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第1話 そして、妖怪に、女になった。

 ―――白い。

白い空間。

眩しい。


 病院―――。

そう、起きた瞬間、病院だと気づいた。

なんで病院にいるのか……分からない。

狗依緋瑪斗いぬい ひめとは見覚えのない病室の一室に一瞬戸惑う。

(…あれ、なんでこんな所にいるんだろう…?)

 部屋の状況をとりあえず見回す。

全身が重たい。

体の筋肉が軋むような感覚が、体中を巡る。

なんとか上体だけ起き上がる。

(あれ、俺って……どうしたんだっけ…?たしか学校行く前に…)

 急に頭痛におそわれる。

いや、頭痛とも言えないような頭痛。

目の前が少しぼやっとしている。

立ち上がろうとしたらフラついて、ベッドに座り込んでしまう。

どうも思うように体が動いてくれない。

ほんの、数秒座ってた時だった。

ガタガタンッと音が聞こえてくる。

「緋瑪斗!起きたの!大丈夫?!」

 ドアが開いたと同時に見覚えのある顔が飛び込んできた。

幼馴染の沢城月乃さわぎ つきのだった。

茶色がかったストレートのロングヘアーに、両サイドに小さな三つ編みを作った特徴ある髪型だ。

中学に上がってから疎遠になってた。

今は同じ高校に通ってるのだが、あまり会う事も会話する事もなかった。

その月乃が必死そうな顔で緋瑪斗の所へ走り駆け寄る。

「…俺……どうしたんだ?」

 喋った途端、違和感が緋瑪斗の中に入ってきた。

「ヒメ……?大丈夫?てか…そんな声だった?」

「あ、え?俺…の声……変?」

「うん…ヒメ………そんなに声高かったけ…?」

「…?うーん、元から声は高いって言われるけど?」

 声はちゃんと出る。

でも高いと言われた。

声変わりはまだしてないのかな…?と思いつつ自分の手を掴んでた月乃の手を軽く離す。

「ごめん、ちょっとトイレに行かせてもらっていい?」

「あ、うん」

 思い切って立ち上がり、頼りない足付きで、部屋を出て行く。


 体が重たい。

それに、知らない建物の中。

トイレの場所が分からない。

ペタペタスリッパの音がやけに響く。

壁伝いに歩いていくとすぐ近くにトイレマークを発見する。

男子トイレマーク。

迷わず入っていく。



「うあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーッッッッ?!!!」

 強烈な叫び声が響いた。

響いた声の主は緋瑪斗自身だった。

「ないないないっ!!俺の…ないーーーっっ!!」


「なんだなんだ?どうした?」

 急に病院の中がざわつく。

いきなりでかい声がしたのだからそりゃ何事かと、騒ぎが起きる。

近くにいた看護師や、他の患者や見舞いに来てる一般人。

声のある方へ向かって行く。

「おかしいおかしい……これは夢?!」

 自分のほっぺたをつねる。

「痛いっ」

 紛れもなく現実。

そう確信する。

頬がヒリヒリする。

「な、な、な、なんだこりゃぁあ!!」

 さらなる叫び。

緋瑪斗は驚いた。

鏡に映る、自分の姿に。

「髪が…赤い……?……それに……」

 胸に膨らみがあるのに気づく。

「これって……もしかして……?」

 着ている患者服の上着の中を自身の眼で確かめる。

そこには大きなふたつの膨らみがあるのが分かる。

「……はて。俺は……太った?」

 もう一度目の前の鏡を見る。

太った…と思われる箇所は胸の部分だけだ。

顔や腕、腰周りや足は太った様子はない。

それどころか、前より痩せたような気がする。

「あ、あはははは、はははは……これってようするに…いわゆる……アレだよね?」

 緋瑪斗は確信した。


「俺……女になっちゃった?」




 ――時は少しだけ遡って……、ほんの2時間程前だった。

少年・狗依緋瑪斗は急いでいた。

珍しく寝坊してしまい、猛スピードで登校の準備をしていた。

「やばいやばいやばい」

 ドタドタうるさい。

階段を上り下りする音。

「ヒメ〜、遅刻するわよ〜」

「わかってるよー」

 母親の頼子。

見てわかるように若々しいうえに美人だ。

そんな綺麗な母親が毎日朝食の支度をしてくれる。

「ヒメ兄ちゃん寝坊〜?珍しいね」

 弟の稔紀理みのり

小学4年生。

男の子ながら非常に可愛らしい顔をしている。

弟なのによく妹と間違えられる。

「小学校は近くていいよね」

 皮肉っぽい言い返しする緋瑪斗。

「中学校も大した変わらんだろ」

 これから出ていこうとするのは長男でもあり、緋瑪斗の兄である佑稀弥ゆきや

背が家族の中で一番高く、体つきもいい。

何よりいいのがイケメンとよく言われる程、整っている顔。

「そうだぞ、ヒメ。ゆっきが言うんだからな」

「ゆっきて言うなよ親父…恥ずかしいんだから」

 新聞を読みながら朝食をとっている、典型的な父親像を取ってるのは父親の利美。

イケメンの父親だけあって、利美も若々しくいい男前だ。

「そうか?かわいいだろ」

「かわいいのはヒメじゃないか?」

 佑稀弥は緋瑪斗の方をチラっとみる。

「お姫様みたいでそう呼ばれるのはなんか嫌なんだけどね」

 と、緋瑪斗は自分の愛称を嫌がる。

「よく言うぜ。子供みたいなツラしててよ。女みたいにも見えるぜ」

「稔紀理だって同じようなもんじゃんかよ!なんで俺ばっかり」

「それは否定出来ませんね」

 淡々と稔紀理は答える。

慣れてるような素振りだ。

「そんな事よりほら、時間時間」

