第9話 なぜか、告白されてしまった。
あれから変なのが「視える」ようになった。
家では見えないが、外を出歩いてると妙な物が見えるようになった。
駅近くでまったく動かない人。
いや、人なのかどうかも分からない。
他の人も気づいてないようだ。
その人というには線路に佇んでいる。
電車が通った後にはいなくなっている。
最初見た時を目を疑ったが。
(幽霊…てヤツか…?琉嬉さんが言っていた…)
妖怪としての力を身につけた事によって、普通の者には見えないモノが視えるようになったという。
最初は戸惑っていたが、人間とは怖いもので、次第に慣れてくる。
「緋瑪斗?どうしたの?」
「…いや、なんでもないよ。今日暑いからかな?」
「そうね~。これから夏かー。辛い時期よね」
暑さという手を使って誤魔化す。
緋瑪斗は少し、何かの視線を感じていた。
どうしてもあの時から、感覚が鋭くなったのか、異様に視線を感じる気がしてならない。
気にしすぎなのかどうか分からないが。
「電車来たよー」
「おう」
乗るべき電車がやってきた。
あまり詮索しないでみんな乗る。
「どうしたの?ヒメ?さっきから変だよ?」
「だから、暑いだけだって」
「そう…?あまり無理しないでね」
(…呼び出しといてそりゃあないよ…月乃)
7月。
夏が本格的に始まる。
もう少しで夏休みも始まる。
それまでに用意しとかなければいけない物。
そう、水着。
この日は5人揃って水着を買いに来ていた。
緋瑪斗の水着…だけでなく、月乃も新しいのが欲しいというので一緒に買う事にしたのだ。
「なんであんた達も着いてくるのー?」
「いや、だって暇だしな」
「暇だし」
「そうね、暇だったし」
「あー、もう…これだから…」
月乃の本音は緋瑪斗とだけ来たかったらしい。
だがその願いは叶わず。
「てか明後日には宿泊研修だよな」
「そうだねー。ヒメは大丈夫そう?」
「あ、ああ……なんとかね。寝る時以外はだいじょぶでしょ」
喋りがなんかカタコトだ。
「大丈夫?そんなに暑さに弱かったけ?」
「はは…問題ないない」
むしろ暑さに強くなってる。
これは焔一族の妖怪としての力なのだろうか?
火を操るだけあって暑さにも強いのかもしれない。
ただ、何度試しても火を出す時は一瞬手が熱いのは仕様なのだろうか。
それだけはどうしても慣れない。
だが火傷も負わないし、不思議なもんである。
先程幽霊を見た駅から電車に乗りまた街中へ。
この日も天候は良好。
最近は出かける度にいい天気だ。
「暑いね~。上着いらなかったかも」
「帰りはきっと寒いよ」
「うん、そうかもね」
月乃は上着を脱ぐ。
ノースリーブだ。
下はぴったりとしたジーンズ。
なんか凄く健康的そうな格好。
反面緋瑪斗は前と似たような、ホットパンツに上着は半袖のパーカー。
ただ今回はサイハイソックス。
そして野球帽と、とてもボーイッシュ。
「…涼しそうだね」
緋瑪斗がぽかんとして見ている。
「ヒメもこう露出の高い服着て誘惑しちゃえば?」
「誰をだよ…」
「アハハ、ごめん」
「緋瑪斗君、私はどう?」
「玲華は…なんかおっとりしてそうなお嬢様って感じ?」
「フフ、ありがと」
玲華は白を貴重としたロングスカートに、爽やかなブラウス。
なんだか年齢より上に見えそうな、清楚な感じだ。
「なぁ、オレは?」
「竜は……いつもと同じ?」
「なんでだよー。これでもおしゃれしてきたんだぞ?」
「竜のおしゃれは普段と変わってないよ」
これと言った、オリジナリティもないよくある若者が着るような少しデザインの入った服である。
「うるせぃ、昇太郎のくせにー」
「ハイハイ」
ゴチャゴチャ言ってるうちに、街中へ到着。
お金は両親からなんなくくれた。
普段店の手伝いをしてるのもあるが、勇気を振り絞って水着が欲しいと言ったら喜んでお金を出してくれたのだ。
かなり複雑の気分の緋瑪斗だったが、まあ良しとする。
「さて、ドコのお店行く?」
「俺に聞かれても…詳しくないし」
