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第3話 学校とは儚くとも生活の一部で。

 ほとんど勢いで親同伴で学校へ到着した。

車で来たので他の生徒とはほとんど会わずに来れた。

そう言っても目線が怖い。

自分の置かれた状況が非常に怖くて気が気でならない。

正面からではなく、裏口からこっそり校舎へ入って行く。

そこはさすがに気を利かせてくれたといった印象だ。

(……うぅ、スースーする。スカートってこんなもんなんだな。寒くないのかね世の中の女子高生は)

「ホラ、ヒメちゃん」

「あ、う」

 まず校長室へ。

ガチャリと開けると担任の木村先生と教頭先生も居た。

校長は白髪混ざりのまあ、よくいるタイプの中年男性だ。

教頭も同じような感じ。

ただし、白髪はなく黒々としてる頭。

その分若く見える。

担任の木村先生は、まだ20代後半の若い教師だ。

見た目は普通の好青年といった風貌だ。

かと言ってイケメンでもないしブサイクでもない。

なんというか…本当に普通だ。

「おはようございます…」

「おはよう。災難だったね。お父さんお母さんからお話は聞いてるよ」

「はぁ…」

 校長が話をかけてくる。

校長なんてあまり関わらないから話なんぞする事ないだろうと思っていたが、まさか自分がこんな状況になってから会話するとは思ってもなかった。

「驚いたぞ。狗依君。病院に運ばれたと聞いたんだが…まさか女子だったとは…」

「う……すみません(なんで謝ってるんだ俺?)」

「違うますよ~、先生。よくわからないんですけど女の子になったんです。ね?ヒメ」

「そ、そうとも言うかな?」

 変な汗が出てくる。

「性転換手術?」

「いえ、完全な女の子です」

 ひしっと緋瑪斗に抱きつく頼子。

教師の前で何をしてるんだ、と言いたそうな顔をする。

「??よくわかりませんが今後狗依緋瑪斗君…いえ、緋瑪斗さんは女子生徒として扱います。女性だというのは病院の検査でもしっかり出てますからね」

 校長が手に持ってる資料。

病院での診断の資料のようだ。

「頑張ってね?ヒメ」

「頑張れよヒメ」

 両親に応援される。

何の応援なのかさっぱり理解出来ない。

ひきつる笑顔しか出なかった。



 運命の時が来た。

ついに、女になってから緋瑪斗が初めて教室に入る。

「さて、狗依。用意はいいか?」

「用意も何も……俺は別に精神的には前と変わってませんから」

 木村先生は緋瑪斗の言葉を聞いてなかったのか、無視するかのように教室の戸を開けた。

「よーし、お前らー、おはよう。今日は話があるぞー」

 ザワついてた教室が静かになる。

「狗依。どうした?入って来なさい」

「あ、いや…」

 いざとなると、物凄く不安な気持ちになる。

(俺って…こんなに気が弱かったけ…)

 なんとか勇気出して教室に入る。

その瞬間、静かだった教室がまたザワつく。

「え?」

「あれって…?」

「狗依?」

「なんで女子の制服着てるの?」

「髪すげー」

 などと、いろんな声がこういう時に限ってハッキリと聞こえてくる。

(今すぐ消えたい…)