「ああ、そうだった。って鞄鞄〜!」

 鞄を自室に忘れてきた。

また二階に戻る始末。

「先に行ってるぜ〜」

「あ、僕も行くー」

 他の兄弟は先に出て行った。

父親の方は…というと、自営業なので通勤の必要がない。

なぜなら、この家が本屋の店舗も兼ねてるからだ。

本屋と言っても新刊や雑誌、中古漫画などは勿論、プレミア物の古書、ゲームなどの中古品など取り扱っている。

半分レトロな雑貨屋状態だ。

そしてネット通販なども行ってる。

今の時代こういった商売は厳しいと言われてるが、ここ狗依書店はなぜか繁盛している。

この地域の唯一の店舗でもあるし、なんせ学校で取り扱う教科書なども扱ってるからだ。

それともうひとつの理由がある。

よく店番で手伝っている頼子が美人で評判なのでそれ目当てに来る人もいるとかいないとか…。

あとたまーに息子達も手伝う。

その息子達もカッコイイし可愛いのでそれ目当ての客(中年のオバサマ達)もいるとかいないとか…。

そんな安泰した本屋さんであるのだ。

「ヒメちゃん、ご飯は?」

「食べてる暇ないよ〜」

「あら、だめよ。少しでもいいから食べなさい」

「えぇ、本当に遅刻しちゃうじゃんか」

「いいから、食べなさい」

「う…(顔は笑顔なのに目が怒ってる)」

 変なプレッシャーに耐えれず、時間もないのに席に座らせられる。

朝のメニューは至ってシンプルな白飯、目玉焼き、ウインナーなど食べやすい物で構成されていた。

「はいはい…食べますよ」

 渋々箸に手をつけるのだった。



 駆け足で学校に向かってる途中だった。

今年から高校生になったばっかり。

入学して3ヶ月が経ち、夏が本格的に始まりそうな季節。

高校までの道のりは歩いて行けるくらいの距離。

20分くらいあれば着く。

だがこの日に限って寝坊。

朝食は5分で終わらせた。

たった5分でも命取りになる時間だった。

「うわ〜…あと10分もないな…ギリギリか…」

 左腕にしている腕時計を確認する。

時刻は8時20分。

登校時間は8時30分までだ。

10分を切ってしまった。

「……ここを突っ切ればショートカット出来るな!」

 登校通路は大体同じ道を通るのだが、とある公園内の遊歩道を通れば5分くらいのショートカットが出来る。

それを事前に既に知っている緋瑪斗はそのコースを使う事にしたのだ。

遊歩道だけあって、綺麗に整地された木々や花壇が並んでいる。

少し奥地へ行くと木々で少し視界が悪くなる。

それを利用してか、よくカップルなどがいたりするのだが、この時間はさすがに朝なのでいない。

朝の散歩しいる犬連れの人やおじいさんおばあさんなどが歩いていたりするのだが、この日は誰もいない。

天気も悪くないのに。

「っしゃー、行ってやろうじゃないの」

 と、気合入れて特に考えずに突っ切る事にした。

遊歩道じゃない道から外れた所を行けばさらにショートカットが出来る。

そう思い、外れた道へ進んだ。


 ガサガサッと芝生の上を走る。

足音が気になるがそうも言ってられない。

なんとか間に合わせようとなるべく急ぎ足だ。

その時であった。

何か呻き声のようなのが聞こえてくる。

「なんだ?」

 思わず足を止めてしまう。

ザザッザザッと音が聞こえる。

周りには何もない。

でも音だけが聞こえる。

気のせい……ではない。

音が聞こえる方に足が動いていた。

(何の音だろう……?)

 なぜか興味が出てくる。

急がなければいけないのに興味の方が勝ってしまい、音がする方向へどんどん進む。


 緋瑪斗は驚いた。

一人の女性…、いや同年代くらいの若い女の子が血まみれで倒れている。

髪が赤い…真っ赤というより、朱色とも言える。

格好は和服のような、形をした上着。

コスプレか何かと一瞬思ったがそうでもないらしい。

その女の子と一緒にいる…変な格好した人…。

いや、普通の人とは違う格好、姿。

男だとは思う。

しかし耳や爪などが長い。

鋭い目つきで頬になんか模様みたいなのが描かれている。

タトゥーなのかなんなのかは分からない。

異形な存在。

「な、何…?どういう事?」

 震えながらも口に出てしまう。

よく見るとその異形な存在もかなりの怪我をしてるようだ。

血…は赤いようだ。

「く……焔族め…おのれ……」

 ふらついた動きで女の子の方へ向かう。

鋭い爪を掲げる。

いわゆる、トドメをさそうというパターンだ。


「だ、だめだ!」

 考えるより先に動いてた。

このままでは殺されるに違いない、と。

緋瑪斗は思わず大声を出して動きを止めさせた。

第三者の介入に二人共気づく。

「やめろ少年!」

 赤髪の少女は意識はあった。

必死にやめろと叫ぶ。

「邪魔するな……人間の小僧。お前もこの焔族同様に殺すぞ」

「……う…」

 殺す。

こんな本気でストレートに言われるのはそうそうないだろう。

だが今は直に「殺す」と言われている。

体が震えてるのが緋瑪斗自身にも分かるくらいガクガクしてるのが分かる。

「この少年は関係ない!やるなら私をやれ!」

「ふ…死に損ないが」

「それはお互い様だ!」

 両方とも血まみれのボロボロだ。

「フッ……黙れ」

「何をしてる!逃げろ少年!」

「え?」

 男の方が緋瑪斗に向かってくる。

「邪魔者は殺す」

 気づくと緋瑪斗の目の前にソイツは居た。

「なっ…え?!」

 そして赤い血しぶきが自分の目に飛んできた。

「がふっ…」

 長い爪で体を切り裂かれた。

(あれ……?俺……もしかして…)

