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第2話 始まりはまるで人生の二度目。

 緋瑪斗は困っていた。

非常に。

月乃と玲華が学校が終わるや否や、早速緋瑪斗の元へ来ていた。

その中に母親が混ざって、散々「女」の説明を受けた。

体の特徴。

男との違い。

あれやこれや性に纏わるうんぬんかんぬん。

緋瑪斗は顔を真っ赤にしながら説明を聞く。

だが、とても聞いてられないような辛い状況だった。

「分かった?理解した?ヒメ?」

「………なんとなく」

「なんとなくじゃ困るのよ?」

「うん」

 元気ない返事。

一辺に言われてもまともに頭に入らない。

「まぁまぁ、緋瑪斗君だってなりたくてなった訳じゃないんだろうし、一辺に吹き込まれても頭パンクしちゃうよ?」

「うーん…玲華がそう言うのなら、ちょっと休憩入れようか?」

「そうね。おばさん、お菓子用意してくるわ」

 頼子は緋瑪斗の部屋を出ていき、一階へ降りていく。

(はぁ……困った)

「でも、緋瑪斗君…やっぱり変わってないようで変わったよね。顔つきは元々幼い感じだったけど、より可愛らしくなったというか…」

「そうね。丸みが帯びて、ほっぺもぷにぷにしてそう。元々ぷにぷにだったけど」

「なんだよそれ…」

 二人にほっぺをぷにぷに触られる。

「声ってやっぱり変わったかなぁ?少しだけ高くなったよね」

「…そうなの?」

 元からそんなに低い声ではなかった。

いわゆる、二次性徴も他の人よりより少し遅かったくらいだ。

さすがに中学3年の終わり頃には声変わりはした…とは言われてる。

それでもそこまで低くはならなかったせいか、声に関してはそこまで違和感は自分ではなかった。


 緋瑪斗は退院してすぐ、美容室に連れて行かれた。

当初から長く伸びた髪を切ろうと思っていたところだ。

耳や目に髪が覆いかぶさるくらい、長かった。

そのせいで、男の時からたまに女に間違えられるような事はあった。

今はそのボサボサの髪型を少し切りそろえ、クセっ毛を無くすようにされ、長かった前髪を切り揃えられ、後ろ襟足も切り揃えられ…。

ショートボブカットみたいになった。

より女の子らしい髪型にされたのだ。

「髪型も可愛らしくなったよね。ヒメ。あとはその着てる服をどうにかすれば完璧に女の子よ!」

 なぜか力強く言う月乃。

変な期待をしている。

「なんで月乃が張り切ってるんだよ…」

「そいや、ゆき兄やみのちゃんは?」

 他の兄弟がいないのに気づく玲華。

「母さんが男共は入っちゃだめって釘刺されたんだよ」

「へぇ~…」

 なんとなく察っする二人。

この場に男がいたら大変過激な内容の話だから…?と思う二人。

「大変だったんだぜ…?美容室行ったらさぁ、外国かハーフの方ですか?って言われて。そんな訳ないだろ!って思ったんだけど」

「うーん、初見だったら一瞬そう思ってもおかしくないかもね」

「なんでだよ…。ただ明るい髪と瞳の色だけだよ?顔なんて全然日本人じゃんか」

「そうよね~。顔は純粋な日本人よね。幼い感じの可愛い顔だけど」

「可愛いって言うなーっ」

 キシャーッっと怒る。

まったく怖くないが。

元から迫力あるタイプじゃなかったので、女の子になったら余計に迫力がなくなった。

むしろマイナスの方にいってるだろう。


 妙な気分ではある。

これまで女っ気はなかった。

女友達なんぞいやしない。

月乃はただの幼馴染で、中学以降は話す事も遊ぶ事もほとんどなくなってた。

クラスも違ったし、そんなに頻繁に連絡する事もなかったからだ。

だがこの一件からなぜか今は自分の部屋の中に女の子二人が。

いや、ひとりはただの従姉妹だし、自分も今女の子なのだが。

(これが男のままだったら羨ましがられるんだろうけどな…アイツらに)

 アイツらとは。

学校の友人だ。

これからどう説明すればいいのか。

まったく検討付かない。

学校をどうすればいいのか。

まさか、男として行けばいいのか?

