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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第二章 見習い
24/26

とある侍女の思いと男三人の会話

前半メリサ視点と、後半イグネイシャス視点です。



 初めてスズラン様を拝見させて頂いたのは、昨夜の夕食の場である。殿下の部屋を担当させて頂いている私は、殿下と、新しく部屋の主となったスズラン様の為、食事の準備をしていた。

 新しくお世話をさせて頂く主が、どんな人物か非常に気になった私は、準備を終え壁際に控えながらチラリと例の人物に視線を向ける。

 美味しそうに料理を頬張る彼女第一印象は、可愛い。それだった。きめ細やかな肌。見たことも無い、艶やかで綺麗な黒髪。それと同じ色の瞳。

 あんなに幼く見えるのに、年は十七だという。十九の私と二つしか違わない。


 珍しい色彩の彼女をじっと見つめていると、私以外にも彼女に視線を送る人物に気が付いた。彼女の向かいに座っている殿下だ。彼も、彼女の一挙一動を見逃さず眺めている。


 その最中、彼がフッと口元を緩めた時には、驚いて倒れるかと思った。


 あの何にも関心を示さず、碌に護衛も付けない。当然、侍女侍従を付けることも無く、身の周りのことは全てご自分で済ませてしまう殿下。人に世話になることが無ければ、世話をすることも無い殿下が、あの、無関心にも程がある殿下がッ!!


 目の前の少女に関心を持つ所か、笑いかけているなんて、これが驚かずにいられますかッ!


 唯一、殿下の幼馴染にして部下のアーノルド様とクラウス様。そして肉親である陛下にすら、笑いかけるなど為さらないのにッ!


 突然現れた、それもアーノルド様が連れてこられたスズラン様をここまでお気に召すなんて、一体何が起こったのか。とても興味を惹かれた。



 彼女の何が、そこまで殿下を惹きつけるのか、知りたいと思った。そして、昨夜の夕食から一夜が過ぎ、本日午前に殿下から、スズラン様のお世話を仰せつかった。

 殿下と同じお部屋でお過ごしになるのだから、必然的にそうなることは分かっていたので、特に異論無く、了承の意を示した。その時訊いた話だが、スズラン様は騎士を目指しているらしい。別に女性騎士が珍しい訳ではないが、彼女のような容姿の人が騎士を目指しているというのは、初めてで、驚いた。あんなに小さくては簡単に吹き飛ばされてしまうのでは。と心配にすらなった。

 しかし、彼女の意志は固いらしく、殿下も後押ししておられるそうなので、特に何も言わなかった。


 そして、今後使える身としては、彼女とは良い関係でありたいとは思った。殿下とは、まあ、良い関係ではないと思うけれど、悪くも無い。お互い、殆ど干渉することなど無いだけである。仲良くなりたいとか、そんなのではないが、相手は性格の良い人がいいというのは、皆が思うこと。ギクシャクしたくはないしね。


 スズラン様が性格悪いとは到底思えないけど、人間見た目ではないから。彼女が良い人であることを私は願って、殿下のお部屋掃除を始めた。

 掃除が終わり、そろそろ次の仕事へ移ろうと部屋を出ようとしたその時、扉が開き、スズラン様が部屋へ入ってこられた。


 彼女は首を傾げて、私の名前を尋ねられた。私は深く腰を折り、己の名を答える。それに続いて、殿下から仰せつかってお世話させて頂く旨を伝えたら、驚いて、そんなこと自分でするからいい。むしろ自分をこき使ってくれて構わない。と言われた。今度はこちらが盛大に驚いた。


 そんなッ!殿下のお気に入り(恐らく)のスズラン様をこき使うなんて、私の首がその日には飛んで無くなってしまう。私は我が身を案じ、焦って申し出を断った。

 スズラン様が人を蔑むでなく、寧ろ何の迷いも無く下手に出ていることから、彼女はとても性格の良い人だと思った。そのお気持ちだけで十分です。スズラン様。


 なんとか、スズラン様のお世話をさせて頂く許可を貰い、ホッとしていたのも束の間。今度は様付けは止めるようにと言われた。


 これも、私はお断りした。私は使用人。王宮に努める官僚の方や、騎士の方々も様付けで呼んでいる。騎士を目指しているスズラン様をいずれはそのように呼ぶだろうし、何より殿下とお部屋と共にすることを許された方。そんな方を呼び捨てなんて、恐れ多いッ!!


