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異世界で騎士をはじめました。  作者: ダージリン
第二章 見習い
22/26

見習い初日(5)

すんごい、久しぶりの投稿です。

待っていてくださった読者様、有難うございます。

大変お待たせいたしました。



 肉体的にも精神的にもケチョンケチョンに負かされ、唖然と固まる訓練生達に背を向けて、こちらへ向かってくる鈴蘭をイグネイシャスを始め、皆の目が食い入るように見つめる。


「どうでしたか?」


 久しぶりの運動に清々しさを感じ、爽やかに笑う鈴蘭。内心してやったり。と、ほくそ笑んだ。予想通り…いや、予想以上に皆驚いたようだ。


 周りの呆けた顔がとても愉快だ。チビで女だからってなめてもらっちゃ困る。こちとら自我が目覚める前からお爺ちゃんに特訓されて来たんだ(本当かは不明。お爺ちゃん証言)


 口角を上げて気分良くしていると、突然右の二の腕に違和感を感じた。


 ぷにぷにぷに…。


 明らかに、私の無駄に柔らかい二の腕が、掴まれ…ているどころか、揉まれている。


「…何をやっているんです、殿下」


 いつの間に隣へ移動したのか、すぐ横で私の腕をしげしげと見つめながら、真剣に人様の二の腕を揉んでいる殿下を、思い切り睨みつけた。


「この細腕で、どうやったら10人もの男を投げ飛ばせるのか、不思議でな」


 至極真面目に彼は言う。美形が真剣な顔で、少女の二の腕を揉みながら考え込む姿は、実に珍妙である。

 ま、とりあえず言わせて頂きます。女性としてね。これは言っておかないと。


「離して下さい。セクハラです」


「? セクハラとは何だ?」


 殿下は眉を寄せ、首を傾げ問う。

 


 通じないのかよ。とりあえず言った意味なし。だが今後の為にも是非知っといてもらおう。この短期間で思ったが、殿下は少々セクハラが多い。まず同じベッドで寝ている時点で色々可笑しい。さらに言えば、私を抱き枕のように抱き込んで寝るのはもっと可笑しい。セクハラをとうに過ぎて変態だ。


「セクシャルハラスメント。性的嫌がらせ。略してセクハラです。ご理解頂けたのでしたら離してもらえますか?」


 性的嫌がらせ。あまりに簡潔な説明だが、どうやらご理解頂けたようです。

 一瞬、彼の顔が強張りその後直ぐに腕から手が離れた。


「それにしても驚きました。一体どういったカラクリなのです?」


 クラウスさん、今目の前で起こっていた出来事セクハラを、まるで無かったかのように話をするその素晴らしきスルー。尊敬します。見習わせて頂きますよ。


「別に、カラクリでも何でも無いですけど。見ての通り、投げただけです」


「お前の何処にそんな馬鹿力が眠ってるんだ?」


 アーノルドが顔を顰めて首を捻る。


「失礼ですね、アーノルド。何処にもそんなもの眠ってません。今私がお見せしたのは、合気道という故郷の武術です。主に相手の力を利用するものなので、自分の力は必要ありません」


「相手の力を利用する?」


 男三人が同時に呟いた。


「口で言うより、実際体験して頂いた方が分かるかもしれません」


「おう、じゃあ俺が相手してもらおう」


 私の提案にアーノルドが嬉々として前へ出た。


「では、右手を出してください」


「――? こうか?」


 アーノルドが右手を出すと、鈴蘭がそれを掴んだ。と同時に…


「――!! っぐ…」


 アーノルドの巨体が地面へ前のめりに倒れこんだ。


「…どういうことだ?」


「これは…」


 目の前で起きていることが、信じられないと目を見張るイグネイシャスとクラウス。当然、周囲で様子を窺っていた騎士たちも、大層驚いていた。それもそのはず。竜騎士団団長が、腕一本掴まれただけで地面に這いつくばらされれば、誰もが驚く。しかも相手は少女だ。


 到底信じられるものではない。


「一体どういうこと、だ…ぐッ…とりあえず、離してくれないか」


「ああ、すみません」


 鈴蘭は呻くアーノルドの腕から手を離した。痛みから解放されたアーノルドは、服の汚れを払いながら、何処か唖然とした面持ちで立ち上がる。


「一体何をしたんだ?腕を掴まれた瞬間、すんなり地面に倒れちまったぞ」


「お前、抵抗しなかったのか?」


 首を傾げるアーノルドにイグネイシャスが問うた。彼の言葉にアーノルドは眉間を寄せて苦い顔をする。


「したさ。だが上手く力が入らなかった」


「この合気道という体術は相手の攻撃に対する防御技・返し技が主で、所謂護身術です。年齢や性別・体格体力に関係なく、無駄な力を使わずに相手を制するので、習得すれば女性でも男性を相手に出来ます」


