第24話 何が何でもやってみないとね。
箕空に案内される事30分。
特に会話長いもなく案内されるがまま。
心なしか緋瑪斗達も緊張気味
箕空は性格上いろんな会話をしてくるようなタイプだと思われたが、大した話はしてこない。
不利になり得るような事を言わない為なのか。
ボロが出ないように喋らないのようにも思えてくる。
緋瑪斗はなんとなくそう感じていた。
琉嬉も普段おとなしいためか、会話を仕掛けない。
時折緋瑪斗となんらかの話をしている。
昇太郎や玲華はそういう細かい部分を気にしてるので、何かと気にかけているのだが。
二回程、電車を乗り換える。
そして随分山奥の中になってくる。
民家もないような、山中を走る電車。
夜栄守家宅から出発して、1時間半程だろうか。
眠たそうな顔をしている來魅。
目を擦っている。
「のう、まだか?」
「まだだよ」
「ねえねえ、まだー?」
しびれをきらした月乃から箕空に話をかける。
しかし答えは、
「そろそろかなぁー。降りる準備してね」
「え?マジで?」
唐突に言う。
「おい、はじめから言えよ!てか、どこの駅で降りるとか言えよ!」
「おー。珍しく竜がまともな事言ってる」
「本当ね」
「うるせえなお前等!」
昇太郎と玲華のダブルツッコミ。
「ほら、降りるとさ」
琉嬉が來魅を揺さぶる。
「…んにゃあ…眠いぞー」
「そうね…昨日あんだけバカ騒ぎしたら疲れが取れないわ」
未弥子も珍しく弱気な発言だ。
夜栄守家の人達も揃いも揃ってにぎやかだった。
一部の者以外はよく喋るし、よく騒いだ。
どうも気質が合わない未弥子には気苦労が絶えなかった。
「ところで…ここどこよ?」
くるっと一回転するように体ごと回って辺りを見回す。
未弥子の目に飛び込んできたのは…山、山、山。
自分の住んでる所も山が近いが、ここは段違いに山の中だ。
「こんな所に降りてどうするのよ…」
「こっから歩いて行くのよね~」
「マジか…」
「うへ…本当に?」
不満の声が続出する。
「こっからどれくらいかしらね?」
ただ、玲華だけは表情が変わらない。
いつもの事だが。
「1時間くらいで着くと思うわよ~」
「まだかかるの?」
絶望感が出てくる。
「ごめんね、俺の為に…」
悲壮感漂う緋瑪斗。
その悲しそうな顔をしている緋瑪斗を見た竜。
「なぁに、これくらい朝飯前よ!」
「まったく…。弱いんだから…」
「フフ、歩けなくなったら俺が担いでやるぜ!緋瑪斗!」
「そ、そう…?それはどうも…」
変なテンション。
「やれやれ…相変わらずだね。竜のやつ」
「完全に緋瑪斗に惚れてるんですよ」
こそこそと話す昇太郎と琉嬉。
なんとなく気づいてはいる…とういうか、誰しもがもう分かっているが、竜は今現在女の緋瑪斗に惚れている。
誰も何も言わないが。
「ま、気持ちは分からないでもないけど…元は男だろ?」
「そうなんすけどね…」
「…でも今みたいになる前の写真見せてもらったけどさ」
「え?まじですか?」
「……んーと…まあ、あれだね。元から男にしては可愛い感じだったんだね」
そう言われるとそうだ。
そう思い返す昇太郎。
もうかれこれ一年近く、女になった緋瑪斗と一緒に居る。
前の緋瑪斗の事など、忘れかけていた。
「あー、確かにそうですね~。緋瑪斗は確かに…、元から男にしては男っぽい感じじゃなかったかな…。
でも他の兄弟もそうですけどね」
「はいはい、そうだね。兄の方はイケメンだし…弟の方も女の子みたいだよね」
「ですよねー?」
「お?何の話だ?」
こっそりと盛り上がってる二人。
來魅も話に加わろうとしている。
暇なのだろう。
「え?何々?二人共楽しそうだねー」
月乃も入ってくる。
「なんだ?あっちはあっちで盛り上がってるぞ?」
自分の事が発端の話などと、気づいていない竜。
「貴方は本当にお気楽ね…ついでに鈍感」
未弥子が呆れ返る。
歩く事、本当に1時間。
相当な山奥に来た。
辛うじての山道。
雪は積もっていないが、かなり寒いと言える。
とは言え、緋瑪斗達が住む所よりはまだ温かい方だが、寒いものは寒い。
妙に暗い。
そらは曇り…ではあるが、雨雲のような黒い雲ではない。
それなのに暗く感じる。
森中だからだろうか?