 断固拒否していたら、仕方がない。と、少し悲しそうな表情を見せるスズラン様に、申し訳なさが込み上げた。しかし、彼女はすぐに笑顔になり、今度はもっととんでもないことを言った。


「私とお友達になって頂けませんか?」


 ………な、なんとッ!お、お友達ッ!?

 何でいきなりそんなことにッ


 彼女曰く、王宮ここで女性の知り合いが殆ど居らず、女性のお友達が欲しいらしい。私とは今後もよく接するだろうし、仲良くしたいとのこと。


 ああ、その気持ち、分かります。ほぼ毎日接するだろう私と、良好な関係を築きたいと。私もそれは思っておりました。しかし、いきなりお友達。というのは、私にはハードルが高い。

 どうしたものか、と悩んでいると、スズラン様が私の手を握り、目を覗きこんできた。


 先程から思っていたのだけれど、スズラン様は行動と口調がとても紳士的。そこら辺の騎士より余程騎士らしい仕草である。可愛い外見にこの紳士な行動。服装は少年のような彼女に、私の心臓は速度を増した。


 不安そうに揺れる瞳に見つめられ、私は早々に降参した。だって、あんな捨てられそうな子供みたいな目で、じっと見つめられたら、キュンッてなってしまうではないか。


 なんか、小さな王子様に懇願された気分。


 私が頷くと、スズラン様は満面の笑みを浮かべ、突然抱きついて来た。いきなりだったので、つい奇声を挙げてしまった。彼女は直ぐ私から離れ、自分の行動について詫びた。照れくさそうに。


 何、その照れ顔。か、可愛すぎるからああああッ!!!

 鼻血出そうでした。すみません。


 ああ、新しいもう一人の主がスズラン様で本当に良かった。殿下の心が動いたのが分かる気がします。気にせずには居れませんよね。スズラン様を見たら。


 可愛くて小さくて女の子で、でも男の子の服装で紳士で、話によれば体術が素晴らしく、成人男性一人容易く投げ飛ばすとか。一度見てみたいです。見たら、本気で鼻血を吹くかも。


 とにかく、私は使用人として、素晴らしいスズラン様に一生使えたいと思いましたっ!!




