第27話 ふかしぎな存在、俺はそれを、受け入れます。
焔の里から帰還して、3学期が終わって、新学年になる。
あっという間に過ぎ去った、冬。
雪も溶け、春の息吹が感じられる。
緋瑪斗が女になって、妖怪となって、一年がまもなく経とうとしている。
結局、男に戻る事はなかった。
あの後、念のため検診に向かった。
他に体の異常がないか確かめるために。
「あー、なんていうかね……どこも異常無さそうだね。良かった。
むしろ前より元気過ぎるくらいだよ」
「あ、そうですか…ども」
どういった意味を含んでいたのかは分からないが、おそらく鍛えてたからだろうという解釈をした。
緋瑪斗を診た朝田医師。
最初死にかけてから復活した緋瑪斗を診てくれた医師だ。
どうやら話によると妖怪など、不可思議な事が起きた人間を診る専門をしているようだった。
緋瑪斗自身が、もう妖怪化してる事を既に見抜いていた。
だからこそ、朝田は自分から緋瑪斗に自分自身のやっている仕事を話した。
鞍光市周辺はこういった事件が多く、時折何らかの、人間とは思えない事故事件に巻き込まれて怪我した人間を、
数多く診て来たと言う。
緋瑪斗はなんとなく納得した。
「しかし…なんていうか、前よりいい顔してるね」
「でもあの時は何がなんだか分からない時でしたから…」
「そりゃそうか。うん。異常はなし。ま、何かまた体に異常あればまた来て下さい。
治せる自信はないけど」
相変わらずひょうきんな事を交えて話す朝田。
「あはは、そうですか」
「それにしても…前より少し引き締まった?えっと…前が太ってたって訳じゃないけどね」
「あ、うーん…そうかもしれないですね」
武術を習っていた…とは少し言いにくい。
「元気である事はいい事だよ」
「はい。ありがとうございます」
大した異常もなく、現状は特に何もなく生き続けている。
死の直面した大怪我したというのに今は傷跡も全くなく、綺麗な体だ。
これも妖怪の力なのか、それは不明。
ただ、朝田医師から言われたのは心と体の性の不一致。
それが後に影響があるかもしれない。
そう言われたのが凄く不安になる。
当初はあまり考えていなかったが、普通に学校に通うようになって身に染みた。
年齢的にもいろいろと多感な時期。
このままだと…精神的に問題が起きて壁にぶつかるかもしれない。
そういった話を強く言われた。
「僕はね、精神医学は担当外なんで別の医者に診てもらう事になるかもしれいないけど…」
「はぁ、でも多分今は大丈夫です。今後どうなるかは自分でも分かりませんけど」
「そうかい?でも君を見ているとなんでも乗り越えていきそうな覚悟があるように見えるね。
一体この一年近くの間に何があって何を見て来たのか…今度じっくり話を聞きたいな」
「そうですね~。俺が大人になってからでいいですか?」
「言うねえ。きっとこういう事だろ?」
クイッとお酒を飲むようなポーズをする朝田。
緋瑪斗は無言ながらニコリとして頷いた。
学年も上がった。
これから二年生となる。
激動に一年間だった。
緋瑪斗の身の回りは自身も含め大きく変化してしまった。
だがそれはいい方向へ向かった。
それで良かった。
むしろ自分がそうなって良かった。
そう思う事が多くなった。
自分の部屋に設置してある鏡。
制服姿に着替えた自分の姿を見る。
(……慣れたもんだよなぁ…)
そうは言ってもちょっと恥ずかしくなる。
相変わらずの女子制服。
女子制服の隣にずっとかけっぱなしの男子制服。
もう着る事は、ないだろう。
おそらく。
そんな事をなんとなく考えている。
「ヒーメちゃーん、起きなさい~。今日から学校でしょー?」
「はーい、起きてますよー!まったく…男の時よりちょっと着るの時間かかるし…下着も…面倒だ~」
ぐちぐち言いながらも仕方ないような顔をして着替える。
「おはようさん、ヒメ」
「あ、おはよヒメ兄ちゃん」
「遅いぜ」
下の階に降りる。
いつも家族が団らんしている朝の風景。
決められた席順は特にない…のだが、なんとなくいつもの場所に座る。
その場所は家の西側に当たる方向の椅子。
「寝坊したの?」
「別にしてないけど…準備が面倒で」
「ふふ、女の子ねぇ~」
「やめてよー」
母親がなぜか後ろから抱き締める。
「あら、寝癖。直さないと」
「いいよ、元々クセっ毛なんだから」
どこに持っていたのか、髪とかしようの櫛を取り出して緋瑪斗の髪をセットさせる。
「でも似合ってるぜ!ヒメ!」
佑稀弥が親指立てて言ってくる。
「はいはい…」
あれから少し髪を伸ばした。
あまりにも髪を短くしてると、中学生くらいの男の子に間違えられるからだ。
でも今は女。
しかし心は男のまま。
間違えられたままでいるとやはり途中でバレる。
そしてややこしい話になる。
女だけど男に間違えられるけど実際は元々男だった……。
というので非常にややこしい。
それが何度かあった。
自分自身の心が追い付かないので、だったら最初から女に見られてた方が楽だ。
そう思い始めて来た。
月乃らの提案もあり、ちょっとだけ髪を伸ばした。
そのせいで洗うのも乾かすのも時間がかかって嫌なのだが。
けど密かに間違えられるのもちょっとだけ楽しい、と、緋瑪斗は思っていた。
「さ、朝ごはん食べなさい」
「んー。いただきます」
家から出た瞬間だった。
「ヒーメ!」
バンッと背中に衝撃が走る。
「いった…なんだよ?月乃…」
「おーはよっ。今日から二年生だね!」
「朝から元気ねぇ、貴方はいつも」
気怠そうに月乃の後ろから顔を覗かせるのは玲華。
「え?だめ?」
「だめだ」
「む?何よ、竜のくせに」
「竜のくせにってなんだくせにって。まあいい、オレは大人になったんだ。気軽には怒らんぜ」
「気軽に怒らないって言い方変じゃない?」
「るせっ!るせっ!」
何も変わらない風景。
昇太郎の冷静なツッコミに竜はいつもの反論。
月乃は何かと喋っていて、玲華は後ろの方でずっと微笑んでいる。
「あら、おはよう…」
「あ、おはよー未弥子―」
今は何かと未弥子とも一緒に登下校する事が多くなった。
一年前まではこんな事無かったのに。
「今日から二年だな、オレらも」
「そうだね」
「後輩が出来るぞー」
「そうねぇ」
「先輩~なんて言われるんだぜ」
「そんなんで嬉しいなんておめでたい頭ね」
「んだとー?」
「ハイハイ、朝から喧嘩しないでね」
珍しく月乃が止める。
いつも止められる側なのに。
「…それにしても派手な髪の色ね…というか奇抜ね…。結局染めなかったの?」
未弥子が緋瑪斗の髪を触りながら言う。
黒と赤の混ざった色の髪。
「でも赤いというより…朱色?っぽいわよね。前から思ってたけど」
