ガリ勉君が聖剣を抜いちゃってどうしよう!
僕は運動が苦手だった。
小学校の頃から体育の成績はいつもアヒル。
運動会の徒競走では、ビリが定位置だった。
運動部なんて入ったこともない。
そんな僕がどうしてこんなことになってしまったんだろう。
それはT大の合格発表の日のことだった。
運動は苦手でも、勉強は得意だった僕は日本一と言われるT大を志望していた。
何年も必死に勉強を重ねてきていた。
模擬試験でもA判定が出ていた。
だからきっと合格すると思っていたのに。
「…………」
僕はメガネを外しメガネ拭きを取り出すと、念入りに拭いた。
もう一度掲示板を見る。
じっくりと見る。
「……僕の番号がない」
合格発表の掲示板の前で茫然と立ちすくんでいた。
僕の受験番号はそこには無かった。
落ちていたのだ。
18年の人生で最大のショックが僕を襲っていた。
もっとも、最大のショックはすぐに塗り替えられるのだが。
右にはガッツポーズをする男子学生、左には涙を浮かべる女子高生が居た。
辺りには悲喜交々の姿が見られた。
そんな中で僕は、重い足取りでT大を出て行った。
このまままっ過ぐに帰る気はしなかった。
滑り止めの大学に進学するのか、1年浪人して再びT大を受けるのか、考える必要は有ったがそれは後回しにするつもりだった。
今はとても考えられそうになかったからだ。
何か気晴らしになることがしたかった。
インドア派の僕は読書が好きだ。
行きつけの自由に立ち読みが出来る古本屋に自然と足が向かう。
軽い気持ちで読める本を探す。
モンスターが跋扈する世界が舞台である剣と魔法のファンタジー物で、聖剣を抜いた少年がやがて国を救う英雄になるという小説が有った。
その本を買い、ファミレスでドリンク飲み放題を注文して小説を読み進めた。
おそらくアーサー王伝説をモチーフにしているのだろう。
そのあらすじは以下のようなものだった。
アルデュルク王国は亡国の危機を迎えていた。
100年も続く西の神聖オーク帝国との戦争により国土は荒れ果て、人心は荒廃していた。
その上、戦況も不利な戦いが続き、凶悪な豚頭のオークにより国土の半分以上を蹂躙されていたのだ。
おそらくこのままでは20年以内にアルデュルク王国は滅亡するだろうと人々は不安に怯えていた。
しかし王国には一つの希望が有った。
アルデュルク王国を283年前に建国した初代国王が使っていた聖剣イスラフィールが、神殿に封印されていたからだ。
王国では初代国王からの言い伝えにより、18歳になった男子は皆その封印されし聖剣を抜けるかどうかを試すのが伝統だった。
聖剣を抜き、その主となった者は聖剣の騎士と呼ばれ、国を救うと言い伝えられていた。
その聖剣を18歳の平民の少年が抜いた所から小説は始まっていた。
少年は無双の剣士となり、国軍を率いて戦い、連戦連勝する。
百人長から三百人長、千人長へと出世を遂げていき、5年の歳月を経て英雄と呼ばれ大将軍へと任命される。
そして天下分け目の戦いで神聖オーク帝国の皇帝を打ち取り、王国を救うのである。
王国の姫君と結婚し、次の王位を継いだところで小説は終わっている。
面白かった。
ベタな展開ながら引き込まれる文章で、手に汗を握るようなギリギリの戦いが綴られていた。
読み終わった時、ふと漏らした一言のせいなのだろうか。
大学に落ちたショックを遥かに超えた衝撃が僕を襲ったのは。
「ああ、こんな人に成れたら良いのに」
そう言った瞬間、本が宙へと浮かび、ページが勝手にめくられていく。
小説の最初のページが開かれると、不思議な光が放たれ、僕は気を失った。
気がつくと僕は、見たこともない神殿の中に立っていた。
辺りは広く、パルテノン神殿のような白亜の石柱が無数に立っていた。
何人もの神官が驚きの眼で僕を見つめていた。
後ろから人々のざわめきが聞こえ、そちらを見ると何十人もの18歳くらいの少年達が並んでいた。
皆、僕を凝視し口をあんぐりと開けている。
ふと足元を見ると巨大な台座があり、大きな剣が深々と刺さっている。
趣向を凝らした美しい装飾がされ美術品としても一級品に違いない。
だけれども明らかに斬ることを目的に造られた剣だった。
ひと目で途轍もなく高価な剣だと分かる。
僕は唖然として立ちすくんでいたが、ふとどこからか鈴の鳴るような女性の声が聴こえた。
何度も聴きたくなるようなとても美しい声だった。
「どうか、その剣を抜いて下さい」
どうしたことか何の疑問も感じず、導かれるようにその剣を掴んだ。
そのグリップはオーダーメイドのようにピッタリと僕の手に収まっている。
グッと引っ張るととても常人に扱えるとは思えない大剣が羽のように軽く動き、つうっと流れるように引き抜かれていく。
その時、周囲から先ほどを大きく上回る驚きの声が上がった。
僕の手には大きな剣が握られていた。
剣の長さは2mに近く、僕みたいな貧弱な男に持てるはずがないのになぜか軽々と動かせた。
この大剣は見覚えがある。
小説の挿絵に出てきた聖剣イスラフィールとそっくりだ。
僕は夢でも見ているのだろうか。
ファミレスの中で居眠りをして、小説のストーリーを夢で見ているに違いない。
頼む、夢なら醒めてくれ。
しかし、握り締める聖剣のひんやりとしたリアル過ぎる感触が、これが現実だと僕に知らせていた。
僕は一体どうしたら良いんだ。
まさかここは小説の世界なのか?
