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第4話 焦りは気持ちを害するのかな。

「おはよー」

 何も変わらず月乃が挨拶をしてくる。

「はよ…」

 しかし緋瑪斗は元気ない挨拶だった。

翌日の学校。

先日は緋瑪斗は家族に話す暇もなく、疲れ果てて夕飯を食べたあと、すぐに寝てしまった。

たっぷり寝てしまったのか、また寝坊しかけてドタバタしながら家を出てきた。

だがなぜか佑稀弥は待っててくれたらしく、一緒になって走ってきたのだ。

といっても元から運動スペックは叶うわけなく、途中で抱き抱えられてなんとか遅刻せずに着いたのだ。

改めて兄の偉大さを違う意味で知らさせる。

「おはよーさんっ!緋瑪斗!」

「おはよー」

「竜か…おはよ」

 うるさい声と共に現れる竜&昇コンビ。

「昨日はどうだったんだ?今日は俺らと帰り遊び行こーぜ!」

「だめよ、竜なんかと」

「はぁー?なんだよ。緋瑪斗は元々俺らといつも行動してたんだぜ?緋瑪斗はやらんぞ!」

「それはこっちのセリフよ!」

「朝から何やってるんだよ二人共!」

 昇太郎が止めに入る。

「嫁に出す親父かっての…」

 冷めたい目で事態をみてるしかない緋瑪斗だった。


 登校二日目。

まだ二日だとしても、回りの反応はさほど変わる事もなく相変わらずいろいろ聞かれる。

違うクラスならまだしも、違う学年からもわざわざ見に来る生徒も。

何がおかしいのか、見世物になった気分で落ち着けない。

月乃達がなんとか庇ってくれるので多少はマシになったが。

そして問題の授業が来た。


「次体育かーかったりーなぁ」

「着替えるのがなー」

 愚痴る声が聞こえる。

ガヤガヤする教室内。

男子は教室で着替え。

女子は別の教室で着替える。

更衣室もあるのだが、別のクラスや学年と体育の授業が被ると着替える場所がなくなってしまう。

そのため教室で着替える日もある。

緋瑪斗はおもむろに制服を脱ぎ出す。

(たしかに着替えるのは面倒だよな…)

 特に何も深く考えてないようだ。

Yシャツまで脱ぎだしてしまう。

回りの男子生徒は動かしてた手をとめて緋瑪斗の方に目が向いてしまう。

(おい、狗依のやつ着替えだしたぞ?)

(まじか?いいのかあれ?)

(すげー、本当に女なんだな)

