35(アンドロメダ) 囮
相原先輩の代役としてセンターを任された、練習試合。
相手は、練習そのものが今日初だという、城上女バレー部。
これが、かなり手強い。岩村先輩が成女相手でも十分に通用する豪腕なのは知っていたけれど(私はスポーツ特待で成女に入ったので、春休みから練習に参加し、岩村先輩とはもう何度か一緒に練習していた)、他のメンバーもやたら上手い。
〝黒い鉄鎚〟こと藤島透が格上なのは仕方ないとして、ミドルブロッカーの霧咲音々は元セッターとは思えないスパイクを打ってくるし、リベロの三園ひかりは浦賀先輩が『あの子パなくね? どこ中?』とぼやくレベル。北山梨衣菜は初心者だが、身体能力の高さとセンスの良さが垣間見れる。
試合が進むにつれて、徐々にコート内の空気がピリピリとしてくる。実戦形式の練習は、一軍VS二軍で何度かやっているが、今日の緊張感はそのときの比じゃない。
12―15。サーブは獅子塚先輩。一本目は岩村先輩からサービスエースを取ったが、直後に、相手は守備位置を変えてきた。それに伴い、セッターも霧咲に変更。今までセッターをやっていた宇奈月実花が、ライトに下がった。身長は私のほうが10センチも高いが、彼女が『飛ぶ』のは、スパイク練習や今までのプレーを見ていればわかる。
油断はできない。
ぴぃ、と短い笛が鳴る。獅子塚先輩は、少し間を空けて、ジャンプフローターサーブを打つ。
ボールは宇奈月の右、ライト線へ。
サイドラインぎりぎりに向かって曲がっていくボール。処理するのは簡単ではないはずだ。たとえ取れたとしても、ライトに振られているから、そこからセンターへクイックに入るのは難しい。あるとすればライトセミ。それなら、ブロックはトスを見てからでいい。
「よ、っと!」
宇奈月は軽くジャンプして、身体の横に突き出したアンダーハンドで獅子塚先輩のサーブをセッターに返す。ボールはぴたりとセッターの真上へ(すごいっ!)。ただ、軌道を調整する余裕はなかったのか、山なりではなく、鋭角で速いレシーブになっている。ここからクイックに入るのは、
「ねねちん! A来いっ!!」
着地するや否や、宇奈月はライトからセンターへ突っ込んでくる。身体はライト側へ流れていたはずなのに、なんて鋭い切り返し。とんでもないバネだ。
「ドロメダ、囮だ! 惑わされんなッ!!」
左からマリチカ先輩の声が飛んでくる。はっ、と我に返る。しまった。宇奈月の動きに気を取られ過ぎた。
ひゅっ、と霧咲が高い打点で上げたトスは、宇奈月ではなく、レフトの透へ。
ピンポイントで返ってきたとは言え、かなり勢いのあったレシーブを、まるで何事もなかったみたいに死んだボールにして運ぶそのハンドリング技術は、さすが元セッター。先ほどまでの宇奈月の柔らかなトスとはまた趣が違う。
「くっ……!」
私は急いでレフトに回る。間に合え!
ごっ、
と敢えなくブロックの間を抜かれ、透のスパイクが決まる。
13―15。
獅子塚先輩のサーブを、マリア様ローテを、たった2得点で切られた。
「ちょいちょい、ドロメダ」
マリチカ先輩に腰を叩かれる。わっ、と驚いて振り返ると、猛獣のように迫力ある笑顔がそこにあった。
「落ち着いて、視野は広くだぜぃ、ミドルブロッカー。さすがに今のタイミングで速攻は無理だろーよ。アタッカーだけじゃなくボールもよく見やがれ」
「は、はい! すいません!」
「別に謝るこたーねーよぃ。こうして経験積んでく。そのための練習だ」
「はいっ!」
「ま、ツヴァイがどう思ってっかー知らねーがな」
悪い笑みを浮かべ、親指で相手コートを示すマリチカ先輩。私は恐る恐るそちらに目をやる。ローテが回って前衛に上がってきた相原先輩と、ネット越しに目が合った。にっこりと微笑まれた。
「アン、あとで私と特訓ね」
ひいいい……!!