でも冬なので木の葉は枯れている。
「気味悪いね」
「なぁに、人数多いから大丈夫だろ?」
普通の人間であれば、こんな所に来ないだろう。
なんせ、車の通り道跡すらない。
歩きだけでしか通ってないのだろう。
そもそも、こんな所に道があるのが不思議なくらいだ。
「まだなのー?」
「そろそろ…と言いたいけど…、嫌な感じするわねー」
箕空がそう漏らす。
嫌な感じ。
「え?どういう…?」
月乃がそう言いかけた時。
ザワザワ…と、妙な寒気が襲う。
「なんだあ?」
「……む」
琉嬉が反応する。
來魅も無言だが、表情を変える。
「どうしたんですか?」
昇太郎が問いかけた時。
「みんな、隠れてた方がいいのかも」
緋瑪斗がいつになく真剣な表情になる。
「そうね。離れましょ」
玲華が皆を引っ張るように道の脇の方へ逃げるように移動する。
ガサガサッと、奥から草が揺れ動く音が聞こえる。
「何?」
「あ、あれ…」
動物のような…4足歩行の、イノシシ。
しかしイノシシっぽいようなそうでもないような。
「美味そうな獲物だわい」
「しゃ、喋ったー?!」
「イノシシって喋るの?」
などと月乃達が騒ぐ。
「妖怪ね。獣の」
箕空は冷静だ。
だがその冷静さも途中までだった。
「人間と…妖怪もいるぞ?」
「構わん、喰ってしまえ」
イノシシのような獣は複数居た。
しかも喰ってしまえと言っている。
「…マジか…、俺らを喰おうってのかぁ?」
「素っ頓狂な声出さないでよ…あれが妖怪?」
「妖怪ならこっちにも居るんだがな」
來魅が前に出る。
「來魅ちゃん?」
「このような下級妖怪なんぞ…私の力を見せつければ…」
ごちゃごちゃと言ってるうちにイノシシ妖怪は突進してきた。
「げげっ?!こっちに来るぞ!」
その辺にあった棒を持って対抗しようとする竜達。
「きゃっ」
「わわっ」
それぞれ散るように走り出す。
「あ、コラ…お前らバラバラになるな…」
琉嬉が取り敢えず女子の方へフォローするように入る。
「むっ…あっちもばらばらになったぞ」
イノシシ妖怪は3体程いる。
見事にばらける。
「く、来るなら来いよ!」
某で応戦する竜。
昇太郎は密かにどこからか小さいナイフを出してる。
どこに持ってたのだろうか。
「マジで言ってんの~?!」
頭が混乱してくる。
でもこういう風になるだろうとは月乃は覚悟していた。
妖怪という話を聞いた時点で。
なんとな逃げないと。
そう必死になって走り出す。
しかしイノシシの方が早い。
「月乃!」
緋瑪斗が月乃の方へ向かう。
「ヒメ!」
「でぇぇいい!!」
飛び蹴りを妖怪目掛けて放つ。
しかし、
「愚かな…当たる訳なかろう」
空振り。
しかし、体勢を変えずに、緋瑪斗は月乃を守るように入る。
そして右手を拳に作り替える。
「ヒメ…?」
「大丈夫。月乃達は俺が守るから」
「え?」
右手から、炎が巻き上がる。
「…緋瑪斗?」
「火……?」
未弥子らが驚く。
ゴォッと、いわゆる火があがる音。
「む…?お前は…術者か?」
「ちょっと違う…けど」
術者ではない。
「ただの半妖怪だよっ」
何かを念じるかのようする。
すると、緋瑪斗の腕から炎がイノシシ妖怪を狙う。
「むおっ?!」
またしてもかわそうとする。
しかし炎はしつこく狙う。
「ぐっ?!なんだこの炎は…」
妖怪の動きを捉え、火だるまになる妖怪。
「うぎゃああぁぁぁ、そんなばかばっ……ぐふ」
「…修行の成果出てるじゃん」
琉嬉は別段驚く事なく冷静に事態を見ている。
いつの間にか一体の妖怪を仕留めている。
ぐるぐるに何かの紙に巻かれている。
「おー、凄いのう…。元が普通の人間とは思えん」
「來魅の方も片付いた?」
「おう、あのでかい人間達のおかげでな」
「…でかい人間?竜達か?」
「びびったぜ…」
「本当だね…妖怪って本当にいるんだね」
「そうよー。ってか、あんた達が住んでる所にたーくさんいるんだから」
「まじかよ…知らなかったぜ」
