第25話 授かったモノ、譲り受けたモノ、結局は大切なモノなんだねって。
「力を返すぅー?!」
緋瑪斗の幼馴染軍団全員が声を揃えた。
声を出さずとも、普段眠たそうな目つきの琉嬉ですら目を大きく見開いて驚いてる。
「どういう事?」
「聞いただろ?焔一族としての力。
その力は俺が一番知ってる」
「そ、それは…そうだろうけど…そんな事出来るの?」
「さあ。でもそれはやってみないと解からない」
「だよね…」
突然の緋瑪斗の言葉にその場の者が驚いている。
茜袮は勿論驚いた。
そして、族長も驚きの顔をしている。
「…力を返す…とはな。これはまた恐れ入った」
「族長とやら。今までそういった事あったのか?」
同じ妖怪として、來魅が疑問に思い問う。
だが族長はしかめっ面とでもいうのだろうか。
複雑そうな表情で來魅からの問いに答える。
「いや…いない。
私とて…まだ60年しか生きていない。
焔族の寿命はおよそ200年弱。
人間に比べれば大体二倍以上か。
歴史に限れば他の妖怪に比べるとそれはまた短いものだ」
「ふむ?」
「まあ何が言いたいかと言うと、短い歴史だが、力を受け取った者が返した記録なんぞない、という事だ」
「ほほう」
「基本的に力を渡すのは自らの子。
力を持ったまま死ぬ者は戦死でもしない限りいない。
渡された子はまたその子に力を私受け継ぐ。
今までは子が親に力を戻すなどという話はない」
「そりゃそうだよねー」
琉嬉がこちらの話題に首を突っ込む。
「要するに一生に一度レベルの大きな力だから試した事ないって話でしょ?」
「そうだな…」
未知数。
何が起きるか分からない。
それに、元々人間だった緋瑪斗にその力が使えるかも分からない。
それでも今は同じ焔一族の力を持ってるのであれば…。
緋瑪斗はそう考える。
「というそうだ」
茜袮が分かりやすく手短に説明し終える。
「だ、だがよ…そんなコトしたら…緋瑪斗はどうなる?」
「分からぬ。妖怪としての力は無くなるかもしれん」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
未弥子が力強い口調で茜袮に詰め寄る。
「もしそれが成功したら…緋瑪斗は元に戻るって訳?」
「さぁな。だが元に人間に戻るとは思う。
故に、私は今は妖力がほとんど使えない。
そこらの人間となんら変わらない状態だ」
力を渡した本人がそう言うのだから、説得力が強い。
「だ、だったら…ヒメは男の子に戻るの?」
「…それは分からない」
「な、何よ!分からないばっかりじゃないの!」
ヒステリックになってゆく未弥子。
「おーおー、怖い怖い…」
「見てるこちらが怖いよ…」
男陣…と言っても二人だけだが、ある種の恐怖を感じているようだ。
「正直分からない。情けない話だがな」
族長は何度もこう言う。
仮に、緋瑪斗が茜袮に力を返したとしても戻るとは言い切れない。
「なんせ、試した者がいないからな」
「ま~、そりゃそうよねー」
いつの間にか箕空も戻っていた。
「そう…だな」
茜袮も不安そうである。
「あ、でもさ。緋瑪斗…その力を使えるの?」
「……わかんない」
「……」
「……」
その場の皆が黙り込んでしまう。
「あー、コホン。失礼。ちょっといいかな?」
琉嬉が小さな手を挙げて止まった場を動かす。
「大抵一度しかしないにも関わらず茜袮さんとやらが出来たんなら緋瑪斗にも出来るんじゃない?」
そう考える。
普通は一度しか行えないものをまるで簡単に行ってる様子だからだ。
「ふむ…たしかに」
茜袮は顎に指を持っていき少し考える。
すると考えがすぐにまとまったのか、緋瑪斗にこう言う。
「特訓するか。緋瑪斗」
「は、へ?」