僕が主人公になったってことか?
そんな馬鹿な話が有ってたまるか。
一体何がどうなってるんだ。
どうしたら日本に帰れる?
ひょっとして小説を完結させたら帰れるのか?
読んだ通りなら5年もかかるんだぞ。
絶賛混乱中の僕に、神官達の中でも髭が長くひときわ目立つ威厳のある老人が声をかけてきた。
見たところ80代のおじいさんだが、とても高級そうな服装をしているのに気がついた。
そんな老人が深々と頭を下げる、僕に向かってだ。
「生きている内に聖剣イスラフィールが抜かれる姿を拝見することが出来ますとは、誠に光栄の至りでございます。
私はこのウダイブル神殿の神官長を務めますリスカレム・ヴァレンタインと申します。
貴方様の御尊名を伺えますでしょうか?」
自分の5倍ほども生きている人からこんなに丁寧な扱いを受けたのは初めてだ。
リスカレム・ヴァレンタインって小説に出てきたような。
確かアルデュルク王国で最も有名な神官長であり、作中で何度か出てきて主人公にアドバイスをしてくれたはずだ。
でも怒ると怖いんだよな。
僕は深呼吸して気持ちを落ち着けようとした。
少しはマシになったはず。
「えっと、九十九学です。
よろしくお願いします」
「ツクモ・マナブ様ですな。
申し訳ないことに寡聞にして存じませんでしたが、さぞや名のある騎士様なのでは?」
「へ?
騎士?
僕は、あの、その」
あれ?
咄嗟に本名で答えてしまったんだけど、小説の主人公の名前で答えた方が良かったのかな。
確かガイ・リューブランドのはず。
まあ、答えてしまったものは仕方ないか。
適当に相槌を打ちながら、考えごとをする。
ヴァレンタインさん、日本語か。
周囲の人たちも皆西洋人っぽい外見だけど、日本語話してるな。
日本語吹き替え版の洋画みたい。
ここって外国、というか小説の中の異世界なのだろうけれどなぜ日本語……日本語の小説だからかな。
僕の見た目の方は……髪の毛が黒いな。
自分の腕を見ると、いつも通りの細い腕だった。
腕立て伏せを10回も出来ない頼りない腕だ。
あれ? 服装がおかしい。
粗末な布の服を着てる。
財布もスマホもない。
靴も薄汚れたサンダルになっている。
格好はこの小説の世界に合わせたのかな。
ガイって小さな頃から剣士に憧れて、必死に剣術の修行をしてたんだよね。
背の高い、がっしりとした体格だって記述が有ったはず。
それに燃えるような赤毛だったんだ。
僕とは全然違う。
ってことは、僕は肉体ごと本の世界に入ってしまった訳だ。
それでいて荷物は何も無し。
それはつまり……かなり困った、いや物凄く困ったことになるんじゃ。
ガイは10年以上剣の修行をしたマッチョマンで、それでも死にそうな目にあいながら勝利するシーンが何度も有ったはず。
僕は10年以上体育の授業以外運動をろくにしたことがないガリ勉君だ。
勿論剣を振り回したことなんて一度もない。
……これってかなりまずい状態なんじゃ。
「おや、どうされました?
顔色が優れられないようですが」
「どうも気分が悪くなってきたので、どこかで休ませて貰えませんか?」
「おお、そうでしたか。
それは大変だ。
どうぞ、こちらへ」
僕は神殿の客室へと案内され、この部屋は当分の間自由に使って構わないと言われた。
食事も神殿の方で用意してくれるらしい。
ベッドに座って休んでいると、少し気持ちが落ち着いてきた。
いま何をしたら良いのだろう。
今すべきことは状況の確認と今後の方針の決定か。
まず状況を整理しないと。
ここは本当に小説の世界なんだろうか。
何か確かめる方法は……アレが有ったか。
聖剣イスラフィールにそっくりな剣に向かって、小さくなれと念じてみた。
すると、その剣は見る間に小さくなっていき、やがて10cmほどのナイフになってしまった。
目の錯覚、じゃないよね。
今度は大きくなれと念じてみると、どんどん大きくなっていく。
5mほどまで伸びたところで、部屋を壊しちゃまずいと停めることにした。
大きくても小さくても、剣は羽毛のように軽く感じられた。
まるで夢を見ているような気分だが、こんなことが地球上で起きるはずがない。
この世界が読んでいた小説の世界であり、この剣が聖剣イスラフィールであり、僕がその主になってしまったことはどうやら間違いないようだ。
小説では聖剣イスラフィールはいくつかの特殊能力を持つとされていた。
その1つが伸縮自在である。
聖剣を抜いた主しか使えない能力だが、数cmの長さから10mくらいまで自由に伸び縮みさせ状況に応じて使い分けることが出来るのだ。
小説の中盤にガイが襲ってきたドラゴンと戦うシーンがある。
ガイが攻撃の瞬間に聖剣を大きく伸ばし、巨大なドラゴンを真っ二つにしたのだ。
ちなみにその後ドラゴンは皇帝のペット兼騎乗用であったことが分かり、改めて皇帝の強さを知って畏怖を感じることになる。
僕が小説の主人公なら今後の方針もほぼ決まりだ。
神聖オーク帝国の皇帝を倒すしかない。
聖剣が抜かれたという噂はあっという間に国中に広まるだろう。
この世界のことをろくに知らない僕が逃げられる筈がない。
それに小説ではやがて皇帝までがそれを知り、刺客を送ってくるという展開があった。
皇帝を倒さなければ、僕に生きる道はない。
皇帝の名を魔豚鬼帝セルケトヌスと言う。
セルケトヌスは元々オークの突然変異、ユニークモンスターであったらしい。
この世界では強さをLVで表現する。
村人はLV20~30程度、一般兵はLV30~100程度、隊長クラスになるとLV100~200、LV200を超える強さは人外級と言ってよく国中に数人しか居ないほどだ。
だが、セルケトヌスはLV500を超えていた。
しかもユニークスキル・魔法無効化を備えていた。
あらゆる魔法に効果がなく、物理攻撃で倒すしかない。
だが、LV200の人外級ですら一撃で殺される。
聖剣を抜いたばかりのガイを鍛えてくれた師匠であり、アルデュルク王国最強の剣士と謳われた剣聖ですら到底叶わなかったほどだ。
聖剣イスラフィールの使い手以外に倒せる可能性のある者は居なかった。
ガイが聖剣を抜いた時のLVは128、それから5年でLV482まで成長した。
セルケトヌスとの戦いは一昼夜続き、ガイは満身創痍になりながらも遂に止めを刺したのだった。
セルケトヌスが死んだ後、神聖オーク帝国軍の統制は乱れ、やがて瓦解し、アルデュルク王国軍によって壊滅するのだ。
では、僕のLVは一体いくつなんだろうか?
