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第2話

 ヴィカンデルのアルフレド様は、予定通りの日程でシェルストレーム王国へ到着した。


 国賓扱いでお客様をお迎えするのに、準備期間がほとんど与えられなかったから、城の警備計画立てる騎士さんたちが涙目だったよ。そりゃそうよね。ホントご苦労様。

 って他人事みたいに思ってたら、謁見の間にて王子を迎える際には、私も同席するよう拝命された。正直堅い公の場は苦手で面倒なんだけど、王命だから仕方ない。クリスティーネ様の輿入れ準備とかもあるから知っとけって具合かしらね。

 そんなわけで、私はまたまた謁見の間の片隅にいる。クリスティーネ様の身支度と自分自身の身支度、二人分をこなしたせいでさすがにちょっと疲れたわー。立ちっぱなしは辛いから、早く始まって、サクサクっと終わってくれないかな。

 私の願いが届いたのか、シェルストレーム側の人間が全員揃って程なくして、謁見の間の扉が開いた。


 従者と共に入ってきたアルフレド様は、噂以上かつ私の想像以上だった。

 美しく整った顔には常に優しげな微笑みを湛えていて、艶のあるプラチナブロンドの髪と澄んだ空色の瞳がさらに魅力を加えている。背は平均より少し高い程度で、体つきはどちらかと言うと細い。猛々しさは一切なく、柔和という言葉がぴったりだ。

 何だろう、この感じ……そうだ、キラキラオーラだ。アルフレド様の周りだけ、キラキラした星屑がいつも舞ってるみたいな感じ。何て言うの? 大天使様みたいな?

 でも不思議と女性的な感じは受けなかった。

 あんな男性ひとが目の前で微笑んだら、年頃の女性なら即刻ノックアウトでしょうねぇ。

 ──って考えてる自分に気付いて、軽い自己嫌悪に陥る。何だよ『年頃の』って、ババアか私は。

 そんなことを考えてる内に、アルフレド様が挨拶し、シェルストレーム王が長旅を労う。二言三言形式的なやり取りを交わした後、アルフレド様の前に進み出たクリスティーネ様を王様が紹介なさった。

「クリスティーネ王女殿下。ヴィカンデル王国が第三王子、アルフレドにございます。ようやく拝謁が叶い、大変喜ばしく思います」

 心底嬉しそうな、とろけるような微笑みと共に跪いたアルフレド様がそう告げて、クリスティーネ様の手を取って唇を落とす。二人の容姿も相まって、その様子は異様に絵になっていた。

 見ていた謁見の間にいる女性たちが皆、頬を染めて黄色い声──は出せないから黄色いオーラを出していたのは言うまでもない。まぁ、私はその中には入っていないんだけど。

 だって、さっきから何か引っ掛かってるのよ。ずーっと前に、同じような光景を見たような。うーん、なんだっけ……。

「この度は婚媾の約を結び、殿下を我が国へお迎えするために参りました」

 ──あ。

 アルフレド様の、クリスティーネ様の手を取ったまま話すその一途な表情に、輝く瞳に、記憶が一気に蘇ってきた。

 この人、昔、クリスティーネ様にプロポーズした男の子じゃない!? そうだ、絶対そうだよ。髪の色とか、目の色とか、雰囲気とか! それに、さっきの挨拶でも『お初にお目にかかります』とは言わなかった。