「特訓だ。その力を使えるように。そもそも…焔の力を正統に習っていないだろう?」
「それはそう…ですけど…」
よくよく考えてみれば緋瑪斗自身そう気づく。
琉嬉のもとで武術など多少習っていはいたが、妖怪の力としての霊力を操る特訓はしていない。
「うん、そうだね。僕は妖怪じゃないし、妖怪の力を教える事は不可能だからね」
「琉嬉さんが妖怪みたいなもんじゃん。日本人形的な」
「うるせー竜のばか」
竜の余計な一言に琉嬉がチョップをみぞおちに命中させる。
「ぐげげ…小さな体のどこにそんな力が………」
バタリと倒れる。
「おーい、わざとらしいぞー」
「わざと…じゃねえ、ってぇ…」
チーン、と仏壇に置いてある鈴の音が聞こえてきそうだ。
「ま、今日は帰らないのだろう?まだ時間はある。ゆっくり話でもしようじゃないか」
茜袮からの提案。
緋瑪斗達は勿論すぐ帰るつもりはない。
準備もしてきている。
「そうか。ならばゆっくり考えるのも良かろう。
お前達、久々の客人だ。空いてる家に案内しなさい」
「はっ」
付き人なのか。
二人の焔一族の女性が緋瑪斗達を案内する。
「おお、そうだ。ここは温泉もあるぞ?どうだ、移動に疲れただろう。
疲れが取れるぞ」
「わー、温泉だって~、ヒメ。入るよね?」
「…入りたい事は入りたいけど…ここって女の人ばっかりなんだよね…?」
嫌な予感がする。
「まぁそうだな。女だけの妖怪の一族だからな」
「あらー、私達と入るの嫌なの?」
怪しい笑みの未弥子。
「い、いや…そういうワケじゃないんだけどさ……でもどうしてもまだ慣れなくって」
「ふむ。ま、そりゃそうだよね。「心」は男のままだもんね」
琉嬉はいちいち痛いところを突くような言い方をする。
でもそれはもう分かりきっている話なので誰も強く言い返さない。
「そうか…別にするか?」
「い、いや、大丈夫です。みんなの好意無駄にしたくないし…」
「優しいな、君は」
緋瑪斗の頭を軽く撫でる茜袮。
「ちょっとぉー。気安く緋瑪斗の頭触らないでよー」
未弥子が護るように割って入る。
「ふふ、まるで姉と妹みたいだな」
「あのー。俺達は…?」
唯一の男の二人。
残されてしまう。
「大丈夫よっ。一応男性用の客室もあるし、お風呂もあります」
「あ、そうなんだ…良かった…」
「そうだな。箕空、お前が殿方二人を案内しなさい」
「はぁい」
「あ、その前に…いいかな?」
琉嬉が挙手をして引き留める。
まだ残っていた琉嬉とその隣にいる來魅。
そして玲華。
「ん?なんだ?」
「族長さん…ちょっとだけ話聞いていい?」
「…私の名は由愛だ。教えてなかったな、すまぬ」
「いえいえ。いいんですよ。丁度ね、僕も知りたい話があったんですよ」
昇太郎も気になる事。
残った者達は少しだけ話を続ける。
「結局の所…緋瑪斗は戻れるんですかね?」
率直過ぎる疑問。
何度も答えてるが、族長は分からないと言う。
でも前向きな発言は出る。
「正直…やってみる価値はあると思うがな」
「………そうよねぇ…」
そう一言を残して玲華は静かに緋瑪斗達のあとを追うように歩いて行く。
「玲華?」
「あら、なんでもないわ。ふふ」
「んー、そっか。ま、お前もあんまり無理するなよ」
「無理してるように見えるかしら?」
いつもの細い目をさらに細くして笑顔を見せる。
その笑顔に毎回騙されてきた。
奥底の考えを一切見せない、いつも笑顔の少女。
でも竜や昇太郎には分かる。
「…お前なぁ、俺ら何年の付き合いあると思ってるんだ?10年だぞ10年。
いい加減玲華の考えてる事くらい、さすがに見えてくるって」
「あら、竜のくせに鋭い事を言えるのね」
「失礼なヤツだなー。でもよ、やっぱりいとこ同士でも血の繋がりあると気になるだろ?