そんな訳にも行かない。

非常に難題が重なっていて胃に穴が開くんじゃないのか?というくらい、参ってる。

「ねえ、ヒメ?やっぱり背縮んだわよね?」

「やっぱりか…」

 退院する時両親と共に並んだが、父親母親二人共大きく感じた。

前は頼子と同じくらいの背の高さだったのに。

というより、男の時でもそこまで高くなかった。

大体161cmくらいだった。

今は目線が常に上を向いてる状態だ。

緋瑪斗と月乃が立ち上がる。

以前は緋瑪斗の方が月乃より少し大きいくらいだったのが今はまったく逆転している。

「ちっちゃい…緋瑪斗君、ちっちゃいよー」

 棒読み風に言う玲華。

玲華も立ち上がってみる。

背も少し高めでスラっとしてる玲華と並ぶと余計に小ささが目立つようになる。

「……泣いていいですか?俺」


 緋瑪斗が立ち上がった時に分かった事がもうひとつ。

それがダボダボの服だ。

残念なくらい、大きい。

それが逆に可愛い。

鏡を覗き込む。

大きめな服を着た赤髪の女の子。

それが自分だとどうしても信じられない。

顔はたしかに以前の自分と大差ないように思える。

でもどうも、目つきが柔くなっている。

頬も唇も前より柔らかそうだ。

喉仏もなくなってる。

(…男要素が完璧になくなってる…)