  ◇◇  ◇◇




 執務室で大量の書類に目を通していると、勢いよく扉が開かれた。


「よお、スズラン部屋まで連れてったぜ」


 入って来た人物が誰か分かり切っているため、イグネイシャスは書類から視線を外さなかった。


「…何でわざわざ戻って来た」


「ええ、さっさと部下の訓練でも見に行ったらどうですか。邪魔です」


 戻って来たアーノルドは当然のようにソファーにどかっと座りこむ。


「お前ら、相変わらずひでぇよな。こんなことなら、スズランとずっと話してりゃ良かったぜ。そっちのが心穏やかに過ごせた」


 大きな溜息と共にボヤくアーノルドを、殺気の溢れる視線が射抜いた。


「…死にたいのか?」


 イグネイシャスが低い声で言う。アーノルドは焦ったように手を顔の前でブンブン振った。


「冗談だよ、冗談。お前、こんな冗談も通じないのか」


 溜息混じりに「末期だな、こりゃ…」と、半ば呆れ気味にアーノルドが言うと、イグネイシャスは舌打ちだけして、また視線を書類に向けた。


「あ、そうそう。聞いてくれよ。スズランがさー」


「五月蠅い。仕事の邪魔です」


 話しだそうとしたアーノルドをクラウスが鬱陶しそうに一掃した。アーノルドは会話を遮断され、不服そうだ。


「アイツが何だ」


 アーノルドは「お?」と片眉を上げ、珍しく食いついて来たイグネイシャスを見た。彼は視線こそ向けてはいなかったが、耳はしっかりこちらに傾いているようだ。


「さっき、ずっと気になってたことスズランに聞いたんだよ。何でそんな丁寧な話し方になってるんだ?ってな。そしたら―」


「…そしたら、何だ」


 イグネイシャスもずっと感じていたことだ。昨日まで、厳密には今日の朝までと口調が全く変わっていた。あれだけ俺のことを変態と連呼して暴言を吐き捲っていたくせに、午後になって、突然丁寧な話し方になった。気にならないわけがない。

 勿体ぶるアーノルドを、イライラしながら促した。


「そしたら、騎士は紳士であるべきだからだってよッ!んで、俺は言ったわけよ。スズランのその考えだと、俺も常に紳士じゃないといけねぇなって。そしたら、何て返って来たと思う?」


「寝言は寝ても言うな。ではないですか?」


 ぶはッ! アーノルドはクラウスの返答に腹を抱えて笑った。


「そりゃ、お前の言葉だろうが」


「死んでこい」


「それもお前のセリフだな。スズランはそんなこと言わねぇよ」


 イグネイシャスを指さして笑うアーノルドを、面倒臭そうにクラウスが見る。


「じゃあ、何て言ったんです」


「気持ち悪い。だってよッ」


 イグネイシャスとクラウスは数秒沈黙した。


「…本気で思っていそうで、辛辣ですね」


「ある意味一番酷い気がするがな」


 二人は微妙な顔で言う。それに、アーノルドは笑った。


「やっぱり?そう思うか? クククッ いやぁ、あそこまで面と向かって言われると逆に面白かった」


 面と向かって気持ち悪いと言われて、面白いのか?コイツ、実はマゾだったのか。


 と、イグネイシャスとクラウスは同じことを思った。


「いやぁ、しかし。どうにもスズランから敬語を使われるのは違和感感じてなぁ、二人だけの時は今まで通り話すように約束してきた」


 笑いながら言うアーノルドの言葉に、ピクリとイグネイシャスが反応した。


「……二人だけの時、だと?」


 執務室の温度が一気に下がった。クラウスは痛み出した米神に手を添えて呟いた。


「余計なことを…」


「ん?どうした?……何で怒ってんだ?」


 全く理解していない彼に、クラウスの頭痛は増すばかり。この後、執務室がどす黒い空気に包まれ続けたことは言わずもがな。元凶は、さっさと逃げて行った。

 アイツ、本当に何しに来たんだ。爆弾投下しに来ただけではないか。何時も邪魔ばかりしやがって…。クラウスは書類を見ながら、心の中で竜騎士団団長の悪態を吐き捲っていた。





 執務を終え、自室へ戻る間もイグネイシャスはイライラしていた。おかげで、すれ違う使用人や騎士、文官など皆必死に息を潜めていたのだが、本人はそんなのお構い無しにオドロオドロしい空気を振り撒いていた。


 すれ違う使用人の中にはメリサも居り、イグネイシャスの機嫌の悪さがスズランに向けられやしないか、心配になった。


 イグネイシャスが自室へ戻ると、スズランが机に頬杖をついて何やら呟いていた。


「ああ、でもやっぱり嬉しいなぁ」


 本当に、嬉しそうな声音で発せられたその言葉に、イグネイシャスのイラつきは増した。

 

 何が嬉しいんだ。もしや、アーノルドとのことじゃないだろうな。そもそもアイツ、俺より先にスズランと親しくなりやがって…敬語云々も奴に先を越された。次会ったら絶対絞める。


「何が嬉しいんだ?」


 そう、後ろから声を掛けると、スズランは驚いた猫のように飛び上がった。全く、相変わらず可愛いな。頬が緩むのを必死に抑えた。

 再度、何がと問えば、渋りながらもメリサと友達になれたことが嬉しかったのだと答えた。


 …なんだ、嬉しいとはメリサのことだったのか。


 メリサは侍女の中でも使える人材だ。物静かで、必要以上の干渉をせず、真面目に働く。全ての、とまでは言わないが、王宮で働く侍女たちの殆どは貴族階級故、結婚相手を探しにきているような者が多い。隙あらば、顔の良い騎士や文官に媚を売るような真似をする。俺にもそんな素振りを見せる侍女たちが五万と現れた。