「うーん…染めても無駄だから…一応学校には地毛だって許可貰ってるし」
「よく許可通ったね」
「先生がなんとか…」
いろいろ一苦労があったようだ。
それに引き続き担任を受け持った木村先生が許可取るためにひと肌脱いだくれたようだ。
「こんな地毛な奴いねえよ、フツーは。あ、緋瑪斗だけは特別だからな?」
気色悪い笑顔で緋瑪斗の前で言う。
「朱色とは…魔除けになる色。とも言われるわね」
玲華が突然言い出す。
「魔除け?そうなの?」
月乃が聞き返す。
「そうそう、鳥居とか完全な赤じゃないだろ?」
そこで昇太郎が話に加わる。
「へぇ。詳しいのね」
「ちょっと調べたんだ」
「二人で?」
「いえ、私はただ知ってただけ。昇太郎君が詳しく調べてくれたのよ」
「なるほど…」
朱色。
昔から日本では魔除けなどの効力があると信じられて神聖なる寺院や神社などに使用されていた。
それと関係あるのかどうかは不明だが、焔一族ももしかしたらそういった意味合いがあるのかもしれない。
人知れず、いや、妖怪にすら知れずに暮らしていた一族。
きっとそれのお陰で、人知れずに現在に至っているのでは。
迷信ものとはいえ、昇太郎はそう考えてた話をした。
「ま、いーんじゃね?だったら緋瑪斗のお似合いじゃん?」
「どういう意味さそれ」
「もう二度とあんな事故に…不幸な事に巻き込まれないように…って。そう言いたいんでしょ?」
月乃が代弁するかのように言う。
「そういう意味合い込めて染めずにいるのか」
「いや、別にそういう訳じゃないんだけど……。そういう意味があるならそれでもいいかな?」
照れくさそうに笑いながら言う緋瑪斗。
癖の髪をいじる仕草をする。
月乃はそれを見逃さなかった。
(…ははーん。まだ正直悩んでるのか…)
感づいた月乃は、緋瑪斗の後ろに回る。
「月乃?」
「気にするな!ヒメ!悪く言う奴は男でも女でも容赦しないから!」
「…は?」
「私が守る!」
「おいおい、姫様守るのは騎士であるオレの役目だぜ?」
唐突過ぎる展開に緋瑪斗は目が点になる。
「竜まで…なんで俺を守る話になってるの?」
「だってヒメ、またからかわれたりしたら嫌じゃない?新学年度になるんだし」
「あー、うーん…それはどうかなー」
「大丈夫よ。緋瑪斗にちょっかい出すのなら私も容赦しないから」
依然強気の未弥子。
他の生徒からも実際怖がられている。
それだけ迫力がある。
「去年はいろいろ問題起こったからね。でも今は大丈夫でしょ?緋瑪斗君自身も強いんだし」
「強いかどうかは試した事ないから分からないけどね」
「少なくとも僕よりは強いと思うけどね。ただ…僕には武器がある」
キラリと光る…いや、光ったように見える眼鏡。
何かと小細工が得意な昇太郎。
ある意味一番怖い。
「ハハハ。でもよー。多分…妖怪の力ちょっと残ったってゆーコトは…多分この学校の中では誰よりも強いんじゃね?
オレよりつえーかもな」
「あー。でも少し自信はあるよ」
否定しないどころかキッパリと自信があると言い切った。
「なぬ?マジか…」
「琉嬉さんから彼方式霊術っていう武術らしいけどね…その一部を俺教わったんだ」
パチンッと指を鳴らす。
すると一瞬だけ火花が飛び散った。
焔一族の力と彼方式霊術で学んだ霊力のコントロール。
それらを組み合わせた、軽い術だ。
いつの間にかそこまで到達していた。
「おお、すげ…手品みたい」
「手品じゃないよ。ただ前よりは威力弱くなったけど」
さすがに力の半分以上を茜袮に返したから、以前よりは妖怪としての力は無くなったという。
それでも十分過ぎる程。
「ほへぇ…そうなんだぁ」
少し興味を持ったような眼差しを向ける月乃。
「今後も続けるの?」
玲華がすかさず質問。
「勿論。ここで辞めるのは中途半端になるからね」
拳を突き出してやる気を見せる。
そのパンチを放つ動きの型は綺麗で、動きにもキレがある。
一年前のなよなよしたような緋瑪斗とはえらい違いようだ。
そう。
男の時から。
「ふぅん…あのお子様みたいな子がねぇ…」
棘のある言い方をする未弥子。
「あ、それ本人の前で言ったら本気チョップされるよ?」
「あっ」
未弥子は思わずバッと反射的に頭を両手で抑えてガードする体勢を取る。
琉嬉がいないのに。
「ひゃっひゃっひゃ。琉嬉さんがここに居る訳ねーだろ」
「むぐ…」
未弥子はこれまで何度も琉嬉からチョップを受けている。
軽くトラウマになっているようだ。
「未弥子もやりくるめる琉嬉さんって凄いわよねぇ」
「話によると琉嬉さんクラスの術者が鞍光高校には他にもいるらしいけどね」
「ふかしぎ部ってやつ?」
月乃もなんとなく話を緋瑪斗から聞いている。
「そうそう、ふかしぎ部には琉嬉さんと同じような力を持つ人がいるみたいだねー。
でも琉嬉さん曰く、「僕が一番強いんだけどね」って言ってたよ」
甲高い琉嬉の声色の真似をしながら言う昇太郎。
しかしその真似は気持ち悪い。
他の者はイヤぁな顔をしている。
「いいなぁ。私も強くなりたいっ」
「待て待て、だったらオレも」
「そうねえ。最低限自分の身を守るくらいになりたいのは確かね」
「未弥子は敵多いからな」
「一言多いっ」
竜の脛を蹴る。
「うぐおっ…、なんでいつもいつも蹴られるんだオレ…?」
新学年度も始まり、新しい教室へ向かう。
学校側の配慮もあり、月乃らと同じクラスにしてもらった。
そしてどうしたのか、玲華も同じクラスにしてもらった。
クラスは持ち越した訳ではなく、前のクラスメイトとは結構バラバラになった。
なぜか担任も同じになったりと、少し不自然にも見える。
何かの力が働いたのか…などと噂されてるくらいだ。
「良かったよねー。玲華も同じクラスで」
「ま、今後の緋瑪斗のためならこうあるべきだね。佑稀弥兄さんは学年違うから当てにならないし、
月乃は天然さんだし。未弥子さんは怖いし、竜は問題外だし。
この面子なら玲華が一番まともだからね」
「さっきから昇太郎…。お前、毒吐き過ぎだぞ?」
「いやいや、僕も目立とうと必死さ」
眼鏡をわざと外してかけ直す。
みえみえの動きだ。
「ちょっとぉ…私が天然ってどういう意味よ!」
(自覚ないんだ…)
その場の全員が思った。
「ま、まぁ…いいじゃん。みんな同じクラスでさっ」
「ヒメがそういうなら……まいっか!」
細かい事を実はあまり気にしない。
結構適当な部分がある月乃。
それに強引に物事を進める場合もある。
それに振り回された事もしばしば。
「ふふ、よろしくね」
相変わらずの笑顔。
でもその場の皆は、本気の笑顔だって事は解かる。
長く一緒にいる間だから。
