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第12話 目指したからには目指す訳です。

 夏休み。

日差しがとても、暑い。

外も湿度が高くて、ムワッとしている。

南の方に比べて涼しい地方とはいえ、真夏はさすがにあまり変わらなく気温30度なんて当たり前のように超える。

緋瑪斗は琉嬉に相談した通り、護身術を習いに来ていた。

場所は…自宅から電車で1時間近くかかる隣の隣の町。

腕時計の時刻は午前10時半を回っていた。

緋黄寺ひおうじというお寺に来ていた。

「ここでいいのかな…?」

 一時間程度なら毎日通える程度。

とはいえお互いに都合がいろいろあるので来れる日になるべく行くようにした。

夏休みも無限ではない。

限りある時間をやり繰りしなければならない。

宿題もある。

それに月乃達との遊ぶ約束もある。

何も予定ない日はなるべくしてここに来るようにした。

本当は少しでもお店の手伝いもしたいのだが、親は快く快諾してくれる。

女になってから、やたらと待遇がいいのが少し良心が痛むこの頃。

「ええと…呼び鈴って…あるのかな?」

 門の前でちょろちょろする。

「あった、これだ…」

 押そうとした瞬間だった。

門の扉が開いた。

「どなたですか?」

「ひゃっ?!」

「ひゃ、ひゃい?!」

 突然扉が開いて声がしたので驚きてビクンと、体が勝手に動く。

いつもこんなのばっかりだ。

「び、びっくりした…」

 出てきた黒髪長髪の女の子。

丈の短いワンピースでなんか露出が高い。

背丈は緋瑪斗よりほんのちょっとだけ大きいくらい。

どことなくおとなしそうな感じがする。

しかもその女の子もなぜかびっくりしていた。


「あの俺、狗依緋瑪斗って言います…。あの~、ここ緋黄寺でいいですよね?」

「あ、はいそうですけど…もしかして琉嬉お姉ちゃんの言ってた方ですか…?(凄い…本当に赤い髪だ…)」

「琉嬉さんはいます?」

「あ、はい。いますよー」

 パタパタと門の先の玄関へ案内される。

箒を持っていたので掃除でもしてたのだろう。

自分と同じくらいの子なのに関心する。

「どうぞ」

「あ、どうも…」

「私は掃除があるので…琉嬉おねーちゃーん。狗依さんが来たよ~」

「ほーい」

 奥から琉嬉の声が聞こえた。

ちょこん、と出てきた琉嬉。

いつもと同じツインテール状の髪型。

露出の高いタンクトップにホットパンツ。

(お、女の子って夏だと凄い恰好するんだなぁ…。みんなそうなのかな?)

 今日の自分の姿を確認する。

男の時の動きやすいハーフパンツに、上は変哲もないTシャツ。

一応動きやすいようなジャージなどは持ってきている。

「琉嬉姉ーどうしたの?」

 別の部屋からちょこっとだけ覗いてる顔。

「え、あれ?」

 さっき見た顔と同じ顔だった。

だが全身が出てくると、服装が違った。

七分丈のパンツスタイルにTシャツ。

「??あれ?さっき外にいませんでしたっけ?もう着替えたとか?」

「…ほへ?あたしはずっと中にいたけど…」

「もしかして莉音と紫音ごっちゃになってるんじゃないか?」

「へ?」


 つまりは、先ほど外で掃除してた子とい今家の中に居た子は、双子。

(似すぎだろう…双子ってここまで同じ顔なのか…?)

