第14話 楽じゃないのは解かってはいたけど。
午前中からバタバタしてた。
お墓参りに行く。
日本のお盆は大抵どこの家もこの時期にはお墓参りに行く。
そのせいか大きな霊園は混んだりもする。
緋瑪斗らの両親の実家は大きな町ではないので都市部みたいな混雑はさすがにない。
が、この時期は帰省してる家族も多いのか、結構人が多い。
「ほらー、行くよー」
「はぁい」
元気のいい稔紀理の返事。
「元気ねぇ、小学生の子って」
眠たそうな玲華。
「珍しいね、玲華がそんな眠たそうにしてるのって」
「……んふふ。ここ最近寝不足だったから…それに環境変わるとなかなか寝付けなくって」
「へー、そういう繊細な所あるんだな…」
「月乃とは違うんだから」
「はは、言えてる」
二人の何気ない会話。
まるで月乃が鈍感とも取れる発言だ。
それを見た親達。
「やっぱり女の子がいるといいわねぇ」
「そうねー」
「うんうん」
お互いの両親が声を揃えて言う。
「…またうちの親が変な事を言い出してるよ…」
「ふふ、私が言うのもなんだけど、狗依家って男の子多いじゃない?だから…」
「あー、なるほどね。変な気分だよ」
少し不貞腐れる。
「なあ、じいちゃん。他の家族は?」
「ん?霊園で待ち合わせだ」
「あ、そうなの」
佑稀弥が投げた疑問。
他の家族…というのは、祖父政尚の弟の方の家族とその子供ら。
つまり、緋瑪斗達の親のいとこに当たる家族。
これからもっと賑やかになる。
「さてさて…緋瑪斗君、大変ね」
「言うなよー。忘れようとしてたんだから」
「ひ、緋瑪斗兄ちゃん…大丈夫だから。なんか言われたら俺も助けるから」
こそっと言ってきたのは理央。
「ん?ありがと、理央」
(ははーん。緋瑪斗君を気になりだしたな~。コイツ~)
玲華の不気味な笑顔を、稔紀理は見逃さなかった。
なんだかんだで、車で20分程かかる距離の霊園へ着く。
やはり、お盆というだけあって人が結構見受けられる。
ただ、狗依家は大勢なので少し目立つ。
「おー、兄貴ー。久し振りだなぁ」
「元気か?」
「元気元気。相変わらず集まりいいな、兄貴んの所は」
「だろ?」
政尚と手をガシッと力強く握手する人物。
政尚の弟の秀徳。
見た目は政尚に比べて色白だが、少し白髪混ざった渋めのおじさまといった感じだ。
大人達が集まって会話をする。
「毎回思うけど墓参りなのになんでこんなに大勢集まるんだろうなー?」
腕を頭の後ろに回して愚痴のように喋る佑稀弥。
「ま、これが狗依家の仕来たりみたいなもんなんだろ?ほら、若い男衆は水運ぶ」
叔父の寿之が促す。
「あ、俺も手伝うよ」
「何言ってんだ。ヒメはオレの可愛い「妹」なんだから、何もしなくていいぜ」
「ちょっとー、女扱いするな!」
「ヒメ兄ちゃん。今の姿で言っても説得力ありません」
「うぐ…」
稔紀理の冷静なツッコミに言葉を止める緋瑪斗。
「一本取られたわね」
「くそー」
それもその筈。
恰好は誰がどうみても女の子なのだから。
こういう日に限って、先日より女の子らしい服装をしている。
ワンピース風の上着に下は七分丈の少しぴっちりしたジーンズ。
「あー、誰だその女の子?!」
急に声がする。
「何だ?」
秀徳側の方の孫達。
と言っても男の子二人と小さな女の子一人。
男の子二人のうち一人は中学生くらいで、もう一人は小学高学年くらい。
女の子はまだ小学低学年くらいだ。
「んーとね、緋瑪斗兄ちゃんだよ?」
