま、私だからねぃ」
「仰る通りですっ!」
にやにや笑うマリチカと、にこにこ笑う両利きの子。
え、なにこの二人? なんで通じ合ってるの?
「てめー、やっぱ面白ーヤツだな」
「ありがとうございます!」
「んじゃ、正直に答えてくれた礼に、こっちもてめーの質問に答えてやるよ。二つまでな。好きな人でも将来の夢でも、好きなこと訊いていいぜぃ」
「おおっ! では、お言葉に甘えて!」
完全に置き去りの私とリベロの子。口を挟む暇もない。
「高校生でまりちか先輩くらい強い人って、どれくらいいるんですか?」
「この県で言やあ、二人だな」
「ほほう!」
「どこのどいつか気になるかい?」
「それが二つ目の質問になってしまうのなら、聞かないでおきます」
「なーに、こんくれーサービスするぜぃ」
口元を吊り上げて、マリチカは言う。
「一人は、五年連続県代表校――法栄大立華のスーパーエースで、名を天久保純。学年は私の一つ下だが、『県内最強の左』っつったらこいつのこと。鏡の世界の私だな」
あの子のことそんな風に思ってたのね、あんた……。
「速い話、私がいなけりゃ『県内最強』で通るウイングスパイカーだよ」
「なるほどっ! とても勉強になります! それで、もう一人は?」
「てめー」
「なんと!?」
マジで!?
「てやんでー、天下の音成――ひいては私にサーブ権取っただけで『勝てる』と吐かすヤツが、私より弱ーわけねーだろーよぃ」
マリチカは目を細め、睨むように両利きの子を見て、ふん、と鼻を鳴らす。
「と、まあ、こんなもんだな。あとは全国にも探せばいるのかもしれねーが、あいにくと私は高校の全国大会は一度っきりしか経験なくてよー。よく知らねーんだわ」
「いえいえ、十分です! ありがとうございます!」
「んじゃ、次の質問だな。ほら。なんでも来いよ」
手の平を見せ、挑発するように指をくいっくいっと曲げるマリチカ。両利きの子はその挑発に乗ったのか元々決めていたのか、とんでもない爆弾を放り込んできた。
「じゃあ、高校生でまりちか先輩『より』強い人って、どれくらいいるんですか?」
ばちっ、と目には見えない何かが爆ぜた気がした。リベロの子は絶句している。私も絶句した。
「……そうだな、とりあえず、県に一人いるぜ」
「本当ですか!?」
「ああ。しかも、さっきの天久保純と同じ――法栄大立華の三年だ」
それを聞いた瞬間、私は衝撃で全身に鳥肌が立った。
天久保純――『県内最強の左』の名前は挙げておいて、どうしてあの子の名前を挙げないんだと不思議に思っていたら。
あんた、あの子のこと、そんな風に思ってたのね……。
ん、あれ? というか、あの子の名前――。
「ちなみに、そのもの凄い方のお名前とポジションは?」
「三園ひより。ポジションはリベロだ」
「なるほど! なぜだか不思議と聞き覚えがあります! リベロの三園ひよ――んんん!?」
両利きの子は伏していた上体を起こして、後ろを振り返った。私も少し前から同様にそちらを見ていた。マリチカも「ん、そういや……?」と彼女を見る。
「……えっと、はい、皆さんが思っている通りです」
彼女――城上女のリベロは、小さく頷いた。
「法栄大学附属立華高校三年の三園ひよりは、私――三園ひかりの実の姉です」
マジで!!?
