1(ひかり) 変わった人
――城上女子高校・昼休み・一年二組教室
「えっ! 三園さんもバレー部希望なの!?」
「『も』ということは、宇奈月さんもバレー部に入るつもりなんですか?」
「もちだよ!!」
両手で握りこぶしを作って無闇に大きな声を張り上げるのは、宇奈月実花さん。
整った目鼻立ち、さらさらの黒髪ポニーテール、すらりと引き締まったスレンダーな体型。
最初は『大人っぽくて素敵な人』という好ましい印象を抱きましたが、話しているうちに『子供っぽくてちょっとうるさい人』に下方修正されて現在に至ります。
もちろん、大きな瞳を爛々と輝かせて満面の笑みを浮かべている今の宇奈月さんのほうこそ、より魅力的だと感じる方も一定数いらっしゃるのでしょうが。
「じゃあ、同じクラスで同じチームだね、私たち!」
「順当に行けばそうなりますね」
「改めてよろしく、三園ひかりちゃんっ!」
おっ、私がバレーをやるとわかった途端、急に『さん』付けから『ちゃん』付けに変更してきましたね。というのはさておき、です。
宇奈月さんの仰る通り、私の名前は、三園ひかり。
年齢16歳(入学式の日が誕生日でした)。
身長147センチ。
体重はキログラムで量るのが便利です。
バレーボール歴は小学二年生からなので、七年ほどになります。
「宇奈月さんは経験者なんですか?」
「まーねー! そう言うひかりちゃんも?」
「はい。でも、だとするとちょっと妙ですね。私、宇奈月さんのこと、大会で見た覚えがないです」
このルックスとテンションの持ち主が同学年にいたら、忘れるはずがありません。身長や意気込みからして応援席だったってこともなさそうですし。
「そりゃねー。私、小・中と両親の仕事の都合で引っ越してばかりで、この地区に住み始めたのもつい先月だから」
「ああ、なるほどです」
私は空になったお弁当箱を片付けながら、質問を重ねます。
「ちなみに、宇奈月さんが前にいた中学は、どれくらい強かったんですか?」
「前にいた中学っていうのが、これまたいっぱいあってね。強いとこは全国区だったし、弱いとこは大会にもエントリーできないレベル。なにしろ早い時は一ヶ月だけ通って転校とかしてたから」
「一ヶ月ですか……それはまた大変ですね」
「まっ、バレー部があることを必須条件で転入先決めてたから、馴染むのはそんなに難しくなかったよ。公式戦に出られたのは数えるほどだったけど、私的には、色んなところで色んな人とバレーできていい経験になったなーって感じ」
宇奈月さんはそう言って屈託なく笑うと、愛用と思しきタンブラー(かなり年季が入ってます)を傾け、中身をごくごくと一気に飲み干します。
いかにも元気系スポーツ少女といったいい飲みっぷりです。
ただ華の女子高生としては少々はしたないのではないか、という厳しい意見もあります。
「そうなると、もしかして、この高校からもすぐ出て行ってしまうのですか?」
「ううん、さすがに高校はそんなにひょんひょん変えられないから、ここに三年間いるつもり」
「ご両親のお仕事の都合で転校していたと聞きましたが、その辺の事情は?」
「母親の実家がこの地区にあるんだ。それで、私は今、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に暮らしてるの。だから、親がどっかに行っちゃっても私はここにいられる。寂しかったらついてきていいよ、とは言われてるけどね」
ふむ。場合によっては、転校してしまう可能性もなきにしもあらずなんですね。
もっとも、仮にそうなっても、この性格ならどこでもやっていける気がします。というか、どこでもやっていけるようにこの性格になったのかもしれません。
バレーボール、という共通言語もありますし。
実際、そのおかげで今、私たちは食後のお喋りに一花咲かせられたわけですからね。
「あっ、ねえねえ、ひかりっ!」
わお。呼び捨てになりました。これがさすらいの転校少女の本領でしょうか。
「どうしました?」