竜と昇太郎、箕空らが奥から戻ってくる。
こちらも割と早く片付いたようだ。
「しっかし…このおちびちゃんとんでもないな」
「おちびというなおちびと」
「おちびじゃんかよぉー」
なぜか來魅を抱き上げる竜。
「おい、こら…離せっ。私は子供ではないっ」
「どう見ても子供なのにねぇ」
クスクス笑いながら玲華も木の影から現れる。
上手い事隠れてたようだ。
「………玲華って、気配消すの本当上手いよな…」
琉嬉がジト目で玲華を褒める。
「ふふ、ありがとう。琉嬉さん。で、あちらはどう?」
「ひと悶着あるっぽいね」
親指を立てて緋瑪斗達の方を差す。
玲華が覗くようにその方向を見る。
「…大変ねえ」
「ヒメ…やっぱり、その力って」
「妖怪の力さ」
「そう……なんだ…」
以前とは違う様子に改めて驚く。
見た目、性別も勿論そうだが…火を出す動きに。
以前までの緋瑪斗であれば、後ろの方にいて目立つ事がなかったのに。
むしろ月乃の方が前に出てるタイプだった。
だが今は獣相手にしてもひるまないどころか、倒してしまった。
「その……強くなったね?」
「はは、ありがと。琉嬉さんの特訓のおかげかな?」
照れながらも喜ぶ緋瑪斗。
でも自分の髪を触っている。
どこか、もどかしいような気分のようだ。
月乃はそこを見逃してなかった。
「…緋瑪斗、貴方、どうなってるの?やっぱり妖怪なの?」
未弥子が駆け寄る。
「言っただろ。俺は、人間でありながら妖怪でもある半妖だって。
でも、それも今日で終わるかもしれないけど…さ」
「そう…」
そう言う緋瑪斗の表情はどこか寂しそうな安堵してそうな、複雑な顔だ。
「まったく…いつからあんな妖怪居ついてたのかしらねえ。そろそろ焔族も移動考えるわねこれ」
箕空がゆっくりと歩いて緋瑪斗らの所に来る。
「ま、理解したよね?私達の力。こう…火を操れるの」
箕空も人差し指から火を出す。
それはライターやマッチくらいの小さいながらも強い火だ。
「…驚くも何も、緋瑪斗が女になってる時点でもうこれ以上驚く事ないわ」
「それは言えてるなっ」
ガハハッと笑う竜。
「妖怪の私でさえ驚いてるんだぞ。この人間達、逃げるどころかむしろ戦っておったわ」
同じくガハハッと笑う來魅。
結局竜や昇太郎は武器を駆使して一緒に戦ってたようだ。
かなり容赦なかったらしい、と來魅は後で話す。
箍が外れたように、攻撃してた。
「…さすがは鞍光の人間…」
ぽつりと呟くように言う琉嬉。
「あはは、住んでる所は隣の町ですけどね」
訂正するように言う緋瑪斗。
でも琉嬉は、
「大した変わらんさ」
と。
「さて、行こうか」
体勢を立て直して出発し直す。
その時だった。
「ぐおおお!!」
仕留めそこなった妖怪の一体が、突如起き上がった。
丁度後ろ。
「あれ?まだ生きておったのか」
目もくれず突撃してくる。
狙いは未弥子だ。
「私を狙ってる?!」
「未弥子!」
「くっ…!間に合うか」
「させないっ!」
いち早く察した緋瑪斗が、妖怪の前に立ち塞がりカウンター気味に、炎を腕にまとう。
ガード体勢を取り、緋瑪斗に直撃する。
「ヒメ!」
「緋瑪斗!!」
「ぐぅ…」
「ぐががぁぁぁぁぁあ」
逆に悲鳴を上げたのは妖怪の方だった。
「どうした?」
「なるほどね…」
琉嬉が関心したように、納得する。
「緋瑪斗…大丈夫?」
「俺は大丈夫…未弥子さんの方こそ大丈夫かい?」
「え、ええ…」
ガード体勢を取っていた両腕の炎が妖怪に移った。
なんとも危なげなカウンター攻撃。
「やるなあ緋瑪斗」
「いや…それ程でも…」
男勢からはチヤホヤされる。
だが…。
(ヒメ……)
月乃は不安でいっぱいだった。
緋瑪斗が自分の知ってる緋瑪斗じゃなくなっている。
そんな気がしてならない。
(私は……ヒメが怖い…。でも……)
現実。
今起こってる事は現実。
緋瑪斗が人間離れしたような動きをする。
頼もしいが、不思議で、怖くて、モヤモヤしてて。
