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第5話 妖怪というより女としてが大変だ。

 緋瑪斗は腰が抜けた。

朝っぱらからだ。

珍しく早く目が覚めて、シャワーひと浴びして自室でまったりしていた。

制服に着替え終わりまだ読んでなかった週刊の漫画雑誌を兄の部屋からこっそり持ってきて。

佑稀弥はまだ起きてなく、すんなり持ってこれた。

弟の稔紀理は子供だけあって既に起きていたが。

バトル漫画も多い昨今、ふと、自分もこんな力が使えたらなぁ、と思って適当に右手に力を込めて念じてみた。

そしたら………、


炎が出た。


「あわわわわ、燃え移ってないよな?よな?わわわどうすれば?」

 右手が燃えている。

燃えている割には、あまり熱さを感じない。

手のひらから炎が出てるような感覚だ。

「わぁぁぁ!!」

「なんだぁ?!どうしたあヒメー!?」

 バタンッとすごい勢いで父親と佑稀弥が入ってくる。

運が良かったのか、右手の炎は消えていた。

「ヒメ?大丈夫か?どうした叫んで」

「どうしたんだ?パンツ丸見えだぞ?これは絶景ですな、いてっ」

 ポカッと後ろから佑稀弥が蹴られる。

後ろにいた稔紀理のツッコミキックだった。

「あ、ああ…あははは。ごめんなんでもないよ、変な虫がいたんだよ」

「…そうかあ?虫苦手だったけ?ヒメ」

「ほんと、なんでもないから、みんな出てってよ…」

 小さな体をめいっぱい使って家族を追い出す。

 バタンとドアを閉めて、そのドアを背にしてもたれかかる。

「ふぅ……(火が出るって…これって…まさか妖怪の…焔一族ってやつの力か…?茜袮さんみたいな…?)」

 どんどん自覚が出てくる。

妖怪としての力。

母親が用意してくれた姿見。

女の子らしくいつも綺麗にしてないさいと、用意してくれた。

その姿見の前に立って改めて自分自身の姿を見る。

(…ほんと、女だこりゃ。てかこの髪の色……どうにかならないのかな…)