「え、ええと……狗依緋瑪斗は、訳あってこれから女として生活します。あの、よろしく」

 ぺこり、と稚拙なお辞儀をする。

「ヒメ……」

 月乃は同じクラス。

緋瑪斗の決心(?)とも言えるような改めての挨拶をまるで我が子のような想いで見てた。

挨拶をし終えた瞬間だった。

ガタンッと倒れる音が急に教室中に響き渡る。

椅子から転げ落ちてたのは、緋瑪斗の友人の三島竜みしま りゅう

呆然と見ているのはもうひとりの仲の良い友人の山下昇太郎やました しょうたろう

「なん、ななな、なんだってぇー?!」

 竜が大声を張り上げる。

「何?何どういう事?」

 竜を筆頭に、教室中が大騒ぎになる。

「おーい、お前ら静かにしろ!狗依は女子生徒として生活するのでお前達もちゃんと女子として接してやるんだぞ」

「あ、いや、先生、そこまで女子としての強調しなくていいから…」

 そこは拒否する。

「えー狗依君可愛い~」

「緋瑪斗君女の子だったんだ~」

「元から女みたいだったよな?」

 などと声が聞こえてくる。

「ちょ、何?この盛り上がり…?」

 てっきり変な目で見られるのかと思いきや案外受け入れられてしまってる。

ざわついた中、なんとか自席に着く。

「良かったね、ヒメ」

「月乃…ナニコレ?みんなに言ってなかったの?」

「そうね~。本人がいない状態で言っても説得力ないと思って…」

「あー……そういう意味でか…」

 納得する。

たしかにいない状況で言っても頭がおかしいと思われるだけだ。

だから月乃はあえて言ってなかった。

だがそれはそれでも、一気に大騒ぎになるのは目に見えてた。



「緋瑪斗!おおおおおお、お前……女になったって本当か?!」

「うん。」

 きっぱり答える緋瑪斗。

竜がこの世のものとは思えないような顔をして詰め寄ってる。

「やめなよ竜。でかい図体の君がそんなに寄っちゃ、危ないだろ?」

「昇太郎。お前はなんでそんなに冷静なんだ!?親友が突然女になりましたって言われて…動揺しないのか!?」

 声がデカい。

「そりゃあ僕だって驚いてるよ。…なんせ…」

 緋瑪斗の顔や胸元や足元をチラっとみる。

なぜか赤くなる。

「たしかに、緋瑪斗は緋瑪斗なんだけど…違うのはわかるよ。全体的に小さくなったというか…」

「そうね。ヒメは小さくなったの」

 ずずいっと月乃が割って入るような形で話に入ってくる。

「月乃!ええい邪魔だ!今は俺が緋瑪斗と会話してるのだ!」

「あ、ちょっと、もう…」

「緋瑪斗!」

「な、なに?」

「証拠見せろ」

「………はぁ?証拠ぉ?」

「そうだ。女となったなら………その、あれがあるだろ?あれがなくてあれがあるだろ?」

「…?何意味不明なコト言ってるの?あれってなに?」

「ほら、おっぱいだよおっぱい!その膨らみは嘘じゃないのか?」

「そうだよ?触ってみる?」

「……え?いいのか?」

「証拠見せろって言うから…」

「じゃあ遠慮なく」

「やめい!!」

「ぐげッ」

 ドカッと竜の頭を思いっきり丸めた教科書でぶっ叩く月乃。

相当強く叩いたのか、竜は変な声を出して頭を抱えながらその場にうずくまった。

「緋瑪斗もなんでオッケー出してるの?」

「あ、いや…なんとなく」

「なんとなくじゃだめなの!女の子なんだから。男の子の時とは違うんだよ!」

「……あはは、ごめん」

 また「女の子なんだから」の言葉に胸の奥がズキッとする。

数日前まで男だったから、どうしても女としての振る舞いというか、実感が沸かない。

心の奥底のどこかでまだ受け入れてない自分がいる。

(なんだろ…この気持ち)