その疑問が浮かんだ途端、頭の中に1という数字が現れた。
え!?
悪い予感がする。
非常に悪い予感がするのだが、僕のステータスは何か、と考えてみた。
すると
九十九学
LV:1
年齢:18
職業:学生
HP:14/14
MP:1/1
筋力:6
体力:7
敏捷:4
技術:2
魔力:0.03
精神:24
運のよさ:56
称号:聖剣の騎士
スキル:解析(ユニークスキル・アクティブ)
魔法:なし
装備:聖剣イスラフィール・綿の服
こんな文章が頭の中に表示された。
えっと、LV1でどうしろと?
魔力:0.03って何?
僕は泣きたくなった。
どう見ても物凄く弱いぞ。
僕ほど弱い騎士なんて他に居ないんじゃないか?
そう考えた途端、ステータスが変化した。
称号:聖剣の騎士・史上最弱の騎士 New!
史上最弱の騎士って。
何がNew!だ。
ステータスのバカヤロー!
しばらく放心状態だったが、何とか気持ちを落ち着けるとスキル:解析の効果を調べてみることにした。
小説にも出てきたのだが、この世界にはスキルというものが有るそうだ。
大体100人に1人は何らかのスキルを持っているらしく、その中でもその人固有の能力をユニークスキルというのである。
客室に置かれていたテーブルに向けて、解析と念じてみる。
リビングテーブル
幅132cm 奥行86cm 高さ74cm
マラトヤ杉製
高品質
耐荷重量80kg
へえ、耐荷重量まで表示されてる。
どうやらこれは念じるだけで発動するみたいだ。
となると、僕のLVやステータスが表示されたのはこのスキルの効果なのだろう。
目についた色々な物を解析で調べてみる。
凄く便利だ。
聖剣イスラフィールを解析してみた。
イスラフィール
聖剣・神造武具の1つ
特殊能力:伸縮自在・絶対不壊・万物切断(一部例外有り)・防御力無視・命中率上昇(+50%)・人剣一体
オリハルコン製
最高品質
神造武具って、この小説の世界には神がいるのか。
僕がこの世界に来たのは聖剣の前だった。
ってことは、僕をこの世界に連れてきたのは神ってことか?
それなら連れてきた目的があるはず。
その目的は……どう考えても魔豚鬼帝セルケトヌスを倒させることだろう。
倒せば地球に帰れるかもしれないな。
こっちに来てもう半日くらいかな?
家族が連絡取れなくて心配してるだろうな。
LV1の僕に、本当に倒せるのだろうか。
そのためにも聖剣を使いこなすのが大事なはず。
そういえば、万物切断(一部例外有り)って何だ?
そう疑問に思うと、更に詳細が表示された。
万物切断:絶対不壊の特性を持つ物以外、あらゆる固体が切断可能
絶対不壊の物と万物切断の物がぶつかった時は、絶対不壊が優先されるってことか。
固体に限定されているのは、気体や液体は切断不可能ってことだろう。
まあ、当然だな。
最後の人剣一体というのも色々な解釈が出来るな。
どういう意味だ?
