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第13話 家族達と過ごしても気の休まる事もない。

 狗依家の者達は車に乗り込んでいた。

お盆である。

父親の利美の実家に帰省するためだ。

勿論、従姉妹である玲華の方の家族も帰省する。

現地で集合となるようだ。


 緋瑪斗は正直、行くのがちょっと嫌だった。

自分の身辺が変化した事を、伝えなければいけない。

何を言われるのか…嫌なのだ。

説明するのも面倒だ。

ここまで心が倒れずに来れたのは親兄弟、そして月乃達がいたから。

でもそれに頼るだけの人生をしたくはない。

そう思って琉嬉の所で、頑張っている。

「んむにゃ…」

 稔紀理が寝てしまって緋瑪斗に寄りかかっている。

手には何かのキャラクターのちっちゃいフィギュア。

(…いつもは大人びた言動してるのに、こうしたら普通の小学生だな~)

 頭を撫でながら、稔紀理の寝顔を優しく見守る。

「なんだぁヒメ。すっかりお姉ちゃんみたいだな」

「う、うるさいな!バカゆき兄」

 頭を撫でてたのを見られていた。

「何騒いでるの後ろで?」

「ヒメが稔紀理の頭を…もがが」

「黙れっ」

 佑稀弥の口を片手で塞ぐ。

「…?あまり暴れちゃだめよー?特にゆっきは体でかいんだから、車まで大きく揺れちゃうんだから」

「ははは、そうだね。あまり動くと事故っちゃうぞー」

 ここぞとばかりに緋瑪斗も兄に対して言う。

「それは勘弁」



 自宅から車で計3時間。

途中寝てしまったから、すぐ着いたような感覚だ。

高速道路利用してもこの時間なので、相当な距離。

毎年の事だが、遠い。

ただ飛行機などを利用してまでの距離ではないのが救いか。

「まもなく着くよ~」

 海が見える。

利美の実家は海岸沿いだ。

今住んでる鞍光は北の方行けば港もあって海に面しているのだが、南の方なので山ばかり。

海とは縁があまりない。

(そういや海に遊びに行くって約束してたっけ…。その準備もしないといけないな)

