第4話
「クリスティーネ様、どうされました? 元気がありませんね」
私は窓際に置かれた籐の椅子に座るクリスティーネ様に声をかけた。
クリスティーネ様は朝から溜め息ばかりだ。
ここ数日ずっとばたばたしていたけど、いよいよ明日には婚約の儀が執り行われる運びとなっている。
アルフレド様との関係は誰がどう見ても順調だし、悩むようなことなんて何もないはずなんだけど。
でも、膝の上に置かれた本は、あそこに座られてから既に半刻は立つのに一ページもめくられていないし、私が煎れて差し上げた紅茶もすっかり冷めている。ティーカップの受け皿に保温効果を付与する魔法を考えておこう。
紅茶を煎れ直そうとお湯を沸かし始めつつ、つらつらとそんなことを考えていたのだが。
「ねぇ、マリー」
ぽつりと聞こえてきたクリスティーネ様の呟き声に私は手を止めた。
「はい、何でしょう?」
「アルフレド様は何故わたくしなんかを想ってくださっているのかしら?」
「クリスティーネ様、『わたくしなんか』などとご自分を卑下するようなことをおっしゃってはなりませんわ。クリスティーネ様をお慕いくださっているアルフレド様にも失礼ですもの」
そう応えたものの、驚かずにはいられないってば。
それこそ毎日数度に渡って、見てるこっちが恥ずかしくなるようなリアル『きゃっきゃうふふ』的場面を展開してくれてるというのに、今になってまさかのエンゲージ・ブルーとか!?
「ごめんなさい。なんか、不安で……」
クリスティーネ様が俯いた。
それがまたすごく切ない表情で加護欲をそそられる。これはきっとアレだ。恋する乙女の表情。クリスティーネ様がアルフレド様に恋し始めてるってことでいいのかな。
確かに、あんなイケメンに「好きだよ」なんて会う度に言われてれば、クリスティーネ様みたいな純粋な女の子は、まぁ普通に落ちるよね。
アルフレド様、ヨカッタネー。十二年の想いは報われそうですよ。
それにしてもさ、十二年も想い続けるとか、一歩間違えればヤンデレだよね。まぁアルフレド様の性格からしてそれはなさそうなんだけど。
なーんてコトを考えているとは、おくびにも出さないよ?
「何を弱気なことをおっしゃってるんですか。クリスティーネ様は王女という身分に恥じぬよう、常に努力していらっしゃったじゃないですか。勉学も、お裁縫も、お料理も、ダンスも。それに、慈善事業に力を入れるお優しい心を持っていらっしゃるじゃないですか。
大丈夫、クリスティーネ様は十分過ぎるほど魅力的な女性でいらっしゃいますから」
他にも、愛らしい仕草とか、幼く見える顔立ちとか、小さめの背丈とか、胸とか、胸とか、胸とか……は言わないでおくけど。
クリスティーネ様がふっと微笑む。
「ありがとう、マリー。わたくし、いつもあなたに頼ってしまうわね。幼い頃からずっと一緒にいてくれてたものだから、つい姉のような感覚で相談してしまうの。許してね」
私が勝手にクリスティーネ様のことを妹のように思っていただけじゃなくて、クリスティーネ様も私のことを姉のように思ってくれてたんだ。
あまりの嬉しさに笑顔が零れる。
「まぁ、ありがとうございます。勿体ないお言葉ですわ」
「でも、これからは自分一人で解決できるようにならなくてはいけないんですのね」
唇を引き結んだクリスティーネ様を見て、輿入れ後の話をしているのだと理解する。さすがに侯爵令嬢を連れて行くわけにはいかないって思ってらっしゃるんだろう。
でも、クリスティーネ様は一人になるわけじゃないじゃないですか。
「確かに私がご一緒にヴィカンデルに行くわけには参りませんが、これからはアルフレド様がいらっしゃいますわ。