 月乃ら友人達以外も緋瑪斗の元にやってくる。

いろいろ質問攻めをくらう。

「ねえねえ、なんで女の子になったの?」

「気づいたらなってた」

「女ってどういう気分?」

「普段はなんも変わらない」

「その髪の色どうしたの?」

「気づいたらなってた。自毛」

「バストサイズは?」

「Dくらいって言ってた」

「やっぱり男を好きになるのか?」

「ならん」

 などと、いろいろ質問攻め。

「ホラホラ、授業始まるぞ~」

 一時間目は数学。

教科担当の教師が入ってくる。

「大丈夫?ヒメ?」

「…なんとかね。ったく……自分自身ですら分からねえコトばっかりだってのに…」

 不服そうな緋瑪斗。

「…あのさ、言いたくないような話かもしれないけど…言いたくなったら言ってね?力になれるかどうか分からないけど」

「あんがと。はぁ…授業始まってもいないのに疲れたぜ…」



 授業が始まるや否や、早速数学担当教師にも緋瑪斗の状況をいじられる。

もう説明が面倒で面倒で仕方ない。

正直に「妖怪」の話をする訳にもいかない。

面倒なので全部、「気分が悪くなって倒れて病院で目が覚めたら女になってた」でごまかしている。

適当な捏造理由だが、現にここに女になった元男がいる。

みんなそれで納得してしまう。。

クラスメイトは全員緋瑪斗が男だったのは知っている。

そりゃ、納得をしてしまう他ない。

「狗依……ちょっといい?」

「…ん?」

 気の強そうなクラスメイトの女子数人。

「あの…何か?」

「…本当に女になったの?」

「なったもんだからしょうがないだろ」

「……不自然。不自然よ!男が急に女になるなんて!」

「そうよ!私達はアンタは女として認めないからね!」

「…まあ、そう思ってもおかしくないよね」

 相手の高圧的な意見。

しかし冷静に冷めた口調で返答する。

大半の女子生徒は受け入れてるように見えるのだが、一部の女子生徒は認めてないようだ。

その反面男子はみんな受け入れている。

特に、竜の当たりが変な意味で強い。

男の時からの仲の良い親友だからこそ、余計に。

「はー。俺、心労でぶっ倒れるかもしれん…」



 授業が終わる度に集まる人溜まり。

これは落ち着くまでしばらく時間がかかりそうだ。

ようやく、昼休みになり落ち着ける…かと思いきや、やっぱり質問が来る。

それどころか他のクラスまで見に来てる。

視線が辛い。

「ねえ、玲華。もしかして…俺の話…他のクラスにも?」

「人の噂なんとやら…じゃないけど広まるの早いよね。今の時代SNSの力も引っ張って話が広がるのは早いよー?」

「うわ、マジでかよ…。玲華が広めてる訳じゃないよな?」

 ちょっといきり立った感じで聞く。

「まさかぁ、逆にこっちが大変よ。お前のいとこは男から女になったのかー?って、ずっとそんな話ばっかり」

 お手上げポーズ。

こっちはこっちで大変そうだった。

(そりゃそうか…。同じ狗依ていう名字の親戚だしな…。ってことはゆき兄も同じなのかな?学年違うけど)

「しかしまたあれだね。緋瑪斗君、似合うね~」

 緋瑪斗の女子制服姿を上から下までまんべんなく眺める。

「玲華もそう思う?ヒメに一度女装してもらいたかったんだけど、女装超えてるよね?」

「まあ女だしな……って月乃はそんな事考えてたの?」

「あ、いや…あははは」

 思いっきり笑って誤魔化す。

二人して月乃をジトーっと睨む。

「まあいいや。俺、飯買ってくる」

「一人で大丈夫?」

「子供じゃないんだからさ」

 教室を出て行く緋瑪斗。

心配そうに見守る月乃と玲華。



 いつもなら母親がお弁当を作ってくれる。

だが今日に限っていろいろ手続きとか忙しかったのか、お弁当はなし。

その代わりお小遣いをくれた。

2千円。

多いのかような気がしてならない。

今日一日の昼飯代としては使い切れない額だ。

ただでさえ下着やら服やらで数万円使ってるはずなのに。

(どっからお金出てきてるんだ…?)

 力ない足取りで購買部へ向かう。

(なんだかなぁ…)

 歩いていても視線が気になる。

男の時なら気にする事なんぞなかったのに、今はすっかり有名人扱い。

すれ違う度にヒソヒソ話す他の生徒。

(ヒソヒソ話すくらいなら俺に直接言えよ)

 逆にイライラしてくる。

「あ、ちょっといいかな?」

「…はい?」

 振り返ると知らない男子生徒3人ほど。

同じ学年では見た覚えないので、おそらく上級生。

チャラい感じの男子だ。

「なんですか?」

「君が噂の狗依緋瑪斗ちゃん?」

「そうですけど……何か?」

 ちゃん付けで呼ばれてムッとする。

表情が外に現れていた。

「フーン……。男から女にねぇ…。だとしても可愛すぎるだろ?」

「だよなー?アハハハ」

(人の顔見てなんで笑ってるんだよコイツら)

 イライラが最高潮に達してくる。

「用事ないなら通してもらいます」

 強気な口調で突き進もうとする。

「おっと、それはいけないねえ」

 通せんぼ。

「だからなんですか?」

「ほら、本当に女の子なのか、俺らに確かめさせてくれない?元々男だったら問題ないでしょ?」

「何アホなコト言ってるんですか?そんな事しませんよ」

「だからマテって」

 腕を掴まれる。

(またかよ…!)

