13(音々) トス
負けた……のか、あたしは。
スコアボードを見る。22―21。揺るぎない現実だった。
たかが体育の授業。たかがクラスマッチ。たかが練習のミニゲーム。
とは言え、全力を出して負けるのは、やはり悔しい。
悔しい、けれど。
思っているほどは、悔しくない。
中学三年の夏、地区大会の最終戦で落中に負けたときも。
その後進んだ県大会で、二回戦敗退したときも。
あたしは悔しいとは思えなかった。
だって、あたしは――。
「お疲れ様、ねねちん!」
いや誰よ、ねねちん、って。
「音々だから、ねねちん!!」
「変なあだ名つけないで。てかクラス違うでしょ。絡まないで、自分のチームに戻りなさいよ」
「それはそれとして、昨日の話なんだけどさ」
「ちょ」
あまりにも強引な切り出しに、あたしは思いっきり顔を顰めてみせる。
「……バレー部の勧誘のこと? だったら返事は変わらないわ。言ったはずよ。あたしは勉強で忙しいから部活には入らない、そもそもバレーなんて興味ない、って」
「それだよっ! ねねちん!!」
「な、何よ……」
「ねねちん、バレーに興味ないとか、なんでそんな嘘つくの!?」
「……は?」
何を言っているんだ、こいつ。
「本当にバレーに興味がないんだったら、あんな綺麗なフォームのスリーポイントなんて打てるわけないよ!!」
無駄にデカい声のヤツが、無駄にデカい声を張り上げる。
「ねねちんのオーバーハンド、マジ美麗! 身体の芯が真っ直ぐで、余分な力が一切入ってなくて、ジャンプからトスまでの体重移動もスムーズで、リリースポイントもめちゃ高い!
極めつけはあのボールを手放したあとの指先の動き!! コマ送りで一晩中リピート再生したいくらいだったよっ!!」
お、おう……本当になんなんだこいつ……。
「あれだけ綺麗な形にフォームが固まってるってことは、相当練習したってことだもん。それで興味がないなんて言われても、信じられるわけない。百聞は一見に如かず。この私の目は誤魔化せないよ! きらーん!!」
安っぽい効果音を口にして、大きな瞳を見開き、じいっと上目遣いにあたしを見てくる変なヤツ。なんだかこっちまで変な気分になりそうだったので、あたしはそっぽを向いた。
「……別に、好きでやってるわけじゃないわ」
「えっ? 何が?」
「トスとか、セッターとか、チームの司令塔とか……退屈なの」
「ん? それはつまり、ねねちんはアタッカーやりたい人ってこと?」
「な……っ!?」
どくんっ、と心臓が高鳴った。
「な、なに意味わかんないこと言ってんの!? どこからそういう話になったのよ!?」
「だって、ねねちん、私の見立てでは間違いなくバレー好きだもん! でも、セッターは退屈。なら、アタッカーやりたいってことでしょ? あ、もしくはリベロとかね!!」
「わ……わけわかんないっ!!」
なんなのよ、こいつ。勝手に独自論理を展開して……あたしがリベロとかありえないから! もうイライラして顔が熱くなってきたじゃない!!
「あのね、ねねちん」
なによ! と言い返そうとしたが、変なヤツがぐいっと目の前に迫ってきたせいで声が詰まった。それをいいことに、変なヤツは言う。
「私はただ、バレーが大好きで、みんなと一緒にバレーして遊べたらなーって思ってるだけなんだっ! だから、もしねねちんが、セッターよりアタッカーのほうがバレーを楽しめるって言うなら――」
変なヤツは、あたしの手を取って、
「私がねねちんに上げるよ、トス。ねねちんのトスに負けないくらい綺麗なの」
人懐っこく、にこっ、と笑った。
「ば……ばかじゃないの……!」
「えへへ! それほどでもっ!!」
「褒めてないから!!」
てか、いつまで手を握ってるのよっ!
「明日の放課後、体育館ね! 待ってるよ、ねねちん!!」
いつの間にか約束が結ばれてるし……! なんなのこいつ、本当むかつくヤツ!
「っ……その、あんた、名前、なんていったっけ?」
「私は宇奈月実花だよ!!」
「……あたしは、霧咲。霧咲音々」
「知ってる! ひかりんから聞いたよ!」
落ち着け、あたし。
焦れば相手の思う壷だ。
こんなことで冷静さを失うなんて、〝白刃〟が聞いて呆れる。
そう。これは、ただ、今日のミニゲームの借りを返すだけ。それだけの話よ。
大体、あんたがマッチアップしていた子と違って、あたしのマークは三園で、あいつ小さいくせにチョロチョロうるさかったから、それで少しコントロールが……とにかく!!
「なんというか……その! あんた、今日のであたしに勝った気でいるんだったら思い上がりよ! こっちは小四からセッター専門でやってきてんの! 見せてやるわよ、あたしの本気のトス!!」
あたしの宣戦布告を受けて、宇奈月実花は、しかし、今日一番の笑顔で頷いた。
「うんっ! ちょー期待してる!!」