第15話 気乗りしない旅行なんだけどね。
兼ねて約束していた夏休み一泊二日の小旅行の日がやってきた。
それも、夏休みが終わる直前…ていうほどでもないが、お盆のすぐ後だった。
緋瑪斗ら兄妹は家に帰ってからドタバタ準備し終えていた。
玲華が発端の旅行。
各々兄弟と共に行こうかという話…だったが、さすがに他の兄弟とは都合がつかない。
緋瑪斗の所は佑稀弥も稔紀理も都合がついた。
竜の所は妹が一人いる。
しかしその日は都合がつかなかったらしい。
昇太郎には姉がいる…がこちらもやはり都合悪し。
玲華は半ば無理矢理浬央を連れ出し。
そして月乃は弟の陽太を駆り出しに成功していた。
「うーん……奇妙な組み合わせになったね。よく宿も取れたね」
「だろ?僕に任せといて良かっただろ?」
昇太郎がいわゆるドヤ顔で威張るように言う。
どこの手を回したのかは不明だが、夏休みシーズンに良く宿を大人数分取れたものだ。
「まー、その。気乗りしない旅行なんだけどね」
ここに来て問題発言する緋瑪斗。
「何言ってんのよ!ヒメ!せっかくの楽しみなのに!」
「でも…」
「そうね。緋瑪斗」
「なんで未弥子さんまでいるの…?」
「なんでって、誘われたからに決まってるじゃない」
誘われた。
誰に?
月乃とは犬猿の仲だし、男達が呼ぶとも思えない。
そうすると…すぐに答えが出た。
「……なるほどね」
事の発端人の玲華の顔を見る。
いつものニコニコした顔している。
が、長年の付き合いで解かる微妙な表情の変化。
楽しそうなのがにじみ出ているのが緋瑪斗には理解出来る。
「頭痛くなりそうー」
メンバーは緋瑪斗と月乃、玲華、竜と昇太郎。
それに加え、未弥子、佑稀弥と稔紀理、月乃の弟の陽太。
そして玲華の弟の浬央。
なんというか、狗依家が多い。
ついこの間も親の実家帰りで沢山狗依家の面々に囲まれていた。
「うーん……これはこれで落ち着かない…」
緋瑪斗は頭を抱える。
「ね、どれくらいで着くの?」
稔紀理が屈託のない笑顔で質問してくる。
「俺は良く分かんないよ…どれくらいなの?月乃?」
「わ、私も知らないかな~」
下を出しながら答える。
「……玲華は?」
「1時間じゃ着かないんじゃない?」
「まじか」
列車に乗り込んだものの、海の到着時間が分からないと言う。
「ばかねー、そういうのも調べないといけないじゃない」
未弥子が割り込んでくるように入ってくる。
「ちょっとぉ」
「あら、失礼」
月乃を押しのけたような形だ。
緋瑪斗の稔紀理の隣に座る。
「えー…とね…」
そう言いつつスマホで到着までかかる時間を調べていた。
「緋瑪斗っ、稔紀理くん、およそ1時間25分くらいらしいよ」
未弥子が調べてる最中に答えが出た。
その答えを出したのは昇太郎だった。
この手の調べ物に関しては昇太郎が早い。
「ちょっとぉ」
「これは、失礼」
さっきの月乃とのやり取りに似ている。
それを見ていた竜は笑ってるだけ。
浬央や陽太は入りにくそうな状況で見ているだけ。
なんとも気の遣う面子に気疲れそうな思いが過っていた。
「着いたーっ!」
「たー!」
稔紀理が勢いよく出て行った後に続くかのように月乃や竜も走って海の方へ向かう。
「やれやれ、オレ達も行こうぜ」
佑稀弥も後に続く。
「…稔紀理君も元気だけどあの二人も元気よね」
「玲華も疲れる事あるの?」
「何言ってんの。私だって人間だもん、そりゃ疲れるわよ」
「…そっか」
ここの所祖父母宅の事や、それ以前に町内会の盆踊り関係の手伝いなどに顔を出していた。
そして今日。
さすがに疲れも完全にとれないのだろう。
「姉ちゃん。先行くぜ」
浬央も昇太郎や陽太と共に先へ進んで行ってしまう。
「ホラ、私達も行くわよ」
後ろから二人の背中をぽんっと押して歩くように進める。
未弥子の表情は無表情に近いが、一昔前には考えられないような未弥子の行動。
何が彼女を変えたんだろうか?
