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第7話 ゆっくりしたい、そう願った。

「ふわぁ…ねむ」

 朝。

時刻は9時頃。

あれから二週間が過ぎ、怒涛のような日々が過ぎていく。

琉嬉からの連絡も特になく、今の生活もなんとなく板についてきた。

カーテンをシャッと開けると眩い光が入ってくる。

「おー、いー天気だなー」

 青空が広がっている綺麗な空。

この日は土曜休日。

休みだが特に予定もなくパジャマ姿のまま下に降りる。



(ふああ…よく寝た~。誰かいるのかな?)

 お腹をポリポリ掻きながら居間に姿を見せる。

「おはよー、ヒメ兄ちゃん」

「おー、稔紀理ー。今日も早いな~」

 稔紀理の座ってるソファの横にぽすんっと座る。

「父さんと母さんは店?」

「そだよ~」

「ふぅん…たまには手伝った方がいいかな?」

「ヒメ兄ちゃんが?」

「だって今日暇だし」

 眠たそうな目で言うのもなんか説得力ない。


 狗依家が経営している本屋。

一部の新品雑誌やコミックなどを取り扱っている。

基本的には古本屋だが、ゲームなども取り扱ってる。

ほんの一部だが。

経営はそこそこイイらしく周辺地域では重宝されている。

朝の8時から開店して夜の7時に閉店する。

普通より早い時間でのサイクル。

しかし、通勤通学前には開いているのでその時間帯にもお客さんが新刊雑誌などを求めてやってくるのだ。

駅からも近く、このご時世に有り難い存在。

「ゆき兄は?」

「まだ寝てるよー」

「ふーん、珍しい」

 いつも緋瑪斗が一番起きるのが遅い。

ぐうたらとも言える。

ついついゲームなどしてて寝るのが遅くなるからだ。

だがこの日は佑稀弥が一番遅いようだ。

「…ヒメ兄ちゃん何してるの?」

「何って…顔洗うんだけど」

「洗うのはいいけど、上着まで脱がない方がいいよ?」

 緋瑪斗はパジャマの上を脱いでブラだけの上半身の姿になっていた。

「え?なんで?俺いつも脱いで顔洗ってたけど」

「えーとね。子供の僕が言うのもなんだけど、ヒメ兄ちゃん、女の子なんだからさ、ちょっと無防備過ぎるよ」

 一瞬稔紀理の言葉が理解出来なかった。

あまりにも大人びた言葉だったので。

「家族だからいいじゃんー」

「それはそうだけど…ゆき兄ちゃんや父さんが見たらさー」

「あー……」

 納得する。

「母さんが見たらどやされるな」

「脱ぐんなら、ちゃんと戸を閉めて洗面所で脱いでね」

「へーい…」

 稔紀理の方がまるで年上のようだ。



 トテトテ足音を立てながら店の方へ回る。

「おはよー」

「おはようヒメ」

「あらー、ヒメちゃん、おはよう。どうしたの?」

「お店手伝おうと思って」

「あらそーう?偉いわね~」

 そしていきなりハグする。

「ちょ、母さん…お店の中だよ?」

「あらごめんなさい。じゃ、お昼の準備してこようかしら」

「いってらっしゃい」

 緋瑪斗が代わりにレジ番をする。

父親利美は品出しをしていた。

新たに仕入れいた中古本や買い取った物などを揃えている。

忙しそうに見える。

「あ、ヒメ。そろそろお客さん来るからよろしくね」

「え?あ、うん」

「父さんは暫く品出しかなー。なんか分からない事あったらすぐ聞いてね」

「ほーい」

 奥の倉庫へ行ったり来たり。

あとはネットでの注文に対応するために品物をまとめたり。

これは一人では少し辛い仕事だ。

一応夜の7時には閉めてしまうが、父親だけ食卓にいない事も多い。

次の次のための発注品などまとめなければいけないのだ。

ましてや新刊なども扱うから、大変。

そのために他の家族が手伝ったりする。

緋瑪斗はいろいろあったのでお店にはあまり顔を出してなかった。

あれこれポケッと考えてるうちにガーッと自動ドアが開く。

「いらっしゃいませ~」

「せ~」

 入ってくる客は小学生くらいの子供達。

学校が休みなので休みの日はよく子供達も来るのだ。

客層は様々。

老若男女それぞれ。

ただ物を買っていく者や、パーッと見て回って何も買わずに出て行く者。