自分の知っている緋瑪斗じゃなくなっているようで。
怖くて怖くて怖くて。
不安過ぎて本当は逃げ出したい。
でも、そんな事出来ない。
緋瑪斗の意志でここまで来た。
それは自分も同じ。
置いて行かれるような気がしてならない。
「月乃?どうかした?」
突然目の前に緋瑪斗の顔。
「わわっ?な、なな何?」
「そこまで驚かなくたっていいじゃん…逆にこっちが驚くよ」
「あ、はははは。そう?なんでもないよっ」
「ふーむ。そう?」
「可愛い顔してるくせにそんな強張った顔してるとすぐ老けるぞ?」
來魅が緋瑪斗と同じように月乃の顔を覗く。
「わわわ、來魅ちゃんまで…老けるって…」
「フフ。來魅ちゃんの言うとおりね。もう少し気楽でいいんじゃない?」
「むー。玲華までー」
いつもの調子に戻る。
「ふむ。ナイスフォローですね」
眼鏡を直しながら昇太郎が來魅の気の利く行動について琉嬉と話す。
「あいつ、妖怪のくせに意外と気が利くんだよな…人間相手に」
琉嬉がしみじみと感じながら話す。
「何がなんでもやってみないとね」
唐突に緋瑪斗が言い出す。
「はぁ?何をだあ?」
当然もと言うか。
誰しもが理解出来ないようなタイミングでの発言。
「何がなんでもやってみたいってどういうコトかしら?」
未弥子が竜を遮って先に質問。
その質問相手の緋瑪斗は握り拳を作ってやる気を見せる表情。
「戻る戻れないは二の次!箕空さん!まだですか?!」
「ええ。そろそろ着くかなあ?」
箕空が指差す方向。
鬱蒼とした獣道の奥。
「…結界」
琉嬉がぽつりと言う。
「結界?それって本当にあるんですね」
またもや昇太郎が目を輝かして言う。
「入るにはちょいと面倒なんだけどね~」
箕空が胸元にしていたペンダントらしきものを外に出す。
水晶らしき物がついていて、一見すると高価ぽくも見える。
「それが結界を解く物ですか?」
「解くと言うより……、鍵みたいなものね。家に入るような」
ペンダントを高く上げて、少し待つ。
すると光り輝く。
薄い白い光を出して。
その輝きは決して明るくはない。
「なんだ?」
「なになに?」
「どうなってるの?」
と、騒ぎ立てる緋瑪斗達。
「ほほぅー。これは素晴らしいのう」
來魅も一緒になって騒ぐ。
気づくと、目の前には広場が広がっていた。
所々にある、小屋。
木造の簡易な小屋だが、沢山ある。
「ここが今の焔の里よ」
箕空がにっこりと微笑みながら言う。
その場は正に、里と言った、小さな集落だった。
「ここが……焔の里…」
緋瑪斗の胸が締め付けられるような思いがした。
ここに茜袮がいる。
自分をこの体にした張本人が。
「茜袮さんは……いるんですよね?」
それでも不思議と落ち着きは保っている。
今でも走り出して探したい気持ちだが、抑えている。
それは月乃が手を握っているから。
「ふむー。なるほどね…。普通の人間が住んでるような感じだね」
琉嬉が率直な感想を述べる。
もっと特別な作りにでもなってるのかと思っていた。
だがそんな事はないようだ。
言ってみれば…現代の家ではなく、なんとなく昔の家。
木造だけの、50年…いや、もっと前の家のような。
とは言え、一見妖怪がいるとも思えないようなのも確かだ。
箕空を見て思う。
外見は人間と変わらないのだから。
「そうねぇ。人間と変わらないかもね。ま、見た目もそんなに変わらないし、生活も同じようなもんね」
淡々と答える箕空。
「じゃ、早速案内するわね~。着いて来てねぇ」
案内されるがまま緋瑪斗らは着いて行く。
人の気配はあまり感じない。
ましてや動物や虫の気配もない。
冬だからという理由もあるかもしれないが、不気味なくらい。
道中はイノシシの化け物みたいなのがいたり、鳥やタヌキなどの動物が居たり…。
しかし焔の里の中は不気味なくらい、生物のいる感じがしないのだ。
「不気味ね」
身の毛がよだつ。
まさにそんな状態。
さすがの強気な未弥子も寒さが強まる思いがした。
