38(愛梨) アメとムチ
14―16。
私はリベロと入れ違いにベンチからコートに戻って、ネット際の定位置につく。
サーブはアンドロメダことアン(マリチカさんはドロメダ。さーやは頑に鈴木と呼ぶ)。
マリチカさんに発破を掛けられていたが、果たして、得意のジャンプサーブは惜しくもエンドラインを割った。
スコアは、15―16。
「す、すいません!」
「気にすっことねーよ、鈴木。ミートしてたしなー」
さーやが戻ってきて、相手の――霧咲音々のサーブから。
サーブは芽衣さんへ。私はレフトからAクイックに入る体勢に。が、カットが少しネットに近い。
「あら、ごめんあそばせ」
「ちょ、芽衣、もうっ!」
美波さんは目一杯ジャンプして、ぽんっ、とクイックとセミの中間くらいの高さのトスをセンターに上げる。
「頼むわ、愛梨!」
ネットから離れた、半端な高さのトス。目の前には――うっ、ブロック三枚。私はその場で跳んで、強打せずフェイントをブロックの裏に落とす。
「てめーなにヘタレてやがんでー、アイリー!」
無茶言わないでください、マリチカさん!?
私のフェイントは相手セッターに拾われる。つばめさんが二段トスでレフトへ。アタッカーは藤島。対するこちらは三枚ブロック。
が、なんと言っても相手は180超。私より10センチも高い。上を行かれないよう、私はとにかく全力で跳ぶ。
「ワンチッ!!」
マリチカさんが触れ、スパイクの勢いを殺す。和美さんがそれを拾ってチャンスボールに。
「速攻っ!」
私はAクイックに入る。トスは私の裏に回った芽衣さんへ。
すぱんっ、と速いスイングでボールを打ち切り、芽衣さんは危なげなくスパイクを決める。
「先刻のミスはこれで帳消しと言うことで」
芽衣さんが優雅にすごいことを言い出した。
「そうね。芽衣だし、もうそれでいいわ」
いいんですか!?
「まーサマメィじゃあ仕方あるめーよ」
マリチカさんまで!?
「それよりアイリー、てめーは簡単に逃げんな。三枚のうち一枚は素人だぞ」
「うっ……」
「次はぶちかませよぃ!」
マリチカさんはそう言って私の肩を叩き、サービスゾーンに下がっていく。
15―17。
前衛に和美さんが上がり、サーブはマリチカさん。
打球はレフトを守る北山梨衣菜へ。ボールが後ろに逸れる。マチ子がカバーに入り、センターのつばめさんへ二段トス。つばめさんはそれを、
ずんっ!
と強打で決めてくる。マジですか。こっち三枚ブロックだったのに……。
「アイリー、今のだぜぃー!!」
後ろからマリチカさんの声。今のって、つまり、後ろから来た二段トスを三枚ブロックの上から打ち抜けってことですか?
「愛梨、今のよ」
つばめさん本人からも言われた。顔が引き攣りそう。
「や、やってやります!」
内心はどうあれ、とりあえず声に出してみる。つばめさんは満足そうに微笑んで、コートポジションについた。
16―17。
私の守備位置はど真ん中。とは言え、大半はさーやに任せることになっている。
サーブは藤島。ボールはさーやのところへ。
「おけー! ちゃんっさー(チャンスボールみたいなサーブの意)!!」
いや言うほど緩いボールか? と思ったが、さーやは宣言通りにぴたりとAカットを上げる。
私はAクイック――と見せかけたCクイックへ。一度北山に止められて痛い目を見ている攻撃だ。もっと切り返しを鋭くしなければ。ブロッカーを置き去りにするくらいに。
踏み込みの途中で、私は右へ方向転換。だんっ、と片足で踏み切って、セッターの裏に回る。
が、
「させないっス!!」
北山がぴたりとついてくる(なんて反射速度だよ!?)。ふわっ、と置くようなトスが私に上がる。このまま正面に打つとシャットだろう。なら、右にフェイントを落とす? いや、そっちにはマチ子がいる。拾われる可能性が高い。だったら、左!!