作り笑顔と本気の笑顔。
違いが解かる。
「おーっし、皆席につけー」
木村先生が入ってくる。
「きりーつ、れーい。おはよーございまーす」
取り敢えず席が一番前で廊下側の生徒が掛け声をかける。
「また同じ顔合わせの者もいれば…初めての者もいるな!今年もよろしくな!」
変わらずに見た目は爽やかなのに言動が暑苦しい。
木村先生とはそういう人物だ。
担当の教科は国語なのに。
一見すると体育教師か何かと思われそうだ。
「お!狗依!同じクラスだな!すっかり女の子だな!いろいろ大変だと思うが今年もよろしくな!」
いちいち発言が暑苦しい。
「あ、はい…」
教室中がザワっとなる。
「あ、あれ…やっぱ噂の狗依か?」
「だよな?でも髪の色変~」
「やっぱ可愛いよな」
「ほんとに男だったの~?」
緋瑪斗をあまり知らない生徒達がざわつき始める。
この妙な空気感。
(またか…)
最初にカミングアウトした時のような。
気分が一気に落ち込んで来る。
だが…やはり動くのはこの人ら。
「ちょっと!アンタ達!うるさいわよ!」
未弥子が一喝。
「そうだそうだー。緋瑪斗が可愛いからってひがむんじゃねーぞ」
「アンタは見当違い過ぎるわ!」
「わはははは!」
笑いの嵐。
「ばかねー。でもヒメにまた変な事言ったりしたりしたら…分かってるよねー?」
にっこりと微笑みながらクラス中を軽く脅す。
そう、ほとんどの生徒は知っている。
あの大乱闘事件。
それに関わった生徒はとても酷い有様だった。
竜は普通に強い。
昇太郎は危ない。
そして緋瑪斗の兄はもっと強い。
覚悟を決めた女子はもっと怖い。
初日から一発、強気に決める。
しかし当の本人の緋瑪斗は…。
「あ、あの…!この人ら結構本気だから、刺激しないように頼みます」
思わず立ち上がり緋瑪斗が手を合わせてお願いするポーズ。
それがなぜかやたらと可愛く見えたのか、さらにざわつき始める。
「可愛いなー」
「元男とは思えねえなあー」
「本当だよね~」
「ええぃ!初っ端からうるさいぞ~!」
木村先生がついにキレた。
「やー、傑作だったねー、木村センセー」
「あまり面白がるのはいけないわよ?」
楽しがる月乃に玲華がやめるように言う。
あの後の自己紹介でもやはり緋瑪斗の時には大きな反響だった。
「まあ、新しいクラスメイトは物珍しさに耐えれなかったんだろうね」
「珍獣扱いするなよ…」
不貞腐れる緋瑪斗。
頬をぷーっと膨らませるその顔は可愛らしい。
「かーわいっ」
ぷにっとほっぺを突っつくのは未弥子。
「ちょ…未弥子さん~」
「あら失礼」
あれから緋瑪斗に対してだけデレデレである。
「なんでえ、未弥子は緋瑪斗にだけ優しいんだな」
ジェラシー丸出しの竜。
もっと緋瑪斗と話したいのだが、今は異性同士。
ここはあまり深く立ち入る事が出来なくなっている。
「そういう事ばっかり考えてるからダメなんだよ竜は」
唯一同じ男の昇太郎からもダメ出し。
「ちっ、面白くねー」
こちらも不貞腐れる。
その様子を見ていた緋瑪斗。
月乃のマシンガントークが続く。
玲華はニコニコ話を聞いてるだけ。
未弥子は何かと対抗しようとして月乃にツッコミを入れるような会話をしている。
まるで漫才のようだ。
(しかしまぁ……変わったのか、それとも変えられたのか、ね)
昇太郎は少し冷静になって考える。
(たしかに…一年前は竜と緋瑪斗と、僕の3人だけの行動が多かった。
月乃と玲華とは疎遠気味。
ましてや未弥子さんとは全く会話なんてしてなかった。
なのに今は……小さい頃みたいに、6人でいる事が多くなった)
普段から頭の中ではペラペラ喋っている。
でも今回は過去を懐かしむように、頭の中で記憶の映像をフル回転させている。
「何ぼーっと考えてるのかしら?昇太郎君?」
「ん?ああ、いや…少し昔の記憶をね」
「昔の記憶?」
「今みたいにこうやって6人で一緒に居るのって……10年ぶりくらいになるのかな」
「10年ぶり?ふふ、過去を懐かしんでるオジサンみたいね」
クスっと笑う。
「いやはや、こんなまだ10代の若僧が10年ぶりに懐かしむなんてなかなかないと思うよ?」
「そうね。全部緋瑪斗君のおかげなのかしら?」
「たしかに、この中では目立つ事のない緋瑪斗だったけど…今は学校中町内中で有名だからね」
性別が変わった。
それもある。
何より、見た目の反動も強い。
いろいろ要因があってそれらが複合した結果が、今の緋瑪斗に繋がる。
勿論、妖怪としての力が残ったままなのは、一部の者達しかいない。
「まさに不可思議」
「え?」
昇太郎が呟くように言い放つ。
不可思議という言葉。
「緋瑪斗は不可思議な存在。それは女性になったからとかだけではないよ。
君もいとこなら解かるだろ?
多分、この中では違う意味で誰よりも近くで見て来たんだから。
言葉では言い現せない、なんともいえない感じ」
「そうね~。うん。緋瑪斗君は、昔からちょっと不思議な所あったから」
「まあそれは言えてるね」
二人は納得する。
決して目立つ存在ではなかった。
でも昔から、どこか強い訳でもないに何かの話題にはいる。
いなければいないで、寂しい。
それが拍車をかけた今、より緋瑪斗という人物が強調される。
「あのね、家族旅行とかでも緋瑪斗君いないと駄目なのよね」
「玲華が言うと説得力あるな」
「でしょ?」
珍しくしてやったような顔をする。
「ほらほら、そろそろチャイム鳴るわよ」
緋瑪斗を中心にした囲いを解散させる玲華。
気づいたら緋瑪斗が輪の中心のようになっている。
「へいへい。お前も戻れよ」
「私は優等生だから大丈夫よ」
「あら、玲華がそんな事を言うなんて珍しいわね」
玲華なりのボケなのだろう。
「竜ったらヒメから離れたくないからって…変態だね」
「なんだとぉ?月乃のくせに」
「やる?」
「いーから戻れよ!二人とも!」
緋瑪斗が耐えかねて、二人を突き飛ばすかのように力強く追い返す。
「おおぅ…」
「ごめん、ヒメ」
(本当ね。気づいたら緋瑪斗君の席を中心にしてるもん)
月乃はずっと考えてた。
物事が緋瑪斗を中心に動いてる。
そんな気さえしてくる。
一年前までそんな事なかったのに。
不思議でしょうがない。
なんだか毎日が楽しい。
緋瑪斗だけじゃない。
仲の悪かった未弥子さえも、今は一緒にいる時間が多くなった。
それだけじゃない。
竜や昇太郎。
仲の良かった幼馴染が、また一緒に居る。
楽しくて、仕方ない。
(悪く言えば、ヒメが女の子になっちゃったから…なのかもしれないけど…)
じっと緋瑪斗の方を見る。
席の順番はまだ出席簿順。
緋瑪斗の苗字は狗依なので、いつも前の方。