 胸元から顔にかけて大きな切り傷が出来た。

血が流れる。

「…うぅ……」

 意識が一気に遠のく。

訳が分からない。

「フン、邪魔をするからだ」

「おのれ……関係ないやつに危害を加えるとは」

「焔族よ、今度こそトドメをさしてやろう」

 男は少女の方へ矛先を変える。

そしてもう一度鋭い爪を伸ばした。

その瞬間だった。

緋瑪斗の胸元に爪が突き刺さっていた。


 痛みが後から襲ってくる。

いつの間にか倒れていた。

体が動かない。

思ったより深く切られたようだ。

血が流れてくるのが分かる。

呼吸が出来ないくらい、苦しい。

(……俺…死ぬのかな……)

 まさか、自分がこんな目に遭うとは思ってない。

しがし現に、今死にそうになっている。

(人生…って…本当に儚いもんなんだな…)

 なんて事を頭の中で考えていた。

「貴様ぁぁぁ!!」

 赤髪の少女が咆哮する。

両手に赤く燃える炎が見える。

背中には赤く燃えるような、翼の形状した炎も見える。

「その体でどうするつもりだ…?」

「焼き尽くす……!!」

「くっ……」

 少女が突撃していく。

最後の力を振り絞って。

男も動きが鈍い。

「うぅぉぉぉ!!!」

 赤髪の少女が両手の炎を手前に向け、男に放つ。

炎が男の体に燃え移る。

「くっそぉぉぉぉぉ貴様ぁぁぁあっぁぁ……」

 と、断末魔を残し体がどんどん燃えていく。

ゴォォと音が聞こえてるく程の強烈な燃えっぷりだ。

「その一瞬で……力を蓄えていたのかぁ……」

「……この少年のおかげだ。散れ!」

 少女の大きな一撃が燃えている男に最後の一撃を喰らわす。

体がどんどん形をとどめる事がなくなり、崩れていく。

「がっ……ぐっ…」

 少女はその場に倒れこむ。

力を使い果たしたようだ。

「くくく…これで終わったと…思うナよ…。いずれ俺の同胞が…貴様ら…焔一族を…」

 言いかけのまま、完全に崩れ去りその場は塵だけとなる。

かなりの高温の炎のようだ。


「く………無理をし過ぎたか……私もまだまだだってことか…。しかし…」

 ふと、緋瑪斗の方を見る。

「う……」

 呻き声が聞こえる。

まだ生きてるようだ。

「……すまないな…。少年。巻き込んでしまって」

 少女は緋瑪斗の元へ向かう。

(このままでは……死んでしまうか……ならば)

 ふらついた足取りで緋瑪斗の前へしゃがむ。

「君が来てくれなかったら私は死んでたかもしれんな…。だから、次は私が君を助けてやる…」

 少女は緋瑪斗のズタボロになった制服を脱がし、両手を胸元に置く。

「焔一族は…、他人に血と妖力を分け与える事で、生命力を活性化させ次代に命を渡す…、助けるためには…」

 少女の体が淡い赤色に発光する。

緋瑪斗はその光に包まれた。

「……死ぬな、少年。生きるんだ」




 2時間後。

こうして目覚めた緋瑪斗は病院に居た。

そして、自分自身の体の変化に驚いていた。

「な、な、な、な、なんだこりゃーーーー」

 パタパタと大声を出した緋瑪斗の元に急いで看護師達がやってくる。

「どうしました?」

「あ、あの……俺、俺、男ですよね?」

「…え?どうみても女の子だと思いますけど…?」

「お…んなの…こ…?」

 三度、鏡を覗き込む。

顔は、自分だ。

元から童顔だの女顔だの言われてきた。

だが、なんか妙に丸くなったような気もする。

たしかに言われてみれば体つきも丸み帯びて、元々線が細かった体つきもさらに細くなっている。

手足はより細く、白い。

髪は赤…というより朱色のような、赤茶髪の度を越えすぎた色合いだ。

よくみると瞳の色も違う。

うっすらと赤い。

「なんだこれは…ワケがワカラナイ……俺どうなったんだ…?」

「緋瑪斗!」

 バンッと勢いよく後から入ってきたのは月乃だった。

「月乃…」

「ヒメ……あなた…」

「月乃…。俺、男だったよな?」

「…………その姿…ヒメだよね?」

 月乃は驚愕していた。

明らかに以前とは違う緋瑪斗の姿様子に。

「ヒメは…女の子だったの?」

「ちがーう!!」


 緋瑪斗はなんとか自分が寝ていた病室に戻っていた。

後から家族達もやってきた。

しかし緋瑪斗の変貌ぶりにみんな絶句していた。

「ヒメちゃん…あなた……どうしたのそれ?」

「ヒメ?!」

「ヒメ兄ちゃん…だよね?」

「緋瑪斗…?」

 家族が口揃えて言った。

「女だったのか?!」

「だからちがーう!!」



 混乱する家族達。

「ひひひ、緋瑪斗が…息子から娘に…あわわわ」

「おおお、落ち着きなさいおおおお父さん……」

 どうみても落ち着いてない両親。

「どういう事だ?これは…?髪の色もこんなになって…」

 兄の佑稀弥が緋瑪斗の変わり果てた髪の色を触りながら言う。

サラサラしてて綺麗だ。

元からちょい長めのヘアースタイルだった。

そのせいでより余計に女顔とかバカにされていたのだが、完全に女にしか見えない。

「怪我はない?ヒメ兄ちゃん?」

「怪我…?そういえば…たしか、変なヤツに刺されて、血が…」

 また服の中を覗く。

「傷が…治ってる?あの時たしかに……、あ」

 改めて自分の体の変化に驚く。

それよりも死にかけたというのに傷がまったくないのだ。

いや、厳密に言うと傷跡らしきものはうっすらと残っている。

気になるほどではない。

もしかしたらすぐに消えるのかもしれない。

「……どういう事だ…?」

 自分の体を手触りしながら言う。

「ヒメ?!刺されたって何?どういう事?!」

「あ、いや…それは……」

 しどろもどろ。

このまま喋っても言いのだろうか?