「入るわよー」

 ガチャリとドアのノブが回る。

頼子がお菓子を持ってきて入ってきた。

ついでに佑稀弥と父親が入ってきた。

店番を稔紀理に任せて。

「緋瑪斗~可愛いな~」

「だめっ!」

 緋瑪斗に抱きつこうとした利美を蹴り飛ばす頼子。

「……な、何?」

 顔がひきつってる緋瑪斗。

それを守るようにする頼子達。

「しかしまあ……ヒメ。可愛くなったなぁ。前から可愛かったけど。男のくせに」

「うるさいゆき兄」

「妹記念として俺も」

 なぜか父親同様に抱きつこうとしてくる。

「だからだめっ!」

 そして同じように頼子に蹴られる。

「何やってんだよ…」

 やれやれといった緋瑪斗。

「あんた達……店番はどうしたの?もしかして…みのちゃんだけ?」

「う…そうだけど」

「あほかーっ!」

 さらに蹴り飛ばされる二人。

一番年下の小学生の稔紀理に、店番を任せたという行為が頼子を激怒させた。

「まったくもう…」

 すぐ店の方へ向かう。

ドタドタきつい足音を立てて。


「…なんで僕だけで店番なんだろうねー。やれやれ」

 と、稔紀理は稔紀理で冷静に店番をしてた。


「…こんな明るい家だったけ?ヒメのお母さんってあんなに激しい人だったけ…?」

 あまりにも慌ただしい掛け合いに驚く月乃。

幼馴染といってもここ数年はあまり会ってない。

久々にやって来たのだが、怒涛の連続でびっくりしている。

「うーん、そうかなあ?」

 玲華は首を傾げながら今までのこちらの狗依家の状況を記憶の中で過去を遡る。

「んーとさ、玲華はよく来るから逆に分からないだろ…?うちはいつもこんなんだよ。母さん女ひとりだけの家だったからね。肝っ玉母さんってやつ?」

 クスクス笑いながら言う。

「あー、ようやく笑顔みせたね。ヒメ」

「あ、え?そう?(たしかに笑った記憶がないような…)」

 事件以来、笑うような会話をしていない。

昨日の事件が遠い過去のような記憶。

まだ全然時間経ってないのだ。

今考えるとあっという間とも言えるが、まったくもって妙な感覚だ。

大怪我した後は変な時間感覚が流れる。

いや、怪我自体はなかったかのように治ってたのだが。



 あれから、月乃と玲華との女性の体話。

最早聞くに耐えれないような、男視点から聞くのは辛かった。

モヤモヤするようなムラムラするような。

変な気分。

こんな気持ちは、他の人には理解出来ないだろう。

そう心の中で呟く。

「あ、こんな時間。そろそろ帰らなきゃね」

「私も帰ろう」

「あ、ヒメ」

「何?」

「明日休みだし、服を買いに行こうよ」

「……服?なんで?」

「なんでって……今の服じゃサイズ合わないし、女の子らしい服も買わないといけないし、下着も買わないといけないよ?」

「……あー…。そゆこと…ね」

 来たか……、と、緋瑪斗は思った。

よく漫画などである、自分の置かれた状況と同じ、「男」から「女」になった後の、おなじみの展開。

こういう話は漫画などで少しは見た事はある。

伊達に家が古本屋をやっていない。

それがまさか自分に起こるとは思いもしてなかったのだ。

「…お金なんてないよ?」

「なーに、それは大丈夫!」

「え?」

 いつの間にかいた頼子。

「可愛い娘のためなら…どーんと出してあげるわよ!」

「なら大丈夫ね」

「おいおい…勝手に決めないでくれよ……」

 自分の意思とは関係ない話が進んでしまった。




「お風呂沸いたわよ~」

 頼子の声が家中に響き渡る。

毎度の事だが、頼子は元気が有り余ってるのかというくらい、元気だ。

それに負けじと父親利美も普段は変なダジャレを言ったりして場を凍らせたり盛り上げたり。

結局似たもの夫婦だ。

「ヒメちゃんお風呂入りなさい~」

「…なんで俺からなの…?」

 ブツクサ言いながら部屋から出ていき風呂のある一階へ降りていく。

「なんだ?ヒメが一番風呂なのか?」

「後でもいいんだけど?」

「どうせならお父さんと一緒に入ろうか?」

「…あ、え?うん?」

 思わず返事してしまう。

肯定の意味で捉えそうな返事を。

唐突すぎて緋瑪斗に伝わらなかった。

「なぁに言ってるのよ!お父さん!」

 ぺちんっと、おでこに軽く平手打ちする。

いい音だ。

「いたた、ちぇ、久々に子供と一緒に入ろうかなあって思ったのにさ…」

「当たり前でしょ…」

「スケベ親父ねぇ。お父さんじゃなくてお母さんと入ろうか?」

「だからなんでそんな発想になるの?!」

「じゃあ、俺とならどうだ?」

「ゆき兄はもっとだめだろ!」

「ええぇぇ?なんでだよっ?じゃあ稔紀理ならいいのか?」

「…稔紀理なら……まぁ大丈夫かな?」

 稔紀理の方をチラ見する。

まだ小学生で小さいし大丈夫だろうと感じたから、稔紀理なら大丈夫だろうと言った。

稔紀理は漫画雑誌を読んでいる。

こちらの会話には気づいていたのか、緋瑪斗達の方を見て一言。

「あの、僕を巻き込まないでください」

 この家族での会話は稔紀理が一番大人のようだった。


 結局一人で入る事になった。

(はぁ…)

 溜息がもれる。

衣服を少しずつ脱いでいく。

(…お風呂は…昨日入ってないから二日ぶりかな。しかし………)

 脱ぐのが恥ずかしい。

大きな鏡。

今、鏡の目の前に映る姿は自分自身の体。

紛れもない、自分。

(本当に女になったのか…俺)

 白くて細身の手足や腰周り。

それに反比例するかのように大きな胸。

下は勿論、男の物はない。

カァ~ッと、自分の顔が赤くなってるのが鏡越しでも分かる。

(な、何自分の裸で興奮してるんだよ!俺!)

「アホか!」

「何?ヒメちゃんどうしたの?」

 頼子が緋瑪斗の独り言に反応する。

「あ、いや、なんでもないよ…(思わず口に出しちゃったよ)」


(変な気分だ…。顔は前とそこまで変わらないのに…、なんでこんなに女らしくちゃんと見えるんだろ?)

 元の顔が既に童顔で女の子らしい感じがあったから…と無理矢理納得させる。

そうでもしないと変に心が折れそうだったからだ。

「え…と」

 湯船の中から腕を出す。

「なんか………細っ。ていうか、筋肉なさすぎ」

 男の時は成長していくにつれて硬い男らしい筋肉がついていった。

大した運動もしてないのに、ちゃんと男らしくなっていった。

顔以外は。

今の腕を見ると筋肉があるような、筋張った繊維が見えない。

「運動しなかったツケかなこれ…」

 ガッカリする。

元々兄とは違い、運動するタイプでなかったので大した筋肉がなかった。

それを拍車かけるように目に見えて分かる細さと程よいぷにぷにした柔らかい脂肪だ。

あまり下の方は向けない。

自分の体にまだ見るのも慣れてないからだ。

(そのうち慣れるのかな……?)