 コソコソ話す声がする。

しかしそれに気づかず着替えようとする。

「お、おい、緋瑪斗。いいのか男の前で着替えて?」

 さすがの竜もこの状況をまずいと思ったのか緋瑪斗に声をかける。

「…え?あ……やべ」

 事態に気づく。

「ヒメー!!!」

 ガララッと、勢いよく教室の戸が開く。

月乃だ。

「あんた、なんで男子と一緒に着替えてるの!」

「あ、いや、そのね…俺男…」

 無理矢理腕を掴まされて女子側に移動させようとする。

しかし緋瑪斗の格好は着替え途中でブラも見えたままだ。

「いいから、こっち来る!」

「ええぇぇ待ってよ!このままじゃああぁぁ……」

 緋瑪斗の声が小さくなる。

「あー行っちまったなー」

「残念…もう少しで見えそうだったのに」

 などと、残念がる声。

「男だったせいか、無防備状態だね」

 昇太郎の言葉。

たしかに、元々男だから、そのクセが抜ける訳でもなくいつも通りに着替えていた。

無防備に見えてもおかしくない。

その言葉に竜は、

「おい、お前ら!緋瑪斗は俺の親友だからな!お前らには渡さんぞ!」

「……何バカな事言ってるんだよ…竜」

 てっきり守るような発言するのかと思った矢先、頭を抱えて心底ガッカリする昇太郎だった。


 目のやり場が困る。

女子達が着替えてる。

露出の高い下着姿を晒してるようにしか見えない。

緋瑪斗の顔は真っ赤だ。

「ヒメ…なんで男子と一緒に着替えてたの?」

「う、なんとなく……てか、女子と一緒じゃヤバイかなって思って…」

「まぁまぁ、緋瑪斗君なら大丈夫よ」

「そうそう」

「女の子なんだし」

 というねぎらう声多数。

しかし一部では拒否する子も。

「体は女でも心は男のままなんでしょ?」

「そうよね~」

「私は嫌よ!」

 突っかかってくるクラスメイトの女子生徒達。

その中のリーダー格の生徒の華村はなむらという生徒。

見た目はクールそうなロングヘアーで綺麗な黒髪。

前から気にならない事があれば何かと噛み付くタイプ。

「なんでよ!ヒメは今女の子なんだよ!」

 緋瑪斗を庇うように月乃も文句を言い返す。

「男だって言うなら男の方へ着替えなよ!」

「そういう訳にはいかないじゃない!あんたバカなの?」

「なんですって?!」

「なによ!」

「ちょっとちょっと…落ち着いて、ね?」

 目のやり場に困りつつ、緋瑪斗がなぜか仲裁する羽目に。

月乃の後ろから両手を腰周りに回して止めにかかる。

(月乃がこんなに強気な性格だったなんて知らなかった…)