月乃は沢城なのでどっちにしろ緋瑪斗の後だ。
その視線は畏怖すら感じる。
それくらいバカ正直に凝視している。
「ちょっと、月乃」
少し離れてるのにも関わらず未弥子がその様子を見て声をかける。
しかし気づかない。
「つきのっ!」
つい大きな声を出してしまう。
「はっ?な、何?」
ガタンッと急に立ち上がる月乃。
一瞬時が止まったかのように教室中がシーン…となる。
「何やってんだあいつは?」
当然、呆れる竜ら。
「月乃?」
「どうしたの?月乃?」
「なんだ?どうしたんだー?沢城ー?」
「あ、いえ、なんでもありません…」
そしてドッと笑いが起きる。
バツが悪そうに座る月乃。
元からよく目立つ存在だから余計に面白く映る。
「もー、未弥子が大きな声で呼ぶから…」
「…私が悪いの?」
納得がいかない未弥子だった。
途中の小休憩。
緋瑪斗は一人校舎内を歩いている。
理由はそそっかしい兄に用事あるため三年生の校舎へと向かう。
その途中だった。
「あー、もしかして噂の狗依先輩ですかぁ?」
見知らぬ男子生徒の声が聞こえて来た。
緋瑪斗は(またか…)と、思いつつ、声が聞こえた方へ顔を向ける。
すると複数の男子生徒が。
先輩という言い方からすると、おそらく下級生…つまり新一年生だろう。
見た目は…よくあるようなヤンキーっぽい感じの生徒。
とく入学出来たもんだ、と心中で思う緋瑪斗。
「えと…何?」
「ほら、あれでしょ?噂の…男だったんけど女の子になっちゃったっていう…狗依緋瑪斗サン?」
「マジでー?可愛いじゃん、変な髪の色だけど」
「思ったより小さいッスね~」
(……やれやれ)
噂とは広がるのが早い。
なぜこうもすぐ絡まれるのか。
そしてなぜその話を知っているのか。
つくづく有名人だと痛感する緋瑪斗。
「何の用か知らないけど、俺ちょっと急いでるから」
そう言い、早歩きで行こうとする。
しかし。
「待ってくださいよっ。本当に男だったんですかね?」
「でも言われて見れば…そう思えない事もないような」
「んーと、邪魔しないでくれる?」
少しイラついた喋り方をわざとする。
「え?いいじゃないっすかー。俺らと少し話しましょ?」
「ねー?」
こういう時に限って人通りが少なかったりする。
そして腕を掴まれる。
「……こういうコトいつもしてるの?」
「まさかぁ、そんなワケないじゃないっすかぁー」
ヘラヘラ笑う腕を掴んできた生徒。
しかし……。
「ごめんね」
くいっと、掴まれた腕を半回転する。
「えっ」
すると腕を掴んできた生徒の腕が変な方へ向く。
そしてそのまま体ごと回転する。
「いてててっ!」
さらに緋瑪斗は腕を別の方へ回転させた。
すると生徒は逆方向に回転して尻餅をついた。
「なんだ?何が起きた?」
「あんまり揉め事起こしたくないんだけどさ…」
新一年生は去年起きた乱闘騒ぎを知らない。
緋瑪斗が中心に起きた事件だ。
「何しやがるっ!」
「オレはただ先輩と話をしたくてやっただけだぜ?!」
「そうやって他の女の子とかを無理矢理引っ張ってたりしてたんじゃないの?」
冷静に対応する緋瑪斗。
随分度胸が据わったなぁ、と自分でも感じながら会話する。
以前の自分なら半パニック状態だったに違いない。
でも武術を習ってるのもあるし、妖怪という人間にとっては恐ろしい存在を目の辺りにした。
今の状況は別に怖くもなんともない。
「てめっ!」
「そうやって手を出すんだー。へー。か弱き女の子相手に」
「るせ!元男だろ?!」
逆に挑発するような発言をする。
「この…っ!」
突然殴りかかるような動きをする一人の男子生徒。
だが、緋瑪斗はそれよりの素早い動きで、相手の懐に潜り込んで右手で胸倉を掴んだ。
思ったより強い力でそのまま壁にぶつかる。
「うげっ?!」
「だからー、「女」だと思ってなめたら駄目だよ?」
頭一個分も小さいのに、反撃出来ないくらい動きを封じられる。
「お、おい…!何女一人相手に動き止められてるんだよ!」
「ち、違う!コイツ…」
緋瑪斗は左手で相手の股間部にグーパンチで押し付けてた。
「コレ以上俺に関わったら、ぶっ潰すよ?」
ニッコリと微笑む。
だがその目は本気。
「ひぃ…」
「おい!やめろって!」
他の生徒が緋瑪斗に引っぺがすように掴みかかる。
が、その中の一人の生徒が後ろから何かの気配を感じた。
「あががが、いでででっ!」
生徒の頭が手でがっつり掴まれてる。
「あ、ゆき兄」
佑稀弥が生徒の頭を片手で掴んでいた。
体が大きい佑稀弥ならではのアイアンクローとも言える。
「よっ、我が妹よ」
「妹ゆーな!」
掴んでた胸倉を離す。
すると掴まれてた生徒は、がっくりと項垂れるようにその場に座り込んだ。
「た、助かった……」
「暴力はいけないぜ、おヒメ様」
「お姫様もゆーな!」
佑稀弥が生徒の頭を掴んでたようだ。
「ほら、邪魔だからどっか行け」
「な、なんなんだ…こいつら!」
「先輩に向ってこいつといか言うんじゃねえよ」
逃げようとする生徒の尻を軽く蹴っ飛ばす。
緋瑪斗に絡んできた生徒達は一目散という表現がぴったりするように、走りながら逃げて行った。
「しかしまあ、ヒメは毎度毎度大変だな。絡まれて」
「スケベな男ばっかりだけどね」
「…大変だなぁ、女の子ってのは」
「身に染みてまーす」
「わりーな、わざわざこっちまで。ちょっと来るの遅いかしなんか揉めるような音聞こえたから、
見たらまーたヒメが絡まれてるもんな~」
ゲラゲラ笑いながら言う。
少し不服そうな顔をする緋瑪斗。
そんな顔しながらも佑稀弥に何かを渡す。
スマホだ。
どうやら緋瑪斗が間違って朝持って行ってしまった。
逆に佑稀弥が緋瑪斗の持って行った。
どっちも同じ機種で同じ色だったせいで間違えたようだ。
「またあんな事件嫌だぜ」
「俺もー」
二人して笑う。
「仲良いな、あの兄妹」
「羨ましい…」
佑稀弥の友人が羨ましそうに見ていた。
「また絡まれたぁ?」
大袈裟に驚く月乃。
「あ、今回は大丈夫だよ。だって俺自身で場収めたし」
「嘘くせー」
「結局はゆき兄に助けられたけどね」
ペロッとわざと舌を出す。
「本当かよ」
「本当~」
「いいや、後でゆき兄に聞こうか」
月乃は本人に聞くよりその場に居た佑稀弥に聞いた方が真実に近づけると思った。
「やれやれ、まだまだ前途多難かもね」
ぼやくように言う昇太郎。
「さぁて、帰ろうぜ」
新学年度初日。
それももう終わりそうだ。
パラパラと他の生徒達も帰って行く。
緋瑪斗らも帰る支度を整えた。
その時だった。
緋瑪斗がふと、窓に目を向けた。
すると二つの黒い髪が垂れ下がってるのが見えた。
(…なんだあれ?幽霊?)
