第10話 予想外過ぎて、心が落ち着かない。
「…………」
ぽけーっと教室の窓から外の風景をずっと眺めている緋瑪斗。
赤い髪が風になびいている。
「どうしたんだ?緋瑪斗のやつ…?」
「ずっと休憩時間から窓から顔出してたり、机に突っ伏してたり、元気ないよね」
休憩時間の度に、こんな感じらしい。
何を考えてるのか。
誰とも喋る事もなく、ぽけっとしながら遠く見つめてたり。
「……あー、緋瑪斗…?」
竜が声をかける。
が、反応がない。
「緋瑪斗…?だめだこりゃ」
一瞬で諦める竜。
「聞こえてないのかな?」
昇太郎も話しかけても駄目なようだ。
ここは無理矢理にも声かけないと無駄のようだ。
「はぁ…」
声を出してもため息ばっかり。
元気がない…というより、全ての力を出し切ったかのようにだらけている。
「おーい、緋瑪斗~、あまり前のめりすると落ちるぞー。ついでにパンツ見えるぞー」
「………え?」
さすがに気付く。
慌ててスカートを抑える。
「その仕草…女っぽいぞ~」
「…竜のアホ」
そう言い残して教室を出て行ってしまった。
「なんだよ…?わけわかんねー」
「女心…とは違うけど、こういう場合は男心?まぁとにかく、緋瑪斗の気持ちをもっと考えて発言しなよ」
「あぁ?どういう意味だよ?」
「……やれやれ」
馬鹿過ぎて話にならない、と言いたかったがケンカになるのでやめた。
「大丈夫かな…ヒメ」
「……あれのせいかい?」
それとなく聞く。
「……もしかして見てた?」
「…気になってね。緋瑪斗には酷だったかもしれないけど」
「そうねぇ…」
「よーし、みんな揃ったか~?バスに乗れー」
宿泊研修の日がやってきた。
まず着いたら、軽く準備運動して登山。
緋瑪斗があまり気乗りはしてないが気力がないままボケッとしてバスに乗り込む。
席の隣は出席番号順のまま。
緋瑪斗は苗字が狗依なので、「い」から始まるから前の方だ。
出席番号は変わってないのでそのままバスの前の方へ。
緋瑪斗らが通う学校は出席番号は男女別々になっている。
ちなみに出席番号はあいうえこ順。
緋瑪斗の場合は特殊なのでそのまま、男子の枠のままだ。
肝心の仲の良い竜と昇太郎は苗字が三島、山下なのでほとんど後ろの方だ。
ちょっとだけ疎外感を感じる。
「なぁ、狗依、その髪ってどうなってんの?染めてるの?」
「…染めてないよ。地毛」
近くのクラスメイト達が話しかけてくる。
普段あまり会話しなかったのだが、女になってからやたらと話しかけてくるのが多い。
正直、少しウンザリしている。
決して目立つ存在ではなかったのに一気に人気者に。
そんな感じで少し息苦しさも感じているのもたしかである。
(珍しいだけだろ…俺が)
無理矢理にでも自分を納得させる。
元々男だったが、今は女になって変わってしまった自分が不思議な存在なのだ。
それが他のクラスメイト達は未だに面白がって話をかけてくる。
あまりにも無茶な内容のは月乃や竜が追っ払ってくれる。
「で、どうなの?今の体って」
「……どうもこうもないよ。未だに慣れてないけどね」
「へぇ~そうなのか。トイレとか?」
「…多少不便だとは思うけどね」
淡々と答える。
「しかしまあ……元から男にしては可愛い顔してたけど、本当に女になっちまうとは」
「………!………そうだな」
小さく呟く様に言って窓の景色の方へ顔を向ける。
「あら、そっぽ向いちゃった」
男子生徒はそれ以降話をかけるのを諦めた。
その様子を見ていた月乃はモヤモヤしていた。
(大丈夫かなヒメ…。変な事にならなければいいけど…)
「おーい!緋瑪斗ー!生きてるかー!」
後ろの方から竜のうるさい声が聞こえる。
「だいーじょーぶか~?」
「………うるさいなっ。聞こえてるよ!なんだよ!」