 だが、こういう行動取るのも自分のためというのも把握している。

自分のために月乃が傷付くのも見てられない。

そういった想いでどうにか止めようとする。

しかし今は自分の方が体格が小さい。

体の大きさが違うだけで抑える力が足りない。

「ああ、もう!!」

 体重をかけて後ろに倒れこむように目一杯引っ張る。

するとどうだ。

あの時のようになんか力が沸き上がってくる感覚が。

ブワッと月乃の体が浮く。

「え…?ちょっと…ヒメ……?!」

「あー…」

 ぼふっと少し鈍い音を立てて二人共倒れた。

緋瑪斗が下になる形になる。

ゴンッ、とさらに変な音が聞こえた。

「キャー…」

 悲鳴が隣の教室まで聞こえてきた。



「何があったんだ?」

「し…知らないよ」

 隣の教室で着替えてた男子達も驚いてた様子。

なんせ、謎に悲鳴が上がったのだから。

その騒ぎの内容を聞いた竜だが、緋瑪斗にはうまく避けられた。

結局緋瑪斗は、トイレに行き、着替えた。

あの状況ではどうも面倒になりそうだったので。

それと月乃はというと…。

「何やってんのヒメ!あんたはこっち!」

「ああ、ちょっと…」

 大事には至らなかったものの、緋瑪斗はともかく月乃は後頭部を床にぶつけた。

緋瑪斗がクッションになったので強くぶつける事はなかったようだが。

しかし大きなたんこぶが出来てしまようで、ずっと頭を摩っている。

頭を摩りながら月乃が緋瑪斗の元にやってくる。

「後でな。緋瑪斗」

「ああ…」

 成すがままに、引っ張られていく。

男子女子共に、体育はバスケットボール。

「何話してたの?」

「別に大した話じゃないよ」

「ふぅん…?しかし…痛い」

「ごめんってば…」

「まあ、私も悪かったんだし…いいよ別に」

 咄嗟に出た行動で、月乃を持ち上げてしまった。

そのまま投げっぱなしのジャーマンスープレックスみたいな形で倒れ込んでしまったのだ。

「ねえ、ヒメ。さっきの…あんなに力あったの?」

「え?」

 ギクッとした。

「ええと……よくわかんないだけど…さ。普通の力を込める感じじゃなくって…なんか念じるようにしたら…変な力出た」

「……なにそれこわい」

「この前服買いに行った時も…変な男に絡まれた時も、投げ飛ばすくらいの力出たんだ」

「…本当に?」

「妖怪の力…なのかなって思って」

「…なるほどねえ」

 納得したように、腕を組み頷く。

「でもあれだよ、普段はマジで力出ないんだって!男の時よりも全然力弱くなってさ…」

「体力や力は女の子並みって事?」

「うん」

「はぁー……ほんと、困った子ね。ヒメは」

「困った子って…なんだよそれー」

「アハハ、次は私達の番だよ」

 月乃達の番。

バスケの試合形式で授業をしている。

まずは試合をして、足りない部分などを練習するといった内容だ。

これからしばらく体育はバスケット。

最終的には本格的な対抗戦をするという。

「んー、元から俺って運動音痴なんだよね~。男の時でも女子に混ざっても多分違和感ないと思うよ」

「あははー本当にー?」

 緋瑪斗を好意的に受けいられてる女子達には楽しそうに会話をしている。

先ほど月乃と言い合いした華村は楽しくなさそうな顔をしている。

「でも前から緋瑪斗君って、女の子みたいだったよね~」

「えぇー…それはちょっとショックなんだけど。どっちかというとひ弱そうなのは昇太郎の方じゃね?さすがに竜とは比べ物にならないけど」

「でも顔の差で緋瑪斗君の方が女の子っぽかったよ」

「今は完全に女の子だけどね」

「…それは言わないで」

 そうしてるうちに試合が始まる。

相手チームはなんの因果か、先ほど言い合いした華村達だった。

「これは負けらんないよ。ヒメ」

「……えー………」

 自分のせいとはいえ、なんでこんな事に巻き込まれるのか、少しだけ納得いかないようだった。


 緋瑪斗と月乃チームと華村のチームの試合が始まる。

所詮素人の試合。

ちゃんと試合になるのかどうかは分からないが、笛が鳴り始まってしまう。

ジャンプボールで開始。

弾かれたボールの行方はまずは月乃の手に渡った。

緋瑪斗は何をしていいのか分からず、なんだかあたふたしている。

「はは、見ろよ緋瑪斗のヤツ。おもしれーなー」

「笑ってていいのかな…?」

 竜と昇太郎が見守っている。

やはり緋瑪斗が気になるようだ。

気になるのはこの二人だけじゃなかった。

他の男子も見ている。

「なんだよお前ら?」

「いや~、だって狗依ってさ、可愛いじゃん。男だったとは思えないよな」

「だよな~」

「…可愛い……か」

「思いきって告白でもしたらOK貰えたりして?」

「バカ言うなよ。男だったんだろ?」

「いや案外…」

 などと、こちらはこちらでアホな会話をしている。

そんな男子共の事は露知らず、女子の方は盛り上がっていた。


 月乃の華麗なシュート!

見事に決まる。

負けじと華村もシュート!

こちらも外れそうになりながらも決まる。

攻防一体。

いい試合となっている。

「……はぁはぁ…月乃、上手だな」

「こう見えてもスポーツは大好きだからね!」

「じゃあなんで運動系の部活に入ってないのさ」

「え、だって面倒じゃん?」

(ダメだコイツ。才能を無駄にしてやがる)