「月乃、質問する相手が緋瑪斗じゃ…」
「そうねー。って、私も大した詳しくないから…」
全員が玲華の方を見る。
「…下調べなしでみんな来たの…?」
呆れかえる玲華。
「じゃあ、あのお店とかどうかしらねー」
「あのお店?」
しばらく歩く事10分程度。
街中は信号が多くて歩きにくい。
ちょっと進めば赤信号に引っかかる。
それに車も多いし、道路を渡るような行為も出来ない。
「これこれ、このお店。最近オープンしたばっかりで女性用の服が沢山売ってるの」
「へぇー」
オシャレそうなお店。
最近こちらにも出店してきた有名店らしい。
緋瑪斗にはいまだにこういうお店にピンと来ない。
買う服はいつも親が適当に買ってくるのばっかりだ。
「さて、オレらはオレらで別のとこ行って見てこようぜ」
「え?竜達は一緒に来ないのか?」
「バカ言え、オレらが行ったら怪しいだろ。それに…水着姿は旅行行った時までに楽しみにしとくぜ」
「竜とは思えない紳士な発言だね」
「うるせー昇太郎うるせー」
「そっか…じゃあ終わったら入口付近で待ち合わせしよう」
「オッケー」
少し残念がる緋瑪斗。
「じゃ、行こうヒメ?」
「あ、うん…」
とはいえ、なんだか少し気になる。
竜なりの気を利かせたつもりなのだろう。
緋瑪斗は月乃と玲華に連れられて、水着のコーナーに向かう。
「珍しいね。竜から別行動取るなんて」
昇太郎が不思議そうに言う。
いつもなら緋瑪斗を追いかけて行きそうなのに。
「…オレも大人になったのだよ。昇太郎君。大人の男たるものは時には引くのも必要悪だ」
「……いや、必要悪の使い方おかしいけど…そこはいつもの竜らしいや」
言葉の使い方もおかしい。
そこだけは安心する昇太郎だった。
「フッ……オレには見える。緋瑪斗の水着姿が…。だがその時にまでは…」
(…だめだ、竜が壊れかけてる…)
自分の手では止められない。
そう思い始めるのだった。
緋瑪斗は恥ずかしかった。
そう、下着買う時もそうだったが、水着も似たような感覚で恥ずかしかった。
「ねえねえ、こんなのとかどう?」
「こういうワンピース型とかは?」
女子二人はあれもこれもという勢いで水着を漁っている。
緋瑪斗はどうする事も出来ずに成すがまま。
「あのさ、…あんまり目立つのじゃなくてもいいよ?ねえ」
「だめよ!ここはしっかりときっかりと決めないと…ヒメという素晴らしき素材が活かしきれないわ!」
右手を大きく拳を作って掲げる。
どうしてここまで気合入れれるのだろうか。
ある意味月乃の方が漢らしいとも言える。
(はぁ……俺もこういう意志の強さがあればなぁ…。みんなが羨ましい」
性格の部分で引け目を感じていた。
「あれ?緋瑪斗じゃん」
「え?あ……」
なんと、また琉嬉が居た。
偶然にしては出来すぎている。
「あれ?もしかして…彼方、琉嬉さん…?」
「今日はみんなお揃い?」
「え、ええ…琉嬉さんも水着買いに…?」
「そーだね」
なんか不機嫌そうだ。
「どうせなら一緒に回りませんか?」
「んー、でも今日はこっちも連れがいるし…こっちはこっちで回るし、そちらはそちらで楽しんでよ」
「そうですかー残念」
「琉嬉ちゃーんこっちにサイズ合いそうなのがあるよ~」
「…護のやつ大きな声で言うなっちゅーの…ごめん、僕行くよ」
「あ、はい…」
琉嬉を呼んでいたのはラーメン屋で見た金髪の女の人だ。
それと同じように金髪っぽい幼女が一人。
そして見た事のない眼鏡の少し銀髪っぽいおかっぱの女の子とショートカットの女の子。
それとなんか、やたらと背の高い女の人。
ショートカットの子は何やら喋り立てて、無理矢理琉嬉を引っ張って行った。
見た目がすごいインパクトあって緋瑪斗らは釘付けになった。
「…あれが琉嬉さんの連れの人…?濃い女の子ばっかりだね…?」
「そ、そうね…」
「でもあっちって…キッズコーナーじゃない?」
玲華がそう言う。
もしかして…と思うみんな。
「…合うサイズってもしかして……子供用…ってコト?」
