43(美波) 一撃決殺
ゲーム終盤の連続失点から、本日二度目のタイムアウト。
私たちはベンチに下がり、マネージャーの楪亜希子(二年生、151センチ、Eカップ)からドリンクとタオルを受け取ると、愛梨も含めて輪になった。
しばし上がった息を整える。5秒ほど、無言の時間。その静寂を破ったのは、マリチカだった。
「はーい、てめーら、全員注目! ちょっくらアンケートを取るぜぃ! いいかー、正直に答えろよー?」
マリチカは心底楽しそうな笑顔で、言う。
「ちょっと前の向こうのサーブミス。短髪の初心者な。あれを見て思わず『ほっ』と安心したヤツ。ハイ、挙手!!」
マリチカは両腕を腰に当てて、鋭い目で全員を見回す。ぴりっ、と空気が張りつめた。が、すぐに和美が中和した。
「は〜い。わたしはラッキーだなぁって思いました〜」
「まずは一人目なー。他ぁー!」
すっ、と愛梨が手を挙げる。アンも続いて挙手。
「正直でよろしいねぃ。さて、他にはいねーかー?」
ぎろっ、と口元を吊り上げてこちらを睨むマリチカ。あー、はいはい。わかってますよ。
「私もほっとしたわ。ぶっちゃけあの初心者にサーブが回った時点で『あーこれで労せず1点ね』って一息ついたわ。別にフツーのことでしょ」
挑発するように言いながら、私は愛梨とアンに視線を送る。マリチカは苦笑して、芽衣とさやかに目を向ける。
「などとヅカミーはおっしゃってるが、てめーらはどーでー?」
「相手がサーブをミスしたのなら、ローテを一つ回して、次のプレーに備える。それだけのこと。言ってしまうと、私は今の今までそんなことがあったことすら忘れていたわ」
さすが芽衣様。ねえ、信じられる? あの子これ本気で言ってるのよ?
「あたしは拾うのが仕事の守備専っすからね。相手のミスなんてハナっから頭にありませんよ。あんなん拍子抜けっす、ひょーしぬけー」
愛梨が複雑な表情でさやかを見つめている。ま、この子はこういうスタンスの子よね。
「で、そういうマリチカはどーなのよ?」
私は訊くと、マリチカにきりりと片眉を吊り上げた。
「私? 私はてめー、実際の試合だったら舌打ちだよ。あんなんされたらキレるわ」
「得点したのにキレるってあんた……」
「だってそーだろー。やや劣勢で迎えた終盤、1点が勝敗を左右する大事な場面だぜぃ? どうせ取るなら相手のミスより私の攻撃で決めたほうが盛り上がるじゃねーか」
あんたが決めることは前提なのよね……まったく。
「そういう意味で言やー、あのサーブミスは『私をノらせなかった』。価値あるミスだぜぃ。1失点で私の10得点を防いだんだからよ」
はい頂きました、マリチカ理論。ここテストに出ません。
「もちろん、私はてめーらに私になれたー言わねーよ。私は私一人で十分だ。が、音成女子に入った以上、点は貰うもんではなく奪うもんだと心得ろ。常にだ」
強い語気でそう言って、マリチカは愛梨とアンに獰猛な笑みを向ける。
「いいかッ! 苦しいときに相手のミスを待つようじゃ、チームの支えにはなれねーぞ!!」
びくり、と愛梨とアンが肩を震わせる。私も震えた。
「音成で一軍張りたきゃ、てめーが最強のつもりでいろ! 音成のバレーは一撃決殺! 『毒蜜蜂《Killer Honey Bee》』に雑兵は一人もいねーんだぜぃ!!」
「「はいっ!!」」
敬礼する勢いで返事をする愛梨とアン。横の和美が「頑張って〜」と拍手している。私もとりあえず苦笑を送っておいた。気負い過ぎてもいいことはないからね。
と、ちょうどいいところで、笛が鳴る。私たちはコートへ戻る。
「おい、ドロメダ」
途中、マリチカがアンに声を掛けていた。マリチカは私にも聞こえるように言う。
「次の攻撃、てめーは速攻に入らなくていい。目ン玉かっぽじって、一番近ー特等席でよーく見とけ」
そう。最強は、いつだって心から笑う。
「点の奪い方っつーもんを、私が教えてやる」