エピローグ
教会に、朗々とした声が響く。
「汝等、今日よりいかなる時も共にあり、幸せな時も、困難な時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かつまで愛し、慈しみ、貞節を守ることをここに誓いますか?」
「はい、誓います」
「誓います」
あれから二週間。ヴィカンデル王国王都にて、今日、アルフレド様とクリスティーネ様の婚姻の儀が執り行われている。
シェルストレーム国王とアルフレド様との協議は、結局アルフレド様の一人勝ちみたいなものだった。それでも二週間の猶予をもぎ取ったのは、シェルストレーム王がクリスティーネ様を泣き落とし、クリスティーネ様からアルフレド様に頼んだかららしい。
ちなみに、アルフレド様の自己申告によると、あれからクリスティーネ様に何もしなかったらしい。
大急ぎで二人のいる部屋に戻ったときに、私を飛ばしたときと同じ状態──というか、体勢のままだったから、本当にその言葉の通りだったんだと思う。
「クリスの僕を見つめる瞳が純粋過ぎて手を出せなかった」
とか、照れ臭そうに頭を掻かれたら脱力するしかない。
あぁ、そうそう。私の醜聞が広まるのは、未然に防ぐことに成功した。ヴィクトル様の部屋のすぐ外にいた従者その2に、誰にも言ってくれるなって頼み込んだからね。
その際、私の両手が魔法の炎に包まれてたらしいけど、気にしないでって言っておいた。なにせあんなことがあった直後だし、気が動転して魔力制御が甘くなってたのね、きっと。
祭壇に立つ神父様の前には、アルフレド様とクリスティーネ様が立っている。
シェルストレーム王国が誇る最高の織物技術で仕上げられた純白シルクのウェディングドレスは、やはりシンプルなラインながら細かな刺繍が丁寧に施されており、クリスティーネ様をさらに可憐に輝かせていた。
アルフレド様もヴィカンデル王国の正装を纏っているせいで、完璧な美しさがさらに際立っている。
幸せそうな息子を目を細めて眺めながら王妃に寄り添うヴィカンデル国王とは対照的に、シェルストレーム王は公の場だと言うのに咽び泣き、王妃様に涙を拭いて貰っている。
「さぁ、誓いの口付けを」
神父の言葉に、新しい夫婦は向かい合い、クリスティーネ様が少し頭を下げた。アルフレド様がクリスティーネ様のヴェールをめくり上げる。これで頬にキスしたら、結婚の儀は終了だ。
「クリス、一緒に幸せになろう」
アルフレド様がクリスティーネ様にそう囁き──唇にキスを贈った。
教会内がざわつく。シェルストレーム王が目を剥いて椅子から腰を浮かせたのを、慌てて王妃様が引っ掴んだ。
「今ここに、神の下、新たに夫婦が誕生しましたことを宣言いたします」
神父様は何事もなかったかのように、にこにこと穏やかな笑みを浮かべて宣言する。
同時に鐘の音が鳴り響き、アルフレド様とクリスティーネ様の結婚が無事成立したことを国中に告げた。愛し合う二人の結婚を祝う鐘だ。
それに重なるように参列者の拍手が起こり、アルフレド様と真っ赤になったクリスティーネ様は揃って来賓の方々へと笑顔を向ける。
「末永く爆発してください」
二人に惜しみない祝福の拍手を贈りながら、私は微笑んだ。
「式でまで呪文ですか、マリー?」
私と同様に拍手しながら、私の隣に立つヴィクトル様が呆れたように口にする。鐘の音と拍手でかき消されるかと思ったのに、しっかり聞こえていたらしい。地獄耳め……。
「ええ。祝福の呪文ですわ。何か問題でも?」
ヴィクトル様からの返事はなく、溜め息だけが返ってきた。
私は顔を二人の方に向けたまま、ちらりと目線だけでヴィクトル様を窺う。ヴィクトル様は顔も目線もお二人の方を向いたままだ。
ヴィクトル様は騎士団の正装を着ており、役職柄、今日も帯刀を許されている。格好のおかげで雄々しさも凛々しさも増しているんだけど、左の頬に貼られた手のひら大の絆創膏が、せっかくの見た目を台無しにしている。
うーん、私の魔法でできた傷だよねぇ。確かに思いっきり風圧を当てたけど、こんなに長引く程だったかしら。二週間もあれば治ると思うんだけど。
「私の顔に何か付いてますか?」
「ええ、絆創膏が。少々当たりが強かったのかと。そんなにひ弱な方だとは思いませんでしたので」
「ああ、これですか」
ヴィクトル様はそう言ってぺりりと絆創膏を剥がした。
「ほぼ治っています。母が煩いもので」
その言葉通り、少しだけ痣が残ってるけど、よく見ないとわからない程度だ。残るような傷をつけたら、ヴィクトル様のファンたちに命を狙われるところだ。そうでなくても、シェルストレームから戻ったヴィクトル様の顔の傷は、いろんな憶測を呼んだらしいから。
「大袈裟な演出で、私の罪悪感を掻き立てようとしていたのかと」
「そんな小賢しい真似はしませんよ。誠実でありたいのでね」
「その割には、まだ謝罪の言葉を頂いておりませんけど」
「何に対するですか?」
しれりとそう述べたヴィクトル様は、そこでようやく目だけで私を見た。その目が本当にわからないと言っている。
アンタはアホですか。……まさか忘れたわけじゃないでしょうね?
