26(梨衣菜) マンツーマンコミットブロック
うっス。北山梨衣菜っス。さっきから全然ボール触ってないっス。
「梨衣菜、ブロックの跳び方はわかってきた?」
「はいっス! こう、ぐわっ、とっスね! ぐわっと!」
敵も味方も上手い人だらけ(これはプレーしているうちにわかってきたことだけれど、この人たち半端ない。相当強い)なので、手本見本には事欠かない。初心者の自分にはもったいないくらいいい環境。
どんなスポーツでもそう。上級者の動きは、見ているだけで得られるものがある。
「でも、ラリーの中で跳ぶのは難しい、わよね?」
「そうなんっス! なんか、きゅっ、びゅんって、いつの間にか人が入れ替わってたり! なにがなんだか! 全然ついていけないっス!」
「まあそう簡単についてこられたら成女も商売上がったりなんだけどね。ま、でも、ずっと置き去りだとあっちもこっちも練習にならない。そこで、梨衣菜、あなたに秘策を授けるわ」
「おお、なんスか!?」
「マンツーマンコミットブロック」
そう言うと、相原殿は、岩村殿にも声をかける(ちなみに今自分たちは、ネット際に左から岩村殿、自分、相原殿と並んでいる)。
「万智、聞こえた? ブロック、マンツーマンで跳ぶわよ」
「はぁい、がってんでぇす!」
「え、えっと、自分はどうすればいいっスか?」
「梨衣菜は、今真ん中にいる泣きボクロの子――愛梨をマークするの」
「つ、つまりどういうことっスか!?」
「愛梨が左に動いたら、梨衣菜も左に。愛梨が右に動いたら、梨衣菜も右に。そうやって、ネットを挟んで線対称にどこまでもついていくの。で、当然、愛梨が跳んだら、同時に梨衣菜もその正面で跳ぶ。
場合によっては移動するときに私や万智と交叉するかもしれないけど、基本的には私たちが道を譲るようにするから、梨衣菜はひたすら愛梨だけを見てネット際を移動していいわよ」
「それは、もしその、自分の相手――愛梨殿のところにトスが飛んで来なかった場合はどうなるっスか?」
「どうにもならないわ。でも、マンツーマンコミットブロックはそういうものだから、別にいいのよ。梨衣菜は、ボールも、セッターも、トスの行く先も、他のアタッカーも、私と万智のことも見なくていい。結果も気にしなくていい。
前衛にいる間は、ひたすら愛梨の動きを見て、それに合わせて動いて、跳んだら愛梨の右手の前に思いっきり手を突き出す。オーライ?」
「お、オーライっス!」
「よし。じゃあ、万智は芽衣、私は和美ね」
「りょぉーかいです!」
作戦会議が終了したところで、審判の笛が鳴る。
藤島殿のサーブが相手コートに。
そのボールを後ろのツインテールでゼッケンの人が――って、そうじゃない。
『ボールも、セッターも、トスの行く先も、他のアタッカーも、私と万智のことも見なくていい』
『前衛にいる間は、ひたすら愛梨の動きを見て、それに合わせて動いて、跳んだら愛梨の右手の前に思いっきり手を突き出す』
自分は視線を正面にいる人に固定する。耳を覆うくらいの長さの、さらさらしたショートカット。中性的な顔立ちに、泣きボクロが特徴的な、愛梨殿。
愛梨殿は、ボールを見上げてタイミングを計っている。そして、そのまま真っ直ぐこちらへ踏み込んできて、なっ、いきなり左に折れた!?
自分も慌ててサイドステップ。途中セッターの人の影で一瞬愛梨殿の姿を見失ったけど、さらに一歩左へ動くと、再び愛梨殿の姿が目に飛び込んできた。
愛梨殿は右を向いているセッターの人の背中側に踏み込んで、跳ぶ。
同時に、自分も跳ぶ。
愛梨殿は空中で右腕を高く伸ばす。自分はその腕目掛けて、ネットの白い部分に触れないように気をつけて、できる限り両腕を突き出す。
すると、目の前をふっと影のようなものが過って、直後に何か硬いものが左手首に当たった。痛い。腕が弾かれる。どういうこと? 愛梨殿の身体が落ちていく。自分も落ちていく。着地。何が起こった? 思わず自分は愛梨殿を見る。愛梨殿は目を丸くして自分を見ていた。
そして、唐突に鳴る、審判の笛。
い、一体何が……?
「ナイスブローック!! まりーな!!」
背中にふわっと手の感触。振り返ると、宇奈月殿が笑ってピースしている。え、ブロック?
「梨衣菜」
相原殿が私を呼ぶ。見ると、その指先が相手コートの床を指していた。ボールが転がっていた。
「あなたが愛梨のスパイクをブロックしたのよ」
自分は、ばっ、と反射的にスコアボードに目を向ける。
ちょうど点数が捲られて、7―8。
「ブロックした……今の、自分が?」
「ええ。完璧なシャットアウトだったわ。どう、感想は?」
じんじんと痛む左手首を見る。真っ赤になっていた。
「おお……マジ、っスか」
真っ赤になった左手首を、そっと右手で擦る。
なんだろう、この気持ち。
全然、実感とかない。
だって、自分、自分が何をしたのかもよくわかってないし。
わけがわからない。わけがわからないまま、なんか決めた。
それで、みんなが自分の周りに集まって、なんか、わからないけど笑ってくれてて。
わけがわからない。わけがわからない……けどっ!
「ちょー気持ちいいっス!!」
自分がそう言うと、みんながわあっと盛り上がってくれた。
顔と胸の奥がかぁーと熱くなった。
そして、自分はもう一度、スコアボードを見る。
点数は、紛れもなく、7―8。
さっきまで『6』だった点数表示を、自分が『7』にした。
なんだか、まるで夢を見ているみたい。
何度でも、見たくなる、楽しい夢。
「梨衣菜、せっかくだから、もう一本止めてやりましょう!」
相原殿が、そう言って自分の背中を叩く。
「は、はいっス!」
もう一本、止めたら、またさっきの夢みたいな気持ちが味わえる。
自分は、緩む頬を引き締めて、ブロックの構えを作り、ネット越しに愛梨殿を見つめる。
愛梨殿は、自分の視線に気付くと、少し顔を赤くして、きっ、と睨むように自分を見つめ返した。
この人を、止める。もう一本。何度でも。
「……やってやるっス……!!」
そして、短い笛の音が、鳴った。