 緋瑪斗のがっかり感は高かった。

でもそのおかげでいい試合運びとなっている。

緋瑪斗は走り回ってるだけ。

ボールが回ってくれば、月乃か近くにいる生徒にパスするだけ。

役に立ってるのか立ってないのか。

「もう、何やってんのよ!あんた達!」

 華村がしびれを切らして、一人ドリブルしてゴールへ向かう。

華村も決して下手ではなく月乃と対等に渡り合っていた。

「しまった!ヒメ!」

「え?俺?わわっ」

 なぜかゴール下にいる緋瑪斗。

華村が向かってくる。

「ヒメ!とめてー!」

「そうはいかないわね!」

 華村も華麗にレイアップシュートをする体勢になる。

「止めるってどんな風にだよ!」

 などと言ってるうちに、無理に前へ出る。

するとどうだ。

見事に…

「きゃぁっ!」

「うひゃっ」

 二人ぶつかるのだった。


 まさかの展開だった。

緋瑪斗と華村が衝突したのだ。

華村に比べてかなり小柄の緋瑪斗にはもっと強い衝撃だったに違いない。

「緋瑪斗がぶっ飛んだね、竜」

「くそ…華村ーっ!卑怯だぞー!突撃するなんてなんて羨ましい…じゃなくて、卑怯だ!」

「どっちなんだよ…」

 女子どころか男子までもワッと歓声が上がって盛り上がる。

「ちょっと…なんでぶつかってくるのよ!」

 華村の方は大した事がなかったようだ。

しかし緋瑪斗はぶつかった衝撃で、遠くまで吹き飛ばされて尚且つ体育館の壁にぶつかっていた。

倒れたまま起きてこない。

「……え?ちょっと…?」

「ヒメ!!大丈夫?!」

 最速で緋瑪斗の元へ向かう月乃。

その後何人かも向かっていく。

「うぅ……」

「ヒメ……?」

「先生、緋瑪斗君が!」

「おい…狗依…?」

 体育担当の女性教師も向かう。

しかし緋瑪斗は立ち上がらない。

相当衝撃があったようで気を失ってる。

「やばいな。保健室へ向かおう。体育委員、ちょっと頼んだ」

「はい…」

「ヒメ…」

 泣きそうな顔する月乃。

「オレが運ぶ。力仕事なら任せとけ」

 いつの間にかいた竜。

倒れた緋瑪斗をお姫様抱っこの形で抱えて、保健室へ向かう。

それに続く月乃と教師。

「…華村~やり過ぎだぜ~」

「そうだそうだー」

 などと、男子女子からクレーム。

「わ、私は……そんなつもりじゃ…」

「………華村さん、たしかにやり過ぎと言われても仕方ないけど…これは事故だから。あまり気にしちゃいけないよ」

「…山下」

「でもさ、緋瑪斗は今は有名人だし、なんかアイドル的存在になっちゃてるしね。今はあまり敵意出すのも良くないよ?」

「…………」



 ――(あれ、ここは?白い天井…)

