27(音々) ガンタンク《Transistor Glamour》
「ポテンシャルの塊ね……あいつ」
マンツーマンで相手のCクイックをシャットアウトした北山を見て、あたしは感嘆の溜息を漏らす。
その北山は、今度もマンツーマンで相手センターをマークしている。今度はAクイックだ。北山がコミット(いわゆる決め打ちならぬ決め跳び)なのは明らかだから、ライトかレフトへ振るだろう。
と思っていたら、向こうも意地があるのか、もう一度センターで勝負してきた。
さっきのCクイックは、少しネットに近かった(そもそもCクイックを攻撃に織り交ぜてくる時点で相当な技術なのだが)からシャットできたが、今度はそうも行かないだろう。向こうのセンターはきっちりブロックを見て、空いているクロスに打つ。
打球の威力は、しかし、セッター対角の人ほどではなかった。北山のブロックを信用して空いてるコースで待ち構えていた藤島がなんとか反応し、力任せにレシーブ。ボールはアタックライン上、ライト側に飛ぶ。それを宇奈月がレフトへ。大きく開いた岩村先輩が、フルスイングでそれを打つ。
ぼがごっ、
とひどく鈍い音がした。岩村先輩の打ったボールは相手ブロックを弾き飛ばし、反対側の壁まですっ飛んでいった。ミドルブロッカー(センターの人)が左手を抑えている。かなり痛そうだ。
「マチ子あんたね……っ、あだだだ。これはキてる。骨にキてる。慰謝料を請求する」
「ごめんねぇ、愛梨ちゃん。でもぉ、そこはほら、保険でなんとかしてほしいかなぁって」
「芽衣さん、私もうマチ子の相手嫌です」
「愛梨、こう考えるの。指を狙われなかっただけ幸運だった、と」
「うぅ……それ笑えないです、芽衣さん」
「誰かが犠牲にならねばならないのよ」
「もうぅー、二人ともひどいですぅ」
岩村先輩はぷかぷかと笑う。あたしはぞっと寒気を覚えて、左手で右手の指を包んだ。
「立沢先輩……あの、岩村先輩って、もしかして石館一中の出身ですか?」
「そうだよ」
「あぁ、やっぱり……。そっか、あのときの……全然気付かなかった」
あたしは、あたしが中学一年だったときのことを思い出す。
三年生が引退して、最初の大会。スタメンで出場して、そのとき、あたしたち霞ヶ丘中は、初日のトーナメント、三回戦で石館一中と当たった。
そのとき、石館一中の主将でエースだったのが、岩村万智先輩だ。
随分と印象が変わったから気付かなかったけれど、今のスパイクを見て、記憶が刺激された。
正確に言えば、岩村先輩のスパイクで腕を弾き飛ばされた、向こうのブロッカーを見て、だが。
理不尽なくらいに『重い』んだよな、あれ。
「館一の……〝ガンタンク〟」
「音々、それ万智の前では言わないであげて」
「えっ、あ、はい」
館一は、あたしの知る限り県大会に出たことはない。どちらかと言えば弱小校だと聞いていた。けれど、あの年だけは違った。岩村先輩が主将を務めていた一年間、館一は常に地区ベスト8をキープしていた。
県大会に上がれなかったのは、単純にチーム力の違い。いくら岩村先輩でも、強豪校に一人では勝てない。ただ、これは言い換えれば、地区大会の一・二回戦レベルなら、岩村先輩一人で勝てるということ。
「それにしても、ようやく腑に落ちました」
「何が?」
「この、成女での岩村先輩の馴染み具合。部員が少ないから他校の練習に混ざるなんて……たとえ許可が降りたって、普通はできないことだと思うんです。でも、館一の……あの人なら、わかる気がします」
「そうだね。天下の成女が受け容れるだけの価値が、万智にはあった」
「ところで、ずっと気になってたんですけど、音成女子ってものすごく強くないですか?」
「だって県四強だもの」
「ぶっ!?」
吹き出してしまった。
「県四強!? ベスト4ってことですか!? それは、そんな――」
「そんな強豪校の練習に混ぜてもらって、その上すっかり馴染んでしまうのが、万智だよ」
「来る途中に聞きましたけど、岩村先輩、練習試合に出たこともあるって」
「あの子、普段から控えとして一軍の練習相手をするくらいだから」
「すごいですね……」
「いや、でも、すごいと言えば」
立沢先輩は、スコアボードに目を向ける。
表示は、8―8。
「向こう、つばめがいないだけで、あとは全員一軍」
「……最善を尽くします」
「そうしてくれると」
手の平に、じわり、と汗が滲んだ。