「あー、こいつらね。双子なんだ。こっちは紫音しのん

顔は元より、髪型身長体格までまったく同じだからね…。

姿だけならまったく見分けつかないんだけど、性格だけはまるっきり逆だから」

「へ、へぇ…」

「ねぇねぇ、琉嬉姉、この人誰?彼氏?」

「あほか。緋瑪斗は女の子だよ。今はね」

「え?女の子?」

「あ、あはは…」

 目の前に紫音が来る。

まじまじと睨むように見る。

視線が恥ずかしい。

「あの…何か?」

「ふぅん……。背はあたしよりちょっと小さいけど…胸は大きいし、たしかに女だね。

最初帽子被ってたし、男の子が来たのかと思っちゃった」

「まぁ…いろいろあって…(元が男と考えたらちょっと複雑…)」

 琉嬉も緋瑪斗の姿を見直す。

「んー、こう男っぽい恰好してたらすごくボーイッシュに見えるね。前会った時はもっと女らしい服装だったのに」

「はぁ…(元が男だしな)」

「うちの妹よりはまだましかな」

「妹さんがいるんですか?」

「うん。男みたいな」

「はぁ……そうなんですか…」

 男みたいな妹…って、どんな妹なんだと思った緋瑪斗であった。



「ごめんよ。うちの双子の莉音の方は何かと変な口聞くやつでね…」

「はは、うちの兄と似てますね。余計な事まで言って怒られたりとか」

「従姉妹なんだけどね。一時期一緒に住んでたから僕の妹みたいなもんだけど」

「へぇ、いいですね。いとこと一緒に住んでたなんて。

俺も玲華が従姉妹なんですけど、近くに住んでるんですけど一緒には住んだ事ないですね」

「あ、そうなんだ」

 などといとこ談義をしながらお寺の中を通って行く。

琉嬉に案内されるまま連れてこられた場所。

お寺の裏側の開けた場所。

駐車場は表側にあったので駐車場ではなさそうだ。

すぐ裏手は山なのか、急な崖みたいになってはいる。

しかしその丘の上も住宅が並んでいる。

「え、と…どこまで?」

「んー、もっとこっち。あんまり人に見られるのも困るから…彼方家やお弟子さん達が修行する所かな。

今はお弟子さん達もお盆前に実家に帰ってたりお休みもらって今日は休みみたいだけどね」

「しゅ、修行……?」

 漫画の中だけの話だけかと思っていた。

修行という名目の鍛え方。

「ま、小さい頃は僕もここでよく特訓したもんだね」

(……今も小さい…)

 決して口には出せない言葉。

どうみても琉嬉は小さい。

150cm程度の自分よりさらに背が低いのだから。


 辿り着いたのは道場みたいな大きめな建物。

本堂の方から続いてる眺めの廊下から続く建物だ。

ガラッと開けると、本堂と似た空間だ。

剣道とかやってそうな、板張りの道場っぽい。

今は誰もいない。

「おー、広い…」

「さて、緋瑪斗。僕もね、所詮は精進途中の身。教えれる事は限界あるけど」

「………」

「緋瑪斗。ちょっといい?」

「え?は、はい」

 琉嬉がゆっくりと左手を緋瑪斗の胸元の中央の方へ静かに置く。

「琉嬉さん?」

「ごめんよ」

 ぽわっと少しだけ暖かい感覚が胸のあたりから広がってくる。

ほんの30秒程度だろうか。

「おっけー。じゃ、やろうか」

「…??」

 琉嬉のこの行動が理解出来ないでいた。

何をやっていたのか?