堪えきれずついこちらも大声出してしまう。
「お、おう…」
緋瑪斗の剣幕になぜか押されてしまう。
でかい竜が小さい緋瑪斗に押されるという面白い光景。
「あははは…」
バス中が笑いの渦になる。
(…恥ずかしい……)
そんな中でも笑いもせず冷やかにみてる人物。
華村だった。
何が面白いのかといった顔をしている。
だがその顔の向きは緋瑪斗の方を向いていた。
到着するや否や、まずは宿泊先の施設へ。
緋瑪斗は看板をちらっと見た。
なんたら青年の家という施設。
名前がよく見えなかった。
学校や、サークルなどの宿泊が多い。
「うーん……と…」
「ヒメ、こっちこっち」
月乃が手招きしている。
班分けで月乃と一緒になっている。
他3名の女子。
計5名。
緋瑪斗のクラスは一クラス35名前後。
女子が14名+緋瑪斗なので3つの班が出来る。
男子は19名でこちらは4つの班。
緋瑪斗が女子扱いとなったので男子は20名から19名になっていた。
「ちぇ、緋瑪斗と一緒に行きたかったのによー」
「まあ仕方ないよね」
「後で一緒にご飯食べるからいいだろ竜」
「おう、そう言われたら元気出てきたぜ!」
登山というか、軽いハイキングだ。
班ごとに出発する。
勿論、各自体力の差などがあるのでペースがそれぞれ違うのだが、ここは班ごとに分けて進む。
よりコミュニティ力を上げるためだ。
「よっしゃー、いくぞー!」
竜の異様なテンションの中、竜グループは行ってしまった。
「あのテンションが欲しいよね…」
「ヒメは動くの苦手だもんね?」
「そうなの緋瑪斗君?」
「バスケの時見ただろ…?運動は苦手なんだよ」
肩を落としながら歩く緋瑪斗。
自分でハッキリ言うくらい、苦手らしい。
「月乃はいいよな。意外と動けるし」
「そうよね~」
「月乃ちゃんって昔からなんでもそつなくこなせるイメージあるよー」
「えへへ、そんなぁ」
褒められて照れる。
幼馴染である緋瑪斗はその月乃の輝かしい歴史を嫌というほど知っている。
あえてここでは言わないが。
最初は軽い足取りだったのが、だんだん疲れてペースが落ちてくる。
徐々にではあるが上には進んでいる。
決して大きくない山。
所々に安全のためか教師がポイントポイントにいる。
先回りするのも楽じゃないだろうに。
いなくなったりする生徒がいないか各チェックポイントで確認を取っている。
「はぁ…はぁ…」
「大丈夫?」
「疲れたなら少し休もうか?」
「あ、うん…ごめん。俺、大丈夫だから」
「本当に?」
月乃達が心配する。
無理もない。
一時的にも入院してたのだから。
「でもさ、ヒメってそんなに体力なかったけ?」
「…自分でもびっくりしてるよ。……こういうのも差別なのかもしれないけどさ。
男の時と女の時とはちょっと…違うね。やっぱり…。
ま、男の時でも底辺くらいにしょぼかったけどさ」
「……そう…。あ、そうだ、これでも食べて」
リュックのサイドポケットから取り出したもの。
チョコレートだった。
「月乃ちゃん、こんなの隠し持ってたのー?」
「ずるーい」
「いや、あんたらも沢山持ってきたじゃん…。バス中で食べてたでしょ?」
「バレテタカ…」
「ハハ、あんがと。遠慮なくいただきます」
少し元気が出たのか、緋瑪斗に力が戻る。
ようやく山頂付近。
すると開けた場所が見える。
他の生徒達も到着してる。
「おー!緋瑪斗!月乃!」
ばかでかい声。
竜だ。
「やっと着いた…。こんなんじゃ本気の登山無理だな…」
ぜぇぜぇ言ってる緋瑪斗。
「大丈夫か…?」
「……歩きたくなーい」
「ふむ…じゃあ、抱っこしてあげよう」
竜が両手を広げて緋瑪斗に近づく。
「それは断っておく」
「なにー」
「昇太郎は?」
月乃が昇太郎の姿がないのに気づく。
「あー、オレとは違う班だったからな。まだ着いてないんじゃね?」