「んー?どうした?」
「いや…(幽霊だったらどうしようか…でも幽霊が居ても基本的には見えないフリしろって琉嬉さんが言ってたし…)」
しかし気になってしまう。
二つの髪の毛がスススっと下に降りて来る。
そしてぴょこんっと顔が見てた。
「あ、あれって…」
眠たそうな目つき。
二つのまとめられた髪の毛。
そして全体的に幼い印象。
「琉嬉さんっ」
「へ?」
その場に居た物が驚く。
「ヒメ?どこに琉嬉さんがいるの?」
「窓っ!」
緋瑪斗が窓に駆け寄る。
なんと琉嬉が逆さまになって窓から覗いてた。
「ここ二階ですよ?!」
「んー、ちょっと緋瑪斗に話があってね。学校まで来ちゃった」
「…直接しなければいけない話ですか?」
「そだね」
どうやって覗いてるのか分からない。
緋瑪斗は外壁を見て驚いた。
どういう原理か分からないが、壁に御札をくっつけてそれを足場みたいにして逆さまになって覗き込んだようだ。
「な、なんでわざわざこんな恰好で…。下着見えてますよ」
「いや、緋瑪斗の気配感じたから面倒で壁登って来た」
「………琉嬉さんって行動が過激ですね」
「よく言われる」
唖然とする緋瑪斗以外の者達。
「とりあえず屋上行こっか」
クイッと親指を上に差す琉嬉。
「え?でも屋上は封鎖されてて行けないんですけど…」
「外から行けば問題ないでしょ?」
手を差し伸べる琉嬉。
「あー。そういう事ですか。さすがですね」
「ごめーん、ちょっと緋瑪斗借りるから~」
「あ、どぞどぞ」
月乃は呆気にとられたまま、両手を出してた。
「ごめん、ちょっと話してくる。先に帰っててもいいよ」
差しのべられた手を掴むとぴょんっと窓枠に飛び乗る。
そしてそのまま窓枠からジャンプすると、あっという間に上に消えた。
「……あれ、緋瑪斗だよな?」
「そうね…」
「驚いたわねー」
「飛び降りたようにしか見えなかったわ…」
茫然とする。
「ほうほう、こりゃすごいなー。緋瑪斗はある意味人間辞めちゃってるね」
昇太郎だけは冷静に判断していた。
窓から外を覗いてももう誰もいない。
下を見ても帰って行く他の生徒の姿だけ。
上を見ると、屋上についてる金網を軽々と登って行く二人の姿。
「あんなの見たらロッククライミングやってる人は自信無くすだろうな」
それだけ身軽に動いて行った二人だった。
屋上。
風が冷たい。
雪はほとんど溶けてないが、水たまりが所々にある。
朝まであったのだろうか。
「琉嬉さん、えと…話ってのは?」
「別に大した話じゃないんだけどさ」
「…でもわざわざ学校まで来てくれたって事は重要なのかと…」
「ま、家が近いしね」
「たしかに」
屋上の金網。
そこから風景を眺める。
「ぶっちゃけて言うと…緋瑪斗はもう「こちら側」の人間なんだ。
多分…避けて通れないのがこれからも起きると思う」
「……そうです…よね」
少しだけ背筋がゾっとした。
そう、焔の里に行く道中に変な妖怪に襲われた。
「大丈夫。あれは妖怪がいる所に行ったから。近づきさえしなければほとんど遭うコトはない…」
「…だといいですけどね」
「ま、普通の人間相手にはもう負けないと思うけどね」
「ハハ…」
苦笑いする緋瑪斗。
先程丁度絡まれてたところだったからだ。
「案ずるなってば。何かあれば「ふかしぎ部」はお前を、お前達を守ってやる。
勿論これからも緋瑪斗を鍛え上げるつもりだけどね。
自分の身は自分で守る。それも必要だ」
「それは十分身に染みてます」
フッと琉嬉が普段あまり見せない笑顔を見せる。
「えと…いろいろありがとうございます。琉嬉さん」
「なぁに。お安い御用さ」
くるりん、と御札を回収する仕草をする。
どういう仕組みで動いてるのかと思えるくらい、自由自在に空中で操って手に収めていく。
「…優しいですね。琉嬉さんって。それに強くて可愛いし」
「…可愛いは余計だけど」
「え?駄目でした?」
「……いや、別に」
つんけんする。
少し口を尖らしたような顔をしてる琉嬉。
「そういう緋瑪斗だって整ってるじゃん」
「え?整ってる…?何がですか?」
「顔だよ。失礼ながら男の時の画像を見せてもらった」
にやつきながら言う。
「ちょ、誰にですかっ!」
「月乃と昇太郎」
「……あの二人めぇ~…」
でも月乃と昇太郎なら、きっと有無言わさず見せるだろう。
なぜか納得できる。
「男の時から緋瑪斗は可愛い感じだったんだね」
「童顔だとは言われてましたね…。高校入っても中学生に間違われました」
「だろうね。僕なんていまだに小学生扱いされるけど。それよりはマシじゃない?」
ちょっと自虐的に言う。
「あ、あはは…それはなんとも…」
「だよね。緋瑪斗のお兄さんも弟も綺麗だもんね」
「男相手に綺麗って言っても喜びませんよ?」
「いーじゃん。綺麗な男って希少だよ?うちの部にも一人いるけど」
「あはは、そうなんですか」
ガシャッと金網に手をかける緋瑪斗。
ひんやりしてて冷たい。
「俺も…琉嬉さんみたいになれますかね?」
「んー、少なくとも僕の後輩の男共よりは強くなれると思うよ」
「あはは、そうですか。なんか複雑な気持ちですけど」
「ごめん。緋瑪斗は戻れなかったもんな…」
「いえ」
結局は男には戻れなかった。
そして妖怪の力も少しだけ残った。
妙に半端な状態になってしまった。
「でもいいじゃないですか。他にいないような、ふかしぎな存在、俺はそれを、受け入れます」
自分自身でも思う、他にはいない、不思議な存在。
人間妖怪どっちつかず。
半妖状態。
「…………やっぱり、緋瑪斗は強いよ。はじめて会った時はあんなに弱々しい雰囲気だったのに。
今は明確な意志力。何より顔つきが違う」
「そうですか?」
前は会う度に何か悩んでそうで、時折うわの空みたいな感じだった。
それは自分の置かれた状況について行くのがやっとの状態だったから。
だが今は違う。
受け入れた、そう言い切った。
この吹っ切れた感が、表情にも表れている。
「鞍光とその一帯。この地域は雪国でも関わらず、妖怪達が多い。
本当にふかしぎな所さ。
緋瑪斗もここに居る限り何かしらの接触はあると思っていい。
なんせ、半妖だから。
これから大きな出来事が起きる可能性がある。
だから……僕は緋瑪斗に、出来る限り接触してほしくない。
自分から首を突っ込んでも欲しくない」
「……それを言いにわざわざうちの学校まで?」
「………」
ちょっと照れながら無言で頷く。
「詳しく言うと…半妖達が集まって何かをする可能性があるんだ。
だから…もしかしたら緋瑪斗の所にも…って思って。
大体、半妖の数が極端に少ない。調べ上げればすぐ的を絞られるからね」
「…なるほど…」
少し怖くなる。
でも不思議とそこまで恐怖感みたいなのはない。
「何かあればすぐに僕に…」
「分かりました!要は俺がもっと強くなればいいんですよね!」
シュシュッとシャドウボクシングのような動きをする。
型が綺麗だ。
琉嬉の目にも分かるくらい、キレのある動き。
「…はは、もうなんか心配いらないくらい受け入れてるな」
「大丈夫です。自分の身を守れるくらい精進します!そもそも琉嬉さんが近くに住んでるし。
なーんて、結局琉嬉さん頼みかな?あはは」
「ぷ、くくく…」
「あれ?そんなに可笑しい事、俺言いました?」