なんか前と似たような光景。

そうだ、女になった時と似ている。

途中の記憶がなくなり、起きたら病院だった時と同じような。

「…またっ?!」

 ガバッと急に起き上がる。

緋瑪斗の周りには数人。

「あ、ヒメ!大丈夫?」

 抱きついてくるの月乃。

「つ、月乃?」

「緋瑪斗~オレも!」

「あんたはだめ!」

 抱きついてきた竜を上手くかわす月乃と緋瑪斗。

「あー、大丈夫か?すまないな。私がいながら…」

 女性体育教師の村井先生。

心配そうな顔をしている。

「あ、いや……大丈夫です」

「あら、だめよ。頭ぶつけてるらしいから」

 保健室の養護教師が動くのを止める。

たしかに、後頭部の方が痛いと感じる感覚がある。

緋瑪斗は右手で後頭部を触ってみる。

「…痛い」

「大丈夫?」

「大丈夫だよ。てか、さっきの月乃みたいだな」

「さっきの?」

 二人以外ははてなな顔をする。

「あ、あはははは、なんでもないです。私もさっき頭ぶつけちゃって…えへへへ」

 変な笑い方する。

頭をぶつけた同士。

変な偶然もあったもんじゃない。

「退院したばっかりなのに、また病院送りになるのは御免だね」

「そうね。華村さんに文句言ってくるっ」

「オレもだ」

「あああ、あー、ちょっと待てって…」

「なんでよ?あんた吹っ飛ばされたんだよ!ムカつかないの?」

「いや、あれは俺も悪いんだし…てか先生がいる前でケンカ腰はよくないんじゃないか…?」

「そうだぞ。沢城、三島」

 先生達がいるのを忘れてる。

「…この件は私の責任でもあるな。華村の方にも私からも言っておこう。生徒の誰が悪いという問題じゃない。監督不行き届きで先生の責任だ」

「先生がそう言うなら…」

 この場は村井先生の計らいでおさめる。

普段は少し厳しい事も言う先生なのだが、今回は責任を感じて落とし前付けるようだ。



「か~っ納得いかねぇ!」

「声がでかいよ竜」

「村井先生は何も悪くねーだろーが!」

「…そりゃそうだけど、事故だし」

 何事も無駄にでかい竜。

怒りが収まらない様子だが、華村の方は静かだ。

華村だけじゃない。

クラス中が静かになっている。

だから余計に竜の声が響くのだ。

月乃の姿はない。

緋瑪斗に付き添ってるようだ。

「あー、なんかクラスの雰囲気が悪くなっちゃったね」

「ケッ、誰のせいだか…」

「それを竜が言うの?」

「へんっ」

 プイッと窓の方へ顔を向ける。

自分でも分かってるのだが、ここは華村を攻めても仕方ない。

当事者でもないのだし。

やり場のない怒りがどうしようもない。

そんな静かな教室の中、戸が開く音がした。

「よーし、お前らー、静かに…してるな」

 担任の木村先生だった。

「なんだ、きむせんせーか」

「ブーブー」

 ブーイングが起きる。

「あのー、どうしたんですか?先生?」

 木村先生の後から入ってくる緋瑪斗と月乃。

「緋瑪斗!」

「緋瑪斗君!」

「狗依!」

 一気にクラスの雰囲気が明るくなった。

最早みんな緋瑪斗の注目の的。

その勢いに少しうろたえる。

「あ、あの…何の騒ぎ?俺何かした?」

「された方じゃないの」

「…うーん…」

 チラッと華村の方を見る。

すると視線を外すように華村は違う方向を向いた。

(………)

「よーし、狗依、大丈夫だな?」

「え?ああ、はい」

「あまり無理しないようにな」

「はい…」

 席に戻る。

と言ってもすぐ昼休み。

各々チャイムの音が鳴ると教室から出て行く者やすぐ弁当を広げる者。

それぞれだ。

華村も教室から出て行く。

一人だ。

他の付き添い達は出て行かない。

緋瑪斗は華村を追いかけるように出て行く。

「ヒメ、どこ行くの?」

「…んー、お手洗い」

「そ、そう」



「華村…さん」

「狗依?なんで…」

 緋瑪斗は華村を追いかけたのだ。

その華村を呼び止める。

「俺が気に食わないのは…分からない事もないけどさ。俺も出来るだけ女子との接触も避けるつもりだし」

「なぁに?あんた、元が男だからそう言うの?」

「体は女だけど、心は男のままだから。みんなは女扱いするけど…みんながみんな受け入れれないのは理解している」

「だから何?」

 一息を置いて緋瑪斗が再び喋る。

「俺は元に戻る方法を探している。それまで、我慢してくれないかな?」

「元に……戻る…ですって…?」

「うん。戻れるなら戻りたい。だって俺は「男」だったんだから。中身は「男」なんだから」

「……勝手にすればいいじゃない」

 またもや視線を外し後ろを向く。

「ぶつかったのは俺も悪かったよ。あと月乃はともかく、竜のやつうるさいからな。華村さんも無茶するなよ。孤立しちゃうよ」

「う、うるさいわね…!」

 顔は緋瑪斗の方からは見えないが、かなり赤面していた。

「華村さんは悪くない。俺が全部悪いんだよ。体育の時も俺が鈍感だし。気にしないでいいから。ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げる緋瑪斗。

頭を上げたら少し悲しそうな笑顔を見せる。

「……そ、それならいいのよっ。それなら…」

「うん」

 華村はその場から素早く離れる。

(…ムカつく!なんなのよ!なんであっちから誤ってくるのよ!悪いのはどうみても私じゃない!

あの顔…、あの仕草。可愛いじゃないのよ!元男のくせに…!戻るなんて勿体無いじゃないの…。って、何あたし考えてるの…?バカバカしい……)