「のう、本当にここが焔の里とやらか?」
同じ妖怪である、來魅が疑問に思う。
「そうよ~。でも相手が誰であれフツーに招待する訳ないんだけどねー」
いつものように少し能天気っぽい喋りで対応する。
「ふむ…それもそうか」
「はあ?そうなのか?妖怪ってやつはそんな警戒心強いのか?」
なんか納得いってない竜。
「警戒心ね…そうかもね」
「うん?」
少し意味深な事を言い残し、そのまま進んでいく。
必要以上の事は一切話さない。
それだけ一族としての情報は守って入るようである。
緋瑪斗にすら詳しい事言ってのないのだから。
奥の奥へ進む。
さらなる奥へ進むと少し広い所へ出る。
ぽつんとある、少し大き目な木造建ての家。
「…まあ、あれだよね。気配はしないけど居る事は居るんだよな…わざと気配殺してるというか」
琉嬉には感じていたようだ。
「さすが、彼方家の人間ね~」
「知ってたのか」
「それは勿論」
箕空は琉嬉が何者なのかをとっくに知っていたようだ。
「彼方家…?琉嬉さんってどこかのお嬢様とかなの?」
「月乃。勘違いするなよ。金持ちな訳ないからな」
「えー?そうなんですかー?」
「…元々は家系が特殊なお寺方面だけあって、僕側の家族は一般家庭です」
「へぇ…そうなんだ」
緋瑪斗は詳細は詳しく知っているが、月乃らは知らない。
今にしてなぜか初めて知り得た情報だ。
「さて、行くわよ」
「そろそろかと思っていたよ」
目の前に居た人物。
緋瑪斗の鼓動が最高潮になる。
「茜袮さん……」
「…ふむ。ようやく会えたな」
その姿は変わってないように思えた。
気が強そうに見える鋭い目つき。
服はさすがに初めて会った時とは違うが、いわゆる和服の姿だ。
ただ、裾や少し短いスカートのようになっている。
動きやすい恰好のようだ。
箕空と同じ、赤い髪。
緋瑪斗と同じような…朱色の綺麗な髪の色。
その場の者が緋瑪斗と同じだと感じた。
「じゃ、あたしはここいらでいいかな?」
「すまないな。箕空」
「いえいえ、先輩の命令あれば…」
「何が先輩だ。まったく都合のいい…」
「えへへ、すみません」
深くお辞儀をして出ていく。
面識はあまりないとは言ってたくせに、妙に親しい雰囲気。
「後輩だったんだ…」
軽く月乃がツッコミをいれつつ、再び茜袮の方へ向く。
「貴方が茜袮?緋瑪斗を女にした張本人ね」
すかさずツカツカと未弥子が詰め寄る。
「おいおい、喧嘩っ早いなお前」
「あんたに言われたくないわっ」
今度は竜につっかかる。
「まあまあ…そんなあせらなくても」
緋瑪斗が割って入る。
「そそ、そうよね、茜袮サンだっけ?緋瑪斗を女の子にしたのは!」
少しどもりながらも月乃も応酬する。
「おお、なんか盛り上がって来たな」
「そう思う來魅は変だよ」
一歩引いた立場の琉嬉達。
自体を少し見守るくらいしか出来ない。
「やれやれ…こうなると思ってたわ」
そしてさらなる後ろから見てる玲華の一言。
こうなるとは予想はしていた。
「フフ、なんか緋瑪斗の回りはにぎやかだな」
「滅相もございません…」
これまでの経緯を茜袮は出来る限りの説明をした。
緋瑪斗の同意も交えて。
静かに聞く月乃達。
未弥子ら気の短い者も突っかかる事もなく、なんとか頷きながらだが。
納得してるのかしてないのか。
複雑な表情を浮かべながら。
そんな静まり返った中を断ち切ったのは琉嬉だった。
「ねえ、ちょっといいかな」
「…なんだ?」
「焔の一族って…一体なんなんだ?力の継承が同族だけじゃなくって普通の人間だった緋瑪斗に力を与えたあげく、
性別まで変わるなんて…そこらの妖怪が出来る芸当じゃない。
それに…女しかいないなんて雪女みたいじゃん」
無論、あちら側の人間である琉嬉が当然思う疑問。
「雪女…か。たしかに、あちらの妖怪の一族とは似てる所あるかもな」
「それはな、我々の遥か昔の祖先が元が人間だったからだろう」