「ふひひ、いや、ほんっと、明るくなったよ緋瑪斗。やっぱ、自分自身の成長と、あいつらのおかげだよね」
「え?」
あいつら。
琉嬉が指を差してる方向。
校門前にいる5人。
月乃達だ。
先に帰っていいとは言ったのだが、結局学校の外に出たようだが、待っているようだった。
「帰っていいって行ったのに」
「いーんじゃない?ごめんね。こんな所に呼び出してまで話して」
「いえいえ、問題なしです」
ピッとなぜか右手でピースサインを作る。
「さて、戻るか」
「はいっ」
緋瑪斗だけ、普通に正面玄関から出て来た。
琉嬉の姿はない。
駆け足で手を振りながら戻ってくる。
差し詰め、彼氏でも待たして戻ってくる彼女のような姿だ。
「ごめん、待ってたんだ」
「そりゃそうよ」
「でもなんで外に?」
「先生が早く帰りなさいって言って追い出されたのよ」
不服そうに言う未弥子。
「あれ、琉嬉さんは?」
「いるよ」
いつの間にか緋瑪斗を待っていた5人の後ろに居た。
「なぜ後ろに…」
「いやいや、だって学校側から出てきたら怪しまれるだろ?制服の色違い過ぎるんだし」
「それもそうよね~。鞍光高校の女子制服って凄く目立つんですもの」
玲華が琉嬉の制服を触りながら言う。
ちょっとやらしい手つきに見えた。
「玲華、ベタベタ触り過ぎ~」
「もしかしてそっちの気があったり?」
「あら、違うわよ。私は小さい子が好きなだけ」
「小さい子って言うなっ!」
琉嬉が玲華目掛けてチョップをするが、避けられた。
「おお…避けた」
「むっ…やるな玲華」
「ふふ」
謎に間合いを取る二人。
「さすがヒメのいとこ~」
「避けるのに俺関係ないだろ…」
ちょっと嫌そうな顔をする緋瑪斗。
「皆、それより小さい子が好きなだけって言う言葉にツッコミはなしか」
昇太郎だけその部分をはっきりと覚えていた。
琉嬉を交えて帰宅する。
5分に一度くらいの割合でなぜか言い合いになる。
大抵は月乃と未弥子、そして竜。
飽きさせない会話。
時々昇太郎や玲華が皮肉を言ったりして場が荒れたり。
毎日こんな登下校を繰り返している。
緋瑪斗はこの中ではおとなしい方だ。
あまり会話に口出しをしない。
でもなぜか異様な存在感がある。
「にぎやかだねほんっと…」
呟くように言う琉嬉。
人の目が気になるくらい。
すれ違う人から見たら多分うざいと思われてるだろう。
そんな気がしてくる。
「やっぱそう思います?多分学校一うるさいんじゃないですかね?」
「かもねー」
あまりのにぎやかさに琉嬉も耳を塞ごうかと思うくらいだ。
「琉嬉さんは電車でしたっけ」
「あー、こっからだったら歩いて帰れるし」
「でも一駅分だと結構な距離がありますよ?」
「僕をそこらの人間と一緒にしないでよ」
片腕をくるくるっと回す。
「そりゃそうだよなー。琉嬉さん人間じゃねえもんな」
「なんか言った?」
竜を睨む琉嬉。
据わったような目が一層鋭さを増す。
「なーんも言ってませんー」
なんだかんだで、琉嬉とも仲が良くなった。
「ねぇ、ヒメ」
「何?」
月乃が唐突に緋瑪斗を呼ぶ。
少しだけ、真剣な目をしている。
「…楽しそうだね」
「へ?」
静かにしてても何やら楽しそうに見えたのか。
「ううん。前よりやっぱり、楽しそう」
「そっかぁ?緋瑪斗は前と変わらず可愛い顔のまんまだぜ?」
「アンタは黙ってなさいよ」
「けっ、未弥子も相変わらず緋瑪斗緋瑪斗だもんな」
「竜も大した変わらないだろ」
冷静に昇太郎が竜に対してツッコむ。
「6人集まると大抵こんな感じよ」
「ふぅん…」
玲華の言う事に納得する琉嬉。
「うちも似たようなもんだ。ただ、みんな家がバラバラだから駅で別れちゃうけど」
「それはちょっと寂しいですね」
「お前らが羨ましいね。家も近所、学校も一緒。幼馴染か~」
「それがいい時もあれば悪い時もありますけどね」
少し笑いながら緋瑪斗が言う。
「なるほど」
「あ、あれ?」
突然緋瑪斗が歩くのを止めた。
「ん?」
急に止まるのだから皆も驚く。
「うげっ。おい、急に止まるなよ…」
「痛いわね~…ちゃんと前見なさいよ!」
「デカいんだから気を付けてよ」
思わず竜が勢いが止まらず、前を歩いていた昇太郎と未弥子にぶつかる。
「どうしたの?ヒメ?」
「いや、この感覚…」
何かに気づく様子を見せる緋瑪斗。
「なんだ?気分でも悪くなったか?」
「いや…。なんだか、こう…脳裏に何かが電気でも走ったような…感覚」
「電気?何それ」
不思議そうに見つめる月乃。
「それって、エスパーとかニューなんたらみたいな?」
「いや…なんか感じた事のある感覚……」
すると緋瑪斗はダッと走り出した。
「おいおい」
「ああ、ちょっとヒメ!」
即座に月乃が追いかける。
そして続くように竜や未弥子らも走り出す。
「あら、どうしたのかしらね」
キョトンとしている玲華。
「もしかして、妖怪としての力が少し残ったのと、霊術の特訓してたから、感覚が前より鋭くなったのかも…」
「そんな事ってあるんですか?」
「霊感力がない人間でも霊感がある人と一緒に居ると幽霊が見える時があるって言うだろ?」
「そうですね、聞いた事あります」
「僕とよく特訓してたせいで感知力が高くなっちゃのかも。でも…」
心当たりがあるような事を言う琉嬉。
でもだからって自分から首を突っ込むような行動はするな。
そう言ったばっかりだ。
緋瑪斗も馬鹿ではない。
ましてや月乃や琉嬉が一緒に居るのに行動を起こす訳がない。
「だとすると……。僕らも行こう」
「分かりました」
(この感覚……そうだ、俺は知っている!
暖かい、不思議な感覚…!
――――――多分…!)
すぐ自分の家の近く。
近づくと同時に、何かの期待が込み上がってくると同時に、胸の鼓動が強くなる。
「ちょ…ヒメ足速い~!」
「すっげえ速さだな…オレでも追いつけねえよ」
「はぁはぁ…もうだめ…」
未弥子がすぐダウンする。
そしてその場にしゃがみ込む。
「運動不足だよ、未弥子さん」
「なんでアンタは平気なのよ…」
「こう見えても鍛えてるからね」
意外な発言。
「むぅ…私も少し運動しようかしら…」
「鍛えるなら手伝ってあげるけど?」
余裕な顔をして琉嬉が隣まで来る。
なぜか玲華も涼しい顔をしている。
「よ、余計なお世話ですっ!」
「やれやれ、どこまでも強気だね、お前さんは」
ぽんっと未弥子の頭を軽く乗っける。
「…子供じゃないですから」
「そうかい」
ニコッと微笑む琉嬉。
(…笑顔見せるんだこの人)
「じゃ、置いてくよ~」
琉嬉はそう言って軽くジョギングするかのような速さで走って行く。
「そゆことで~」
玲華も続く。
「貴方まで…」
「そんな座り方してたら黒い下着…見えてるわよ?」
「んなっ!」
気づいてすぐ手で隠す。
玲華はいつものようにクスクスと笑って先に行ってしまう。
「……んも~、負けてらんないわっ!」
気力を振り絞って未弥子も立ち上がり走り出した。
(間違いない……この感覚)
家の近く。
ふと、屋根の方に見覚えのある、朱色の赤髪。
顔は白い仮面で隠していて分からない。
でも緋瑪斗には解かる――。
「茜袮さん!!」
ストッと屋根から飛び降りて来る、仮面姿の者。
そっと仮面を外す。
やはり、緋瑪斗が名を叫んだ通り、茜袮だった。
「やあ、久し振りだな。緋瑪斗」
「茜袮さん!どうして…!?」