 強い力。

今の自分では振りほどくパワーもない。

先日の事を思い出して、少し怖くなる。

「あの…離してください!」

「だめだね」

 回りの生徒は見て見ぬふり。

関わりたくない、タチの悪い生徒達のようである。

「あのー、いいかな?」

 腕を掴んだ男子生徒の肩をトントンと、指で叩く人物。

振り向くと頭一個分大きい。

佑稀弥が居た。

「ゆき兄!」

「うちの「妹」に何してくれてるのかな?」

「あん?なんだ…?おま…え……」

 フッと影が男子生徒を包む。

自分より体格がいいのがいて一瞬怖気つく。

普段見せない、威圧感のある眉毛を釣り上げた表情だった。

「うちの親友に何してくれてるんスか?」

 今度は緋瑪斗の後ろにまた佑稀弥と同じくらいの背の高い男子生徒。

「…竜?」

「僕もいるけどね」

「昇太郎まで」

 昇太郎の手にはなぜかシャープペンシルがあった。

それも一本じゃない。

数本。

「……チッ。いくぞ」

 緋瑪斗に絡んできた男子生徒達は、自分よりでかい大男の前には威勢も張れずにすごすご逃げるように去っていた。

「一昨日来やがれってんだ」

 竜が古臭い言葉を言う。

どこかズレてる感。

「なんでみんな…」

「ばぁか。お前は今や有名人なんだぞ?何かと今はあまり一人で行動するな」

「そうそう」

「……ごめん」

「飯買いに行くんだろ?一緒に行こうぜ」

「うん…」

 なんとかピンチを免れた。

やはり、今は単独であまり動くべきではない。

そう反省する。

「なんで昇太郎はシャーペンそんなに持ってるの?」

「え?なんでって…カッターじゃ危ないだろ?」

「……もしかして凶器替わりか…」

 実は一番危ないのは昇太郎じゃないのか…?と思う面々だった。


「ヒメ、大丈夫?」

「ああ、うん。ゆき兄と竜達が来てくれたから」

「ホラ言わんこっちゃない…。一人で大丈夫って言ってたから…」

「うう、すまん。自分の置かれた状況をなめてたよ」

 放課後。

まるで反省会のように、月乃と玲華と一緒に下校の準備をしていた。

「ほらほら掃除するから用事ないやつはとっとと帰れー」

 手をパンパンと叩いて用のない生徒を帰るように促す担任の木村先生。

「さ、帰るよ」

「…そうだな」

 すっかり元気をなくした緋瑪斗。

その様子に月乃はある考えが浮かんだ。

「そうだ!ヒメ、帰りにお店寄らない?おいしいケーキでも食べようよ?」

「なんでいきなり…」

「女の子と言ったら、甘いスイーツよ!」

「なんでそんな発想…」

「月乃、太るわよ」

「う…」

 するどい玲華のツッコミに声を詰まらせる。

という事は、月乃は少し気にしてるという話だ。

「おーい、俺らは誘ってくれねえのかよ?」

 竜と昇太郎。

自分も誘えと言わんばかりだ。

「なんであんた達も一緒に行かなきゃいけないのさ。私はヒメだけを誘ったんだけど?」

「そりゃねえぜ。俺らは緋瑪斗の親友だぜ?な?」

「…あ、う、うん…」

「ほらな?!」

「竜…目が必死すぎて怖いよ…」

 ただ、昇太郎は竜の行動に呆れていただけだった。

「だーめ。今日は私達で行くんだから」

 緋瑪斗を抱き抱えるように守る形にする月乃。

肝心の本人は口を挟む事が出来ずじまい。

流れに任せるしかないといった状態だ。

「どうした?お前達。狗依…大丈夫か?」

 木村先生が気にかける。

「いや、なんでもないです…帰ります」

「おお、そうか。何かあれば遠慮なく言うんだぞ!」

 変に元気な先生だ。

時々うざくなるが、それは若さゆえの過ち。

そのうち気にならなくなるだろう。

緋瑪斗の脳裏にはそんな思いが綴られていた。



「良かったの?あの二人連れて来なくて?」

「いいのよ!てか誘ってないし!」

「まぁ……そうだよね」

 元から誘ってない。

筋が通ってるといえば通ってる。

「男だったらこんな所一人で入れないでしょ?」

「…それはそうかもだけど…」

 やってきたお店。

一年ほど前に開店したばっかりのお洒落なスイーツ専門店のお店。

お持ち帰りも可能のお店だ。

たしかに、きらやかな雰囲気のお店は男だけだと入りづらいのかもしれない。

内装も白を基調に、花柄のような壁模様。

ロリータファッションの子が居てもおかしくなさそうなそれはそれはまばゆい内装だ。

「ヒメは甘いもの嫌い?」

「嫌い…じゃないけど…なんか、場違い感が強くて…」

「問題なしなし!ヒメはどうみても女の子なんだから」

「………うーん」

「…?」

 断る事も出来ずにズルズルやってきてしまった。

お金は…朝に頼子からもらった昼食代が残ってる。

それを使うべきか。

普段からあまりお金を多く持ち歩いていない。

2000円も少々多いと思うくらいだ。

「何食べる?」

 月乃から渡されたメニュー。

沢山の種類のケーキやらなにやら。

「ええ……と…」

 どれがなんだかよくわからない。

ケーキ類のものなんて、誕生日くらいにしか食べない。

どんなのが美味しいのとかまったく分からない。

「緋瑪斗君、適当に自分好みの選んで食べればいいのよ」

「そういうもんなの?」

「そうなの」

 緋瑪斗はとりあえずメニューをパラパラ見て、適当に美味しそうなの選んだ。


 頼んだ物が来る。

月乃や玲華が見守る中、食べようとする。

その視線に気づき食べるの手を止める。

「…な、何?」

「いいのいいの、気にしないで食べてて?」

「……逆に食べにくいだろ」

「気にしない気にしなぁい」

「……まったく」

(可愛い…)