さっぱり理解不能。

琉嬉自身は何か納得して進めていく。


「さて、先に動く前に準備運動をします」

「はい」

「体伸ばすよー」

 グイーッと琉嬉は自分の体を伸ばす。

座って足を開いたりして、ベターッと床に上半身がくっつく。

「や、柔らかいですね…」

「柔軟体操ってやつ。ほら、緋瑪斗も」

「あ、はい」

 緋瑪斗も真似してやるが、琉嬉のように全然曲がらない。

「いだだだ…」

「だいじょーぶ?」

 と言いつつ、緋瑪斗の背中を強引に押す。

緋瑪斗は悲鳴を上げながらも体を伸ばしていく。


「まずは打撃の型だね」

「はい」

 打撃の練習。

こんな攻撃の動きなんぞやった事ない。

見よう見真似でやってみる。

「腰の動きが悪いなー、もっとこう」

 シュバッと音が聞こえるくらい琉嬉の動きにはキレがあった。

ただの正拳突き。

それでも動きが違うのは自分でも理解している。

「おお」

「どれどれ…」

 後ろに回って、細かく指示をしながら動作に移る。


 いわゆる、彼方家に伝わる武術の型だという。

一定の動きなど、基本的な動作はある。

琉嬉は人通りの基礎は身に付けている。

それ以上の動きはほぼ独学の術だという。

「まずは基本だね。これほんと。勉強もスポーツも一緒。基本がなってないと奥深い物は得られません」

「そうですね…」

 言われた通りに動いてはみるが、なんとなくカチコチで動きが硬い。

「ほれほれ、もう少し」

「はぁい…」


 ちょっとだけの基本的な動きだけでバテ始める。

「もうギブアップ?」

「はぁはぁ…すみません…。俺、運動からっきしで…」

「ふむー。まずは体力だよね」

「体力…ですか?」

「体力の前にも筋力も足りないよね~」

 緋瑪斗の腕を掴んで少し揉む。

「あひゃ、何するんですかっ」

「んー、細いよね。普通に。男の時もこんなんだった?」

「…あ、まぁ…そうですね。兄に比べて痩せてて…」

「ふーぅん…」

 掴んだ腕を離す琉嬉。

琉嬉の腕も十分細い。

しかし腕や足は細いのだが、しっかりしている。

小柄ながらもきっちりした筋肉がついてると分かるくらし、力強いのが掴まれただけで分かった。

「型や術を会得しても動ける体力ないとなんの意味もないからね。

ま、多少なりとも弱い力でも霊力でカバー出来るし。

さて次は肝心の…妖怪としての力を見せてもらおうかな」

「あ、はい…」


 焔一族の力。

火を操る妖術。

茜袮から受け継いでしまった焔一族としての、妖怪としての力を見せる。

「……えいっ」

 僅かながら右手から火が舞い上がる。

そしてすぐ消えてしまう。

「これが限界?」

「…まぁ、そうですね…。維持しようと思うと調整がきかなくって…たまに大きく燃え上がったりして…。

危うく部屋を燃やしそうになって」

「なるほど…。しかしこの真夏に火とか熱くてかなわないねー」

 シャツをパタパタ動かして、汗を拭う。

(……あわわ)

「何?どうしたの?」

「いえ、別に…なんでもないです!続きやりましょ!」

「…ねえ、もしかして僕の事…意識してる?」

「へっ?!いや、そんな訳じゃぁ…」

「……怪しい。ま、中身は男だし、しゃあないよね」

「はぁ…」

 押されっぱなしの緋瑪斗。

「でも僕みたいな体よりさ、もっとこう、胸が大きくて背も高くて綺麗な人の方がいいよね?」

「な、何のコトですか…」

「ほら、一緒にいた、なんだっけ。月乃って子と玲華って子」

「玲華はただのいとこで…月乃はただの幼馴染です」

「ふーん…」

 普段からジト目な琉嬉の目つきがさらにジト目になる。

「…ささ、次教えてください…」

 真っ赤にしながらも先へ進もうとする。

こういう話は苦手だ。



 大まかに火を操る、術の使い方を教わる。

妖怪の力といえども、退魔師として生きてる琉嬉にとっては霊術とおそらく似たような感覚で使えるのだろうとの事。

よく意味が分からないでいるが、そういう世界なのかという事で無理矢理納得させる。

「はぁ……疲れた…」

「大丈夫?」

「はい…なんとか」

「僕は暑さでやばいけどね…」

 修行場は冷房なんぞついていない。

本堂の方はあるのだが。

ジメジメしてて厳しい。

「…もしかして緋瑪斗、暑さに強い?」

「いえ、そんな事はないと思うんですけど…」

「……うーん。その割には暑さにやられてるようには見えないんだよなぁ…」

「え?そうですか?」

 琉嬉は既に汗だくでぐったりしかかっていた。

一時間程しか動いていないのに、大量の汗。

この後が思いやられる。

(…暑さに強い…のかな?よくわかんないや…)