「答えはひとつしかないだろう?」
「え?」
「お前に会いにだよ」
クールな表情が一気に優しい笑顔を作る。
「何々?誰…?あっ!」
先に辿り着いたのは月乃。
緋瑪斗と対峙してるように居た人物。
茜袮の存在に気づき、すぐ茜袮だと判断した。
「茜袮さん……?」
「ふむ。月乃…と言ったか。また会えたな」
「なんだ?どうした…ってあれー?茜袮さんじゃね?」
「だね」
竜や昇太郎も後からやって来て、すぐ分かった。
「あらあら、まさかの再会?」
「みたいだね」
玲華と琉嬉も到着。
そして最後にやって来たのは未弥子。
「ちょ、ちょっと……なんで貴方がいるのかしら?!」
案の定、真っ先に突っかかっていく。
「ほんっとに血の気多い女だな…」
「アンタに言われたくないわよっ!」
「おーこわ…」
竜がたじろぐ。
「おお、たしか…未弥子だったか?元気か?」
「元気も何も、何しに来たの?!てかあの時大変な思いしたのに…アンタからこっちに来れるんじゃない!」
「そう言うな。あの時は私は療養してたし、力が無くってな」
「…そんなに重症だったの?」
「まぁ、そうだな…。死にかけるくらいだったしな」
唖然とする緋瑪斗達。
「あ、あの…どうして突然?」
「ん?どうして来たかと?」
コクンコクンと皆して声を出さずに大きく首を縦に振る。
「実はな…」
「こっちに暫く住むぅ?!」
大声で反応したのは月乃だった。
茜袮の説明は実に簡潔であった。
「人間社会に潜り込んでみようと思い、族長から許可を貰って来た。
我々はあまりにも他社会と接する事なく、行き過ぎた。
私が人間との懸け橋になるために、暫く厄介になる事にした」
「その割には…派手に屋根の上に居たけど…?」
「ああ、それは普通の人間には見えんよ。我々が如何に人間や他の妖怪に知られずに生きて来たと思っている?」
「なるほど……そっち系の妖怪か」
琉嬉が一人納得する。
どうやら姿気配をある程度極限まで消せる術を使えるようである。
だから、あんなに屋根に居ても誰も気づかれずに居た。
ただ、それに気づけるのは…琉嬉のような強力な術者。
強い力を持つ妖怪。
そして、緋瑪斗のように、同じ焔一族の力を持つ者。
「だが緋瑪斗はさすがだな。いち早く私に気づいてくれた」
「ああ、それは…なんか感じたから」
「益々人間離れしていくね、ヒメって」
「あははは。それはしれで複雑だけどね。さすがに」
苦笑いしか出てこない。
「で、わざわざそれを伝えに来たのかしら?」
さらに詰め寄る未弥子。
「うむ。これから私が逆にお世話になる。先ずは緋瑪斗の家の本屋で働かせてもらう事になった」
「はい?」
どうやら両親には既に承諾を得ている。
そして住む場所は違えど、日中は本屋で接客。
何より一番の目的は、茜袮が外の世界に興味を示した…というのが一番だ。
「それとな。緋瑪斗を守るためだ」
「お、俺を守る…?」
「先も言ってたが緋瑪斗は自分の身を守ると言ってたな。
だがまだまだだ。私がお前をさらに鍛えてやる」
「そりゃいい。僕の負担も減るって訳だ」
「そんな…急に…大丈夫なんですか?」
「問題ない」
茜袮は曇った表情は一切ない。
あの時に会ったような、少し冷めたような表情とは違う。
こちらもまた、何か吹っ切れたような雰囲気を出していた。
(なるほど~。ふぅむ…)
月乃は何かに気づく。
「ようするに、茜袮さんも緋瑪斗に会って、何かに気づかされたんですね」
「まあ、そうかもな」
「どういうコト?」
問うの緋瑪斗はよく話がみえてこない。
そういう表情だ。
「緋瑪斗。お前さんは不思議な魅力あるんだよ」
「そ、そうなんですか……?よくわかんねえや…」
頭を何度も傾げながら不思議そうな顔をする。
「分かるぜ~。元々男だったくせに、妙な可愛さと色気さが出てきてるもんな。今の緋瑪斗は」
「人をそんな目で見るなっ」
軽く竜の脛を蹴る緋瑪斗。
「まぁ、あれだ…。私も結果的には緋瑪斗に救われた。それの恩返しだ。
わざわざ焔の里まで来て力を返してくれたしな」
「そんな…ただ俺は」
謙遜する。
凄く照れているのか、これ以上にないくらい顔が真っ赤。
「私の力を受け持つ、お前はまるで子供のようでもあり、妹のようでもあり、弟のようでもあり…」
「あ、あははは、そんな…」
家族のように思ってる。
そう言いかけた茜袮。
「だめよっ!緋瑪斗は渡さないわ!」
未弥子が緋瑪斗を庇うかのように前に入ってくる。
「おっと~、ヒメは未弥子のものじゃないよーだっ」
「ちょっと…何するのよ!」
「待て待て!オレだって緋瑪斗の大親友としてだな…」
「竜は明らかに親友以上の目で見てるだろ」
「やれやれね~」
「あらら…三角関係ならぬ四角関係か」
「それも皆女じゃん」
まさかの茜袮との再会に家の前で大賑わい。
「…何してるんだ?家の外で集まって…」
店裏の居間から見える、外の風景。
何やら大声がするので気になって見に来た佑稀弥。
「まーたなんか大きな事件でもあったんでしょ?」
最初から居間でゲームしていた稔紀理は冷静。
事件と言いつつ多分なんでもないだろう、稔紀理ではならの洞察力。
「…なあ、やっぱあの茜袮って人…大丈夫なのか?」
「大丈夫よっ。いい子だし…お店手伝ってくれるって言うし」
「ふーん……あの人がねえ…。緋瑪斗の恩人であり女にした張本人であり…」
茜袮は先に緋瑪斗らの家族に会って話を通していた。
とはいえ他の家族は既に了承済み。
「安心しろ。別に取って食おうって訳じゃない」
茜袮はこう言う。
「変に妖怪だって事を思い出すと意味深に聞こえてくるね」
「余計な事言うな昇太郎」
竜が珍しく逆にツッコミを入れる。
「はは、でも良かった…。完全に体調戻ったんですね」
「ああ。バッチリだ。お前が力を戻してくれなかったらと思うと、怖かったがな。
ただ、それも私が自分でした行いだから後悔はなかった」
「……でも本当に良かったです」
ニコリと微笑む緋瑪斗。
「ふむ……。お前は、本当に元々男だったとは思えないな…。可愛らしい笑顔だ」
緋瑪斗の顔に近づけて言う。
「いや、そんな…あはは」
「ちょっとぉー、だから緋瑪斗に近づかないでってば!」
「私も未弥子の意見に賛成~」
「おおい、二人とも…」
結局いつものにぎやかさが増す。
「まあなんだ。これから大変だな…緋瑪斗」
ぽんっと肩に手を置く琉嬉。
同情の目をしている。
「そんな…助けてくださいよ琉嬉さん」
「んー、こればっかりは僕でも無理かな」
あっさりと言いのける。
「そんなぁ~…」
「それにしても…緋瑪斗君は女の子になってから女の子にモテモテねぇ」
「たしかに…。面白い構図ではあるね」
てんやわんや。
今後もより一層、騒がしい日々が続きそうだった。
あれから一年。
茜袮との出会い。
そして自分の体の変貌。
それを取り巻く状況の変化。
奇妙で、「ふかしぎ」な出来事の連続。
ベッドの上で緋瑪斗はぽやーっと考えてた。
茜袮がこちらにやって来た。
今後も暫くこちらに居ると言う。
右手を天井に向けて挙げたまま、蛍光灯を遮るように手のひらを広げる。
そして少し念じる。
ボッと小さな火が出て来る。
(………受け入れる…とは言ったけど…。不安は確かにある。けど)
ガバッと起き上がる。
(繋ぎ止めてくれた命。頑張って生きよう!)
