第11話 強くなるという事を今、決めた。
日差しが暑い。
どうしてこういう日に限って天気が良いのだろう。
緋瑪斗は地球の環境に恨みを覚えた。
やりたくない水泳の授業。
サボればいい……という話もあるがそういう訳にも行かない世の常。
学生達は厳しいのだ。
(憂鬱だ……)
待ちに待った…訳ではない水泳の授業の時間が来た。
学校に備え付けのプールへ移動する生徒達。
「ヒメ!なんで竜達と一緒に行こうとするの!」
早速月乃が大声を出して緋瑪斗を引っ張って行く。
「ああ、月乃…ごめん」
「まったく…」
「じゃ、後でなー」
「うん…」
これまでの生活してた人付き合いは変えようがない。
慣れというか体に染みついてるというのか。
今までの生活習慣を変えるというのは難儀な物である。
「…ねえ、月乃。もしかして一緒に着替えないと駄目なのかな?」
「当たり前じゃない」
「……それはさすがに…」
「え、前の宿泊研修でお風呂入ったのに?」
「あれは…」
思い出すと恥ずかしくなる。
月乃達の裸の姿を思い浮かべてしまう。
「あああ……お、俺は別の所で着替えてくるから!」
「あ、ちょっと…ヒメー!」
制止を振りほどいて、緋瑪斗は走ってどこかへ行ってしまった。
「おーし、お前らー準備は出来たかー?」
体育担当の教師が出てくる。
男女は別々に分かれて担当の教師がついてはいるが、結局は同じプール。
同じタイミングでやるものだから合同みたいなものだ。
「先生ー、狗依君がいませーん」
「何?さっきまではいたんだろ?」
「あれ…ヒメ?何やってんだろ…?」
月乃がキョロキョロと見回すがいない。
少しざわついた所で、ガチャと扉が開く音がした。
「あ、あのー…すみません…」
緋瑪斗だった。
しかし恰好はジャージ姿。
「ヒメ?なんでジャージなの?」
「あ、いや…トイレで着替えてきたから…さすがに校舎内を移動する時水着姿のままじゃさ。今脱ぐよ」
「そう、それなら仕方ないっか」
緋瑪斗が入ってきた途端男子の方もざわつく。
「お、緋瑪斗じゃん」
「なんでジャージなんだろ?見学かな?」
「いや、違うぞ…見ろよ」
などと、声が聞こえてくる。
なんだかやらしい言い方だ。
急いでジャージを脱ぐ緋瑪斗。
「おー!」
男女共、歓声が沸き上がる。
「え?何?」
盛り上がる状況に緋瑪斗は困惑する。
何が起きたのか分からない。
「緋瑪斗君スタイルいいねー、無駄なお肉なくて」
「本当ー」
見事たなプロポーションを見せつける緋瑪斗。
しかし本人はそんな事を考えてる訳もなく、しかも顔を赤くしている。
(…く、は、は、恥ずかしい…なんで女の水着ってこうもピッチリしてるんだろ?)
ようやく授業が開始される。
月乃は運動神経がいいので、勿論泳ぎも出来る。
緋瑪斗はからっきし。
泳ぎという泳ぎも出来ない。
手取り足取り月乃が付きっきりで緋瑪斗に教えている。
「あーあ、オレらも緋瑪斗と一緒に泳ぎたいよな」
「それは夏休みに叶えれるからいいんじゃない?」
ザバッと竜の目の前から急に現れる昇太郎。
意外と活発に泳げるようだ。
「うお、昇太郎か…脅かすなよ」
「脅かしてるつもりはないんだけどね。そんなに緋瑪斗と一緒にいたいの?」
「お、おう…」
「ふむ……」
昇太郎も女子の方を見る。
あちらの方が華やかで黄色い声が凄い。
こちらはなんか暑苦しい。
「さぞや緋瑪斗はいい思いでもしてるんだろうなぁ…いいなぁ」
「そうとも言えないかもよ?」
「…は?」
すっかり女子の輪に入っている緋瑪斗だが、表情は何かと辛そうだ。
「ま、ダントツに可愛いけどね」
「そうだろ?お前も隅におけねえなぁ」
「やれやれ」
「ぷはっ……はあはあ…なかなか上手くいかないな…」
しんどそうに水面から顔をあげる緋瑪斗。
でも先程よりは上達の兆しを見せている。
「今度海行くんでしょ?今のうちに練習しとけば大丈夫だよっ」
「う、うん…(海か…やーな予感するんだけどね)」
また何か一波乱あるんではないだろうか?