 暑いのは通常通り感じる。

しかしよくよく考えてみれば去年に比べるとそこまで辛くないような気もしている。

「……どうなんでしょうね…。これも焔一族の力…?」

「火を操るんなら暑さに強くておかしくないかもね。うちの妹も氷とか操るけど暑さには弱いもん」

「そ、そうなんですか…?」

「そー。よし、一旦休憩にして昼飯食べてこようか」

 休憩を取り、午後に備える。

汗だくだ。

初日でこんなに辛いとは思ってなかった。

基礎ばっかり。

勿論、最初から強くなれるとは思わない。

こういうのを繰り返し繰り返し、時間をかけて上達していくものだ。


 昼食後。

琉嬉は双子と一緒に緋瑪斗と外に出ていた。

日蔭の当たる場所。

すると丁度出払っていた琉嬉と双子姉妹の祖父にあたる、彼方炎良かなた えんらが通りかかる。

「おー、琉嬉。今日もお友達連れか?」

「んーそうだね」

「あ、どうも、初めまして…。狗依緋瑪斗です」

「ふむ、変わったお名前だなぁ。緋瑪斗君か。いや、緋瑪斗ちゃんか?」

「んもー、じいちゃん失礼だよ?女の子ですよ。ねー?」

 おとなしい方の莉音が緋瑪斗に話をかける。

「え、ええ、まあ…はは」

 小声で琉嬉に囁く。

「あの、琉嬉さん…俺の事、家族の人には言ってないんですか?」

「そういや言ってないねぇ。言った方がいい?」

「…うーん…広めてほしくないのはありますが…でもちょっと…」

 緋瑪斗の事は通う学校や住んでる家の近所の人には知れ渡っている。

だが見知らぬ土地で言うのも少し怖いものがある。

「いずれ分かる事だとは思うけど…」

 そう言うと琉嬉は動き出した。

「どこいくの?琉嬉姉?」

「資料室」



 そう言われてやってきたのは資料室とされる書庫。

部屋ひとつを丸ごと書物で埋もれている。

その中の奥にパソコンが置いてある。

「凄いですね…でもなんか似つかわしくないパソコンがありますけど…」

 紫音がパソコンを立ち上げながら言う。

「これはですね、うちと関わった妖の記録を取った資料のデータを作る物です。

簡単にコピペの嵐ですけどね」

 画面が映る。

起動が早い。

どうやら新しい機種のパソコンのようだ。

緋瑪斗はパソコンはそこまで詳しくないが、現行のタイプなどはさすがに知っている。

よくみると今年の春ごろに出たばっかりのタイプのようだ。

「へぇ…そうなんですか」

「現代はデータ化社会なのですよ。緋瑪斗君」

 琉嬉がなんだか偉そうに見える。

「…たしかに…今や電子世界ですもんね…」

「我々退魔師や祓い屋稼業も時代に乗って行かないとな」

 ぬっと入ってきたのは先ほどの祖父の炎良。

「じいちゃん、焔一族についての資料ってあるのかな?」

「さぁなぁ。俺も全部目を通した訳じゃないし。それに一度でも接触があれば何か残ってるとは思うんだが」

(……茜袮さん…今頃何やってるんだろ…。俺を助けたのに…)


 手がかりになりそうなのはない。

「ねぇなあ。種類事に整理整頓されてねえもんなぁ。今度弟子達にやらせるか」

「データ化も完了してないんでしょ?」

「そうだな」

「…お盆過ぎたら暇な時期来るでしょ?その時にもでやればー?」

 他人事のように言う紫音。

「そう言った本人がやらないとね?おじいちゃん?」

 莉音も言う。

「う、そ、そうか……そうだな…」

 顔がとろけるような表情になる。

「孫が可愛くてしゃーないんだよあのじじいは」

 呆れた言い方する琉嬉。

「はぁ…(そういやじいちゃんとばあちゃんにまだ会ってないな…。何言われるんだろ…)


 緋瑪斗も混ざっていろいろと探し回っている。

奥の方へ行くと、まだ何も触っていない本棚がある。

「わっぷ…埃が…」

「掃除もしてないよね。やれやれ…」

「琉嬉さん…これ」

「ん?」

 緋瑪斗がみつけたひとつの本。

タイトルも何も書いていない。

「それがどうかした?」

「……」

 緋瑪斗は無言のまま、なぜかその本に惹かれ、手に取ってしまった。

パラパラめくる。

難しいような事を書いている。

文章は今とは違う、文字も達筆で何を書いてるのか分かりにくい。

「緋瑪斗?」

「…何書いてるかわかりませぇ~ん」

 ガクッと項垂れる琉嬉。

「わかんないならなぜ読んだんだよ…まったく……。これって…じーちゃーん…」



 緋瑪斗がなぜか手に取った本。

琉嬉もそれが気になり、なんとか読みやすいように翻訳してもらおうとした。

前の数ページは達筆すぎて現代人の琉嬉らには読むのは難しい。

しかしそれ以降のページには何を書いてるのか解からない。

真っ白のページが延々と続いている。

「何この本?何も書かれてないよ?」

 紫音が緋瑪斗の後ろから体を乗り出して一緒になってみている。

「あ、あの…」

「んー?気にしない気にしない~」

 かすかに背中にあたる胸の感触が気になる。

だが言葉には出来ない。

(…女同士だったらこうもくっつくものなのか…?)