 派手な赤色の髪の色。

赤というより、赤茶髪っぽい表現が近い。

黒に染めてやろうかと思ったが、おそらく元の赤色の髪が出てくるだろうという事で染めるのはやめた。

なんとも不憫だ。

「あ、学校行こう」




 この日も一日、いろいろ忙しかった。

上級生の女子に話しかけられたり、勘違いした男子生徒(主に竜)に声かけられまくったり。

通る度に感じる視線。

ストレスがすごく溜まる一方、月乃達は親切にしてくれる。

一応のバランスが取れてるようだ。

「ねえ、ヒメ…変な事聞くけどさ?」

「何?」

「その髪の色って…どうなってるの?自毛?よね…?」

「自毛だよ。言っただろ?妖怪ってやつのせいで…髪の色も変化しちゃったんだよ」

「目の色も?」

「目の色?……ああ」

 髪の色ばっかりに目が行きがちだが、瞳の色も髪と同じ色だ。

「カラコン…じゃないよね?」

「違う違う。そっか…目も変わってたんだよね」

 自分ではあまり気にしてなかった。

他人から言われて気づく、変化の連続。

ちょっとだけ慣れつつあった自分が少し怖い。

「さて、帰ろう?」

「うん」

 そこで、事件が起きた。



 緋瑪斗と月乃の前に、数人の生徒達が現れた。

この前緋瑪斗に絡んできた上級生の男子生徒達だ。

「な、なんですか?」

「ちょっとオレらと付き合ってくんねえ?」

「ヒメをどうする気ですか?」

「なに?こいつ?」

「でも可愛いじゃん?こいつも連れて行こうよ」

「な…?」

 あの時は佑稀弥とコワモテの竜がいたおかげでなんとかなったが。

緋瑪斗に興味を持ってるのか、強引に引っ張て校舎裏へ連れて行かれる。

「やめてください!」

「ちょ、やめろよ…」

「いいからいいから」


「狗依君さ、本当に女になったのか…確かめさせて欲しいんだよね?」

「…なんでそんな事…」

「元男なら、それくらいいいだろ?男同士なんだから」

「下品だな…男として最低」

 緋瑪斗は同じ心は男として、最低な振る舞いに悔しさを感じた。

「何屁理屈言ってるのよ!ヒメは女なのよ!」

「月乃、いいから…」

「うるさい女だな。お前も確かめてやろうか?」

「な……」

 男子生徒は緋瑪斗が本当に女なのか確かめたいようだ。

ようするに、若さゆえの、性的な暴走だ。

「逃げようヒメ」

「ああ、うん」

 逃げようとする月乃と緋瑪斗。

しかし、掴まれた腕の力が強く上手く逃げれない。

「離しなさいよっ!」

「うるせえな本当に」

 振り下ろした手が月乃の頬を叩く。

「あっ!」

「やめろ!月乃に手を出すな!」

「ヒメ…」

「やるんなら俺をやれよ…(あの時に比べれば、なんてことない。殺されるような事はない…)」

 覚悟を決めてしまう緋瑪斗。

力では敵わないだろうし、抵抗しても無駄だろう。

相手は複数いる。

あの時みたいな力を使えれば…なんとかなるかもしれない。

右手に力を込めてみる。

しかし、あの熱い感覚が来ない。

(ヤバイ…なんで?)

「やれって言ったならやってやるぜ?」

 男の手が緋瑪斗を襲う。

(マジか…こんな奴らが同じ学校にいるなんて…くそっ)

 思いきって腕を掴んでる相手の股間目掛けて蹴りを入れた。

「あぐおっ?!」

 きっかり命中。

男ならではの急所。

元々男である緋瑪斗は少し複雑な感情だったが。

「てめぇ!」

 他の生徒が緋瑪斗に向かってくる。

(…今度こそヤバイ!)

そう覚悟した時。

リィンッ…と、鈴の音が聞こえた。


「ねえねえ、何やってるの?こんな所で」

 聞きなれない甲高い女の子の声が聞こえてきた。

「あぁ?なんだ?」

 一斉に声の主の方へ体を向ける。

「あー、いけないんだー。そんなコトしてー。女の子襲っちゃいけないんだー。犯罪だよー」

 わざとらしい棒読み。

そこには北神居高校の制服とは違う、橙色の明るい色した制服を着た、黒髪のツインテールの女の子がいた。


(…小学生……?でもあの制服は…)