そんな予感がしてならない。
きっとスムーズにはならないんだろうなと、予測していた。
「うーん…俺ってこんなに運動駄目だったんだな…。ゆき兄と同じ血引いてる筈なのにな」
「ゆき兄は別だよー。ヒメはヒメなんだし。一緒にしないの」
「んー、そうなんだけどさ…」
突然月乃は両手で緋瑪斗の両頬を挟む。
「うに…なにすんほ…」
「少しは前向きに考えなさいっ。「男」なんでしょ?」
「う……すみまへん…」
ぱっと離す。
突然の行動でびっくりする。
「ま、女の子だけどね」
「…どっちだよっ」
月乃の訳のわからない行動に疲労が出てくる。
途中から自由時間になる。
男子女子共にだ。
ただ、別々に仕切られている。
一緒に混ざる事は出来ないようだ。
「んー、緋瑪斗のスク水姿眩しいね~」
「変態っぽいよ、その言い方」
「うるっせぃ!」
「おー、狗依のやつ、すっかり女子だなー」
他の男子も竜と昇太郎に混ざって女子の方を眺める。
「こうみたら狗依って胸でかいなー」
「狗依といつも一緒にいる沢城も可愛くね?」
「そうそう、最近気づいたんだよ」
段々盛り上がってくる。
「なんだお前ら?今頃気づいたのか?オレらは小学校からの腐れ縁でよ…」
「竜、誰も聞いてないよ」
「んだとー?!」
毎回毎回騒がしい。
「華村も凄いよな。いろいろと」
「性格悪いけどな」
などとクラスの女子を品定めするように見ている。
その目線に気づく女子達。
「なんなのー男子達ー?せんせーい。男子達がサボってまーす」
「げっ、見つかった」
早速教師にどやされる竜達。
それを見て笑顔の月乃ら。
「……何やってんだあいつら…」
いったん休憩しようと、プールから上がる。
体育の時間は二時限分ぶっ続け。
時間はまだある。
ずっと泳ぎっぱなしも疲れる。
上がった途端に緋瑪斗を呼ぶ声。
「ちょっといいかしら?」
「はい?」
後ろから声をかけてきた女子。
華村だった。
「……え?」
「…ね?」
笑顔。
その笑顔の裏が怖い。
あまり人の来ない物陰になっている場所。
入口の裏側。
案外気づきにくい場所だ。
「あの、何かな…?」
ビクつくながらも質問する。
正直、華村の事は未だに慣れてないし、この前の夜の出来事がある。
必要以上に苦手。
「素敵ね。水着姿も」
「それは…どうも」
「………ふーん…」
ジロジロと緋瑪斗の水着姿を見る。
その目はなんだか怪しい。
「えーと、俺に何か用?」
あの時から華村の態度が激変している。
前は罵倒するかのように、嫌味を言ったりしてたのだが、今はまったくない。
むしろ…好意的に見てくる。
「ねえ、狗依。いえ、緋瑪斗」
「は、はい?(いきなり下の名前で呼び出した!?)」
「わ、私の事……憎んでる?」
「…へ?」
「だから、憎んでるの?って聞いてるの」
「憎んでるったって…別にそんな事はないよ…。もしかして俺が女になりたての頃の言ってるの?」
「…」
静かに頷く。
「あの時も言ったと思うけどさ…俺の事快く思ってない人もいるのもいるだろうし…そこは理解してるつもりなんだよ」
「そう…」
「そのために月乃と玲華以外の女子とは距離取ってるつもりだし…」
「緋瑪斗。あなたね、一応女なんだからあまり男と一緒に行動するのも駄目よ」
「…へ?なんで?」