突如茜袮とは違う声が聞こえてくる。
部屋に入って来た声の主。
「族長」
茜袮が族長と言った人物。
同じ赤くて腰まで伸びたストレートの髪。
一見すると40代くらいの女性にのように見えるが、綺麗な人物だ。
ただ、妖怪だとなると実年齢はきっと違うだろう。
人間と同じように比べるのは野暮だ。
そんな事をふと緋瑪斗は思っていた。
「元が人間…どういう事ですか?」
誰よりも先に質問したのは月乃。
「それは興味ありますね~」
なぜかメモを取り出す昇太郎。
「僕もあるね」
琉嬉も同意。
元が人間。
そういう妖怪は珍しくはない。
現に緋瑪斗も元は人間なんだから。
「元は人間と言っても今は人間としての血は大分薄いだろうがな」
「へえ…」
「科学的根拠の事を言うと遺伝子的に人間とは近いから…こうなったのかもな」
族長は緋瑪斗を見る。
「ふむ…。ヒメト…と言ったな。なるほどな…茜袮が言った通り、素直そうな童だな」
「わ、童って…」
子供扱いにがっくりする。
「そりゃ…中学生くらいに間違えられる時ありますけど…」
「…中学生ならまだいいじゃん」
琉嬉がボソっと反論するかのように呟く。
「しかし……」
何か言いかけると茜袮が緋瑪斗の前に出てくる。
「すみません。少し…二人だけで話させてもらえませんか?」
「ふむ…?いいだろう」
「ありがとうございます」
「茜袮さん?」
「ヒメ…」
「あ、大丈夫だから、ちょっとごめん」
心配そうにする月乃ら。
でも遮るように、緋瑪斗は茜袮に連れていかれるように外へ出て行く。
「大丈夫かしら…」
「まあまあ、落ち着けよ」
変に冷静な竜。
「あら、珍しいわね…竜のくせに」
「うっせい」
「そう言って内心は煮えたぎってるくせにね」
玲華には手に取るように分かる。
内心は二人きりにしたくない。
自分も追いかけて、一緒に話をしたい。
でも……。
「大人だね」
「大人にならないといけないから…と、思ってるんですよ。竜なりに」
昇太郎が竜に聞こえないような小さな声で琉嬉に言う。
「やれやれ。大人ねぇ……。そっかそっか…」
何か理解したかのように「そっか」と繰り返して近くにある椅子に座る。
「族長さんとやらさ。その…あんたらの種族についてなんだけど」
「ふむ…。お前さんは…」
「彼方琉嬉。名前くらい聞いたコトあるんじゃない?ちなみにこいつは來魅。
そして緋瑪斗の幼馴染の竜と昇太郎と未弥子と月乃と…緋瑪斗の従妹の玲華」
なぜか琉嬉が全員分を紹介する。
それぞれが自己紹介する分が端折れたが。
「彼方…五大家と、最強妖狐か。なるほど…。緋瑪斗やらの幼馴染も只者じゃないようだな」
「いえいえ、至って普通の人間ですから」
「率直に聞くけど…焔一族というのは祖先が人間に当たる妖怪で、天狗の一種…だよな?」
「ああ、それそれ、僕も事前に調べましたよ。
なんせ、天狗というのは日本各地に伝わる伝説みたいですしね」
昇太郎がテンションあげながら声を張り上げて喋る。
いつの間にか調べてたようだ。
「……なんで昇太郎がそんな事知ってるの?」
「フフン。僕にはそういう伝があるんですよ…。実はね」
眼鏡をキラッと光らせる…ように見えるだけだが。
クイッと人差し指で眼鏡を上にあげる。
「…その伝って…誰?」
「琉嬉さんもご存知の方ですよ」
「…ご存知?」
首を傾げてしばし考える。
自分の知り合いを通して昇太郎と知り合いの人物。
思い当たる節がない。
「コウザキミユさんです」
「…マジか」
昇太郎曰く、琉嬉と同じ学校で、妖怪に詳しい人。
琉嬉の後輩で同じ力を持つ人物のようで、名前は港咲みゆ。
昇太郎や緋瑪斗らと同じ、現在高校一年生である。
いつの間にか知り合いになっていて、そういった情報網が出来てたようだ。
「アンタ…いつの間に…」
「へ~。昇太郎ってそういうとこ抜け目ないっていうか…なんていうかさ」
「きっといい情報屋になれるよ」
「あ、でも天狗だって事は知りませんよ?