ばしっ、と手首を使って北山の横を抜く。
が、
「小手先だけで打つな、愛梨!!」
つばめさんに拾われた! その上プレー中にダメ出しまでされた!? もう泣きそう!!
つばめさんがほぼ真上に上げたボールを、相手セッターはレフトのマチ子へ。ブロックの隙間を狙われないよう、隣の芽衣さんと息を合わせて、跳ぶ。
ごがっ!
「っ……! ワンタッチ!」
親指以外の指が全部折れたかと思ったわ! マチ子の肩ってどうなってんの!?
「うおっ――ちょいきちーっす!!」
コート後方へ飛んでいったボールを、さーやが辛うじて上に上げる。フォローに入っていたマリチカ先輩は、二段トスの構え。
「っしゃあー! 決めやがれー、アイリー!!」
エンドライン際から、高い軌道でほどよい位置に上がってくるボール。ただ打ちやすいか打ちにくいかで言えば、当然打ちにくい。トスが長ければ長いほど、高ければ高いほど、ボールの持っている運動エネルギーは大きくなり、打ち抜くためにはより強い力が必要になるのだから。
私はボールの軌道を見極め、タイミングを計る。ブロックは三枚。今度こそ、としっかり助走距離を取って、大きく腕を振り、落ちてくるボールの中心を叩く。
だんっ、と真芯で捉えた打ったボールは、しかし、つばめさんのブロックに阻まれこちらのコートに。
ってか、つばめさん、さっきからホント容赦ないですね!?
「まだだよ〜!」
和美さんがフォローを上げる。私はもう一度開く。芽衣さんもライトで待っている。美波さんはトスを――私!? またですか!!
「ヘーイ、愛梨! つばめに負けんなっ!!」
ぽーん、と軽やかに上がったセンターセミ。ブロックは三枚。低いマチ子のところを狙うべきか? けど、レシーバーがそれを見越してコースに入ってくるかも。フェイント……は、たぶん一番警戒されているだろうし。なら北山からブロックアウトを狙うか? ああ、もう、よくわかんないっ!
ばちんっ!
と、私にしてはかなり体重の乗ったスパイクを叩き込む。
ボールは三枚ブロックの真ん中を弾き飛ばす――予定だったが、打った直後に私の頬を掠めた。つまり、完璧にブロックされた。
ボールに遅れること数瞬、着地した私の目の前にいたのは、北山ではなく、つばめさんだった。
あれ!? いつの間にか北山と入れ替わって三枚ブロックの真ん中にいる!? 道理でブロックアウト狙いだったのに止められたわけだ!!
「今のはよかったわよ、愛梨。でもまだ私のほうが上ね」
「ふえぇ……そりゃないですよぉ、つばめさん」
もう泣いた。ベソかいた。
「強く生きるのよ、愛梨」
打ち拉がれる私を、芽衣さんが優しく慰めてくれる。成女名物(?)アメとムチだ。
スコアは、17―17。同点にされてしまった。
「ドンマイ、あーり。バメっさん相手じゃしゃーねーよ」
さーやだった。一軍で唯一の同級生。私とは小学校からの腐れ縁。バレーを始めたのはさーやのほうがずっと早くて、小三のとき。私は中学生のときに、さーやに誘われてバレー部に入った。
「ありがと、さーや。あとでジュース奢ったげる」
「マジで? さんきゅー、あーり。お前ってほんとチョロいヤツな!」
最後の一言余計だろ、おい。
さーやはツインテール(あの口調と性格でツインテはないだろ、と多くの人間が思っている。黙っていればお似合いなのだが)をなびかせて、守備位置に戻る。
私も膝を叩いて気合いを入れ直し、サーブに備える。
「っさぁー、来い!」
ふん、次こそ決めてやるんだから!