「そう…」
「……ふぅ…」
緋瑪斗は景色を見ようと、展望台の方へ行く。
他の生徒達もいるから少しガヤガヤしてる。
「わぁ……」
綺麗な景色に心奪われる。
今まで散々辛い事があった。
それが洗い流されるような感じがした。
「あ、おい、あれって噂の狗依じゃね?」
他のクラスの生徒達が緋瑪斗の存在に気づき始める。
「なあなあ、狗依!女になったんだってな!どんな感じだ?」
「あ、え?何?俺に言ってるの?」
突然囲まれて焦る。
話した事もない他のクラスの生徒達。
少し人見知りするタイプなのでどうしていいか分からなくなる。
「その髪染めてるの?」
「やっぱ男の時とは違うのか?」
質問攻め。
「……や、ちょっと…待ってよ…(やばい…怖い)」
なぜか知らないが、心より体が拒否反応示している。
(…なんだこの状況…またかよ…。俺……弱いじゃんかよ…)
自分より大きい生徒達。
上から見下ろされるのは怖い。
小学生の頃、学年の離れた上級生達と一緒にいる時のあの怖さに似ている。
「あの……俺は別に…」
「あ、何?話してくれないの?」
「ちょっと、邪魔なんだけど」
「あぁ?」
突然女子の声がした。
聞いた事ある声。
華村だった。
「そこに居られると景色見えないんだけど」
「あ?なんだよ…お前」
「華村さん…」
「あんたも絡まれないうちに逃げなさいよ」
「……あ、うん…そうなんだけど…」
「………そういう所が男らしくないのよ」
「…よく言われる」
華村達の班が来ていた。
しかし別のクラス。
「何?じゃあお前が相手してくれるの?」
「…下品そうな会話しかしなさそうなのはパスね」
相変わらず強気だ。
「んだとコラ?」
「おい、やめろよ…」
なぜか一触即発に。
華村も挑発するような態度だからだ。
「ちょっと…華村さん…危ないって」
「アンタの方が危なかったわよ」
「え?」
「ちょっと待てよ?聞き捨てならねえぞ?」
今にも殴りかかりそうな勢いだ。
「おーい、緋瑪斗ー何やってんだ?ゲッ華村…」
「ゲッ、じゃないわよ」
竜達がやってきた。
後ろには昇太郎や月乃の姿も見える。
「オイ、やばいよ…あいつ三島じゃね?」
「…ちっ、行こうぜ…」
おとなしく別クラスの男子達は去って行った。
「まったく…何処に行ってもトラブルに巻き込まれるのね」
「……へ?」
そう言って華村は展望台の方から降りていく。
「なんだあいつ?」
竜は訳が解かってないようだった。
ただ緋瑪斗の姿があったから近づいただけなのに。
いるだけでトラブル回避の竜。
「…なんていうか、竜は良くも悪くもいいボディーガードになれるよ」
昇太郎の意味深なセリフだった。
「さて……ご飯だね」
「その前にお風呂入りたいよ」
「我慢しなさい。エアコン効いてるんだし」
わがままばっかり言う女子達。
なんか普段聞かない会話ばっかりが聞こえてくる。
部屋割りで女子の部屋となった緋瑪斗。
だが、なんか端っこにいる。
「ヒメ~、なんでそっちにいるの?」
「いや、その。なんとなく。ホラ、俺って端が好きだろ?」
「そんな話聞いた事ないよ」
「そ、そう?」
本当は女子の近くにいるのが気乗りしないだけ。
中身は男なので、凄く居づらくて緊張してるのだ。
「あのさ……俺、元々男なんだよ?みんなも知ってるだろ?」
「そうだねー」
「でも緋瑪斗君なら大丈夫な気がするんだよねー」
「そうそう」
他の女子も納得する。
「いや、その理屈はなんかおかしい気がするけど…」
変な汗が出てくる。
こういう運動ではない、変な気持ちの時に出てくる汗を何度かけばいいのだろうか。
登山の時よりかなり汗が出てくるような気がしてならない。
(なんでこんな事になったんだろう…。全部茜袮さんのせいじゃないか!)