 緋瑪斗の目に入った少女。

自分よりも小柄で、綺麗な黒髪を束ねたツインテール。

前髪はぱっつんというか、綺麗に切り揃えた形。

目はなんだか眠たそうな、クールな目つきしている。

顔は…美少女、だが、童顔。

リンリンと音が鳴ってるのはツインテール状にしている髪を束ねてるリボンと一緒になってる鈴の音だった。

「あー、僕の知ってる男はかなり紳士だけどな~。大人数で女の子を襲ってるなんて…下衆以下の以下だね」

「あ?なんだ?このガキは?」

「小学生か?」

 男子生徒達はその少女の発言にイラつく。

「だめだよ!こんなとこに来ちゃ…」

 叫ぶ緋瑪斗。

しかし。

「御生憎様。僕は君に会いに来たんだよ。狗依緋瑪斗君」

「え?」

 ツインテールの少女はツカツカ足音を立てて近づく。

しかも自分よりも大きな人間達ばっかり。

「なんだお前?お前も剥いちまうぞコラ?」

 一人の男子生徒が少女の前に立ち塞がる。

が、しかし――。

「邪魔なんだけど。どいてくれる?」

 スパンッと凄い勢いで少女は左足で生徒の足元を蹴った。

蹴ったというより、足払いをした。

生徒は凄まじい速さで、空中で一回転する勢いで、頭から地面に落ちた。

「な……?」

 その場にいた全員が驚愕した。

こんな小さな女の子が、自分よりはるかに大きい男を一撃でノックアウトしたのだから。

「はいはい、邪魔するとこうなりますよー。いいかな?」

「な、てめぇ舐めるんじゃなねえよ!」

 型も何もない、大ぶりのパンチ。

しかしまあ、子供相手に暴力を振るってるしかみえない。

緋瑪斗はそんな混乱の中そう感じてた。

でも心配するだけ損だった。

ほぼ、一撃で少女は生徒達をその場に叩きのめしていく。

叩きのめしてると言っても、腕を掴んで投げ飛ばしたり、足払いして地面に突きつけたり…。

「殴って」はいなかった。

 倒れてる相手にぴょこんっとしゃがみこみ、こう言う。

「ねえ、痛い?」

「ひ、ひぃ…お前なんなんだよ?!」

「え?一応人間だけどさ。名前だけでも言っとく?彼方琉嬉かなた るきっていうんだけど。文句あるなら鞍光高校までどうぞ」

「鞍光高校?じゃあやっぱりあの子…」

 男子生徒達の顔が青ざめていく。

何かに気づいたようだ。

「彼方…ってもしかして、転校初日で停学になった伝説の…?」

 少女は頭をポリポリかきながら嫌そうに喋る。

「伝説って…。隣街まで有名なの僕?」

 少女は彼方琉嬉と名乗った。

緋瑪斗は思い出した。

鞍光高校で転校初日にトラブルを起こして、いきなり停学になったヤツがいるという話を。

それも女子だという話が印象強くてどんなヤバイヤンキーなんだろうと思った事があった。

それが今目の前にいる、小柄の美少女だったとは思いもしなかった。



「大丈夫?」

「あ、う、うん…」

「ありがとう…。強いんですね」

「強い…か。普通の人間相手ならね」

 意味深な言葉。

男子生徒達は琉嬉の名前を聞いた途端、恐れをなして逃げていった。

ヤンキー風情の中ではあまり関わりたくない相手の名前だったようだ。

近づけばより小さいのが分かる。

「ね、ねえヒメに会いに来たってどういう意味?」

 月乃が緋瑪斗を少しジト目で見る。

「違うよ!俺は何も知らないし!いやまったく知らないってわけじゃないけど…」

手をブンブン振って否定する。

「怪しい~」

「だからそんなんじゃないって…」

 そんなやり取りを繰り返す二人。

「ふぅん………」

 琉嬉は緋瑪斗の姿を上から下まで見回す。

「あ、あの、何か?」

「いや、元々男だって聞いたから…。御琴みたいな顔が可愛いだけの男ではなさそうだなあって…」

「へ?」

「いや、こっちの話。あれだね、以外に小さいね。背が」

「ああ、そうなんですけどね…。背も低くなって…、ってそっちのほうが小さいじゃん!」

「そうだね、彼方さん、ヒメより小さい…」

 緋瑪斗は現在身長が150cmくらいしかない。

150くらいでも結構小さく感じるものだ。

その緋瑪斗よりさらに小さい琉嬉。

緋瑪斗が見下ろすくらいだ。

(稔紀理くらいじゃないか…?本当に高校生なのか?)