人剣一体:主と一体となり、任意の時に剣の出現が可能。また手元から離れても召喚可能。
ふむふむ、試してみるか。
一体になれ、と念じると剣がするすると手のなかに消えていく。
当然痛みはない。
出ろ、と念じるとまた出てきた。
部屋の端に置いてから、召喚と念じるとパッと手元に出現する。
これは便利だな。
盗まれて無くなるってことがないのか。
一通り試した僕は、具体的に今後のことを考え始めた。
考えなければならないことは多く、その晩は眠れなかった。
そして翌日、ヴァレンタインさんに相談を申し込んだ。
小説の流れであれば数日後には王都で国王との謁見があり、色々なことを質問されるはずだ。
その謁見後、近衛騎士との模擬戦が行われる。
ガイはそこで圧勝し、公式に騎士の位を授けられていた。
だが今の僕はLV1であり、住所不定無職、身分証明書なし、保護者なしの怪しさ大爆発の人間だ。
どう考えても謁見も模擬戦も無事に終わるはずがない。
だから僕は謁見までに味方を作らなければならなかった。
「大事な話があるとお聞きしましたが、何ですかな?」
「まず確認したいのですが、この国に於いて僕が期待されているのは魔豚鬼帝セルケトヌスを倒すことですね?」
「ううむ、セルケトヌスは恐るべき強さです。
如何に聖剣の騎士様とはいえ容易ならざる相手のはず。
まず期待されているのは時々刻々と進行する神聖オーク帝国の侵略の魔の手を少しでも食い止めること。
更に望ましいのはその侵略を押し返すこと。
奪われたこの国の大地を取り戻すこと。
豊かな地を占領され、田畑を失い飢えて死ぬ者も少なくありませんからな。
オーク帝国の帝都まで攻め上りセルケトヌスを討つのはその上での話です」
ヴァレンタインさんが言っているのは尤もな話だ。
実際にガイもそのようにストーリーを進めていく。
まずは防衛、次に攻撃、5年をかけて最後に皇帝を倒すのだ。
だが僕は……。
「そうですか。
確かに納得できる話です。
ですが、セルケトヌスを倒すのが遅くなればそれだけ戦争が長引き、多くの犠牲が出ます。
僕は1日も早く、この戦争を終わらせたい」
「この百年戦争を1日も早く終わらせると仰る?
誠に尊い志しです。
ですが、千里の道も一歩から。
長大な目的に向かう時は一歩々々の歩みを大事にされるべきですぞ」
「勿論僕も地道な努力を否定するつもりは更々ありません。
しかし、僕は知っているのです」
「ほほう、それは何ですかな?」
「魔豚鬼帝セルケトヌスを倒す方法を知っているのです」
「な、何ですと!
それは真ですか?」
落ち着いていたヴァレンタインさんが目を見開き紅潮している。
この国の人たちにとってそれほど驚くべき発言らしい。
当たり前か、どれだけ幾多の英雄がセルケトヌスに挑み、そして死んできたことか。
「はい、本当です。
ただし、飽くまでも倒す方法を知っているというだけで、僕1人で倒せるという意味では有りません。
多くの人の協力が有ってこその話です」
「ええ、それは勿論です。
セルケトヌスは10万匹以上ものオークを率いて戦場へと姿を現すとのこと。
それを1人で倒せなどと言えるはずも有りませぬ」
小説では天下分け目の戦いにて王国軍12万がオーク帝国軍15万と戦い、これを撃破。
ガイは総攻撃に於いて帝国軍の本陣まで突き進み、魔豚鬼帝セルケトヌスを倒すことになる。
セルケトヌスには実質的に聖剣による攻撃しか通用しないため、多くの支援魔法や援護を受けながらもガイは一騎打ちにて倒すのだ。
「そのことですが、実は3ヶ月後セルケトヌスはごく少数の護衛を連れて、国境近くまで出てきます。
そのタイミングで叩くのです」
「どういうことです?
どうして3ヶ月も先のことが?
しかもセルケトヌスの予定など知っている人間が居るはずが」
約3ヶ月後にそのような展開があることを小説を読んで知っている。
しかし、小説にそう載っていたんですなどと言って信用されるはずがない。
だから僕はこう説明することにした。
「分かります。
それは僕にユニークスキル・未来視があるからです。
飽くまでも断片的な情報でしかありませんが、未来のことを知ることが出来ます」
「ユニークスキル・未来視ですと!
凄い!
何という凄いスキルを持っておられるのですか」
無論、ユニークスキル・未来視などハッタリだ。
だが、この世界が小説の世界だと知らせずに僕の発言を信じてもらうにはこう言うのがベストだったのだ。
ごく少数の信頼できる仲間に対してならば、事実をそのまま伝えることが出来るかもしれない。
しかし、戦争をしている以上僕の発言を幾千幾万もの人々に信用して貰わなければならない。
そのために、この世界の人々がよく知るスキルの力で未来を知ることが出来るのだと説明したわけだ。
「せっかくですから、その証拠をお見せしましょう。
バロットカードを持っておられませんか?」
「バロットカードですな。
しばらくお待ち下され」
バロットカードとはこの世界にあるタロットカードのようなものだ。
片面は全て同じ絵柄で、もう片面には違う絵柄が書かれている。
バロットカードを持ってきたヴァレンタインさんに適当に繰って裏を向けて並べてもらった。
解析を使い、それを次々と当てていく。