少し立ち読みしていく人。

いろいろ。


 ガーッと新たにドアが開く。

「いらっしゃいませー…あ」

「…お、あれ、狗依じゃん?」

「あーほんとだ」

 クラスメイトの男子達3人。

ここらの地域の高校生くらいの年齢は大体北神居高校に行ったり隣街の鞍光の高校へ行ったり。

なので同じ学校の生徒がこのお店にやってきてもおかしくはない。

「何?今日は店番?」

「おー、そうだよ。お前らは買い物?」

「そうだぜー。漫画買いに来た」

「それはありがと」

「………」

 唐突に黙る3人組。

「?」

 何やらコソコソ話し出す。

お目当ての本を探し回る。

「お、あったあった」

「早速買ってくるぜー」

「毎度ー」

「………」

 若干変な空気が流れる。

知らない中なので、ちょっと意識する。

「420円になりまーす」

「あ、ああ…」

「しかし…」

「そうだな…」

 またコソコソ話す。

「なんだよ?さっきから何コソコソしてるの?」

「!」

 ビクっとする3人組。

「いや、なんでもないぜ…じゃあな」

「おー。また学校でな~」

 手を振って見送る緋瑪斗。

「…なんだったんだ?」

 首を傾げる。


 その3人はと…いうと。

「なあなあ、狗依…可愛かったな!」

「そうだな…。くそ、三島達羨ましいな…オレ達ももっと仲良くしとけば良かった!」

「悔しいぜ…」

 どうやら緋瑪斗に美少女っぷりに惚れていたようだ。

「だが元は男だぞ?」

「そうだな…」

「…女より可愛くなった元男の狗依……なんていう存在なんだ…」

「だが元は男だぞ?」

「だよな……」

 とはいえ、元の緋瑪斗を知ってるだけに3人組は複雑な思いだった。



 立て続けに客が来る。

近くのおばちゃん。

近くのおじさん。

近くの子供。

見た事ない人。

沢山。

「ありがとーございましたー」

「どもね。緋瑪斗ちゃん。ほんと、可愛くなっちゃたわねえ」

「…あはは、どうも」

 緋瑪斗が女になったという話が少なくとも近所には伝わってるようだ。

どの人も受け入れてるようだ。

元々、女と大した変わらないような容姿だったので別段違和感がないようだ。

「ふぅー」

「ヒメー、どうした?疲れたか?」

「久しぶりだからね。この状況でいろいろ話するのも大変だよ」

「はは、そりゃ大変だね。こちらは落ち着いたからお昼ご飯でも食べてきたらどうだ?

あとは父さんと母さんでやるから」

 フルフル、と首を横に振る。

「もうちょっと頑張る」

「そうかい?」


 父親と二人っきり。

こういう時に限って客が来ない。

ちょっと変な感じ。

「ねえ、父さん。将来的にこのお店どうするの?」

「んー、そうだな。経営悪くなったらやめるし。軌道に乗ったままならやり続けるし。

いつまでもやれる訳じゃないから、お前達兄妹に譲るかもしれないねぇ」

「まじで?」

「ゆっきはあまりやる気なさそうだみのはまだ小さいし」

「なんなら俺が引き継ぐよっ」

 前向きな緋瑪斗の発言。

「お?そうかぁ?それは嬉しいな」

「ふへへ」

 変な笑い。

半分何も考えてないのだが。

「その前にはちゃんと学業に専念しないとな」

 ぽんっと頭を撫でる。

「…子供扱いしないでくれませんかー?」

 ムスッとした表情で言う。

「ははは、ごめんよ。ついついヒメが可愛くってな」

「そんなに可愛いのか俺…?」

「子供はみんな可愛いもんだよ」

「……これだもん」



 昼食を済ませ、まったりしてる。

そこに佑稀弥がやって来る。

「ゆき兄ドコ行ってた?」

「おー、我が愛しのヒメ様。おはよう」

「違うよヒメ兄ちゃん。ゆき兄ちゃんは寝てただけだよ?」

「こんな昼までにー?」

「うるせぃ、俺はこれから出掛けてくる。また後でな」

 シュビッと二本指を目の高さに掲げて決めポーズ。

そして出て行った。

「…起きてすぐ動けるなんて凄いね」

 大好きな牛乳を飲みながらソファに座って出て行く兄をみて思う。

「特殊だからね、うちのお兄様は」

(…稔紀理は稔紀理で随分冷静だよなぁ本当に)