俺達とはまた違うベクトルでよ」
なんとも竜とは思えないような発言。
「……そうかもね。竜も大人になったわね。ふふ」
そしてまたふふ、と笑うと少し足早にその場から去るように行ってしまった。
「なんだいありゃ」
「竜の事を子供っぽいと思ってたんじゃないの?」
琉嬉が玲華の代わりのように答える。
その答えが是か否かは不明だが。
「うぇっ、まじか…琉嬉さんもオレの事子供っぽいと思う?」
「普段の言動は子供じみてるとは思うけどね。僕も人の事言えないけど。
同じ年齢の幼馴染だからこそ、女としては回りより大人としていたいんじゃないの?」
「そうかぁ?まあいいや。昇太郎。オレらも行こうぜ。箕空さん頼んます」
「ほいきた~」
右腕挙げて待ちわびた箕空が変に明るい声で応える。
いつも気楽そうだ。
「あー、もうちょっと話したかったんだけどなあ」
「後にしろ後に。琉嬉さんも來魅ちゃんもまた後でな」
「おう、後でな」
「…うん」
琉嬉達は玲華の後に続く。
來魅は可愛らしく手を振る。
竜も負けずに力強く振っている。
その様子がどうも子供っぽくてシュールだ。
「しかし、騒がしい連中ですね」
直属の部下らしい女性が出てくる。
三つ編みにしたおさげの髪型。
年齢は見た目は30前後くらいの落ち着いた女性に見える。
族長由愛は一息ついて椅子に座る。
「ただでさえ…一族以外の者が来るのはないのに…人間と妖怪と…半妖が一辺に来るとはな」
「さすがの族長も疲れましたか?」
「うむ。緋瑪斗という童…とんでもないのを仲間にしてるのだな」
「とんでもないの…と言いますと?」
由愛は静かに話を続ける。
「あの黒髪の小さい童の娘は彼方と言っておったな。
五大家のひとつだな」
「ご、五大家って…人間の有名な家系じゃないですか!」
部下の女性は驚く。
「それとな…」
口籠るような言い方。
「伝説の妖狐の來魅だ」
「ら、來魅って…あの?!」
「そうだ」
「なるほど…それは気疲れしますね…」
納得した部下の女性。
変な汗が出てくる思いだ。
「やれやれ。茜袮め…とんでもないのと知り合ったな」
「五大家となると…必然的に他の五大家と繋がりませんか?」
「そもそもなんで最強と謳われた妖怪と一緒にいるのか…。緋瑪斗は大物なのかもしれんな」
少し冗談めいた言い方ではあるが、あながち間違いではない…と少しだけ心の中で由愛は思った。
「ねぇ、ヒメ。やっぱりやるの?」
「え?あ、うん……」
風呂の脱衣所。
そんな所で今後の話をしている。
「心配か?」
茜袮だ。
「え…と、茜袮さんでしたっけ…」
「ほら、風邪ひくぞ。湯船に行こう」
「あ、はい…」
「何気圧されてるのよ」
未弥子に背中を突っつかれる。
「何よ~…」
月乃も負けずに対抗する。
ここまで仲が良いのか悪いのか。
軽く小競り合いが始まる。
それを苦笑いで見るしかない緋瑪斗。
そして楽しそうに見てる玲華。
「…君達どこに行ってもやる事変わらないね」
冷めた目で後ろから見ている琉嬉。
「何を言っとるか。お前様も私といっつも同じ事しとるだろう」
「うるさいっ」
「ハハ、緋瑪斗の友人達はにぎやかだな、本当に」
「すみません…」
入った温泉は露天になっていた。
山の中の冬空は星が綺麗に見える。
辺りはうっすらと白い雪が地面を覆っている。
緋瑪斗達のいる所よりははるかに雪が少ない方だが、それでもここら辺は雪が降るようだ。
「へぇ。じゃあ茜袮さんは実年齢は30歳超えてるんだ~」
「焔一族は人間の寿命の約二倍と言われている。だからその分若さも保つ。
妖怪としてみれば短い方だと思うがな」
「へー。いいなぁ。とゆーことはヒメも寿命が二倍に?」
「それはどうだろうな」
緋瑪斗は常時妖怪モードでいる訳ではない。
それを考慮しても生きている長さなそう変わらないのではないか?
