3(万智) 策士
とある昼休み。
胡桃さんと自主練をしていたら、バレー部に入りたいという子がやってきた。
それも、二人も!
「わああぁ! 胡桃さん、新入部員ですよぉ、新入部員!」
片方は、しゅっとしてて、声が大きいポニーテールの元気っ子さん。
片方は、薄茶色の癖っ毛頭に、どんぐり目が可愛い、小柄な子。
「わかってる。落ち着いて」
胡桃さんがはしゃぐ私の肩を叩く。
そうでした。自己紹介もまだでした。
「初めまして、岩村万智でぇす。二年生で、一応、バレーボール部の主将をやらせてもらってますぅ」
身長155センチ。体重は、ちょっと、その、わりと、って感じ。
「わたしは三年。立沢胡桃。マネージャー」
いつものように訥々と喋る胡桃さん。でも、ちょっぴり楽しそうだ。
「岩村先輩! 立沢先輩! よろしくお願いします! 私は一年の宇奈月実花です!!」
「宇奈月さん、それ、さっきも言ってました」
小さいほうの子が呆れたように言って、宇奈月さんの前に立つ。
「一年の三園ひかりです。宇奈月さんと同じで、バレー部入部希望です。よろしくお願いします」
ぺこり、とお辞儀する三園さん。癖っ毛がふわふわしていて、撫でたら気持ちよさそう。
「それで、先輩方は昼練ですか!? 今日は放課後ここに来れば練習してますか!? バレー部って他にどんな方がいらっしゃるんですか!?」
「宇奈月さん、がっつき過ぎです」
「失礼しましたあ!!」
「うるさいです」
「失礼しまし――あ、すいません!! 失礼しましたあ!!」
「宇奈月さん、ちょっと黙っててください」
この子たち、いきなり畳み掛けてくるなぁ。ちらりと胡桃さんに目をやると、私と同じで、笑いを堪えていた。
えっと、それで、なんだっけ。
「あぁ、えっとね、そう、今は昼練してたよ。もう片付けるんだけどねぇ。それと、放課後の練習ねぇ。今日もあるんだけど……うぅん、とっても嬉しいんだけどぉ、ちょっと事情があって、来てくれるなら明後日の仮入部期間からがいいかなぁって。あとはぁ、他の部員なんだけど、他の部員が、その」
「他の部員はいない」
「ええええっ!?」
割り込み気味で告げられた胡桃さんの台詞に、宇奈月さんが目を丸くする。あと三園さんも声こそ出してないけど驚いていた。
「最低でも、あと三人」
胡桃さんは、ちらっ、と三園さんを見て、
「実戦的には、あと四人いないと、大会で勝つのは難しい」
と言い直した。
あっ、三園さんがほんの少しだけ不満そう。はらはら。
「あと四人ですね……! わっかりました!!」
宇奈月さんはぐっと拳を握りしめて、にこにこの笑顔でそう言い放った。目に真っ赤な炎が灯っている。
「明後日までに、あと四人、私が探してきます!! ご安心を!!」
それを聞いた胡桃さんは、にやりと微笑む。むむっ、あれは何か企んでいる顔だ。
「一年一組」
「えっ!? なんですか!?」
「一年一組で、あなたより背の高い子」
「それはもしかして、入部希望者のお心当たり!?」
「わたしに言えるのは、ここまで」
唇に人差し指を当てて、片目を閉じる胡桃さん。わぁ、とっても悪い顔してますねぇ。
「よーし! そうと決まれば、ひかりん!!」
「ひかっ……いえ、はい、なんですか?」
「放課後、一年一組の教室に乗り込もうぜ!!」
「ええ、まあ、吝かではありませんが――」
ちらり、と三園さんが胡桃さんを見やる。胡桃さんは微笑むだけで何も言わない。
「ひかりん?」
「なんでもありません。放課後、一年一組ですね。付き合いますよ。私としても、大会に出れないのはもちろん、勝てないのも嫌ですから」
「あっりがとー、ひかりん!! それでは、先輩方、ありがとうございました!! 明後日にまたここでお会いしましょう!!」
「うん、楽しみに待ってるねぇ」
宇奈月さんは三園さんの手を取って、ダッシュで体育館を出て行った。嵐のような新入生だったなぁ。
「本当に……胡桃さんは策士ですねぇ」
私が苦笑交じりにそう言うと、胡桃さんは「なんのことだか」と嘯いた。
「仮入部期間が始まるまではぁ、『上級生による新入生の勧誘は原則禁止』ですよねぇ?」
「宇奈月と三園は例外の『新入生が自ら来た場合』に該当。問題はない」
「それはそうですけどぉ、だからといって宇奈月さんと三園さんを使って間接的に別の子を勧誘しようとするのは……グレーじゃないですかぁ?」
「わたしは宇奈月に『一年一組であなたより背の高い子』と言っただけ。その子を『勧誘しろ』とは言ってない」
「ほとんど言ってるようなものでしたよぉ。三園さんも気付いていましたしねぇ」
「三園は仮に気付いても無視する。部員が少なくて困るのは宇奈月より彼女だから」
「あっ、そうそう、それですよぉー」
「何か?」
「胡桃さん、三園さんのことリベロって決めつけてましたぁ。よくないですよぉ、背が小さいってだけでリベロ扱いするの。リベロは背の小さい子じゃなくてレシーブの上手い子がやるポジションなんですからぁ」