「お昼休み、まだ結構あるよね! 今から体育館行ってみない?」
「なにゆえですか?」
「バレー部が昼練やってるかも! あわよくば混ざれるかも!」
机に手をついて、勢いよく立ち上がる宇奈月さん。
ちなみに、お昼前の授業が体育だったので、彼女も私もジャージを着ています。
「でも、仮入部期間は明後日からですよ?」
「大丈夫! 仮入部とか本入部とか関係ないよ!」
はて、何が大丈夫なんですかね。というか、たぶんこの人ただ自分がバレーしたいだけですよね。私がイエスと答えようがノーと答えようが三秒後には教室を飛び出しそうな顔をしています。
とは言え、バレーと聞けば、私も決して吝かではありません。
「わかりました。行きましょう」
私が賛同の意を込めて立ち上がると、宇奈月さんは嬉しそうに拳を突き上げました。
「おーっ! 話がわかるね、ひかり!!」
と、そのとき。
ごんっ、と宇奈月さんの身体のどこかが机にぶつりました。
その衝撃で机の端に置かれていた宇奈月さんのタンブラーが大きく揺れました。
「あっ……」
バランスを崩したタンブラーは、崖を背にして追いつめられた真犯人のように、何もない中空へと倒れていきます。
「お――」
そして瞬く間に硬い板張りの床へと墜落、
「――っと」
する直前に私が屈んで救出しました。
ナイスキャッチ私、です。
「危なかったですね。それと中身が空でよかったです」
どうぞ、と私はタンブラーを宇奈月さんに差し出します。
すると、宇奈月さんは、何を思ったのか、両手で私の手ごとタンブラーを掴んできました。
「すごいねっ、ひかり! よく取れたね!!」
「い、いえ、たまたまです」
「そんなことないよ!!」
ぶんぶんと首を振る宇奈月さん。
「今ひかりは、落ちていくタンブラーを腰を曲げて上から掴みにいくんじゃなくて、腰を落として床ぎりぎりのところを下から掬い上げにいったよね!! しかも回転するタンブラーが真横になった瞬間を狙い澄まして!! これは偶然で出来る動きじゃないよっ!!」
宇奈月さんは私の目の前まで顔を寄せて、にこにこと口の端を吊り上げました。
「さてはひかり……リベロだな!? それもかなり上手いな!?」
「え、ええ……まあ、同学年の中ではそうなのかもですね」
「ふふっ、照れるな照れるなー!」
「いえ、別に照れているわけでは……」
もごもごと言葉を濁す私。宇奈月さんはタンブラーを受け取って、微笑みます。
「これ、ありがとう。とても大事なものなの」
それは耳に溶けるような優しい声でした。不意打ちだったので、思わずどきりとしてしまいます。
宇奈月さんはタンブラーを鞄の横ポケットに収めました。
私は、自分の頬に触れてみます。ちょっと熱いです。
「ほらっ、ひかり、早く行こーよ!」
「えっ、あ、はい」
元に(?)戻った宇奈月さんは、私の空いている手を取って、走り出します。
不思議とあんまり嫌な感じはしません。
なんというか、うーむ、やっぱりよくわかりません。いったいなんなんですかね、この人。
高校に入って最初に出来た友人は、どうにもどうやら、ちょっと変わった人のようです。
登場人物の平均身長:156.0cm
<バレーボール基礎知識>
・レシーブについて
相手コートから飛んできたボールを、床につく前に上げる。それがレシーブです。
バレーはボールを床に落としてはいけない競技なので、レシーブができないとほぼ百パーセント負けます。
膝を曲げ、腰を落とし、重心を低くする。これが、レシーブの基本的な構えです。
このような構えをとる理由はいくつかありますが、代表的なものを二つ。
一つ目は、床ぎりぎりのボールを拾うため。低い姿勢のほうが、当然、ボールの下に入りやすいです。ただし、低過ぎると第一歩目を素早く出せなくなるので要注意。
二つ目は、膝を使ってボールをコントロールするため。特にアンダーハンドは腕だけで上げるとひどいことになります。身体全体を使ってボールを狙ったところへ持っていくことを、『運ぶ』と言います。