「はぁ?緋瑪斗ぉ?はぁ?どういう事?」
「説明しなきゃいけない?」
頭を片手で抱えながら言う緋瑪斗。
辛そうな顔をしている。
「それは集まってからでいいんじゃないの?」
玲華が肩を叩く。
「うーん…」
「え?緋瑪斗兄?え?どゆこと?」
理解出来てない男の子達。
「おーい、お前らー、行くぞー」
「あ、はーい」
もうひとつの家族、秀徳の息子の子供達。
一番上の長男は中学二年生の翔。
スラッとした体型で背も170cm以上ありそう。
少し髪長め。
次男は小学校5年生の風。
稔紀理とは年齢が近く、こちらはまだ可愛らしい男の子。
長女で末っ子の小学校一年生の空。
一番幼い女の子で、左側にサイドアップを作った可愛い髪型だ。
「え?何?緋瑪斗兄…?え?」
兄妹達は理解出来ないでいる。
「あれ?話聞いてないのか?」
佑稀弥がぽっと湧いて出てくる。
「緋瑪斗は女の子だよ」
無理くり緋瑪斗を引き寄せる。
「ちょ、ゆき兄…」
ぽかーんとする兄妹達。
その中の末っ子の空がいち早く喋った。
「…緋瑪斗お兄ちゃん…お姉ちゃんだったの?」
「あ、いや……そのー」
髪をくるくる指に絡める。
しかし言いにくそう。
佑稀弥は優しく空の頭を撫でながらこう伝えた。
「緋瑪斗は緋瑪斗だからな。何も変わっちゃいねえから。前と同じように接してやってくれな」
ぽんぽんっと最後に軽く叩く。
「うん、分かった!」
空が満面の笑顔で返事する。
すると緋瑪斗の方に近づき、
「よろしくね!緋瑪斗お姉ちゃん!」
「お、おう…」
少し困り顔で近くにいる稔紀理と玲華の顔を見る。
だが二人はニタ~ッっと、やらしい笑顔をしていた。
(…お前ら……)
子供達は子供達で集まってぞろぞろ行動する。
「なぁ、こういう大きい霊園って凄い綺麗だよな」
「何言ってんの?ゆき兄は…」
「いや、だってよ、街中とかの小さい墓地とかはなんか鬱蒼としてて怖いじゃん」
「……変なコト言わないでよ」
「そうそうー」
などと会話する中、緋瑪斗だけは別の何かが視えていた。
霊園だけあって、この世じゃない者の姿が緋瑪斗の目には映っている。
普通の人間と変わらぬレベルで。
だが緋瑪斗がしっかりと生きてる物とあの世の者の違いがハッキリと分かる理由。
それは動きもせずにずっと佇んでいて、表情も変化してない。
変化がない…というより、生きてると瞬きなどある程度の動きが有る筈だ。
だがそれが一切ない。
ずーっと何かを一点集中して見ている。
そのこの世じゃない者の姿は、緋瑪斗達狗依家のお墓がある並びの墓の前に佇んでいた。
少し近くを通るのが怖かったが、琉嬉に言われた通り見えないふりをして無視する。
それが一番の避け方だ。
「どうしたの?ヒメちゃん?」
母親の頼子が緋瑪斗の様子を気にする。
「いや、なんでもないよー」
少しぎこちない笑顔で返事する。
「そう?」
(さすがは母親……。僅かな気持ちの乱れにも気づくなんて…やっぱり親だな)
変に鋭い。
母親ならではの子供の変化には敏感である。
「なんだ?幽霊でもいたのか?」
「はは、まさか(う、父さんまで……)」
父親も侮りがたし。
「おい、お前達若い者が水を運んで来い」
政尚が男孫達に命令口調で指図する。
「えー、じいちゃんの方が力持ちだろ?」
「バカ言うな。お前の方がガタイいいだろ」
「ちぇー。子供達の最年長は辛いね」
グチグチ言いながら佑稀弥は翔と、理央を連れて水組み場へ向かう。
言われてみると政尚も背が高いが、佑稀弥の方が少し高い。