 未来先の事は分からない。

慣れるのだろうか…。

顔をパンパンッと音を立てるくらい両手で叩く。

「痛い」

 夢じゃない。

これで何度目だろうか。

現実をやっぱり受け入れるしかないようだった。



 緋瑪斗は落ち込んでいた。

それはもう酷く。

男の感覚でついつい、シャツを着ずに居間に出てしまった。

下はトランクスを履いてたので良かったが。

思いっきり他の家族に見られた。

頼子が「ヒメちゃん!なんて格好してるの!」と、緋瑪斗を叱った。

「女の子は体を大事にしないとだめ!例え家族の前でも…、あ、でもお母さんの前ではいいわよ?」

「……その後者理屈はなんかヘンだけど…気をつけるよ」

「それで良し」

 濡れた頭を撫でる。

「でもね、母さん。俺は体は女になってるけど…心は男の俺だから……難しいんだよ」

「……………………そうね」

 大分間を開けて返事する。

「うん。分かってるよ。分かってる…。男と女では見られる目が違うってコトはさ…」

 緋瑪斗は元気ない足取りで、自室へ向かった。


「ん?」

 部屋に戻ると、携帯に着信を知らせる光が見えた。

(メールか……月乃から?)

 メールの内容。

それは【明日午前10時、ヒメの服買いに行くからね!】と書かれていた。

「…10時なのかい…。母さんも来るんだろうか?」

 いろいろ不安になりつつ、早めの就寝。

あれこれ考える暇もなく、意識は夢の中へ向かった。




「行くわよーヒメちゃん~」

 いつものように大声の頼子。

「待ってよ…」

「あらぁ、ボーイッシュで可愛いわねぇ」

 緋瑪斗の服装は自前の服で構成されていた。

上はグレーの地味なパーカー。

下は今まで履いていたのが大きさが合わないので、母親のジーンズを借りている。

それでも少し大きいため、裾を折り曲げてなんとかなっている。

パーカーでも胸の膨らみが分かるくらい、女の子としてすぐ分かるレベルだ。

「フクザツ…」

 家の車。

運転するのは頼子。

既になぜか月乃と玲華と佑稀弥がいた。

月乃と玲華は後部座席。

佑稀弥は助手席に座っている。

「あ、あの~、なんでゆき兄がいるの?」

「え?ダメなの?」

「ダメじゃないけど…」

「男の意見も聞きたいので私が許可したのよ!」

 ビシッと、親指立てて決める頼子。

テンションが本当に、高い。

「父さんと稔紀理は?」

「お店休めないからお留守番よ!」

 今度はVサイン。

「はぁ……先が思いやられる」


 何年か前に出来た大型商業施設。

いわゆるモール型ショッピングセンターだ。

こうした田舎な街であれば、遊ぶ所と言えばこういう商業施設だ。

一通り揃ってるのでそれなりの時間つぶしは出来るもんである。

「早速下着売り場にいくわよ~」

「ちょ、いきなり…?」

「体型かなり変わってるんだから、ちゃんとサイズ測ってもらわないとだめだよ?」

 ぽんぽん、と背中を月乃に叩かれる緋瑪斗。

その月乃は笑顔満載だ。

「緋瑪斗君。観念した方がいいよ~。こうなったら止まりそうにないもん」

「玲華だけは味方だと思ってたのに」

「にひひ。楽しそうだしついてきちゃっただけなんだけどね」

「裏切り者ー」

 などと会話してるうちに女性用下着などが売ってる店舗にやってきた。

入口付近は普通の服らしきものが売ってるが少し奥に見えるのは、明るい色をした、生地の薄い下着。

つまり、ブラジャーとかだ。

「うへー」

「まずはサイズ測りましょ」

「ちょちょ、あうあう」

 引きずられるように腕を頼子と月乃に引っ張られて中に入っていく。

「俺は近くで待ってるぜ。さすがに男の俺が中に入るのはヤバイだろ?」

「あら、そう?」

 佑稀弥はそう言い残して、近くのベンチに座った。

兄なりの遠慮なのだろう。

「ゆき兄、じゃ、待っててね」

 ごめんのポーズを取って玲華も緋瑪斗達を追いかける。

(うん、本当は俺も行きたいんだけど嫌われたら嫌だからな)