 月乃達と一泊予定の小旅行を企画している。

夏休みはまだまだいろいろありそうだ。


「着いた~」

 一番に車から飛び降りるのは稔紀理。

潮風の匂いがほんのりする。

海が近い証拠だ。

海岸近くの山を少し上った辺り。

住宅が並んでいる。

「何度来ても田舎だな~」

「うちも大概田舎だと思うけどね」

「そうか?ここに比べたら人大過ぎだろ?」

「それはそうだけど」

 北神居町は山に囲まれた場所ではあるが、人口はそこそこ多い。

ゆっくりしてそうで慌ただしい面もあるのも確かである。

「着いたかい~」

 緋瑪斗達兄妹に声をかけてきた人物。

祖母の狗依ゆかり。

祖母と言っても、お婆ちゃんというような容姿ではない。

ショートカット風に短くまとまった黒い髪。

白髪なんぞ目立たない。

染めてるだけなのかもしれないが。

年齢は64歳。

「あ、ばあちゃん、よっ」

 自分ではかっこよく決めてるつもりの挨拶する佑稀弥。

「相変わらずでかいねぇ、ゆきちゃんは」

「ゆきちゃんはやめてくれよ~」

「こっちは…みのちゃんで……あんたが、ヒメちゃんかい?もしかして」

「あ、そ、その…緋瑪斗です…」

 あまり心の準備をしてなかった。

すぐに祖母がいたから。

「あらあら、話には聞いてたけど、本当に赤い髪ねぇ」

「いろいろあって…」

「本当に女の子だったのかい」

「……その解釈はちょっと違う…」

 暑いのは分かってるので、誰が見ても女だと分かる服装ではあった。

スカートは嫌なので、この日はホットパンツだ。

上はTシャツ。

非常にラフな格好。

「お母さん、ただいま」

「お義母様、お邪魔します」

 両親も車から出てくる。

「おーおー、よく来たね~。疲れたでしょ?そうめん用意してるからお入り」

「ありがとうございます」


 緋瑪斗達家族が来た車以外に違う町のナンバープレートの車がもう一台。

恐らく、玲華達側の家族だろう。

「よっす」

 家中に入ると、祖父の政尚まさなおが出迎えてくれた。

白髪交じりの短髪。

いい体つきをしていて、息子である利美とはえらい違いの風貌である。

身長も180以上ありそうだ。

「お?緋瑪斗…か?」

「…まぁ、そうです」

「ふーむ……話には聞いてたが…」

 緋瑪斗の現状の姿をしばしみつめる。

恥ずかしくなり目をそらす緋瑪斗。

「あー、緋瑪斗君」

 政尚の後ろから顔を覗かせる玲華。

「あ、玲華」

「おじいちゃん、緋瑪斗君が恥ずかしがってるから、じっくり見ないのっ」

 ずずいっと祖父の体をどかす。

「おう、すまんすまん。ま、入れ」

 気にしてないような素振りをして、居間の奥へ入っていく。

「…素気ねえなあ」

 佑稀弥がぼやく。

「じいちゃんはいつもああでしょ?」

「そうだったか?」



 10分くらいしたら、もう一台の車の音が聞こえた。

エンジンが止まったと思うと、「ただいまー」という声。

「あれ?もう帰ってきてたの?」

 入ってきたのは、同居している祖父母の息子。

つまり、緋瑪斗の父親の弟にあたる人物だ。

緋瑪斗らにとっては叔父にあたる。

「おっかえりー」

寿之としゆき叔父さんこんちは」

「まだ30手前でオジサンて呼ばれるのはちょっと抵抗あるなー」

 狗依寿之。

28歳で独身。

実家住まいでマイペースで家の仕事を受け継ぐ形で仕事をしている。

背が高く、兄達よりも大きく寿之も180くらいありそうだ。

緋瑪斗にとっては今も昔もずっと見上げる恰好。

兄にあたる利美とはかなり年が離れてるうえに、

どちらかというと、緋瑪斗達子供側の若い者の方に近い感覚だ。

「んー、おめー、もしかして…緋瑪斗か?」

 寿之の目線はすぐに緋瑪斗に向いた。

あまり見慣れない風貌に気づいたのだ。

「あ、う、うん…そうです」

「……ほうー、話には聞いてたけど…驚いたな。」

 家族でもすら見た事ないような、大きく目を見開いてあんぐりした表情をする寿之。

本当に驚いてるようだ。

「……こんな事ってあるのか?」

 緋瑪斗を指差しながら周りの家族に聞く。

「さ、さぁ…。でも現になっちゃってるんだから、いいんじゃね?なあ玲華?」

 佑稀弥が答える。

「何がいいのか分からないけど、なんで私に聞くのかしら?」

 佑稀弥から急に振られて困る玲華。

その玲華の後ろでコソコソしてる男の子。

中学一年の玲華の弟。

狗依浬央いぬい りお

まだ中学一年のせいなのか、男らしいとはまだ言えず、どちらかというと可愛らしい。

幼さがまだかなり残っていて声変わりもしてない。

さすがに姉弟だけあって、玲華に似て、少し細い目つき。

でもいつも笑顔に見える糸目の玲華とは違って、クールそうな目つきだ。

「お?なんだ?浬央、どうしたそんなコソコソして」

「な、なんでもないよ!」

 そう言うと足音を大きくたてて奥へ行ってしまった。

「なんだぁ?」

「人見知りが激しいのよね~、親戚の間柄にも」

「なるほどなぁ」

 納得の笑顔をする寿之。

「…お、集まったか?」

 政尚がまた顔を見せる。

「さあさあ、お昼ごはん食べましょう」

 お盆に素麺が入った大きな器が二つ。

持ってきたのはゆかりと、玲華の母親の狗依三奈いぬい みな

玲華と似たスタイルだ。

玲華は母親のいいところを譲り受けたようだ。


「それよか、先に言う事あるんじゃねーか?」

 祖父政尚が食べる前に、物申す。

その内容は、勿論…。

「ヒメの事…よね?」

 玲華が誰よりも先に喋る。

「そうだな。緋瑪斗。それと利美、どういう事なんだ?電話来た時は半信半疑だったが…」

「いや~、僕も分かんないだよね。ただ、病院に担ぎ込まれたって聞いて驚いちゃって」

「そうそう。怪我はなんともないけど男から女に様変わり。こりゃ驚くのも無理もないって話だよな」

 佑稀弥が緋瑪斗の肩を抱くようにして中身ない説明する。

「はは…俺自身も良く分からないです…」

 理由は知ってる。

妖怪の、茜袮の事。

ただこの場で喋る訳にはいかない。

余計混乱を作るだけだ。

その事を知ってるのは玲華のみ。

両親にも兄弟にも喋ってはいない。

恐る恐る玲華の顔を伺う。

玲華はいつものにこやかな細い目でこの場を見ている。

何も言わない。

(…玲華……)