アルフレド様のことで悩んでいる場合は、ご本人にぶつけてみればいいのです。思っていることは、ちゃんと口にしないと伝わりませんもの。今だって、不安なら不安だと、直接お伝えしてみればいいのですわ。アルフレド様のことですもの、真摯にクリスティーネ様と向き合ってくださいますわ」
「そうね……そうしてみます。ありがとう、マリー」
クリスティーネ様は私の言葉に深く頷くとにっこりと微笑んだ。
あーホント可愛い妹だわー。と思っていた私は、直後に続いたクリスティーネ様の言葉に固まることになった。
「ところで、マリーはヴィクトル様とはどうなっているの?」
「……はい?」
「最近、とても仲良くなくて?」
好奇心で目を輝かせるクリスティーネ様に絶句する私。
さっきの元気のなさはどこへ? と言うか、クリスティーネ様にはアレが『仲良く』見えるのですねー。そして私がせっかく忘れていたことを絶妙なタイミングで思い出させてくれるのですねー……。
あぁ、平和だった日々が懐かしいわ。
私は遠い目をして、クリスティーネ様がそんなことを言い出す原因となった、薔薇園でのあの後の出来事を思い出した。
* * *
ヴィクトル様の遠慮のない笑い声に、アルフレド様とクリスティーネ様が振り向いた。
ヴィクトル様の存在に気付き、お二人が腕を組んで近づいて来る。私が頭を少し下げて二人を待つ姿勢をとり、さすがのヴィクトル様も笑いを納めて頭を下げた。
「ヴィクトル様? いつの間にいらしてましたの?」
クリスティーネ様がそう尋ねると、ヴィクトル様が私と話していたときとは全く違う、礼儀正しい優雅な所作で臣下の礼を執る。顔を上げたヴィクトル様は、普段の顔の筋肉をあまり使っていない表情に戻っていた。猫かぶってるのはどっちよ!?
「クリスティーネ様、ご機嫌麗しく。ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。こちらに参りましたのはつい先程でございます」
クリスティーネ様の隣で、アルフレド様はふんわりと微笑んでいる。きっとヴィクトル様がいらしたの、知ってたんだわ。
「ヴィクトルが声上げて笑っているの、久しぶりに見たよ」
アルフレド様の言葉にヴィクトル様の眉根がほんの僅かに寄る。
「そうでしたか?」
「自分で気付いてなかったんだね。何かいいことでもあった?」
「ええ、まぁ」
アルフレド様の質問に答えたヴィクトル様が私の方を見る。クリスティーネ様とアルフレド様も私を見た。
え? 何?
思わず後退りしそうになったとき、ヴィクトル様がにこりと笑った。
「あなたのこと、気に入りましたよ、マリー」
はい? 今何と?
ちょっと待って、今までのコミュニケーションのどこにそんな要素が?
固まる私の目の前で、会話がどんどん進んで行く。
「珍しいね。君が女性を気に入るだなんて初めて聞いたよ。だいたい、女性の相手をすることすら厭うのに」
アルフレド様、今そんな情報要りません。追い討ちですか?
「まぁ……!」
クリスティーネ様、期待の眼差しで見ない。全然違いますから。ホントに。
あぁ、サイアクだわ……。
* * *
最も悪い、と書いてサイアクと読む。本当に、サイアクな気分だったのよ。
でも、あのときの私は、まだ『サイアク』の意味を理解していなかったんだと知ったのは、それからすぐだった。
と言うのも、このとき以降、アルフレド様がクリスティーネ様を訪ねていらっしゃるときには、必ずヴィクトル様も同行するようになったのよね……。ちゃんと面会の申請もされるようになったし。
ただ、アルフレド様がいらっしゃるということは、その間私がヴィクトル様の相手をしなきゃいけないって言うことで。心をささくれ立たせるのが得意な人を頻繁に相手にしなきゃならないって、本当にサイアクよ?