そう思える程、玲華には良く分からないでいた。
「…なんか未弥子さんがやけに言動が明るいけど何かあったの?」
「えぇと……何かと言われると説明しづらいけど…」
「ふぅん…」
ここでも敢えて玲華は何も緋瑪斗に聞かず、おとなしく歩き始める。
なんとなく察しはついたからだ。
「おーい、早く来いよ~」
竜が大声で呼ぶ。
「わかってるよっ」
緋瑪斗も負けじと大声で返事をする。
海辺は沢山の人で賑やかだ。
天気も良く、日焼けし放題だろう。
男子女子と別れて水着に着替える。
というか竜あたりになると最初から水着を装着している。
一番最初に海へ入ったのは竜だった。
「早いよー竜」
「お前らが遅いんだろっ」
「…相変わらずだね、竜兄ちゃんは」
陽太がひねた言い方する。
「なんだとー。お前も相変わらず口が悪いな」
そして陽太のこめかみをグリグリとする。
「いたたたっ」
「コラッ、うちの弟に何するっ」
げしっと竜の尻をケンカキックで蹴っ飛ばす月乃。
そのまま竜は顔面から砂浜にツッコむ。
「あはは、竜兄ちゃんすっ飛んだ~」
稔紀理が大笑いする。
「ぶはっ!マジか?!マジかお前?!なんだこの漫画みたいなノリは!」
「アンタが私の弟苛めるからでしょ?大丈夫?陽太?」
「…オレ大丈夫だけどさ、ちょっとやり過ぎじゃない?」
竜の顔が砂まみれだ。
でもダメージはあまりないようだ。
さすがの頑丈さ。
「さて、肝心のうちのお姫様はまだかい?」
昇太郎が気にかけたように言う。
「ん?ヒメ?」
みんなが振り向くと、後からやって来た緋瑪斗と玲華と未弥子。
「おー、ヒメ~似合うなぁ~!」
「緋瑪斗ー!」
「な、なんだよ…大男が二人して迫ってこっち来るなよ…」
後ずさりする緋瑪斗。
その前に守るように立ち塞がる月乃と未弥子。
「何あれ…?」
「ガーディアンだね」
弟達は呆れるばかりだった。
緋瑪斗は髪の色とは相反するような青のビキニタイプだ。
「うおー、似合うーヒメ兄ちゃん~」
稔紀理もはしゃぐ。
隣に居る浬央も無言ながら緋瑪斗に見惚れていた。
「あらー、理央君ったら、私というお姉さんもいながら緋瑪斗君に惚れちゃった?」
「そ、そんなんじゃねえってばっ」
玲華も中々の水着である。
赤色を基調に緋瑪斗と同じようなタイプの水着。
「元気ねぇ」
そして未弥子。
黒色で大人っぽさを強調している。
スタイルも良い。
「はー、みんないい体ねぇ…私も鍛えようかな」
シュッシュッと謎のシャドーボクシングを始める月乃。
そういう月乃も結構大胆に白と緑の水玉模様にように綺麗な色合いの水着。
「しかしまぁ…お兄さん」
「なんだ?」
「緋瑪斗もいいですけど…他の女の子達もたまらんですな。実際」
「だな」
竜と佑稀弥がまるで品定めでもしてるかのように、緋瑪斗達を眺めている。
完全にエロオヤジ目線だ。
「さて、そこの二人は置いて遊びましょ」
未弥子が緋瑪斗達を二人から離すように移動開始する。
「よっしゃー遊ぶよ~」
月乃が手に持っていたビーチボールを緋瑪斗に投げつける。
「わっ?何?」
「かもん!」
「か、かもん?どゆこと?」
「ビーチドッジボールだよ!」
「…は?」
「やるやるー」
「俺も乗った!」
稔紀理と陽太も参戦。
「ビーチドッジボールなんて聞いた事ないんですけど…」
気圧されながらもボールを月乃に投げ返す。
元が男だけあって投げ方はしっかり出来ていた。
「お、やるね、ヒメ」
月乃も元々運動が出来るので力強いボールを投げてくる。
「緋瑪斗。次私ね」