体の太さは政尚の方が厚みあるが。
「俺らも手伝う?」
「おっと、緋瑪斗よ。か弱き妹に力仕事はさせないぜ」
手で制す。
「…い、妹扱いするなよ!」
嫌がる緋瑪斗。
「ふふ。いいじゃないの。ここは「お兄ちゃん」に任せましょ?」
「玲華まで…」
ぷいっとふくれながら顔を背ける。
「あはは、緋瑪斗お姉ちゃんかわいいー」
最年少の風が笑う。
それにつられて大人達も笑ってしまう。
(な、なんだこの状況は……)
墓参りが終わり、戻って来た家族達。
せっかく来たんだから、という理由で佑稀弥達男達は近くの港に。
玲華達女性陣は近くの大型複合店へ買い物へ。
田舎なので遊べるような所は少なく、なんとなく商店街へ向かう。
その点だけは緋瑪斗達が住んでいる地域も同じだ。
一時間近くかけて街中へ出ないと遊べるような施設はない。
緋瑪斗だけは、先日の事もあってか、どうしても気になってあの砂浜へ向かった。
案の定、人の姿が見受けられた。
昨日とまったく変わらない浜辺。
そして人影は陸登だ。
「お、来たか!緋瑪斗ちゃん」
「…あ、う、うん……(ちゃん付けは正直やめてほしいけど)」
母親からヒメちゃんと呼ばれるなど、どうも女っぽい呼ばれ方がどうも嫌らしい。
機嫌が少し悪くなる。
その表情が出てしまう。
「あ、あの、オレなんか悪い事言った?」
「…いや、ごめん。なんでもないよ」
ザザーンと、昨日より波が強い。
風も強いようだ。
天気は澄み切った晴れ模様だが。
「ねえ、陸登君。いつもここで釣りしてるの?」
「え?あ、う、うん。そうだな」
「ふーん…。うちは釣り出来る所は川くらいしかないからなぁー」
思い起こせば、近くの川で夏場は釣り人をよく見かける。
生まれてこの方釣りなんぞした事はない。
アウトドアな生き方は苦手でそういう遊びはやって来なかった。
父親がまず本屋という職業柄、大自然に触れるという事が苦手のようであまりキャンプとかもした事がない。
「釣り…教えてやろうか?」
陸登が唐突に言い出す。
「釣りかぁ…ちょっとやってみたい気もするなぁ」
少し乗り気になる。
「じゃ、オレの貸してやるよ。ちょっとやってみな?」
そうすると竿を緋瑪斗に渡す。
これがいくらくらいするのかまったく知らない世界。
いい竿なのかも分からない。
なんとなく手に取り、それっぽく仕掛けを海に向かって投げる…が、上手くいかない。
「あれれ?」
陸登は簡単に投げるように放ってたのに。
取り敢えず上手くいかないので、浜辺から移動する。
近くの漁港の防波堤の上からポチャンと落とすように海に仕掛けを入れる。
しばらく待つ事5分くらい。
「お、なんか引っ張られる」
「かかったんじゃない?」
それなりに強い引き。
思い切ってリールを回して引き上げるとそこそこの大きさの魚がかかっていた。
「うぇー、何コイツ?」
思わず口に出す。
見た目はなんかしゃくれてるような顔をしている。
思い浮かべる魚とは様子が違い少しゴツゴツしてる。
「これ何の魚?」
勿論、魚の知識なんぞ皆無に等しい。
「んー、これはソイかな。食べると結構おいしいよ」
「へー」
あまりピンと来ない。
「この魚は?」
「アブラコかな」
「へー。聞いたコトない名前だね」
などと少し釣りを楽しむ二人。
あれから、何回かするが思ったように釣れない。
話によると昼間はあまり釣れないようである。
それでも釣ってる理由とは暇つぶし程度だという。