これなら、まだアルフレド様だけで勝手に来られていた頃の方がマシ。いい迷惑だわ。
とにかく、クリスティーネ様の誤解を解かないと。
「私がヴィクトル様と仲が良いなどと、滅相もございません。クリスティーネ様が嫁がれた後、ちゃんとお守りしていただくように重ねてお願いしているだけですわ。
さぁさ、客間の方へお移りくださいませ。そろそろアルフレド様との面会の時間ですわ」
クリスティーネ様は私の答えを聞いて不服そうに唇を尖らせたが(ちくしょう、かわいいな!)、アルフレド様が来ると聞くとほんのりと頬を染め、いそいそと椅子から立ち上がった。そして落ち着きなく窓の前をうろうろと行ったり来たりしていたが、やがて決心したように一つ大きく頷くと、私室の中にある客間へと続く扉へと足を向けた。
* * *
「──で、何故毎回ヴィクトル様までいらっしゃるんですか」
クリスティーネ様の客間で、私は可能な限り唇を動かさないように気を付けながら小声で言った。
城内でクリスティーネ様に与えられている部屋は二部屋。一部屋目は寝室や読書やお茶を楽しむための完全にプライベートな私室。もう一部屋は、ご友人やお客様との面会に使うためのこの客間だ。私室と客間は、部屋の中からも行ったり来たりできるよう、扉で繋がっている。
客間の中央にはクッションの利いた二人掛けのソファ二つとテーブルが置かれている。そこに主たち二人は向かい合って座っていた。
私は客間の入り口近くの壁際に立っているんだけど、そのすぐ隣には、天敵ヴィクトル様が同様に立っていた。もっと離れてくださっても全く構わなかったんですけどね。
私の心情など汲み取ろうという気もなさそうなヴィクトル様が、私と同様に小声で答えた。
「護衛の仕事をしろとおっしゃったのはマリーの方でしょう」
「名前の呼び捨てを許した覚えはございません」
「あなたも頑固ですね」
「よく言われますわ。アルフレド様の従者はその5までいるじゃないですか。わざわざヴィクトル様じゃなくてもよろしいんじゃないですか?」
「その5……?」
怪訝な表情で聞き返すヴィクトル様に、私はしれりと答えた。
「名前を覚えるのが面倒だったものですから」
ヴィクトル様がプッと小さく吹き出し、クスクスと声を殺して笑い出す。そんな面白いコト言ってないでしょ?
「私の名は覚えてくださったのですね。光栄です」
「もともと知っていただけですわ」
笑いが少し落ち着いたヴィクトル様に私は簡潔に答える。
一応侯爵令嬢だから、他国であっても有力な貴族のことは覚えてある。ヴィカンデル王国のニークヴィスト公爵家のことだって、それで覚えてただけ。
「なるほど。で、私が来ては何か不都合でも?」
「大有りです。私の平穏が乱されます」
こうやってヴィクトル様といると、行儀見習い侍女で出仕してる若い貴族令嬢の子たちにいろいろ言われるのよ。バックヤードでつい侍女頭さんに愚痴っちゃう私が悪いのかもしれないけどさ。有力イケメンとお近づきになれるのに何が不満なの、とか、ヴィクトル様への対応がヒドすぎる、とか、私がヴィクトル様に女性として相手にされないから辛く当たるんじゃないか、とか、嫌なら自分が代わる、とか。
いや、できることなら私も代わって欲しいくらいなんですけどね。年頃の女の子たちの、あわよくばヴィクトル様といい関係になりたいっていう思惑が前面に出てるのも、あからさま過ぎていっそ清々しいし。
でも、もちろん専属侍女がいるのに勝手に交代だなんて侍女頭さんが許さないし、私自身の護衛としての仕事もあるものですからね。まぁ、侍女頭さんは私が護衛兼務だって知ってるけど、他の侍女は知らないからねぇ。
それにしても、女の適齢期は狭いのに、イケメンの適齢期は広いって、なんっつー格差社会だ。ヴィクトル様、私と同じ年齢で未婚だよ? 男性版の行き遅れだよ?
「それくらい我慢するのも専属侍女の仕事の内でしょう」
誰のせいだと思ってんのよ、溜め息つかれても説得力ないし!