「何事かと思ったらそういう事か…なるほどね」

 物陰から見ていた玲華。

緋瑪斗の姿が見えたら気になって声をかけようとしてた。

しかし華村と話をしだしたので出るに出れなかった。

とはいえ、なんとなく会話で察したようだ。




 放課後、緋瑪斗の様子は大丈夫だった。

足取りも悪くなく、ちゃんと動けるようだ。

「しかし華村のヤツ謝りもしないで…ムカつく女だぜ。顔はいいくせに」

「最後の言葉はなんだかおかしいけど竜がそんなに怒るのもお門違いじゃない?」

「うるせえ昇太郎」

 相変わらず変な事ばっかり言っている竜。

まるで漫才のようにツッコミを入れる昇太郎。

前ならそこからさらに一歩引いて発言していた緋瑪斗。

今はどっちかというと月乃達女子寄りになってしまっている。

「大丈夫?ヒメ?」

「大丈夫だって。月乃の方こそ大丈夫なの?頭?」

 体育の授業を始める前にジャーマンスープレックスみたいな技をかけてしまった。

しかし月乃の方も問題なさそうだ。

「大丈夫よ。この子の頭は頑丈だから。そうねえ、ダイヤモンドくらい硬いかな?」

「玲華!アホな事言わないで!」

「あはは、ごめん。でもあんたこう見えて体育会系っぽいし」

 こちらはこちらで茶々入れる。

仲良しコンビだ。

「こら、月乃!オレらの緋瑪斗を取るんじゃねぇ!」

「なんでよ!ヒメはあんただけのものじゃないんだよ!」

「物扱いしないでよ…」

「…緋瑪斗君」

 緋瑪斗の肩をトントンと指で叩いてこっそり呼ぶ玲華。

「ちょっといいかな?」

「何?玲華?」

「昼休みに華村さんと話してたでしょ?」

「…見てた?」

「まぁ、そりゃ廊下で話してたら気づくよね。で、なんか進展あったの?」

「進展って……、うーん、俺は男に戻りたいからそれまで我慢してって言ったけど」

「戻りたいねぇ…。で、アテはあるの?」

「ない」

 キッパリ言う。

なんにも手がかりがない。

茜袮も現れない。

どうしようもない手詰まり状態のままだ。

「そのうち何とかなるさ。戻れるなら早く戻りたいけど、今は仕方ねえさ」

「………そうね」


 帰り道、緋瑪斗含む総勢5人で帰宅。

みんな元々家の方向が大体同じで、高校も歩いて行ける距離。

小中高とも、似たような登下校が多かった。

とはいえ男子組女子組は中学くらいから少し疎遠になっていたのだが。

今は緋瑪斗のおかげ(?)でまた同じようなメンツになっていた。

このメンバーに時折、緋瑪斗の兄の佑稀弥や、弟の稔紀理が混ざってたりしていたのだ。

その道中だった。

一人の背の高い、サングラスをかけたスーツ姿の男が高そうな車に寄りかかって緋瑪斗達を見ていた。

「…なあ、あのお兄さんこっち見てね?」

「見てるな」

「怪しいな。ヤクザ?」

「まさか」

「緋瑪斗の可愛さに見とれてるとか?」

「なによそれ、私達は?」

 などと、勝手な推測をする。

変な話してるうちに男がこちらに歩いてくる。

「お?なんだ?(って、デケェ?)」

 竜が身構える。

近づいて見て分かる、男の背の高さ。

竜よりもさらに高い。

「……君が、狗依緋瑪斗…君?いや緋瑪斗ちゃんと言ったほうが良かったかな?」

「…!なんで俺の名前を?」

 ババっと、竜と月乃が緋瑪斗の前に守るように出てくる。

「おっとっと~、そんなに警戒しないでくれよ。俺は警察だから」

 慌てたように、胸ポケットから警察手帳を取り出して全員に見せる。

「ほんとだ」


「で、警察の方はヒメに何の用で?」

「…いやぁね、ちょっとお話聞きたくてね。あの朝の事を」

「………!!」

 緋瑪斗は驚く。

もしかして何か知ってるのか、と。

「いやいや、だからそんなに警戒しないでくれよ…困ったなあ」

 緋瑪斗以外はずっと警戒したままだ。

「みんなちょっと待ってて。俺、話してくる」

「…ヒメ!大丈夫?」

「大丈夫だって。警察の人なんだから」

「おーおー、当の本人は聞き分けいいじゃないの」

「むっ」

 みんなが男を睨む。

(こ、怖えぇ…)