「ね、ヒメ兄ちゃん?午後から暇?」

「んー、暇になったといえば暇かな。あとは母さんがお店出るって言ってたし」

「よっしゃー、じゃあ僕欲しいのがあるから一緒について来てくれる?」

「…あ、ああ…いいけど…」




 そんなこんなんで稔紀理と一緒に買い物に付き合う事になった。

稔紀理が買いたい物。

それはゲームだった。

それも新発売されたばっかりの。

自宅のお店はゲームの新品を取り扱っていない。

なので手に入れる事は出来ないので、駅前のショップで買うのだ。

そこまで一緒に来て欲しいと。

「…なんで俺と一緒じゃないと駄目なの?一人でも行けるだろ?」

「えー、一人で行くの寂しいじゃん」

「寂しいじゃんって…。じゃ、じゃあ…俺が何かあったら守ってくれるんだろ?」

「守る?なんで?ヒメ兄ちゃん誰かと戦うの?」

「あ、いや…そういう意味じゃなくって…(何アホな事言ってるんでしょうか俺…)」

 頭を抱え、自らの発言に反省する。

自分と年が離れた弟。

6年も離れている。

少し考える感覚がズレてるのは仕方ない。

「ホラ、着くよー」

「あ、ああ」

 手を引っ張られ駆け足になる。


 広々とした店内。

最近よくある、レンタル商品などと兼業しているチェーン店だ。

新品の雑誌やゲームなどをメインに売っている。

「…よく考えたらこういうお店ってウチにとってはライバルだよな…。さすがに古本についてはウチが強いけど」

 狗依書店はなんだか分からない古典的な本が多い。

古~い地図やオンボロ過ぎる古書なども扱っている。

正直緋瑪斗にとっては価値があるのかどうかも不明な本ばっかりだ。

父親が長年かけて集めた物もあり、ちょっとした図書館よりレアな本を扱っているのだ。

それが不思議と売れる。

世の中解からないものだ。

「あったー。これこれ。売り切れてなかった」

 買ってきたのは木曜日に発売されたばっかりの宇宙人から地球を守るゲーム。

「稔紀理…お前、そんなお金どこから出てきたの?おこづかい?」

「んーとね、この前店番した時のお手伝い料金だってさ」

「…あー、俺の服買いに行った時の…」

 小学生の稔紀理一人だけを店番させた父親の責任という事で、特別におこづかいをあげたようだ。

今日は一所懸命に仕事をしていたが、時々たがが外れて暴走する。


「あれ、稔紀理じゃね?」

「あー本当だ」

「…ん?」

 稔紀理をみつけて声かけてくる子供達。

稔紀理のクラスメイトの男子小学生達だった。

「稔紀理のクラスの子?」

「そうだよ。やあ」

「お、偶然だなぁ~。隣の人は…おおぅ…誰?」

「うちの兄ちゃん」

「兄ちゃん?」

 クラスメイトらは緋瑪斗を見る。

「はは、どうも…(ジロジロ見んなよ…恥ずかしい)」

 緋瑪斗の格好は元の男の時の服装。

ぶかぶかだが上は半袖パーカーに、下はジーンズ姿。

男に見える…ような事はなかった。

「何言ってんだよ?どう見ても兄貴じゃなくってお姉さんじゃん?」

(あちゃ~…そういや俺の事は「兄ちゃん」でいいって言ったけな…)