あまりにも釣れない時は竿を固定して、携帯ゲームをしたりしてるらしい。
現に今も携帯ゲーム機を持っているのを確認した。
「どーする?もうやめる?」
「んー、俺には釣りまだ早いかな」
何が早いのかは分からないが緋瑪斗は既に飽きが来てたようだ。
釣れないと楽しくはないのだ。
「なあなあ、緋瑪斗ちゃん」
「…な、何?」
「やっぱり学校ではモテるの?」
「モ、モテる?いやいやいや、そんな話ないよ!」
手振り身振り。
必死に否定する。
モテる…というより不思議がられてるだけだと自負している。
「本当?なんか男の子みたいだよな?緋瑪斗ちゃんって。自分の事「俺」とか言ってるし」
「あ、あははは、そうかな?(元々男なんだってば)」
「サバサバしてそうで人気ありそうなんだけどな」
「う……そんなコトナイデス…ヨ」
なぜかカタコトで否定する緋瑪斗。
だが実際に歯切れの良いサバサバな性格はしてない。
むしろウジウジしている。
男と女どっち付かずな状況でヤキモキしている。
時々気が狂いそうになる時もある。
普段は竜達男子と会話したり登下校したり遊んだり。
ただ男女別の時は女子側に居てちやほやされたり。
奇妙な立場になっている。
一部の女子からは好かれてないのも知っている。
事情を知らない陸登に取っては緋瑪斗は少し黙れと言いたい…がそんな事も言える訳もなく。
ただただ、全てを受け入れて会話してるだけだ。
「そうだ、もっとあっちの方行ってみるか?」
「え?あ、うん…」
少し移動しようとした。
防波堤は海水のせいか、結構ボロボロである。
所々崩れていて歩きにくい。
そんな崩れかけた場所に躓く緋瑪斗。
「わっ!?」
「おっと」
抱きしめるような形になり陸登に受け止められる。
「あ、ごめ…」
「お、おぅ…」
お互いなぜか赤面する。
バッと勢いよくお互い離れる。
「あはは、ごめんよ。ついつい…」
「いや、こっちが悪いんだよ…。ちゃんと下見ないで歩いてたから」
「…緋瑪斗ちゃん、いい匂いするな」
「?!お、俺?いい匂い?!」
「ごめんごめん、そんなつもりじゃないんだ。いや、そのさ…女の子にこんなに近づいた事ないし…」
しどろもどろ。
陸登は顔が真っ赤だ。
いい匂い。
そんな事を突然言われたもんだから緋瑪斗の方もしどろもどろ。
「あ、汗臭くなかった?暑いから」
自分の脇の匂いを嗅ぐ。
でも自分ではあまり分からない。
「そんな事ないぜ」
「そ、そう…」
受け止めた陸登の見かけによらない男らしい胸板。
正直男の心の緋瑪斗にとっては気持ちのいいものではない…が、力強さに思わずキュンとなるのが自分で分かった。
(違う違う違う違う…!俺は男相手に何をときめいてんだ!)
心の中では必死に抵抗する。
「あ、ごめん。大丈夫か?」
変な顔している緋瑪斗に目の前に手をフリフリと振る。
「うん、大丈夫…」
あれから10分ぐらい会話がない。
お互い何も話さず。
あれだけ晴れていた青空は姿を少し消しつつあった。
いつの間にか雲が増えていて、太陽の明かりが遮られたり顔を出したりを繰り返す。
そんな静かな状況。
だが、陸登の方から話を切り出した。
「なあ、緋瑪斗ちゃんて好きなやつとかいるの?」
「へ?」
「好きなやつ」
「……あー、好きなやつ…ねぇ。男って事だよね?」
「まぁ…そうだな」
唐突な話題にまたもや驚く。
「別に…好きなやつなんて…」
そうは言う。
しかし…。
(どーして月乃の顔を思い出すんだ?)