そんな事をなぜか冷静に考える緋瑪斗。
「ふふふ、私の方が年上だぞ。こう見えても100年以上…むぐう」
「お前は話に入るな。場がこじれる」
琉嬉が口を塞いで來魅の行動を制する。
「ふふ、にぎやかね」
「まったくだよ」
トークはしばらく続く。
緋瑪斗は女子は会話が長いとか言って、先に出て行った。
琉嬉も続くように先に出て行く。
長風呂は肌に良くないとか言いながら琉嬉は出て行った。
そんな事気にしてるんだと思いながら玲華はニコニコしながら月乃らの不毛な会話に耳を傾ける。
(不思議ね…緋瑪斗君の為に、こんなにも人が集まるなんて…。
ちょっと前じゃ考えられなかった。
ほんと、世の中不思議であふれてるのね…)
耳を傾けど、向いてる方向は夜空。
おそらく…明日には結論が出てるだろう。
そう思うとさすがの玲華も不安が募る。
この中では唯一の緋瑪斗と血が繋がった親戚。
だからこその不安感。
(本人の事なのにねぇ。私が不安になってどうするのって話)
バシャッとお湯を両手にすくって顔を洗う。
「…何やってんの?玲華?」
玲華らしくないような行動に月乃が驚く。
「いいや、ちょっと眠くってね。ほら、移動ばっかりなうえ散々歩かされたから疲れちゃったかな?」
「あー、そうだよねぇ。さすがに疲れたよねー。明日も歩くと考えるとちょっとしんどいかも…」
「ふぅん。弱音ばっかり吐いてるのね」
「そういう未弥子こそ、さっきウトウトしてたくせにぃ」
「むっ…」
ケンカするほど仲が良い。
まさにそれを体現しているような二人であった。
小さな別室の部屋。
何もない、変哲もない部屋。
そこで湯上りの緋瑪斗は涼むように大きめのソファに座ってぼーっとしていた。
「緋瑪斗」
一人でいたところに琉嬉が入ってくる。
「あ、琉嬉さん」
「よっこらせ。隣失礼」
「いえ」
そしてすぐに沈黙が訪れる。
琉嬉は普段ツインテールにしている髪を解いている。
黒くて綺麗なストレートな髪だ。
どこをどうすればそんなに綺麗になるのか。
クセッ毛が多い緋瑪斗には疑問だった。
なんとなくその琉嬉の姿は日本人形っぽくも見える。
「…覚悟は出来たの?」
覚悟。
内容はもう分かりきっている。
「そうですねー。あとは茜袮さんから教えをもらうくらいで」
「そっか。せっかく普通の人間にはない力貰ったのにね」
「元々ない力ですし…それに、琉嬉さんから教えてもらった事は無駄じゃないですから」
そう言って立ち上がって、武術の型をとる。
動きには多少ぎこちない型だが、キレはある。
元からそこまで運動神経は悪くなかったようで、体の動かし方はよく理解してるようだった。
「今日はおとなしく休もっか。部屋に戻ろう」
「そうですね」
「しかし…本当に女しかいないのな…少しくらい別の種族の男でもいるのかなと思ってたけど」
「たしかに…」
時折すれ違う人は全て女性。
そして赤髪。
本当に焔一族だけのようだ。
こんな光景は琉嬉でも初めてのようだ。
「正直…目のやり場に困ります」
「……そーう?うーん、まぁ…仕方ないか。緋瑪斗は「男」だもんね」
「………はい」
緋瑪斗の前を歩いていた琉嬉がくるっと振り返る。
真っ直ぐ腰まで伸びた綺麗な髪がさらっと揺れる。
「いろいろとみんな力を貸してやったんだ。でもみんなを動かしたのは…紛れもなく緋瑪斗。
お前の力だ。
だから、信じて最後までやり遂げるんだ。
自分のやりたい事。
やれる事。
僕も信じる。
同じ学校じゃないのが残念だけど…緋瑪斗も、緋瑪斗達もふかしぎ部の一員だと思ってるから。
なーんてくさいコト言うようだけどさ」
照れくさい事を平然と言う。
自分でも理解してる様子だが。
「はい!琉嬉さん、ありがとうございます!」
「みんなが緋瑪斗を気に掛けるのが分かるよ。可愛いもんな、緋瑪斗って」
「んな、やめてくださいよー。俺が可愛いなんて」
「さぁてね」
そしてまたくるっと回って早歩きで部屋に向かって行く。