「………本人の前では言わない方がいいわね」
(琉嬉さんもなんか大変そうだ…違う意味でも……)
笑いそうになるが、なんとか堪える。
あっちはあっちで大変そうだ。
「ここをこうやって…ホラ、胸を詰めて」
「ひぃいやややぁぁ」
「ちょっと、変な声出さないでヒメ!」
「だってだってぇ~」
更衣室から聞こえてくる二人の声。
とても怪しく、いやらしく聞こえる。
慣れないもんだから四苦八苦しているようだった。
(可哀想な緋瑪斗君…。でもそこを乗り越えてこそ、人が成長出来るのよ…)
などと玲華も少し勘違いしている。
そして自身の着る水着ももう少しだけ探し回る。
「あ、あ、あのさ…俺一人で、できるからさ…無理に一緒にやらなくても…」
「だーめ!着こなし方を隅々まで教えてあげるから…ネ?」
(顔が…マジだ…)
真剣な眼差しでみつめてくる。
緋瑪斗に逃げ場はなかった。
こんなやり取りを繰り返す事30分以上近く。
ようやく買う物がまとまって、店から出てきた。
玲華も途中で飽きたのか、先に竜達と合流していた。
ぐったりした緋瑪斗の顔とは対照的に月乃は何か嬉しそうだった。
「お帰り」
「ただいま……」
「お?どうした?なんか疲れた顔してるけど…?」
「へ、平気…だよ」
どう見ても平気ではない。
「結局どんなの買ったの?緋瑪斗君」
「…上下が分かれてるやつ?」
「ビキニタイプ?大胆ねぇ」
「…月乃がこれがいいって言うから…」
少し恥ずかしそうだ。
「本当はね、ヒメみたいなボーイッシュなイメージだから活発そうなのもよかったんだけど…」
「だけど?」
「可愛らしいのを強調するようなのにしました!」
なぜか勝ち誇った顔をする。
どんだけ緋瑪斗のお世話をするのだろうか。
そんな事を玲華と昇太郎の冷静コンビを思っていた。
「ほー、いいーじゃんか…夏休みが楽しみだな!」
「うるさい……ばか」
愚痴をこぼす。
より、男から遠ざかってる状況に少し複雑な気分だった。
「さーて、この後どうする?」
「緋瑪斗の行きたい所とかない?」
「お、俺の?」
「そ。今回は緋瑪斗が主役だから」
「…なんか前も似たような日があったような気がするけどなぁ…」
「気にしない気にしない~」
女になってすぐの事。
服を買いにほとんど強引に連れてかれた時。
あの時も似たように着せ替え人形かのようにされて、服を決定した。
今回も似た感じだったのだが、今回は水着だという事でいろいろと大変だったようだ。
「……じゃ、じゃあ…あのショップ行こうかな…?」
「あのショップとは?」
緋瑪斗が行きたかった場所。
アニメショップ。
「緋瑪斗…気が合うね」
昇太郎の眼鏡がキラッと光る。
「久々だよ…」
目つきが変わると昇太郎。
緋瑪斗も少しテンションあがる。
こういう部分で話が通じるようだ。
「おー、漫画買おうかな」
「それならうちで買ってよ竜」
「おうそうだった。緋瑪斗の家は本屋だったなこれは失敬」
わざとらしく言う竜。
どうしても緋瑪斗の気を引きたいようだ。
「ま、でもうちには入荷しない漫画本がここで買うのも有りだけど」
「緋瑪斗は優しいな~」
抱きつこうとするがヒラリと避ける。
「へぇー、ヒメってこういうの好きだったんだ?」
「ま、家柄がね…こういうのに興味湧いちゃった訳で…」
「そっか~。ヒメ……」
「な、何?」
「こうして家のためにサブカルに対して勉強してるのね…?お姉さんは嬉しいわ」
「…いつから俺のお姉さんになったんだよ…」
なぜか抱きしめる月乃。
「なんか、勘違いしてませんか?月乃さ~ん」
暴走が過ぎる月乃にさすがの玲華も引き気味。
昇太郎は途中である事に気づいた。
(はっ!僕は今このお店に女の子達と来ている…つまり、「リア充」ってやつに思われてるに違いない…)
店内を少し見回す。
大多数は同性の友人同士で来てるのが多い。
しかし男女関わらず独りなのも多い。
男女カップルらしき組みはそんなに多くない。
(…大丈夫か?僕は…目の敵にされてないか?)