「なんか緋瑪斗君…窓の方向いて険しい顔してるけどどうしたの?」
「あー、昔からたまにあるんだよねー、明後日の方向を向いて何か思いつめるのが」
夕食も終わり、部屋で少しまったりする。
飯時でも竜の回りはうるさ過ぎて先生に叱られた。
緋瑪斗達も巻き添えをくらってしまう。
おとなしく部屋に戻ったのはいいが、あの時間が来てしまう。
「お風呂だー!」
みんなテンション上がる。
大きな浴場があるのでみんな順番で一斉に入る。
「…どうしたの?ヒメ入らないの?」
「いやいやいやいや、着替えまではいいが、さすがに風呂はまずいだろ!」
全力で拒否する。
しかし…、
「じゃあ男子達と入るの?」
「……それも嫌です」
「じゃ、一緒に入りましょ」
緋瑪斗の腕をがしっと掴む月乃。
心なしかやけに強い。
「いやいやいやいや、月乃は俺と一緒で大丈夫なの?」
「え?だって女同士じゃん」
「いや、そうだけど…心は変わってないんだよ?」
「いーじゃんいーじゃん、私は気にしないよ?子供の頃よく一緒に入ってたじゃない」
「えー?本当に?凄いね~」
「小さい時の話だろ?!昔と今じゃ違うんだし」
「大丈夫だよ♪」
みんなに無理矢理に引っ張られて浴場へ連れていかれてしまうのだった。
(みんなの目線が怖過ぎる…)
他の女子の目が怖い。
「何してるの?脱がないの?」
「ぬ、脱ぐとか…ひぃ…」
「別に私はヒメの裸見たってどうもしないわよ。多分」
多分の部分だけ、やたらと声が小さかった。
「あ、そうかタオルで隠せば…じゃなくって、俺のを隠してどうするんだって話だよ…」
非常に厳しい状況。
まわりには同級生の女子の裸だらけ。
これが普通の男であればハーレム状態なのだが、緋瑪斗の場合はそうではない。
「頭がクラクラする…くそ」
覚悟を決めて服を脱いでいく。
「わー、緋瑪斗君、やっぱり胸大きいね」
「本当だー」
「何カップ?」
「ヒメはDカップ以上だったけ?」
「し、知らないよ!」
必死にはぐらかす。
「私も負けてないけどね~」
他の女子が見せつけてくる。
「い、いいよ…見せなくても…」
顔が真っ赤だ。
(もう、恥ずかしくて死にそう……)
そして、未知のゾーンへ突入する。
見渡す限り、女子だらけ。
当たり前だが。
なるべく見ないようにして進む。
(なんだこれは…俺は……いいのか?こんな場所にいて…いいのか?!)
自問自答。
下を見ながら進んでいく。
「緋瑪斗?ちゃんと前見ないと危ないよ?」
「う、うん…」
月乃が目の前にいる。
「あ、見てない見てない見てないからっ」
「?」
大きくなってから月乃の裸体なんぞ見た事ない。
目の前には月乃がいて裸である。
(うわわ、モロに見てしまった…あわわわ)
「どうしたのさ?ヒメ?」
「ななななんでもないっ、俺湯船に浸かってくる!」
逃げるように行ってしまう。
「待ってよヒメ!」
(頭が爆発しそう…。クラクラする……)
いつもの悪いクセが出てきた。
気分が悪くなる。
やばいと感じて、風呂を出ようとする。
「あ……だめ。やばい…」
緋瑪斗が倒れそうになる。
「ちょ!ヒメ!大丈夫?!」
「月乃…。俺、のぼせちゃったから先に上がるよ」
「…そう」
月乃の手を借り、なんとか脱衣所まで着く。
「悪い……、月乃…」
浴場から出たらなんとか体調が少し戻る。
「ごめん、ヒメ。大丈夫?」
「いや、問題ないよ」
こうやっていつも強気になる緋瑪斗。