 困惑するしかなかった。


「他にも同じような本ある?」

「いや、ないよ琉嬉お姉ちゃん」

「そっか」

 何かに気づいた様子の琉嬉。

「あれと同じか…ふむふむ」

 ブツブツ言う。

何か分かったようだ。

「あの、琉嬉さん?」

「ちょっとごめん」

 緋瑪斗の手から本を奪い取る。

そして何も書いてないページを開き、目をつぶって集中する。

「…?何をしてるんです?」

 またもや緋瑪斗には理解出来ない行動。

双子姉妹は黙って見ている。

しばらくすると、琉嬉の手が光だし、本の真っ白いなページが何か文字が浮き出てきた。

「わっ?何コレ?!」

「おー」

「こういう仕組か…。これ、前もあったなぁ…そういや」

「前も?」

「いや、こっちの話。我々術者の中にはこういう記録を残してる人も多い。

だけど、特定の者だけにしか見せないようにしてる書物もあるんだってさ」

 目が点になる。

次々と出てくる普通とは違う世界観に、驚いてばっかり。

「ほほぅ、こういう仕組みか」

 炎良が関心しながら言う。

「じーちゃん…別に知らない訳じゃないでしょう?」

「ははは、単純に気づかなかっただけかな」

 笑って誤魔化しながら出ていく。

「やれやれ」


「しかし…字が出てきても…読めないな」

 そう。

最初の方に書かれてる文字と同じで、ほぼ読めないような文字。

日本語なのは間違いないのだが。

漢字が使われてるしひらかなっぽいのも確認出来るが、正直分かりにくい。

「さて…どうしよっか」

「読める人とかいないんでしょうか?」

「じいちゃんだって現代人だし、読めそうにもないけどなぁ…一応聞いてみるかー」


 書物については炎良に預けて、読める者に預けるという。

他にも似たような本を探したがそれらしいのは他には無かった。

資料室から出て、午後から特訓の続きを開始する。

すっかり昼食もご馳走になった緋瑪斗。

頑張ってるつもりだが、体が動いていけず、転んだりしてた。

「……一日で覚えれるものじゃないしね。時間かけてやらないと」

「はい…」

 肩で息をしている。

「じゃ、最後に…霊力のコントロールだね」

「霊力…?」

「そ。妖怪であれば妖力とでも言うのかな?結局同じなんだけど」

「はぁ…」

 あれこれ琉嬉はいろいろ説明する。

理屈的な事は理解出来ても体は思うように動いてくれない。

「とにかく、集中だね。RPGで言えばMPみたいなもんさ」

「ゲームですか…」

「ゲームだと思えばいいんじゃない?」

「そんな無茶な…」

「だよね~」

 クスッと笑う琉嬉。

あまり見せない笑顔が緋瑪斗は一瞬可愛いと思ってしまう。

(いかんいかん…何考えてるんだ俺は)

「んじゃ、続き…」


 この日は夕刻の5時頃まで特訓は続いた。

くたくたになる緋瑪斗。

動いたり微動だにしなかったり、いろいろやらされた。

(こりゃ筋肉痛避けられないな…)