「あーっと、何を思ってるか分かってるよ。どうせ、僕が小さいから小学生とか思ってるんだろ?」

「いや、そんな」

 図星であった。

二人共そう思っていた。

なんせ小さくて可愛らしいから。

その可愛らしい容姿から思いもしない口調と強さっぷり。

ギャップが素晴らしかった。

「言っときますけどね。僕はこうみえても高校二年生。17歳。君らは一年生だろ?先輩なんだぞ」

ふふんっと腰に両手を当てて威張る。

胸はぺったんこだ。

「よ、よく分かりましたね…ここにいる事が」

「んー、それは長年の霊感ってやつかな」

「れ、霊感…?」

 変な疑問を抱きつつ、緋瑪斗と月乃は琉嬉の話を聞く事になった。



 場所を変え、学校近くの喫茶店。

二人は琉嬉を交えて、少しまったりしていた。

そして琉嬉の方から話題を切り出した。

「さて、と。早速だけど、沢村刑事に会ったよね?昨日」

「え?刑事…昨日の」

「なら話が早いね。僕はね、「ふかしぎ部」っていうふかしぎ事件を解決する部活の部長やってるんだけど…君の話を聞いて少し気になったんだよね」

 あの紙に書いていたのはそのまんまの意味だったようだ。

ふかしぎ部・彼方琉嬉。

まさかそのままの部活の意味だったとは。

「気になったというのは?」

「……人間から、妖怪の力を受けて、半妖になった人間もいるとう事。あ、半妖っていうのは半分妖怪って意味ね」

「…はい」

「別に、君だけが半妖だなんて、珍しくはない。実際」

「――――!」

「そ、そうなんですか…?」

 二人は驚く。

驚いてばっかりで言葉がみつからない。

それに、こんな自分と変わらない年齢の少女から出てくる真実の連続。

「僕の回りに何人か半妖のヤツはいるし、先祖が妖怪だっていうヒトもいるよ。もしかしたら近くにいるかもしれないよ?」

「ほ、本当に?」

「…数は相当少ないだろうけどね。ただ……」

「ただ?」

「男から女になったって、性転換した人の話なんて聞いた事ない」

「………ッ!」

 緋瑪斗の表情がさらに変化する。

驚きの連続だったが、ダメ押しの言葉だった。

性転換した者などいない。

もしかして自分はかなり特殊な存在?