「ヒメ、無理してない?本当は体調悪いんじゃない?」
「今は大丈夫」
「本当に…?」
「ちょっとのぼせただけだから…」
一息つく。
部屋に戻る前に少し涼しいスペースで休憩する。
二人はそこで冷たいジュースを飲んでいる。
「ねえ、もしかしてヒメ…興奮しちゃった?」
「こ、興奮って…」
「…でも心が男の子ままだったらやっぱり興奮するの?」
「…………まぁ…」
小さな声で頷く。
仕方ないものである。
年頃の年代であれば異性に対して興味が湧く。
「私ってもしかして余計な事してる?」
「……んーん」
首を横に振る。
「無理しなくていいからね。ごめんね、ヒメ…。本当に。私って回り見えなくなっちゃうタイプらしくて…」
「…それは痛いほど解かってるよ」
10年以上の付き合いもある幼馴染だ。
月乃の性格なんぞ、知り尽くしている。
それに合わせて生きてきた。
今更感が強くて緋瑪斗は別に何も言わない。
「あら、緋瑪斗君と月乃」
偶然に、玲華と玲華のクラスメイト達が通る。
「あ、玲華」
「どうしたの?」
「ちょっとね…」
「……ははーん…ごめん、先に行ってて」
「うん」
玲華だけ残り、他の者達を先に部屋に戻ってもらうように頼む。
「なるほどね~、緋瑪斗君はやっぱり男の子なのね」
「…そりゃそうだよ。ほぼ無理矢理に風呂に連れてかれてさ」
「だからごめんって…。でもさ、こういうのだったら男なら嬉しいモノじゃないの?」
少し屁理屈を言い出す。
「あのね、月乃。みんながみんな同じじゃないのよ。
緋瑪斗君は、積極的な性格じゃないから、いきなり同じ年齢の女の子の裸見たら興奮してぶっ倒れちゃうよ」
「いやいや、その解釈もおかしいから…玲華」
「あら、そう?」
ニコニコしながら言う。
そして緋瑪斗に近づきこう聞き出す。
「で、どうだったの?」
「な、何が?」
「女風呂」
「ぶっ」
緋瑪斗はジュースを吹きだした。
「さぞや桃源郷に思えたんじゃないかしらね~」
「あほなコト言うなよ!そんなんじゃないよ……」
「玲華、あんたまでヒメを困らせてどうすんのよ…」
「ごめんごめん。つい…」
玲華は昔からこういうところがあった。
相談に乗ると思いきや、悪乗りしたり。
つかみどころのない性格をしている。
でも自分の本心は出さない。
ズルいタイプ。
「でも、自分の体は女の子なのになんで興奮するの?」
月乃の率直な疑問。
それをあえてぶつけてみる。
「…そりゃ、少しは慣れたさ。でもね、未だに自分の体は直視出来ないよ…」
意外な事実。
緋瑪斗はまだ自分の体に慣れてなかった。
まだあれから一か月程度。
時間が足りてないのもある。
でも、普通な何事も一か月もあれば大体慣れてしまうのだが。
「へぇ…ヒメ……結構純情なのね」
「ねぇ~?」
「…う、うるさいっ。俺は戻る」
気分を害したのか、部屋に戻っていく緋瑪斗。
珍しく怒り気味だった。
「あらら、言い過ぎたかしら」
「後で本気で謝らなくちゃ」
そして、その夜。
消灯時間が近づく。
見回りに来る先生達。
持ち物検査など終えて、就寝時間となる。
だが、そう簡単には寝ない若者達。
「ね、緋瑪斗君。どう?女の子生活慣れた?」
「…ぼちぼちかな…」
元気ない返事する。
「でもさ、緋瑪斗君って女の子っぽかったよね、前から」
「そうそう」
「……俺、そんなに女みたいだった?」
「んー、みたいというか、見た目が?」
「いや、ヒメは女みたいというより、幼いんだよ。背もそんなに高くなかったし」