 少し離れた所で会話を始める。

男は沢村洋吉と名乗った。

自身が鞍光市警察署の刑事だと。

しかしここは北神居町。

鞍光市は隣だ。

実は北神居町は警察署がない。

なので隣の鞍光市が管轄となっているため、何か事件があれば鞍光警察署の警察官が動く。

「ええと、話ってなんですか?」

「その前に、君…本当に男の子だったのかい?」

 まじまじと緋瑪斗の姿を見る。

「あ、あの……男だった時の事は証明出来るヤツならいっぱいいますけど…?さあ、ちなみにこの画像が男の時の画像です」

 緋瑪斗の携帯の中の画像。

男だった時の画像が入っている。

髪は黒なのがまず一番。

そして男子制服を着ていて、体つきは画像でも分かるように男としか見えない。

「ふぅん…なるほどなぁ。(女装って訳でもなさそうだし…こりゃ美少女だな~…)」

 気を取り直して沢村はネクタイを少し緩め、本題に入る。

「実に、実に重大なシークレットな話なんだけど…いいかな?」

「…はい」

「狗依緋瑪斗君。君、あの朝、事故に巻き込まれたのは確実だよね?」

「……なぜそれを?」

「おっと、先に言っとくべきだったかな。俺は「特系」ていう特殊な刑事課でね。主に怪奇事件を担当するんだ」

「怪奇…事件……?」

 変な汗が出てくるのが自分でも感じる。

背中のあたりが冷たい。

「その怪奇事件に遭ったのは間違いないだろうね?ってかさ、あんな燃えた跡あればそりゃ警察も動くよ。君が倒れてたんだしな」

「はぁ……」

「でも、何が燃えてたのかは不明、と言いたかったんだけどさ、俺には分かっちゃったよ」

「……!」

 密かにかろうじて残っていた物質から、朝田医師に渡して鑑定をしてもらっていた。

あえて、警察の方ではなく。

違法スレスレ…というかアウトかもしれない。

だが、違法顧みず。

それが沢村のやり方。

警察よりあてになる、信頼出来る朝田だからだ。

「君も理解してるはずだ。「妖怪」だとな」

「…妖怪……。そんないるかどうか分からないような物を警察が信じるんですか?」

「妖怪はいる。だが、それを知ってるのは一部の警察と、裏世界の住人達だけだ」

「う、裏世界……?何がなんだか…」

「いろいろ説明しなきゃいけんかもしれないけどな。この世界にはフツーのヤツが入ってこれない世界があるのよ」

「……嘘でしょ?まさか…俺、その世界に入り込んだ??」

「ご名答」

「…マジで…?やっぱり夢じゃないんだ。茜袮さんも」

 心のどこかで夢だとまだ信じ込んでいた。

月乃達にも話した。

でもまだどこか信じきれない自分がいた。

「…ソイツは、自分が良く分かってる筈だろ?緋瑪斗君」

「………」


「とはいえ、警察も所詮「人間側」だけの組織だ。妖怪に対してどうにか出来る存在じゃないんだこれが」

「じゃあなぜ…」

「そこでだ。君に協力するのは勿論、君にうってつけの人物がいるんだけど…もし、その気があったらその子と会ってみてくれよ。

正直、警察や政治家よりよっぽど頼りになるぜ?ハハハ」

 陽気に笑い出す沢村。

「……それを信じろと?」

「信じるのも信じないもなんとかって言うだろ?」

 煙草に火を付け出す。

ライターをしまうとの同時に、何かの紙を取り出す。

それを緋瑪斗に手渡した。

「……なんです?コレ?」

「鞍光高校「ふかしぎ部」の資料…みたいなもんさ」

「…鞍光高校。隣の鞍光市の学校……」

「ぶっちゃけ、特系のオレより役に立つ怪奇事件を解決させる凄腕集団ってところかな」

 自虐的に言う。

それだけ、信頼あって力のある集まりのようだ。

「ふかしぎ部…って部活…、ですか?」

「らしいね。普段はオカルト研究みたいな事してるって聞いたけどな」

「はぁ……」