 少し助けを欲しそうな視線を送る。

それに気づいたのか玲華はこう続けた。

「いいじゃない、緋瑪斗君が男でも女でも。中身は変わってないんだから」

「そ、そうか…?」

「そうよ」

「そうなのか?緋瑪斗?」

 政尚が緋瑪斗を睨むように見る。

なんか恥ずかしい。

「俺はなんも変わっちゃいないから…。性別が変わっただけだから。みんなあまり気にしないで…ハハ」

 説得力ない言葉。

でももう自分の事をあまり言わないで欲しいと訴えるような目だ。

「緋瑪斗がいいなら…なぁ?」

 ゆかりや寿之と顔を見合わせる。

「いーじゃんいーじゃん。女っ気あまりなかったんだし。っと、こう言うと緋瑪斗に失礼かな?」

「いや、大丈夫…」

 寿之の言葉。

少し緋瑪斗の胸にはズキンッときたが、表には出さない。

悪気はないんだろうが、男としての緋瑪斗が否定された感じがしてならない。

「まぁまぁ、この話は終わり、食べましょ」

 玲華の一言で片づける。

「玲華ちゃんの言う通りよ、ささ、食べなさい」

「はぁーい」

 稔紀理が元気よく返事する。




 昼食も終えて、緋瑪斗は琉嬉から教わっている武術の自主訓練を誰もいない海辺で行っていた。

簡単にまとめた10枚くらいの紙。

ホルダーにまとめて挟んである。

お寺のお弟子さんがまとめてくれたものらしい。

琉嬉が頼んで作ってくれたそうだ。

最初の特訓の時に、作成してもらった。

細かくチェックしながら動作していく。

「ひーめとくんっ」

「ひゃっ?!」

 玲華がいつの間にかいた。

「なーにやってんの?」

「あ、いや…これはちょっと…」

「見たところ、なんか格闘技みたいな動きしてたけど」

「…本当は休もうかなと思ったんだけど、一日でもやらなかったら体が錆びちゃうかなって思って」

「ふーん…なるほどね」

 砂浜に落ちている大きな木の破片。

砂に埋もれないようにその上にまとめたホルダーを手に取る玲華。

「習ってるの?」

「習ってるというか…自衛するために少し鍛えようと思って。

本当は女になる前からやれば良いんだろうけどさ」

「…こういう所は男のままなんだね、緋瑪斗君って」

「まぁね。そりゃ、たしかに体は完全な女なわけで、仕草とか見た目を男の時は違って凄い気にするようにはなったけど…」

「けど?」


 特訓を一旦休止して、椅子替わりになるような大きなテトラポットに座る。

玲華も一緒に座る。

オオセグロカモメが沢山飛んで鳴いている。

遠くからウミネコの鳴き声も。

山とは違う野鳥が沢山いる。

「てっきり心まで女になっちゃうのかな~って思ってたんだけどそうでもないや」

 笑顔で話す緋瑪斗。

それを見た玲華も思わず笑ってしまう。

「ふふふ、そうよね。意図してない出来事なんだから…。月乃はどう思ってるのかしらね」

「なんで月乃がここで出てくるのさ」

「ふふ、なんででしょうね?」

 緋瑪斗にふっかけておいて、自分はその場からすぐ立ち去って行く。

「なんなんだ?」

「暑いんだから無理しないでよー?」

「分かってるよー」

 玲華の姿が見えなくなる。

時折通る、車の音が聞こえるくらいであまり人の姿が見えない。

特訓するにはもってこいの場所だ。

早速続きをする。

武術の次は妖術の特訓。

琉嬉の助言などで前よりは自由に扱えるようになってきた。

その反面、どんどん変なモノが視えるようになってきた。

人型じゃない、雲のようなものがふよふよと浮いてるのを目撃したり。

半透明な姿の人型も居たり。

琉嬉曰く、それは妖怪としての力が影響していると。

(……制御すればいい…か)

 琉嬉自体は見えすぎるのも困るので、普段は制御している。

それでも視えるのは強い霊力を持つ妖怪や幽霊だという。

そして視えても、決して構う事はない。

無視しろと。

言いつけを守るように、変なモノが視えてもなるべく無視するようにした。


(一度ちゃんと言った方がいいのかなぁ……)