「無駄な力を使わずと言いますが、先ほどのように人一人投げ飛ばすには、やはり力が必要でしょう?」


 訝しむ目でクラウスが鈴蘭を見遣る。


「いえ、相手の勢い・力を利用しているので自分の力は使いません。関節を固定したり、重心を変えることによって相手の体勢を崩してしまうんです。体勢を崩しさえすれば簡単に捕えることが可能です。合気道で重要なのは相手を崩すことにあります」


 静かにそう答えた鈴蘭を見て、クラウスは納得したと一つ頷き、イグネイシャスは口角を上げて腕を組んだ。


「お前の故郷には面白い体術があるんだな。是非騎士団に取り入れたい」


「ああ、これは絶対騎士たちのレベルアップに繋がるぞ。しかし、まさかスズランに投げ飛ばされちまうとは思わなかった。ビックリしたぜ」


「ええ、とても愉快なものを拝めました」


「何が愉快だよ」


 笑う子も泣き叫ぶような鋭い視線を向けるアーノルドを、クラウスは気にした様子もなく無視した。


「それで、話を戻しますが。私は今後騎士の鍛錬に進むことが出来ますか?」


 一向に話が進まないことに、鈴蘭は溜息混じりでイグネイシャスに尋ねた。


「ああ、十分だ。体術に関しては教えることは何もない。むしろ、ここの騎士たちに伝授して貰いたいくらいだ。ところでスズラン、お前剣は使えるのか?」


「使えません。触ったことも無いです」


 鈴蘭は即答した。

 正しくは、真剣を触ったことが無いのだが。この世界で剣を使うとは本物の剣だろうから、返答は間違っていない。合気道には木刀や棒などの武器を使う技もあり、当然私もそれらを習得してきた。しかし、あくまで日本という平和の国での護身技。それも殺傷能力の無い木刀でだ。彼らからしたら、子供のお遊び程度だろう。騎士を目指すなら、剣術は学ばなければならない。護衛対象を、仲間を、己自身を守るためにも。


 真剣な眼差しでイグネイシャスを見遣ると、彼も鈴蘭の真剣さを感じたのか、黄金の瞳で静かに見つめ返した。


「…そうか。それなら今後の訓練は剣術と魔術の習得だな」


「魔術、ですか。本当に私が魔術なんて使えるんですか?全く想像できません。私の居た世界では魔法なんて空想の産物でしかなかったですから」


 そう、魔法なんてファンタジー小説や漫画くらいでしか知らない。ここが異世界で、周りが魔法を使えるのは理解している。実際この目で見てるし。だが、自分が魔法を使えるとは到底思えない。


そもそも、自分は本当に魔力を持ってるのだろうか?訓練する、と殿下が言うからには持ってるんだろうけど。自分では全くそのような力は感じない。いつも通りの体だ。


「魔術を使わずに生活していることの方が不思議でならんが…そうだ、スズランお前、城を抜け出した時魔力を消しただろ?使い方を知らないお前が何故、魔力を消すことが出来たんだ?」


 イグネイシャスはずっと気になっていたことを鈴蘭に訊ねた。アーノルドも頷き、鈴蘭に視線を向ける。


「ああ、アレには焦らされたな」


「消した?私は魔力の消し方なんて知りませんが」


 きょとん、と首を傾げる鈴蘭をイグネイシャスは訝しむ目で見つめた。


「だが、事実お前の魔力はあの時消えていたぞ」


 そんなこと言われても、自分が魔力を消したなんて自覚は全く無い。城を抜け出した時といえば、窓から城を出て、訓練所の騎士に見つからないよう気を付けながらアグニアスに会いに行っただけ……



 んん――… あれ?

 今日の午前、自分の行動に異変が無いか記憶を辿っていた鈴蘭の頭に、ある仮定が浮かんだ。


「もしかして。見つからないように気配を消していたからですか?」


「気配…ほう、一体何の為に気配を絶ったんだかな」


 イグネイシャスの瞳が鈍く光る。

 ただの散歩に行って、何故そんなことする必要がある。と、彼の眼はこう言っているのだろう。


「言っておきますけど、別に脱走とかそんな考えでやったわけじゃありませんから。あの時、竜厩舎に行くには騎士たちが訓練している傍を通らなくてはいけなかったから、見つからないように気配を隠してたんです。殿下だってさっき言ってたでしょう?私の髪色は目立つって。だからですよ」