「んー、兄ちゃんは兄ちゃんだしな~」

 チラっと緋瑪斗の方を見る稔紀理。

その目つきはどう見てもなんかいらん考えの目つきだった。

「(何考えてるんだよ稔紀理…)…あ、あのね…俺、男っぽいから兄ちゃんって呼ばれてるだけだから…あははは(何言ってるんだ俺?)」

「へー、そうなんだ。たしかにお姉さん、男の人っぽい感じあるよね?」

「あれじゃね?ボーイッシュっていうんだよ」

「そうそう、ボーイッシュ!よく言われるんだ俺!」

 なんかドツボにハマっていきそうだ。

稔紀理がなんだか言いたそうな顔をしているのが見えた。

(く…稔紀理め…きっと「ボーイッシュなんて言われた事ないくせに」とでも言いそうな顔しやがって~)

「じゃーなー稔紀理~。お姉さんと仲良くな~」

「うーん、じゃねー」

 稔紀理のクラスメイトと別れて、買おうとする物のためにレジへ向かおうとする。

「はぁー……変な汗でるわ…」

「ふふ、ヒメ兄ちゃん面白かった」

「お前なぁ~」

 軽く頭をぽくっと叩く。

「兄をからかうんじゃないっ」

「えー、下克上ってやつだよー」

「からかうならゆき兄にしろ」

「うーん、だって本気で怒りそうだもん」

「なんだよその理屈…」

「だってヒメ兄ちゃん可愛いし優しいんだもん」

「……か、可愛いとか言うなっ」


「ヒメ兄ちゃんは何も買わないの?」

「金がない。あーあ、しばらく店の手伝いしないとな…ただでさえ俺の為にお金使ってるから…あのバカ親は…」

 服やら何やらでおそらく5万以上を使ったと思われる。

もしかしたら二桁いってるのかもしれない。

お店が別に大儲かりしてるというわけでもない。

きっと家計を圧迫するんじゃないかと感じてなんかいたたまれない。

申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

少しネガティヴな考えをしながら出入り口に向かう。

店を出ようとしたら、見覚えのある黒髪ツインテールの女の子が店内にいるのに気づいた。

「あ、あれって…」

「兄ちゃんどうしたの?」

 緋瑪斗は思わずその女の子の方へ向かった。


「琉嬉さん!」

「……おー。緋瑪斗じゃん。やほ」

 テンション低めに手を上げて挨拶する。

それが逆になんか可愛らしい。

「ど、どうも…」

「また会ったね。よく会うね~。家近いのかな?」

 琉嬉は淡々と喋る。

「ええと、俺はここの近くの北神居町で…琉嬉さんは?」

「僕は北神居町寄りの鞍光市。曲区。近い」

 鞍光市は区が分けられている。

「そ、そうですね…(なんかトークのテンポが合わない…)」

 独特の喋りで少し追いつかない感覚。

でも家が近いというのが分かった。

「あの…あれから何か分かりました?」

「んーにゃ、特に。じっちゃんの方にも聞いたんだけど分からんって。もしかしたらこの地域じゃなくってあっちの方かもねー」

「あっちとは…もしかして」

「そー。本州の方かも」

 本州。

つまり、日本の首都がある、日本で一番一番大きな陸地。

もしかしたらそっちの方じゃないかという話だ。

ここらでの伝承や言い伝えにはないみたいだと。

「でも安心して。なんとかするから」

「そうですか……てか、なんでここに?」

「ん」

 琉嬉が手にしてるもの。

それを無言で見せつける。

稔紀理が買ったゲームと同じものを手にしている。

「…ゲーム買いに来たんですか?」

「そう」

「あー、僕の買ったやつと同じだー」

「そういやそうだね」

「…この子は?」

「俺の弟ッス」

「……妹かと思った」

 稔紀理はずっこけた。

緋瑪斗はそれを聞いて「ザマァ」と言いながら笑っていた。


(しかし…本当に小さいな…。稔紀理と同じくらいじゃん…背)