「え?あ、ちょっと…」
未弥子が緋瑪斗の手のボールを奪い取って月乃に投げつける。
こちらも負けないくらいの威力。
「やるわね…華村さん」
「勝負よ…月乃」
「あの…ちょっとお二人さん…?」
緋瑪斗が混乱する。
勝手に話が進んでいく。
「よーし、オレらもチーム別れようぜ~」
「おー」
「しゃあないね」
竜や佑稀弥らも混ざる。
「面白そうね」
玲華まで。
海でなぜかドッジボール対決になった。
「ハァハァ…疲れるよ…。足元が砂浜だもん…避けるに避けれないし」
「そうだよねー」
緋瑪斗の稔紀理は仲良くジュースを買いに行っていた。
日差しが暑い。
その中でそれだけ動けば暑くて辛い。
そして海へすぐ入ればすぐ体は冷えて気持ちいいのだが。
ただ喉が凄く乾く。
持って来た飲み物はすぐなくなってしまった。
それだけ本気で動いてたようだ。
ガシャゴンッと自販機の物音。
何回も聞くはめになる。
「面倒だな…」
「ヒメ兄ちゃんが疲れたからジュース買ってくるって言ったんでしょ?」
「う…そうだけどさ…」
弟に本当の事を言われる。
言い返す言葉もない。
事実、連日にように忙しい。
また、琉嬉の所で武術も習っている。
体に溜まった疲れが取れないのだ。
そのせいか、ドッジボールからは先にリタイアした。
(まったく…情けないな…俺って…)
自分の体力のなさを痛感する。
今ではそれなりの型で動けたり、前よりも反射力は身に付いた。
ただ、持続体力だけは低い。
(走り込みとかしないと駄目かな…)
などと考える。
「僕先に行ってるよー」
「あ、うん」
両手に抱えてジュースを持って行く稔紀理。
緋瑪斗も残りのジュースを拾い上げ後から行く。
早々と稔紀理は行ってしまった。
「置いてくなよ~…って」
ブツクサ独り言を言いながらも追いかけるように小走りで向かう。
案の定、手元からジュースを落としてしまう。
「あっやべ…」
暑さのせいか、ペットボトルには水滴がつく。
そして砂に落とすものだからその砂がくっつく。
「あちゃ~…これ誰のだっけ…月乃のだからいいか」
落としたペットボトルを拾うとした時だった。
誰かの手が先に拾う。
「……?」
見上げると見知らぬ男3人。
「大丈夫?」
「あ、ありがとうございます…」
緋瑪斗はまたか…と思った。
いかにもチャラい3人組。
「今一人なの?」
「あ、いや……連れがいますけど…」
「そうなの?友達?」
「友達も女の子かな?」
「凄いねその髪の色。染めてる?」
「……」
一辺にゴチャゴチャと言ってくる。
うしてもこういう状況になると上手く外に言葉が出てきて返答が遅れてしまう。
気持ちがどうしても萎縮してしまうのだ。
「あの、友達が待ってるので…」
「なんだツレないな~」
(なんなんだよ…男ってこういうヤツばっか)
「ちょっと、緋瑪斗!遅い!」
「ん?」
男の後ろから未弥子の声が聞こえた。
待ちきれず迎えに来たようだった。
「美弥子さん…」
「お、こっちの子もなかなか美人さんで…」
「何?アンタ達?」
相変わらずに強気な態度だ。
「君もオレらと遊ばねー?」
「断るわ」
きっぱりと言い切ると緋瑪斗の手首を掴んで引っ張るように連れ戻す。
「さ、行くわよ」
「あ、うん…」
「ちょっと待てよ。オレはこの子と話してたんだぜ?」
「そうなの?緋瑪斗?」
「話してたという程じゃないけど」
「ほら、嘘じゃない。行くわよ」
まるでコントかのように再び腕を引っ張る。
「だから待てって!」
「何?」