「仲の良い人達もいつあなたを、「女」として見てしまうか…大変よ」
「………竜達が?」
あまり意識していなかった。
男同士としての友人関係だと思っている。
しかし華村の言葉が少し胸を締め付ける。
「……言われてみると…」
竜達だけじゃない。
クラスの男子達。
そして他のクラスや学年の生徒。
男子だけじゃない。
物珍しさもあって女子達からも変わった目で見られている。
無論、月乃と同じように容認して受け入れてる生徒もいるのも事実。
「ズバリ言うわ。緋瑪斗。あなたは女としては完璧の容姿。美少女よ!」
ビシッと指を差してキメる。
「は、はい…?」
「この私が認めるんだから……観念しなさい」
「い、意味が分かりませんが…?」
目が点になるという状態はこの時が正しいのだろうか。
自分自身の顔を今鏡で見てみたい。
どんだけ間抜けな表情をしてるのだろうと。
あの華村がまたとんでもない事を言い出したのだから。
「それともうひとつ忠告」
「…まだ何か?」
「あなた…体は女だけど心は変わってないのよね?」
「…そりゃ…そうだね。はっきり言って水着は超恥ずかしい。水着だけじゃない。
女子制服だって女性用の私服だって…女装してる気分なんだよ」
「ふぅん…」
なんか疑いの目。
「異性を感じるのはやっぱり女の子なの?」
「……え?」
「聞こえなかったのかしら?異性としてみるのはやっぱり女の子なの?って聞いてるの?」
怖いくらいの威圧感。
濡れた長い黒髪が揺れる。
よくあるヤンキーとかギャルっぽい女子より何か呪われそうでよっぽど怖い。
「異性って…、まあ、心は男のままだし…そりゃ、男を好きになる事は…ないよ」
「そう…よね」
納得はする。
「でも、このまま戻れなくって女として生きる事になったら…この先どうするの?」
「この先どうするったって……、何も考えてないな…」
考えてない。
というよりそこまでまだ考える余裕がなかった。
「やっぱり女の子を愛するのかしら?」
「んえ?」
思わず変な声が出てしまう。
またあの時の夜みたいに、華村が不用意に近づく。
「あの…華村さん。近い…」
「だって近づいているもの」
「いやしかし……」
胸の鼓動が強くなってくる。
お互い露出の高い水着の姿のまま。
「ヒメ~、どこにいったの~。ひーめとくーん」
「あら、仲の良いお友達の声が聞こえるわ」
「……月乃?」
「と、冗談はここまでにして、プールに戻りましょうか」
少しだけ微笑む。
その顔は可愛らしい。
さっきまでのキツイ表情とは全く違う。
冗談…などと言って先に戻る。
「あら、沢城さん。狗依クンならそこにいるわよ」
「あ、華村さん……ヒメがいるの?」
「ほら」
左手人差し指で示す方向。
緋瑪斗がヒョコッと姿を現す。
「ヒメ、どこにいたの?」
「いや、暑いから日蔭にでもって思って…」
頭を掻きながら出てくる緋瑪斗。
そしてすぐに髪をいじる仕草をする。
「だからってそんな人気のない所で」
「だって…他の人に見られるのが恥ずかしくって」
「まぁだそんな事言ってるの?いい加減慣れなさいって…」
「そんな事言われたって…」
「ちょっと沢城さん?」
「…何?」
華村が月乃を呼び止めるように声かけた。
「あまり無理強いは…よくないと思うわよ」
「……!」
華村とは思えないセリフ。