 言ってどうにかなるものではない。

そうは思ってても、何も出来ない現状は少し辛い。

でも頼ってばかりいるのも辛い。

本当に押しつぶされてしまいそうな気持ちに何度もなっている。

琉嬉の助言が頼りだ。

「3時か…」

 スマホの画面を確認する。

時刻は午後3時を少し過ぎてたくらいだ。

(そろそろ戻るか……)

 戻る準備をしてる最中だった。

一人の男が浜辺にやってくる。

年齢は…年上にも見えず年下にも見えず。

同じくらいの年齢の少年だ。

普通っぽい髪型に日焼けしたタンクトップ姿。

下はハーフパンツ。

背丈は…勿論、緋瑪斗よりは高い。

平均より少し高いくらいだろうか。

175cm以上はありそうだ。

手には釣竿。

釣りをしに来たのだろうか?

(…誰か来た?)

 あまり気にせずに準備を終え、移動しようとした。

すると少年が足取りを止め、こちらを見る。

(なんだよ……こっち見んなっ)

 心の中で文句を言ってると声をかけてきた。

「あ、あの…ここら辺の子じゃないよね?」

「…え?違いますけど…?」

「どっから来たの?」

「北神居町って所からだけど…(図々しく話しかけてキターッ)」

 知らない男からよく話しかけられる。

最近は慣れてきたがそれでも少し戸惑う。

「へぇー…。夏休み旅行?」

「お盆だからお父さんの実家に…」

「なるほどね~」

 近寄ってくる少年。

(な、何…?)

「……どっかで見た事あるような…。しかしその髪は染めてるの?」

「地毛です」

 即答する。

何度も何度も聞かれる。

しかし地毛なので説明も面倒なので即答するようにしている。

「地毛って…ハーフか何か?」

 ずけずけと質問ばかり。

「ハーフみたいなもんです。俺、帰りますんで」

「あ、ちょっと待って!……やっぱり見た事あるような…」

 少年は見た事があるという。

しかし緋瑪斗は少年と会ったような記憶はない。

人違いでないか?

そう問おうとした。

「あ!もしかして……あそこの狗依さんちの、ヒメト君?じゃないよな…だってヒメト君は男の子だったはずだし…」

「…!」

 緋瑪斗は唐突に思い出した。

まだ小さい頃の話だ。

こちらに来た時に他の兄弟らと一緒に遊んだ事のある同じくらいの男の子がいた事を。

なぜか忘れてしまっていた。

まだ稔紀理が生まれる前の事だ。

約10年くらい前。

緋瑪斗が幼稚園か小学一年生くらいの頃。

(……思い出したぞ!ゆき兄と玲華と一緒に遊んだ子がいた…)