「ああ、待ってくださいよっ」
しかし、展開は予想してたような予想外のよう、そんな奇妙な展開を迎えた。
「月乃」
「ん?何?」
「貴方は…どう思ってるの?」
「…え?何が?」
「分かってるでしょ。緋瑪斗がもし男に戻ったら」
「……それは」
不穏な空気が流れて来る。
用意された客室の一室。
決して大きくはない狭い木造の建物。
それでも用意してくれた部屋だ。
月乃と未弥子は同室。
各部屋二人ずつ用意された。
緋瑪斗と玲華は一緒。
竜と昇太郎、そして琉嬉と來魅といった具合にきちんと用意された。
知ってか知らないでか、犬猿の仲である二人の組み合わせにされている。
「分かってるんでしょ?もし緋瑪斗が男に戻ったら、今までの関係は終わるって」
「それは…そうかもしれないけど…。だからと言ってヒメがヒメじゃなくなる訳じゃないんだから…」
「本当にそう思う?」
「……思わない。だから何?」
強気な態度の未弥子に対抗するように月乃の口調も強くなる。
「こうやって一緒に居る事もまた出来なくなるのかもしれないのよ?」
「そうかもしれないけど…!戻ろうが戻らないだろうがヒメはヒメ。今までと変わらないよっ」
「本当にそうかしら?性別の違いって…大きいと思うけどね」
腕を組んで偉そうな態度をとる未弥子。
「性別の違い……」
ドキッとする。
たしかにそうだ。
性別が違う。
それだけで大分違う。
いや、大分というより、まるっきり変わってくるものだ。
「じゃあ未弥子はなんで女になったヒメに近づいたの?最初あんなにちょっかい出してきたのに」
「それは…なんとなくムカついたからよ」
「あー、そうよね。未弥子男嫌いだもんね?だからって女になったヒメに近づいた訳なんだ」
「うるさいわねっ!」
声を荒げる。
「あんたこそ…疎遠になってたくせに…同じ女になったからって」
「未弥子よりましじゃん!」
「何を…!」
バチン。
大きな平手打ちの音が聞こえた。
月乃の左頬が一瞬にして赤く染まる。
「いった…」
そう言った瞬間、月乃自身も無意識だったのか。
右手を拳作って未弥子の腹のあたりに正拳突きをお見舞いする。
「ぐ…ちょ……あんた…」
「女同士だからこそだよ」
「もう容赦しないんだから!」
未弥子は今度は蹴りを放つ。
月乃も避けきれず横腹に命中させてしまう。
「もう怒った!決着つけてやるから!!」
「望むところよ!!」
「おい、緋瑪」
「茜袮さん?」
突如として現れた茜袮。
まるで忍者か何かのように、気配が無かったのに。
「お前の連れが暴れてるようだぞ」
「連れが?竜とか?」
「いや、女の声だ」
「……もしや」
もしかすると。
そんな考えが浮かぶ。
「ん~。ふかしぎ部もだけど…緋瑪斗の所も大概だなぁ」
軽くため息をつく琉嬉。
やれやれと言った表情だ。
「あ、あははは…そうなんですよね…学校でも一番か二番くらいに目立ってますよ…」
「だろうね」
三人は借りた部屋の辺りに早歩きでやって来る。
すると案の定ギャーギャー喚く声が聞こえてくる。
「なんだ?妖怪でも現れたか?」
「むしろ、俺達以外は妖怪じゃないですか?」
騒ぐ女の大声が聞こえてくる。
今までにないくらいの怒号。
「急ごうか」
緋瑪斗と琉嬉の二人は駆け足で向かう。
部屋を強引に開けると、月乃と未弥子が髪をグシャグシャにして取っ組み合いをしていた。
その凄まじい剣幕と悲惨な光景は、緋瑪斗はおろか琉嬉や茜袮すらも引き気味だった。
「ちょ、ちょちょちょっと…二人とも!やめろよ!」
割って入る緋瑪斗。
「ヒメ!」
「緋瑪斗!」
そして両者の腕を掴む緋瑪斗。
「どうしたのさ!?」
「月乃が!」
「未弥子が!」
まるでハモりを入れてるのかのように、二人同時で喋る。
二人の相性の悪さを知っていたがここまで殴り合いするくらいの喧嘩をするとは思ってなかった。
溜まっていたのが爆発でもしたのだろうか?