 視線を気にしながらも頼んだケーキを手に付ける。

他の客層を見ると、やはりというか、女性が多い。

恋人同士っぽい、カップルも見受けられる。

ますます場違い感が出てきて少し恥ずかしくなる。

「やっぱり来なきゃ良かった…」

「なんでぇ?」

 変な猫なで声。

「…この前の下着屋といい、俺は男なんだよ?」

「女の子じゃん。どう見ても」

「そういう意味じゃなくって……心は男なんだけどね」

「大丈夫よ」

「……んー」

 玲華はそのやり取りを聞いててふと思った。

見れば見るほど女の子にしか見えない。

それどころか、かなり目立つ髪の色と瞳の色。

異国の人かと思うくらいに。

「ねえ緋瑪斗君。緋瑪斗君はどうしたいの?この先?」

「え?何?突然…」

「いいから、この先の事よ」

「この先……」

 容赦ない現実感が緋瑪斗を襲う。

この洒落た店の中で、急に現れた暗闇とも言うべき現実。

「俺は……とりあえず、元に戻りたい。戻る方法を探す」

「戻りたい?なんで…?」

「月乃、俺はね。好き好んで女になった訳じゃないんだぜ…。あの時の朝…」

「何があったの?」

「こんな場所で話すのなんだけど…」

 緋瑪斗はあの朝に遭遇した妖怪の話と、自身に起きた事故原因を話してしまった。




「信じられない…でも…」

「辻褄が合うわね」

「玲華はなんでそんなに冷静にいるの…?」

「驚いてはいるけど」

「じゃあなんで?」

「緋瑪斗君の状況見れば納得するわねぇ~…って」

「……たしかに」

 緋瑪斗は無言。

驚くのは分かっていた。

ただ、反応が怖かった。

女になった時の方がまだ凄かった。

しかし、「妖怪」という話はさらに不自然過ぎて話すかどうか迷っていたのだ。

信憑性が低過ぎて、月乃と玲華の反応はイマイチだ。

「玲華は何か心当たりでもある?」

「残念。私は詳しくはないし、ただ、妖怪の伝承ならこの街の隣の…鞍光市なら沢山あるって噂聞いた事ある」

「鞍光か…」

「ちょちょちょっと待ってよ!」

 月乃が血相変えて話題を止める。

「それは…緋瑪斗が男に戻るって事?」

「話飛躍し過ぎね。月乃。戻れるって決まってる訳じゃないし、手がかりもなんもないんだから」

「手がかりならある…」

「え?」

 緋瑪斗が茜袮から聞いた話。

それは焔の里を訪ねろと。

そこに行けばなんとかヒントになるのがあるかもしれない。

しかしネット検索などかけてもそういった名称なる地名はない。

現段階では手詰まり状態なのだ。


「焔の里に焔一族ねぇ…。本当にそんなのあるの?」

「あるから俺は今こういう状況なんだろ?」

「そうね…」

 カチャリ、と紅茶を置く緋瑪斗。

その手つきは慣れてなさそうだ。

「その、茜袮って人に会えれば…何か分かるかもしれないのよね?」

「そうなんだけど、会う手立てもまったくない」

 お手上げだ。

緋瑪斗は右手で髪の毛をいじくり回したのち、頭をポリポリかく。

(…悩んでる素振りだ)