するどい眼光で睨む未弥子。
長い黒髪に鋭い切れ長の目。
迫力が凄い。
緋瑪斗はまったくの真逆路線の容姿なので睨んでも無理だろう。
脳裏でクラスの半分が巻き添えになった事件を過る。
「あ、あの!俺は他の人と来てるんで、みなさんとは遊べません!てか知らない男と遊ぶつもりはありません!」
大声で男達に言う。
突然の大声に男達もたじろぐ。
他の客も振り向く。
「なんだ?ナンパか?」
「やーねぇ」
ジロジロと見てくる。
「お、おい…なんかやべえよ」
「チッ、やめようぜ。こんなガキ相手しても仕方ねえ」
「誰がガキだってぇ?」
男達が振り向くと、佑稀弥と竜が居た。
頭一個分大きい二人相手を見て驚く。
「な、なんだお前ら?」
「オレは緋瑪斗の兄!」
「オレは緋瑪斗の親友!」
二人同時にハモるように叫ぶ。
「…バカ」
緋瑪斗が恥ずかしそうに呟く。
グビビッと大きく飲む音。
「ぷはーっ!まーたナンパされたの?モテるわねぇヒメって…」
ジュースを一気に半分くらいまで飲みながら言う月乃。
どこかガサツな部分もある。
「…また助けられたけどね。ゆき兄と竜と未弥子さんに」
「へぇー…」
「何?」
「なんでもー」
ちらっと未弥子の方を見る月乃。
でもすぐ目線を緋瑪斗に戻す。
ツンツンな未弥子は少し面倒だ。
でも以前のような敵意を出す感じは薄らいだ。
月乃もそれをなんとなく感じていて、敢えて少し接触している。
「ぐ…しかし…緋瑪斗よ…。
女になったというのに、なぜ女に囲まれてるんだ…おかしいだろ?!」
「竜。みっともない嫉妬は全然イケメンじゃないよ」
「うるせぃっ。見てろよ」
昇太郎にツッコミにもめげずにその中に割り込むように話しかけに行く。
精神的にもおかしな頑丈さがある。
「でもね、緋瑪斗自身が拒否したのよ。私らは何もしてない」
「そうなの?」
月乃が緋瑪斗の目をじっくり見つめる。
つい恥ずかしくなり目をそらす。
「結果的には竜とかが来てくれたから追い払えたんだけどさ…」
「なーに言ってんだ緋瑪斗!お前がちゃんと断ったからスムーズに出来たんだぜ?」
「竜…」
「ま、そうよね。あれでまたハッキリと伝えなかったら乱闘になってたのかも…」
なぜか未弥子は楽しそうに微笑む。
まるで魔女のように。
「あんた…結構修羅場楽しむタイプなのね…」
「あら、そうかしらね?」
ツンツンして月乃の言葉を受け流す。
「…可愛くないやつー」
ぷくーっと膨れる。
「なあ、あの二人って仲悪いのか?」
その様子を見ていた弟ズ。
陽太が浬央に聞く。
「…さぁ?でもひと悶着があったって姉ちゃんは言ってたけどね…」
「ふーん…」
玲華の方を見る。
「あら、私は知らないわよ?だって同じクラスじゃないし。そこは竜君や昇太郎君が詳しいんじゃない?」
「なるほど…」
二人の姿を探す。
竜はなぜか緋瑪斗の後ろをくっついて歩いて行く。
そして佑稀弥も。
昇太郎は砂で何か芸術作品らしきものを作っている。
芸術…というよりは、何かのハムスターのようなキャラクターの砂の像だ。
昔やっていたアニメで陽太は見覚えがあった。
「…あの二人は今はダメだな」
昼下がり。
緋瑪斗も海に入ってはしゃぐ。
「しょっぱ~。久々だな~。海に入るの」
「そうね~。そら、ヒメ!もう一撃」
月乃が海の水を緋瑪斗目掛けてかける。
「おっと、当たらないよ」
こんな海の中なのにも関わらず、素早く避ける。
普段の武術の訓練がこんな所で役に立っているようだ。
「ならこれならどうかしら?」
未弥子の攻撃!