と、自分で思いつつ大袈裟だなと照れながらも、寝る事にした。
「お前ら~、静かにしろー」
ガラッと勢いよく戸を開けて入って来た担任の木村先生。
何から上機嫌だ。
「なぁに?せんせー、機嫌良さそうじゃない?」
「そうだね…」
月乃が面倒そうにぼやく。
「突然だが新学年度から転校生が来る事になった」
「えー?」
「マジで?」
「あら、わざわざこのクラスに?」
ざわつくクラス。
「ふぅん…」
ちょっと興味無さそうにする緋瑪斗。
机に手を乗っけて頬杖をしている。
ガタッと椅子を激しく引きずる音を立てて急に立ち上がる。
すぐに異変に気づいた。
「ヒメ?」
「嘘でしょ?」
「何がどうしたの?」
「今日から一緒に学ぶ…火野神茜袮君だ」
「宜しく」
「茜袮さんっ?!」
大声でつい叫んだ。
「えーっ?!」
当然、月乃らも驚いた。
「お、なんだ?知り合いか?まあ、そうだろうな。火野神君は狗依の遠い親戚らしいからな」
「あらら…これは驚いたわね…。なんか親戚な設定になってるし」
さすがに玲華も目を大きく見開いて驚いてた。
茜袮は当然、見た目は緋瑪斗達を変わらない10代くらいの少女。
制服姿が似合ってる。
髪の色も普段の色ではなく、少し黒っぽい。
染めてるのか、それとも妖怪モードじゃないのか。
きっと、気配をコントロール出来るくらいだからいわゆる人間モードにある程度変装出来るのかもしれない。
どっからどう見ても、人間の少女にしか見えない。
実年齢は30代なのに。
「ななな、なんで茜袮さん?」
「やあ、緋瑪斗。宜しくな」
手を振って挨拶。
ボー然とする緋瑪斗。
「はは、なるほど…こういう事か~」
「言っただろ?私はお前を守るとな」
小さく言う。
「ひゃー、たまげた」
「そうだね。さすがに驚いたよ」
「たしかに…学校に通うとは言ってなかったわね」
「だからって……んも~」
言葉に言い表せないくらい驚愕している様子の未弥子。
「完全にライバルが増えたわね、月乃」
「そ、そんなんじゃないわよ!」
「なんにせよ…大変ね、緋瑪斗君」
「はは…」
笑うに笑えない。
なんとも複雑そうな笑顔だった。
「これからは、仲間だ。緋瑪斗」
「は、はい」
「そんな顔するな。私と緋瑪斗の仲だろ」
「そんな…」
照れる。
「おいー?どういう事だ~!狗依~!」
「お前…女になったのに、女たらしになったのかーっ!」
「ち、違うってば!」
前から緋瑪斗を知っているクラスメイト達も騒ぎ出す。
「あーらら、やっぱりな…茜袮さんも可愛いからな」
「ライバルは他にも出て来たわね~。前途多難ね、緋瑪斗君…フフ」
冷静に事態を見守る昇太郎と玲華。
「そんなんじゃないって…なんなんだこりゃ~!」
「緋瑪斗!この際はっきりしなさい!」
「そうだよ!ヒメ!」
「緋瑪斗…誰を選ぶか決めろ!」
「大変そうだな、緋瑪斗」
「ああー、もう…なんでこうなったんだ~!!」
嬉しい悲鳴…とも言えない。
こうもおかしな状況に、これからの学校生活が大変そうになる。
緋瑪斗は叫んだ。
「俺の人生……どうなるんだぁ~!!」
こだまでもしそうな、それくらい必死な叫びだった。
こうして、緋瑪斗のふかしぎな人生はさらなる幕上げとなる。
普通の人間だった。
何処にでもいるような、普通の男子高校生だった。
でも、突然の事故や出会い。
そして琉嬉や、幼馴染達の踏ん張りで、緋瑪斗は道を外れる事なく来れた。
学校の窓から見える景色。
広がる山々。
「ヒメ!お昼ごはん…食べに行こう!」
「え、何処に…?」
「いい天気だから外で食べたいんだとよ」
面倒そうに言う竜。
でも顔は別に嫌がった感じはしない。
「ま、たまにはいいんじゃない?今日暖かいし」
バッチリと昇太郎はお弁当を手に持っている。
他にも飲み物を袋詰めした物。
「ピクニックじゃないんだから…」
「と言いつつ、楽しそうだけどね」
「うるさいわね、昇太郎のくせに」
「あら、仲の良い事で…」
「貴方もいつも後ろから喋らないでっ、驚くから」
後ろから急に喋りかける。
玲華の得意技だ。
「じゃーん、今日はお菓子もありますっ」
「…益々ピクニックじゃん…」
ノリの高さに呆れる緋瑪斗。
「フフ、いいじゃないか。楽しそうで」
「茜袮さん」
「それにしても…いつもお前を中心にこうやって集まるのか?」
「…疲れますよ。本当に」
「コラ、敬語はやめろ」
つんっと緋瑪斗の額を人差し指で突っつく。
「茜袮さん…」
「血肉分け与えた家族みたいなものだから」
「あー、ずるいー、茜袮さん」
「抜け目がないわね」
ずずいっと二人が詰めよる。
「おい、二人とも…」
「てか、血の繋がってる家族ならそこにいるじゃんかよ」
「玲華の事?」
「ま、いとこ同士なんだけどね」
そう言いながら玲華も鞄からお弁当を取り出す。
なんだかんだで行く準備万端だったようだ。
「おい、早く行かねーと昼休み終わっちまうぜ」
竜が先に教室から出て行こうとする。
「だね」
ぞろぞろと出て行く。
「人気者だな、緋瑪斗」
「はは、本当にね…」
苦笑い。
あの時から毎日のように、月乃達以外からも話を掛けられる。
学校一の人気者だ。
でも緋瑪斗は別に苦にしない。
仲間がいるから。
「ホラ、ヒメ。行くよ~」
無理矢理手を引っ張られるように連れていかれる。
「あ、危ないよ…」
「手を繋ぐんじゃないわよ」
「何よ~、未弥子も繋ぎたいんでしょー?」
「そ、そんなワケ…」
ギャーギャーと言い合いながらも一緒に教室から出て行った。
「ふふふ、これからも楽しめそうだ」
茜袮も最後に出て行く。
心のドコかで、引っ掛かるようなモノがあった。
でも今確信した。
緋瑪斗は、大丈夫だと。
ここは、妖怪らが住む鞍光市の隣町、北神居町。
普通の人間だった緋瑪斗が、妖怪として、女として生まれ変わった。
だけど、心は変わらない。
そう簡単に変わる訳がない。
こんなに身の回りが、しっかりしてるんだから。
くじけそうになりそうながらもしっかり、手助けしてくれたんだから。
校舎の庭。
まだ肌寒いくらいだが、天気が良くて日差しが暖かい。
雪もすっかり解けて、草木が芽吹き始めている。
そんな風景を何気なく見る。
(そもそも……変わらないってなんだ?
変わるってなんだ?
そんな事はもうどうでもいいや。
俺は俺なんだし。
性別が変わろうが人間じゃなくなろうが、狗依緋瑪斗はここに居るから。
全部受け入れて、これからも精一杯生きてやるさ)
そして緋瑪斗の第二の人生とも言えるべき、新たな門出。
それはもう始まっていた。
いや、それはむしろあの時から始まっていたとも言える。
改めて受け入れて、これからの新しい季節をその身に感じて、生きて征く。
これにて緋瑪斗のメインの物語は完結になります。
が、緋瑪斗はこれからも元気に生きていくと思います。
変わらないようで変わったようで実は変わらない仲間達と新たな仲間と共に
過ごしていくんでしょうね~。
ふかしぎ真霊奇譚の本編にもちょこちょこ出て来たり名前が出てきます。
およそ一年強かかった物語。
TS物でしたが、結局試行錯誤して実は当初の内容から結構変化してたりしてます。
でも当初の考案していた長さでうまくまとまったかな~?
これからの緋瑪斗達は本編でよろしくです!