 月乃は緋瑪斗のクセを知っていた。

悩んだり考え込んだりすると髪の毛を少しいじったのち、頭を軽くかく。

「そろそろ帰るか。この話はまた後日でいい?俺…疲れたよもう」

「そう……ごめんね」

「いや、大丈夫」

 支度をして店を出る事にする。

まだ自分の家族には話していない。

話すべきなのだろう。

帰ったら正直に話す決心をした。




 緋瑪斗と別れてそれぞれの自宅に戻る。

緋瑪斗の家からは月乃も玲華も同じ町内会だけあって、すぐそばなのだ。

とはいえ、途中から別方向になるので玄関先までは一緒ではない。

緋瑪斗の姿が小さくなるまで、二人はしばらく見守っていた。

「……月乃」

「え?何?」

 玲華が呟くように月乃の名前を呼ぶ。

それに驚く。

「月乃。あんたは今のままでいいの?」

「い、今のままでって…どういう意味?」

「緋瑪斗君の事。女の子のままでいいの?」

「女の子のままでって…どういう…」

「気づいてるんでしょ?本当は?」

 遮るように続ける玲華。

「………それは私の友達として言ってるの?それともヒメの従姉妹としての?」

「どっちもよ」

 普段細い目を今は大きくして、月乃の顔を見る玲華。

本気の態度の時は大きく見開く。

昔から変わらない。

子供の頃、ケンカした時や、真面目に相談した時や…普段何を考えてるか分からないような表情しているが、

本気になった時だけは細い目が大きくなる。

「好きなんじゃないの?緋瑪斗君の事」

「……………なんでそんなコト…」

「好きじゃなかったらここまで世話焼かないじゃない?」

「……」

「ま、たしかに、中学になってからあまり話す事も遊ぶ事もなくなったけど、こうしてまた沢山話す事も出来ていいかもしれないけど。

でも緋瑪斗君は今、女なのよ?男じゃない。これはどういう意味か月乃なら一番理解できるんじゃなくて?」

 少しきつめの言葉。

それが月乃の胸にどんどん突き刺さってくる。

「わかってるわよ…そんなコト。女同士じゃ…」

「男に戻ってもらった方がいいのは分かってるのね」

「そう…なんだけど……さ」

「本人も本当のところは男に戻りたがってる。だけど戻れる術がない。昼休みの出来事もそう。このままじゃ緋瑪斗君潰れちゃう。

それは、従姉妹として、家族として非常に怖い。私は、私なりに協力していくつもりよ」

「……」

 非常に複雑な心境だ。

月乃は理解している。

「分かってる。分かってるから……。でもね、怖いの。もし男の子に戻って、また私と会話してくれなくなったら、一緒に会っくれなくなったらって考えちゃう…」

「そうね。でも緋瑪斗君自身も話すの躊躇ってたし。今度じっくり話し合い設けましょ。あのバカと昇太郎君も含めて」

「………」

 月乃は無言でコクンと頷いた。

夕暮れの空が綺麗な橙色に輝いていた。

皮肉にも月乃の気持ちとは正反対に、空は明るく振舞っていた。




 帰宅した緋瑪斗は悩んでいた。

妖怪の事、喋っていいのか。

さっきは流れで月乃と玲華には話した。

しかし、当の家族に言えばどんな反応するのか。

服を買ってくれたりいろいろと無茶する両親。

そして兄弟。

これ以上無茶されるのが辛い。

だったら、いっその事言わなければいいのではないのか?

そう考えも浮かんで来る。

それだけではない。

体は女だけど心は男のままだ。

その心身のバランスが辛い。

声をかけてくる男が怖い。

昼間も佑稀弥と竜がいなかったらどうなってたか。

今の自分ではどうにも出来ない。

その悔しさも混ざって、気分が悪くなる。

(なんだろ……これ…。気持ち悪い。頭がぐるぐるする…)

 自室のドアの前で崩れ落ちるように座り込む。

吐き気にも似たような、胸が気持ち悪い。

(俺……どうなっちゃうんだよ…。この先って…「この先」って何?俺は「この先」どうすれば…)