「おっと~」
しかし緋瑪斗は両腕でガードして最小限に留める。
「反応いいわね…あの時とはえらい違いね」
「鍛えてるからね」
胸張って威張るように言う。
「えいっ」
突然緋瑪斗の背中に大きく海水がかかる。
声の主は玲華だった。
「れ、玲華?」
「さすがに水中からは避けれないようね~」
どうやら背後に尚且つ水中に紛れて攻撃したようだ。
「まじかよ…玲華め~」
反撃に出る。
「あははー、ほら行くのだっ、我が僕達よっ」
玲華の後ろから稔紀理や陽太が隠れていた。
一斉に緋瑪斗や月乃を水攻めする。
「きゃー」
「やったなこの~」
などと黄色い悲鳴が巻き起こる。
遠くから眺めてるだけの竜と佑稀弥。
「ねえお兄さん」
「なんだい?」
「良い眺めですなぁ…」
「そうだなぁ…」
「緋瑪斗の楽しそうな顔」
「緋瑪斗の揺れる胸」
「たまらんですな」
「たまらんですな」
「たまらんですな」の言葉が見事に一致してハモった。
どうやら緋瑪斗を中心に見ていたようだ。
「ヒメもいいが…他の子も中々じゃないか」
「そうですよね」
二人ともいやらしくニヤニヤしている。
はっきり言って不気味だ。
緋瑪斗だけでなく、月乃や未弥子、そして玲華も順番に見ている。
「おーい、そこの二人も見てないで一緒にやろうよー」
緋瑪斗からのお誘い。
早速それに乗る二人。
「しゃあねえな…オレの強さをみせてやるぜ…!」
「フッ」
竜とは対照的に無言で余裕さ見せつける佑稀弥。
ゆっくり海に入った途端だった。
ドプンッと佑稀弥の姿が海面下へ消えた。
「あ、あれ?ゆきお兄さん?」
急に姿を消した佑稀弥に驚く。
キョロキョロ見回す。
目の前には緋瑪斗達がいる。
竜はある事に気づいた。
「あ、昇太郎の姿がねえ…」
気づいた時は既に遅かった。
足が動かない。
「おわっ?!誰だ足を掴んでるのは?!」
勿論、玲華みたいに水中に潜って足を掴んでいるのは昇太郎だ。
「今だ!やっちまえ~!」
緋瑪斗の掛け声と共に竜目掛けて全員で一斉に攻撃。
「どわ~やめろ~~!!」
一瞬に勝負は着いた。
「疲れたね~」
「本当ね」
着替え終わった月乃と未弥子。
寄り添うようになって座り込んでいる。
かなりはしゃいだので疲れが一気に出ているようだ。
稔紀理ら弟達はいろいろとぺらぺら喋っていて元気だ。
「俺も疲れたなぁ……ってか、二人とも仲いいね」
仲良く並んで座っている月乃と未弥子を見てなぜか嬉しそうな顔する緋瑪斗。
「そ、そんな事ないわよっ」
「そうだよ、うん。仲良いなんて…」
ばつの悪そうに言う二人。
いつの間にか仲が良いような感じになっている。
元はと言えば、緋瑪斗の事が発端で対立するようになってたのだが。
こんな短い期間で仲直りするとは思っていなかった。
それも、未弥子の方から緋瑪斗に近寄って来たのが大きい。
それを察してるのかなんなのか、月乃はより緋瑪斗にべったりくっつくようにしている。
だから余計に月乃と未弥子の距離が近くなる。
と、言ってもしょっちゅう言い争いしてるのだが。
本当に嫌いであれば一緒にいないのだが。
(元々そんなに嫌いな中じゃなかったのかなぁ…?)
緋瑪斗が男の時。
まだ目立つ存在じゃなかったクラスの状況を思い出す。
(…よくよく考えたら目立ってたのは月乃と竜と…未弥子さんか…)
海の家で少し休憩。
稔紀理達は元気にしている。
竜や、佑稀弥は凹んでいるのか、ずっと項垂れていて静かだ。
(………未弥子さんって…小学校の頃から同じだよな、よく考えたら)
そう。
未弥子も家が近くで、小学校からの知り合いだ。
ただ月乃達とはあまり仲がその頃が良くなく、竜達ともあまり接点がなかった。
子供会などでは一緒になる事も多かったがあまり話した事もない。
何度か同じクラスになった事もある。
実は昔からの馴染みなのだ。
それが今はなぜかこんなに親しげになっている。
(てか、月乃や玲華ともこんなに何度も遊ぶなんて中学校の頃からつい最近までそんなになかったよな…。
それも「女」になったからか…?)