解析を使えばカードの裏面から表面が分かるのは、昨晩テストしておいたのだ。
「では、めくった後の未来を見て当てていきますね。
これは……太陽ですね。
これは悪魔。
これは恋人。
む……これはちょっと分かりませんね」
実際は100%分かるのだが、時々分からないと言っておく。
小説を読んだだけで未来のことが100%分かるわけじゃない。
載っていないことは知らないのだから。
これで少なくとも特別なスキルを持っているということは信じてくれたはずだ。
後は小説の展開から未来の出来事を時々話せば問題ないだろう。
僕以外にユニークスキルである解析を持つ人は居ないため、まず気づかれないはずだ。
「おお、素晴らしいスキルですな。
このことは国王陛下にお伝えしてもよろしいですかな?」
「はい、構いません。
国王陛下だけでなく、伝える必要が有る人にはヴァレンタインさんの判断で伝えて下さって構わないです。
今は国家存亡の危機です。
保身を考えて秘密にしている時では有りませんので」
こうして僕はヴァレンタインさんの支援を得て、国王との謁見を乗り切ることが出来た。
近衛騎士との模擬戦が提案されたが、僕は知略で戦うタイプですのでと言って逃れた。
HP:14/14なんて下手をすると、鎧を着ていても木刀で殴られるだけで死にかねなかったからだ。
それからの3ヶ月は怒涛の毎日だった。
魔豚鬼帝セルケトヌスを倒すためのアイディアを具体的な作戦とし、国家の重臣達への根回しの上で正式に承認された。
戦闘に必要な道具の設計と開発を行い、着々と準備が整っていった。
筋トレもした。
もっとも腕立て伏せ20回を超えるのがやっとだったが。
そして、遂にその日がやってきた。
戦闘予定地は神聖オーク帝国の東南部、アンカラ平原である。
僕以外の誰も知らないことだが、実はアンカラ平原はセルケトヌスの出身地であり、年に1度ここを訪れている。
約100年前セルケトヌスの家族が人間によって殺されているのである。
どうやらセルケトヌスがオークによる帝国を目指した理由もその経験が大きく影響しているらしい。
人間から見ればオークはモンスターと呼ばれるのだが、結局は生存競争の1つなのだろう。
だがしかし、神聖オーク帝国建国のための土地と食料をアルデュルク王国から奪うため、既に200万人以上の人々が死んでいるのだ。
農耕ができるほど知恵のあるオークはごく少数なため、アルデュルク王国が滅亡すれば餌を求めてより広範囲での侵略と略奪が行われるはずだ。
そうなればどれほどの人が死ぬことになるか想像も出来ない。
セルケトヌスに同情すべき点はあるが、手加減を加える訳にはいかなかった。
この3ヶ月でしたことの中に望遠鏡の開発とアンカラ平原の地図作成がある。
アルデュルク王国には既にある程度無色透明なガラスを造る技術はあったが、レンズや望遠鏡の概念はなかった。
解析を使えば、レンズの歪みや焦点距離の測定も簡単だった。
ガラス職人には何度もやり直しをさせたが、そこそこ高性能な望遠鏡の開発に成功した。
メガネのレンズ越しでも解析が発動するためおそらく可能だろうと予想していたが、望遠鏡越しでも解析は使用出来た。
それが偵察に於いて非常に大きな意味を持つことは言うまでもない。
地図を分析しセルケトヌスの移動ルートを予測する。
アンカラ平原は帝国の土地であり基本的に人は存在しない上、セルケトヌスは自分のLVに絶対的な自信を持っている。
わずか10数匹の護衛のオークを連れて帝都からの最短距離を進んできていた。
ただし、ドラゴンに騎乗してである。
アタックポイントは見通しの悪い渓谷を選んだ。
川沿いを移動するためセルケトヌスの周囲には遮蔽物が少なく、山側のこちらは相当に見つかりにくい。
それにオークの村落とは相当に離れている。
そして予定通りセルケトヌスの一団がやってきた。
護衛のオークは16匹で、騎馬に乗っていた。
身長は約2mで、緑色の肌をして毛深く、醜い豚面である。
プロレスラーよりも一回りも二回りも太い腕をしていた。
解析を使うとナイトオーク、オークソードマン、オークメイジ、オークプリーストなどであることが分かった。
ノーマルオークが経験を積み、ランクアップして職業を得た姿である。
魔豚鬼帝セルケトヌスは真紅のドラゴンに乗り、地上10mほどを悠々と飛んでいた。
LV524である。
身長4mほどもあり、体重は優に1トンを超えていた。
赤黒い肌をして筋骨隆々の鍛え上げられた姿だ。
5mを超えるハルバードを握っている。
予想通り魔法は使えないようだ。
あの重さのセルケトヌスを乗せて、ドラゴンはよく空を飛べるものだ。
敵軍のルートが分かっているのだから、基本的な罠である落とし穴を掘っておいた。
土属性の魔法使いを用意しておいたのだから当然だ。
まずは護衛のオークを片付ける。
予め連れてきていた名人の作った落とし穴は、誰が見ても不自然な点に気づかなかった。
ましてや自国の領土だと油断しているオークが分かるはずがない。
地響きを立ててオーク14匹とその騎馬14頭が落とし穴へとはまり込む。
その中には猛毒を塗った数百本の槍を用意していた。
護衛のオーク達は次々と串刺しになって息絶えていく。
落とし穴を免れたのは僅か2匹だけだった。
「バカな、落とし穴だと!