 稔紀理と琉嬉を相互に見比べる。

ほぼ、同じくらいの背丈だ。

さすがに琉嬉の方がちょっとだけ高い。

「ごめんよ。てっきり女の子かと思って」

「たまぁに間違えられるんだよねー?なんでだろ」

 自分でも疑問に思うらしい。

「稔紀理はまだ小さいからさ。ほら、子供の時って男も女もあまり差がないでしょ?」

「うーん…そんなもんなのかな…?」

「稔紀理はちょっと可愛い顔してるから…」

 変なフォロー。

「ヒメ兄ちゃんだって元々が女の子みたいな顔だったじゃん」

「稔紀理よりはマシでしたよーだ!俺はただの童顔。稔紀理は女顔!」

「…会話が多くて楽しそうな姉弟だね」

「それ程でも…」

 照れる二人。



「いやいや悪いね」

「いえ…せっかく…助けてくれたお礼もしたいし…」

 緋瑪斗は琉嬉を自宅に招く事にした。

学校での危ない時を助けてくれたお礼…という名目で。

近くだし寄って欲しいと話した。

琉嬉は自転車で来ていたらしく、降りて押しながら一緒に歩く。

「私服は案外地味なんだね…見た目が派手な割には」

「今日はたまたまです…」

「ふぅん…」

 見た目が派手。

髪の色のせいだ。

目の色も綺麗な朱色。

これは目立つ。

「ねえねえヒメ兄ちゃん。この子誰?」

「ええと…ね、隣の鞍光高校に通ってる人で…いろいろあって知り合いになったていうか…」

「え?高校生…?」

 自分とあまり変わらない体格。

一瞬目を疑った。

「……んー、まあ、友達だね。あと君とは違うんだぞ。お姉さんなんだぞ」

 クールな無表情のまま琉嬉が友達だねと答える。

「へー……ヒメ兄ちゃんが月乃姉ちゃんと違う女の子と友達ねぇ…」

「なんだよその目」

「へへ」

 笑って話をなかったかのようにする。

立ち回りが上手い。

「ここです」

 緋瑪斗達の自宅に着いた。

お店の正面入口付近。

少し大きめな通りに面している、立地場所。

まわりには他の小さなお店が何件もある。

家自体は三階建てになっていて一階のフロアは全てお店。

奥に倉庫。

住居スペースは二階からになっている。


「…狗依書店……緋瑪斗の家ってもしかして本屋さん?」

「そうですよ。主に古本を扱ってますけど、新刊も一部売ってます」

「ほへ~。取り敢えず中見ようっと」

「はは、行動が早い…」

 先に琉嬉は店内に入っていく。

決して広くはないがびっしりと綺麗に配置された本達。

「お、ゲーム発見……あ、でもこれ知ってるやつだ。お、これは…持ってないな…これいくら?」

 いつも眠たそうな目つきが急に輝きだした。

緋瑪斗は確信した。

この琉嬉という女の子は、「ゲームマニア」だという事を。

「いらっしゃいませー、ってなんだ、緋瑪斗と稔紀理か。ん……その子は?」

「む?」

「あ、こちらは店長でうちの父さん」

「……どうも。彼方琉嬉です」

「これはこれはどうもはじめまして。えーと、稔紀理のお友達か?」

「ちょ、父さん違うって…」

「いいよいいよ、慣れてるから」

 と言いつつその顔はなんか泣きそうだった。


「いやははは、ごめんね~。小柄だからてっきり稔紀理とお友達かと…ヒメの方だったか」

 ゲラゲラ笑う。

発言に関してはストレート過ぎる。

「え?え?何この子?可愛いわね~お人形さんみたい」

「…ちょっと母さんまで…」

「ども」

 夫婦揃ってテンション上がる。

どうしても盛り上げたいようだ。

「うちの親とは偉い違いだなぁ…緋瑪斗のお父さんは僕のお父さんに見た目雰囲気だけ似てるけど性格はまったく逆だよ」

「そうなんですか…はは」

「うるさい親放っておいて、琉嬉ちゃんゲームしよ」

 稔紀理が琉嬉の手を引っ張てる。

いつの間にか仲が良くなっていた。

「そうだね、父さん母さん、俺琉嬉さんと家中に案内するから…」

「あら、遊びに来たのね。じゃあお菓子用意しなきゃ」

 ドタドタ動き回る母親。

「賑やかだね。うちも家族が増えたから賑やかだよ」

「はぁ…」


「あーやられたー、琉嬉ちゃんヘルプー」

「はいよー」

(な、なぜ…琉嬉さんがうちで稔紀理と一緒にゲームを…)

 妙な展開に難色を示す緋瑪斗。

ゲームは二人まで。

のけ者にされてる。

仕方ないので、漫画雑誌を読んでる。

「んー、何?緋瑪斗。こっち見てどうかした?」

「あ、なんでもないです!」

 わたふた。

月乃や玲華以外の女の子を家に招いれた事ないので、なんか新鮮。

まるで小学生のように小さくて可愛らしいので大人の女性…みたいな雰囲気は全然感じない。

(…仕草可愛いなぁ…。俺も真似すればちゃんと女らしくなるんだろうか…。って俺は男だし!)