「ヴィクトル様がアルフレド様と一緒に来なければ我慢する必要すらなくなるのですけど」
「それは無理ですね。護衛ですから」
あぁ、過去の私、何故あんなことを言った……。
横目でニヤリとした笑顔を向けてくるヴィクトル様を見て、私はこれ以上ない程に後悔した。
肩を落とす私の耳に、それまでの朗らかな雰囲気とは一変した、クリスティーネ様の僅かに震える声が聞こえてくる。きっと、さっきの件をアルフレド様に直接ぶつけるんだ。私は顔を上げて主を見守った。
「あ、あの、アルフ。お聞きしたいことがあるのです」
「クリス? ……どうかした?」
アルフレド様も、クリスティーネ様の様子がいつもと違うと感じたらしい。柔和な微笑みが隠れ、クリスティーネ様を気遣う眼差しで見つめている。
「何故、わたくしなのでしょう? 他にもたくさんの女性がおりますわ。でも、何故わたくしを?」
アルフレド様はクリスティーネ様をじっと見つめている。その視線に耐えられなくなったのか、クリスティーネ様が目を伏せた。
「せ、先日想いを伝えてくださったアルフの言葉を信じていないわけではないのです。ただ、その。昔一度しか会ったことのないのに、何故わたくしを選んでくださったのかがわからなくて。いつか、幻滅されるんじゃないかと、不安、で……」
アルフレド様が無言のまま席を立つ。クリスティーネ様はその気配にびくりと肩を震わせ、やっと聞こえる程度の小さな声で謝罪の言葉を漏らした。
「あ、の、ごめん、なさい……」
アルフレド様は唇を引き結び、テーブルを回り込むとクリスティーネ様のすぐ隣に座った。そして膝の上で堅く握られていたクリスティーネ様の手に自分の手を優しくそっと重ねる。
「クリス、そんな顔しないで。言うから。ちゃんと、答えるから」
クリスティーネ様が顔を上げてアルフレド様を見る。アルフレド様は、声には出されなかったクリスティーネ様の想いに応えるように一つ大きく頷くと、ふっと柔らかく微笑み、クリスティーネ様の頭をふんわりと抱いた。
「ごめんね。この前、誤解を解いたときに言うべきだったね。恥ずかしくて言えなかったんだ」
アルフレド様はそう言って身体を離し、代わりにクリスティーネ様の手に指を絡めて繋ぐ。
しばしの沈黙の後、アルフレド様が再び口を開いた。
「『シャルブレイス』って知ってる?」
クリスティーネ様は首を横に振った。アルフレド様は予想していたようで、微苦笑する。
「古い魔法用語だからね。でも、これは知ってるんじゃないかな。『神が魂を創るとき、必ず番で創る』って話。童話にもなっているしね。
その番の相手のことを、魔力を持つ者は『シャルブレイス』って呼ぶんだよ」
アルフレド様が「ここまではわかった?」と覗き込むとクリスティーネ様が頷いた。アルフレド様がにっこりと微笑み、視線を窓へと移した。外は雲一つない青空が広がっている。
「魔力を持つ者はね、自分の『シャルブレイス』に逢うと、それがわかるんだ。そして、逢ったら絶対に惹かれてしまう。魂が、魔力の奔流が、その人と寄り添いたい、添い遂げたいって叫ぶんだ。自分ではどうしようもない程にね」
アルフレド様は遠い一点を見つめたままだ。クリスティーネ様が白く細い手にぎゅっと力を込め、アルフレド様の手を握りしめる。
「あまり知られていないのは、何の障害もなく『シャルブレイス』に出逢えること自体が稀だからなんだ。この世界にいるはずの、たった一人。
でも、世の中に一体どれだけの異性がいると思う? 運良く出逢えたとして、身分に大きな差があったら? 出逢うのが遅過ぎて、どちらかが既に結婚していたら? 出逢う前に、どちらかが運悪く天に召されてしまっていたら? そもそも出逢うことすら叶わない程、遠い遠い国の人だったら?」