「161はあったんだけどね…」
元からそんなに背も高くなかった。
それに細見だしいつもでかい竜と一緒にいるから余計に小さいイメージがある。
今は女子の中でも小さい方になってしまった。
「でも緋瑪斗君って月乃ちゃんと昔から友達なんでしょ?」
「友達というか腐れ縁というか…同じ町内だしな」
月乃はおろか、竜と昇太郎、そして従姉妹の玲華も同じ町内。
あれやこれや過去の話をする。
緋瑪斗と月乃は昔からの幼馴染でだけあって、話が弾んでいく。
「でも、やっぱり好きなるのは女の子なの?」
「……急に男を好きになれとか無理な話だよ」
「それもそうだよね~」
「ね~」
声が揃う女子陣。
どんどん下世話な話になっていく。
これが女子だけの空間。
緋瑪斗は聞くのが嫌になっていた。
「あ、あの、俺ちょっとトイレ…」
「いってらしゃーい」
バタンッとドアが閉まる音。
部屋の外へ出て行った。
「あれ?この部屋にもトイレってなかったけ?」
ふと気がつく月乃。
緋瑪斗の方は部屋に備え付けられているトイレに気がつかないで部屋外に出て行ったようだ。
無論、部屋じゃなくて外にトイレはある。
「そういえばそうだよね。緋瑪斗君知らなかったのかな?」
「さぁ…」
「…私もちょっと気になるから外のお手洗い行ってくるね」
「あ、うん」
ちょっと不安になり、月乃は追いかけるように外へ出て行く。
緋瑪斗は用を済ませて、戻る所だった。
施設内は静か。
時折話し声が聞こえてくる程度。
(早く戻らないとヤバイかな…)
教師に見つからないうちに戻ろうとする。
すると一人の女子生徒が居た。
華村だった。
「あ、ど、ども…」
すれ違いさまに挨拶をかわす。
「……狗依…緋瑪斗、ちょっといいかしら?」
「…へ?」
緋瑪斗を引き留める。
「話があるの………」
「は、話…?俺に?」
半信半疑。
華村から話があるという、実に不思議な話。
「ここは目立つから…目立たない所でいい?」
「あ、うん…構わないけど」
素直に従って緋瑪斗が華村に付いて行く。
あまり人の気配がないような施設の端っこの階段付近。
ここならあまり邪魔が入らない。
「あの、話って…?」
「………あなた、いつかは戻るみたいな事言ってたわよね?」
「…あー、そういえば言ったかも…」
「……どうしても戻りたいの?男に?」
「…戻れるなら戻りたい…んだけど、今は手がかりも何もなくって…」
「……そもそも、なんで女になったの?それが不思議でならないのよ。みんなもバカみたいに受け入れてるし…」
「それは…」
不必要に言える内容でない。
言ったとしても信じられるような話ではない。
妖怪同士の戦いに巻き込まれて、死にかけて、その妖怪に命を助けられたら女になっていたなどという、馬鹿げた話。
「言えないようなコト?」
凄みがある眼力。
緋瑪斗はたじろぐ。
他の女子が怒ったとしても多分こんな迫力は出ない。
華村特有のオーラが凄いのだ。
「どうしても言いたくないのならいいわ。それでも。でもね…」
緋瑪斗に近づいてくる。
「え?ちょっと…」
顔も近い。
華村の方が背が圧倒的に高い。
見下ろされる形。
でも緋瑪斗に合わせて少しかがんでいる。
「わわっ?何?」
ついには体同士が接触しだす。
「ちょっと、華村さん近すぎ…」
柔らかい物が自分の胸元にくっつく。
(…うわわわ、なんか柔らかいのが…なんかいい匂い…じゃなくって!)