「どうしたんだ?昇太郎?ここに来てからなんかおかしいぞ?いつもこんなんじゃなかったろ?」
「あ、いや…問題ないよ(……妬まれたりしてないだろうか…)」
普段視線なんてたいした気にしないのに今回ばかりはなぜか気にしている。
このお店が普通のお店とは違う、独特の空間だからであろう。
今日に限ってなぜか気になっている。
「…変なヤツだなー。なあ?緋瑪斗」
「竜もそれ以上に変だけどね」
などと盛り上がってる中、緋瑪斗は後ろの別の客とぶつかった感触があった。
強めに衝撃でドンッという感じだった。
「あ、ご、ごめんなさい」
「……いえ」
瞬時に謝る緋瑪斗。
ぶつかってしまった相手はいかにもという風貌な、冴えない感じの同い年くらいの少年だった。
見た目は昇太郎をさらに細くして、弱そうな感じに。
逆に昇太郎は眼鏡キャラなくせに、いつも自信溢れてそうな感じだから弱そうには見えないのだ。
買おうとしてた物を落としていた。
それを一緒に拾う緋瑪斗。
「あの、大丈夫ですか?」
「………お、お構いなく…失礼します」
緋瑪斗の顔見た瞬間焦ったかのようにそそくさと別のコーナーへ行ってしまった。
「なんだぁありゃ?せっかく緋瑪斗が謝ってくれたってのによぉ」
「竜。みんながみんな、君みたいに態度が大きい人ばっかりじゃないんだよ?」
「なんだよそれ、オレがまるで暴君みたいな言い方じゃねえかっ」
「あんたはいつ暴君になったのよ」
みんなから総ツッコミ入れられる。
散々な言われようだ。
(……大丈夫かな?)
「あー、楽しかった」
「また来ようか」
「そうだね」
結局一番楽しんだのは昇太郎だった。
なにかの作品のグッズを買ってるようだ。
手元には紙袋が。
「ヒメは何も買わなかったの?」
「あ、これだけ…」
鞄から出したもの。
それは、とある作品のシャープペンシル二本。
別柄の種類。
「なんで二つもあるの?」
「ひとつは稔紀理にあげるのさ。稔紀理もこの作品好きみたいだから」
「へー、いいお兄さん…じゃなくてお姉さんしてるのね」
「まぁね」
照れ顔の緋瑪斗。
「さーてと、この後どうする?飯でも食べて帰るか?」
「でもあんまりお金使うのもね…」
「じゃ、今日はこの辺でお開きにしますか…解散!ってコトで」
「解散て言ったて、結局家までみんな一緒じゃんか」
竜の発言に鋭いツッコミを入れる緋瑪斗。
いちいち変な発言を繰り返す竜に面倒そうな顔をする。
「ふふ、そうね。ま、今日は水着も買ったんだし、おとなしく帰りますか?」
「賛成ー」
学生は懐がさみしい。
なので、潔く帰る事が決定したのだった。
しかし緋瑪斗は気づいていなかった。
怪しい視線があったのを。
後日、緋瑪斗は駅前近くのとある模型系のショップに来ていた。
今回は単独。
学校帰りなので制服姿のままだ。
如何せん視線が少し気になるが。
若い女の子の姿なんて緋瑪斗以外見当たらないからだ。
アニメ系ショップ程とまでもいかないが、それに近い物が売ってるお店だ。
あの時は大人数だったのもあるのであんまり見て回れなかった。
しかし今回は一人なので、思う存分見て回れる。
竜は掃除当番、昇太郎は別の友人と用事があるようで先に帰った。
月乃は委員会で遅くなるといい、玲華は別のクラスなので今日は帰りは合わなかった。
なので、たまたま一人だった。
お目当ての物は、プラモデル。
最近いろいろあってチェックしてなかったのだ。
緋瑪斗は、ロボット物が一番好きでアニメショップ行ったのもそのロボット物の作品が好きだからである。
それ以外はあまり眼中ない。
一点集中型なのだ。
(はぁ~、お金ないしなぁ…ほとんど服に消えちゃったし…)
そう。
お金はほとんど服代に消えていった。
なので、自分の趣味用のお金がほとんどない。
(…悔しい……が、今の俺には買う力がない…)
でも何度も往復して、隅々まで見て回る。