「まったく…ここまで来て喧嘩とは…」
「私らより激しいな」
いつの間にかいた來魅。
二人の状況を見て、まるで子を見守るかのような笑いを浮かべている。
「だから…!未弥子が先に手を出してきて…!」
「何よ!アンタが余計な事を言うからじゃない!」
埒が明かない。
そう思った緋瑪斗は二人の掴んで手首をさらに力強く握りしめた。
「いい加減にしろー!」
珍しく緋瑪斗が声を張り上げる。
張り上げた…と思ったらクルッと捻るように緋瑪斗は自分の体ごと動く。
そして腕を掴まれた月乃と未弥子の体は宙に一回転して、舞った。
「痛い…」
「そりゃそうだよ。空中で一回転して、受け身取らずにお尻から落ちたからね」
月乃のお尻のあたりを擦っている琉嬉。
慰めるように頭も撫でている。
來魅は反対に未弥子の背中を擦っている。
「……驚いたわ…。まさか緋瑪斗が力技で止めるなんて…」
未弥子の方はバランスをもっと崩して背中から落ちたようだ。
「素晴らしいな緋瑪斗。見事な投げ技…?だな」
「合気道の一種です」
「いつの間に合気習ったの…?ヒメ」
「琉嬉さんの所で武術習った時にかな?」
皆して琉嬉の視点が集まる。
「僕じゃないよ?僕のいとこが合気道の達人でさ。緋瑪斗に少し教えたんだ」
「へー。って関心してるところじゃなかった…」
「おい、お前らここまで来て騒ぐとか半端ねえな」
呆れた顔の竜。
そして面白そうにスマホで動画を回している昇太郎。
玲華も静かに笑いながら後ろの方に居た。
何事かと思い他の焔族の者までやって来てる。
「頭冷えた?」
優しく緋瑪斗が二人を気遣うように、話しかける。
「ええ、まあ…」
「どうして喧嘩してたの?」
「それは…」
月乃が言いかける。
でもそのあとの言葉だったかのように、未弥子が続けて喋る。
「緋瑪斗が戻るとか戻らないとかそんな話よ」
「未弥子…」
「俺が?」
自分の事が発端。
それを知ると、緋瑪斗は胸が熱くなってくる。
「もしかしてそんなに心配してるの?」
「それもそうだけど…男に戻ったらどうするのとかそんなくだらない話よ」
ぶっちゃける未弥子。
でも月乃も否定しない。
「でも…だからってそんな殴り合いになるくらい喧嘩する事ないでしょ?」
泣きそうな顔をしている緋瑪斗。
自分の事でここまで派手に喧嘩するとは思ってなかったからだ。
「まぁまぁ、ここは穏便に」
泣きそうな顔する緋瑪斗を自分の胸元になぜか寄せる竜。
「ごめん、竜」
「いいんだぜ。オレの胸の中で泣きな」
「黙れ」
げしっと、後ろから蹴られる竜。
蹴った足の主は昇太郎だった。
「変に思われるからやめなったら」
笑いを堪え切れてない玲華。
笑い上戸なのだろうか。
「もー。竜ったら…」
思わず竜から離れる緋瑪斗。
「なんだつれないぜー」
「やれやれね。本当騒がしいんだな」
「元はあんたのせいでしょーがー」
「そうだよー。茜袮さん!」
今度は茜袮に詰め寄る二人。
「あ、ああ…、そうだったな…すまないな。本当に」
「や、やめろよ…二人共…。茜袮さんは俺の命の恩人なんだから…もー」
「まあ…そうなんだよね…」
黙り込んでしまう二人。
まったくもって面倒な関係性。
「俺も悪いんだけどね…。あんな所に姿を出したんだから」
「でも助かって良かっただろ?」
ちゃっかり竜が緋瑪斗の隣にいる。
月乃と未弥子は面倒事になるのは嫌だからと言って、緋瑪斗から話して座らせている。
「玲華はいいの?話に参加しなくて」
玲華を気に掛ける琉嬉。
「私はいいんです。後ろから見てるがの性に合ってるんで」
「そう?でもその気持ちは分かるよ」
すとんっと玲華の隣に座る琉嬉。
「にしても…緋瑪斗は、強いよ」
「緋瑪斗君が?そんなイメージないですけどね~」