というか、喋っても信じてもらえないような内容だ。

「あの時、たしか赤い髪の女の子と、変な姿した男の人がいて、どっちも血まみれで…」

「…?赤い髪の女の子?」

「うん……。俺、遅刻しそうになって途中の公園を通って近道しようと思ったら、その二人がいて…たしか俺その男の方に殺されたかけたはずだ」

 曖昧になりかかった記憶を辿る。

「でもそれ以上の記憶がない…」

「驚いたわよ!緋瑪斗が倒れて病院に運ばれたって…。でも怪我がなかったのはいいのだけれど…」

「だけど?」

「なんで女の子になってるのよー!!!」

 月乃の大絶叫が病院中に響いた。


「…俺には何が何だか……」

「それはこっちの台詞よ!」

「う……」

 月乃の凄まじい剣幕でたじろぐ。

「驚きましたよ」

 突然、聞き慣れない声が聞こえた。

声の主の方を見ると、男性医師だった。

「運ばれた時は血まみれだったのですが…怪我が一切なくて…何かの悪戯かと思ったのですけどね」

 血まみれになったのは覚えている。

だけど怪我がまったくない。

それがまずおかしい。

「どういう事ですか?」

 父親の利美が医師に質問をぶつける。

医師のネームプレートには朝田と書いていた。

朝田医師は冷静にこう答えた。

「娘さんでは…ないのですか?てっきり息子さんだと思ったのですが…。それにしては不自然でした。

なんせ、男子学生服姿でしたから。それに制服はボロボロでした。事故に遭ったとしても不自然な破れ方でしたし」

「それは…」

 朝田医師の疑問には答えられずじまい。

言葉を濁してしまう。

「……言いたくない事もあるのでしょう。ですが、不自然な事が多すぎます。お子様は間違いなく「女性」です」

「そ、そうなんですか?」

 両親は唖然としている。

他の兄弟も今までに見た事ないような表情をしている。

月乃は涙ポロポロの顔だ。

「あ、あの……俺にも一体何が何だか分からないんスけど…」

「ああ、ヒメちゃん…」

 母親の頼子がぎゅっと抱きしめてくる。

こんな事いつ以来だろうか。

ふと心の中で思った。

「あっ!そうだ!学校…みんな学校は?」

「お前が病院に運ばれたって聞いてみんなすっ飛んできたんだよ!」

 ぽふっと、緋瑪斗の頭に軽く叩くような形で手を置く佑稀弥。

「そ、そうか…」

「こんな時にも学校の事気にするなんて、どこか抜けてるのよね…ヒメは」

 涙流しながらも笑顔を見せる月乃。

一安心したようにも取れる。

「緋瑪斗…。体は大丈夫なのか?」

「え?あ、うん。痛みもないし、意識もはっきりしてる。十分歩けるし。ほら」

 そう言って立ち上がる。

ふらついてたのが嘘みたいに落ち着いている。

「…ヒメ。背縮んだ?」

「え?」

 月乃が緋瑪斗の隣に立つ。

すると月乃の方が断然大きい。

「嘘だろ…?俺身長161cmあったんだぞ?いや、決して大きくはないけど、伸びてる最中だったし…」

「…私より小さいよ。ヒメ」

 月乃は159cm。

女子の中では平均くらいだ。

その女子の平均よりも低くなっている。

「………ごめん、なんか混乱してきた」

 また座り込む。

女になったうえに背まで縮んだ。

ただ、スタイルはいい。

手足が細く、長くスラっとしている。

元々が細身だったせいかもしれない。

「すみませんが、もう少しだけ検査させてください。それとご家族の方と付き添いの方…お話があります」

「え、ああ、はい」

 そう言うと緋瑪斗は検査のために病室を出て行った。




「あの、息子は、緋瑪斗は大丈夫なんでしょうか?」

 心配そうに頼子は朝田医師に聞く。

「そうですね。健康状態には異常はありませんね。念の為、さらにもう一度詳しい検査しますが。逆にお尋ねしますが、息子さん…いや娘さん?