なぜか月乃を思い出してしまう。
それに他の竜や昇太郎。
仲の良い友人達を思い浮かべてしまう。
どうも険しいような悩んでるような顔をする緋瑪斗。
なんでもすぐ顔の出してしまう。
自分では気づいてない。
「……なるほどなぁ~…」
「え?何が?」
「好きなやついるんだね?」
「…そ、そんな訳ないよ!」
慌てて否定する素振りをするが、陸登には通じない。
「ま、オレなんかが付け入る隙なんて元からなかったんだな」
「ななな?!」
「なーんてなっ。遠いし付き合える訳ないよな」
「あ、う、うん…そうだよね…ごめん。俺には付き合うとかそういうのは…ちょっと」
「だよな」
内心ほっとする。
が、陸登は少し残念そうな顔をしている。
緋瑪斗は以前の事を思い出していた。
なんだかよく分からないが、女になってからやたらと男に好かれるようになった。
男の時は別に月乃と玲華を除く他の女子とは仲は良くなかったし、恋愛沙汰になった事もない。
なんだか、変な気分でいっぱいである。
(胸が痛い)
ズキズキするような感覚。
妙な気持ちで落ち着かない。
陸登はあれから恋愛めいたような事は話さない。
緋瑪斗も何も聞かない。
なんとも言えない変な空間が出来る。
「おーい、緋瑪斗ー」
遠くから呼ぶ声が聞こえる。
声から判断して兄の佑稀弥と判断する。
「…うちの兄貴だな…。なーにー?ゆき兄ー」
こちらも大声で返事して対抗する。
「おーそろそろ飯だぞ…って誰だ?」
「近所に住んでる陸登君。昔小さい頃一緒に遊んだろ?」
「んー?そうだっけか…?」
「私は覚えてるわよー、ね?」
佑稀弥の後ろから颯爽と姿を現す玲華。
「あ!君は…」
「覚えてた?」
いつもにこやかな目。
その目つきを陸登は忘れてなかった。
あと佑稀弥という、顔はかっこいいけどどこか間抜けな発言する年上の男の子。
陸登の記憶が一気に解放された。
それと同時に、緋瑪斗の記憶も蘇った。
「誰?このおにいちゃん?」
空の疑問。
こっちの兄弟は知らないようだ。
「このおにいちゃんはね、政尚おじいちゃんの家の近所の住んでるんだよ」
「へー、そうなんだー」
「どうもな。もしかしたら来年も来たら会うかもな」
優しく頭を撫でる。
「うんー」
「で、なんで緋瑪斗といるんだ?」
なぜか強めの口調の佑稀弥。
親しい感じになぜか謎の嫉妬心。
「いや、あはは、昨日たまたま会って、今日も会おうって約束してて…」
「なんだとー?」
「ばかゆき兄、なんでケンカ腰なんだよ!」
ドカッと佑稀弥のお尻を蹴飛ばす。
「いでぇ!」
「さ、邪魔者はいなくなったし、もっと静かな場所へ行きましょうか」
玲華の一言でその場から動く事になった。
「へぇー、家族親戚仲いいんスね」
「そうねぇ、私達のお父さんが兄弟で、家は出たけどなぜか同じ町内会レベルで近くに住んでるしね」
「そうそう」
「こっちの兄妹側も近くなんだよな」
「そうだぜ」
なぜか誇らしげの翔。
「…なんかどこの長男も変に意地っ張りだよね」
緋瑪斗の冷静な分析。
自分の兄もそうだが、翔達兄妹も同じようだ。
「それに比べ同じ長男の浬央は、おとなしいよね」
「お、俺の事はいいんだよ…」
照れだす浬央。
「そうね。長男って言っても一番上って訳じゃないからね。私がいるから」
「一番上じゃないっていうそ違いだけでおとなしいの?」
ドッと笑いが起きる。
狗依家兄妹について延々と続く面白話。
陸登も時折何かとツッコミ入れながらも会話に混ざってる。
ちらちら緋瑪斗を見ながら。
その視線にも勿論気づいてる。
なんだかんだで、気になるのようだ。
「ねぇねぇ、陸登君って、ヒメ兄ちゃんの事好きなの?」
「え?兄ちゃん?」
唐突に稔紀理が言い出す。
「兄ちゃん」の言葉に戸惑う陸登。
緋瑪斗の事を「兄ちゃん」呼びしたからだ。
「あれ?陸登君知らないの?ヒメにい…もがが」
玲華が稔紀理の口を後ろから両手で塞ぐ。