 女性店員と一緒にまずは服を脱いでサイズを測りに掛かる。

「え、と…、ノーブラですか…?」

「いろいろありましてね、気にしないでください」

 店員が緋瑪斗がなぜノーブラなのか疑問に思っていた。

「おほほほ、この子急に大きくなったので付けないといけないと話したところなのですよ」

「あら、そうなんですか」

 緋瑪斗の顔を見る店員。

「中学生ですか?」

「高校生です!」


 シャァッと試着室を開ける音。

「ねえねえこんなのとかどう?」

「これとかどうかしら~」

「こういう黒いのとかどう?」

「玲華、真面目に選ぶ気ないだろ?」

「あっは~、分かった?」

 ぺろっと舌を出して笑う。

どうやら本当にお遊び気分でついてきたようだ。

頼子と月乃は真剣に選んでる。

緋瑪斗自身が決めかねれないから選んでもらってる。

「…サイズさえ合ってればなんでもいいじゃん…別に見せるもんじゃないんだろうし」

「ノンノン!それはいけないよ!ヒメ!着替えする時にいいもの付けてれば目立つし羨ましいがられるし…」

 月乃が興奮したように語る。

「…嘘くさい」

「まあ、人によるけどね」

「それにしても意外よね~。Dカップだってヒメちゃん。案外大きいのね~」

「…大きいのそれ?」

「平均よりは大きいって言われるサイズかな?決して小さいとは言われないよ」

「ふーん…」

 なんだかいまいち理解出来ない。

胸の大きさのサイズなんて考えた事もなかった。

Dとか言われてもさっぱりだ。

「じゃ、次これ~」

 月乃が差し出したのは、綺麗なレースが沢山ついてて派手な物だ。

「まだやるの…?」

 うんざりしてきた緋瑪斗だった。



「あははー、面白かった~」

「うるさいっ」

 不貞腐れる緋瑪斗。

「?どうしたんだ?」

「中学生に間違えられちゃったのよ、ヒメちゃん」

「ふーん…。そう言われればそう見えるし…」

「まじまじと見るなよゆき兄」

「いや…そういや男だった頃も中学生に間違えられてたよなって思ってさ…」

「…!」

「いて、いててて!」

 無言で佑稀弥に蹴りを入れる。

童顔を結構気にしてたようだ。


 下着を複数買う。

結構いい値段する。

数万はしたんじゃないだろうかと思うくらい。

緋瑪斗は申し訳ないような気持ちでいっぱいだった。

「さて、次は服ね!」

 気合入れる頼子達。

「俺は既に疲れたよ…」

「よーし、あのお店へ行こうっ」

 ぐいぐい引っ張られていく緋瑪斗。

2対1では勝ち目がない。

「おーおー、大変だなぁー。ヒメ」

「そう思うなら助けろよ!」

「それは無理」

 佑稀弥と玲華はハモりながらきっぱり答えた。


「これどう?」

「このフリフリの可愛いやつがいいわよ?」

「なあ、こういうのはどうだ?ヒメ」

「うーん、緋瑪斗君はボーイッシュなのが似合うような気がするね」

「ああ、うん……(俺の意見が何も通らない)」

 必死に抵抗しようとはする。

あまりにもリボンが付いてるようないかにも可愛いですよ、というのがどうも嫌で仕方ない。

なんせ、体は女でも心は男のままだ。

「はぁ……ゆき兄みたいに男らしい男を密かに目指してたんだけどね…それも叶わぬ夢か」

 小さく呟くように言う。

「そうなの?」

 たまたま近くにいた月乃が聞いていた。

キョトンとした顔をしている。

「俺変な事言ったか?」

「うん」

「うん、じゃないよ。まったく…」

「そうねぇ…。でも徐々に慣れていけばいいんだよ。うん。頑張れヒメ!」

「どういう応援なんだそれ」



 ごっそりと大量の服を買い漁った。

全部で5万以上。

「そんなお金何処から出てきたの…?」

「うちは自営業だからこれくらい問題なし!」

「いや、自営業だからこそ問題あるんじゃないか…?」

 お金の出処が気になる。

「ヒメよ、細かい事は気にするな。なぁ、お袋?」

「そうよ~。子供は大人しく親のスネをかじってればいいの」

「……うーん…」

 なんとも言えない気分。

自分のためにどうしてここまでしてくれるのか。

「な、なあ…もし、もしだよ?もし男に戻ったりしたら…どうする?」

「どうするったって…その時はその時じゃない??ねぇ月乃ちゃん?」

「はい、そうですよ」

(後先考えてないなコイツら……)

 今後の不安を一気にかき消してしまった。

男に戻る…。

そう何度も考えた。

考えた結果、そんな方法はない。

あの夜の病院での茜袮との話。

(茜袮さんも言ってたな……男の戻れるのかどうかは不明だって…。はぁ…)

 現時点では戻れるかはどうかは分からない。

かと言ってこのままの状況を受け入れるのは辛い。

戻れる方法があればそれにすがりたい。

しかし今は何の情報もない。

しかも妖怪化してると言われてもその様な感覚はない。

あるのは髪の色と瞳の色が変化した事だ。

少し派手目な朱髪の色。

なんとも形容しがたい髪の色だ。

光当たればオレンジっぽくも見え、暗い場所であれば赤毛にも見える。

(いっそのこと黒に染めてみるかな…?)