ともかくですね、緋瑪斗さんは、男性だったのはたしかですか?」

「え?そりゃそうですよ〜。うちはイケメン男三兄弟って有名なんですから」

 なぜか誇らしげに行く利美。

「……そうなんですか」

「なぜ、息子は女の子に…?」

「…それは私らにとっては理解難いものなのですが…実は、倒れていた公園には謎の焼け跡がありました。何が燃えたのかは今は不明ですが」

「それが何か関係あると?」

「関係ないとは言い切れません。そこは警察が調べてもらってます。ただ、昔からこの地域では…不可思議な事件がよくあるみたいで」

「不可思議事件?」

「ええ。書いて字の如くです。我々の科学では理解出来ない事件ですよ。おそらく緋瑪斗さんはそれに巻き込まれたのかと…」

 全員が信じられないと言った表情。

朝田医師がまさかの発言に固まってしまう。

「ハハ、そんなバカな。そんな事この世にある訳ないでしょ?先生?」

 否定をする佑稀弥。

でも言葉は少しうわずっている。

「聞いた事あるんですよ。知り合いの刑事さんがいましてね。時々警察でも手に負えないような、不可思議事件があるって。

まあ、それを担当する刑事さんが知り合いでして。現に、報道もされない完全な闇の事件があるとかなんとか……」

 月乃はゾゾゾッと背筋が凍るような感覚に陥った。

年少の稔紀理も引きつった顔をしている。

「だ、大丈夫よ、稔紀理くん…」

「うん…」

「その不可思議な事件に緋瑪斗は巻き込まれた…と?」

「かもしれません。それは緋瑪斗さんが一番知ってると思います」

「………」

 再び全員黙り込んでしまう。

「…辛気臭いのはヤメヤメ!緋瑪斗は生きてたからいいじゃないか?な?男だろうが女だろうが生きてたから良しとしようぜ!なっ?」

「そ、そうだな」

「そうそう」

 男陣は無理矢理にもポジティブに考えを向ける。


「ちょっとぉーっ!」

 勢いよく入ってきたのは月乃と同じ女子制服を着た女の子。

細目のショートカットがお似合いの可愛らしい雰囲気の子だ。

「緋瑪斗君が病院に担ぎ込まれたって聞いたんだけど…って、あれ、みんな勢ぞろいしてるわね…?月乃まで」

「玲華ちゃん」

「玲華!」

 狗依家の人間より先に玲華と呼ばれた少女に駆け寄る月乃。

狗依玲華いぬい れいか

緋瑪斗達兄弟にとっては、従姉妹いとこにあたる。

ようするに今揃ってる狗依家の家族とは違うもうひとつの狗依家の子だ。

近しい親戚だけあってこちらも急いで戻ってきた。

月乃とは仲の良い友人。

「月乃まで…緋瑪斗君は?!」

「大丈夫よ。生きてるし大きな怪我もないみたい…だけど」

「だけど?」

「…それは親として、私から話すわ」

「頼子おばさん…?」




 緋瑪斗は検査のために、女性看護師と移動していた。

まったく見た事のない病院内の風景。

今までに入院というのをした事がないくらい健康体で15年間過ごしてきた。

風邪や何やら幼い頃によくかかる病気は人並みの体験はしてきた。

だが、こういった大げさに検査などした事ないので不安が大きい。

ましてや、自分の体が以前と違うのだから。

緋瑪斗はある事に気づく。

「あ、あの…検査に行く前に…トイレ行っていいですか?」

「あら、大丈夫?どうぞ」

「すみません…」

 自分の体の変化に驚き過ぎて用を足すのを忘れていた。

今は少し気持ちが落ち着いてるので大丈夫だろう…と信じたい自分がいる。

「あ、そっちは男子トイレよ?」

「あ、え、だって俺…」

「女の子…よねえ?どう見ても。驚いたわ〜。だって血まみれの服で運ばれてきたのに…大きな傷跡ないし……綺麗な肌だったのよ?」

「はぁ……」

 変に思われるのも嫌なので、おとなしく女性用トイレへ向かう。


 トイレに来たのはいいが、いかんせんどうやっていいのか分からない。

なので、思いつくままにする事にした。

男の時にあったものがないとなると勝手が違う。

(……なんか変な感じ………)

 あれやこれやと深く考えてしまう。

(恥ずかしい…なんだこれ…)

 誰も見てる訳でもないのに、赤面する。

(誰か助けてくれ〜)