 首をブルブル震わせて考えを一蹴する。

「ヒメ兄ちゃん、交代ー」

「え、マジか…俺このシリーズあまりやった事ないよ…」

「いーからいーから。僕ちょっとトイレ」

「ほい」

 コントローラーを受け取る。

よく操作が解からないので、説明書を読む。

でもあまりピンとこない。

「読むより実践した方が覚えるよ。ほら、僕が教えてあげるから」

「あ、はい」


 妙な緊張感。

隣にはあまりよく知らない女の子。

それも一応、年上。

そしてこちらから話しかけないとあまり喋らない、不思議っ子。

意を決して話かける。

「あの…」

「んー?」

「俺、戻れますかね…?男に」

「さぁ、それは知らないなぁ。だってその体にした張本人すら分からんって言ってたんでしょ?」

「そう…ですね」

 一瞬変な間があく。

ずいっと琉嬉が緋瑪斗の方へ近づく。

顔を近くに寄せる。

緋瑪斗はドキッとして、少し後ずさる。

「緋瑪斗は、戻りたいの?」

「………あ…え…?」

「緋瑪斗は「男」に、戻りたいの?って聞いてるんだけど?」

「…できれば……戻りたいですけど…。正直迷ってます。親も兄弟も、友人達もいいように扱ってくれますし…」

「……そっか」

 少し曖昧な答えにも察したようにそれ以上強い質問はしなかった。

「あと一番は…茜袮さんに会いたいです」

「茜袮?張本人の?」

「俺を助けてくれた人です。だからもう一度会って、きちんとお礼をしたい…」

「ふむ……」

 お菓子のせんべいをパリッと口に含めながら琉嬉が言い出す。

「んむ…これうまい。焔一族ねぇ…。霊術会なら知ってそうなんだけどなー。ここは名家の力を借りるってのもありかな」

「名家?」

「こっちの話ー。ってかさ、最近変わった事ない?」

「変わった事…?体の事ですか?」

「それは十分承知してるだろ?ほら、なんか見えなかった事が見えるようになったとか…」

 いきなり核心づいた事を言い出す。

「あ…そういえば…」

 思い当たる節があった。

あのラーメン屋での事だ。

「この前偶然に会ったラーメン屋で…人が消えてくような…」

「端っこの席?」

「……はい!なんでそれを…?」

「ふーむ。思った以上に君の体は「こちら側」になってるんだね」

「こちら側…」

 沢村の言っていた話も思い出す。

裏の世界……の話。

それもいわゆるドンパチやるような世界じゃなくもっと異形な世界…。

「君は、幽霊を「視れる」力も持ったんだな」

「ゆ…うれい…?ええぇぇ?!」

 驚愕する。

火を出せるだけでなく、霊をも見る力をつけたという。

「あれは気のせいじゃなかったのか…」

「そ。あの席には幽霊が居た。話によるといろいろあったらしいけど、まあ害はないから大丈夫だと思うよ」

「…そうですか……はぁ」

 またなんか気分が悪くなる感覚に襲われる。

次から次へと出てくる真実に気持ちが追いつかないようだった。