 段々記憶が鮮明になっていく。

「もしかして…陸登りくと君…?!」

「ビンゴ!」



 陸登とは以前会っている。

確信した緋瑪斗。

「しかし……緋瑪斗君は…女の子だったのか…」

 頭をポリポリ掻きながらより近づいてくる。

自分のイメージしてた人物像とかけ離れてた様子に戸惑いを隠せない。

「あ、いや…ははは、いろいろありましてね」

 女になった…とは言えない。

取りあえず最初から女だったという事にする。


 チラチラ見てくる視線が少し気になる。

陸登の方があまり直視出来ないようだ。

「あのさ…、昔の事覚えてるかい?」

「昔?どんな事?」

「ほら、近くの公園で遊んだのとか…」

「んー、なんとなく…」

 薄っすらと覚えてる、幼い頃の記憶。

一緒に遊んだ男の子。

それが陸登。

「……なんかたくましくなったね」

「ハハ、そうか?緋瑪斗…くん、いや、緋瑪斗ちゃんは可愛くなったね」

「あはは……ありがと」

 内心かなり複雑だった。

可愛くなったと言われ、どうもむず痒い。

元々いい男になれたら…などと夢見てたのもある。

「でもヒメト…て男みたいな響きだよね。でもヒメってつくからお姫様ていう意味もついてるのかな?」

「どうかな…。うちの兄弟みんなどっちつかずっぽい漢字使ってるし」

「へぇー。そうなんだ」

 他愛もない会話。

緋瑪斗は他の兄弟の名前の漢字を、浜辺に書いて見せる。

自分の名前も。

「佑稀弥」、「稔紀理」……そして「緋瑪斗」、と木の棒で書いた。

「へぇー、こんな字書くんだ」

「………」

 どうリアクションしていいか分からない。

どの名前も3文字の漢字で統一。

「ゆきや」、「ひめと」、「みのり」という3つの音も統一。

女性の名前にも使われるような漢字も使用している。

不思議な字だ。

「漢字は女の子っぽいけどでも男っぽいような名前でもあるね」

「良く言われます」


 緋瑪斗は陸登が手にしてる釣竿を見ておそるおそる話をかける。

「あの…釣り…好きなの?」

「ああ、こんな海の町にいたらさ、遊ぶ所なんて限られてるから釣りになっちゃうよな」

「……そうなんだ…。俺の所は山ばっかりだし、結構都会だし…」

「いいな、都会。…って自分の事「俺」って言うの?」

「(あ、やべ…ついいつもの感じで…)え?そんな事言った?アハハハハ」

 笑って誤魔化す。

「?」

「あはははは」

 高笑いしか出来ない。



 しばらくお互い無言で海沿いを歩く。

特に目的もなく。

「あ、あのさ」

「…何?」

 ぶっきらぼうに返事する緋瑪斗。

「……いつまでいるの?」

「んー、明後日まではいるかなー。お店もあまり休むのも厳しいらしいし」

「お店?」

「うん。うち…父さんが古本屋やってる」

「へぇ…」

 途端に会話が途切れる。

気まずい空気。

「じゃ、じゃあ、また昔みたいに遊ぶ…ってのはどうだい?」

「昔みたいに?」

「そ、そう…と言ってもこの辺は遊ぶ所なんてあんまりないけど…」

「んー、二人だけで?」

「え?」

 二人だけ…と言われて、返答に困る。

「あんまり一人で長い時間行動するなって言われてるんだ。もう高校生なのにおかしいよね」

「……たしかに、女の子が一人でずっと帰って来ないのは心配するだろうな…」

(中身は男なんですけどね)

 心の中でツッコむ。


 ブブッと緋瑪斗のポケットの中が震える。

スマホを取り出すと画面を確認する。

耳に当てる事はしてないので、メールのようだ。

「あ、母さんからだ…ごめん、もう戻らないと!これから家族で出かけなきゃいけないんだ…」

「…そう…なのか。ごめんな。足止めしちゃって」

「ううん。明日お墓参り終わったら時間あるから…その時でも大丈夫だと思うけど…」

「本当か?」

 シュンとした顔が一変、明るい表情になる。

そう告げた緋瑪斗は駆け足で去っていく。


「……緋瑪斗…ちゃんか…。子供の頃もたしかに…女っぽいかなあっと思ってたけど…本当に女だったとは…」

 勘違い…ではないのだが、勘違いした事になってしまっている。

無理もない。

緋瑪斗が性別変化してるのだから。

それから大きな会話もなく、緋瑪斗は足早に戻った。




「ただいま~…」

「おかえりー」

 稔紀理が出迎える。

「稔紀理はいつも偉いな。ちゃんと挨拶してくれて」

「へへへー」

 可愛らしい稔紀理の笑顔を見て、頭を撫でる。

「あら、緋瑪斗君…、どうかした?」

「え?何が?」

「なんか…表情がさっきと違うけど」

「……玲華はほんと、うちの兄弟より鋭いよな…。これが男と女の感性の違いなのかな?」

「あらそう?」


 緋瑪斗は先程の陸登について話した。

すると近くに居た祖父の政尚が反応する。

「その陸登ってのは…あれか?あそこの家の…」

柳沢やなざわさんちか?」

 寿之が代わりに答える。

「そうそう、柳沢さんちの陸登君」

「…その陸登君がどうしたの?」

「いや、さっき会って…。凄い子供の頃に一緒に遊んだよね?って話になって…」

「ははぁん。なるほど。緋瑪斗君…、女の子だったのかーっみたいな事言われたのねー?」

「……その通りさ」

 ぽふっと近くのソファに座る。

一緒についてくる稔紀理も緋瑪斗の隣に座る。

「しょーーーじき、どう喋っていいのか分からなかった。なんか嘘ついてたような気分だし。

いや、嘘はついてないんだけど……男だったんだよって言う訳にもいかないし…」

 玲華は対面になるように、テーブルを挟んで床に座る。

そして麦茶を飲む。

「ま、そうだよね。男の子から女の子になったなんて…言えないわよね」

「……うーん…」

 言ったてどうせ信じてもらえやしない。

どうせならこのまま黙っておこう。

そんな風に決めるのだった。



 狗依家は夕食を外食にした。

海沿いの町なので、近くの海鮮料理屋。

軽く済ませて、残った物はお持ち帰り。

そして家に戻り、大人達はお酒を飲みながら騒ぐという流れのようだ。

だがこの日はまだおとなしい方。

本番は翌日の墓参りの終わった後だ。

他の親戚も混ざる予定…だとか。

その時も考えると緋瑪斗の事の説明が…面倒。

(嫌になっちゃうよね…)