その瞬間、琉嬉に言われた言葉を思い出した。
華村は琉嬉と同じ発言。
「そんな事!分かってるよ!そんな事……分かってる…」
普段敵対してるせいか、思わず声を張り上げてしまう。
「ごめん……!」
華村をかわし、緋瑪斗の方へ向かう。
「行くよ、ヒメ」
緋瑪斗の手をしっかりと掴み、引っ張るようにプールへ戻る。
「わわ、月乃ちょっと…」
情けないような形になって緋瑪斗は連れていかれる。
「…やれやれね。私も他人の事を言える立場じゃないのに…何やってるんだか…」
ちょっとだけ波乱の休憩を終え、プールサイドの方へ戻った緋瑪斗達。
何事もなかったかのように華村も後から戻ってくる。
「おーし、休憩終わったかー。まったくお前達はいつも戻ってくるの遅いな」
「すみません…」
いつもいつも何かと厄介事に巻き込まれて遅くなってしまう。
前までこんな事はなかったのに。
少々気が参ってしまう。
「各自最後まで自由に…」
どうやら終わりまで自由のようだ。
水泳の授業はあと数回残っている。
こういった憂鬱な授業が続くとなると緋瑪斗は気持ちが沈む。
「はぁ…」
大きくため息をつく。
暑い日差しが暑く感じない。
それ程滅入っていた。
そして面倒事がまた起きた。
校舎の中の一部分が、大きな騒動になっていた。
「お前が悪いんだぜ?」
ちょっと悪ぶった感の男子生徒が月乃に向かって何か言っている。
相手は3人。
また厄介事のようだ。
「……」
「月乃!大丈夫?」
「大丈夫だから…」
月乃が壁にもたれかかって座りこんでいる。
頬が赤くなっている。
ぶたれたようだ。
「お前が悪いんだぜ?おー、いてえ…」
男子生徒は胸元を擦っている。
「な、何すんだよ!」
緋瑪斗が珍しく突っかかる。
でも凄みはない。
少し震えてるのが分かる。
「お?何?元々男だからって強く見せようって?」
「う、うるさいっ!」
「…ちっ、せっかく楽しい事しようと思ったのによ」
緋瑪斗の腕を掴む男子生徒。
「あっ、く…」
やはり力では敵わない。
あの力を使うか?
しかしこの状況では、かなりまずい。
火の力を使えば一気に打破出来るだろうがそんな事すると自分の体のもうひとつの秘密が知られてしまう。
どうすればいいのか?
「ちょっと、アンタ達何やってんの?」
割って入ってきたのはなんと華村だった。
「華村…さん?なんで?」
「まったく…沢城さんも大変ね。狗依の事で」
「な、何よ!それは私が勝手にやってるだけであって…」
「分かってるわよ。でもだからってこんな奴らと喧嘩する事はないって話」
「あぁ?なんだ?お前?」
「私?私は緋瑪斗の味方」
「え?」
緋瑪斗と月乃がびっくりする。
でも状況は非常にまずい。
相手は自分らより数段強くて大きい男子だ。
華村はおもいっきり男子生徒にビンタをする。
「ってぇ…女だからって容赦しねえぞ?!」
男子は華村にビンタをやり返す。
力の差は歴然だ。
華村の方が吹っ飛ばされるように見えるくらい、よろける。
「華村さん!」
「…やったわね…」
「なんで俺や月乃のために…」
「女だからって舐められるのは…許せないのよね」
「……華村さん」
「男が女に敵う訳ねえーだろ?」
事が進んでいく状況に何もできずにいる緋瑪斗。
(なんでこんな事になったんだろう…?)