ただ、いろいろ調べてるうちにそういう推測に辿り着いただけですから」
再び眼鏡を指であげる仕草。
何かと鋭い洞察力があるようだ。
「ほー。そこの眼鏡の少年はなかなかいい勘をしてるじゃないか」
「ほんとだねー」
「…まあ、そこの小さい娘っ子と眼鏡少年が言う通りだ。
私達はかつて天狗とも言われた存在だった。
今はどうか知らんが、な」
族長はこう言う。
天狗。
しかし一般的に思い浮かべる天狗とはまったく結びつかない印象ではある。
「天狗って本当にいるんだ~。不思議~」
月乃が素っ頓狂な声をあげる。
「また…ばかっぽく口を開けて…」
「未弥子だって驚いた顔してるじゃん」
「そ、それは…」
顔を赤くして両手で隠すように覆う。
「ふむ。まあ、天狗の一種だと考えて良いだろう。ほら、お前達も座ると良い」
目の前の椅子に座るよう促す。
族長も近くの少し立派な椅子に座る。
そしておもむろに喋り出した。
琉嬉らは黙って聞き込む。
「我々は、数年おきに住処を変える。なるべく足をつかないようにな。
その理由は…我々一族と天敵となる妖怪の一族がいる。
宿縁は先祖の代から続いてるのだ」
「な、なんか急に重たい話になってきたぞ…?」
「しっ。黙って聞きなさい」
竜を黙らせる玲華。
「緋瑪斗やらはその戦いに巻き込まれたのだ。
運が悪く。
茜袮は一族の中でも妖力が高く、高位の強さを持つ。
その茜袮がその妖怪と戦い、そして緋瑪斗は巻き込まれた。
死にかけた所を、茜袮が自分の力を緋瑪斗に分け与えた。
そこまでは聞いただろう?」
「え、ええ…」
実は緋瑪斗本人から聞いても半信半疑だった。
月乃は心の奥ではまだ「真実」と認めてなった。
だがここに来て、ようやく「真実」に辿り着いた。
そんな安堵のような、否定しないような、複雑過ぎる気持ちが体中を一瞬でも走り抜ける。
「周知のとおり、我々は女性しかいない。
変な話、子孫を残すには別の種族の男。
元は同じ種族、人間との男の間に子を授かる」
「…雪女と似てるな」
「ふむ。雪女とやらは一度しか会った事ないが、そうかもしれんな」
族長はそのまま話を続ける。
時折、机に出ている茶をすすりながら。
「妖怪と言えども、半妖に部類に入る。
さしずめ、緋瑪斗は半妖の半妖…か」
「あー。クォーター?あー、でも元々は人間だから違うか」
「ややこしい話だな…。あんた達は基本的に半妖てやつなのか?」
「生まれた時は半妖だが、親は子に…妖力を全て授ける。
この特別な力が焔一族が出来る一族だけの力だ」
「…雪女も力を授ける事が出来るけど…肉体的の力は渡す事は出来ない…」
琉嬉がまたもや雪女の力を語る。
「彼方の者よ。やけに詳しいな」
「あー。琉嬉の妹がの」
「來魅。余計な事言わなくていいよ。余計混乱させるだけだから。気にしないで続けて続けて」
「なんだよぉ。琉嬉さんよ。余計気になるっちゅーの」
竜も気にし始める。
だがそんな竜を無視して、
「…そっか、焔一族は妖力と肉体的力を渡す事が出来るんだ。
それを…茜袮が行った。
だから…緋瑪斗は男だったのに女になった。
焔一族は女しかいない。
女しか生まれない。
だからだ」
理解する。
推測でしかなかった考えが繋がった。
月乃らにとっては理解し難い話ではある。
だが現に、緋瑪斗は女であり、妖怪であり。
髪の色や炎を操る。
それはまさに焔一族の力。
肉体にも影響が出ている。
「ええと…つまりは、貴方達の妖怪としての力が緋瑪斗を全部受け取ったって訳?」
頭を抱えるように手を額に置きながら未弥子は言う。
「そうだ」
「なるほど…。それは少し興味あるけど…実際にされると困るかな?」