「身に余る光栄にございます」

 クリスティーネ様が洗練された淑女の微笑みと仕草で、丁寧に挨拶した。それは公の場で他人と挨拶するときの模範とも言える所作そのもの。


 ただ、そのせいで私は一つの事実に気が付いてしまった。

 それは、クリスティーネ様は、あのプロポーズを覚えていないということ。多分、昔アルフレド様に会ったことがあるっていうこと自体を覚えていないんじゃないかな。

 まぁ無理もないんだけどね。あれから何年だ? 十二年? 当時、クリスティーネ様は5歳だもんね。17にもなれば、5歳のときの記憶なんてもはやあやふやで当然だ。

 アルフレド様が覚えているかどうかまでは、まだわからないけど。


 アルフレド様が下がり、クリスティーネ様も元の位置に戻る。

 最後に王様が婚約の儀は十日後に執り行うと宣言して、解散となった。


   * * *


 王子が来国して二日。シェルストレーム王国の王都は、今日もよく晴れている。

 その青空の下、王城にある南の庭園で、私はクリスティーネ様の散歩に同行していた。

 昼食の後、軽い散歩をするのがクリスティーネ様の日課だ。広い庭の何処に行くかは、その日の気分によってまちまち。ここ数日は、この南の庭園ばかりだけどね。

 まぁ確かに、その気持ちはよくわかるのよ。

 って言うのも、この南の庭園、広い敷地の一角に独立して造られてるんだけど、この時期『素晴らしい』の一言に尽きるんだもの。王国内の他のどの庭園よりも抜きん出て美しいって有名なのも頷ける。

 思い切って薔薇以外の花を一切廃しているから、一歩踏み入れるだけで競うように咲き誇る色とりどりの薔薇に囲まれる。そして辺りを漂う芳しい香りに、何とも言えない贅沢で幸せな気持ちになれるというわけだ。


 庭園内を一周できるよう造られた散歩道をゆっくりと歩むクリスティーネ様は、たまに立ち止まると柔らかい表情で薔薇を愛でている。

 そんな横顔を眺めつつ、この薔薇の中にありながら全く霞む様子のないクリスティーネ様の魅力に、私は一人満足して頷いた。

 今日クリスティーネ様が着ているオフホワイトのドレスは私の見立てだ。エンパイヤラインのシンプルなデザインながら質の良い布地で作られたこのドレスは、着心地がよく、そしてクリスティーネ様にとてもよく似合うのだ。

 化粧は、少し肌のくすみを消して頬と唇に紅色を載せているだけ。髪は、ふんわりとサイドで結い上げて余った部分を散らしているだけ。夜会に出るとなれば足りないけど、誰に見られてもおかしくない見目に仕上がっていた。ま、元の素材がいいからね。


「本当に見事だこと。蜜蜂も大忙しね」

 クリスティーネ様が頭を少し傾けてうふふと微笑む。

「そうですね」

 私も微笑み、言葉を続けた。

「でも、アルフレド様程ではないと思いますよ」

「あら。あの方がお忙しいのは仕方ないわ。かなり無理な日程でいらしているのだもの」

 クリスティーネ様がにこにこと屈託なく微笑んでいるのに気づき、私は「うーん、そういう意味じゃなくてですね……」と眉間に皺を寄せる。

 なのだ。

 普通、異国の王族が公務で来たとなれば、国王への挨拶やら大臣との会議、国内の視察やらで時間を大幅に取られるはずだ。それなのに、アルフレド様ときたら──


「クリスティーネ」

「まぁ、アルフレド様。ご機嫌いかがですか?」

 クリスティーネ様が背後からかけられた声に振り返り、ふんわりと淑女の微笑みを浮かべた。

 正に噂をすればナントヤラ。

 美しいかんばせを優しく綻ばせて私たちの後方に立つのは、日の光に輝くプラチナブロンドの髪をそよ風に靡かせたアルフレド様その人だった。

 またアンタか。

 溜め息を肺に溜めるくらいは許して貰いたい。侯爵令嬢という身分と侍女根性を総動員して絶対吐き出さないから!


 そう、アルフレド様は()()()()()()()()()()()()()()()()忙しいのだ。

 来国後毎日のように、少しでも時間ができるとこうしてクリスティーネ様の下を訪ねて来る。

 そりゃあもう、私たちがどこにいたとしても、必ず探し当てて、だ。あれは絶対に探索魔法使ってる。変なところで能力使うなよって言いたい。

 それ以前に。アルフレド様とて王族なのだから、他の王族や貴族の、しかも未婚で異性の相手を訪ねるとなれば、それなりに面倒な手続きが必要となるのは知ってるはずだ。いくら相手と婚約することになってるとしても。でも如何せん、アルフレド様は手順をすっ飛ばしてこうして会いに来てしまう。

 もしかして、ヴィカンデルではこれが普通なのか。アレか。異文化コミュニケーションってヤツか。──絶対に違うだろうけどな!