「ひとつ忠告。仮にそれらしいの見えても、相手にしちゃいけないよ。あと気づかないふりするんだ」

「…なぜですか?」

「それは…霊が存在を気づく人を頼って取り憑くからさ」

「……!」

 非常に怖い話だ。

今までそういう類の話は半分程度くらいしか信じてなかった。

でも事実の内容のようだ。


「今は火を出せる?」

「え?ああ…火ですか…」

 右手に念じるように力を込める。

するとあの時と同じような熱いのが沸き起こる。

「おー」

 ボッという音に合わせて火が出る。

でもすぐ消えてしまう。

「家中じゃ怖くてあんまり出せないですよ?」

「あー、それもそうだね」

 琉嬉は表情もあまり変えず冷静だ。

「でも助けてくれた時…なぜか使えなかったんです。なんでだろ?」

「……」

 琉嬉はじーっと緋瑪斗の顔をみつめる。

「あ、あの…何か?」

「アレだよ、アレ」

「アレ?」

「女ならひと月に一回くるアレ」

「……それって…」

 急に恥ずかしくなる。

「ようするにアレのせいで力が思うように使えなくなる…っていう人もいるよ。女の術者でもね。僕も使いにくくなる」

「そんなもんなんですか…?」

「そ。体調もあまり優れなかったんでしょ?」

 ズズッとジュースを飲む。

どこまでもマイペースだ。

「はい…」

 あの時の力が使いこなせい理由がなんとなく分かった緋瑪斗だった。


 稔紀理が戻ってきて会話が途切れる。

「あ、こんな時間か。そろそろ帰らないと…」

 琉嬉が右腕にしてる腕時計を確認して、帰る支度をする。

時刻は夕方6時くらいだ。

「えと…大丈夫ですか?結構遠いんじゃ…」

「んー、別にそこまで遠くないじゃん。自転車だし」

 そう。

琉嬉は自転車出来ていた。

すごく学生らしい。

「琉嬉ちゃん帰っちゃうの?」

「ぶっちゃけ知り合いの家に遊びに行くなんて予定になかったからね。でも楽しかったよ」

 稔紀理は少し寂しげな表情をしている。

「じゃ、また遊んでください」

 深々とお辞儀。

礼儀正しい。

琉嬉は緋瑪斗の方にも視線を向ける。

ちょっと照れくさい緋瑪斗。

「あの、また来てください」

「そうだね。たまにお店覗きに来るよ」

「はい」

 琉嬉が出ていこうとした時。

「たーだいまー。お?」

 佑稀弥が帰ってくる。

「あ、ども」

 琉嬉が軽く会釈。

「おー、これはこれは丁寧に…緋瑪斗の兄でございます」

 変な言葉使い。

この親にしてこの子あり。

どうも変なテンションだ。

「三兄妹お揃いだね」

「稔紀理のお友達か?」

「………」

 説明がするのが面倒になった緋瑪斗だった。




「はぁ…えらく長い一日だった…ような気がする」

 風呂でゆっくりする。

(うーん……。どうも慣れないな…)

 自分の体が未だに見慣れない。

どうしても恥ずかしくなる。

出来るだけ見ないように…してる。

自分の裸なのに。

(不思議な子だよな…琉嬉さん。何もかも見透かされてるような気分だ)