 今時の若者のファッションのように見えるだけ、と考えたい。


 疲れきった緋瑪斗は大きな広場みたいな所の休憩所で座って休んでた。

月乃と玲華は自分達が欲しいアクセサリーなどを求めて二人で何処かへ行った。

緋瑪斗はさすがにしんどいと言って一緒に行くのをやめたのだ。

頼子と佑稀弥も今日の晩御飯を盛大にやるというので、その買い物に行ってしまった。

ここのショッピングモールは食材なども取り扱ってるコーナーもある。

他にゲームセンターや本屋など、なんでも揃ってる。

こんな田舎に便利な物が出来てさぞや古くからの商店街は寂れてるのかな…と、思いきやそうでもないらしい。

何かのアニメだかでロケ地に使われてたらしく、それ目当ての観光客が増えて売上が持ち直してるという。

それに交通の面でも便利になっていて遠くから来る人も増えてる。

土日など休日の時はこのお店の道路は大渋滞起こしている。

人が多い。

人の視線が気になり始める。

(なんか俺の方見てる…?)

 テーブルに突っ伏して顔を隠すようにする。

(なんだなんだ?なんか俺変か?)

「ねえねえ?君?暇?」

 近くで男の声が聞こえる。

誰かをナンパでもしてるのだろうか?

とりあえず気にしないままテーブルを枕にして頭を下げたままにしている。

「ねえ?聞いてる?暇なら遊ばない?」

「…ん?」

 声は思ったより近い。

バッと顔を上げる。

キョロキョロ見回すと、若い男3人組が居た。

「……もしかして俺に声をかけてる?」

「君だよ君。可愛いね~。暇ならどこか遊ばない?」

「…え、俺?」

 おでこに人差し指を当てて3秒くらい考える。

「ひょっとして…俺に声かけてる?」

 同じ事を言う。

「そうだよ。君だよ?俺だってよ、可愛いね」

「派手な髪だね。染めてるの?」

「…違うますけど?てか何?ナンパなら他所でお願い出来ますかね?」

「えー、つれないなぁ~」

 腕を掴まれる。

急な出来事で頭が一瞬真っ白になる。

「あ、何するんだよ!」

 腕を振り回そうとするが思ったより力が入らない。

男の手を振りほどけないのだ。

(あれ…?)

 力が入らないというより、力がなくなったような感覚だ。

男の時とは違う。

前なら思いっきり抵抗すれば外れたものなのに。

「いいじゃん?ねぇ?」

「お前も好きだな、中学生くらいじゃないの?」

「でも体は立派だよねー?」

 緋瑪斗の胸を見て言う。

(下品なやつらだな…くそ)

 こんな大勢の人中で堂々と無理矢理連れて行こうとする。

逆に気づかれないのかもしれない。

「離せよっ」

「だーめ」

「アハハハ」

「オレらといい事しようぜ?」

 話を聞いてくれない。

緋瑪斗は急に寒気が来るように体が震えだした。

(マジか……てかヤバイ…月乃!母さん…)