「なんてこった……緋瑪斗君が女になった?信じられるワケないじゃない…」

「それはそうだけど…実際に見てみればわかるよ」

 信じられないといった様子。

玲華は腕を組み静かに話を聞く。

「にわかに信じれないわね…実際に見てみないと」

「そりゃそうだろな」

 肝心の本人は再検査中。

いろいろ話を聞いてるうちに頭がパンクしそうになる。

それもその筈。

みんなして玲華に話をかけてくる。

「あ、あのね、みんなちょっと落ち着いて?みんなが戸惑ってるのは分かるけど…一番戸惑ってるのは緋瑪斗君でしょう?」

「……」

 一斉に黙り込む。

家族がこんなに取り乱してどうする。

当の本人が一番戸惑ってる筈なのだから。

「あー訳わかんねーっ!」

 と、大きな声を出したのは佑稀弥。

「とりあえず生きてたからいいじゃねえかっ!なっ?緋瑪斗が戻ってきてから考えようぜ?」

「何を考えるのか分からないけど…」

 冷静にツッコミを入れる玲華。



 3〜40分くらい経っただろうか。

会話も少なく淡々と時間が過ぎていった。

そしてやっと緋瑪斗が検査から戻ってきた。

「た、ただいま」

「緋瑪斗!」

「ヒメ!」

 一斉に緋瑪斗に集まる。

「ちょ、ちょ…みんな落ち着いて?俺は大丈夫だから」

「うわぁ……緋瑪斗君……どうしたのその頭?」

「いろいろあって…」

「本当に女の子になったの…?」

「………」

 無言でコクンッと、頷いた。

「…じゃあ、見せて!」

「え?」

「見せなさい」

「そうだ、見せろ」

「そういうのはまずは母親の私からね」

「まてまて、ここは一家の大黒柱としてだな…」

「ちょ、父さんも母さんもゆき兄も何を言ってるんだよ…?」

 玲華をはじめとして他のみんなまで迫る。

顔は本気だ。

「わわわ、わぁぁっ!!」

「みなさん落ち着いて〜あわわわ」

 月乃も混ざる。

「ヒメ兄ちゃん…僕には止める事が出来ないよ…ごめんね」

「あの〜……よろしいですか?一応病院なのでそんなに騒がれては…」

 朝田医師が事言いたげにしようとしていた先での騒ぎだった。



「結論から言いますと、緋瑪斗さんはれっきとした女性です」

 ズズンッと緋瑪斗の心の中に響く。

今まで男として生きてきたのに、突然女性ですと言われたら悲しいやら何やら、変な気持ちになる。

「息子は…緋瑪斗が女…?」

 親達は項垂れる。

他のみんなも神妙な顔つきだ。

「検査の結果……体の状態、女性としての機能、それらは正常に動いていて、健康状態も問題ありません。ただ…」

「ただ?」

「男性だったという裏付けは出来ません。私共では。でもたしかに、男性だったというのは他の病院のカルテなどからは把握出来ました」

「なるほど…」

 気になる言い方。

朝田医師は何を伝えようとするのか。

緋瑪斗にとってはその短い間がやたらと長く感じた。

「血を採取して頂きました。結果は後ほどとなります。明日にでも結果お伝えしますのでその時にまた…」

 そう言うと朝田医師は出て行ってしまった。

どうもひっかかるような言い方だった。

「あ、あとそれともうひとつ」

 退出したかと思ったらドア越しに頭だけを出してこう伝えた。

「大きな怪我もなく、健康状態も問題ありませんので、明日退院しても問題ないですよ〜」

「はぁ…」

 妙なところでひょうきんな先生だ。

「だって、緋瑪斗。どうする?」

「どうするったって…退院できるならしたいよ!」

「じゃあ決まりだね。お父さんは明日退院する事に先生と話してくるよ」

 なぜか張り切って出て行く。

「親父…なんか嬉しそうだったな」

「ヒメちゃんに何にもなくて良かったから嬉しいのよ」

「そうなの…?」

「親はそういうもんよ」



 時刻は午後12時を回っていた。

他の兄弟や月乃達はこの日は学校には戻らず、面会時間が終わる時間まで一緒にいた。

母親の頼子は付き添いという形で緋瑪斗と共に病院に泊まる事になった。

「……じゃ、また明日…ね?ヒメ」

「あ、ああ…」

「緋瑪斗君……またね」

「じゃあなヒメ。明日楽しみにしてるぜ」

 それぞれ出て行く。

「………」

 手を振っていはいるが、どうも力が入らない感触がしてならない。

いや、健康状態はなんら問題ないのだ。

走ろうと思えば走れる気がする。

そこまで体力は尽きてない。

でも力が入らない。

気持ちの問題だろう。

いきなり女になった。

戸惑いを隠せないままでいた。

「ねえ、母さん。俺、どうなっちゃうの?学校とか…」

「…そうねぇ。どうしようかしら?女子制服買わないといけないわね。あ、その前に女の子用の服を買わないといけないわね!」

「いや、そうじゃなくって…。この体の状況をどうするか…なんだけど。どう説明すれば…」

「なぁに、簡単よ!元から女の子だったって言えばいいのよ!」

「なんだその理屈ー!」

「だってぇ、お母さんもだけどお父さんも娘が欲しかったって言ってたのよっ」

「……そういう魂胆か」

 半分ガッカリする。

(俺は男だったんだよ?)


 元から女……はさすがに無理だ。

男として生きて、入学も済ませている。

それにこの髪の色。

少しオレンジ色がかった綺麗な朱色だ。

自毛である事は検査で確認済み。

何がどして黒髪からこんな朱色のような赤髪になってしまったのかは分からない。

考えれば考えるほど、目が回ってくる。

分かってる事は、登校時に通った公園内での出来事。

あれは…殺し合いをしてた。

どう見ても人間を超越した力を使っていた。

(………あの時が原因なのか…?俺はあの時変な男に切られて…死にかけたはずだ)

 思い出すと体が震える。

なんせ、殺されかけたんだから。

だが傷は一切ない。

この矛盾は一体なんなのだろう?

余計に頭が爆発しそうになる。




 ―――――「きろ。――起きろ。」

「ん……あ…?」

「起きろっ。少年。いや今は少女か…」

 どこがで聞いた声が聞こえる。

夜中の消灯時間。

ここの病院、鞍光総合病院はここらでは一番大きい病院。

内科外科なんでもござれ。

入院施設もあり、つい最近新しい施設に立て直し生まれ変わった。

消灯時間は21時。

ウトウトしてた頃。

頼子も隣で寝ている。

頼子の声ではないようだ。

「…誰?」

 緋瑪斗は上半身を起こした。

しかし頼子以外の姿は見えない。

緋瑪斗は個室。

暗闇なので少しわかりにくい。

「……まさか、幽霊?病院だし…」

「そんな訳ないだろう。私はまだ生きている。君のおかげでな」

「…………え?」

 目の前の影からゆっくり姿を現したのは、朝に会った少女だった。




「あの時の……!!」

「あまり大きな声出すな。バレてしまう」

「はぅ」

 思わず両手で口を塞ぐ。

紛れもなく公園内で居た少女だ。

だが以前と雰囲気が違う。

着ている服も変わっていて、現代的な服だ。

髪も短くなっている。

色は変わってない。

緋瑪斗と同じ髪の色だ。

(なんで俺と同じ髪の色…?)

「私は茜袮あかねだ。君の名前は?」

「…緋瑪斗」

「ヒメトか。変わった名前だな」

「よく言われる」

「君に伝えたい事があってやってきた」

「…伝えたい事?」


 茜袮と名乗った少女は淡々と語りだした。

「まずは君に礼を言おう。ありがとう。あの時君がいなかったらあのまま私は死んでいた」

「……おかげで痛い目にあったけどね」

「…それはすまないと思っている。私がもっと強ければ良かったのだが、あの時無傷で助ける事が出来なかったな」

「……」

 無言で緋瑪斗は話を聞き続ける。

「君は、この世界には沢山の妖怪がいるという事を知っているか?」

「よ、妖怪?妖怪ってあの…妖怪?」

「どの妖怪かは知らんが、君達人間以外に、妖怪達が住んでいる。私もその妖怪のひとりだ」

「なんだって……?!」

 唐突の告白に驚く。

何回驚けばいいんだ?