事の発端は昼休みだった。
水泳の授業を午前中に終え、疲れた体を癒すにはいい日差し。
外で昼食をとって校舎に戻る所だった。
緋瑪斗と月乃は竜達と別々に戻っていた最中だった。
途中で学年上の不良達に絡まれた。
勿論、緋瑪斗についてだ。
物珍しい存在の緋瑪斗に対してちょっかいだしてきた。
以前琉嬉達にぶちのめされた連中は一切手を出してこなくなったが、また別の学園のグループがいる。
そんな面倒な連中に目をつけられた。
それはまたこの前の連中と同ように緋瑪斗に興味を持って近寄ってきたから。
元が男だという緋瑪斗に対して本当なのかどうかという、馬鹿げた内容。
月乃が緋瑪斗を守ろうとしてキレたから、現状のような事になった。
どうやら思わず月乃が全力で緋瑪斗に手を出そうとした生徒を突き飛ばしたらしい。
そして今は、華村まで巻き込んでしまった。
(なんでだ、なんで…全部俺のせいじゃんか……。なんでだよ…)
凄く、悲しくなってくる。
うっすらと目には涙が出てくる。
胸の鼓動が、辛い。
「ちっ、つまんねーなぁ。こいつらも一緒にやっちまうか?」
「なっ?!」
華村の腕も掴む。
(どうしよう……このままじゃ…)
「ヒメじゃねえか?どうしたんだ?」
「……ゆき兄?」
「ん?なんで泣いてんだ?それに月乃に…ん?」
偶然近くを通りかかった佑稀弥。
緋瑪斗以外の女子が頬を赤くしているのに気づく。
「……なる程なぁ…コイツらにやられたって事か」
状況をすぐ判断する。
理解が早い。
「ああ?誰だてめぇ?」
「…誰だじゃねえだろ?オレは緋瑪斗の兄だが?」
「え?じゃあ…この男女の兄弟か?」
「ヒメをバカにすんじゃねえよ?お?」
「やんのかこら?」
「ちょ、ゆき兄まで…」
すぐさま取っ組み合いになる。
意外とケンカっ早い佑稀弥。
もみくちゃになる。
「わぁー、やばいどうしようこれ…!」
「緋瑪斗君、竜達も呼んだわ」
「へ?なんで玲華がここに?」
「教室に戻ってこないっていうから心配したのよ。そしたらこの結果よね」
冷静に事態を見ている。
いや、冷静には見えるが心底腹が煮えたぎっているのが緋瑪斗には分かった。
目つきがいつもと違う。
もう大乱闘状態。
しかし佑稀弥一人ではさすがにやばそう。
「おっしゃあー緋瑪斗!助けに来たぜ!」
「僕も」
「なになに?どゆこと?」
竜と昇太郎も参戦しに来た。
ところが、竜達だけじゃない。
同じクラスの男子連中も他に来ていた。
「玲華…どうしたのこれ?」
月乃がフラつきながらも玲華に問う。
「あはは、緋瑪斗君がピンチって伝えたらみんな来ちゃったみたいね」
「…なんですと?」
茫然とする緋瑪斗達。
「なんだてめえら一年のくせして…ぎゃああ」
まさに多勢に無勢。
形成逆転。
所詮数が物を言う。
琉嬉のような力を持つ者は別だが。
素人同士の戦いなんてそんなものだ。
「…ああぁぁ……なんでこんな事に……」
頭を抱える緋瑪斗。
月乃は茫然として見ている。
華村も同様だ。
「ああいうバカにはお灸をすえてやらないとね」
玲華の怪しい笑みを浮かべる。
なんとか教師達がやってきて場が収まった。
保健室。
40代くらいの女性保険医が月乃と頬に湿布を貼る。
「次はあなたね」
「わ、私は大丈夫です」
「あら、だめよ。綺麗な顔を台無しよ」
40代ながらもどこか若々しい色気のある養護教諭だ。
「それにしても災難だったわねえ」
「あ、あの……兄や竜達はどうなるんでしょうか?」
佑稀弥や竜達は生活指導室に連れてかれた。
特に昇太郎はまた何か危ないモノを持っていたらしいが、詳細は分からない。
「……んー、停学にはなるのかしらねぇ」
「…そんな……。俺のせいで…」
ひどく落ち込む。
「緋瑪斗のせいじゃないよ。私が悪かったの…」
「月乃…」
二人してさらに落ち込む。
「あー、もうっ!何も誰も悪くないわよ!」
バンッと机を片手で叩いて立ち上がる華村。
「多分、大した日数じゃないと思うわよ。だって助けるためだったんでしょ?」