「大丈夫?」

「あ、いえ、大丈夫…です」

「次はいつ出来そう?」

「お盆過ぎくらいですかね…。あとは夜中は少し出来ると思いますが…」

「お盆過ぎねー。お盆なら僕もお寺にずっといるんだけどな~」

「うちの家族がお父さんの実家の方へ行くんで…さすがについて行かないと」

「だよね」

 何かと暇そうに見えて暇ではない。

学生とはそんなものだ。

「さて、帰ろうかな。どうする?お風呂入っていく?どうせ外出たらまた汗かいちゃうかもしれないけど」

「いえ、お風呂までそんな…」

「いーじゃんいーじゃん。入ろうよ。ウチのお風呂は大きいんだよ~?」

「いや、その…俺は…」

「一緒に入りましょう?」

 双子姉妹に唆される。

「あの……さすがに一緒には…」

「えー?なんでー?」

 抱きつくよう体に触れてくる紫音。

服装で判断して莉音。

自分の事は何も話していない。

無邪気にくっついてくる女の子にドキドキしてしまう。

「コラコラ、緋瑪斗が困ってるだろ。ま、今日はおとなしく帰ろうか」

「えー」

「えー」

 声が綺麗にハモる…というよりどっちも同じ声質なので単なるステレオで聞こえた。

「帰っちゃうの~?」

「当たり前だろ。いろいろ予定あるんだし、緋瑪斗にも予定があるの」

「そ、そうなんだよ…ごめん」

「ちぇー。次来る時は來魅ちゃんも悠飛も連れてきてね」

「遊びじゃないんだけどね…」




 二人は駅に居た。

緋黄寺があるのは鞍光の隣の利頓町という小さな町。

そこから帰るまでに電車の中で一時間以上揺られなければならない。

特急や急行車で行けば多少早いのだろうが、肝心な降りる駅で止まってくれない。

それに本数が少ないし料金が違う。

結局は普通車になる。

「でも良かったよ、家も近くて。帰り一緒だもんね」

「は、はい…そうですね」

 電車の駅でもひとつしか変わらない。

家が近くても学校も違えば、住んでる市も違う。

近くても環境は大分異なるのである。

「緋瑪斗、明日は何やってるの?」

「…その友人達と遊びに…」

「そう」

 そして会話が止まる。

どうもそれ以降の会話が弾まない。

自分から話しかけてくれたと思えば、広がりを見せない。

調子が狂うとはこの事だ。

「……あの、琉嬉さん」

「なーに?」

 スマホをいじりながら返事する。

「最近、変なのが一層に良く視えるようになるんです…」

「んー」

 スマホいじりをやめる。

そしてゆっくりと緋瑪斗の顔に目線を向けた。

「……え、と…」

 オドオドしだす緋瑪斗に対して琉嬉は低めの声で喋りだした。

「緋瑪斗。君は、覚悟はあるのかい?」

「か、覚悟…?」

「そう。焔一族の里を目指すのであれば、いずれ何かしらの妖怪と相見えた時……、

戦いになるかもしれないよ?」

「………戦い……」

 そうなれば、怖い。

そう。

男達に囲まれたのは怖かった。

しかし、あの時の、茜袮と何かの妖怪が戦ってた日。

あんな悲惨な光景になってしまうのかもしれない。

緋瑪斗は顔を下に向け俯く。

(…無理もないか。元々なんでもない普通の人間だったから)

「大丈夫です。焔一族の里に…目指したからには目指す訳です」

「………へ?」

 急に顔を上げて力強く拳を天に掲げるようなポーズを取る。

一瞬見せた不安そうな顔が今は自信に満ち溢れたような顔になる。

唐突の言葉に琉嬉は呆気にとられた。

「今まで、のほほーんと生きてたんだけど、今はそうも言ってられないから…」

「元に戻るため?」

「……それもありますけど…茜袮さんにもう一度会いたいから。それと……」

「それと?」

「俺をこの体にしたケジメを付けに行きたい」

 その顔は、どこか頼りがいのありそうな表情だった。

「ふむ……」

 腰に手を当てて体勢を変える。

「…プフッ」

 そして笑いが堪えれなかった。

「え?なんで笑ってるんですか?」

「あはは、いや、別に……。フフフ、午前中と真逆な表情してるからつい…」

「えー、なんですそれ?」

(…結局、真っ直ぐで前向きな考えは男らしいな…。ちょっとだけ羨ましい)

 


 ガタンガタン揺られる電車の中。

体を動かしたせいか、眠気が出てくる。

「緋瑪斗ー、寝たら寝過すよ?」

「へ?あ…今どこですか?」

「鞍光西。次で乗り換え」

「あ、はい…」

 時刻は6時半。

一本の電車では行けないため、鞍光駅で乗り換えとなる。

乗ってる時間は1時間くらいなのだが、なんだかんだで1時間以上の時間の余裕考えないといけない。

ちょっと、遠い。

「毎日悠飛は頑張って通ってるんだなー、凄いな」

「ゆうひ?」

「ああ、うちの妹」

「…高校生ですか?」

「いんや、中学生。もう中3。双子と同じ」

「はぁ…」

 という事は、緋瑪斗の一つ下の学年となる。

お寺に居た時も、双子の学年は聞いてなかった。

てっきり同じかと思ってたくらいだ。

「でもさ、もう中学最後なんだし、引っ越ししても学校変えたくないからそのまま通ってる」

「へぇ…遠いのに…」

「ねぇ、それよりさ?緋瑪斗君」

「あ、はい?」

 少し真剣な眼差しで緋瑪斗の目を見る。

「僕は男の時の緋瑪斗を知らない。写真でしか見た事ないし、今は女だ」

「…はい。そうですね」

「やっぱり女になったら男を好きになるの?」

「…そ、そ、そんな訳ないじゃないですか!心は男のままなんですから!」

 凄く強く否定する。

手をブンブン振りながら。

「ほら、漫画とかでさ、性転換したら元が男でも女の快楽に溺れちゃうとか…」

「ないないないない!それはないです!男に触られるのは気持ち悪いですもん!」

 車内で大きな声を出す。

「緋瑪斗、声がデカい」

「あ、すみません」


「あんまり大きな声で言うと誤解されちゃうな…」

「すみません…」

 あまりにも大きな慌てように琉嬉も驚いてしまった。

「あの、たしかに元々男らしくはないような性格ではありましたけど…男が好きとかはありませんから…」

「はは、ごめんごめん。変なコト聞いちゃって。でもやっぱりそういうの気になるじゃん?」

「…分かります。友人もよく言ってくるし…」

 力が抜けたように姿勢が崩れる緋瑪斗。

そんな話ばっかりで相当応えてるようだ。

「じゃあ女の子が好きなんだ」

「……ま、まあ…そうですよ…そりゃ…。俺、心は男なんですから…」

「ふふ、また誤解招きそうな話だな」

「………」

 どう見ても女の子の姿で女が好きと言うとあらぬ誤解が招きそうである。

そんな風に考えたら顔を赤くして俯いてしまう。

「ごめんごめん、緋瑪斗」

「はい…」

 頭をなでなでする琉嬉。

「あ、あの…子供じゃないですから…」

「え?これは失礼。つい」

(子供扱いされたーっ!)