「あー、言われてみりゃ、ミヨリーは北地区出身だったもんな。玉緒中だったか? あとプレーの癖もよく似てやがる。ってこたーあれか、てめー、もしかして私のことも?」
「はい。鞠川先輩は、中学の県選抜と、去年の国体で、ご一緒されていましたよね。私はどちらの試合も見ていました。姉も、鞠川先輩のことはよく話してくれました」
「ちょー強ーウイングスパイカーがいるって?」
「いえ、『変な喋り方をする人がいる』と」
「ミヨリー、マジぼっこぼこにしてやる」
「『でもすごく頼りになるエースだ』、とも言っていました」
「やっべ……ミヨリー、マジ抱き締めてー」
「今年の国体は、ぜひ、全国優勝してほしいです」
「おうよ、任せとけ――と言いてーとこなんだがなー。おい、ミカヅキ」
「はい!」
マリチカは珍しく真面目な顔で、言う。
「私より強ーヤツな。私の知る中には、もう一人いる。去年の国体で戦って負けた相手なんだがな」
天井を見上げて、マリチカは、その名を口にする。
「北鳴谷の九条綺真。こいつに関しちゃあ、一緒に戦ったミヨリーも大分やりにくそうにしてたから、本物の怪物だよ。インハイも国体も春高も、当たるなら決勝以外カンベンだな、北鳴谷たー」
去年の国体(成女も会場で見ていた)で、マリチカたち県選抜チームは、準々決勝で北鳴谷と当たり、フルセットの末破れた。
去年、インハイ、国体、春高の三冠を成し遂げた北鳴谷学園だが、あそこがマッチポイントまで詰められたのは、マリチカたちと対戦したあの準々決勝だけだ。
「ま、成女にとっちゃ、九条綺真より何よりまずミヨリーだがな。あと、てめー、ミカヅキ。公式戦、きっちり上がってこいよ。今日の借りを返さねーといけねーからなー」
マリチカはそう言って立ち上がると、用は済んだとばかりに両利きの子の前から立ち去った。私もそのあとについていく。
「ねえ、マリチカ」
「ん、なんでー?」
「あんた、三園の……いや、なんでもない」
「はあー?」
「それより、あの両利きの子。どうしてそんなに気にするの? 確かにスパイクもトスもレシーブも高水準だったけど、あんたみたいなデタラメな〝強さ〟は感じなかったわ」
「んなもん加減してたかもわからねーだろ?」
「……冗談よね?」
「さーてねぃ。ま、身長が身長だし、『飛ぶ』のを考慮しても単純にスパイカーとしてなら私のが上だろーよ。けど、あいつの〝強さ〟は、たぶん、そういうんじゃねー」
「そういうのじゃない、っていうのは?」
「いや、うまく説明すんのは難しいんだがよー。例えば、ヅカミー的に、さっきの試合で『ここはどうしても決めたい』って思ったのはどのタイミングだった?」
えっと……そういうタイミングは確かにあったけど、改まって聞かれると、咄嗟には出てこないわね。
「ま、てめーがそう思ったってこたー私にトスが上がってきたときだから、最初の三連続失点からのサイドアウト。それに一回目のタイムアウト後のバックアタック。それに、二度目のマリア様ローテ――ミカヅキにネットインかまされたあとの攻撃。と、この辺りか」
「……よくわかってらっしゃる」
「このうち、一つ目はまあいい。まだ探り合いの段階だ。だが、二つ目。あのバックアタックで私が決められなかったら? 三つ目。ネットイン後の攻撃で、私がブロックに捕まったら? ヅカミー、てめーは冷静でいられるか?」
「いられない……と思うわ。ただでさえつばめがいないのに、万が一でもあんたが回らなくなったら、成女は少なからず揺れるでしょ。もちろん、そういうときのために和美がいるわけだけど」
「何にせよ、やりにくい展開だな。だからこそ、あいつはあのとき、私を止めようとした」
「えっ?」
マリチカは右手を振りかぶって、ひゅっ、とスパイクの素振りをしてみせる。
「まず、バックアタックのときな。あのとき、私は完全にノーマークだった。向こうのリベロ――ミヨリーの妹も、サマメィの時間差が本命だと読んで空いたコースに詰めてたな。私はその逆サイドに決めりゃよかった。難なく決められると思ったよ。
が、いざ打とうと思ったら、ミヨリーの妹の空けた穴になんとミカヅキがいやがる。私が今まさに打とうとしてたとこ――その正面で構えてやがったんだ。仕方ねーから強引に予定を変えて決めた。
けど、そりゃあ私だからできたことで、並のエースはあそこで捕まる」
「あのとき、そんなことが……」
「それから、ネットイン後のやつ。あれはヅカミーもよく覚えてるだろ? 私へのレフト平行が読まれた。ツヴァイとミカヅキにな。その結果が平均170超の三枚ブロック。
あれも――言ったよな、『私じゃなきゃ捕まってた』って。競ってるときに得意のローテでまさかの2失点。こりゃキツいぜぃ。最悪、立て直せずに終わる」
それは恐い想像だった。じわっ、とトスが読まれたときの焦りが蘇ってきて、私の胸を締め付ける。その上マリチカが止められたら……。
「他にも、私が試合の『要所』だと感じたポイント、プレー。
最初の1点はさっき言った通りだな。それから、ヅカミーの藤島透イジメの三本目。初心者によるアイリーのドシャットと、すぐあとのまぐれ速攻。