「……はい」
緋瑪斗達を助けるために動いてくれた。
ただ、少しやり過ぎ感は否めないのはたしかだ。
あんなに大人数な乱闘になったのだから。
「失礼します」
ノックをして入ってきたのは、玲華だった。
「今回の責任は、みんな悪いのかもね。私だって煽るように助け呼んじゃったんだし」
竜の血の気が多いのを知ってるからこそ、利用した。
竜はみんなの盛り上げ役がうまい。
なのでクラスの他の生徒も呼んであんな結果になった。
「…無茶苦茶ねぇ。本当に」
呆れかえる養護教諭。
「今までこの学校でこんな事ないわよね。赴任してからの話だけど」
「そうですか…あはは」
笑いながら返す玲華。
反省してるのだろうかと思うくらい。
緋瑪斗は依然沈んだ状態だ。
だがある決心をして、立ち上がる。
「先生、ありがとうございました。月乃。玲華。それと華村さん…ありがと。もう行きます」
「大丈夫?」
「うん。俺自身は叩かれたりしてないから」
「そう…」
「失礼しました」
緋瑪斗は先に保健室を出て行った。
「あ、ちょっと…」
月乃も追いかける。
「やれやれね…私達も行きましょ?華村さん?」
「え、ええ…(この人が緋瑪斗の従姉妹…)」
「はいはい、いってらっしゃい。あの子達の所へ」
養護教諭は緋瑪斗の行動をなんとなく察していた。
バタンッ!と大きな音を立てて生活指導室へ乗り込んだ緋瑪斗達。
「な、なんだ!急に…狗依か」
担任の教師の木村先生と竜達がその場にいた。
竜と昇太郎、そして佑稀弥を含む計10名程。
こんな大人数で3人をよってたかってボコボコにした。
ボコボコにされた3人は別の部屋に連れてかれたらしいが、かなり参ってたようだ。
それもその筈、佑稀弥も優男風に見えて結構強く、竜は見た目からにして勿論そこらの奴より強い。
一番危ないのが昇太郎。
凶器たり得る何かを持っていたようだが、上手く隠して誤魔化している。
「竜、昇太郎。ゆき兄…そしてみんな!ありがとう。そしごめんなさい。俺のせいで…」
「なぁに。緋瑪斗のせいじゃねえさ、なあ?ゆき兄にみんな!」
「そうだぜ」
「なぁ」
「緋瑪斗どころか、月乃や華村まで手を挙げたってのが許せんかったよなぁ?」
「竜らしいね」
「う、うるせっ」
ここでもいつもの竜と昇太郎のやり取り。
変わらずだ。
「俺…強くなりたい。みんなに迷惑かけないように。今は…女だけど。
男の時から別に強くなかったけど。
俺、強くなるから」
突然の宣言。
強くなるという事を今、決めた。
いつまでも守られるような立場は、もう嫌だと。
「いや、しかし強くなるって言ったって…どうやって?」
「それは後で考える!」
「ふふ、何それ…ヒメ」
笑いを堪えれなくなる月乃。
華村は後ろを向いてる。
多分、笑ってるんだろう。
「あははは、ヒメらしいぜ!実は後先考えてない所とか、オレに似てるよな」
「ふふ、兄妹よね、やっぱり」
狗依家の事は同じ狗依家の玲華がよく知っている。
なぜかしんみりしてた場が笑いの渦になる。
「お前ら…何をしたのか分かっててやってんのか~!」
担任が怒りだした。
「散々な目にあったわね…」
「…ごめん。本当に」
「まさか、華村さんが割って入ってくるなんて思いもしなかったね」
「悪い?」
「いえ、滅相も御座いません」
萎縮する。
「……まぁいいわ。教室にさっさと戻るわよ」
「あ、うん…」
「ねぇ?ヒメ。なんか華村さんの態度が前とだいぶ違うんだけど…?」
コソコソと話す。
「さ、さぁ…」
態度の変化の大きな理由は知らないが、なんとなく心変わりした決定的な瞬間は知っている。
それを今月乃に話すと面倒事が増えそうだったのでこの場は喋るのをやめた。
事の発端となった月乃が謹慎一日。
自らの反省を込めて、そうなったらしい。
華村も手をあげているのだがお咎めなし。
そしてめちゃめちゃ暴れた佑稀弥と中心の竜は謹慎三日。
昇太郎達他の生徒は月乃と同じ一日で済んだ。
どっちにしろ、緋瑪斗を守るために取った行動なので穏便に済ましてくれたようではあるが。