「心外。勘違い」
「えぇー?」
話が飲み込めない私に、胡桃さんはちっちっと舌を鳴らして言う。
「三園ひかり――曰く、玉中の〝紅一点〟。聞き覚えは?」
「玉緒中学の……ああぁ、わかります! ってことは……ええぇ!? あの子、玉中のリベロだったんですかぁ!」
私は数年前――私が中学生だった頃のことを思い出す。
同地区の強豪、玉緒中学。
公式戦のユニフォームが、二種類ではなく三種類あるちょっと変わった中学。
普通の選手は、緑地に白線、白地に緑線の二種類のユニフォームを与えられ、
リベロの選手には、紅地に白線のユニフォームが与えられるのだ。
(リベロというのは守備専門の選手で、試合では区別のために他の普通の選手とは違う色のユニフォームを着なければならない。
一般的には、普通の選手にもリベロの選手にも同じ二種類のユニフォームを与えて、普通の選手とリベロの選手で試合のつど色違いになるよう着回す)
玉緒中は伝統的にレシーブを重視したチームで、紅のユニフォームは、そんな玉緒で最も上手いレシーバーに与えられる特別なユニフォームだ。
玉中の紅一点と言えば、ほとんど地区ナンバー1レシーバーと同じ意味を持つ。
私も玉緒中の堅い守りにはとても苦労した記憶があるなぁ。
私が戦った玉中の紅一点は三園さんではなかったので、顔や名前は知らなかった。でも、胡桃さんがあの子が玉中の紅一点だと言うのだから、私たちの学年が引退したあとの大会で、三園さんはあの紅のユニフォームを背負って試合に出ていたのだろう。
なんともはや、頼もしい新人さんだ。
「それと、あの宇奈月実花」
「彼女も有名な選手だったんですかぁ?」
「いや、少なくとも北地区の大会では見たことない。ま、それはさておき」
「なんですかぁ?」
首を傾げる私に、胡桃さんがボールを一つ投げる。
「万智、ボール片手で持てる?」
「一応、右手ならぁ」
ボールの表面の凹凸にうまく指を噛ませ、ぐに、と力を込めて掴み、ボールを胡桃さんに突き出してみせる。
片手でバレーの五号球を掴むのは、手の小さな女の子や、握力の低い女の子にはできない。私の場合、手は小さめだけれど握力は比較的あるので、なんとか掴める。
もちろん、バレーはボールを掴んでしまったら反則になるので、必ずできなくちゃいけないってことはない。でも、バレーボールは基本的に両腕の肘から下でボールを扱うスポーツだから、手の大きさや握力の強さは、重要な要素になってくる。
「宇奈月は、左手で持ってた」
「ほあぁぁ、それはまた……」
「左利きなら、歓迎」
バレーの左利きはほとんど天然さん。入ってくるかどうかは運次第。もし宇奈月さんが左利きなら、確かに歓迎だ。
「右利きなら、より歓迎」
はわわ……その可能性は、考えてなかったなぁ。
私は試しに、左手でボールを掴んでみた。
つるっ、とボールが滑って、籠の中に落ちる。
慣れの問題もあるのかもしれない。ただ、事実として、私の左手の握力は、利き手の右手よりも若干弱い。
利き腕じゃないほうの手で、ボールを掴めるほどの人、かぁ。
見た感じ、背の割に手が特別大きいってわけではなかったもんねぇ。
しかも、宇奈月さんは一年生。ついこの間まで中学生だった。つまり、高校生用の五号球より一回り小さい四号球で、今までずっとプレーしてたはずなのだ。そんな子が……ねぇ。
これはうかうかしていられないかも。
「それから、一年一組、あわよくば」
あっ、そうそう、胡桃さん的にチェックしてる新人さんがいるんですよねぇ。
「丘中の〝白刃〟と、落中の〝黒い鉄鎚〟」
「ふえぇ!? すごい有名人さんじゃないですかぁ……!!」
「逃す手はない」
「はわああぁ……そうですねぇ」
ふふふぅ、明後日が楽しみっ!
注:実際の公式戦では、ユニフォームは二種類までという規定があったような気がします。
登場人物の平均身長:152.3cm
<バレーボール基礎知識>
・アタックについて
相手コートに返球することを、アタック・ヒットと言います。
一本目で返すのも、二本目で返すのも、三本目で返すのも、全部アタック・ヒットです。
ただ、一般的に『アタック』と言えば、セッターが上げたトスを打つこと=『スパイク』のことを指します。
初心者の方は、以下のような練習をしてください。
(1) まず、ステップ(足の動き)とスイング(腕の動き)を覚えます。慣れてきたらネットに向かって跳んでみるといいと思います。
(2) (1)の踏み切りができるようになったら、今度はボールを打つ練習(壁打ちなど)をします。
(3) (1)と(2)でフォームが固まったら、実際にトスを上げてもらいましょう。タイミングが掴めれば(大縄跳びや自転車などと同じで、一回うまくいけばあとはなんとかなります)、恐らく打てます。