「ヒメ兄ちゃん~。ヒメ兄ちゃんったら~。ご飯だぞー」

 トントンとドアを叩くノック音。

声からして、稔紀理のようだ。

夕飯が出来たようで呼んでいる。

「開けるよー?」

「あ、ちょっとま…」

 ゴンッ。

緋瑪斗の額に開いたドアが命中した。

「うぐ……」

「あれ?ヒメ兄ちゃんどうしたのそんな所で?」

「いだい……こぉらっ!稔紀理!突然開けるやつがいるか!」

 ガバッと起き上がり、稔紀理のほっぺをむぎゅーっと両手でつねる。

「あいあいあいあ~いたひいいやめてよおひめにいぃ」

「まったく…こっちも痛かったじゃんか…」

 緋瑪斗の額が赤くなっていた。

だが、このおかげで先ほどの気持ち悪い気分は一気にどっかへ吹き飛んだようだ。

少し晴れやかな気分になる。

ぽんっと稔紀理の頭を撫でる。

「あんがと、みの。ご飯食べよう」

「…う、うん?」

 稔紀理には叩かれると思ったが優しく手を置いて撫でられたので拍子抜けた。




 暗がりなオフィスのような部屋。

プルルル、と携帯のバイブ音が鳴る。

画面を見る事もしないで、資料を見たまま携帯に出るスーツ姿の男。

そんな器用な芸当。

「はいー。沢村です」

『やあ、沢村。ちょっといいかい?』

「なんだ、朝田か。どうした?」

『気になる事を発見したんでね、報告にでも、と』

「報告?」

『例の少年…いや、少女の話ですよ』

「…狗依緋瑪斗とかいう子の話か」

 電話の向こうの人物は朝田医師のようだ。

沢村と呼ばれる人物。

鞍光市警察署の刑事、沢村。

若くして、警部補でそこそこ偉い立場。

そんな警察官と繋がりがある朝田医師。

「気になる事ってなんだ?」

『率直に言うとね、狗依緋瑪斗君は、妖怪の血が混ざり合ってる、半妖であるに間違いはない』

「………へぇ~…。ぶっちゃけるねぇ」

『君が採取した血痕のサンプルと照らし合わせた結果…僕はそう判断しただけさ』


 朝田医師は気づいていた。

緋瑪斗の体が女になった事と同時に、妖怪としての体を持ち合わせてた事を。

「なるほどな」

『妖怪側の話は君の得意分野だろ?』

「まぁな。で、それでどうしろと?」

『残念ながら、僕の力では狗依緋瑪斗君の力にはなれそうもない』

「それはオレだって同じだ。でも…あの子なら…」

『あの子?』

「いや、気にするな。しかしだな…今までいろんな怪奇事件を見てきたけどな…事件性なく、しかもなぜか女の子になったって怪奇事件…

聞いた事ないぜ?なんなんだこりゃ?」

 これまでいろいろな怪奇事件を担当してきた。

未解決に近い物もあったが、なんとか解決はしてきたつもりだ。

しかし今回の事件は事件性なし、と判断。

証拠となるものがないうえに、緋瑪斗は無傷だったのだから。

『僕だって知らないよ。やっぱりあっち側の世界は人間には計り知れない物があるみたいだね』

「まったくだぜ」

『忙しいところごめんよ。「特係」の力、期待してるよ。おっと、そろそろ切るよ』