 嘘は付いていない。全部事実だ。断じて脱走なんて図っていなかったからね。むしろ騎士に混ざって訓練受けたかったくらいだってのに。


「そうか、ならいい」


 溜息混じり説明したら、殿下は一言そう言って打ち切った。何がいいんだよっ!何も良かないわ。

 キッと睨んだが、殿下は気にした風もなく話を続けた。


「とりあえずここで今、気配を絶ってみろ」


 唐突にそう言う殿下に疑問しか浮かばなかった。


「はい?何故」


「あくまでお前の仮定だろう?それが本当かどうかは分からない。なら、やってみればいいだけだ」



 ……やってみればいいだけってさぁ そう簡単に言ってくれるけど。


「こんな大勢の視線に晒されて気配絶つとか、無理があると思うんですが…」


「やれ」


「…はい」


 私の抗議は、眉間に皺を寄せた殿下の一言で打ち消された。




 って、本当どうやればいいんだろう?こんな沢山の目に見つめられて気配消すのなんて初めてだし。そもそも、これだけ注目浴びてたら気配も何もないよね。


 せめてもの当て付けとして、盛大に…もう本当、盛大に溜息を吐かせて頂きましたとも。


 んんー…まず周りの見物人達を視界から削除しなければね。みんなカボチャ。そうカボチャだ。カボチャ、カボチャ、カボ…あれ?逆に存在感が増したような。こんなに沢山カボチャが転がってたらそりゃ、存在感増すわな。


 むむ…無心だ無心。心頭滅却すれば火もまた涼し。ん?ちょっと違うか。


 ――思い出せ、アグニアスに会いに行く時の感覚を。

 鈴蘭は静かに目を閉じ、深呼吸をした。



「ほう―」


「本当に消えた…」


 イグネイシャスは口角を上げて面白そうに鈴蘭を見つめ、アーノルドは驚いた顔をする。クラウスは静かに目を見開いた。


 魔力を使うことは練習すれば比較的簡単に出来るが、魔力を消すことは難しい。訓練してきた騎士でさえ、完璧に己の魔力を消せる者は少ない。だが、魔力を消す能力はとても重要だ。敵に見つからないよう行動するには必須だからな。多くの騎士たちが長年の訓練の中で身に付けるはずのことを、スズランは意図も簡単にやってのけた。


 見たことの無い体術、完璧な魔力消し。そして膨大な魔力量。訓練で魔術と剣術を見に付けた時、彼女はこの大陸で指折りの騎士となるだろう。


 武人としても、男としても、ますますスズランという人間に興味が湧いた。


「スズラン、もういい。元に戻れ」


 イグネイシャスの声に、鈴蘭は目を開いた。


「消えてました?」


「ああ、完璧だ」


 よかった、どうやら成功したようだ。完璧とまで言ってもらい、素直に嬉しかった。自然頬が緩む。

 締まりなく微笑む鈴蘭の様子に、抱きしめたい衝動に駆られたイグネイシャスは、必死にそれを抑え込んだのだった。


「今日はこのくらいでいいでしょう。スズラン殿の実力も見させて頂きましたし。殿下、仕事が溜まっています。さっさと執務室に戻ってください」


 淡々と言うクラウスの言葉にイグネイシャスは面白くなさそうな顔をしたが、溜息をついて執務室に戻るため城へと体を向けた。ちょうど城に背を向けていた私も、戻るため振り向こうとした瞬間、体に浮遊感を感じた。


「え? うわっ!!」


 何事っ!と思った時には、私は殿下の右腕に座るようにして抱えられていた。所謂子供抱きというやつですよ。十七歳にして子供抱っことか、ハズっ!


「ちょっ!何でこうなるっ!降ろしてっ」


「チョロチョロされて迷子になられては困るからな。大人しくしていろ」


 私の方に視線も向けずそう言って、腕に力を込められてしまい抵抗してもビクともしなかった。



 くそっ!殿下に一度捕まってしまったら逃れないっ!

 私は羞恥に押しつぶされそうなのを必死に耐え、殿下の執務室まで連れて行かれた。


 後ろに続くアーノルドとクラウスが生暖かい目で見ていた気がするが、無視。


 この時、私は固く誓った。

 殿下に捕まる前に逃げるっ!脱兎の如く逃げ去ってやるっ!!!



 鈴蘭の決意は虚しく打ち砕かれる運命であるのだが、彼女はまだ知る由も無かった。








作者は合気道の知識は皆無です。ウィキペディアを参照させて頂きました。

あと、気付いた方がいらしたかは分かりませんが、鈴蘭の口調がとても丁寧になっていたこと、お気付きになりましたか?

何故、殿下に対してまで言葉が丁寧だったかは、次回分かります。

お楽しみください。では。最後まで読んで頂きありがとうございました。

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