しばらくクラスが静かになりそうである。
とんだ事件として、少し知れ渡る事になる。
「あーあ、私があんなコトしなきゃ良かったのにね…ごめんねヒメ」
「いや、俺が抵抗すればいいだけの話なんだよ…俺こそごめん。なんで月乃まで停学にならないといけないんだろうね…」
「いいのよ。私が悪いんだから」
「それにしてもいい暴れっぷりだったわよね~。ちゃっかり月乃も混ざってたし」
「言わないでったら!」
どさくさに紛れて月乃も蹴りとかしてたらしい。
とんだやんちゃ娘である。
「玲華があんなに援軍連れてくるのも悪いよ」
「えー、だって竜だけに伝えただけなのに…なんかみんな来ちゃったのよね」
「は、はぁー?」
「つまり、それだけ緋瑪斗君の事がみんな心配してくれたって事じゃない?」
細い目がさらに細く、笑顔の目を見せる。
「俺…の事心配…?」
「だって、こんなに可愛らしくなっちゃって…みんな緋瑪斗君の事前よりかなり好きになったのね」
「…あわわ、変な事言うなよ…玲華」
すごく照れくさくなる。
「女子達も心配してたみたい」
「……教室に戻りにくい…」
教室戻るや否や、あれこれ事件の真相を聞かれる始末。
ほとんど女子だけ。
クラスの男子は数人しか残ってなかった。
ほとんどは竜達の加勢のために出撃したからだ。
(……困った。本当に……)
家に帰れば帰ったで、佑稀弥が停学になったものだから両親から心配されまくる。
正直うんざりしていたが、それだけ自分が心配されてるというのに改めて気づかされる。
「ゆき兄ちゃん…悪い事したの?」
「悪い事っていうか…良い事?でもやり過ぎちゃったみたいでね…」
「ふぅん…」
佑稀弥は居間でじっと座ったまま。
大きな怪我もなく、手と頬に絆創膏を貼っているだけだ。
「あの…ゆき兄…ごめんね。俺のせいで…」
「ヒメか。俺は悪いとは思ってない。可愛い妹を守るためにやったためだ」
「それはありがたいけど…無茶し過ぎだよ。月乃もそうだけど」
「本当ねえ。誰がこんな育て方したのかしらねぇ?」
「ん」
佑稀弥と稔紀理、そして緋瑪斗までが母親と父親に指を差す。
「そうよね、やっぱり」
自室へ戻ると同時に、携帯を取り出す。
そしてある人物に連絡する。
(出るかな……?)
『はーい、もしもーし。なーに?』
気怠そうな声。
しかしその声の主は甲高い声。
「あ、琉嬉さん…ですか」
『はいはいー、この番号は僕だけしか使ってないから僕以外はあり得ないよー』
「……」
なんだかローテンションだ。
いつもの事だが。
「あのですね……折り入って相談があるんですが…」
『相談?焔一族関係の?』
「いえ、そうではなく……」
琉嬉に相談した内容は、どうやったら強くなれるか。
そういう話だった。
『あー、うん…。それは簡単には無理だよねー。でも…』
「でも…?」
『半妖としての今の君なら、大いに強くなれる要素あるね』
「ほ、本当ですか?!」
『とは言っても僕も毎回会える程暇でもないんでね…部活もあるし…。さてどうするかな』
「…そうです…よね」
少しガッカリする。
『そーだ、そろそろそっちの学校も夏休みだろ?』
「はい…そうですが」
『夏休み中に短期集中で鍛えるのもいいんじゃない?』
「マジですか…」
『うん。場所は…うちのお寺でもいいだろうし』
「お寺?」
緋瑪斗は琉嬉の家系がお寺の住職をしている事を知らなかった。
しかもなぜかお寺という、変な話。
『あ、そうだ。緋瑪斗。お前さん…補習とかくらってないよね?』
「あー、それは大丈夫です。こう見えても赤点は余裕でならない程度です」
『それは良かった。じゃあさ、都合のいい日付教えて。僕もなんとか合わせるから…』
(なんていい人なんだ……)
ジーンと、感動する緋瑪斗。
何から何までお世話してくれる。
『それにしても突然なんで?』
「いろいろあって……」
『ふーむ…』
受話の向こう側では腕を組んで何か考えてそう。
そんな感じの相槌だ。
『分かった。詳しい状況はまた今度にする。