まさか人間どもの襲撃か。
一体どうやって」
セルケトヌスは驚いて動きを止めている。
ここがチャンスだ。
ドラゴンごと飛んで逃げられる訳にはいかない。
その為に用意したのは大型弩砲だ。
ここまで移動可能な限界ぎりぎりの大きさの大型弩砲を500機も用意していた。
雨あられと大きな矢が降り注ぐ。
当然のことながら矢じりには返しが付いており、そう簡単には抜けない物だ。
矢筈には鋼線がしっかりと付けられており、もう片方の端は近くの木に結びつけてある。
ドラゴンの強固な鱗を突き破り、次々と刺さっていく。
セルケトヌスがハルバードを振り回して防ごうとするが、防御側とは逆方向から次々と矢が刺さっていた。
やがてギャオオオオオンとドラゴンが叫び声を上げ、地面へと墜落した。
生き残っていた2匹のオークとドラゴンには無数の矢によってハリネズミになっている。
ドラゴンは流石にまだ生きているが、逃げるのはもう無理だろう。
だが、魔豚鬼帝セルケトヌスは無事だった。
自由自在にハルバードを振り回し、飛んでくる矢を弾き飛ばす。
上手く当たった矢があっても、ろくにかすり傷しかついていない。
解析で確認するとHP:67982/68000と表示された。
これだけやってダメージはたった18だ。
この百年戦争でセルケトヌスを倒せなかった理由がこの鉄壁の防御力とユニークスキル・魔法無効化だ。
遂にドラゴンが死んだ。
それを確認して、一旦大型弩砲を停める。
距離を詰めて鋼線を編み込んで作ったネットをかぶせていくのだ。
それと同時に、土魔法使いがセルケトヌスの周囲を凹ませていく。
近くの川から水を流し込み、泥沼へと作り変えた。
振り回すハルバードが当たって死ぬ者も居たが、やむを得ないだろう。
ネットのためにハルバードを動かしにくくなり、泥沼のために敏捷が半減している。
再び大型弩砲による集中砲火だ。
多少の傷を付け、HP:67968/68000まで減ったが先は長い。
ネットを全て破られ、泥沼から抜け出られたら厳しいことになる。
矢が刺さらないため、矢筈に付けた鋼線によって動きを止めることが出来ないからだ。
ここで奥の手を使う。
ドラゴンが死んで、逃げられる可能性がほぼ無くなったためだ。
奥の手を使ってもし逃げられたら、もう同じ手は通用しないだろう。
この奥の手には重大な欠点があるためだ。
聖剣イスラフィールを長さ20cmほどに調整し、矢の先へと接続させる。
パチっとはめるだけで固定される。
短時間でしっかりと接続させるこの道具はこの3ヶ月で作っておいた。
聖剣付きの矢を大型弩砲により打ち出す。
大型弩砲の威力は僕のLVとは関係がない。
しかし、僕がスイッチを入れれば特殊能力:防御力無視・命中率上昇(+50%)はしっかりと働き、セルケトヌスの胸に深々と突き刺さった。
「ば、馬鹿な……」
セルケトヌスは驚きの声を上げる。
HP:65742/68000になっているから2000ちょっとのダメージか。
まだまだこれからだ。
特殊能力:人剣一体を発動。
手元にイスラフィールだけが戻ってくる。
イスラフィールがあけた穴から突き刺さった矢はそのままだ。
矢じりの返しと鋼線でセルケトヌスの動きが拘束されている。
再び聖剣イスラフィールを矢の先へと接続させる。
大型弩砲発射。
HP:63628/68000……HP:61282/68000……HP:59164/68000……HP:56994/68000……HP:54828/68000。
一撃ごとにセルケトヌスのHPが大きく削られていく。
当然ながら牽制のため他の大型弩砲も次々と発射している。
だがまともにダメージを与えているのは僕が撃っている大型弩砲だけだと気付いたらしい。
僕を恐ろしい形相で睨みつけてきた。
「おのれええええ。
八つ裂きにしてくれるわ」
地獄の底から聞こえてくるような声を上げると、必死で泥沼から抜け出ようとしていた。
セルケトヌスに付いた鋼線はこちら側にしか結ばれていないため逃がさない効果はあるが、近づかせない効果は無い。
セルケトヌスがこちらに突撃してきたら非常に厄介なことになる。
それが奥の手の重大な欠点。
すなわち、聖剣イスラフィールの使い手が僕しかおらず、僕がとても弱いことだ。
僕は間違いなくたった一撃で死ぬ。
そしてそうなればセルケトヌスを倒すのは不可能だ。
だから僕は……逃げ出した。
とびっきりの駿馬に乗り、必死に逃げる。
この3ヶ月、乗馬も練習したのだから。
実はこれも計画通りだ。
予想された状況の1つに過ぎない。
オーク達を落とした巨大な落とし穴と僕が居た場所のあいだに無数の小さな落とし穴を作っておいた。
小さいと言っても4メートルのセルケトヌスがすっぽり入るほどだ。
その落とし穴にセルケトヌスが落ちる。
面白いように次々と落ちていく。
そうやって時間を稼ぎ、僕と僕の周囲にいた兵士たちは逃げ延びた。
この戦場に於いて用意した大型弩砲は500機だ。
しかし第1弾の攻撃で使用したのは100機のみ。
残りはどこにあると思う?
こうして必死で走った僕は第2弾の大型弩砲へとたどり着く。
再びセルケトヌスへの攻撃だ。
HP:52663/68000……HP:50583/68000……HP:48268/68000……HP:46074/68000……HP:43947/68000。
僕が撃った矢をハルバードを振り回して防ごうとするが、絶対切断を持つイスラフィールを防げるはずがない。
逆にハルバードがボロボロになっていく。
そして第4弾の大型弩砲から避難する頃には、セルケトヌスはHP:4821/68000になっていた。
全身ボロ切れのようになっており、ハルバードももはや無い。
しかしその血走った目だけは力を失わず、爛々と殺気を放っていた。
あと3発有れば倒せるはずだが、その3発が遠かった。
ここで僕はミスをしたのだ。
第5弾まで行く途中、馬から降りる時に足を滑らせてしまった。
たった3ヶ月の乗馬の練習で、命のかかった戦場でよくここまで持ったものだと思うけれど、僕の膝はプルプルと生まれたての小鹿のように震えていた。
僕のLVは12だった。
3ヶ月では11しか上がらなかった。
いや、他のことが忙しかったというのも有るんだけど。
いまの僕はやっと村人Aの半分の強さってところだ。
LV524のセルケトヌスとは比べ物にならない。
そして遂にセルケトヌスに追いつかれてしまった。
ほんの12、3メートルの場所に悪鬼が立っていた。
「あと少しだ。
もはや逃がさぬ」
僕はガクガクと震えながら聖剣イスラフィールを持ち、必死で構えを取った。
それでも僕が剣をひと振りする間に、たとえ満身創痍であろうともセルケトヌスはいとも容易く僕を殺せるだろう。
だが、こういう状況になることを僕は予想しなかったと思うだろうか?