「いいからいいから、一緒に行こうぜ」

 思いっきり体ごと引き上げられる。

力では抵抗出来ない。

このままだと連れて行かれる。

「ふ……ざ、けんな…ッ」

 未だかつてないくらい怒りがこみ上げてきた。

その瞬間だった。

両手が熱くなる感覚に陥る。

「ん?なんだ?……あちっ?!」

 緋瑪斗の腕を掴んでいた男が急に熱がり手を離した。

「俺は男だよ!!」

 緋瑪斗が叫んだ時だった。

急激に力が入った気がして、緋瑪斗は男の一人の腕を掴み、そのまま男の体は一回転して宙を舞った。


 ドンガラガッシャンと、近くのイステーブルを巻き込んで男がぶっ倒れた。

そのまま気を失ったのか、立ち上がって来ない。

「あ、れ?俺…今どうした……?」

 突然の力に自分自身で同様する。

先ほどの両手が熱くなる感覚はもうない。

さすがに突然の物音に周りが気づきだした。

ザワザワ、と騒ぎ始める。

「お、おい?!どうしたんだよ?!」

「大丈夫か?」

 他の男達が投げ飛ばされた男の元に向かう。

あまりの衝撃だったのか、投げ飛ばされた男は白目を向いていた。

ヤバそうな事だけは分かった。

「やっば……この場から逃げるべし!」

 沢山の荷物を抱えてその場から逃げ出した。



「あーびっくりした」

「どうしたの?そんなに慌てて…」

 他のみんなと合流した。

緋瑪斗はさっきの事情を説明した。

突然のナンパ(ほぼ強引な)されて焦ったという話を。

「なるほどねぇ…。声かけられるなんて…ヒメやるじゃん!」

「褒めてる場合じゃないって。男に声かけられて嬉しいワケないだろ」

 冷や汗ものだった。

謎の力が働いて切り抜けたのだが。

「大丈夫か?次そんな事になったら俺が容赦しねえよ」

「そうしてもらえるとありがたい…(ゆき兄がキレたら強いだろうな…)」

 佑稀弥は背も高くスポーツ万能。

運動神経が良いので多分喧嘩も強いだろう、と思ってた。

そんな男らしい佑稀弥に少し憧れもあった。

「ナンパされるなんて緋瑪斗…やっぱ可愛いんだね?」

「そう?そういう月乃達はどうなんだよ…」

「んー、私はそんなにないけどなあ。一回だけあったかな?」

 月乃はそう答える。

「玲華は?」

「……んー、うちも1、2回くらいかな?そんなしょっちゅうないよ?」

 だそうである。

「あらあ?お母さんもあるわよ?今も声かけられるけどね。うふふ。その時は旦那がいますので~って言うと大抵諦めてくれるわよ」

「10代の女に旦那がいるとか無理な話だろ…。はぁ…女って大変だね。って、母さん…ナンパされるのか?」

 自分の母親が未だに男に声をかけられる事にびっくりする。

ただ、ナンパを振り切るために、投げ飛ばしたというのはみんなに話さないで置いた。


 帰りの道中、緋瑪斗は先ほどの力について考えていた。

隣の月乃と玲華はペチャクチャ喋り続けている。

どこにそんな話のネタがあるんだろうか、と思いながら。

(さっきのって…やっぱり……、あれかな。「妖怪」としての力なのかな。じゃないと説明がつかない。男の時以上の力だったし…。

何より、さっきの熱くなる感じ………。もしかして茜袮さんが使ってた、火…?まさか)

 自分なりの解釈をして考えをまとめる。

焔一族の力を分け与え、生存させたと言っていた。

それならば緋瑪斗が力を使えてもおかしくはない。

出来ればもう一度会って詳しく話をしたい。

また会おうとは言っていた。

会える可能性は大いにある。

「ヒメ、どうしたの?」

「あ、いや…別に」

「ふーん、疲れた?」

「疲れたよ……」

 心身共に疲労が隠せない。

少し目を瞑り、休む。




 家に到着したら否や、早速頼子達に買った服を着せられる。

完全に着せ替え人形化となる。

他の家族も混ざっていろんなコーディネートされてなぜか写真を撮られるしまつ。

(なんだこの状況……)

とりあえず反抗してもしょうがないので、成すがまま状態。

(どうにもなれ…)