 緋瑪斗の身の回りの整理はまだ着いてなかった。


 外食が終り、家に着いて早速酒盛りしてる大人達。

子供らも少し混ざって賑やかにしてる。

でも緋瑪斗は相変わらずどこかしら暗い表情をする。

「…ヒメ、また嫌な顔してねえか?」

 心配した佑稀弥が声をかける。

「……明日他の親戚も集まるんでしょ?」

「そうだね。不安なのかい?」

 父親が優しく接する。

「……うん」

「ハハッ、気にすんな。緋瑪斗は自分らしくしてろ!ゴタゴタ言うやつは俺が一発ガツンと言ってやるからよ」

 完全に酔っ払いの政尚。

でも祖父が言ってくれるのなら心強い。

ここでは政尚が一番上の存在なのだから。

「うん、ありがと、じいちゃん」

「お、おう」

「なんであんたが照れてるのよ」

 祖母の一言に反撃する事もなく言葉黙る政尚。

「あはは。良かったな。ヒメ」

「ハハ…良かったのかな?」




「ヒメ~、みのちゃーん、お風呂入りなさ~い」

 母親頼子に呼ばれる。

「はーい」

 稔紀理と携帯ゲームを楽しんでいた。

「お風呂だって、ヒメ兄ちゃん」

「うん。入ろうかな」

「僕も入るー」

「ちょっとぉ待ったぁー!」

「え?何?」

 止めに入ったのは、佑稀弥と利美。

「入るんなら兄のオレとだよな?」

「いいや、お父さんと入るよね?」

「…え?いや…二人とも何言ってるのさ…?」

「ヒメ?」

「ヒメ!」

 変に威圧的。

「俺は稔紀理と入るから…」

「なんで稔紀理はいいんだよ!」

「え?だってまだ小学生だし…、ゆき兄は高校生だろ?父さんなんて論外だろ?」

「……なんと…」

 二人は震えながらその場に尻餅つくように座り込む。

「何バカな事言ってるんだろうねこの二人は」

 呆れたように言う祖母のゆかり。

「いつもこんな感じなんですよ、お義母さま」

「ふふ、義姉さんも大変ですね」

「そうなのよねぇ」

「…我が兄と甥がこんなんだったとは思わなかったぜ…」

 寿之も呆れる。

「いいじゃん、楽しそうで」

「良くないよ…玲華も言われないの?」

「ウチはないわよ。お父さんは物静かな人だし、理央は最近恥ずかしがって入らなくなったし」

「…おとなしい家族が羨ましいと思えるよ」



 そのまま稔紀理とお風呂に入る事になった。

昔から馴染みのある祖父母宅のお風呂。

古めかしいのがかえってクセになる。

「ヒメ兄ちゃん~、先に入るねー」

「あ、稔紀理早い、ズルい!」

「ヒメ兄ちゃんが遅いんだよー」

「んぐ…ブラの分脱ぐのが遅れた…」

 ふと、大きな鏡で気づく自分の姿。

いい加減慣れないといけないのだが、どうにも違和感が拭えなくって困ってる。

(……はぁー。仕方ないっか…)


 ガラス引き戸を開ける。

すると稔紀理は先に湯船に浸かってた。

「…早いなー、稔紀理」

 その稔紀理がまじまじと緋瑪斗を見る。

「……ヒメ兄ちゃん…おっぱい大きいね」

「な、おま…どこ見てんだよ!」

「お母さんと同じくらいかな?」

「そう言われるとなんか変な感じするなぁ…」

 少し複雑。

自分の母親と胸が同じくらいの大きさだという。

なんでそんな事知ってるんだと。

今思えば稔紀理はたまに母親と一緒にお風呂入ってる。

この時点で緋瑪斗と頼子の胸の事情を知ってるのは稔紀理だけだ。

(俺も…小学生の頃は母さん…父さんとかと一緒に入ってたっけな…懐かしいな)