僕が構えを取った時にはもう終わっていたのだ。
大きな物音を立てて、セルケトヌスが倒れた。
いや、正確にはセルケトヌスの亡骸が倒れたのだ。
その胸を長く伸びた聖剣イスラフィールが貫いていた。
僕の動きはとても遅い。
僕が剣を振り上げて振り下ろすあいだに、熟練の戦士なら3回は攻撃できるだろうと訓練で言われたほどだ。
セルケトヌスならなおさらだろう。
ならば僕はひと振りもせずに敵を倒すしかない。
特殊能力:伸縮自在である。
構えを取ろうとする動きのなかで毛ほどの不自然さも感じさせることなく、刃を相手に向けるよう修練を積んだ。
そして伸縮自在を一瞬で思考操作する練習をした。
今なら長さ15mまで伸ばすことが可能だ。
伸ばす時間はたったの0.1秒。
陸上競技でフライングになるのは、合図してから0.1秒以内に反応した場合だという。
これはどれほど訓練した運動神経の良い人でも0.1秒以内に反応することは不可能だという医学的根拠に基づくものらしい。
オークで実験したことはないが、やはり0.1秒以内での反応は無理だったようだ。
それでも一撃で殺せなければ、反撃を喰らった僕が死んでいただろう。
バリスタでHPを削り続けた甲斐があったというものだ。
何とか勝てた安堵と本気で殺されるかと思った恐怖から、決着がつくと同時に気を失ってしまった。
目を覚ますと妙に身体が軽いのに気が付いた。
自分の身体を見ると、別人のように筋肉質なたくましい身体になっていた。
何だこれはと思いながらステータスを確認すると、なんとLVが348だ。
LV12の僕がLV524のセルケトヌスを倒したため、LV348にまで上がっていた。
恐ろしいほどのLVUPだろう。
称号:聖剣の騎士・アルデュルク王国最強の騎士 New!
終わってから最強の騎士なんて言われてもね。
仕方ないとはいえ、今のLVがあればずっと安全に勝てたはずだ。
今更遅いよと泣きたくなる。
盛大な祝勝会が終わって数日後、聖剣イスラフィールが不思議な光を放った。
眩しくて目を閉じ、また開いてみると見たこともないほど美しい女性が立っていた。
見たところ、17か18歳くらいだと思う。
絹糸のように滑らかな金髪、蒼玉のような神秘的な瞳、形の整った眉宇、どんなに優れた画家であってもこの美しさを絵で表すのは不可能でないだろうか。
「私は女神ヘルベティア。
よくぞ、この世界の人々を救ってくれましたね。
深く感謝しています」
その声は、この世界に来た最初に『どうか、その剣を抜いて下さい』と聞こえてきたあの声だった。
出来ることならいつまでも聴いていたい、そう思わせる美声だった。
「貴方が僕をこの世界に呼んだのですね?」
「大変申し訳ないことですが、その通りです」
「僕の意思を確認することなく連れてきたのですから、人間同士であれば誘拐に相当します。
どういう理由だったのですか?」
「実は聖剣の騎士になるのは、元々この世界の住人であるガイ・リューブランドのはずでした。
しかしちょっと目を離した隙にガイは急病で死んでしまったのです。
それが貴方を呼ぶ3日前のことでした」
「急病ってどんな?」
「それは……虫垂炎です」
「虫垂炎ってつまり盲腸ですね。
え、あのたくましいガイが盲腸で死んだんですか!?
でも、この世界の医療水準だと確かに盲腸では助からないでしょうね」
「その通りです。
まさか将来の英雄が盲腸で死ぬとは盲点でして、ほんの数日目を離した隙に。
その後、慌てて聖剣の適合者を探したのですがこの世界では見つからず、今から誕生させるのであれば18年後までかかってしまい、オークによる被害があまりにも大きくなることが予想されました。
そのため、捜索範囲を広げて異世界でも探したところ、あなたを見つけた訳です」
「そういうことでしたか。
しかし、それならなぜ説明をしてから呼ばなかったのですか?」
「それはそのう……」
その様子からは慚愧の念に堪えないことが伺われた。
「どうしたんです?」
「恥をしのんで申します。
異世界でも見つけた適合者はあなた1人だけでした。
しかし、受験生に何ヶ月、もしくは何年も異世界で戦ってほしいとお願いしても断られるに違いないと思いました。
しかし、断られたら後がなく、断られた後に無理矢理に連れてくるのは神としてのルールに反します。
その為、有無を言わさず連れてきてしまった訳です。
本当に申し訳ございませんでした」
女神ヘルベティアは深々と頭を下げる。
正直なところ、驚きだった。
自分は女神であり何百万人もの人命がかかっているのだから、1人の意思は無視せざるを得なかったと主張されれば僕はそれ以上の非難はできないだろう。
だが、彼女は女神としてではなく、真摯に対等な立場での謝罪をしているのだ。
果たしてT大に落ちた時点で事情を説明されていたら、異世界で戦うことを了承していただろうか。
結果論では解析を上手く使って勝つことが出来たが、本来の僕の強さなら100%負ける戦いだった。
僕は自分に出来ないことは引き受けない主義だ。
おそらく断っていたのではないだろうか。
「分かりました、謝罪を受けましょう。
どうも説明を受けていたら、断っていた可能性が高いですし。
最終的に上手くいった訳ですから、そう自分を責めないで下さい」
「そうですか。
有り難うございます」
「それで僕はこれからどうなるんです?」
「地球に戻るか、この世界に留まるか、どちらか好きな方を選んで下さい。
それから報酬として、私に叶えられる範囲なら何でも願いをかなえましょう。
大金持ちとか高い地位とか、歴史に名を残すとか、健康で長生き、ベストマッチした恋人を引き合わせるなどです。
不老不死は無理ですけれど、老化を遅くして120歳まで生きられる程度なら可能ですよ」
「僕は家族が待ってますし、地球に帰ります。
願いの方は、うーん、どの願いも運と努力で叶えられるものばかりですね」
「あら、凄い自信。
あと、やっぱり3ヶ月程度の滞在でしたら地球の方が優先なんですね」
「まあ、3ヶ月でセルケトヌスを倒すことに比べると何だか自分で叶えられそうだなと思いまして。
やっぱり自分で努力して叶えてこそ、喜びもひとしおでしょう。
あ、そうだ。
本当にどんな願いでも貴方に叶えられる範囲なら、何でも良いのですね?」
「ええ、その通りですが」
「じゃあ、こういうのはどうですか?