「ねえねえ、ヒメ兄ちゃんはヒメ姉ちゃんって呼べばいいかな?」

「は?」

 稔紀理の突然の発言に場が一瞬止まる。

「そうねえ。みのちゃんからすればお姉さんになるのかしら?」

「ま、待ってよ!そんな呼ばれ方慣れてないし、第一俺は心は男なんだから…」

 なんか兄から姉と呼ばれ方が変わるのは違和感があって拒否。

「えー?だめなのー?」

「月乃は黙らっしゃい」

「はい」

 月乃を黙らせて、稔紀理と会話を続ける。

「あのな、稔紀理。たしかに今は、俺は女だけど…心は男のままだから…今まで通りでいいんだよ。俺はお前の「兄」として生きてきたんだから」

「…うーん。それだったら今まで通りヒメ兄って呼ぶ」

「ああ、オッケー」

 嬉しそうな笑顔を見せる稔紀理。

どこか、わだかまりがあったようだ。

「ふーん、やるねえ」

 見事な返しに関心する面々。

玲華は佑稀弥の腰元に肘をつつきながら、

「ゆき兄よりお兄さんしてるよ」

「う、うるせぃ」



 月乃と玲華が帰った後、緋瑪斗は部屋で一人でいた。

自分専用のパソコンがないので、ネットで調べる時は大抵居間にあるパソコンなどで調べるのだが、今回は違った。

この地域の妖怪について、調べれるかスマホのネット検索で探していた。

大型掲示板などで細かい地域ごとのBBSなどで調べてみるがそれらしきものは出てこない。

出てくるのは心霊話ばっかりだ。

それも大量に。

「はへ~…心霊スポットってこんなに多いのか…この街って。知らなかった」

 変な真実を知る。

「……困った。もう一回茜袮さんに会えるんだったら詳しく話聞きたいんだけど……困った」

 完全に「困った」が口癖になってしまった。

困り過ぎて途中で考えるのをやめた。

スマホをボンッとベットの上に置いて、寝転がる。

(…全部夢ならいいのに)

「じゃーん!ヒメちゃーん!」

 ビクッと体を震わせて起き上がる緋瑪斗。

いきなり頼子のでかい声がして飛び跳ねるように起き上がった。

「な、なに?」

「新しい制服よ!」

「……………は?」

 目が点になるというのはこの事だ。

突然の発言に固まってしまう。

「…んーと、新しい制服トイウノワドウイウコトデスカ?」

 なぜか片言になる。

頼子の手に持ってるのはどう見ても女子用の制服だ。

それもよく見た事のある、見慣れた制服。

退院してすぐ言っていた言葉をすぐ実践したようだ。

「えーとですね、それを俺が着れと?」

「そのとーり!」

 頼子の後ろから利美が顔を出す。

「手続きは完了しといたからね!」

「おおぉぉいい?!それってもしかして……」




 翌日。

学校の登校日だ。

鏡に映る目の前は紛れなく自分だ。

ただし、女子制服を着た、自分。

どうも女装してるような感覚でしかない。

下着もきちんと女性用のを着させられた。

緋瑪斗らが通う高校。

北神居町という小さな街。

隣の鞍光市は大きい市があるのだが、それのベットタウンとして今人気がある地域だ。

その北神居町唯一の高等学校、その名もそのまま「北神居高校」。

通称、北カム高と、なぜか「い」だけを抜いて微妙な略称で呼ばれている。

その北カム高の制服は男子はオーソドックスな濃紺のブレザー。

下はチェック柄の少し明るいグレー。

女子は同じように濃厚の上着の制服。

学年によってタイリボンの色が違う。

スカートは男子と同じようにチェック入りの明るい灰色だ。

「………女子じゃん完全に」

 何かを失ったような気がしてならない。

そんな思いでいっぱいだった。

「ヒメちゃーん用意出来た~?」

「…出来たよ」

 不機嫌そうに言いながら部屋を出て行く。


「おお、いいじゃないか」

「そうね~」

 夫婦揃ってなぜか携帯のカメラや高級カメラで写真を撮る。

「ヒメ兄ちゃん…女の子だ~」

「似合ってるぞ。ヒメ」

「……嬉しくない嬉しくない嬉しくない…」

 連呼しながら呟き続ける。

朝食のために、テーブルに座る。

他の家族はすっかり準備が終わっていた。

みんながジロジロ見てくる。

(…家族ですらこんなんだから、学校行ったらもっとヤバイかな…?)

 すっかり女子生徒。

体の健康状態はまったく問題なし。

病院の診察結果でも問題ないとして、すぐ登校出来るようになってた。

女になったとして、戸籍も女になるという。

それも病院の診断の結果、変更が可能となった。

どこまで手回しが早い親なんだろうと…と疑問に思った緋瑪斗。

「……女生活が始まるのかよ…。なんだろ、人生がまた始まった感じだ。うん。

女としての始まりはまるで二度目の人生……。って何言ってんだ俺は。詩人でもあるまいし、バカみたい」

「何ブツブツ言ってるの?さあ、行くわよヒメちゃん」

「え?母さん達も一緒に行くの?」

「当たり前よ。まずは学校の先生達にしっかり話さないとね」

「え~…」


(助けてくれ…マジで)

 いやいやしながらも学校へ行く。

この先の騒ぎにどう対応しようか。

難問はいくつもあり過ぎて、朝から胃が痛くなるような思いだった。



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