 子供扱いにガッカリする緋瑪斗。

「ね?緋瑪斗」

「ひゃいっ?!」

「そんなに驚く事ないでしょー?」

 むくれた顔する琉嬉。

「ご、ごめんなさい…」

「んー、まずは驚いてばっかりいる度胸の弱さも鍛えないとね。気の弱い莉音と一緒にだな」

「ええぇぇ……」



 琉嬉は途中の駅で降りた。

緋瑪斗はもうひとつ先の駅で降りる。

こんだけ家が近いのに、なかなか会えない現実。

(……同じ学校だったらなぁ…)

 緋瑪斗が通う北神居高校は、北神居町に住む半分くらいの子供達が通う。

緋瑪斗らも近いという理由で北神居高校に入学した。

また学区違いなどいろいろあるので、市外の学校に通うのも何かと不都合もあるからだ。


「お、あれ狗依って子じゃね?」

「ほんとだー」

 自分の苗字を呼ぶ声が聞こえる。

声の方を向くと、知らない顔の女子だった。

ちょっとヤンキー崩れ風というかギャル風というか。

顔見知りでもない人間になぜか知れ渡ってる。

(…面倒な…)

「なあなあ、あんた、あれだろ?男から女になったって噂の?」

「…だったらなんですか?」

 面倒そうに返事する。

「うっはー。赤い髪ー。何コレ?染めてるの?」

「ウチらでもこんなのしないよなー?」

「いろいろあって…地毛です」

「嘘だぁ?触っていい?」

「……いいですけど」

 おとなしく触らせる。

色が違うからって、別に触り心地も何も普通の髪と変わらない。

「本当に赤いよー?マジでー?」

「なんでなんでー?」

「なんでって言われても……地毛だから…」

「何?何?ハーフとかなんか?」

 一瞬ドキッとした。

ハーフ…ではない。

どっちかというと、妖怪とのハーフみたいなものだ。

琉嬉との会話で、依然に人間の特徴と妖怪の特徴を持つ半妖という存在の者がこの世にはいると聞いた。

先天性の者と、後天性の者。

緋瑪斗の場合は珍しい後天性タイプだ。

先天性の方が圧倒的に多いのである。

「でもなんかあれだよね、ちっちゃくて可愛いよね?」

「本当に男だったの?どうみても女の子じゃん?」

「ねぇねぇ、体触って確かめてもいい?」

(なんでだよ…コイツらもあの男子生徒と同じかよ…)

 どうしてもそういう話に持って行こうとするようだ。

男女とも関係なく。

月乃や母親もそうだった。

「ねーだめー?」

「奢るからさぁ~?」

(うるさいなぁ…)