昇太郎は興味深く聞いていた。
自分にも試してみたい。
とは言え、そんな事してくれる他の焔一族の者はいないだろう。
昇太郎自身も確信している。
「なるほど…な」
手をパンッと叩いて、月乃が立ち上がる。
「把握したわ。うん。緋瑪斗がなぜここに来た理由が分かった」
「へ?」
「どういう意味かしら?」
「緋瑪斗がここに来た理由か……」
月乃がもったいぶるような言い方を知る理由。
琉嬉にはなんとなく察してきた。
「やっぱり緋瑪斗の事になると勘が鋭いわね。月乃って」
「何よー。玲華もなんとなく気づいてるんじゃないの?」
「それはどうかしら?」
こっちはこっちでまたうやむやにする。
玲華らしいといえばらしいが。
「…何よ。それじゃ私らが緋瑪斗の事全然理解してないみたいじゃない」
少し悔しい思いになったのか、未弥子も立ち上がって月乃に詰め寄るような勢いで近づく。
「ヘイヘイ。月乃がそう言うからオレらもなーんとなく分かってきたぜ」
「だね」
釣られるように竜達も椅子から立ち上がる。
「はははっ。物分かりのイイ連中だのう」
「さすがというかなんというか…これが「絆」っていうモノなのかね」
「なぁにクサイ事を言うとるんだ。琉嬉のくせに」
「黙れ」
來魅のほっぺを軽くつねる琉嬉。
緋瑪斗は茜袮と二人で里の中を歩いていた。
先ずは茜袮は妖怪としての力をほぼ、失ってるという事。
身体能力はそこまで変わっていないが、いわゆる炎を出したりする妖怪の力をほぼ無くなっていると。
力の全ては緋瑪斗に渡っていると言う。
現状は里でこの半年以上、じっとしているだけ。
療養もかねて、黙って過ごしていると言う。
次に、緋瑪斗は自分の今までの出来事を茜袮に話した。
これまでに起きた事件めいた事。
学校生活での事。
自分自身の体についての事。
全て洗いざい話す。
茜袮は優しく微笑みながら話を聞く。
時々悲しそうは目をする。
そして何度も茜袮は「すまない」と謝る。
もう何回聞いたのだろうか。
それでも面倒にならずに聞き受け入れる。
「緋瑪斗。私のせいで苦労したな」
「大丈夫ですよ」
「しかしだな…」
首を左右に振る緋瑪斗。
「俺は俺で楽しいですから、ね」
「だが………」
「いいですか?茜袮さんは俺の命の恩人です。逆に感謝してます。
だって…女の子になっちゃったけど…俺、今生きてますから」
くったくのない笑顔の緋瑪斗。
その可愛らしい笑顔に思わず涙が出てくる。
「フフ…。優しいな、緋瑪斗は」
「で、茜袮さん」
「なんだ?」
「ひとつ提案があるんですが……」
「提案?」
まさかの緋瑪斗側からの、提案なる言葉。
「その提案とはなんだ?」
「俺、茜袮さんに焔一族の…妖怪の力を返そうと思ってます」
「…返す…だと?」
「はい」
思わずキョトンとしてしまう茜袮。
唐突は発言に驚いてしまった。
胸がズキンと来るくらい、驚いた。
「俺、考えたんです。
人間に戻る。
男に戻る。
どうすればいいか…って。
でも茜袮さんも族長さんも分からないって。
だったら…逆の事してみれば…いいんじゃないかって……」
「………なるほど……な」
緋瑪斗が、自分がやった事をすればいい。
理屈にあってるのかどうかは不明だが、説得力はある気がしてくる。
緋瑪斗が焔一族の力を持っているのなら、授ける力があってもおかしくない。
だったら……。
そう辿り着いた答えなのだろう。
「……どうですか?」
真っ直ぐな目。
その目に圧倒される茜袮。
真剣なその眼差しは、自身がかつて操った炎より、熱く感じた―――。
「分かった。本気ならば、受け入れよう……」
そのまま承諾した。