そう思うとまた気分が悪くなってくる。

「ごめん、ちょっと…トイレ……!」

「あ、ヒメ!」

「大丈夫だよ。ここは一旦一人にさせておいた方がいいかも」

「でも……」

「僕が思うに今彼は、いや彼女か。とにかく緋瑪斗君は心身のバランスが崩壊してるんだよ。

体は女で心は男…。…難しいけど、あんまり無闇に「女」扱いしちゃダメだよ?って、女の僕が言っても説得力ないけど」

「……………」

 思い当たる節がある。

服を買いに行ったり、体育の授業で無理強いさせたり。

ほんの数日前まで「男」だったんだから。


 緋瑪斗はトイレの鏡の前で立ち尽くしていた。

吐き気があった。

でも今は落ち着いている。

どうも気分が優れない。

体自体はなんともない…と言いたいが正直、ダルさがある。

精神的な問題なのだろうか。

なんとか落ち着きを取り戻し席に戻る。

「大丈夫?」

「うん…。大丈夫。ごめん」

 ずずーっとオレンジジュースを飲み干す琉嬉。

「話途中でしたね…すみません」

「なんのなんの」

 琉嬉は気にしてない様子だ。

「さっきも言ったように、男から女になった例はないと思う。逆もしかり。

ただ、男女の性別を持つ妖怪はいるだろうし、変身する妖術を使う妖怪もいる。

でもね、「人間」で性別逆転するのはきわめてない話だと思うよ」

「はぁ…やっぱり」

「妖怪としての力…薄々感じてるんだろ?」

 じっと緋瑪斗の目を見つめる。

それに耐え切れなくなったのか、緋瑪斗は口を割るかのように事実を述べた。

「…今日の朝、手から火が出ました」

「火ぃ?」

 月乃が変な声を出す。

まわりの客がこちらを向く。

慌てて口を隠す動作。

「ほほーう……」

 驚く月乃とは対照に琉嬉は冷静だ。

顎に指を重ねて考えるポーズを取る。

「なるほどね…。火を操る妖怪か…。考慮しておこう。で、君をその体にした妖怪っていうのはどんな姿?」

「……女の人でした。今の俺と同じ髪の色した、女の人。なんか忍者みたいな和服?みたいな服着てて…火を出してたんです」

「…女の妖怪ねぇ。その情報を頼りにするか~」

 琉嬉は丁寧にメモを取り出し、詳細を記していった。


「できれば男に戻りたい。そう言ってたようだよね?」

「…はい」

「え?ヒメは戻りたいの?」

「できれば…の話だよ」

「……そう」

 なぜか残念そうだ。

「ねえ、詳しく聞かせてくれないかな?何度も話してるかもしれないけど。力になれるかどうかは分からないけど。

少なくとも妖怪の伝はあるから何かと情報くらいは渡せると思うよ?」

「それなら……」


 例の状況を洗いざい話した。

年も近い子だからか、刑事よりは話しやすかった。

聞きに徹したら質問する事もなくしっかりと聞き入れている琉嬉。

「焔一族ねぇ…。聞いた事ないな~。來魅のやつなら知ってるかな?ま、誰かに聞けば解るでしょ」

 他の伝がありそうな素振りだ。

「あんがと。話してくれて」

「いえ、こちらこそ…」

「あ、そうそう、僕の事は親しみ込めて、下の名前で呼んでね。「琉嬉」だからね」

「え、と…琉嬉…さん?」

「そう。僕も君らの事、緋瑪斗と月乃って呼ぶから」

「はぁ…」

 呆気に取られる二人。

唐突の下の名前で呼べ宣言。

おかしなこだわりだ。

「んーと、緋瑪斗君」

「はい?」

「んー、やっぱ可愛いね。一応女の僕から見ても妬けるくらいに」

「な、何を言ってるんですか!」

 あたふたと慌てめく緋瑪斗。

変な汗が一気に出てくる。

「そういう琉嬉さんこそ可愛いじゃないですか~」

 月乃も負けじと緋瑪斗に変わって言い返す。

「あはは、女の子は可愛いって言われてなんぼだよ。僕の場合は違う意味でも言われるけど。悪い気はしないさ。さてと、帰るかな」



 二人は琉嬉と別れたあと、しばらく無言で歩いていた。

自宅にどんどん近づいてくる。

結局あのあとに二人は琉嬉との連絡先を交換した。

何かあれば気軽に…との事だ。

ただ、あっちはあっちでいろいろ忙しい時もあるという。

「ね、ね、ヒメ。良かったよね?だって手がかりがつきそうじゃん?」

「そうだな……」

 上を向いて空を仰ぐ。

どんより雲が多い。

まるで自分の気分と同じのように。

「戻れるなら戻りたい…んだけど、それはひとまず置いておいて。茜袮さんは言ったんだよ。焔の里でって…」

「そこへ行けば何か分かるんだよね?」

「多分。それまで我慢しなくちゃな…」

「………」

 月乃は不安な気持ちがいっぱいだった。

緋瑪斗が男に戻っていいのか。

いや、むしろ戻った方がいいに決まっている。

どこかムズ痒い。

戻らなくても今の緋瑪斗は可愛くて、接しやすくて…。

「…どうしたの?月乃?」

 月乃顔の前に覗き込む緋瑪斗。

「あわ、な、なんでもないよっ」

「ほんとに?今度は月乃が具合悪くなったのかなって…?」

「そんな事ないじゃないっ。元気だけが取り柄なんだから私っ」

「ならいいけど」

 本当は緋瑪斗の方が辛いハズなのに。

逆に心配されてしまう。

「あ、あのさ」

 無理矢理話題を引っ張り出そうとする。

「さっきの…琉嬉さんって…面白い子だったよね?自分の事「僕」って言ってたよ?」

「あー、僕っ娘ってやつだな。俺は俺って呼んでるから俺っ娘になるのかな?」

「そ、そうだね」

「………」

 会話が終わる。

結局、すぐに緋瑪斗の自宅にたどり着いてしまう。

「じゃあ、また明日ね」

「ああ、また明日」

 軽くバイバイの手振り挨拶して、緋瑪斗が中に入っていく。


「また…明日か……」

『あんまり無闇に「女」扱いしちゃダメだよ?』

 琉嬉の言葉が重く深く心に響く。

(…女扱い……してたんだよね私…。ヒメは…緋瑪斗は…心は男のまま…)