自分の境遇を恨む…というか歓迎するというのか。
どっちにしろ今の状況を作り出したのは自分の性別が変わったからだ。
それもこれも全部、あの妖怪同士の戦いに巻き込まれたせいなのだが。
(…あ~深く考えたら眠くなるな…考えるのやめよう)
頭をグシャグシャと両手で掻きむしる。
「どうしたの?ヒメ?頭痒いの?」
「…違うよー。疲れたよね。旅館って近いの?」
「よくぞ聞いてくれたね。緋瑪斗。僕の予想ではここから少し山に入った所にあると考えるよ」
突如湧いてくる昇太郎。
スマホ片手に何か調べた後が。
「ふぅん…。それならすぐ行かない?私も疲れちゃった」
長い、まだ濡れた髪を片手でバサッとはらう。
「そうだね。玲華お願い」
「ん?そうね。じゃ、早速旅館にチェックインしますか」
すっと立ち上がる。
「あ、もう行くのー?」
「行くよー。おーい、そこの二人置いてくよ?」
「はっ?」
ようやく気づく竜と佑稀弥。
似た者同士、バカ面下げて移動する準備を始める。
海近くの駅から2駅程。
少し山側に出て、降りるとセミの鳴き声がより増えて聞こえる。
鳥も多い。
でも自然の多さなら今住んでる場所とそう大きくは変わらないのだが。
見慣れない土地だと新鮮で、なんかより多くの虫達などがいる気がしてくる。
「いい空気だね」
「そうだね」
「こっちよ」
玲華が地図を片手に進む。
昇太郎はスマホを見ている。
なぜ二人して結局は同じ場所に行くのに別々に調べながら進んでるのだろう。
そんな事を言える事もなく緋瑪斗達は旅館に着いた。
中型のホテルとも言える旅館だろうか。
チラホラ他の客も見える。
そこそこ時が経ってそうな、歴史ありそうな建物。
駅からも歩いて来れる距離で、20分もかかっていない。
割といい立地のようにも思える。
「おー、いいね~」
「入るよー」
玲華を先頭にみんなぞろぞろと入っていく。
今回の小旅行は玲華の発案。
幹事を玲華が担当している。
宿の手配は昇太郎が行ったが予約の名義は玲華。
手続きを確認して、部屋へ向かう。
部屋割りは当然、男と女に別れる。
緋瑪斗は勿論月乃ら女枠に入れられた。
「……緋瑪斗はこっちじゃねえのか…ちっ」
「当たり前じゃん」
ぼやく竜。
昇太郎が冷たく当たり前だと言う。
「はは、仕方ない…のかな?」
髪をいつものようにいじりながら緋瑪斗も納得する。
「ヒメはこっち。当然でしょ」
緋瑪斗の腕を力強く組んで引っ張る。
無言で未弥子も手を組み出す。
「????」
変な状況に緋瑪斗は頭が混乱してきた。
(なんだ?この状況は…?ハーレム状態?いや、てか、俺は今女だからハーレムじゃなくて…あれ?)
深く考えるのはいいがすぐ頭の中でパニックになってしまう。
悪いクセだ。
「しゃーねえな。ま、部屋は隣同士なんだしいいんじゃね?」
佑稀弥が珍しく物分りのいい事を言う。
「ゆき兄めずらし~。いっつもヒメ兄ちゃんにちょっかい出してるのに」
「みの!お前、余計な事を言うなっ」
ぽこっと軽く頭をこずく。
「いったぁい~」
「…稔紀理も懲りないな…まったく」
一番やれやれと思っているのは浬央だったようだ。
部屋割りが終わり、少し落ち着いた頃。
緋瑪斗は月乃、そして玲華と未弥子の4人で同室。
「修学旅行みたいだよね~」
「そうねぇ」
「本当は稔紀理君もこっちにしようかと思ったけど…あの二人がうるさいからやめといたわ」
玲華の適切…なのかどうかは分からないがこうした判断。
女の子っぽい顔していても男の子。
男グループに振り分けられたようだ。
静かに荷物を降ろして、淡々と鞄の中を開けてチェックしている緋瑪斗。
その様子に気づいた未弥子が問いかける。
「……どうしたの?緋瑪斗?楽しくないの?」