「頬の傷の原因をお忘れですか? 未遂ではありましたけど」
「悪いことをしたとは思っていませんが」
こっ、こいつ、何様──!?
えぇ、えぇ、さぞおモテになるヴィクトル様にとっちゃ、キスの一つや二つ、むしろ『くれてやった』くらいの考えなんでしょうよ。私にとっちゃ、一応ファーストキスだったんですけどね。しかも、ちょいと貞操の危機まで感じたんですけどね。
後で絶対、雑巾で磨いたティーカップに雑巾の絞り汁でお茶煎れてやる!!
「ところで、マリー。あなた、何故ここにいるんです? しかもそんな格好で」
ヴィクトル様が首を私の方に向けて目を眇めた。
私とヴィクトル様がいる場所は、祭壇のすぐ脇だ。新郎新婦に何かあったらすぐに飛び出せるような、いわゆる『護衛』が立つべき場所。そして、私の来ている服は招かれた者が着るような肩を出すドレスではなく、動きやすくて仕立ての良い、侍女のお仕着せだ。さすがにエプロンはしていないけど。
ハイ。私、アン=マリー・ヤーロース侯爵令嬢じゃなく、クリスティーネ様の侍女兼護衛としてここにいます♪
先日、侍女頭さんへ打診したクリスティーネ様が嫁いだ後の話。実は、王城への出仕を辞して、クリスティーネ様専属侍女としてヴィカンデル王国へついて行きたいと希望したのよね。
私の身分を知っている侍女頭さんはさすがに渋ったけど、私が既に両親の許可を得ていることを話すと、とりあえず候補者リストに入れて国王様に話を通してくれると約束してくれた。
シェルストレーム王には、私がクリスティーネ様専属の侍女兼護衛となっていることで、女性として幸せを得る機会を摘んでしまったと言う自覚があったらしい。侍女頭さんから国王様にお話が行った直後、直々に呼び出された。そして、慎ましやかに暮らして行くには十分な退職金と屋敷を都合してくれると申し出てくださった。
でも私はそれらを丁重にお断りさせていただき、クリスティーネ様の専属侍女としてヴィカンデルへ行くことのみを望んだ。
だって、なんか放っておけないんだもの。本当の妹みたいだし。純粋過ぎるし。
国王様も、私が共にヴィカンデルへ行ってくれるなら安心できると、最終的には了承してくださった、というわけだ。
「侍女としてクリスティーネ様と共に在ろうと決めただけですわ」
「魂の番とやらはいいのですか?」
意味がわからず尋ねると、クリスティーネ様がご結婚されて専属侍女を降りたなら、自分で伴侶を探すこともできるでしょう、と返ってきた。
まぁ、確かにね。でも。
「ヴィクトル様もアルフレド様の話を聞いてらしたならわかるでしょう。運良く出逢えても必ず結ばれるとは限りませんので」
「……その言い方は、既にもう出逢えている、ということですか」
ヴィクトル様は私から視線を外して未だ祝福の拍手を受ける新郎新婦を眺めると、ふぅ、と溜め息をついてぼそりと何事が呟いた。
「運命の相手ね……略奪愛はあまり趣味ではないのですが」
「何か言いました?」
聞き取れなくて確認してみる。
「いいえ、なんでもありませんよ、マリー」
「だから、名前の呼び捨てを許した記憶はないって言ってるでしょ!? いい加減に覚えてくださいません?」
「一つのベッドで共に寝た仲ではないですか。あなたがいい加減に諦めればいいのですよ」
ヴィクトル様が私に艶を含んだ笑顔を向ける。
いかがわしい言い方すんな! まったくもう! なんでこう、私の神経を逆撫でするのがやたらと上手なの!?
──私の魂の番がヴィクトル様だなんて、ホント勘弁して欲しいわ、まったく。
最後までお読み下さいまして、ありがとうございました。
いかがでしたでしょうか。
ここに至るまでに、たくさんのお気に入りや評価、拍手をいただきまして、嬉しくて嬉しくて飛び跳ねております。
執筆自体が久しぶりすぎて、こんなに短いお話なのに難産だったので余計に……。
王子と王女のロイヤル・バカップルと、マリーとヴィクトルの護衛ケンカップルの、2つのバカップルを楽しんでいただけたなら幸いです。
──と書いたものの、私の中でケンカップルはバカップルの1カテゴリだったんですが……違ってたらどうしよう???
これにてヴァカッポゥはいったん終了です。
ただ、マリーの一人称で書いたために盛り込めなかった裏話や、テンポが悪くなるなぁと思って削除したエピソードがいくつかあるのと、頭の中で続きが進んでいる(キャラクターが暴走しているとも言う)ので、近いうちに番外編や続編を書くかもしれません。
その時は、また(ご都合がよろしければ)お付き合いくださいませ。
ただ、続編の方は、妄想が進めば進むほどムーンに行きそうなんですよね……。男性キャラ、暴走しすぎwww