 頭がどうにかなりそう。

あまり深く考えてなかった。

自分の都合通りに考えてただけかもしれない。

少し反省しながら、自分も自宅に戻る。




 事件はまたやってきた。

「わわわわぁぁぁッッッ!!!」

「どどどどうした?!緋瑪斗!!」

 今度はトイレからだった。

「血ーーー!!大量の血ぃいいーーー!!」

 血と叫ぶ緋瑪斗。

「何?血だと?大丈夫か?怪我か?!」

 よくわからないが泣き叫んでる男達。

「どうしたの?ヒメちゃん?」

 トイレのドア越しに話しかける。

「いやその。血が。なんか血が。血ががが」

「落ち着きなさいヒメちゃん。血がどうしたの?」

 母親ならでは。

なんとなく気づいてはいた。

「……いや、股間から血が…」

「なるほど。ヒメちゃん。やっぱりちゃんと女の子なのね」

「…へ?」

「生理ね」


 頭が真っ白になった。

緋瑪斗達は居間にいる。

血を拭き終えて少し落ち着いたようだ。

緋瑪斗はようやく理解した。

女でならではの、特有の現象が起きたという事実を。

「待ってなさい。今お母さんので悪いけど…生理用品持ってくるから」

「……あ、はい」

「あら、あんた達は関係ないから早く学校行きなさい」

「おいおい、なんでだよ…」

「はーい、行ってきまーす」

「みのちゃんは聞き分けよくて可愛いわね。ゆっき。アンタも」

「ちぇ……」

 つまんなさそうに出て行く佑稀弥。

「僕も開店準備をしようかな」

 ここは気を聞かせて父親・利美も普段より早めに店の方へ回って行った。


「ヒメちゃん。いい?」

「…なんでしょう?」

「ヒメちゃんは女としての体がきちんと機能してる。これはおめでたい事なの」

「そ、そうなの?」

 元が男だけに、ちんぷんかんぷん。

なんでめでたいのか意味不明である。

「今夜は赤飯ね!」

「なぜ?」

「今夜はヒメちゃんのお祝いパーティーよ~!」

「だからなぜ…」

 舞い上がる頼子だった。



「ひーめーとー」

 外から声が聞こえる。

「あ、やべ…早く用意しないと」

 立ち上がった瞬間お腹の痛みを中心にダルさが広がった。

「え、何これ…」

「あら、だめよ。生理中は体調悪くなるんだから。あとちゃんと準備していきなさい」

「準備?」

「ごめんね~、ちょっと待っててね?今ヒメちゃん準備するから」

「おはようございます。待ってます」

 外には月乃達がいた。

今度から一緒に登下校する事にしたようだ。

緋瑪斗がなぜかいろんな人物に話をかけられるから守るという意味でだ。

力の強い竜もいればなんとか弾除けにはなるだろう。

そう考え玲華が提案した。

ただでさえ目立つ緋瑪斗。

従姉妹として見てられないからだ。

「どうしたんだ?緋瑪斗のやつ?」

「いろいろあるのよ。竜とは違ってね」

「あぁん?オレも忙しい時は忙しいんだよ」

「ハイハイ。竜が忙しいのは遊んでる時だけだよね」

「いちいち小うるさいな昇太郎」

「あだだだ」

 昇太郎の頬を引っ張る竜。

完全なボケとツッコミが完成されている。

「朝からうるさいなー」


 ガヤガヤした中、緋瑪斗が出てくる。

しかしどこか顔色が優れないようだった。

「ヒメおはよ…う。どうしたの?」

「はよ…。いや実は…その……」

「何?」

「ちょっと耳貸して」

「?」

 小さく月乃に朝起きた事を伝える。

「ヒメ…あなた……うん。おめでとう」

「おめでとうって……そんな」

 顔が真っ赤になる。

「ははーん。なるほどね」

「玲華…俺、玲華に何も言ってないんだけど…?」

「いやいや、わかりますとも。同じ女性として、ネ」

「あぅ…」

 玲華は聞かずともまたもや察する。

相変わらずするどい感性を持っている。

いつも細い目がなんかいやらしく緋瑪斗には見えた。

「あ、あの、昨日とか具合悪かったのって…もしかして、せ、生理のせいかな…?」

 恥ずかしそうに言う緋瑪斗。