 あれこれ考えながら稔紀理と一緒に湯船に入る。

「ねえ、ヒメ兄ちゃん」

「ん?」

「下もやっぱりついてないんだね。本当に女の子になったんだねー」

「ぶっ」

 思わず噴いてしまった。

うまくタオルで隠して入ったつもりだったのだが、きっちりと見られてた。

「こら!稔紀理!変なコト言ったら…二度と一緒入ってやらないぞ」

「えー、やだー」

「やだーじゃないっ!……まだ子供だから大丈夫かなっと思ったらこれだよ…。見てる所は見てるんだな…エロガキめ」

「え?なんで?僕は子供と言われる年齢ですが」

「あのなぁ……」

 両手で体を隠すように体育座りをして、深く湯船に浸かる。


(…少しは大人みたいだなって思ったけど…思ったより全然子供なのかな?)

 なんだかよく分からなくなってくる。

自分の小学4年生の頃は、全然異性の事なんぞ性的に考えた記憶はない。

稔紀理も同じなのかもしれない。

違うのかもしれない。

混乱してくる。

子供だからこその疑問で言ってきたのだろうか。

ヘタに話すと墓穴を掘りそうだ。

(…あー、もう…なんでこんな事で思いつめなきゃいけないんだよ!)

 普段家では誰とも一緒に入らない。

それは時間的に余裕があるからだ。

だが祖父母宅の現状では人数が多いため、出来るだけ一緒に入れる所は入って時間を削減したい。

だから、緋瑪斗は進んで一緒に稔紀理と入った。

(あれ?よくよく考えたら、女になってから一緒に家族とお風呂入ったのって…初めてかな?)

 宿泊研修で月乃達クラスメイトの女子達とは同じ風呂に入った。

だがあの時は見ないように、見られないようにしてさっさと出て行った。

ただ月乃には全部見られたし、逆に見てしまった。

あの時の事を思い出す。

「ああぁーもう!稔紀理、体洗ってやるから」

「え?本当?やったー」




 二人が風呂からあがった時に事件…でもないが、驚くべき事に遭遇した。

緋瑪斗が下着を履こうとした時だった。

ガラッと脱衣所がいきなり開いたのだ。

「…………え?」

 緋瑪斗がぽかんと口を開けたまま凝視する人物。

玲華の弟で従兄弟の浬央だった。

「……あ、あ、ご、ごごごめん、緋瑪斗兄ちゃん!?」

「…あ、いや……え?」

 今まで見た事がないくらい理央は顔を赤く染め上げる。

すると閉めずに、その場から逃げた。

「あ、ちょっと…浬央!」

「どうしたのヒメ兄ちゃん?誰かいるの?」

「…いや、なんでもない…」


 どうやらが開けてしまった理由は、風呂をあがったと勘違いした頼子が呼んでしまったようだ。

浬央も玲華の弟だけあって可愛らしい。

稔紀理ほど…とは言わないが、女の子にも間違えられそうな線の細い子だ。

まだ中学一年生。

幼さが残ってても年頃だけあって、緋瑪斗の裸を見て驚いて行ってしまった。

(…もしかして俺の裸見られたかな…?でも中一だし…大丈夫かな?

って、なんでさっきから年下の気を伺ってるんだ?)