「…いや…ちょっと疲れたかな…って」
「なら早速お風呂行こっ!」
月乃が早速クローゼットを開けて浴衣を取り出す。
「ほらっ」
バサッと自分の目の前で両手に持って広げる。
「お、おう…」
「元気ねぇ…」
卑屈っぽく言いながらも未弥子もすっと立ち上がり、服を脱ぎだす。
「ちょ、何やってんの?!」
目を反らす。
「何って…着替えるのよ?」
「そーそー。緋瑪斗君も着替えましょ?取り敢えず。室内はクーラー効いてて涼しいけど汗かいて気持ち悪いでしょ?」
「まぁ…そうだけどさ…」
呆気にとられながらも大人しく言う事を聞くように緋瑪斗も着替えようとする。
「……なんでみんな俺を見るの?」
「え?」
「だってヒメ…なんか可愛いから」
「~~~!!」
月乃目掛けて自分の着ていた上着を投げつけた。
「はぁー、気持ちいいなぁ」
「真夏の温泉ってのもいいね」
漲る肉体。
10代とは思えない筋肉質。
二人の大男は露天風呂で大っぴらに仁王立ちしていた。
「なーにやってんだか…」
呆れる昇太郎と理央。
陽太と稔紀理は楽しそうにはしゃいでる。
「しかし…ヒメと一緒になれなかったな…」
「ですね…お兄さん。しかし夜はこれからですぜ」
目がキラリと光る。
「そうだな…」
変な結束がさらに強くなっていった。
「またバカな事でも考えてるのか…はー、やれやれ…」
何かを察したのか。
昇太郎その場からこっそり抜け出して脱衣所に置いてあったスマホで玲華に連絡する。
「はいはい、なるほどね~」
大きく頷く玲華。
「何がなるほどなの?」
緋瑪斗が突然の玲華の声に驚く。
こちらはまだ風呂に入る前だった。
昇太郎の連絡に玲華は頷いている。
「うんにゃ~、こちらの話」
敢えて他の物には伝えず。
こうした変な話題で場の空気を悪くしてしまうかもしれない。
そう思い秘密裏にして対策を一人考え始める。
長年の付き合いでまた裏で何かのトラブルを回避しようと考えている…そう気づく月乃。
「…玲華、あんまり気遣わなくてもいいんだよ?」
「なーに?あんたまで…。大丈夫よ。私は」
いつもの笑顔。
表情の解かりにくさだけは天下一品である。
「……ま、どうせ貴方の事だから……」
未弥子が何かを大きく言いかけたがそのあとの言葉は出さなかった。
「ささ、行きましょ。緋瑪斗」
「あ、ちょっと…」
グイッと大きく緋瑪斗の右手を引っ張る。
「あー、ずるい」
月乃も負けずに緋瑪斗の左手を引っ張る。
「あだだだっ、二人ともなんだどうしたんだよ?」
変な格好のまま引っ張られて行く。
「フフッ。女の子になってなぜか女の子にモテモテねぇ。緋瑪斗君って」
「助けて~れいかぁ~…」
空しく響き渡る緋瑪斗の悲痛の叫び。
それを楽しく見守る玲華であった。
「ほらほら、ヒメ!こっち露天あるよ~」
「月乃…そんな急がないでよ…」
「んもー、情けない声出さないの!」
「貴方って本当、元気よね。少しは静かにしたら?」
「むっ。私は元気が取り柄ですからね。未弥子みたいに暗くないですよーだ」
「なんですって…?」
「だーからー。二人とも裸で喧嘩はじめないでよ…」
目のやり場に困る。
目線を二人に向けないままどうにかこうにか止めに入ろうとする。
(どうしてこの二人はいっつもぶつかるんだろ…。こうなったら)
「ほら、他の人の迷惑になるから…ね?」
緋瑪斗が泣きそうな顔をして二人をなだめようとする。
「喧嘩ばっかりしてたら…旅行楽しくないだろ…?だからさ…)
ウルウルした目。
薄っすらと赤い瞳が潤んでるのが分かる。
その瞳を見た二人。
「…ご、ごめん…ヒメ」
「あら、ごめんなさい」
途端に言い合いをやめる。
(よし!泣き落とし作戦成功っ!)