 あまりに鬱陶しかったので、侍女はメリサ以外自室に立ち入ることを禁じた。彼女一人に部屋の仕事をさせるのはキツイかと思ったが、彼女はやはり優秀で、何食わぬ顔で全ての仕事をこなしていた。


 そんな真面目で人に媚を売るようなことをしないメリサなら、スズランを任せても大丈夫だろうと思い彼女に頼んだのだが、案の定打ち解けたようだ。


 スズランの話し相手にでもなれば、と思ったが……友達、か。

 随分、いや、かなり親しくなったな。


 同性同士仲がいいのは、良いことだが…俺より親しげなのは、気に食わん。



 で、やはり。会話は敬語ばかりだった。今までと違う話し方に違和感を感じたし、壁を作られたようで気分が悪い。これまでの遠慮のない話し方のほうが俺は気に入っている。


 というか、あっちのスズランの方がいい。だがら敬語を止めるように言った。ついでに名前で呼ぶようにとも言った。

 …実はずっと名前で呼んで欲しいと思っていた。そもそも可笑しいだろう?皆知らないが、スズランと初めに会ったのは俺だ。なのに、スズランが俺を呼ぶとしたら、殿下か変態。何故アーノルドの方が先に名前で呼ばれているんだ。つくづく癇に障る奴だな。


 さっきも、スズランとの仲を見せ付けてきやがって…


 勝手に闘争心を燃やしていると、スズランが沈黙し出したことに気付いた。名を呼ぶよう言ったのだが、なかなか言わない。呼ぶのを渋っているのかと初めは思ったが、どうやら様子がおかしい。


 顔が、焦っている?


 ……嫌な予感がしてきたぞ。まさか、な。



 ―予感は的中した。

 名前を知らないとは、思いもしなかった。そういえば、名乗っていない。

 

 王子として生きて来た故、自分の名を知らない者に会ったことが無かったから、失念していた。スズランはこの世界の人間ですら無いのだ。俺の名など、知るはずも無い。さらに、周りも殿下と呼ぶのが殆ど。必然的に、彼女の耳に俺の名が聞かれることは無いのだ。


 全く、自惚れもいいところだ。今後は、己の名をしっかり相手に言うことを決意した。

 少々強引ではあったが、スズランが名を呼んでくれるようになった。



 二人でベッドに入り、横になっていると、スズランが俺を呼んだ。

 ……噛んだ。


 何だ、イグにゃいって。可愛すぎるだろう。

 駄目だ、笑いが止まらん。


 俺が笑ったせいか、スズランはキレた。顔が真っ赤だ。ホント、可愛いな。抱きしめていいか?


 怒ったスズランは、睨みながらこれから俺のことを「イグ」と呼ぶと、宣言した。宣言した彼女はフフンっと鼻を鳴らしている。顔に、どうだ?悔しいか?と書いてあるように思うのだが、残念だな。悔しいどころか、非常に嬉しいぞ。


 スズランだけが呼ぶ、俺の呼び名。他の奴ら(アーノルド)に対して優越感すら感じる。嬉し過ぎて、結局彼女を抱きしめてしまった。


 スズランが特別な呼び方をしてくれるなら、俺もスズランを愛称で呼ばなくてはな。

 これからは、彼女のことを「スズ」と呼ぼう。心地よい肢体を抱き込み、耳元で愛称を呼ぶと、彼女は顔を赤くし、悔しそうな表情をした。


 止めてくれ、そんな顔をされたら、もっと弄りたくなるだろう。

 


 部屋に入って来た時の黒い感情は綺麗に消え去り、最高の気分で俺は眠りに就いた。勿論、朝までスズを離すことは無かった。






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