「性別がどうのこうの以前に、緋瑪斗は努力すれば光る…そんな賜物だよね。
たったひとつ年上の僕が言うのもなんだけどさ」
「でも琉嬉さんは年上に見えませんけどね~」
「それも分かってるよ」
話は完全に、力を戻すという話に向いた。
月乃と未弥子は怪我してるので治療という名目でその場から席を外した。
というより、外されたと言った方が正確だ。
「力の使い方は分かってるか?」
「はい…。大体」
いわゆる、自分に中に宿っている霊力類の物の力を使い方。
それは琉嬉から教えてもらった。
軽く念じると火が人差し指から出る。
ボッという音とともに。
「おお」
と、歓声があがる。
「かっこいいよね。僕も火を使った術は使えないんだ実は」
「そうなのか?私だってある程度は使えるぞ?」
來魅が力を見せようとする。
が、琉嬉に止められた。
「で、肝心の妖怪としての全ての力…の扱い方だが」
「ご教授願います」
「…本当にいいのか?うまくいくかも分からないんだぞ?」
「大丈夫です。元々俺の力じゃないし…、それに茜袮さん。今は全く力使えないんですよね?」
「……そうだな。だが後悔はしてない」
「逆に俺は後悔します。ここまで来て、お返しもしないで帰る事なんて出来ませんから」
力強く、ハッキリと言う。
「ふむ…。漢らしいね」
「命を救ってくれただけでも嬉しいです。それだけでも十分なんです」
「だが…しかしだな…お前の性別は…」
ニコッと微笑む緋瑪斗。
「問題ないです。戻れるか戻れないかは正直どうでもいいです。
生きてるってだけで…満足ですから。
本当の事言うと…女になったのは苦労の連続でしたけど……。
女の子でもいるのも悪くないなって最近思ってますから。
あ、だからって男が嫌だった訳じゃありませんよ?
だって、生まれた時は男だったんだし、心も男のままですから。
今までの自分の人生が全否定された感じがして、気落ちした時もたしかにありました。
でもそれはもうここまで来たらどうでもいい話…かもしれません。
だって生きてるのがこんなに楽しいんだから。
授かったモノ、譲り受けたモノ、結局は大切なモノなんだねって。
あー、何言ってるんだろ?俺?
意味わかんないですよね?」
照れ笑い。
顔を赤くして笑う緋瑪斗の笑顔は可愛かった。
「そう…か。緋瑪斗。お前はやっぱり強い子だ」
わしゃっと茜袮が緋瑪斗の頭を少し強めに撫でる。
「今の言葉あの二人に聞かせたいな」
「だね」
竜と昇太郎が少し笑う。
「本当ね」
玲華も混ざって笑う。
「玲華は笑ってばっかりだな」
「そうね。笑う門に福来たるって言うでしょ?」
「使い方なんか違う気がするけど…」
無粋なツッコミの琉嬉。
「今日は寝ろ。おとなしく…な」
「はい。そうします」
「まったく…疲れたぜ…。いろんなことあり過ぎて」
「はいはい。特に何もしてませんけどね」
「何だとー?あの変なイノシシ野郎とっちめたじゃねえか」
「それは來魅ちゃんの力あってでしょ?」
「ぐぬ…」
言い包められる竜。
相変わらず言い合いには勝てないようだ。
「はは、おやすみだ。緋瑪斗」
「はい。おやすみなさい…」
日が昇る。
綺麗な朝焼け。
緋瑪斗は全然寝れない…事もなかった。
布団に入るや、すぐに寝てしまった。
それだけ心身とも疲労してたからだ。
でも今は気分が清々しい。
携帯で時刻を調べると、まだ朝の8時だった。
先日何時に寝たのかも分からない。
何時間くらい寝たのかも分からない。
取り敢えず外に出る。
「わっ、寒ぅ…」
当たり前だが冬なので、かなり寒い。
身が凍るような冷え方。
でも綺麗な晴れ空が見えてる。
「不思議だな…。こんな風になるなんて…」
思わずぽつりとこぼす言葉。