なんか、もう頭が割れそうな気がして、両手で頭を抱える。

「…妖怪って…だったらあの時戦ってた相手も妖怪?」

「そうだな。あやつは私達焔一族の天敵とも言える相手だった。戦って、戦って、やっとこの地に追い詰めたのだが、逆に追い詰められてしまってな」

「妖怪同士で戦い…?」

「人間同士でも争いをするだろう?それと同じだ。所詮、生き物は争いと共に生きてるってところだな」

「……」

 納得するようなしないような。

「君は運悪く、遭遇してしまった。そして殺されかけた。見殺しにしてはいけないと思い…焔一族の力でもある、

妖力を君に分け与え、肉体を蘇らせたのだ。「妖怪」として」

「……え」



 緋瑪斗は更に驚愕した。

驚きの連発で声がもう出ない。

それくらいショックだ。

茜袮という少女に告げられた言葉。

緋瑪斗の体はもう妖怪だという。

「焔一族は……女しかいない種族なのだ。いくら交配しても女しか生まれない。それのせいだろうか…緋瑪斗。

君の体は妖怪化したうえに、女性化してしまったようだ。まさかこんな事になるとはな…予想外だったんだ…。すまない…」

「分かった。分かったよ。全ての謎が解けたよ」

「この髪の色も瞳の色も焔一族としての変化なんだよな?!」

「おそらく…そうだろうな」

「納得したよ…女になった理由も……」

 ドカッと、ベッドに座り込む。

女になった理由も、傷が一切なかったのも、髪の色や瞳の色が変化したのも、すべて茜袮が緋瑪斗を助けるために行った行為だった。

体の変化は焔一族という、妖怪の種族の現れだったのだ。

「はは……笑っちまうよ」

「…すまない」

 何度も謝る茜袮。

泣きそうな顔をしている。

「でも、茜袮さん…?が、死にかけた俺を助けてくれたんだろ?女になっちゃったけど…。死ぬよりマシだよ。うん」

「そうか」

「妖怪だなんて、面白いじゃん。普通の人間じゃないんだよ?あ、いやもう人間じゃないのか。なんかわけわかんねーな」

「…妖怪と言ってもおそらく半妖状態なのかもしれんな。普段は妖術など使えないだろうし。君は今は「人間」の状態だ」

「え?そうなの?」

 茜袮はふと、部屋に掛けられている時計を見る。

時間を気にかけているようだ。

「ねえ、俺はもう男に戻れないのかな?」

「不明だ。私には戻す事は出来ない。だが…焔の里へ行けば…何か分かるかもしれんな」

「焔の里?」

「そうだ。私達、焔一族が住む里だ。そこへ来れば分かるかも知れないぞ」

「ほ、本当?だったら俺をそこに連れて行ってくれよ!」

「………残念だがそれは今出来ない。私は……焔一族の力の大半を失ってしまった」

「え?」

「…君に力をあげてしまったからな。焔一族は死ぬ前に次世代の者に力を継承させる。それを…君に使ってしまったのだ」

「な、なんですとー?!」

 変な声を出す緋瑪斗。

驚きすぎて声が裏返った。

頼子はそれでも起きない。

かなり心労が溜まってたのだろう。

「力を少しでも戻す事が出来れば………。それに私にはまだやるべき事が残ってる…」

 やるべき事。

その内容は茜袮の口からは述べられる事はなかった。

「緋瑪斗よ。これから大変だと思うが……しばらく我慢してくれ。また会おう」

「あ、ちょ…」

 茜袮の姿が闇の中へ消えていった。

まるで入れ替わるかのように、頼子が目を覚ます。

「ヒメちゃん…?誰かと話してた?」

「あ、いや、なんでもないよ…」

「そう?すぐ退院出来るからね。頑張ろうね…」

 再び床につく。

はしゃいでるようには見えてたが、かなりの心労があったようだ。

すぐ寝付いてしまった。

「………茜袮さん…」

 ボソッと名前だけしか呟けなかった。


 待ってるとはどういう意味なのだろうか?

焔一族という妖怪達の里に来れば分かるという事なのだろうか?

自分が女になったという理由も判明した。

それと同時に、妖怪にもなったと、茜袮は言っていた。

いまいちピンと来ないが、髪の色など見ればなんとなく言ってる事が分かる。

(……困ったなぁ…)

 今日はいろいろ考え過ぎた。

もう頭が追いつかない。

全て夢がいい。

何もかも夢であって欲しい。

そうまで願いながら気づけば眠りについていた。




「ご迷惑おかけしました」

「いえいえ」

「こちらこそ」

 親と朝田医師の会話。

迎えに来てたのは父親の利美だ。

他の兄弟や月乃達は学校をサボる訳にもいかず、退院のタイミングに来るのはさすがに無理だった。

 緋瑪斗はめでたく(?)一日だけで退院となった。

目立った外傷もなく、警察も来てたらしいが、事件性がないと判断。

大きな面倒事にならずにすんなり家に帰れる事になった。

ただ、緋瑪斗の性別が変わった以外。

(昨日の茜袮さんの事…。言った方がいいのかな…?でも…)

 正直に言った方がいいのか。

言ったとしても信じてくれるのか。

そもそも言ってどうにかなる訳ではない。

今は無理に言わない方がいい。

そう、考えをまとめようとしてた。

「退院ですね。緋瑪斗さん。お体は大丈夫ですか?」

「え、あ、はい…。何も問題ないです」

「それは良かった。ま、治療とか大した事はこちらではしてないんですけどね。あっはっは」

 明るく笑う朝田医師。

「あ、そうそう。採血の結果なんですけどね…」

「はい?」

「……奇妙なんですよね。基本的にはO型であるのには変わりないのですが…」

「ですが?」

「どうやら普通の人とは違う…新型かもしれませんが。少し違う、珍しいO型の血液型となってますね」

「それは一体…?」

 緋瑪斗はドキッとした。

まさか…気づいている?