アルフレド様が、ようやくクリスティーネ様へと視線を戻した。優しい優しい眼差しで、クリスティーネ様を射竦める。
「僕の場合、それがクリスだった。十二年前、出逢った瞬間にわかったよ。親交の深い隣国の、身分も年齢も釣り合う相手だった。まだ子供だったけれど、本当に、運命だって思った。
帰国してすぐに、父上に頼んだよ。クリスをお嫁さんにしたいって。いきなり何を言い出すんだってものすごく怒られたけど」
そのときのことを思い出したのか、アルフレド様が懐かしそうに苦笑する。
「一生懸命説明したよ。話を聞き終わった父上に言われた事は三つ。クリスが成人するまで待つこと。それまでに父上を納得させる程の勲功を立てること。そして最後に、クリスが僕を選ばなくても決して恨まないこと。それができるなら、ヴィカンデル王からシェルストレーム王へ婚姻の打診をしてくれると約束してくれたんだ」
アルフレド様は空いている方の手でクリスティーネ様の頬を包んだ。そして二人、見つめ合う。
「クリスは僕の魂の番なんだ。他の人を選ぶなんて有り得ない。だから、そんな不安にならないで」
安堵の溜め息と共に、クリスティーネ様の身体から力が抜けて行く。ゆっくりと瞬きすると、涙が一粒零れ落ちた。アルフレド様がそっと指で拭い、覗き込むようにクリスティーネ様の額に自らの額を合わせる。
「──ねえ、クリス。不安に思ってくれたっていうことは、僕は期待してもいいの?」
クリスティーネ様が驚いて目を見開いた。
「僕のこと、少しは好きになってくれた?」
重ねて問われた質問に、クリスティーネ様の頬がだんだんと桃色に染まって行く。
「好きだよ、クリス」
「わ、わたくしも、です、わ……」
クリスティーネ様がもごもごと呟いた。
「クリス?」
クリスティーネ様は観念したらしく、瞳に強い意志を灯らせてアルフレド様を見つめ返した。
「わたくしも、アルフレド様のことを、その、す、好き……きゃっ!?」
アルフレド様がクリスティーネ様の身体をぎゅっと抱き締める。クリスティーネ様が焦った声でアルフレド様の名を呼ぶが聞こえてないらしい。アルフレド様はクリスティーネ様の肩に顔を埋めている。
「どうしよう。嬉し過ぎておかしくなりそう」
ようやく顔を上げたアルフレド様は、熱に浮かされたかのような表情のままそう言った。
「ありがとう、クリス。絶対に幸せにするから」
何この甘さ。甘い。甘過ぎる。砂吐けそうなくらいに甘い。口の中がジャリジャリする。
「……てゆーか、もげろ」
「もげろ?」
隣から聞こえてきた低い声に、私は我に返った。
「あら、また声に出てました? 申し訳ございません。気にしないでくださいませ。これもただの言葉遊びの呪文ですので」
ヴィクトル様が目を眇めて私を見た。
「マリー、あなた、この婚姻に反対しているんですか?」
「いいえ? クリスティーネ様もアルフレド様をお慕いしているようですし、大変喜ばしいことだと思っておりますわ」
「その割には、えらく物騒な呪文とやらを唱えますね」
「一応祝福の呪文ですのよ? まぁ、正直に申しますと複雑な心境ではありますけど」
「まさかとは思いますが、アルフレドに懸想してるわけじゃないでしょうね?」
「何言ってんの違うに決まってるでしょアンタあほですか! 妹のように思っている大切な方を、アルフレド様が私の手の届かないところへ連れて行ってしまうから複雑だっつってんの!」
ヴィクトル様は意外そうな表情で「そうですか」とだけ言い、仲睦まじい主たちへと視線を戻した。
あら、てっきりまたイヤミが返ってくると思ったのに。いつもと違う反応が返ってくると、なんか、調子狂う。
槍が降ったりしなきゃいいけど。
このときの違和感を、私はもっと真剣に捉えておくべきだったんだ、きっと。