「よっす」
「竜も起きてたの?」
「まぁな。昇太郎は遅くまで起きてたっぽいからまだ寝てるけどな」
「そうなの?」
「なんか昨日撮ってた動画を見てひとりで気味悪く笑ってた」
「……あー。想像できる」
納得する。
昇太郎なら仕方ない。
そう思い、緋瑪斗は月乃と未弥子の部屋がある建物へ向かう。
コンコンと数回、ドアをノック。
すると「はーい」と月乃の声が聞こえた。
「入って大丈夫?やめた方がいい?」
「えー?いいけど?」
「竜もいるよ?」
「じゃあ竜だけだめ」
「なんでだよっ!」
「冗談だよっ」
戸が開くと月乃が顔を出す。
まだ服装は寝巻のようだった。
「着替えてないじゃん…大丈夫?」
「んー、だってそんなの気にする仲じゃないじゃんー」
「そーう?」
そう言って中に入る二人。
「こら、月乃!開けないでよ!」
未弥子はなんと着替え中だった。
と言っても上だけ下着姿。
下は大丈夫だったが。
「わあ、ごめん!」
「おお、なかなかのものをお持ちで…」
「うるさいっ」
未弥子のストレートパンチが竜の鳩尾に決まった。
「なんか納得いかないが…まあいいか」
「未弥子さんの着替え見れたからだろ?」
「緋瑪斗がある意味羨ましいぜ」
「…いや、俺も驚いた」
月乃の空気の読まなさで起きた悲劇。
「朝からうるさいな…にぎやかさだけなら僕らの所に匹敵するよ」
眠たそうな顔をしている琉嬉。
ふらふらだ。
「おー、おはようさん」
來魅はシャキッとしている。
寝起きはいいタイプだという。
「ふむ。緋瑪斗。準備はいいか?」
茜袮も既に起きていた。
茜袮の方も昨日とは違う服を着ている。
何かの儀式用なのかなんなのか。
少し派手な和服。
「あ、はい。問題ないです。体調もバッチリですよ」
「ならいいだろう。さて…」
「大丈夫だよ。僕らは見守ってるから」
「そうね。違う意味での見守りは嫌だけどね」
キッと竜と月乃を睨む未弥子。
先程の着替え姿を晒したのを引きずってるようだ。
「何があったのか知らないけど…和解したんじゃないの?二人は?」
少し心配する昇太郎。
「和解も何も、冷戦中よ」
「あらそうだったけー?」
二人してべーっと舌を出す顔。
「子供よねぇ。本当に」
我関せず。
そんな玲華。
「皆の者、準備は出来たのか?」
族長の由愛がお連れの者とやってくる。
「ええ。問題なさそうです。ただ…何かあれば、助けお願いします」
「解かってる。緋瑪斗よ」
「あ、はい?」
声が上擦る。
緊張してるようだ。
「大丈夫よ、ヒメ」
優しく手を握る。
「そうね。私も…緋瑪斗が戻るか戻らないかはもういいわ」
未弥子もその上から手を握る。
「おう、オレも…祈ってるぜ。本当は女のままの方が可愛くていいだんけどな」
「僕も竜の意見に賛成だけどね。ま、自分の決めた事だろうし」
さらに上から手を重ねる。
「それなら私は血の繋がりある代表として…」
玲華も手を乗せる。
「何この流れ…」
照れくさそうにする緋瑪斗。
でもみんなはまだ手をどけようとしない。
「…ほら、琉嬉さんも」
「ぼ、僕も?」
「当たり前でしょ?貴方も私達の「仲間」なんだから」
未弥子も少し照れそうにしながら言う。
「ほら、行くといいぞ琉嬉」
「…じゃあお前もだ」
「私もかっ」
無理矢理來魅もを引っ張る。
そしてみんなして手を重ねる。
「緋瑪斗…頑張れ!よっしゃー!」
「よっしゃー!」
竜の先に発した一声で一斉に気合いを入れる掛け声。
釣られてよっしゃーというヘンテコな掛け声になった。
「締まりないわね…本当に貴方って」
「るせいっ」
「ま、いいんじゃない?僕ららしいよね」
そう言って昇太郎は緋瑪斗を中心に写真を撮る。
時刻は朝10時。
その時は―――、来た。