「別にいいさ。どうせ普段は暇な部署だしな。またな」

 通話が切れる。

フゥーッと吸っていた煙草の煙を一気に吐き出す。

吸殻を灰皿に押し付け、立ち上がる。

「……とは聞いても…立ち入っていい世界じゃないだろうがな。…まったく。不憫な街だね」

 胸ポケットに入れていた煙草の箱を取り出す。

そしてまた新しい煙草に火をつけだす。

手元にある資料に目を通す。

その資料は緋瑪斗に関する資料。

朝田医師から送られてきた、極秘的な物。

(…狗依緋瑪斗…ねぇ……。可哀想な事にならなきゃいいけどな……)





 ジリリリと目覚ましが鳴り響く。

音の主は緋瑪斗の部屋。

だが、緋瑪斗は起きる気配がない。

連日の辛さに疲労が重なってしまい、目覚ましで起きないほど熟睡してしまっている。

でも寝る前に目覚ましをセットしたのか、そこはちゃんとマメである。

「おーい、ヒメちゃーん、起きなさーい」

 起きる気配のない緋瑪斗。

頼子がなんとか起こすべく、決行した技。

それも、くすぐり。

「ふひ、ふひひひひひ…あひゃひゃひゃはははは!」

 さすがに目が覚めたのか、緋瑪斗が飛び上がる。

「は、あれ?朝?」

「ヒメちゃん着替えもしないで寝たの?だめよ~、そのまま寝ちゃ~」

「え?あれ…俺どうして…?」

「疲れて寝ちゃってたのね?ほら、はやく支度しなさい」

「あ、うん…」

 時間を見ると起きる予定の時間が過ぎていた。

「うわわわわまた寝坊~」


 ドタバタした朝。

「ヒメ、ちゃんとご飯食べなさい」

「えー、でも…」

「いいから」

「ひゃい……」

 またもやプレッシャーに負ける緋瑪斗。

「早くしろよー」

「ゆき兄…なんでいるの?」

「お前が遅いからだろ。待っててやるから」

「…?また変な事考えてる?」

「いいから早く食べなさいヒメ」

「あ、はい」

 女として登校三日目。

なんともいつもと変わらないような光景。

だが明らかに、緋瑪斗に対する態度がみんな変わった…と感じている稔紀理。

それぞれの目がどうも、今まで違うのがよく分かる。

(みんなヒメ兄に優しいね)


「…学校とは儚くとも生活の一部で、ある…か。学生は辛いね。はぁ~……」

 ボソッと言ったあと、大きな溜息をつく緋瑪斗。

「え?」

 家族全員が緋瑪斗の言葉を聞き、一瞬止まる。

「いやいや、なんでもないよ!あはははは」

「なーに哲学的な事言ってるんだ」

 むにっとほっぺをつつく佑稀弥。

「なんだよぉ、いいじゃんかっこよく言ったって」

「よくわからんが、頑張れよ。ヒメ!」

 ぽんっと背中を軽く叩く父親の利美。

励ましてるつもりのようだ。

「あ、うん…、そうだね」

 学生は学校に行くのが生活のである。

そう言いたかったのだ。

男だろうが女になろうが、行かないといけない。

学生である限り。

無理矢理にも押し通して緋瑪斗は登校するのだった。



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