性格はキツイが、見た目は黒髪ストレートの美人。
人気があるらしいが、ことごとく男をフッて来たらしい。
「ねえ?嬉しい?女にこうやって迫られて?」
「…は?どういう意味…?」
「そのまんまの意味よ」
より強くくっつく。
緋瑪斗は思わず突っぱねる。
「何してるんだよ!華村さん…」
華村の突然の行動に気が動転する。
「フフッ、可愛いよね…狗依って」
「可愛いって…そんな…」
「いいえ、可愛いわ。こうやってくっついただけで顔真っ赤にしちゃって」
「それは…華村さんが…」
「やっぱりこういう反応するのは「男の子」ね」
試すつもりで行ったのだろうか。
どこか性的な行動ではあったが。
「どうしたの?華村さん、前とは違った…、わっ!」
緋瑪斗の右頬を優しく手のひら全体で触れる。
そのまま髪を撫でるように動かす。
「ちょちょ、何を…」
「狗依…緋瑪斗。あなたは本当に戻りたいの?男に?」
「え?」
「…私は、認めない。戻るなんて」
「……えぇっ?!」
「緋瑪斗。あなたなら………」
「???」
訳が解からず言葉を失う。
大胆な華村の行動に頭が混乱してくる。
「コラ、お前達!もう就寝時間だぞ!何やってる!」
ここで教師にみつかってしまう。
「すいませんー、この子が少し体調が悪かったらしいので涼しい所に来てただけです」
適当な言い訳を瞬時に作り出す。
「む、そうなのか…、大丈夫か?って、お前は…狗依か?」
「あ、はい…(どういうつもりなんだ?華村さん)」
軽く事情を説明して、教師から解放される。
「…早く寝なさい。どうしても具合が悪かったら他にも先生達がいるから連絡しなさい」
「はぁい」
「はい…」
「さ、行きましょ、狗依さん」
「………」
おとなしく緋瑪斗を引き連れてその場から離れて部屋に戻る。
「どういうつもりだったの?さっきの?」
「…私はね、男が嫌い」
「……はえ?」
変な声で相槌してしまう。
「でもね、緋瑪斗。あなたは…男だけど女でもある」
「………華村さん?」
優しく緋瑪斗の顎を、右手を掴む。
「あなたは…別」
「別?」
緋瑪斗にとっては理解不可能の言葉を残して、自分の部屋に戻っていく。
(…なんだったんだ?)
胸がかなり高鳴りしている。
このドキドキは緋瑪斗にとっては異性との接触…もあるが大半は何か暴力的な事でもされるのかと思ったからだ。
ヘタな男よりも凄みがある。
あの切れ長な目つきは、少し怖い。
「お帰りー」
「あれ?月乃は…?」
部屋に戻ったのはいいが、月乃の姿がないのに気づく。
「いないよ?緋瑪斗君を追いかけたっぽいけど…」
「あとね、トイレってそこにもあるよ」
「え?マジで?」
指を差された方向を見るとドアがあり、開けてみるとトイレがあった。
「マジだ…知らなかったよ」
「あはは、ドジだね~、緋瑪斗君って意外と」
「ああ、うん…(月乃は何やってるんだろ?)」
その頃の月乃は…というと。
「あれ?緋瑪斗いない…?戻ったのかな?」
トイレにはいない。
居ないのを確認して戻る。
すると運悪く教師にみつかる。
先ほど緋瑪斗らと会った同じ教師。
見回りしてるようだった。
「コラ、沢城!何やってんだ!」
「いえ、トイレに…」
「トイレなら部屋に備え付けられてるだろっ。まったく…三島といい華村と狗依といい…お前達のクラスはどうなってんだ」
クドクド軽く説教される。
(…ヒメはやっぱりこの先生に捕まってたじゃん…てか三島って竜の事?竜もなんかやらかしたの?)
「だーっ!ムカつく!」
そして竜の方は怒りをぶちまけていた。
それは月乃と同じように外に出てたのをバレたからだ。
「だから言ったじゃんかよ…」
同室の男子に言われる。
「オレは…ただ緋瑪斗に会いに行きたかっただけなんだよ!」
「狗依は女子だよ」
「おぅ、それがなんだ。緋瑪斗はオレの親友だ。だからこそだな…」
訳の分からない理由を述べていた。
(なんだったんだろう…華村さん…。でも…月乃とは違った大人な感じがして…って何考えてるんだ俺!)
なかなか寝付けずにいた。
先ほどの華村の行動に対してあれこれ考えてしまう。
ゴロゴロと何回も寝相を変える。
「んー…ヒメ。寝れないの?」
「あ、ごめん、起こしちゃった?」
限りなく小さい声で会話する。
「…早く寝ないと起きれないよ……んにゅ…」
かなり眠たそうな声だ。
こちらを向いた途端に静かになる。
一瞬で寝てしまったようだ。
「………ごめん、月乃…」
なんとか、強引に寝ようと頑張る。
今までの事が思い出される。
このままでいいのか?