 無駄に声がデカい。

わざと言ってるのだろうか。

疲れた体に余計に響く。

「おーい、何やってんだよー?」

 今度は男の声。

二人組。

チャラい…が、多分同じ高校生。

女の方からの会話内容からすると同じ学校なのは間違いないようだが。

「おっそーい」

 女と待ち合わせでもしてたのだろうか。

「お、何?もう一人女の子…って……あれ…」

 男の顔が凍り付く。

「お、お前…狗依か?」

「…え?」

「おい、お前ら、コイツにちょっかい出すのやめろ」

「えー?なんでぇ?」

「知らねえのか?コイツに手を出したら、あの三島竜ってやつと山下ってやつが…ぶっ飛ばしにくるらしいぞ?」

「えー?なにそれー?何の事?」

「それどころか、クラスの男子がほとんど来て、上級生と乱闘になったらしいぞ…?」

「…本当なのそれ?」

 さすがに女の方も少し驚きの表情。

「……や、あれは…ちょっと…」

 なんか恥ずかしくなる。

自分のせいとはいえ、クラスの半分が謹慎処分になったのだ。

学校始まって以来の大惨事だったらしい。

「そんなの学校だからでしょ?」

「そうだよー」

「まあ、そうだよな…?今から俺らと一緒に遊ばねぇ?」

 なぜか誘われる。

多分ろくな遊びじゃないだろうが。

「いや、遠慮します。早く帰らないと」

「えー、いーじゃん?」

「おい、やめとけと…」

 男の片割れがやめろと言う。

「ケータイ持ってんじゃん。強引に誘ったりした…三島とか呼ばれるんじゃね?」

「え?マジ?」

「だってよ…コイツの兄貴も…なんかやべえみたいじゃん?鬼のように強かったって…」

 緋瑪斗は咄嗟に、デタラメめいた事を思いついた。

「うん。そうだよ。これから竜達を呼ぼうと思ってたから。多分アイツの事だから、マッハで来るよ。

俺らの事だったらすぐ駆けつけるし……もし何かすれば…」

「う…」

 男達がうろたえる。

「なに?それ脅し?」

 だが、女の方は動じない。

あの惨状を知らないからだ。

「いいから、放っておけよ…俺らもボコボコにされたくないからな…」

 女共を無理矢理引っ張って行くように緋瑪斗から離れていく。


「はぁ…良かった…」

 スマホの画面を出す。

一応、電話帳を開いていつでも竜に連絡取れるような形を取ってはいた。

なんとかややこしそうな場面からは切り抜けた。

「…なんか竜達に守られてるような気がして駄目だな…。もっとハッキリと断るような意志力も持たないと…」

 元から、気がそんなに強い訳でもなく、腕っぷしもからっきし。

そんな弱い人生を営んでいた。


 竜みたいに、体格が良くて腕っぷしも強い訳でもなく、

昇太郎みたいに、冷静沈着に物事を捉えれる訳でもなく、

月乃みたいに、ハッキリシャキシャキと意志を伝えれる訳でもなく、

玲華みたいに、機転の利く頭脳の回転力もなく、

琉嬉みたいな人間離れした能力を持ってる訳でもない、中途半端な半妖。

周りの人間と比べてしまう。

みんなに比べて自分はなんて弱いんだろう…と。

気持ちが沈みかける…。

「……とっとと帰ろう」



「ただいまー」

「お帰り、ヒメ兄」

「あれ、稔紀理。他の人は?」

 ふと時計を見ると、夜7時を少し過ぎたくらいだった。

「父さんはお店ー。母さんは何か買い忘れた物あるからって近くのスーパー。ゆき兄は遊び行ってまだ帰ってきてないよ」

「そっか。先にシャワーでも浴びるかな」

「いってらっしゃいー」


 脱衣所に入ると、はぁ…と小さくため息をついた。

何も考えずにTシャツを脱ぐ。

出てくるのはほどよくいい大きさの胸。

ブラの締め付けがいまだに慣れない。

(……相変わらず貧相な腕だな…)

 大きな鏡で自分の全身を見ての感想。

(…にしても、俺、やっぱ女だなぁ……。強くなれるのかな?)

 今日から始まった特訓。

毎日のように琉嬉と一緒に特訓が出来ないが、琉嬉に渡された家でも出来る修行メニューの内容を思い出す。

出来る限り、少しでもランニングして体力の向上。

攻撃の型の練習。

そして集中して妖怪の力としての、火を操る力を身に着ける練習。

習うのは、彼方家に伝わる武術「彼方式霊武術」の型だという。

彼方家の弟子達も習ってるそうで、実際使い手は多いらしい。

特に凄いのは彼方家の人間は基本の彼方式の他の武術も組み合わせて自分の得意分野を広げてるそうだ。

琉嬉は独自の御札を使った術を使うらしい。

なんだか言ってる意味が良く分からなく、理解出来てない緋瑪斗。

(…とりあえず、とりあえず基礎さえ覚えれば…なんとか…なるよね?)

 なんだかんだで前向きに考えが向かうのは緋瑪斗のいいところだ。




 翌日の朝だった。

「うぎぎぎ…か、体が……動かない…。痛い…」

 ベッドからドタッと、ずり落ちる。

「なんだなんだ?変な音したぞ?大丈夫かヒメー?」

 隣の部屋まで音が響いたようで、驚いた佑稀弥がドアをドンドン鳴らしながら心配している。

「ごめん、ベッドから落ちただけだから…大丈夫ー」

「ほんとかー?驚かせるなよー」

「うーん。ごめん、本当に大丈夫だからー。(…あはは、動きにくい…)」

 一気に年寄りにでもなったような、ゆっくりな動き。

つまり、筋肉痛である。

その兆候は出ていた。

寝る時には既に痛みは出ていたが、大した気にはしてなかったようだ。

朝起きたらかなりの痛みになっていた。

(……ちゃんと動いた後にケアしなかったからかな…?…10代だからって無理しちゃダメだよね…)

 深く反省した緋瑪斗であった。




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