心の中でガッツポーズをする緋瑪斗。
どうやら苦肉の作戦だったようだ。
(あらまぁ…緋瑪斗君ったら、女の子みたいな技使っちゃって…あ、女の子か)
遠目で見ていた玲華。
クスクス笑いながら3人のまえに現れる。
「私も泣いちゃおうかしら」
「玲華!見てたの?」
「当たり前じゃない。女風呂で若い女が二人真っ裸で喧嘩してるなんて前代未聞よね。
そりゃ、目立つじゃないの。ふふふ」
「……そ、そうだよねっ。あははは」
「…ばかっ」
月乃は笑って誤魔化す。
未弥子も顔を真っ赤にしている。
「…何処行っても賑やかよね。ほんと、あなた達は」
「見て見て。景色凄いよっ」
「本当だ~」
露天風呂から見える壮大な山々の景色。
絶景というやつだ。
と言っても、この温泉の国でもある日本なら他にも同じように絶景ポイントがある温泉は沢山あるだろう。
だが同じ景色はない。
この景色しか見られない温泉はここだけだ。
ましてや財力が移動に制限がある高校生である緋瑪斗達。
今では沢山温泉に行く事なんて出来ない。
少ないタイミングでこんないい体感を出来るのも数多くないのだ。
「うっひょー」
「すげえなぁ」
近くから竜や佑稀弥のでかい声が聞こえてくる。
隣の男風呂からだ。
「もしかしてゆき兄達~?」
緋瑪斗が大声で話しかける。
「お~!そうだぜっ。混浴じゃないのが残念だ!」
「そ、そうだね…?」
どうしてもそういう方向へ引っ張りたいようだ。
「緋瑪斗~、後でな!」
「何が後でなのか分からないけど…分かったよ」
どうせろくでもない事だ。
そう感じ取って適当に返事するのだった。
体を洗った後、4人は再び湯船に浸かっている。
「しかし…どうして未弥子…こんなに緋瑪斗に懐いてるの?」
「な、懐くって何よ…」
「いや、だってヒメが最初女の子になった時…凄い毛嫌いしてたじゃない?」
「あれは…だって……、驚いたから…」
「でも今は不思議とくっついてるし…」
「あ、あはは」
なぜか笑う緋瑪斗。
「うるさいわねっ。あの時はあの時!今は今!緋瑪斗をアンタだけで任せとけないのよっ」
「あー、何よーその言い方」
突然の心変わり。
それを不思議に思う月乃。
月乃だけじゃない。
他の者達もそうだ。
ただ一人、玲華だけは何となく察している。
だから何も言わない。
そして…緋瑪斗自身がよく知っている。
宿泊研修の時の夜。
実は未弥子が緋瑪斗の事を気にかけていた事を。
でも今は深く考える事をやめた。
どうせまた頭が割れるように痛みみたいなのが走って、気分が悪くなるからだ。
自分の事を嫌いにならなくて良かった。
そう思ったのだ。
そんなモヤモヤした気持ちが若干残ったまま。
夜を迎える。
真夏の夜。
事態は急変した。
(…山の夜は思ったより気温下がるんだな……)
腕を擦りながら夜の外を少し歩く緋瑪斗。
日にもよるのだが、夏と言えども標高が高い山は気温が街中よりも下がる。
(まったく…意味が分からないよ…ここまで来て肝試しって…)
そう。
緋瑪斗達はなぜか肝試しをしていた。
近くの心霊スポットとも噂される、小さな墓地の近く。
そこに何気ないお地蔵様が設置されている。
一人で行ってお地蔵様の写真を撮って戻ってくるという極めて簡単な物。
気乗りしない理由はこれも入っていた。
ホラー物が特別苦手…という訳でもないが好きでもない。
ただ、半分妖怪化してから見えてはならないモノが視えるようになったからだ。
(…良かった。何もいない)
そう安心した矢先だった。
ガサッと大きく木々が揺れる。
「…風?」
一瞬風かと思ったが体を打ち付けるような空気の流れはない。
「風じゃない……動物?」
動物の気配もない。
不可解に思った時。
「驚いたわぁ……人間がこんな時間に…いや、人間じゃないわね?……何者?」
「…?!」
緋瑪斗は大いに驚いた。
木の枝に居座る…赤い髪の女性。
その赤い髪をポニーテール状に束ねている。
暗がりで分かりにくいが、服装が和服…というか、忍装束を思わせるような黒い和服。
そして自分と同じくらいの年齢に見える…少女だった。
「――……茜袮さん?いや、違う…」
「アカネ?あなた茜袮を…知ってるの?」
茜袮という単語に反応した。
「……もしかして…」
バサッと木の枝から飛び降りる少女。
「…その髪…あなたも焔一族?」
「…!!」
緋瑪斗は確信した。
この少女は茜袮と同じ焔一族と呼ばれる妖怪の一族だと。
「…俺は、焔一族の力を受け継いだ人間です」
「…え?」
まさかの言葉に少女も戸惑いを見せる。
「…あなた………もしや…」
少女は何かに気づいた。
そして、緋瑪斗は力強く拳を握りしめた。