「んー、人それぞれらしいけど、前日から体調が変化するのはよくある事だよ。気分が悪くなったりしてたのはそのせいかもね」

「そ、そうなのか……」

「そうなの。今度から気をつけてね」

「ああ、そうだね…」

「…………」

 月乃は琉嬉が言った言葉が耳に焼きついて忘れられない。

「女」扱いを強くしない方がいい、と。

でも緋瑪斗がどんどん「女」として変化していっている。

「男」としての心を置き去りにして。

不安が募って仕方ない。

「……俺って…やっぱ女なんだよな」

「…!」

 かける言葉が今はみつからない。

どうしていいのか、見当がつかない。

「ま、いいや。琉嬉さんを頼りにするしかないよね」

「そう…だね」

「ルキさん?誰?それ」

 竜が食いつく。

「あ、いや…ちょっとね」

「男か?男なんだな?緋瑪斗をたぶらかす野郎の名前か?!」

「だからそんなんじゃないって…まったく面倒なヤツだなぁ…」

「ルキって誰?」

 竜以外も気になり始める。

「ひとことで言えば……日本人形みたいなロリっ子?」

 あっけらかんと月乃が言う。

「そ、それは酷すぎるんじゃないの…?」

 と言いつつ、的を得てる言い方ではあると思い、緋瑪斗も少し笑いそうになる。

「でも有名っぽかったし」

「へぇ…」

「日本人形?何言ってるんだ?」

 なんの話やらさっぱり。

しかし勘の鋭い玲華はこの話でも気づく。

「ふむ…ルキ。ルキ…ルキ…。どっかで聞いたような……。あ!」

 ぽんっと手を叩いて、何かに気づいた。

「あれだ、鞍光高校の「凶暴な天使」」

「凶暴な…天使?」

 変な通り名に関心を示す緋瑪斗と月乃。

「転校初日で暴れたっていう、天使みたいに可愛い女の子が実は凶暴でしたっていう話」

「へ、へぇ…」

 あの戦い慣れた動きを思い出して納得してしまった。

「たしかに…天使みたいに可愛かったなぁ。あんな妹欲しいな」

「でも年上だって言ってたろ」

「そうだったけ?」




 あれ以来、学校でも華村達はつっかかるような事はなくなった。

でも時折嫌そうな顔をしている。

「かー、また体育かー、面倒だなー」

 でかい声でまた文句を言う。

竜の文句にいちいち付き合う昇太郎。

「つべこべ言わずに着替えに行くよ」

「へいへい」

 体育の授業。

今度は更衣室が使える。

この前は女子の方でひと悶着があったが今回はどうだろうか。

緋瑪斗の姿は女子更衣室にはない。

「ねえ、月乃ー?緋瑪斗君は?」

 他の女子が気になる。

華村は何も言わない。

「あー、ヒメはね……生理がきちゃったみたいなの」

「えー?本当にー?」

「益々女じゃん。ねー?」

「そうだねー」

 いなきゃいないで緋瑪斗の話題はつきない。

(………!!)

 華村の表情が変わる。

(狗依が……)


「ええと、今日は休みます…体調が優れないので」

「ああ、無理をするなよ。この前のような事もあるし…」

「はい…」

 すんなり休みの許可が取れた。

ついこの前の衝突事故もある。

華村はまたもやムカついてる、と言った表情しているが何も言ってこない。

「体調が悪い理由はなんかあるのか?」

 何気なく村井先生が緋瑪斗に聞く。

「あ、いや、その………でして」

 真っ赤な顔で理由を言うが小さくて聞き取れない。

「ん?なんだって?もう一回」

「せ、生理でして…」

「…ははーん。なるほどな……。だからか。すまん。聞いた先生が悪かった」

 ぽん、と緋瑪斗の頭に手を置く。

「女は大変だよな。いろいろと。先生も一応女だから解かるぞその痛み」

「痛み…ですか」

 デリケートな問題。

緋瑪斗は未だにピンときてないようだ。

「すみません…次はちゃんと参加します」

「気にするな」

 ちょこん、と隅っこに座って見学する。

この日は緋瑪斗だけだ。

他の生徒達は楽しそう(?)にバスケの授業に勤しんでる。

暇な緋瑪斗は、あれこれキョロキョロ見回す。

(やっぱ男子の方が迫力あるなぁ。女子は…月乃がキレのある動きしてるし、華村さんもいい動きしてる)