「あはは、緋瑪斗君があまりにも男の子っぽいボーイッシュだからお兄ちゃんって呼んじゃうのよねこの子」
「あ、ああ、そうなのか?アハハ。だよな。緋瑪斗君…男っぽいもんな」
「…まぁ…ね…ははは…」
乾いた笑いしか出ない緋瑪斗。
いつもクールに大人ぶっていたってまだまだ子供な発言する稔紀理には驚かされる。
玲華はそのまま小声で稔紀理に諭す。
「いーい?稔紀理君。緋瑪斗君の事はナイショだよ?」
「むぐぐ…」
口を塞がれたまま小さく頷く。
「ぷあはーっ。玲華ちゃん…死んじゃうよ~」
「あははごめんごめん」
「なんだどうした?」
翔や風が稔紀理の所に寄る。
「大丈夫。気にしないで」
「えー、でも気になるー」
「なぁー?」
二人顔合わせながら言う。
しかし…、
「い・い・か・ら。ね?」
「はいっ」
細い目が大きく見開く。
その光景に二人は思わず身を引いてしまう。
(ハハ…玲華怖い…)
「じゃ、楽しかったよ。来年はもっと余裕持ってバーベキューでもしようぜ!」
陸登が釣竿を持ったまま帰り際に言う。
「おー、いいねー。楽しみしてるぜ!」
佑稀弥が親指を立ててビシッと決める。
無駄にかっこいい分やっている仕草がかっこ悪くて差し引きゼロである。
「うん、俺も楽しかったよ。またね。陸登君」
「おう!」
手を振る緋瑪斗。
力ない振り方に気づく玲華。
「…まーた、なんかあったんでしょ?」
「え?あ、ああ…。玲華には敵わないな。本当に」
「フフ、私くらいになるとなんでもお見通しだよ」
ふーっと、大きくため息をついて歩き出す。
他の兄妹達は先に戻って行く中、緋瑪斗はゆっくり喋り出した。
「…楽じゃないのは解かってはいたけど。やんわり断れた…かなって」
大きなため息交じりで話す。
なんだかげっそりした表情している。
体力的より精神的に疲れたようだ。
「ふぅん…。陸登君が緋瑪斗君に好意をねぇ…」
「なんとなく解かるんだ……。怖いくらいにね。女の子ってみんなこう感じてるのかな?」
「さぁ?それはどうかしらね?」
なんとも曖昧な返し。
「玲華は何度も告白されてるんだろ?」
「…ぶっちゃけ、高校に上がってから2回されたけど…お断りしたかなぁ。
だって、全然知らない男子からだったし」
「マジで?」
「好意を持ってるとか、そんな素振りも分からないうちに告白されたって…ねぇ?」
「そうか…うーん。これが男だったら嬉しいのかもしれないけど女だったらそうでもないのかな」
未だに女心を理解出来ないでいる緋瑪斗。
「……緋瑪斗君は元々男の子だし、逆に男の子の心が分かるから察知出来るんじゃない?」
「そんなもんなのかなぁ…」
玲華の言う事も一理ある。
なんとなく納得する。
自分が「男心」だからこそ、理解出来るから?
その僅かな心の動きが緋瑪斗に分かる…、玲華はそう言う。
「うーん、俺にはやっぱ分かんないよ」
「あらそう?女の勘は鋭いって言うけど所詮違う異性。男心が分かる訳ないわよ」
「そ、そっか…」
玲華の言いたいような事がなんとなく分かる。
分かったつもりでいる。
自分自身は特殊な存在だ。
元は男。
しかし今は女。
おそらく、どっちの気持ちが分かる唯一の存在。
そう言いたいのだろう。
月乃も同じような事を言っていた。
今になってひしひしと伝わる。
(……だめだ、俺の足りない頭で考えても答えが何も出ないし、もうわけわかんねー)
頭をガリガリ強く両手で掻く。
「ん?どうしたの?ヒメ兄ちゃん」
「……なんでもなーい」
「変なのー」
稔紀理は不思議そうな顔をする。
遠くで見てクスッと微笑む玲華。
(自分で情けないの分かるよ。グチグチしててさ…)
暗い表情している。
途中で考えるのをやめた。
そして、すぐ宿泊してる祖父母の家に着く。
既に他の兄妹達が中に戻っていた。
「おー、遅かったな」
祖父の政尚が出迎える。
「ただいま」
「…どうした?浮かない顔して?」
「あ、いや…なんでもないよ」