買わないとしてもこうしてるだけなぜか楽しい。
自然と顔が緩んでくる。
(いかんいかん……男子たるもの、油断してはならぬ。あ、今は女か。いや、そうじゃなくってだな…)
あらぬ方向へ考えが向いていく。
「あ、あの……君!」
突然緋瑪斗に声をかける人物。
しかし気づかない。
「あのっ!」
「…………ん?……俺?」
知らない男の人に声をかけられた。
まわりには緋瑪斗と声かけた人物以外、近くには誰もいない。
相手は制服姿。
その制服姿からすると同じ高校生くらいの男子生徒だ。
しかし制服は緋瑪斗の通う学校の制服ではない。
黒にオレンジ色のライン。
どうやら鞍光市の鞍光高校の男子制服のようだ。
この辺であれば鞍光高校に通ってる生徒がいてもおかしくない。
「…あれ?どこかで見たような…?」
「あ、覚えててくれましたか?」
どこかで見た顔。
それをすぐ思い出した。
アニメショップで緋瑪斗がぶつかってしまった相手だ。
「あの時…の?」
「…そ、そうです…。その節はすみませんでした…」
「いやいや、こちらこそ、ってか、俺が悪いのに…」
「…俺?」
「あああ、ごめん、その、女なのに自分の事「俺」なんて言っちゃって…変ですよね?あはは」
「いいえ、凄くいいと思います。俺ッ娘、いいじゃないですか…」
ボソボソッと喋っているが、なぜか興奮気味だというのが分かる。
緋瑪斗は少しビビる。
(え?何…?どういう…)
「あ、あの…僕…あの時から、あなたの事気になってたんですが…ここで会えるなんて…夢みたいです!」
「は、はぁ……?そうですか…?(ヤバイぞこれ…もしかしてまたナンパってやつ?)」
ちょっと違う。
だが、近しいものはある。
「あの時って…お店でぶつかった時…?」
「いえ、駅でちらっと見かけたんです…目立つので…」
「あちゃー…そっか…」
赤髪のせいで、凄く目立つらしい。
どうやら駅で見かけられたようだった。
もしかして以上に感じていた視線の主なのだろうか?
そう思う。
「す、素敵ですよね…その髪の色とか…なんかのキャラクターを真似てるんですか?」
「いやいやいや!違うです!これは天然です!いや、天然じゃなくて、ああ、違う、自然というか…
あ、同じ意味か。じゃなくってですね…」
「自毛ですか?」
「そうそう、自毛です。仕方なく自毛というか…」
自分で何を言ってるのか分からなくなる緋瑪斗。
頭が混乱している。
「嘘ですよね…?そんな綺麗な赤い髪…」
「あはははは、これは事情がありまして…」
「ハーフか何か?」
「それに近いというか…」
「そうですか。でも…素敵な色ですね」
「素敵って…」
急にそんな言葉言われるものだから一気に顔がボンッと真っ赤になる。
恥ずかしい事ばっかりだ。
毎回こんな思いしている。
それに、いつもはチャラい男から話しかけられる。
しかし今回は、普通な、むしろおとなしそうな少年だからだ。
「僕は中島透太です。鞍光高校一年です」
「これはこれは丁寧に…俺は…狗依緋瑪斗…。北神居高校の一年…です」
「ひめと…さんですか。変わった名前ですね…女性のように見せかけて男っぽいような響きの名前ですね」
「あ、あははは…(元々男だからな)」
男らしい女らしい名前以前に、どっちなのか分かりにくい名前ではある。
兄の佑稀弥も弟の稔紀理も、言い換えれば女性の名前に使われるような漢字でもあるし。
共通点はいずれも漢字三文字。
変に統一された名前である。
「……で、何の用スか…?」
おそるおそる聞いてみる。
「あ、あのその…あなたも、この作品好きなんですか?」
少年が指さした物。
大量に積まれているロボ物のプラモ。
国民的に人気あるロボットアニメの作品である。
これまでも沢山の派生シリーズがある。
「ああ、まあそうですね…弟も好きなんだけど、俺も好きで…」
「それなら話が合いますね!」
突如、大きな声。
さらに驚く緋瑪斗。
(な、なんだコイツ……?)