 ちゃぷっと右手を湯船から出して手の平を見る。

腕を何度見返しても、特に何も変わった様子はない。

なんで火を出せるのか、実に不思議である。

「あがるか…」


 特に大きな事考えずに風呂の戸を開ける。

「おわおっ」

 変な声が巻き起こる。

目の前に図体のでかい体があった。

「…………何やってんの?ゆき兄…」

 緋瑪斗は少し驚いたが、冷静にしてる。

その反面佑稀弥は驚いたようだ。

そしてなぜか服を脱ごうとしてる。

「…あ、や、ち、違うぞ!!覗こうとかじゃないぞ!ジョギングして汗かいたから、風呂入ろうとしてただけだぞ!?」

「……あのさ。入ってる時に入ろうとするのはなんで?」

「あ、いや、違う違う!ヒメが入ってる思ってなかった…んだよ…」

 大赤面。

目の前には緋瑪斗の裸。

まともに見てしまう。

緋瑪斗は呆然として、隠しもしないでその場に立ち往生。

そして佑稀弥は脱衣所から逃げるように出ようとする。

「なになにどうしたの?」

「何やってんだ?」

 他の家族も気づく。

「だから違うってぇぇぇ!信じてくれぇぇぇ!」

「佑稀弥!ヒメが入ってるのに!」

「ぎゃー…」

 頼子の回し蹴りが決まった。



「うう、すまない、ヒメ。こんなつもりじゃなかったんだ。一刻も早く風呂入りたくってな…」

「…だったら確認しなさいばかっ」

 ぺちんっと頭を叩く頼子。

「あの、母さん、もうその辺で許してあげて」

「可愛い妹の風呂に入るなんて…やらしいお兄ちゃんね~。ヒメちゃん。母さんと入ろうか?」

「なんでそーなる!さっき入ったし!」

「じゃあ父さんと」

「父さんも黙れ」

「はい…」

 変な家族会議。

佑稀弥の行動は本当に、誤った行動だった。

別に緋瑪斗も怒る様子はない。

というより、あまり事態のマズさを理解できてないようだった。

「ヒメちゃん、いーい?女の子はもっと自分の体を大切にしないと…」

 クドクド言う。

(な、なんで俺まで説教じみた事に…)

(僕関係あるの…?ゲームやりたいのに…)

 かれこれ一時間くらい家族会議が行われた。

巻き添えくらった稔紀理が可哀相だった。



「母さんもあんなに怒らなくなっていいじゃん…」

 ブツクサ言いながらベッドに寝っ転がって携帯・スマホをいじる。

時間は夜の9時くらい。

明日も日曜の休日。

まだ寝るのにはおしいが、少し眠い。

午前中はお店の手伝い。

午後からは稔紀理の子守のように買い物に出かけて偶然に会った琉嬉と家で遊ぶ。

そして夜はお風呂事件。

(うー、もう寝ようかな…)

 休日だってのになぜか疲れを感じる。

スマホは何件かメールを受信していた。

何件かは竜や月乃から。

明日遊ばないか?とかいうお誘いのメール。

あとはメルマガと、琉嬉からのメール。

(…お、琉嬉さんからだ)

『今日はゲーム楽しかったよ。今度ウチのうるさいふかしぎ部と遊びに行くよ』

と、書かれていた。

「う、うるさいのか…」

 なんか不安が出てくるような内容だった。


 コンコンッとドアを叩く音。

「なぁ、ヒメ…ちょっといいか?」

「んー、なに?ゆき兄」

 佑稀弥だった。

「入っていいよ」

「……」

 無言で部屋のドアを開け、ゆっくり入ってくる。

その表情はどこか暗そうだった。

「すまん、ヒメ。俺の不注意だった。裸見たのも謝る。すまん!」

 土下座する。

どうしてこうも熱いのだろうか。

見た目は優男風のイケメンなのに。

行動がイチイチ暑苦しい。

「だーからー。俺は怒ってないって。兄弟なんだから別にいいじゃん」

「そうは言ってもな…。ヒメ、お前本当に女になったんだな…」

「う、うん……」

 改めて言われるとなんか気恥ずかしい。

これが家族じゃなくて、まったくの別の他人だったら?

もしくは竜や昇太郎のような顔なじみが強い男だったら?

一瞬そんな事を考える。

「俺も気をつける。だからヒメも少しは恥じらいもった方はいいぞ。あん時隠しもせず突っ立てたしな」

「……うん…まあ、気をつける」

 どうもまだ見られても恥ずかしいという気持ちがすぐに沸かない。

元々男なので、男に見られてもそういう気持ちにならないのだ。

「男には気をつけろよ?みんなスケベだぜ。ま、男だったヒメなら分かると思うけどな」

「あははは。そうかもね。なんかあればゆき兄に助け求めるよ」

「おう、任せとけ!じゃあ、ヒメ。おやすみ」

「うん、おやすー」

 相当凹んでる様子だった佑稀弥。

最後は頼るような発言をしたら、いつもの調子に戻っていた。

ドアが閉まった後の静寂感。

緋瑪斗はボフッと再びベッドに寝っ転がって天井を向く。

(落ち着けない……今だけかもしれないけど…今は我慢…)


 何かと気の抜けない日々が続く。

この一週間もそうだった。

未だにジロジロ見てくる他の生徒達。

まだわだかまりが解けない一部の女子生徒。

外は外でも視線が気になる。

「ふぅー」

 おもいっきり大きなため息をつく。

(疲れる……、はやく落ち着きたい……)

 心身ともに緋瑪斗はゆっくりしたい、そう願った。


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