 てか、()()アルフレド様ってばお一人でいらっしゃるんですけど!? 一応、王城の中は安全だろうけどさ。王子の従者は何やってんだオイ。


 歩み寄って来たアルフレド様は、クリスティーネ様の手を取り親愛のキスを贈ると、女性なら誰もが勘違いしてしまいそうな微笑みを浮かべた。

「あぁ、よかった。現実だ。まだこちらに来て日が浅いせいか、こうして普通に貴女に逢えることが夢ではないかと思ってしまうんだ」

 ……何ですかね、この王子から発せられてる甘々なオーラは。まるで王子がクリスティーネ様に心底惚れてるみたいに見えるんですが。

 ──もしかして政略結婚じゃない……とか? はっはー、まさかね。

「アルフレド様には驚かされてばかりですわ。いつも突然いらっしゃるんですもの」

 クリスティーネ様も心得ているのか、当たり障りのない応えで返す。

「貴女への面会手続きをする時間すら惜しかったから」

 うわー……この王子ひと、天然タラシかもしんない。そういえば噂で『誰にでも優しい』って聞いたっけ。こういう意味も含まれてたのかしら。

「まぁ。後で問題になりましてよ?」

 クリスティーネ様が咎めるように言うと、アルフレド様は苦笑してクリスティーネ様の手に自分の手を重ねる。

「そんな顔しないで。心配しなくても大丈夫。手続きはヴィクトルがやってきてくれるから」

 片目を瞑ってみせたアルフレド様に、クリスティーネ様は呆気に取られた表情を見せ、次の瞬間にはクスクスと笑い始めた。

「まぁ。アルフレド様ったら。ヴィクトル様に面倒事を押しつけたんですのね?」

「人に命令できる立場だってことを、こんなにありがたく思う日が来るとは思わなかったよ」

 そう言って悪戯っぽく微笑みながら、アルフレド様は片目を瞑って見せた。

 ヴィクトル様と言うのは、アルフレド様の従者の一人だ。従者の中で、一番アルフレド様に近い。側近みたいなものかしらね。

 それにしても、身分権乱用してるよ、この王子……。

 呆れる私を余所に、アルフレド様はいったんクリスティーネ様から目を離して辺りを見回した。

 薔薇は相変わらず色鮮やかに咲いている。

「それにしても見事な庭園だね。案内してもらえる?」

 快く頷いたクリスティーネ様が、差し出されたアルフレド様の腕に自分の手を絡めた。そして二人、腕を組んで南の庭園を一周できる散歩道を歩み始める。私もその数歩後ろに続いた。


 クリスティーネ様が薔薇の種類や特徴などを話しながら散歩道をゆっくりと進む。アルフレド様はその一言一句に対して丁寧に相槌を打ち、ときには質問していた。

 道の中程まで来た頃、断りを入れてから、アルフレド様が見事に咲く大輪の薔薇を一輪手折ってクリスティーネ様の髪に飾った。深紅の薔薇が蜂蜜色の髪に栄える。

「うん、よく似合ってる」

 クリスティーネ様はほんのりと頬を染め、嬉しそうに微笑むと礼を述べた。

「ありがとうございます」

「どういたしまして」

 微笑み返すアルフレド様に、クリスティーネ様が話しかけた。

「ん? どうかした?」

「あの、お忙しい中お時間が出来る度にこうしていらしてくださるのはとても嬉しいのですけど、無理して会いに来ていただかなくても宜しいんですのよ?」

「貴女には、僕が無理しているように見えるの?」

「よき婚約者であろうとなさっているように見えます」

「どういう意味?」

 おーおー、王子、めっちゃ驚いてるよ。空色の瞳を丸くして、クリスティーネ様を見つめている。そんな表情でもイケメンはイケメンだな!