「僕もこの作品大好きなんですよ!」
「はぁ…(コレは何かとヤバイ気がする…。こういう手の逃げ方は…教わってないッ)」
玲華にもっと何かいい断り方を聞いとけば良かった。
そう思ったのも運の尽き。
「あああ、あの、あのお店で見た時から一目惚れでした!よろしければ付き合ってください!」
「……………………ん?」
緋瑪斗だけ時が止まった。
(付き合ってください?あれだよね?一緒に見て回ろうって意味だよね?恋人同士になるっていう意味じゃないよね?
あれ?でもこれって告白ってやつなのかな?なんだろうねそういう意味なのかな?)
元から混乱していた頭の中が、さらにぐるんぐるん理解不能な出来事が回り始める。
「あああ、あの…?」
「待った!ちょっと待った!」
待てのポーズを取りながら制す。
「お店の中を一時的に一緒に見て回ろうって意味だよね?」
「いえ、恋人としてお付き合いをッ!」
「………………………え?」
再び緋瑪斗が止まる。
中島のキッパリとした言葉。
頭の中が真っ白になる。
(えーと、俺は今女だけど、心は男のまま変わってなくって、そして俺はなぜか男から告白をされてて、
んでもって、俺は返事をすればいいんだろうけど……あれれ?)
なんとか気持ちを元に戻して冷静に考えようとするが、いい考えがもはや出てこない。
「あ、あの、返事を頂けないですか…?」
「……待ってクダサイ…」
足元がふらついてくる。
あまりにも唐突過ぎて、怖くなってくる。
「あ、あの…今日はごめん!!」
「あ、ちょっと…」
緋瑪斗は逃げた。
自宅に戻った緋瑪斗。
玄関に入ってから一気に疲れがやってくる。
その場からしばらく動けそうにない。
動悸が止まらない。
ドキドキしている。
走ってきたせいと、告白とも取れる言葉に。
「はぁ……はぁ……疲れた」
「おー、どうした?ヒメ?なんでそんなに汗だくなんだ?」
「…ゆき兄……、なんでもないよ…」
「?変な奴だなぁ…」
思わず逃げてしまった。
返事もせず。
中島はどうしてるのだろうか。
こういう場合はどうすればいいのか。
さっぱり解からない。
親兄弟に相談するのも気が引ける。
ここは月乃らに話したほうがいいのか?
そう思って携帯に手をかけるが、気が進まない。
(……どうしよう……あのままじゃ傷つける事になるかな…?)
ぐでっとベッドに大の字になって寝転ぶ。
「…はぁ………困った」
困った炸裂。
すっかり口癖になった。
さっきの出来事は全て忘れたい。
そんな気持ちだ。
どうしてこんなに災難(?)みたいのが続くんだろう?
精神的に疲れてくる。
(俺…大丈夫かな?)
気づいたら寝ていた。
「なぜか、告白されてしまった」
「は?」
「だから、会ってもない男子に告白された」
「……嘘でしょ?誰に?」
「鞍光高校の生徒だって言ってた。中島って言ってたかな」
「へぇ…モテるのねぇ、緋瑪斗君って」
「茶化さないでくれよ…男から告白されたって嬉しくない…」
「ま、そうだろうね」
緋瑪斗は翌日の学校で、いつもの仲良し4人に相談した。
「んまぁ、緋瑪斗は可愛いからな!なんならオレと付き合うか?」
「それはない」
竜の気持ちの欠片もない発言にはすぐ却下。
「…竜と昇太郎は…告白なんかされた事ないだろ?」
「さりげなくヒドイ事言うね。緋瑪斗」
「いや、そういう意味じゃなくって…よく考えてよ。男が男に好きですみたいな告白受けたらどうする?