「じゃ、今日はこの為に会ったのさ」

「はい、どうも…」

 ここで会話が終わり、緋瑪斗はみんなの元へ戻ろうとする。

「あ、ひとつだけ、いいかな?」

「…なんでしょう?」

 まるで朝田医師と同じような動き。

「世の中なんて「ふかしぎ」な事だらけなんだぜ?無論、君のような存在もだ。ただ、あまり無茶しないで仲間を頼ってあげろよ?」

 そうかっこよく決めた事言って、車に乗り込んで行ってしまった。

緋瑪斗は無言で立ち尽くしたままだ。

「お~い、大丈夫か~?緋瑪斗~」

「あ、うん、大丈夫。なんでもない」

「本当に?」

「本当に…」

 しかし顔色が悪い。

話を聞けば聞く度に今すぐどうにかしたい気持ちが出てくる。

男に戻りたいから?

それとも妖怪の存在がハッキリとしているから?

この状況と、これまでの事と、茜袮の事が気になりすぎて頭がゴチャゴチャしてくる。

目の前がクラクラして、緋瑪斗はまた倒れてしまう。

「ヒメ!!」

「おい!」

「緋瑪斗君!」



 近くの公園。

緋瑪斗が倒れていた、というより、殺されかけた公園だ。

だが広い公園なので事故現場の近くではなく、屋根や椅子がある休憩が出来る四阿あずまやで緋瑪斗は寝かされていた。

倒れたものの、意識はあるので病院に通報はせず、無理言って休ませてもらった。

精神的な物なので、体の体調が悪いという訳ではない。

「驚いたぜ。また倒れるんだもんな。本当に大丈夫なのか?」

「…ヒメ……」

「うん、ごめんよ。本当に、大丈夫だから。疲れが溜まってるだけかな?今はまったく平気」

「本当かよ…?あの刑事さんになんかされたとか?」

「ないないそれはない」

 おもいっきり否定する。

「にしても…人生って分からないものだな~…」

「え?」

「焦りは気持ちを害するのかなって…焦っちゃだめだな。焦っちゃ…。ゆっくりゆっくり…」

 言い聞かせるように何度も言う。

「焦り…?」

「あ、いや……なんでもない」

「緋瑪斗、ホラ」

 昇太郎が冷たい飲み物を持ってきた。

「あ、ありがと」

緋瑪斗の好きな銘柄のアップルジュースだ。

ペットボトルタイプで、開けるのになぜか手間取りながらも飲む。

「美味しいー」

「それは良かった」

「おい、昇太郎。オレの分はないのか?」

「少しは空気読もうよ…竜」

「まったくよね」

「え?何?オレなんか悪い事した?」

「ハハ、竜は相変わらず細かいとこまで頭回らないんだな」

 緋瑪斗がクスッと笑う。

「お、おう!(緋瑪斗が笑ったぞ!可愛いなぁ…、いやいやいや、緋瑪斗はオレの親友だぞ?男だぞ?いや、今は女か)」

 一人謎に悶える竜。

「バカはほっときましょ。緋瑪斗君、歩ける?ダメそうなら家の人呼ぶけど?」

「いや、本当に大丈夫だよ」

 頑なに拒否する。

また病院行っていろいろ診察されるのも飽き飽きして嫌になっている。

多分、異常な程に心配されるだろうし、学校も休ませられる。

気を遣われるのが逆に辛い。

「歩けるし、さっきも言っただろ?体的には問題ないから」

「本当?」

 そのまま立ったと思うと、すたすた歩き出す。

問題なさそうだった。

「今日はおとなしく帰ろうか」

「そうだね」




 自室にて、緋瑪斗は沢村からもらった紙を見ていた。

「ふかしぎ部」と書かれた文字の後に、彼方琉嬉と書いた、文字。

名前……だろうか。

(なんて読むんだ…?かれほうりゅうき…な訳ないか。かなた?)

 少し読み方に戸惑う。

なんにせよ、このふかしぎ部という部活を訪ねれば手助けしてくれるのかもしれない。

そう期待して、布団に入るのだった。



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