 対するクリスティーネ様は、柔らかい表情のままだ。

「わたくしとの婚姻がヴィカンデルにとってどのような利があるのか、アルフレド様からの申し出があってからずっと考えているんですけど、わたくし、恥ずかしながらわかりませんでしたの。上に立つ者として勉強はしてきたつもりなんですけど、まだまだ至らないみたいですわ。

 でも、わたくしとて一国の王女です。政略結婚がどういうものかは存じていますし、一度承諾したものを覆したりはいたしませんわ。ですので、無理に愛を囁いたり関係を深めようとしていただかなくても大丈夫ですわ」

 アルフレド様は目を見張っていたけど、やがて大きく息を吐いた。そして相変わらずキラキラオーラを全身に纏わせたまま苦笑する。

「貴女がそんな風に思ってたなんて、心外だな。僕は、本当に貴女のことが好きなのに」

 今度はクリスティーネ様が驚く番だ。

「一昨日初めてお会いしたばかりですのに?」

 クリスティーネ様の言葉に、アルフレド様は柳眉をハの字にした。

「やっぱり覚えてないんだね」

「え……?」

「まぁ、もともと覚えている可能性はかなり低いって思っていたけど」

 アルフレド様が何を言いたいのかがわかって、私は少なからず驚いた。十二年も前のこと、アルフレド様は覚えてたんだ。まぁ、アルフレド様は当時8歳になるのかな。覚えてても不思議はないか。

「僕たち、子供の頃に逢ってるんだよ。貴女はまだ5歳だった。そのときに僕は貴女にプロポーズしたんだ。大きくなったら迎えに来るって。貴女は待ってるって言ってくれたんだよ。

 やっと迎えに来れたんだ。十二年もかかってしまったけど」

 アルフレド様はそう締めくくって再びクリスティーネ様を愛おしいとでも言うように見つめる。

「そんな昔の約束……。政略結婚でないなら、それこそ、そんな枷に縛られないで、アルフレド様の望む婚姻を結んでくだ……」

 最後まで言う前に、アルフレド様がクリスティーネ様のふっくらとした唇にそっと人差し指を当てた。

「僕は貴女を望んでるんだよ、クリスティーネ。ずっとずっと、もう何年も、こうやって貴女を迎えに来る日を夢見ていたんだ」

 クリスティーネ様は魔法でもかけられたようにじっと立ち尽くしている。

「貴女に再会してからずっと、僕の気持ちを態度に表していたつもりだったんだけど、政略結婚だと思われてたんだったら、戸惑って当然だよね。求婚自体も、きっと国力の関係で断れなかったんでしょう?

 でも、ごめんね。誤解で了承させてしまったのは申し訳ないと思うけど、いまさら、撤回しないで」

 アルフレド様が目を切なそうに細めた。そしてクリスティーネ様の口元に置かれたままの右手をスッと顎まで滑らせると、そのまま少し持ち上げる。クリスティーネ様が、なんだか泣きそうな顔をしているのが見えた。

「今すぐに僕と同じ感情を持ってとは言わない。でも、僕は貴女に好きだと思わせてみせるよ」

 そう言うと、アルフレド様はクリスティーネ様の頬に口付ける。ゆっくりと離れ、幸せそうに微笑んだ。

 呆然とした表情でキスされた頬に手を当てたクリスティーネ様の顔が、みるみる赤く染まっていく。それは、少し離れた私の位置からでも明らかにわかる具合で。

 王子が満足そうに微笑んだ。

「うん、貴女はいつも可愛いけど、照れている顔も可愛いね」

「ア……アルフレド様っ!」

 クリスティーネ様がようやく我に返り、アルフレド様に向かって抗議した。


 ──だめだ、ツッコミが追いつかない。

 目の前で繰り広げられる超展開に、私は脱力寸前だ。

 何らかの理由で、とにかく早くこの結婚を纏めたい『誰か』がいるとは思ってたけど……王子、お前か!

 なんか、背中痒くなってきたわ!

 政略結婚じゃなかったし。王子、プロポーズ覚えてたし。城下町で一部の女性に流行ってるらしい女性向け大衆恋愛小説のワンシーンのごとき台詞が飛び交うし。

 しかも背景にある満開の薔薇が似合いすぎだし! 何コレ視覚効果? 視覚効果狙ってるの!?

 てゆーか、私、空気。マヂ空気。これ以上ないくらい空気。

 いや、いいんだけどね。私、侍女だし。必要以上に存在感出しちゃいけない立場だし。


 ……ゴメンナサイ、やっぱりちょっと居たたまれないので、救世主求む。


「マリー? こんなところで何をしているんです?」

 タイミングよく背後から声を掛けられた。

 この、低く冷たい程に落ち着いた声の主には心当たりがあり過ぎる。残念ながら、私の求める救世主は、確実に、この人では、ナイ。

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