考えて考えて、考えるが何も思いつかない。
ただただ、琉嬉頼みになっている。
それがなんだか悔しい。
少しは自分で行動したい。
どうにかしたい。
今度また琉嬉に会ってみよう。
偶然とかじゃなく、連絡を取り合って、きちんとして。
自分でなんとかしたい。
そう思いつめていたらいつの間にか寝ていた。
「―――………と。……ひめと」
「誰だ、俺を呼ぶのは……」
「緋瑪斗……」
「!!」
ガバッと唐突に上体を起こして目が覚める。
誰かが呼ぶ声がした。
辺りは真っ暗。
暗闇だがうっすらと時計が見える。
時刻は2時頃を示している。
「………気のせいか。それとも月乃の寝言…?」
月乃の寝てる布団を見る。
何事もないように寝ている。
緋瑪斗の布団とは反対の方向に顔が向いてるため、寝顔は見えない。
布団から足やら体やら出ていて寝相が悪い。
「……ぷふっ、昔から変わんないなぁ…月乃は」
布団を綺麗に揃え、きちんと被せてあげる。
「んにゃー」
月乃が「んにゃー」、などと言い出す。
「ぷふふふふふ…んにゃーってなんだよ…んにゃーって…」
笑いが堪え切れなくなる。
(あー、だめだ。ちょっと窓開けよう…」
室内はエアコンが効いていて丁度いい具合だ。
ただ、閉め切っていると空気が少し悪くなるような気がする。
外の空気を少しでもという事でちょっとだけ窓を開ける。
森中の匂い。
夜だと尚更澄んだ空気感が感じる。
(…いい気持ち……)
深夜だとさすがに涼しい。
と言っても、半袖でも十分なくらいだ。
「……俺、どうなるんだろ…」
今後の事がまったく読めない。
なるようになる。
流れるまま。
それではいけない。
寝付く前に考えていた事。
それを忘れてはいなかった。
ただ、華村の言葉が気になる。
『戻るなんて認めない』。
この言葉が頭から離れない。
「……認めない…って…。ようするに、俺は男に戻るなって事なのか…?」
そんな風にしかとらえれない。
あの華村があんな事を言うとは思わなかった。
当初の態度とはえらい違いだ。
何かあったのだろうか。
しかしあの強い口調と態度ではちょっと太刀打ち出来ない。
自分に勇気が欲しい。
そんな事を考えていた。
(…予想外過ぎて、心が落ち着かない)
態度を180度変えて理解してくれるのならまだいい。
ただ、びっくりした事に、華村自身から攻めてくるなんて思いもしなかった。
「ふぅ…」
大きくため息をつく。
そしてそのままおとなしく、窓を閉めて布団に戻る。
無理矢理にでも寝る事にした。
「みんないるかー」
「先生、ちゃんと点呼取らないと分かりませんよ」
月乃にツッコミ入れられる担任。
「おー、緋瑪斗。元気か?」
「おはー」
若干眠たそうな顔をした緋瑪斗。
あれから少しだけ寝れた。
「やあ、緋瑪斗、竜」
「昇太郎か」
「なんだよそのガッカリした言い方」
ソワソワして何か落ち着かない状態が続く。
あれから華村は何も言ってこない。
緋瑪斗はちょっとだけ華村の姿を見つけて、顔を見てしまう。
その華村はこちらの視線には気づかずに他の生徒と会話している。
(……女って怖い…ていうより、華村さん自体が怖い…)
バスに乗り込み、宿泊研修は終わりを告げた。
後は期末テストを終えて、夏休みに向けるだけ。
とはいえ、まだまだ苦難は続きそうである。
(…水泳授業……あるなぁ…)
おそらく夏の一番の鬼門。
水泳の授業…。
一筋縄ではいかないんだろうな…と、そんなコトを心の中で呟きながらバスで寝てしまった。