まぁ、たしかに焔一族の里を探すとなればある程度の力使えるようにしといた方はいいからなぁ……』
物分りのいい人物だ。
「あの、すみません…突然。お礼はいつか…」
『ここは普通、お礼なんていらないよ、っていうのがお約束なんだけどさ。
僕は対価となる物がないとやる気起きないクチでさ』
「…とすると?」
『また緋瑪斗の家に遊びに行くから。今度はふかしぎ部のみんな連れて。覚悟しろよ』
「は、はい…!」
気分が少し晴れる。
翌日の学校。
そして教室。
ガランとしている。
何かと騒がしい月乃や竜がいない。
男子がほとんどいない。
「静かだ…」
いればうるさいしいなければ静かで落ち着かない。
肝心の月乃がいないのが、どうも落ち着きが出ない。
月乃からメールが来ていたので内容を見てみる。
こっぴどく親に怒られたという、内容だった。
授業が始まる前にお手洗いに行くため、一旦教室から出る。
毎度の事とはいえ、女子トイレに入るのには躊躇する。
誰もいない隙をなんとか狙って入っていく。
入った途端だった。
「緋瑪斗」
「は、はい?!」
おもわず体がビクついてしまう。
「何そんなに驚いてるの…?」
華村だった。
「…なんでしょうか…?」
「とんだ災難だったわね、昨日は」
「そうだね…アハハ。俺が悪いのに……。それにその顔、俺のせいでごめんね」
「いいの。これくらい。大した事ないし」
「…それならいいんだけど…」
「私が勝手に出しゃばってやったんだし。緋瑪斗には非がないから」
「うん…」
息の詰まる会話。
なんか、生きた心地がしないという感覚はこういう状況とでもいうのだろうか、という。
今すぐここから出ていきたい気持ちだ。
「…女の生活は慣れたの?」
「ま、まあ…ボチボチ…」
「そう……」
会話が止まる。
どうしてこうも運よく何度も華村と会うのか。
そしてこの日は月乃もいない。
頼れるのは他に玲華くらいだ。
だが違うクラスのうえに、少し離れている。
せめて隣のクラスであれば、体育など合同の授業でフォローをしてくれるとは思われるのだが。
「それはそうと…緋瑪斗。私には未弥子っていう名前があるの。今度からそう呼んでもらっていい?」
「は、はいいぃ?」
突然の突然。
今度は自分の名前を苗字じゃなく、下の名前で呼べと。
「あの、なんで…?」
「いいから!」
照れ顔を隠すようにして先に出ていった。
キンコンカンコンと、チャイムが鳴りはじめる。
「あ、やべ。早く戻らないと……(しかし…華村さん…いや未弥子さん…どうしたんだろ?急に)」
華村改め、未弥子が態度の急変ぶりに考えが追い付いていない。
味方とまで言ってくれた。
その事は本当に嬉しかった。
だが、女の子に守られてるのは、「男」としての心の緋瑪斗にとっては苦痛でもあった。
だから琉嬉に相談して、強くなると決心する。
強くなる…というのは、肉体的に。
何かしらの暴漢などに対する護身術を身に付けるためだ。
いわゆる運動神経ゼロの緋瑪斗にとってちゃんと見に付くのか。
いささか、行き先が不安だが。
(な、なんとかなるよな…!きっと…)
生徒手帳を取り出し、スケジュールを確認する。
スケジュール帳代わりとして使ってる部分もある。
その生徒手帳をの自分の顔写真を見て、愕然とした。
写真は男の時のままだった。
紙は黒く、顔つきも今と少しだけ違う。
どこか角ばっっていて、首元や顎ラインが男らしい気がする。
元々、童顔なので中学生くらいにも見えない事もない。
決して、女の子に間違えられる…ような筈ではないと自分でも思っているが。
目の前は大きな鏡。
自分の今の顔と、生徒手帳の写真を見比べる。
(……やっぱり…同じようで、少し違う。首元や胸元が…)
そもそも今の自分は女子制服。
学生証の写真は男子征服。
「……男…か…」
『私は戻るなんて認めない』
未弥子の言葉。
その言葉の意味を知るのは後のもっと先の事になる。
そんな未来のビジョンを思い浮かべながら、教室へ戻る。