「お前さんはいつもそうだよな。少しでも悩んでたら顔に出すもんな」
緋瑪斗の頭を軽く撫でる。
祖父と言えども孫の少しの心境の変化くらいお見通しだ。
「ん…子供じゃないんだから…」
「孫だろ?」
「そういう意味じゃなくって!」
「お祖父ちゃんやめなさい、緋瑪斗君困ってるでしょ?」
後から入ってくる玲華が二人の間に割って入る。
「緋瑪斗君はね、いろいろ大変なの。あまり無理に話さないでやって」
「しかしだな…」
「お祖父ちゃんがいろいろ鋭いのは知ってるから。そこは敢えて聞かないであげて。ね?」
「う、そうだな…」
笑顔が逆に怖い。
我が孫ながら恐ろしいと感じた政尚だった。
「はぁ……。結局いろいろ疲れたな…」
ぽけーっと、和室の部屋の窓から外を眺める。
昼間は少し雲が多かったが、夜になった今は雲間が晴れて星空が見える。
北神居町より田舎のせいなのかどうなのか知らないが、綺麗だなーっ程度の感想しか出てこない緋瑪斗。
「ひーめとくん」
ぽんっと肩を叩く手。
「な、なに?」
「なぁにそんな驚いた顔してるの?脅かしちゃった?」
「そういうつもりで呼んだんだろ…?」
「あら、分かっちゃった?」
嫌味ったらしく言う。
「で、何?」
窓枠に頬杖ついて質問する。
「お風呂、行こっ?」
バスタオルと小さなタオルを差し出す。
「は?」
「だから、お風呂」
「お風呂ー」
玲華の後ろからぴょこっと顔を出す空。
「……なんで?」
「昨日は稔紀理君と入ったでしょ?今日は私達と入りましょ?」
「…バカ言うなよ…それはまずくない?」
「え?なんで?女同士じゃん」
「……ズルイね…玲華って」
やれやれと言った感じで素直に応じる緋瑪斗だった。
「今日は女の子同士でお風呂に入ってるんだね」
「そうだな」
「何そわそわしてんだ?佑稀弥兄ちゃんは?」
「本当は一緒に入りたかったんだよ。翔君」
「ふーん、やらしいな」
「うるせぃ!」
「わー、逃げろー」
ドタバタする男達。
大人達はお酒を出して宴会状態。
非常にうるさいくらい賑やかである。
「なぁ…あっちはあっちですげえうるさいんだけど…」
「いいじゃない、こんな日も一年に一回くらいあったて。家族で盛り上がるってのも必要だよ」
「…玲華のその達観した発言聞いてると本当に同い年か疑い深くなってくるよ」
「ふふ」
おとなしく風呂に付き合う緋瑪斗。
「緋瑪斗お姉ちゃん…やっぱり女の子なんだね」
まじまじと見つめてくる空。
緋瑪斗の体を必要以上に見てくる。
視線が少し怖い。
「そうね。空ちゃんもいずれこんな風に大きくなるわよきっと」
「本当?」
「胸の事言ってるのか?なぁ?」
「あら、他にどこの部分があるの?」
「……口論になったら玲華には絶対勝てないなこりゃ…」
白旗を出すのだった。
パシャパシャする音。
湯船が揺れている。
緋瑪斗と空が一緒に入っている。
そしてあまり玲華の方を見ないようにしている。
「どうしたの?緋瑪斗君?」
「…あのなぁ…俺は一応心は男だからね」
「またまたー。今は女同士だよ?」
「そうだよー緋瑪斗お姉ちゃん」
「うう…二人していじめるんだから…」
顔を思いっきり背ける。
ついに拗ねてしまった。
「もう…疲れた」
ぐったりして大の字になって布団に寝転ぶ緋瑪斗。
それに続くように空が緋瑪斗の上に飛び込む。
「うぷっ…。空~」
「へへー、緋瑪斗姉ちゃん柔らかい~」
「胸に顔をつっこむな~」
「あら仲いいわね」
空の母親が通りかかる。
「いいなー、僕もー」
稔紀理もなぜか続く。
「いやいや、お前はちょっと待てー!」
もみくちゃになる。
「オレも混ぜろー!」
「あんたはダメに決まってるでしょ!」
頼子に止められる佑稀弥。
「いやはや…人気だな緋瑪斗」
「そう思うなら止めてよーじいちゃんー」
賑やかな夜はまだまだ終わりそうにもないようだった。
帰りはなぜか3家族の子供達がシャッフル状態に。