 さらに複雑に考えてしまうのだった。




 ほっと一息。

テーブルには冷たい麦茶。

夜はそれなりに涼しくなっていて快適空間だ。

「お、出てきたか。みのー、ヒメはどうだった?」

「どうだったって何が?」

「姉らしくなってたかって」

「ははーん。ゆき兄ちゃん…やらしい人ですね。ヒメ兄ちゃんはきちんとお姉さんだったよ」

「ほほぅ…羨ましいのぅ…」

「うるさいっ。黙れ二人とも」

 二人を遠慮なく蹴りを入れる緋瑪斗。

それも適当な蹴りじゃなく、琉嬉に教えてもらった型で。

「いたいー」

「うごぉ…なぜオレだけ本気で…」

 稔紀理には軽く蹴って、佑稀弥にはかなり強めに入れた。

「はっはっは、仲が良くて結構!」

「じいちゃんも声デカい…」

「ふふ、なんかいつもより楽しいわね」

「…そう?」

 浬央がふてぶてしく言う。

そのまま別の部屋へ向かう。

「どうしたの?浬央?」

 玲華が緋瑪斗達に聞く。

「さ、さぁ……」

「んーとね、浬央君はさっきねぇ…うむごっ」

 稔紀理の口を両手で後ろから抑える。

「稔紀理!いいの!さっきのは事故だから」

「事故?」

 玲華と佑稀弥は事情が知らない。

浬央の態度が少し変化した理由。

知ってるのは緋瑪斗と稔紀理だけだ。

「……ふぅん…」

 玲華はある程度何かあったというのに察しがついた。

だがそこは大人の対応なのか、敢えて聞かない。



「ねーねー、さっきから浬央君がなんか変なんだけど…」

「あー、うん……そうだね」

「やっぱりさっきの…もがっ」

 また稔紀理の口を塞ぐ。

「稔紀理は余計な事を言わない。分かった?」

「…ぶはっ、…なんでー?」

「……いい子だから。ね?」

 笑顔だが、明らかに怒ってる。

そこは兄(姉?)としての威厳。

「むー……分かったよ」

 稔紀理はそれを察知したのか、おとなしく言う事を聞いた。



「りーお」

 緋瑪斗が浬央の姿を見つけて話しかける。

その瞬間ビクンッと反応する。

携帯をいじってたようだ。

誰もいない奥の和室。

部屋の端には仏壇。

年季の入ったタンスなどが並んでる。

「……緋瑪斗兄ちゃん」

「さっきはびっくりしたよ」

「ごご、ごめん。あれは…頼子おばさんが…」

「聞いたよ。うちの母さんせっかちだからね」

「…………」

 ぽんっと頭を軽く手を置く。

「怒ってないから。別に。ほら、だって俺、元々男だろ?」

「そう…だけど…。でも…」

「まあ、浬央にはちょっと衝撃強かったのかな?」

「……そんな…事は…ナイ…よ」

 段々声が小さくなる。

「あ、でも姉ちゃんの見てるんだろ?」

「………最近は見た事ないし…」

「あー、そりゃそっか。浬央も見られるの嫌だもんね?」

「………」

 無言でコクンッと、首を縦に振る。

「玲華も一緒に入ろうとは言わないか」

 同じように頷く。

「あーら、一緒に入りたいのかしら?」

「わっ?」

「!!」

 今度は二人してビクッとなる。

「玲華~、また脅かすように来て…」

 不機嫌そうに言う緋瑪斗。

「あはは、ごめんごめん。なんか珍しく二人して深刻そうに喋ってるから…」

「あー、そうかー。浬央と話をしたのって久し振りかなぁ…。いつ以来だろ?」

「……春以来」

 小声で呟くように言う。

「ちょっと立ってみてよ」

「え?」

 緋瑪斗が少し強引に浬央の手を引っ張って立ち上がらせる。


「んー、理央の方は大きい…かな?」

「ちょっとだけね」

「…くそー、男ってやっぱ大きいよな…。女になる前はもう少し大きかったのに」

「??」

 どうやら理央と背比べしてたようだ。

緋瑪斗は150cmくらい。

まだ正確に測って調べてはない。

浬央は身長は152cmなので、大差はないが、ほんの少しだけ大きい。

「玲華は大きくていいよな。浬央もそのうちゆき兄みたいになるのかな」

「ふふ、そうかもね」

 クスクス笑いながら玲華も賛同する。

「ちぇー、俺も男の時でもそんなに大きくなかったしなぁー」

「緋瑪斗君は元から可愛かったもんね?」

「うっせぃ」

 ゲラゲラ笑う二人。

(…なんなんだ?」

「浬央、そういう事だから。俺は気にしてないから。ね?」

「え?あ、う、うん………」

 慌てて返事する。

優しい……、いとこ。

元が男だったからなのか。

それとも元からの性格だからなのか。

近しい血筋の親戚でも、「異性」として変わってしまったいとこ。


 浬央はなんとなくと来なかったが、緋瑪斗は自分の知ってる緋瑪斗と変わってなかったのに安心した。




(はぁ……家族達と過ごしても気の休まる事もない。疲れるよ)

「大丈夫?緋瑪斗君?明日は午前中からお墓参りだよ?」

「んー、起きれなかったら玲華、よろしく」

「ふふ、なぁにそれー」

「さて、寝る準備しよ」

 緋瑪斗はそのまま、洗面所に向かった。


「…ま、いいか……。明日もフォローが大変ね」

「フォロー?」

「そう。フォロー。浬央もね?」

「……うーん…」

 いろいろあった初日であった。

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