 ふと女子の方にも目を向けると華村と目が合った。

「…あ」

 華村は気にしてないフリして違う方に顔を向けてしまった。

「…まだ怒ってるのかな」


「よう、緋瑪斗」

「竜?」

「今日は見学かぁ?どうしたんだ?」

「まあね……」

「元気ねえなあ。なあ次の休みの日、オレん家で遊ばねぇか?またいつもみたいにゲームしながら」

「うん、いいよ」

「よっしゃ~!楽しみにしてろよ!」

「うん」

 相槌うった時だった。

「ぶべっ?!」

 竜の顔面にバスケットボールが直撃した。

「んぬおー!誰だぶつけたやつわ~!!」

 パスミスしたボールが運悪く竜の顔面にぶつかったのだ。

そして竜もタフだ。

あんなに勢いよく直撃したのに、よろめく事もなく、犯人探しに猛ダッシュで向かっていった。

「元気だね…男ってやつは…」

 その発言にハッと気づく。

(今、俺、男を別にして考えて言ったよな…)

体が女であれば心も女になっていくものなのか?

そんな風にぼんやり考える。

少し痛むお腹をさする。

(…お腹痛い。薬飲んだから少しマシになったけど…。なんだか、妖怪というより女としてが大変だ。……辛い)

 緋瑪斗は女としての実感を、着実に感じていた。




 家に帰って、少し休んでたらいつの間にか寝ていた。

時計は夜の7時。

「あれ、寝ちゃった…。まだ体調良くないや」

 制服のままだった。

このままでもなんだから、着替える。

タンスの中は女物ばっかりになってる。

下着もだ。

でも緋瑪斗がなんとか言って男の時の物は捨てないでと頼んでおいた。

(面倒だから男物でいいよな。でかいけど)

パパッと着替える。

姿見を確認する。

(……男物着ても……女だなぁ。どう見ても)

 その理由は全体的に線の細い体。

そして出る所が出てる大きな胸。

顔は言わすもがな。

着替えて居間がある一階へ降りる。

すると、夕食が豪華だった。

そして勿論赤飯だった。

「ま、まじで…?」

「ヒメちゃん、初潮おめでとう~」

「おめでとー」

「なんで玲華と月乃まで…?てかでっかい声で言わないでよ!」

 顔が赤飯のように一気に赤くなってしまう。

「お呼ばれしました~」

「した~」

 右手で頭を抱える緋瑪斗。

(なんなんだこりゃ…?)

 訳が完全に分からない。

別にここまでやらなくてもいいだろう、という思いだ。

「ねえねえ、玲華お姉ちゃん。ショチョーって何?」

「そのうち学校で習うわよ。いい子は気にしない気にしないー」

「うーん、よくわかんないけど、おめでたいんだね?」

 納得はしてないが、この盛り上がりの乗っかる事にした稔紀理。

「何もここまで大袈裟にしなくてもいいんじゃない?」

「いいんだよ、ヒメ。これはお前が大人になったという証なんだから」

「そうよ~。ここはどんどん甘えちゃってね」

「……なんだか男に戻りづらいな…戻れるって確定してるワケじゃないけど」

 考えが揺らいでしまう。

ここまでやってもらうのも変な話だ。

それだけ緋瑪斗の状況を受けいられてるのだろう。



「御馳走様でした」

「またね、緋瑪斗君」

「ああ、悪いね。うちの親がなんだか…」

 玄関先。

二人は帰るところだ。

見送る緋瑪斗。

「いいのいいの。ヒメ。頑張ってね」

「え?」

「あはは、なんでもない」

 小さい声だったので緋瑪斗には聞こえなかったようだ。

「さ、帰ろ。近いけど」

 二人の家は目と鼻の先の距離だ。

「うん。じゃあ…」

 緋瑪斗がドアを閉めると同時に沈黙が訪れる。

二人は歩き出す。

「月乃、元気ないわね。どうしたの?」

「玲華には隠せないね。はぁー」

「何年の付き合いだと思ってるの?」

「かれこれ…10年以上?」

「そうね。緋瑪斗君は私とは親戚だからいいとしても、竜や昇太郎君達とも同じくらい…」

「たかが10年。だけど大きな10年だけどね」

「そう……だね」


 これ以上二人の会話はなかった。

むしろなくても言いたいような内容は分かる。

それだけ長い付き合いだ。

緋瑪斗だけは男から女に変わった。

それだけで、いつしかこの絆が壊れそうで……怖い。

そんな不安を抱いたまま、一日が終わる。


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