二度目のマリア様ローテの、セッター変更からのサイドアウト。直後のネットインサーブ。
向こうの二度目のタイムアウトからの、二度目のセッター変更。そこから、また初心者のドシャットと速攻があって、最後に24点目のツーアタック。
どれも試合の流れに関わる重要な場面だった。そのほとんどに、ミカヅキの影がある。
特に、最初の1点と、中盤のネットイン、そしてダメ押しの24点目。この三つはオセロの四隅みてーなもんだ。重い。デカい。だから、あいつはてめーで決めにいったんだろ」
「最初の……はともかくとして、ネットインなんて狙ってできるものなの?」
「百パーできるわけじゃねーだろーが、『狙った』と考えなきゃ、それまで右打ちの無回転だったやつが左打ちでドライブ回転のサーブを打った説明がつかねーだろ」
「それはそうだけど……。いや、じゃあ、最後のは? あのツーアタックが狙えるものなの? ラリー中なのよ?」
「もちろん、これも百パーできるとは限らねー。ただ、それはそれとして、それまでずっと強打だった藤島透の突然のフェイントがまずおかしーだろーよぃ。あれもミカヅキの入れ知恵だろーな」
「あれがツーアタックと何の関係があるの? というか、あのフェイントが両利きの子の入れ知恵だとしても、普通に考えて『決める』ためのものじゃないの?」
「違うんだな。だって、あそこでフェイントすれば、『私がスーパーカット』をするだろ?」
「それは前提なのね……。まあ、いいわ。それで?」
「私がスーパーカットをすれば、私はスパイクを打てない。あれは決めるためのフェイントじゃねー。いや、もちろん決まるならそれに越したことはねーんだろーが、主な狙いは私を蚊帳の外に追い出すことだ」
「そんな……」
「私が攻撃に参加せず、ブロックに戻るのもままならなければ、あいつの自由度が増す。ヅカミーだって、藤島透がいなけりゃツーアタックを狙ったのに、って瞬間が何度かあったはずだ。
ミカヅキにとっても同様に、セッターとして何か仕掛けるには、レフトブロッカーの私が邪魔だった。だから私にファインプレーをさせたんだ。それ以外に何もできねーようにな。
これがもし強打だったら、話は変わってくる。シマトォなら一発で決められる公算も高いが、もし拾われたら、ヅカミーは間違いなく私に上げる。そして、私はそれを決める。
当然、成女はノる。余裕で逆転だろーな」
「……考え過ぎじゃないの?」
私の疑問(というより希望的観測)を、マリチカは、はんっ、と笑い飛ばす。
「どーだかねぃ。ヅカミーだって、さっきの試合、プレーしながら『やりにくさ』を感じてたろ? なんか『ヤな感じ』ってやつ。しかも、普段なら私が一発決めれば吹き飛ばせるような『それ』が、終始付き纏ってたはずだ。
普通の試合なら二転三転するはずの流れが、どうにも掴めねー。もやもやした感じ。言い様のない焦り。その大半が、私にはミカヅキの仕掛けに思えた。
で、さっきの受け答えからして、あいつは意図的にそれをやってた。あいつは『最初にサーブ権を得た』時点で『勝てる』と思って、そのまま思い通りに『勝った』んだ。
だからこそ、ミカヅキはてめーの計算を超えてきた私みてーなのが他にどれくらいいるのかを知りたがった。
そして、それは私が言ったように、県内じゃアンジュとミヨリーぐれーなもんだ。ツヴァイやシマトォみてーな〝強さ〟じゃなくて、ヅカミーの言う『デタラメな〝強さ〟』を持つプレイヤーな」
「それってつまり……あんたみたいなのがいなければ、あの両利きの子は大半の相手に勝っちゃうってこと?」
「現に、私が『そう』なんだから、あいつが『そう』でもおかしかねーだろ?」
「私はまずあの子とあんたを同列に見れないんだけど……」
「ま、気持ちはわかるぜぃ。あいつの〝強さ〟は質が違う。ぱっと見わかりにくい。どうやったらあんなプレイヤーが出来上がるのか、私にも意味不明だ。相当特殊な環境でバレーをやってきたんじゃねーかな、あれは」
「まあ、得体の知れない子だな、とは私も思ったわよ。でも、うーん……」
「いずれにせよ、今の試合、イワマーたち城上女は成女に勝った。これは事実だ」
言って、マリチカはストレッチをする城上女のメンバーに目を向ける。
「砲腕イワマー、高一最強のウイングスパイカー、アイリーの切り返しについてくる初心者、リベロはあのミヨリーの妹、高水準で且つタイプの違うセッターが二人。
あれだけの面子が揃ってるなら、地区予選突破はほぼ確実だろ。予選の順位と組み合わせ次第では、成女が県大会で最初に当たるのは城上女かもしれねー。警戒しといて損はねーはずだ」
「そう……ね。あんたの言う通りだわ」
城上女子高校。
音成女子が倒さなければならない敵が、一つ増えた、か。
インターハイ県予選が楽しみだわ。
「あっ、でも、そう言えば、足りてない部員のアテはあるのかしら……」
私は藤島や霧咲と談笑しているマチ子に目を向ける。
練習とは言え成女から1セット取っておいて、メンバーが揃いませんでしたなんてオチは……ないわよね?