変える方向は大体同じなので可能な話だ。
「次は正月明けか?」
「そうですね」
「楽しみ~」
「だねー」
朝からわいわい賑やか。
緋瑪斗は完全に疲れ切っていた。
これから少し長い車中旅。
「大丈夫?緋瑪斗君?」
「寝れたから大丈夫。多分…」
髪を指でくるくる回す。
「わたしも緋瑪斗お姉ちゃんと玲華お姉ちゃんと一緒の車にするー」
空が緋瑪斗に抱き着いてくる。
なぜか凄い懐かれたようだ。
「こらこら、空。我儘言っちゃだめだぞ」
「いえ、いいんですよ。ね?父さん」
「うーん、そうなるとゆっきやみのちゃんが」
「僕達は問題ないよ。ね?ゆき兄?」
「ま、まあそうだな。ここは大人の余裕でな…」
「ハイハイ。あんたはこっち」
頼子に引っ張られるように別の車に連れていかれる佑稀弥。
「理央君と翔君と風君は?」
「オレ達どうしよっか?」
翔は風に問いかける。
「おれらも稔紀理達と一緒に帰りたい」
「決まりだな!」
小中学生男チームはひとつのまとまる。
佑稀弥だけのけものだ。
それは無理もないが。
「しっかし…敏宏兄貴には困ったもんだぜ」
寿之が意味深なコトを言い出す。
「昨日何かあったの?」
緋瑪斗が聞く。
「ああ、お前達が寝た後くらいかな。敏宏兄貴…飲むと変わるんだよな…」
「すまなかったよ。謝る」
「…父さんまたやっちゃったの…?」
玲華が軽蔑の眼差し。
どうやら酔うと人が変わるらしく、いろいろ愚痴ったり悪口を言ってたという。
「ま、社会人にはいろいろあるしな。また来いよ」
「うん、ありがと」
「ヒメちゃん」
「ん?」
祖母のゆかりが緋瑪斗の手を握る。
ゆかりの方が背が少し高く緋瑪斗は少し見上げる。
そして我が子のように軽く頭を撫でる。
「ばあちゃん恥ずかしいって…」
「何があったのか知らないけど…女の子でもヒメちゃんはヒメちゃんだからね?頑張りなさいね」
「あ、う、うん…どうも」
恥ずかしさが最高潮。
でもたったそれだけの言葉での嬉しいのは変わりない。
「じゃ、帰りますか。また来ます」
利美の切り出しに続くように他の家族達も車に乗り込んでいく。
こうして緋瑪斗にとってもいろいろあった祖父母宅での出来事。
モヤモヤ感が強くなっていたが、最後の祖母の言葉で少し吹っ切れた。
分かり合える人はやっぱり近しい家族だ。
時間はかかるかもしれないが、自分自身の心の整理を少しずつしていく。
そう決心する。
「ねぇ、緋瑪斗君」
「ん?何?」
ウトウトしかけた時に玲華の声。
少し目が覚める。
玲華の顔を見ると、笑顔に見える糸目。
緋瑪斗の太ももには空の頭。
どうやら寝ているようだ。
「前話してた事覚えてる?」
「前?」
「そ。みんなで海に行って遊ぼうって」
「…このお盆の時期に散々海で遊んだろ?」
「そうじゃなくって。ちゃんと水着になって泳いで遊ぼうって話」
「ああ、それね…」
この前水着を買った。
そのために買ったようなものだ。
「本気なの?」
「本気」
「……そっか」
車の窓の景色を見る。
流れていく風景は今は丁度山中のせいか、森林ばっかりだ。
民家などなく、峠のようで、今は登ってる最中。
「ま、どうせ逃げられそうにもないし覚悟決めて行くよ」
「ふふ、そういう妥協する所が緋瑪斗君らしいよね」
「それバカにしてるだろ」
「さて、どうかしらね」
いつも笑顔みたいな顔しててさらりときつい事を言い放つ。
それにはいつも逆らえない。
「さぁて、私も寝ようかな」
「へ?」
コテッと緋瑪斗の肩に頭をくっつける玲華。
「ちょ…」
だが無視するかのようにしてそのまま目を閉じてしまう。
「………言いたい事言って先に寝ちゃうのかよ…」
ある意味ハーレム状態。
とはいえ結局女の子だけなのだが。
運転してるのは玲華の父親。
聞こえてるのか聞こえてないのか。
特に何も言ってこない。
(…複雑………)
妙な気持ちで北神居町へ帰る狗依家の人々だった。