貴方に今後彼女としてずっと傍に居てほしいというのは?」
「えええええええええ!
ほ、本気ですか?」
僕はニヤリと笑って言い放った。
「これなら僕がどんなに努力しても本来なら叶わない願いですし、それに貴方の意思次第で叶えられることですよね?
まあ、でもどうしても嫌だなって思われるなら無理矢理にってつもりはないですよ」
女神が人間と付き合うってことは考えにくいし、無理矢理に連れてこられた意趣返しにこれくらい言っても良いはずだ。
でも、こんな彼女が出来たら良いなって思ったのは本当だけど。
「や」
「や?」
ど、どうしたんだろ。
女神さま泣いてるぞ。
「や、やりましたよおおお!
苦節9800年、遂に私にも春が来たんですね」
「ええっ!
9800年って」
「ふっふっふ、学さん、もう逃しませんよ。
不束者ですが末永くよろしくお願いしますね」
「え、あ、本気?
あーわかったよ、よろしくね」
こうして僕は地球へと帰ってきた。
3ヶ月も行方不明ということで、家族は大泣きだった。
入学手続きが出来なかったため、滑り止めの大学に入ることは不可能だ。
それから9ヶ月の浪人生活の末、T大には合格することが出来たから結果オーライだろう。
手元に残った小説を見てみたところ、主人公の名前がツクモ・マナブになっていた。
後日談が載っていて、アルデュルク王国はちゃんと平和になったらしい。
ツクモ・マナブはどこかへと旅立ったというエンディングだった。
今僕はT大近くのアパートに下宿している。
女神ヘルベティアは人間の振りして隣の部屋に引っ越してきた。
女神の基準だと10000歳までに結婚出来ないと行き遅れらしい。
僕の寿命が尽きたら、アルデュルク王国の人々を救った功績によって天界の英霊に転生できるということだ。
彼女はキリッとしていたら凄い美人なんだけど、実は意外と泣き虫で甘えんぼだ。
ちょっと抜けてて困ったところもある人だけど、結構楽しくやっている。
元々長編用のプロットを削って書いたものですから、説明不足の点も有るかもしれません。
あんなに削ったのに15000文字って長いですね。
読んでくださって有り難うございます。
分かりにくい点が有れば、感想へどうぞ。
第三回小説祭り参加作品一覧(敬称略)
作者:靉靆
作品:僕のお気に入り(http://ncode.syosetu.com/n6217bt/)
作者:月華 翆月
作品:ある鍛冶師と少女の約束(http://ncode.syosetu.com/n5987br/)
作者:栢野すばる
作品:喉元に剣(http://ncode.syosetu.com/n6024bt/)
作者:はのれ
作品:現代勇者の決別と旅立ち(http://ncode.syosetu.com/n6098bt/)
作者:唄種詩人(立花詩歌)
作品:姫の王剣と氷眼の魔女(http://ncode.syosetu.com/n6240br/)
作者:一葉楓
作品:自己犠牲ナイフ(http://ncode.syosetu.com/n1173bt/)
作者:朝霧 影乃
作品:封印の剣と異界の勇者(http://ncode.syosetu.com/n8726br/)
作者:てとてと
作品:ナインナイツナイト(http://ncode.syosetu.com/n3488bt/)
作者:葉二
作品:凶刃にかかる(http://ncode.syosetu.com/n5693bt/)
作者:辺 鋭一
作品:歌姫の守り手 ~剣と魔法の物語~(http://ncode.syosetu.com/n5392bt/)
作者:ダオ
作品:ガリ勉君が聖剣を抜いちゃってどうしよう!(http://ncode.syosetu.com/n5390bt/)
作者:電式
作品:傀儡鬼傀儡(http://ncode.syosetu.com/n5602bt/)
作者:舂无 舂春
作品:ライマレードの狂器(http://ncode.syosetu.com/n5743bt/)
作者:小衣稀シイタ
作品:剣と争いと弾幕とそれから(http://ncode.syosetu.com/n5813bt/)
作者:ルパソ酸性
作品:我が心は護りの剣〜怨嗟の少女は幸福を知る〜(http://ncode.syosetu.com/n6048bt/)
作者:三河 悟
作品:復讐スルハ誰ニアリ(http://ncode.syosetu.com/n6105bt/)