……それと同じ感覚なんだって……俺にとっては」
「おー、それもそうだな」
「たしかに…男から好きですなんて言われたら、ショッキングだね」
つまり、男視点から考えてみろという発想だ。
「竜なら男ウケ良さそうだけどね。竜なら有り得そうだしな~」
「…んだと?昇太郎…オレがホモだってのか?!」
「そうとは言ってないだろ?竜がじゃなくって、相手がって」
ギャーギャー言う竜に対して昇太郎は手玉にとるように流す。
「あっちは放っておいて…緋瑪斗君。ここは自分の考えで、嫌ならきっぱりお断りするべきだよ思うよ」
「そうだ……よな」
「ん~~~~」
うなる月乃。
その声がなんか低くて怖い。
「変な声出すなよ月乃…怖いから」
「何よ!人が考えてるのに…」
「考えってなに?」
「……だってさ、その男子って昇太郎みたいなひ弱そうな男の子なんでしょ?」
「僕がひ弱そうなのは否定しないな」
そこは昇太郎自身認める。
「……そ、そう…。まぁ、昇太郎よりさらに弱々しい感じはしたね」
「ふぅん…。でもそういう人が会って間もないのに好きですとか凄い事じゃない?」
「…たしかに」
「僕には無理な話だね」
「俺だってそうだよ…」
「私も無理かしら…でも竜ならしそうね」
「なんでオレなら出来そうな空気出すんだよ!」
今度は玲華に突っかかる。
いろいろツッコミ入れられる頼もしい存在だ。
「ヒメ、真面目な話……事情を説明するなりなんなり、やんわり断るのがいいと思う」
「……そっか」
表情が曇る。
だが、現状では付き合うとかそういうレベルじゃない。
緋瑪斗は元々、「男」なのだから。
おそらく告白してきた彼…中島は、勝手な推測だが人生で初めての告白なのではないだろうか?
同じような空間で生きてきた緋瑪斗にとってはどうも他人な気もしない。
「…ところで、月乃と玲華は告白された事ないの?」
「わ、わわ私は、ない…事もないけど…」
逆に質問する緋瑪斗に慌て出す月乃。
そんな月乃を横目に玲華の方を目を向ける。
「私はあるわよ~、断っちゃたけど」
「…あっさりしてんなぁ」
「玲華はこういう奴だよ。なぁ?自分から気に入らないと駄目なタイプだ」
「あら、竜にしては鋭いわね~」
「オレの洞察力を舐めてはいけないぜ?」
「珍しい…」
「で、ヒメ……逃げちゃったんでしょ?それはそれで酷いと思うけど…」
「あははは、そうだよね…悪い事しちゃったかな…」
緋瑪斗の両肩にぽんっと手を置く。
月乃は打って変わって真剣な表情になる。
「酷な事かもしれないけど…ヒメは中身は男の子だから…、その中島君っていう人の気持ちは分かるんじゃない?」
「…そうだけど……」
「この先似たような事案が起きるかもしれないし…緋瑪斗。ケジメをつけるといいよ。「男」なら」
男なら。
その言葉に反応する。
「………分かった。ただ、連絡先とか知らないから、またあのお店に行ってみる…。そこでちゃんと言うよ」
「決まりね」
うんうんと頷く月乃。
「やれやれ…緋瑪斗君…災難続きね」
また模型店にやって来た。
昨日の事を謝りたい。
そして言いたい。
ちゃんと断りの言葉を。
自分の正体を言うつもりはないが。
言っても信用してもらえないと思うが。
中に入らず、店前の外でしばしウロウロする。
(はぁ…気が進まない。どうしてこんなコトになったんだろう…これも全部妖怪と絡んだからだよな…?)