「いえいえ、問題はないと思います。私は専門家ではないので詳しい話は存じませんが、まったく同じ血液型というのは基本存在しないらしいですからね」

「そ、そうなんですか?」

 ほっと胸を撫で下ろす。

(よ、よかった…。いずれにしろ…言わないといけないよね……。それは落ち着いてからでいいよね?)

さすがに妖怪の血が混ざってる…とは言えない。

妙な話だが、普通とは違うのは当然の話だ。

茜袮の話が本当なのであれば、きっと新しい血液型なのも当然だろう。

「でも良かったな。ヒメ。すぐ家に帰れて」

「あ、うん、そうだね」

 頭を父親に撫でられる。

撫でられるなんて、いつ以来だろう。

小学低学年くらいだろうか…などと思っていた。

「ではこれで」

「何かあればすぐに来てください。出来るだけ力になりますから」

「はい、ありがとうございます」

 深々と親子で頭を下げて礼をする。

そのまま車に乗り込んで病院を後にした。


「あの、先生。自分が男とかあの子…緋瑪斗さんは仰ってましたけど…どういう事なんですか?」

「それは私も聞きたいくらいですよ。実に不思議だ。でも彼は…いや彼女は…「男」だったのはたしかのようだけどね…」

「はぁ…?」

「興味深いものではあるが…我々が立ち入っていい世界なのかどうかは…疑問ですね。さて…」

「……?」

 隣にいる女性看護師には何を言ってるのか理解出来ない。

朝田医師は携帯電話を取り出し、誰かに電話をし始めた。

「おっと、先に戻っててください。僕は少し私用で電話します」

「あ、はい。長電話はダメですよ」

 看護師は先に建物に戻っていく。

朝田医師が連絡を取った人物。

携帯電話の電話帳の名前には、沢村洋吉刑事という文字があった。




 病院は住んでる地域の隣街なので、帰りは時間はそこまでかからないですぐ家に着いた。

一日帰らなかっただけで、なぜか久しぶりな感覚がある。

昨日が長いようで短いような、いろいろぎゅっと詰められた一日だったからだ。

「はぁ…帰れた」

「おっと、ヒメちゃん。これから大変よ」

「そうだね……」

 大変も何も。

制服はボロボロ。

もう着れるものじゃない。

「服を買わないとね?」

「制服?」

「制服も買わないといけないわね」

「制服「も」?「も」?ってどういう…」

「女の子用の服よ!学校も女子制服も買わないと!」

「…え、ちょっと…嘘でしょ?」

「本当よ」

 頼子がどんどん話を進める。

「父さんもなんか言ってよ!」

「……父さんも緋瑪斗の可愛い姿みたいな〜」

「え」

 ガバッと頼子に抱きつかれる緋瑪斗。

「ヒメちゃん、可愛いわ〜。娘ってこんな感じなのかしら?」

「父さんも抱いていいかい?」

「二人共何言ってるんだよ!俺は男だよ!いや、体は女だけど、いやいやそうじゃなくって…」

 わけがわからない。

なんで両親が女となった緋瑪斗をこうも受け入れてるのか。

「うちは男ばっかりだったから…。なんか嬉しいわ」

「嬉しいって…そんなコト……」

 ズキンッと胸が痛むような気がした。

「男の緋瑪斗」が否定されたような気がして、胸が痛む。

逆に「女の緋瑪斗」が受け入れられて、複雑な気持ちだ。

「…悲しそうな顔しないの」

 ぴんっと緋瑪斗の鼻先を軽くつつく。

「生きてて良かったし…その、ヒメちゃんは女の子になっちゃたけど…男の子としてのヒメちゃんを忘れた訳じゃないのよ?」

「うん…」

「でも仕方ないだろ?現状を受け入れなきゃ…そりゃ、僕らも最初聞いた時は気を失いかけたよ」

「マジで?」

「あ、それは言い過ぎかもしれないけどな」

 笑いながら言う。

本当に心配してたのかこの親父…という顔をする緋瑪斗。

あまりにも突然の出来事で、二人の呂律が回らないような喋り方だったのは覚えている。

「ヒメちゃんはヒメちゃんなんだから。私達の可愛い子供なんだから。ね?」

「そうだぞ。佑稀弥も、稔紀理も、緋瑪斗もみんな可愛い子供だ。だから、安心しなさい」

「…………うん」

 両親の優しい言葉。

心配してたのは当たり前だ。

姿形が変わってしまったけれど、今まで変わらない愛情をくれる。

緋瑪斗は少し気が休まった。



 これからどうするか。

学校の事。

身の回りの整理が大変そうだ。

自分を助けてくれた茜袮の事。

妖怪化したという事。

そして、一番厄介なのが、自分自身の性別が女になったという事。

これからどう向きあっていくのか。

「はぁー、困った」

 口癖になりそう。

嫌でも現状を受け入れなければいけない。

夜が明ける。

そして、妖怪に、女になった緋瑪斗の新たな生活が始まろうとしてる。



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