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じょばれ! 〜城上女子高校バレーボール部〜  作者: 綿貫エコナ
第二章(城上女子) VS音成女子高校
34/374

30(ひかり) 素人のフグ料理

 タイムアウトを終えて、コートの中に戻ります。成女あちらベンチは何か話がまとまったのでしょうか。相原あいはら先輩がすごいちらちら向こうを見ていました。


 ちなみに、成女がタイムアウトを取るきっかけになった北山きたやまさんのクイック。私たちも驚きを禁じえない攻撃でしたが、どうやら博打だったようです。曰く、


宇奈月うなづき殿が、こっそり声を掛けてくれたっス。なんか、こう、しゅっとしてびゅっとしてひゅんすればいいって。気付いたら入ってたっス」


 たぶん、ボールと一緒にセッターの前に走り込んで(しゅっ)、その場で振りかぶって跳んで(びゅっ)、手を振ればいい(ひゅん)、とでも言われたのでしょう。それでよくクイックが成立したものです。曰く、


「いやー、まさかうまくいくとはねー。たぶん今日はもう無理だね」


 まったくたわけたことを、です。


「もしもう一度やるときは、私にもその旨を伝えてください。カバーに入りますゆえ」


「おー! 心強いよー、ひかりん! じゃあ次はぜひまりーなにBクイックをば!!」


「調子に乗りやがらないでください」


「はーい!」


 思い出したら少し腹が立ってきました。いけません。集中しましょう。


 9―8の1点リード。


 サーブは藤島ふじしまさん。高い打点から、スピードのあるサーブを放ちます。


 ボールはセンターを守るあずま先輩のところへ。東先輩は、頭の上のやや高いところに飛んできたサーブを、後衛に任せずオーバーハンドで処理します。少し短いカット。東先輩は、しかし、構わず速攻に入りました。見え見えの囮ですが、北山さんはそうとは知らず東先輩と一緒に跳んでしまいます。


 ライトの佐間田さまだ先輩が、Aクイックに入った東先輩の裏に回り込みます。時間差攻撃。佐間田先輩をマークしている岩村いわむら先輩は、北山さんの右側に移動し、ブロックの構えを取ります。


 ただ、先に跳んだ北山さんが障害となって、佐間田先輩を正面から迎え撃つことはできません。佐間田先輩から見てクロス方向はがら空きです。


 私はバックセンターの定位置から、そのがら空きのコース――レフト側に詰めます。


 セッターの獅子塚ししづか先輩は、そして、誰もいないライトへバックトス。


 一瞬、私の思考が止まります。


 センターの東先輩はクイックに跳びました。ライトにいた佐間田先輩は時間差でセンターに回り込んでいます。レフトの柴田しばた先輩はレフトにいます。


 わかりません。獅子塚先輩はなにゆえライトに? だって今そこには誰も、


「っらああああああー!!」


 いました。


 鞠川まりかわ千嘉ちか先輩。


 マリチカ先輩。


 バックライトからの、バックアタック。


 いけません。レフトに寄ったせいでライトが空いています。打ちごろのコースがぽっかりと穴になっています。速く戻らなければ、


「――っしゃい!!」


 ばちんっ、


 ジャストミートの快音。強烈なドライブ回転の掛かった鋭い打球が飛んできます。私は全身を宙に投げ出し必死に手を伸ばします。が、触れるだけで精一杯でした。ボールは吸い込まれるようにコートへ。


 だんっ!


「ヘイおまちッ!!」


 点数と一緒に謎の台詞まで決められました。屈辱です。


「大丈夫ー、ひかりん?」


 床に這いつくばった私の上から、宇奈月さんの声。顔を上げると、手が見えました。私は何も見なかったことにして、自力で立ち上がりました。


「問題ありません」


「そっ! ならよかった!」


 ふうっ、と溜息。さすがマリチカ先輩。なかなかお目にかかれないレベルのとんでもないスパイクでした。たとえ正面で捉えたとしても、きちんと前に返せたかどうか。


 私はぴりぴりと熱の残る指先を擦ります。


 ……ん。


 何か、違和感。


「あの……宇奈月さん」


 私は、目の前に立っている宇奈月さんを見ます。


「ん、なーに?」


 私が立っているのは、最初の守備位置であるバックセンター、そのややライト寄り。


 対して、宇奈月さんが立っているのは、その右の、バックライト。


 本来の宇奈月さんの定位置は、バックライトはバックライトでも、もっと前のはず。


 私は再度、自分の指先に目を落とします。


 あのマリチカ先輩の、なかなかお目にかかれないレベルのとんでもないスパイク。


 それが、レフトに詰めた私の守備範囲外はんたいがわへと、打ち込まれたはず。


 なのに、なぜ私は、ボールに触れることができたのでしょうか……?


「だ、大丈夫か、ひかりん!? 突き指でもしたか!?」


 言って、宇奈月さんは私の手を握ってきました。いきなり何をしやがりますか。


「大丈夫です。お気遣いなく」


 私はするりと宇奈月さんの手を逃れ、サーブカットの守備位置に移動します。宇奈月さんも「いけずぅ!」などと意味不明なことを言いながら自分のポジションへ戻ります。


 バックライトから。


 バックアタックの存在に気付かず、不用意に動いた私が空けてしまった、守備の穴から。


 まったく素人のフグ料理みたいな人ですね。


 どうにも食えません。


 私は、ぺちんっ、と自分の頬を叩き、気を入れ直しました。


 スコアは、9―9。


 ごちゃごちゃ考えるのは、ひとまず後に回しましょう。

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