少し忘れかけていた。
焔一族の茜袮の存在を。
あれから一向に姿を現さないし、肝心の情報も出てこない。
あの日の事件にまで、記憶を遡ってる。
すると自分を呼ぶ声が聞こえた。
「狗依さん…!良かった。また来てたんですね…」
振り返ると中島が居た。
「あ、中島…君……」
声が出しづらい。
緊張してるせいなのか。
胸が苦しい。
体中に変な汗が出てくる。
「あの……返事は…?」
相手もきっと、強く勇気を振り絞って来ているに違いない。
……断る。
それだけなのに、どうしてこっちもこんなに苦しいんだろうか。
「な、中島君……俺……その、………君とは付き合えない」
渾身の力を込めて言った。
その瞬間中島の顔が落胆の表情に変化していくのが、ゆっくり感じた。
――辛い。
相手も辛いはずなのに、自分も辛い。
「そ、そう……ですか…」
今にも泣きそうな声。
「あ、あのね……付き合うというコトは出来ないけど…友達としてなら…いいかな…?って…」
頬を掻きながら言う。
精一杯のフォロー。
「あの、ひとつだけ聞かせてください…付き合えない理由っていうのは…?」
キツイ所を聞いてくる。
元が男だから…とは言いにくい。
どっちにしろ、自分の通う学校では知れ渡ってる事なのだから、言っても問題ないとは思うが。
「他の好きな人がいるとか……?」
「あ、そうじゃないんだけど……異性が男を対象してないというか…」
「……もしかして、百合?!」
「…へ?ゆ、百合……?」
百合の意味が緋瑪斗にはその時通じなかった。
(…なんかあらぬ誤解が生まれたような気がするが……まぁ、断れたからいいか)
自分が元男だという事をうまく説明しないまま、断りを入れてなんとな納得してもらった。
だが、今後友人として付き合いを続けるのであれば、いずれ正体を明かすしかない。
その時を考えると…中島が不憫でならないと思い始める。
「あ、あのさ、中島君」
「なんですか?」
「先に言っとくけど…俺を男を好きにならないのは…心が男であって…その、百合とか
そういう感情じゃなくって…女として好きじゃなくって…男として好きの意味で…(ああぁ…何言ってるんだ俺)」
「はぁ…つまり、限りなく男に近い女の子なんですね…」
「ああ、うん……まぁ…」
「…男になりたいんですか?」
「……なりたいというか戻りたい?」
「?」
中島ははてなな顔をする。
「まるで元々男だったみたいな言い方ですね…」
「あははは!そうだよね?言い方間違えたかな?あははは…」
もうどうしていいのか解からない。
「あら~ヒメじゃない。偶然ね~」
「つ、月乃?!」
なぜか月乃が通りかかった。
偶然とは言っていたが、緋瑪斗は感づいた。
多分、どこからか見ていたに違いない、と。
「なるほど…狗依さんが好きな方はその人なんですね」
「あわわわ、そうじゃなくって…月乃は幼馴染なだけあって」
「もー、ヒメったら…」
わざと妬いたような態度を取る。
でもこれは月乃が出した助け舟だ。
「…はぁ。どっちにしろ、俺は男と付き合うのは…ないと思うよ…。ごめんよ。中島君」
「……いえ、僕が早とちりして告白なんてしてしまったのがいけないんです…すみません」
深々と頭を下げる。
「あ、いや、そんなに謝らなくても…」
「でもいいじゃないですか!同性愛も。世の中認められつつありますから!僕は応援しますよ!」
「ああ、そう……それはどうも」
どうも釈然としない。
なぜか同性愛者みたいになってしまう。
「狗依さんの事は諦めます!ただ、話題が合う友人としてこれからもよろしくお願いします!」
まるで会った時とは違うハキハキした喋り方になる。
緋瑪斗は急に男らしい…ような感じに思える。
切り替えがキッチリ出来ていいなぁ…と。
「うん、ごめん……でも友人としてなら…大丈夫だから。だから、中島君も別の女の子と恋人になれるの期待するよ…」
「はい、ありがとうございました!では僕はこれで…」
中島はその場から先に帰る
去り際の顔には涙が浮かんでるように見えた。
「…月乃!いつから…」
「途中から」
「……う、月乃のアホー!」
後ろ向いて叫ぶ。
なぜか涙が出てくる。
「うぅ…なんでこんなに苦しいんだろ」
月乃がそのまま後ろから優しく抱く。
背丈が違うので、すっぽりと緋瑪斗が覆いかぶさるような形になる。
「頑張ったね。ヒメ。頑張ったね…」
「…俺、なんか、女の子の気持ち分かった気がする………」
「うん」
「でも、最後…アイツ、潔くて、男らしかった」
「うん…」
「男って…カッコイイな…」
「……うん…」
「俺もあんな風に、勇気を出せる人間になりたい……」
「そうだね…。ヒメは男の子の気持ちも分かるし、女の子の気持ちも分かるもんね…」
「そんなんじゃないやい…」
二重に苦しい。
だから余計に辛い。
しばらく緋瑪斗は動けなかった。
「オレらは行かなくていいな」
「そうね」
「珍しいね。二人が意見合うなんて」
「うっせー。帰るぜ」
結局他のみんなも見に来てた。
みんな緋瑪斗が心配なのだ。
何かあれば出て行く、そう決心していたが。
なんとか丸く収まったようには見えた。
「…昇太郎君も帰りましょ」
「そうだね」
3人は2人を置いて、先に帰りの道についた。
この一件は、緋瑪斗にとって、苦い思い出となってしまった。
とても、とても苦い思い出に。